第39話 第一層迎撃戦1:神器悩む/守護者頭を抱える
今回は長めのお話になっています(3万文字程度)
敵がやっと動いたのだから迎撃の準備をしなければならない。だが僕の心は先程のミッチーとの会話により困惑と驚愕に彩られており、敵が来たという報告を受けても冷静さを欠いている。
だからここは一つ精神を落ち着ける必要が有る。それが僕が行なう最初の迎撃準備だ。
腹式呼吸で大きく息を吸い、腹に空気を溜め込みそのまま空気を吐き出さずゆっくりと眼を閉じて臍の辺りに力を篭めながら意識を集中する。
そして意識が集中しこれ以上息が吸えなくなった所で静かにユックリと腹に溜め込んだ空気を吐き出す。
これは昔から僕がやっている高ぶった気持ちを切り替え、落ち着きを取り戻す為にする方法だ。
精神統一、いや自己暗示の類なのかな?とりあえずどっちでも良いけど割と効果があるので勝負所ではこの精神統一?を僕はよく行なう。
この方法を僕は親父から重要な局面や試合に挑む前に行うと良いと言われて教わった。
うちの親父曰く丹田に気?を集めて集中する方法らしい。
気なんて物は幻想の産物でその存在を信じていなかったが(魔力なんてものがあるこの世界に来るまでは……)まぁこれが中々に使えるのでこの気持ちを落ち着ける方法の効果自体は信じていた。
だが効果があるのだ。気もあるのかもしれない…………魔力や魔術が有るこの世界に居るからそんな事も思える。
「ふぅ……それで敵は4体だけか?」
精神統一のおかげか先程の事を心の中の深いところへ封印出来た僕は冷えた頭で冷静にミッチーに問い掛ける。
「はい。他に追従してくる冒険者は居ない模様です」
「現在位置は?」
「中央通路を進行中です」
「真っ直ぐこちらに来ているわけか………斥候かな?ミッチーはどう思う?」
遺跡前に陣取っている冒険者連中の数は100前後、その中から一部だけが侵入してくるのならば何か目的があって少数で侵入して来るのだ。
そしてその目的とは恐らく先行偵察の類だと僕は思う。
この防衛線の立地的は陽動を食らうような立地でもないし、他に少数で行動する理由が無いからだ…………だが完全に決め付けるのも良くない。
僕が思いつかない可能性なんてものは幾らでもある。それは先程この防衛線に出た被害を目の当りにして良く分った。
だから僕は僕の中の答えだけで完結させるべきではないと判断しミッチーに意見を求めてみた。
僕が昏睡していた間にポンコツな回答をしてくれたミッチーだが、こと戦闘においてのアドバイスならば間違いは無い。
今僕が生きているのがその証拠だ。何か僕が気づいていない可能性にも、ミッチーは気付いてくれている。
「私も斥候の可能性が高いと判断します」
「そっか…………ミッチーも同じ意見なら間違いないな。じゃあ今入って来た連中は斥候だという想定でこちらも動こう」
「対処はどうされますか?」
「んーまずは対処云々の前に敵の情報が欲しい。敵のタイプとレベルは分る?」
ミッチーは今まで倒してきた冒険者の情報を蓄積している。
そしてその蓄積されたデータを検索して敵の職業の大まかな割り出しも可能だ。
更に冒険者の肉体を構成しているマナ結晶の含有量を観測し、ある程度のレベルも知ることができる。
まぁもっともレベルのほうは目盛りの無い大きな計りで図っている様なものらしく大まかな結果しか分らない。
だが、それでも戦う前に敵の強さが分るのというのは対策を立てやすく非常に便利だ。
「データ参照します――――類似データありました。恐らく獣人の高速タイプです。レベルは30前後が3名。40前後が一名です」
「定番の高速型か……レベルもそれくらいならなんとかなりそうかな。で、もしかしてこいつらの職業ってシーフかレンジャーか?」
「はい。3体がシーフ、残り1体もシーフ系の様ですが亜種でしょうか?シーフにデータは類似していますが撃破したことが無いタイプの職業のようです」
「亜種って……動物かなんかじゃないんだから……まぁでも、その一体は気になるけど他はド定番だな。対処はしやすい」
「はい。規定パターンの対処法が有効かと思われますがどうされますか?」
「んーどうするかな…………」
今侵入して来ている連中は速度重視の獣人らしい。
僕とミッチーは高速型と呼んでいる。
獣人タイプの冒険者の姿は人間に近い。
人間との差異は尻尾が生えている事と、顔も人間の顔に犬耳や猫耳を取り付けたような顔をしているくらいだ。
グシオスさんみたいに全身獣っぽいタイプとは違い動物的な特徴はあまり無い(感じとしてはベアトリスに近いかな?)
