【1991年8月中旬】
【1991年8月中旬】
俺のバイト先であるゲーセンがある雑居ビル、「カストルム小金井」の裏口に一枚の貼り紙が掲示されていた。
技術検討会
飾り気のないこの文言は、提唱者の桐島蒼衣さんが定めたものだった。
これまで、たまり場にてテーマを定めない雑談が展開されていたのだが、期日とテーマを定めて検討してみようというのである。
「でも、こういうのはせめて修士とか、もっと上の人がやるんじゃないの? 学部生だと、話が広がらない気がするんだけど……」
学部生一年の雨宮瑠夏が言うのはもっともだが、蒼衣さんは首を振る。
「専攻に入ると、よその分野には口を出しづらくなる風潮があってね。今のうちから、よその分野に首を突っ込む習慣づけをしておいた方がいいわ」
茜音さんが、姉の言葉に異論を唱える。
「だからって、文学部で神道学科の私はさすがに……」
「悠真くんとエルリアさんも入ってるんだから、文句言わないの」
「でもー」
姉妹だけに遠慮のない攻防が行われている。
「それで、テーマはどうなったんでしたっけ?」
「とりあえず初日は全員参加だから、最初のコマは全般で。その最後に、残りを決めましょう。二日目、三日目は、参加者を見て設定すればいいから」
「暴君だなあ」
「まったくだよ」
久世と市川のぼやきは蒼衣さんの一睨みで蹴散らされ、技術検討会が始まった。
蒼衣さんは、太陽光発電寄りの素材系研究者としての道を歩んでいる。久世との対話は理解しづらい部分もあったが、市川が随時解説を入れてくれるので、どうにかついていけそうだ。
参加者は、桐島蒼衣さん&茜音さん姉妹のほか、久世湊、市川透、島崎結菜と、エルリア、俺の同い年組が。次いで、雨宮瑠夏と、結菜の後輩で農学部に在籍するという倉持芽依嬢となっている。
早乙女航は、お盆時で時間が取れないとのことだが、もしかすると関心度も低めなのかもしれない。夏のイベントが幕張メッセから国際展示場に変更になった件でぶつくさ言っていたので、そちらの都合もありそうだ。
休憩時間に、俺はメガネをかけた新顔の人物に声をかけてみた。
「倉持さんは農学部で何をやろうとしているの?」
「いまのところは、都市農業に興味を持っています」
「小金井辺りの住宅地の中にある農地みたいな話? あるいは、植物工場とか屋上農地とかかな」
「後者を想定しています。供給の安定化も含めて」
「排熱利用だと、データセンターとか?」
「サーバールームのことですか? 想定としては、ごみ焼却場ですとか」
「あー、焼却場かあ」
「二枚橋はどうなるのかなあ」
少しどよんとしたのは、小金井在住組だった。老朽化した二枚橋ごみ焼却場の建て替え計画は、周辺住民の反対で暗礁に乗り上げている。野川公園の隣接地に位置するその焼却場は、小金井だけでなく三鷹と調布のゴミも受け入れていたために、ややこしい話となるのだった。
「じゃあ、排熱がある施設に隣接して、ハウス栽培や水耕栽培をやる感じとかか。陸上養殖と同時展開もありだよな。で、太陽光パネルと蓄電池を設置した農業工場を作るか」
「そこまで行くと派手ね。……陸上養殖って?」
「海の魚の養殖を陸でやって、水耕栽培の水と共用すれば浄化にも役立つかなと」
「ノルウェーでのサーモンの養殖みたいにか」
「サーモンの他だとなんだろうね。鯛とかボラとかかな」
「でもさあ、それって海で釣ればよくない?」
「それ以前に、海水を浄化して扱うのは難しくない?」
「えーと……、植物工場と同じように、安定供給ができるのがメリットなのかな? 水は、海水より薄めにカルシウムとかを足したもので、川魚も海魚も育てられて、海魚は育ちが良くなるとか聞いたような……」
瑠夏と倉持さんからの詰問めいた問い掛けに、おぼろげな未来知識レベルの話で対応するのは難しい。幕間の雑談想定だったのだが、なぜか脇道に入り込んでしまっている感じで、蒼衣さんまで入ってきた。
「海魚って、海水じゃなくても生きられるの?」
「塩分が3%だったっけ? そこまで無くても生きられるとか聞いた覚えが」
「え、ちょっとおもしろそうかも」
倉持さんはメガネを指でクイッと持ち上げつつ、さらに根掘り葉掘りモードを発揮してきたが、こちらも知識の持ち合わせはさほど多くはない。試してみようか、なんて話まで出たところで、その場はどうにか収まったのだった。
昼過ぎに結菜が発表した機械工学の質疑応答の局面で、手を挙げたのはエルリアだった。
「あの、自走するカートのようなものの製作を検討お願いできないでしょうか。トミさんが、歩くのがきついようでして」
エルリアの白魔術によって、足腰の痛めていた部分は治ったものの、全般的に弱っている感じは否めない。どうも、魔法は病気には効かないようなのだった。
「どんなのか、イメージはある?」
金髪の同居人が視線で問い掛けてきたので、俺はペンを持った。
「セグウェ……、いや、こんな感じかな」
握っていたペンが、結菜に奪い取られた。
「歩道で低速でいいなら。電動かなあ……」
少し首を捻った後に、さらさらとイラストを描いていく。俺の絵が児戯に見えるので、隣りに描くのは勘弁してほしい。
「福祉特化の立ち乗り電動カートって感じかな。……歩行の助けになる機器もいいけど、買い物や用足しに使える、人とぶつかってもだいじょうぶな乗り物があるといいな」
「公道も走れるような?」