他にも虎耳を持つパワー型の獣人なんかも居るけどこの遺跡に攻めて来る獣人タイプの冒険者の中ではこの高速型の奴らが一番多い。
更にこのタイプの獣人はほとんどがその種族特性である高い速度を活かす為なのか、速度を有効に扱えるシーフやレンジャー系の職業に就いている場合が多い。
そしてこいつ等を倒す規定パターンは確立されている。
恐らく規定パターンを使えば楽に勝利することが出来るだろう。しかし、一応警戒しなければらない事もある。
「一応確認。ミッチー、敵が罠に気づいている素振りはあるか?シーフって罠発見スキルを持っていた筈なんだけど」
シーフやレンジャーは罠発見スキルや罠察知スキル持っている事がミッチーの解析で分っている。
罠発見系のスキルは云わば僕に取っての天敵のようなものだ。これだけは本当に警戒しなければいけない。
一応対策も施してあるが…………
「いいえ有りません。依然、罠発見スキルに対しての隠蔽工作は有効なようです」
良かったどうやら、大丈夫なようだ。
以前戦った罠の起動を事前に察知できる冒険者、アイシルはレンジャーだったらしく見事に僕の罠を破壊しまくってくれた。
あの時は1対1の状況になんとか持ち込めたので勝利することが出来たが、そんな僕の天敵の様な存在が複数来る可能性があるのに無対策という訳にもいかない。
だから僕は今回創った罠全てに探知妨害が施した。
探知妨害は施した罠は起動するまで魔術的にも光学的にも完全にその存在を隠蔽するというミッチーお墨付きの強力な隠蔽技術が使われている。
並大抵の探知方法では発見できない。だが物事には例外という物がある。
例えばそう、感だけで危機を察知するような姉ちゃんの様な存在だ。
あんな野生の獣以上の感を持っている冒険者は居ないと思うけども警戒するに越したことはない。まぁ、今回の場合は心配のし過ぎだったようだけど……
「ん、そうか。じゃあ何か防御系の魔術で身を守っている気配は?」
探知妨害が有効だからと言ってもまだ安心は出来ない。
まだまだ警戒する事は有る。それは僕の罠が効かない可能性だ。
僕の罠は遠距離攻撃に区分される物が多い。
その場合、冒険者が扱う遠距離離攻撃に対する防御スキルに防がれる場合があるのだ。
罠というのは最初の一撃で死角から必殺しなければならない。
一度発見された罠なんてのはただの動かない砲台と同じだ。そんなもの優秀な冒険者の身体能力の前では何の役にも立たない。
「ミサイルガード及び物理防御障壁の魔力反応ありません」
「じゃあステルス状態の伏兵が潜んでいる可能性は?」
「光学的にも、魔力的にも、ステルス状態の冒険者は居ない様です」
「さっきみたいに影に潜ってたりは?」
「世界位相がずれている冒険者反応もありません」
「後は…………何か僕達が知らないような方法で隠れている様な……てっこれは愚問か。ミッチ-の知らないような方法で隠れていたらそもそもに発見できないもんな」
「はいそうですね」
「なら、今来ている連中が想定外の強力な装備を持っている可能性は無いのか?」
「特殊な魔力反応は感知できませんので、その可能性も有り得ません」
「じゃあ―――――」
「ご主人様少々警戒しすぎではありませんか?少し神経質になられ過ぎているかと」
「いや、だって連中何をしてくるかわからないじゃない」
『冒険者は何をしてくるか分らない』徹底的に警戒するに越した事は無い。
敵のあらゆる状態を調べ尽くし強みと弱点を見極め、確実に一撃で抹殺するのが望ましいのだ。
だからこの程度警戒して当たり前だと思う。
「あの程度のレベルの相手ご主人様がそこまで警戒する必要は無いと思われます」
「いや、まぁそうなんだけどさ…………何があるか分らないじゃないか…………さっきの奴だってレベル30位のシーフだったんだろ?」
今まで僕が倒してきた冒険者にはレベル50を越えた冒険者だって居た。
そんな奴等からすれば今進入してきている冒険者なんてのは敵にもならないレベルだ――――だが、そうは考えられない。考えられない理由が生まれてしまったからだ。
先程の戦闘でたったレベル30位のシーフがこの前線に被害を与えてきたのだ。気を抜けるわけないじゃないか!
「はい先程の個体も現在侵入してきている個体と類似していました」
「じゃあ、警戒するに越した事はないよ」
「その必要は無いかと思われます」
「なんでさ」
「先程とは状況が違います。通路の罠は全て通常稼動が可能です。そしてご主人様はまともな判断能力を取り戻されています。この状況でご主人様があの程度の相手に警戒する必要は皆無です」
確かにそうなのだ。あの時と状況は違う。
僕が用意した罠はこの部屋だけでなく今冒険者達が進行してきている通路にも多数設置されていて、それ等は数時間の間フル稼働できる状態だ。
しかもそれ等を駆使すればあの程度の連中5秒で抹殺できる。そう、自信を持って言えるのだけども気になってしまうのは――――
「現在のご主人様はこの防衛線に被害が出る事を極端に恐れていらっしゃいます。その考えは破棄するべきです」
「あ、それは……うん、そうかもな」
ミッチーの図星を突く平静な声でそう言われて僕はやっと自らの中にある新たなトラウマを僕は自覚した。
そう、僕はどうにも恐れているのだ。
この防衛線で魔族達の血が流れる事を…………もっと言えば僕のせいで皆が負けてしまい死んでしまうのではないかと…………
万全の準備はして有る。負ける事は無い。そう思いたいでも、そう考えても鼻にはもうとっくに消えたはずの血の匂いとオークさん達が焼ける匂いがこびりついている。
それを思い出すだけで、心の奥底からどうにもならない感情が溢れてきそうになるのだ。
「あぁ、うん。分っているんだけどね。こればっかりはね……」
昔から僕は精神的な衝撃に弱い所がある。
AOでの記憶もそうだが長くその衝撃を引き摺ってしまうのだ。子供の頃に酷いトラウマを覚えてそれからこんな性質になった。あの精神統一方法もその時期に親父から習ったのだ。
そのおかげで今僕は僕でありつづけて冷静に物事を考えられているが、それでも根底にあるものは消えない。抑え付けているだけだ。
だからこればっかりはどうしようもない。抗う事が出来ない―――――でも、そんな僕の心中を察したのかミッチーが少し強い感情を篭めて僕に語りかけてくる。
「では、こう考えるのは如何でしょうか?―――私がついてます。神器たる私が付いているご主人様に負けはないと」
「ミッチーの事は信用しているよ。でも………」
「私があの程度の相手に遅れを取るとでも?」
少し不満気にミッチーが言葉を紡ぐ。
その声色は何処かメリジューヌさんに似ていて、少しミッチーの言葉を信用できない自分が申し訳なくなる。
だが、それだけでは僕の心の暗雲は晴れない。
「いや、そうは言ってないよ。でもさ何事にも例外っていのは有るもので……」
「なるほど、では言い方を変えましょう―――――私が如何なる者からも剣様をお守りします。この神器『導きの腕輪』の銘に誓ってです。もう何も心配する必要はありません」
ミッチーが再び声色を変えて何か台詞でもなぞるように言葉を優しく発する。
その普段とは違う、僕が良く知る人の声色を真似たミッチーの言葉を受けて僕は思考を停止させた。
そして少しの間の後にストンと心の中から湧き出す感情に蓋がされた。
「――――あ、それは………」
「効果はありましたでしょうか?」
「あぁ、そうだね。効果は有ったよ。もう大丈夫だ」
たった一言で、不安が掻き消えた――――少なくともこれで戦いに臆する事は無い。
我ながら単純な奴だと思うが、仕方が無い。
今ミッチーが言った言葉は僕にそれなりの意味がある言葉だったからだ。
何かを行うと、言葉にするだけならば簡単だ。
だけど言葉通りに物事が進むとは限らないしその通りに進むことの方が少ない。
ただ信用しろと言うだけならば誰だって出来る。
今ミッチーが発したのはその類の言葉だ。そう唯の言葉だ。唯の言葉だったのだけど――――僕の不安が一撃で晴れる強い意味を持つ言葉だった。
「しかし随分古い記憶から言葉を引用してきたね。ミッチー今の姉ちゃんの真似だろ?」
「はい。先程の『人間臭さ』の件で記憶の参照許可を頂きましたので記憶を参照した所、現在のご主人様を正常な状態に戻す最適な回答発見しましたので引用してみました」
「なるほど。仕事が速いねミッチー」
「お褒めに預かり光栄です」
僕の不安を一撃で吹き飛ばしたミッチーの言葉は昔、姉ちゃんが僕に言ってくれた言葉をミッチー風にアレンジしたものだった。
今でこそ僕と姉ちゃんはあまり仲良くは無いがそんな言葉を僕に言ってくれた時期も有ったのだ。
そして姉ちゃんはその言葉通り僕を守り通した………あの言葉をミッチーが知っているという事は、僕の記憶を見てこの言葉が僕の中でどういう意味持っているかも分っている筈だ。
ならばもう心配する事は無い。僕は僕らしく自らの務めを果たすだけである。
しかし…………改めて考えてみるとミッチーの声ってわりと姉ちゃんと似ているんだな。
以前に僕を導く為に合成されたAIみたいなものだとミッチーは自らのこと語っていたけれど、割と姉ちゃんを参考にしている部分が多いのかもしれないな…………
「では改めまして、ご主人様ご采配を」
不安が吹き飛んだ僕がやることは決まっている。いつも通りにやるだけだ。
冒険者の殲滅を――――一人だって生きて帰してやるものか!じゃあ気を取り直していこう!
「斥候をするようなタイプの奴等に罠を発見されないのなら後はもう大丈夫だ。通路にいる内に奴等を殲滅する」
「宜しいのですか?こちらに引き込んだ方が効率的だと思われます」
「うん良いんだ。魔術師達の疲労は極力抑えたいから此処に来られても困る。通路で終らせたい」
魔術師達の消耗は大きい。
ローラさんを筆頭に未だ魔力を補給する為の瞑想を続けている。
敵の本隊が後ろに控えている以上今あの程度の数の奴等に魔力を消耗させたくない。
「では、高速型獣人撃退用の規定パターンで迎撃されますか?」
「そうだね。それが無難だけど……一応敵の姿も見ておこうか。映像出せる?」
「はい模造魔水晶に映像を出力します」
ミッチーのその声に反応して僕の横でふよふよと浮いている水晶板に映像が映し出される。
そこには迷い無く遺跡を突き進んでいる冒険者達の映像が映し出されていた。
「あぁ、なるほど亜種っていえばシーフの亜種になるのかな?」
映し出された映像を見た僕はミッチーがシーフの亜種と言っていた存在の正体が直ぐに分った。
あからさまに分りやすい格好をしていたからだ――――その服装の色以外は。
「ご主人様はこの個体の職業をご存知なんですか?」
「知ってるよ。ていうかほとんどの日本人は知っていると思うな。ミッチーこれは忍者だよ。まぁちょっと色はおかしいけど」
冒険者達の先頭を歩く大柄な男は腰に脇差を2本差し忍び装束のような衣装を身に着け、白い頭巾を被り、口元を白い布で覆い周囲を警戒をするようにしながら通路を突き進んでいる。
その見た目から忍者のような印象を受けるが、その忍び装束は白い――――忍ぶ気が等まったく無い自己主張が激しい格好だった。
更に忍者に続く3名の冒険者も似た様な色合いの皮鎧を身に着けている。
手には短剣や金属製のバックラー、短弓を持っている者も居るがそれらの装備もほとんどが白く塗られている。
カーバンクルが報告で言っていた「白い装備で身を固めている」というのはこの事だろう。
「ニンジャ……諜報や破壊活動を得意としている者、隠密行動のプロ、忍ぶ者と書いて忍者…………私の認識に間違い有りませんか?」
「うん、それで間違いないと思う」
「では、あの冒険者は忍者ではないと思います。あの装備はどうみても隠密行動に適していません。むしろ悪目立ちしています」
「た、確かにそうだね。それには同意見だ。でも、ああいう忍者も居るってことだよ」
「解せません。隠密活動を主任務としているのに目立って何の意味があるのですか?」
「そこはほら、彼等は僕たちと違ってゲームをやっているだけだからさ。そういう細かい所気にしてないんじゃないか?きっと格好良ければなんでも良いんだよ」
「理解不能です。何故自らが不利になる装備を身に着ける必要が有るのですか?理由を提示してください。でなければあの個体を忍者として認める訳にはいきません」
「提示って……なんかあの忍者にこだわるねミッチー」