「そうそう、自動車の用途って、高速で走るものだけじゃないと思うのよね。速度よりも安全性が重視される類型があってもいいと思うの」
「交通事故は、多いもんなあ」
現在は、第二次交通戦争と呼ばれる時期で、年間一万人超の交通事故による死者が発生してしまっている。
「そうそう、ぶつかっても死にづらいような」
「となると、こぶりな電動バイクや、低速EVみたいなやつか。ゴルフカートみたいな。その動力源は、普及したナトリウムイオン全固体蓄電池だったりするといいんだけど」
俺は、久世の方に視線を送る。
「……蒼衣さん、ああやってちくちくプレッシャーをかけてくるんです。ひどいと思いませんか?」
泣きつかれた桐島姉は、苦笑して応じた。
「師匠を頼れば?」
「研究室への配属はまだなんです」
「突撃あるのみ」
「うへぇー。味方はいないのか」
苦笑が漏れる中で、倉持さんが手を挙げた。
「夢の車両を語っていいなら、現地で展開できる太陽光パネルと蓄電池を積んだ災害支援トラックを検討したいな」
「被災地対応か」
「そうそう、避難所はやっぱり、きつくてねえ」
「あら、避難された経験がおありですの?」
「うん。伊豆大島出身で、しばらく前の噴火でね」
そう聞いて、エルリアがびくっと反応した。
「あの、火柱が噴き上がっていたところから避難されたのですか?」
「あちゃあ、把握されてた? でも、普段のお山はおとなしいのですよ。あのときも、避難する時間は充分にありましたし」
「本当に火龍とともに生きてこられたのですね」
「火龍?」
「ああ、エルリアは、火山を龍に喩えているんだ。近くの龍栖神社というところでは、多摩川が水龍として扱われている」
「なるほど……、龍神さまですね。あのときは、自衛隊の船で避難して、都内の避難所を使わせてもらったのですけれど、それでも不便は多かったので、被災地内での避難だと、もっとつらくなると思うんですよ」
「確かにな。……父親の知り合いに架装業者がいるから、実現性を聞いてみるよ」
市川が言明した架装業者というのは、バスやトラック、タクシーの荷台やら装備やらを装着したり塗装したりする工程を担う企業だそうだ。
「荷台の上や、周辺に設置可能な太陽光パネルと、車載蓄電池、それと支援物資や調理器具も載せられるといいなあ。スタッフ用の寝袋とかも」
「避難所での使用前提なら、寝袋までは要らないんじゃ?」
「単独で稼働できるようにした方が、自由度が高まるだろ。……実現性ありそうなら、作ってもらってもいいぞ」
「いや、一千万とかだぞ?」
「問題ない。発注するとなれば、まずは一台、だな。ただ、ドライバーがいないか……」
ふと気づくと、周囲がやや引いている。そうか、普通の高卒社会人は一千万とか出せないもんな。
気を取り直したように、久世が問い掛けを投げてきた。
「で、悠真は今後はなにをするんだ?」
「そうだな……。いろいろだけど、まずは書籍やDVDの通販をやろうかと思っている」
「どんな本?」
「エンタメ系のおすすめ本を売る想定だけど、他にもなんでも」
「それなら、専門書を入手してくれると助かるな。出入りの本屋は小回りが効かなくて」
「よろこんでやらせていただきます」
蒼衣さんは必ずしも押しが強いわけではないのだけれど、遭難時の恩義もあるし、頭が上がらないのは間違いなかった。
濃密な初日の日程が終わり、俺は疲れを癒やすためにフラッシュの薄暗い空間に滞在していた。耳障りなはずの電子音が、耳に心地よい。
アヴェツーの映像が流れるテレビが置かれた休憩コーナーには、テーブルと椅子が置かれて軽食も提供されている。そこに陣取ると、なにやら大荷物を抱えた早乙女航が合流していた。
好物らしいジョルトコーラを飲みながら、問い掛けてきたのは久世だった。
「なあ、悠真。本の取次だけやるわけじゃないんだろ?」
「うん、本やCD、DVDを手始めに、インターネットでの通販を手掛けたいと思っている」
この時点では、アマゾンの創業もまだだと思われる。少なくとも上場はしていない。未来知識からの模倣でしかないが、世界制圧……は無理としても、日本で、いや、東京圏だけででも一定の立ち位置を確保できれば、事業として成り立つ可能性はある。
「支払いはどうするんだ?」
「まずは代金引換か振込か、かなあ」
この時点ではネット上でのクレジットカード決済は、なかなか信用してもらえなさそうだ。なにやら荷物をいじっていた透が、話に入ってきた。
「なんの話です?」
「ああ、ネット通販への展開を視野に、書籍とCD、DVDの通販をしようと思ってるんだ」
「え、おもしろそうじゃないですか。一枚噛ませてくださいよ」
「そりゃ、かまわんが、大学は?」
「文系ですから、時間に余裕はあるんです」
如才ないこの人物が加わってくれれば、心強いのは間違いのないところだった。
フラッシュの店内には、初見の客人がやや増えているようだった。どうも、他地域から出稽古的に来ているらしい。導入された街頭テレビの効果だろうか。
対戦ゲームにおける大将格の瑠夏は、理系の大学生であるからには常駐できるはずもない。そのため、訪問客からの挑戦には、門番的な中高生が対応している。いかがなものかとは思うが、それも青春なのだろう。
プレイタウン・フラッシュが入っているカストルム小金井の改築話は、まだ進んでいないようだ。技術検討会の会場となったわけだし、対戦ゲームでの交流がだいぶ盛んになっているからには、残ってほしいものだ。少なくとも、もうしばらくは。