「理解不能な事は解決しなければなりません。でなければ私はまたご主人様にご迷惑をかける可能性があります」
あーなるほど、ミッチーはミッチーなりにさっきの事を気にしている訳か。
それならちゃんと答えなきゃいけないな。でも、あんな格好をしている理由ってなんだ?少し考えてみるか………うーんパッとで思いつく答えは………
「理由なぁ……推測になるけど実はあの白装束は凄く性能が良い!てっ可能性は無いか?」
我ながらなんともゲーム的な発想だ。
ちょっとゲーム脳が過ぎないか自分でも心配になるけれども、良く良く考えれば彼等はAOというVRMMOをやっていると思っているのであながち間違った答えでは無いと思う。
「その可能性は皆無です。先程も申し上げましたがあの冒険者からは特殊な魔力はまったく有りません」
良い答えが出せたと思ったがあっさりと却下された。
そういえばミッチーはさっきもそんなこと言っていた。そうなると…………
「じゃあ他の人も白い装備をつけているからギルドカラー的なアレじゃないかな?いわゆるユニフォーム的な装備だよ」
白鷹の騎士団というギルド名なのだから白いカラーリングの装備をユニフォーム的に使っていてもおかしいことは無いと思う。
あ、割とこれは良いセン行ってるんじゃないかな?
「なるほど、統一した装備とカラーリングで集団の意思統一を狙っている訳ですか」
「うん、そうそう理解して貰えた?」
「いえ、全然理解できません。集団の意思統一、つまり集団としての戦闘能力の向上を図りたい場合あの様な色は戦闘能力の向上に不向きだと思われます」
「えーとなんで?」
「集団の意思統一行うだけならば色はなんでも良い筈です。ならばより戦闘に適したカラーリングにするべきでしょう。地形に合わせた迷彩色等が好ましいと思われます。また、あの色は酷く汚れが目立つ色であり戦闘にて汚染され別の色に変わる可能性があります。これは色を使い統一性を維持するという目的を遂行出来なくなるのでは無いでしょうか?」
うわぁ、流石ミッチー色々良く考えてるな。僕そこまで考えてなかったよ。
さてこう言われてしまうと答えに詰まってしまう。
なんて答えを返すべきだろうか?今ミッチーが出した条件を覆す理由なんて一つしかない。
うーんでもこれでミッチーに納得して貰えるかな?でも理由なんてコレしかないよなぁ。
「そこはほら、最善を無視してでもやっぱり白っていう色にこだわりたいんじゃない?白鷹の騎士団って名前なんだから」
「何故こだわるのですか?」
「んーなんでだろうね。思い入れとかかな?ギルドの名前に由来しているからやっぱりこれ!ていう色なのかもしれない」
「思い入れですか…………今一理解できませんがそれもまた『人間臭さ』というものですか?」
「あーうん、感情やこだわり的な話も『人間臭さ』に含むとしたらそうかもしれないな」
「やはりそこに帰結しますか」
「ごめん。なんか僕がもっと思想とかそういう事に詳しければもっと噛み砕いて説明できるのかもしれないけど、僕じゃあ感情的な意味合いでしか説明でき無いや」
「いいえ大丈夫です。理解は出来ませんが、今の私では理解できないという事が理解できました。質問にご回答いただき有難うございました。この件については早急に対応を試みたいと思います」
良かった。忍者の定義から色の話に移り変わって結局ミッチーを悩ませる『人間臭さ』に帰結してしまったけれどなんとか納得して貰えた。
しかし、これからこんな感じに質問攻めにされると思うと少し頭が痛いな。どうしたもんか……
「ところでご主人様、冒険者が中央通路の中ほどまで侵攻してきていますが如何されますか」
「あーそうだった。さっさと始末してしまおうか」
うん完璧に話が脱線していたな。
まぁこんな無駄話を出来るほどに余裕が戻ったみたいだ。
それが確認出来ただけでも今回の話は実の有る話しだったかもしれない。
「結構進んできているな」
「はい、この進行速度ですと後8分ほどでこの防衛線に侵入されます」
僕が見つめる水晶板の映像には先程と変わらず黙々と歩みを進める冒険者が映し出されている。
現在位置は通路の作りからして名無しの遺跡第一層中央通路の中ほど、この防衛線に真っ直ぐと向かってきている。
まぁ、第一層の作りからして迷いようがないんだから真っ直ぐ進んでくるのは当たり前なんだけどね。
この第1層の通路は単純すぎる。
入り口から伸びる三本の通路の内左右の分かれ道は歩いて5分ほどで行き止まりになり、入り口から真っ直ぐ伸びる通路を10分弱歩くだけでこの防衛線の部屋に到着してしまう。
僕の名無しの遺跡迷宮化計画ではこの通路の改造を予定しているが、未だこの通路には僅かにしか手が付いていない状態だ。
そしてそれはゲームのようにいかない理由があったからだ。
何も考えずに通路を掘ること事態は簡単らしい。コッセルさん達モグル族にはその能力がある。
恐らく彼らが本気を出せば1ヶ月も掛からずにこの1層を迷路のような状態にすることが出来るだろう。
しかしながらこの名無しの遺跡は大きな山脈の地下に在る遺跡である。
通路を掘るならば落盤に細心の注意を払わなければならないし、壁や天上には洞窟内での戦闘で崩落しないような耐久性が求められる。
つまり通路を掘るという事は掘るだけでなく補強作業や安全確認等を行う必要性が出てくる訳だ。そしてそれには通路を掘る以上の時間が必要だ。
だからこそ僕は時間の掛かる通路よりも、防衛隊を配置できるこの部屋を作るのをコッセルさん達に優先してもらったのである。
迷路を作るよりこの防衛線を作る事を優先した判断は間違っていなかったと思う。その証拠に今も敵を第一層に食い止めている。まぁいつまで耐えられるかは分らないけど………うん、僕がこの遺跡に来た短い期間でやれることはやった。ここからは僕が用意した罠と仕掛けでどれだけ敵を倒せるかの勝負だ。
「ミッチー攻撃を仕掛けるぞ。予定通り規定パターンで殲滅する。いけるか?」
「はい丁度良い罠が幾つか近場にあります…………もし宜しければなのですが、罠の起動は私が行っても宜しいですか?」
おや?このミッチーの物言いは珍しいな。というか初めてか?
いつものミッチーならばこの場合「それでは罠の起動を命令してください」とか「規定パターンのオートモードで殲滅を行います」って感じになるはずだ。でも今のミッチーは「私が行っても宜しいですか?」なんて言った。
これは些細な事かもしれないけどこの変化は少し気になるな。
「それは構わないけど……ミッチーなんか変わった?」
「ふふっ何がでしょうか?」
ミッチーの声の中に弾んだ物が紛れている。やはり何かがおかしいミッチーに明らかに変化が起きている。
それにあの含み笑いみたいな声を効いた時…………少しだけ心臓がドキりとしてしまったのは何だろう?何か嫌な予感がする。
「いや、ミッチーが自分から罠を起動したいなんて言ったのこれが初めてだなと思ってさ」
「これはご主人様が学ぶように言われていた『人間臭さ』を実践している影響です」
「実践って……てっきりまだ記憶を参照している程度だと思っていた」
「はい。最優先事項として処理しております」
「もしかして僕があの時怒ったからか?」
ミッチーに『人間臭さ』を学べと言った先程の事件、僕割と本気で怒ってしまった。
もしかするとミッチー中であの事件は相当なショックだったのかもしれない(僕も大きなショックを受けたが)
「はい。先程の理解できない感情というものについてもそうですが、ご主人様がお望みになる神器として未だ私は至りません。ですので急ぎデータ参照を行っています」
「そ、そっか。でもあんまり重く考えないで欲しいな。さっきのは僕も驚いて少し怒り気味になってしまったけど、今はもうそんなに怒ってないからさ」
「『そんなに怒ってない』つまりまだお怒りが僅かでも残っているのですね」
「いや、今のは言葉の綾だ。本当はもうまったく怒ってない。怒ってないてば」
「左様ですか、しかしながら優先事項は変わりません。私はご主人様の心を乱した原因を究明し解決しなければなりません。その為にも是非今回の戦闘を活かさせて頂きたいのです」
なんか、やっぱり若干ミッチーのキャラ変わってないか?何処が、とは具体的には言えないけどこれって僕が怒ったショックでバグちゃったとかじゃないよな?
「えーと戦闘を活かしたいって何する気なんだ」
「戦闘においてご主人様の記憶から幾つかのデータをダウンロードし、そこから感情というものを学んでみるつもりです」
「それって今じゃないと駄目?この戦いが終った後とかさ」
「私はご主人様をお守りする役目を担う物でありお命を預かる物です。命という繊細なものを預かるのならばエラーには早急に対応するべきです」
「あーじゃあ、あれだよ。僕が戦っているときの感情を参照するっていうのは?」
「それは意味がありません。私の役目を考慮し、感情というものを知るならばご主人様を守る環境を想定し実践する必要が有り、私自身がデータ参照しながら戦闘を行なうのが最適なのです」
駄目だ折れる気配が無い。普段のミッチーには無い何か強い意志みたいな物を感じる。
今の状況で冒険者を無視して無駄話をしている訳にもいかないしもうミッチーに任せるしかない。
「うっ………なるほどね良く分ったよ。じゃあミッチーに任せてみようかな?」
「ありがとうございます。それではこれより冒険者殲滅作業に入ります。ご主人様はどうぞご観覧していてください」
ミッチーがそう言うと冒険者達を映し出す水晶板がススッと僕の正面に宙を移動しながらスライド移動してきた。
これはきっと僕に学習した成果を見て欲しいというミッチーの人間らしい感情の現われなのだろう。
でも、なんだろうな以前もこんな事があった様な気がする。
既視感か?…………あぁ姉ちゃんが僕に何か成果を見せたいときってこんな調子で黙って見ていろ!って感じだったな…………あれ?実はこの状況凄く不味くないか?
***
僕が居る第一層には僕が創り出した数多くの罠と仕掛けが既に多数設置されている。
防衛線の部屋の入り口周辺に仕掛けられた数多くの罠、そして魔石を利用した空調設備、この映像を映し出している水晶板――――模造魔水晶もそうだ。
そして通路にも隠蔽処理を施したいつもの罠に加え、新型の高火力を誇る大型罠や幾つかの切り札とも言える罠が仕掛けられている。 火力だけならば通路に仕掛けてある罠の方が圧倒的に高いくらいだ。
そしてそんな罠の設置の仕方をした理由はこの一層の通路が狭いという事と相手が大軍だと想定されていたからだ。
狭い通路を移動中の部隊というのは前後にしか逃げ場がなく密集している為、罠が有っても回避が難しいのだ。
これは僕がDGで学んだダンジョン防衛の基礎中の基礎である。そしてそれ等が有効なのは今までの冒険者戦で実証済みだ。
さて、今回通路に仕掛けている罠は一定条件を満たした後にオートで動くようにしてある。
これは敵と戦闘になっている場合、複数ある罠に一々僕が指示を出して起動させていては手間が掛かるからだ。
今行おうとしている高速型の冒険者戦滅パターンを例とするならば矢罠の連射で動きを止めた相手に縛鎖で拘束し、止めの一撃の罠を起動させる。
そんなコンビネーションを自動化させたものだ。
他にもこの自動化されたパターンは何種類か有るが、これ等は僕が今まで戦ってきた冒険者との戦いで有効であった戦術をオート化したものだ。
成功率はまぁまぁ高い、冒険者撃破率80%といったところだろうか?ちなみに僕が現場を見ながら修正指示を出せば並の高速型冒険者が相手ならば撃破率95%位に跳ね上がる。
この前者と後者の違いは、敵はゲームの中のプログラムされた行動をするMob等ではなく思いもよらない行動をする人間のプレイヤーだからだ。
動きを止めるのが最善の選択でも特攻してくる。仲間が倒れた瞬間に攻撃を食らいながらでも脇目も振らずに逃げ出す。その他諸々、事例は様々だがその様な想定外の動きをする相手の場合オートモードは旨く機能しない。
人間の細かな心理状況を把握し、思いもよらない行動に即時に対応するというのはオート化された罠の発動では難しい。だからやっぱり僕が細かく指示を出すのが一番撃破精度は高くなってしまう。
これは僕が現場に居られない場合の防衛線においての一つの悩みだ。だが今それが打開される可能性が出て来た。
今回オート機能を統括しているミッチーが『人間臭さ』を理解したらどうだろうか?きっと今よりもプレイヤーの行動心理を理解して撃破精度が上がるはずだ。
そしてその為にはミッチーも経験を積む必要がある。
今倒そうとしている冒険者集団はそれに打って付けの相手だ。
数も少ないし、そうレベルも高くない。
ミッチーの経験を積む為の良い練習に相手なる――――そう頑張って自分に言い訳して前向きに考えて期待していた30秒前までは。
「ウフフフ、死になさい」
ミッチーが楽し気に、そして冷酷に短くそう言うとそれに追従するように冷たいいつものミッチーアナウンスが流れてくる。
『隠蔽処理を解除。矢罠3基連射モードで起動します』
僕はミッチーの発言に眩暈を覚える。
だが、ミッチーのアナウンスが脳内に流れ出したで冒険者達の姿が映し出されている水晶板に逃避するように注目する。
水晶板に映し出されていたのは先程侵入してきた冒険者達が矢罠の攻撃に驚きながらも即座に対応しているところだった。
冒険者達は天上から突然放たれた矢の連射に驚き動きを一瞬止めた。だが直ぐに一部だけ矢の攻撃が行なわれていない地点を発見し高速移動を行い難を逃れた。
これが足の速い獣人型冒険者の凄い所だ。
反応速度だけで無く目も良いのだろうが、ほぼ一瞬で攻撃を見極めて安全地帯へ退避する。
そしてそれを織り込み済みなのがこの高速型殲滅パターンである。
「予想通りの動きかしないつまらない獲物ですね。消えなさい」
あぁ……知ってるぞこれ。
そっかそうだよなぁ、参照するって言ってたもんなぁ………でも若干メリジューヌさんも入ってるのかな?もう諦めに似た感情を持ちつつそんな事を思う。
『対象の規定行動を確認剣の罠4基起動します|』
一人の白い皮鎧の冒険者が天井から降り注ぐ矢を回避し、天井を警戒しながらも矢を回避した事により表情に安堵の色を見せる。
しかしながらその時冒険者が突然倒れた。
軽い驚きの声をあげて倒れる冒険者、そして残りの冒険者三人の視線が倒れた冒険者に注がれる。
倒れた冒険者は自らの足を見て驚愕の表情を再び浮かべる。
冒険者の膝から下が綺麗に切断されていたからだ。
それは冒険者の死角から剣の罠が発動し膝から下を横薙ぎに切り落とした結果だった。
『剣の罠の起動を確認、対象の生存を確認。全条件整いました縛鎖4基起動―――』
「終わりです冒険者。私のご主人様に逆らった不幸を呪いなさい」
あ、ここは本当にメリジューヌさんぽいね。
未だ無事だが倒れた冒険者に注意を引き付けられる3人の冒険者達。
そして膝から下を剣の罠で切り落とされ、何が起こったか分らず眼を見開いて地に手をついている冒険者。
その4名を狙う蛇のような銀色の存在が冒険者達に殺到する――――それは壁天井床から複数の銀の鎖だった。
仲間の負傷に注意を引き付けられていた冒険者3人は押し寄るその銀色の鎖を回避する事が出来ず、膝から下失っていた冒険者も当然鎖を回避する事が出来ない。鎖は全員の体に絡みつくように巻きつき拘束する。
そして鎖に絡め取らた冒険者達はそのまま鎖に引き摺られるようにして、ある一箇所に強制的に集合させられる。
うーん、とりあえずこれで勝てたかな?ミッチーのほうは………ちょっと対処法を考えないとマズイかな?壊れ気味だ。
『対象3体、有効範囲内に入った事を確認しました。火炎放射床を起動。焼却開始します』
ん?3体?捕まえてるのは4人の筈だけど……うん、やっぱり4人居るよな。アナウンスの方までバグったか?もしかして。
ミッチーアナウンスに疑問を抱き、縛鎖に捕縛されている冒険者を改めて凝視する。
そこには何やら喚いている冒険者が3人とまったく動じていない例の忍者が居た。
つまり4名の冒険者は確実に縛鎖が捕らえていたのだ――――もはやミッチーが壊れた影響でミッチーアナウンスまで影響が出ているとしか思えない事態だった。
そうこうしているあいだに鎖に巻かれ一点に集められた冒険者達の足元に赤い光が灯る。
光に気付き床に顔を向ける冒険者達、その直後その姿を覆い隠すような真っ赤な火柱が一気に通路の天井まで吹き上がり一気に冒険者たちを焼き尽くす。そして直ぐに炎に青い物が混じり出した。恐らく冒険者達が絶命しその身をマナ結晶に変じたのだろう。
炎の赤とマナ結晶の青の色がコントラストとなり、美しい赤と青が混じる火柱を形成し目を惹かれるが直ぐにそれはただの赤だけが支配する火柱に戻ってしまった。
炎に巻かれた冒険者達は一瞬で絶命し、その痕跡を幾つかの装備の燃えカスを残して消失した。
うん、予定通りの火力だな。焦げ付きも無さそうだしまだまだ使えそうだ。
この罠は火炎放射床という名のDGで使っていた罠の一つである。
性能としては対象が床の上に乗ったら高熱の火柱で対象を焼き焦がすという分りやすい罠だ。
もっともGDに有った火炎放射床は使い捨てタイプだったがこちらは複数回使える。
そのまんまGDから丸コピというのも味気ないのでちょっとアレンジを加えた結果、複数回使えるようになったのだ。
床自体の材質には焦げ付かず性能を維持できるように特殊な火の精霊の加護を受けた金属を使い、ついでに意味が有るのか分らないけど表面にテフロン加工まで加えてみたがこれはオマケみたいな物である。
一番重要なのは発火装置には特殊な火の魔石を取り付けた事だ。
この魔石は魔力を送るだけで何回でも着火できるという耐久性と火力に優れた魔石であり非常に優秀な着火剤となっている。それもその筈、この魔石は火炎宝剣の核になっている魔石を『創造』の権能で模造した物だ。オリジナルの魔石ほど強力なものではないが、魔力さえ供給できれば安定して燃えてくれる優れ物である。
うん、やっぱり使いまわしが効く罠ってのは良いね。DGの時はあの罠を使う度再設置の手間と費用に頭を悩ませていたものだけど――――
「なるほどこれが不愉快という感情ですか、今私は非常に不愉快ですご主人様」
罠の効果に満足し、少しだけ上機嫌になっていた僕の心を冷えさせるそんな声が響いた。
ミッチーがイラつき隠さず呟いたのだ。
不愉快か。
うん。その声を聞けば誰だってミッチーが不愉快だって分るよ。
態々報告してくれなくても大丈夫………でも、ミッチーは何で不愉快だ?
『敵対個体3体の焼却を確認―――矢罠1基破損。機能を停止します』
ん?罠を壊された?
ミッチーのアナウンスを受けて壊されたであろう矢罠に目を向け、そこになにやら刃物の様な物が突き刺さっているのを僕は確認した。
短刀?いや、違うな。なんて言ったかなあの投げる飛び道具。まぁ、そんな事よりも今は矢罠を壊されたことのほうが重要だな。
ステルスしていた伏兵でもいたか?いやそれはまともだった時のミッチーが否定してたな。
そうすると火炎放射床の高火力の直撃を受けて生き残った?それはもっと無いな。原型を留めない冒険者の残骸をさっき確認出来た。生き残っている筈が無い。
まさかと、思いつつも再び僕は全ての冒険者を焼き殺した筈の火炎放射床を注視する。
そこには冒険者が死んだ証である焼き払われ捻じ曲がり原型を留めていない幾つかの装備の残骸のような物が有った。
そして冒険者の生存を確認出来るような物はない。だが、一つだけ大きな違和感を与える物がゴロンと転がっていた。
冒険者の燃えカスの中にある違和感ある物体。
それは最近この名無しの遺跡の特産品になりつつあるものに良く似ていた。そう木炭である。
丸太をそのまま木炭にしたような塊が白く燃え尽きながらプスプスと燻り赤熱していたのだ。
なるほど、あの忍者か……方法は分ったけどどういう原理なんだ?
縛鎖は4体の冒険者を捕らえその後火炎放射床で冒険者達を丸ごと焼き尽くし、全員いい感じにウェルダンになっている筈だった。
だが縛鎖に捕らわれていた筈の冒険者の一体が何時の間にか丸太に姿を変えていたのだ。
そしてこの丸太を自らに偽装して難を逃れるという手法を僕は知っている。だからこそあの忍者が縛鎖の縛めから逃がれられたと確信できた。
「格ゲーで似た様な技を見た事が有るな…………変わり身の術?正確には空蝉の術だっけか?あれだよな。凄いな、どういう原理なんだろう?ていうか、やっぱりあいつ忍者だよミッチー!」
別に忍者に思い入れがある訳では無いが、それでもちょっとリアルな忍術をみてしまい興奮気味の僕にミッチーは冷たい声を返してくる。
「私が冒険者を仕損じたことがそんなに面白い?ご主人様」
「あ、いや、そんな事ない………です」
あまりに冷たくそして僕がもっとも恐ろしさを感じる声色と対応で問い掛けられ思わず、敬語で返してしまった。
というか敵意をこちらに向けないで欲しい。怖い。
本当にどうしてこうなった…………辛口、暴言、何故そうなかったかは解らないがここの所のミッチーの発言には妙な変化が起こっていた。
そこに僕が人間臭さを学べと行ったのがきっと悪かったのだろう。
僕の記憶から人間臭さを学んだ結果ミッチーは姉ちゃんソックリの対応を行うようになってしまった。
しかも格下の獲物を逃がした時のすこぶる機嫌が悪い時の姉ちゃんの…………良く良く考えればこれは当たり前の結果だったのかもしれない。
僕の記憶にあるもっとも感情が強い人間、つまり実に人間らしい人間といばそれは姉ちゃんだ。
しかも僕は生まれてからずっと姉ちゃんと生活していたのだから(まぁ姉弟だから当たり前なのだが…………)姉ちゃんについての記憶が一番濃く、そして多いだろう。
ミッチーが僕の記憶を参照するにあたって姉ちゃんを参照する確率は高いのである。
そしてメリジューヌさんを参照している可能性があるのも恐らくその感情の強さ故にだろう。
「えーとミッチーさんもしかして今とってもご機嫌斜めですか?」
いつものミッチーならばここで「私は怒っていません」とか「気にしないでください」とか素っ気無い答えを返してくる筈である。
少なくとも僕はその答えが帰ってくる事を諦め半分に期待半分でそう問い掛けた。
「はいとっても。はらわたが煮えくり返るというのはこういう気持ちなのですね。また一つ私は人間臭さを理解しました喜ばしいことです」
ですよね…………まぁ半分どういう反応が帰ってくるか分ってはいたけど僕の期待は裏切れた。
落胆していても仕方が無い、次は円滑に物事が運ぶようにする為の行動だ。
正直あの敵意が混じった不機嫌な感情を向けられると竦んでしまう放置できない…………しかしなんで一番の敵である冒険者じゃなくて味方である筈のミッチーに悩まされなきゃいけないんだろうな。
それに喜ばしいとか言いながらすっごい機嫌が悪い声なのはなんとかならないのだろうか?
今のミッチーの反応からして姉ちゃんとメリジューヌさんの影響が強いみたいだけど、今の段階なら問題ない。
むしろコレがその内、心に狂気を抱えるアイペロス辺りの影響まで受けだしたら手が付けられなくなる。対応出来る時に対応しておくべきだろう。
方針は決定した。次はミッチーの機嫌を直すところからだな。
今すぐにその人間臭さの学習を止めろ!と言いいたい所であるが、姉ちゃんの人格をモデルにしている可能性が高いミッチーが素直に僕の言う事聞いてくれるとは限らない。
むしろ僕から学べといったのに今更止めろなんて言ったら確実に怒り狂う。
少なくとも姉ちゃんなら絶対ブチギレて僕を半殺しにする…………だからうまい具合に誘導していかなければならない。
幸いミッチーの今の現状は『キレ』てはいない。
せいぜい気分が悪いから僕に八つ当たりしようかな?とか考えている段階だろう。それならまだ大丈夫さ。
伊達に生まれてからずっと姉という恐怖の対象と生きてきた訳ではないのだ。対処法も確立されている。
「それで、ミッチーあの忍者の排除はどうする?荷が重いなら僕が代わろうか?」
「あの程度の相手、私で十分です。ご主人様の手をお借りする必要はありません」
「大丈夫?やれる?」
「何の問題もありません」
「ん、そっかじゃあ引き続き任せるよ。ミッチーなら問題無く処理してくれると信じている」
「はいお任せ下さい。あのゴミを今度こそ排除してみせます」
少し機嫌を直した声でミッチーがそう言ったので、僕は心の中で「うん、予想通りの反応だな」とほくそ笑む。
そしてミッチーの不機嫌と敵意は僕ではなくあの忍者に全て向いてくれた。
全ては予想通り、これでミッチーが人間臭さを学ぶモデルとしているのは姉ちゃんとメリジューヌさんである事が確信できた。
もう後はこっちのものだ。
単純な話今のミッチーの人格モデルが姉ちゃんとメリジューヌさんになっているのならば、地雷さえ踏まなければその操作は簡単なのだ。
少し煽るように「荷が重い?」なんて言えば姉ちゃんはムキになって敵を排除しようとするとだろう。
更にメリジューヌさんの人格もモデルとしているならば「信用」や「信じている」という言葉に妙に弱くなっているのは明らかだ。
だからこそあえて僕は「信じている」と言った。
そしてミッチーは機嫌をほんの少し直してくれた。うんチョロイチョロイあとは幾らでもやりようがあるな。
「それでは生き残りの冒険者の廃除を開始します」
「うん、後は任せるよ」
『矢罠5基起動、対象への連続掃射開始します。対象回避。続けて剣の罠4基起動します。対象回避。続けて縛鎖――――』
ミッチーの少々苛烈過ぎる攻撃が始まった。
忍者は巧みに攻撃を避けているがこれならば、時間の問題だろう。
後はミッチーが冒険者を始末して機嫌を治した所で『人間臭さ』についての学習を止めてもらうだけ、簡単なもんだ。
まぁやめてもらうんじゃなくて見直してもらう形が良いんだろうけど、良く良く考えてみると僕の記憶を参考にして良い結果が出るとは思えないんだよなぁ。
人間が出来ている人ってのは僕の周りでは少ない。
少なくともすぐにこの人を参考にしろ!と言える人は居ない。なら、一回『人間臭さ』の学習は止めてもらうべきだろう。
そんな事を考えながら再び僕は水晶板に注目する。
水晶板に映し出された映像の中で白い忍者が閃光の様な早さで動く。
忍者は矢をその身に幾つか受けながら、p咄嗟に迫り来る鎖を回避するために大きく前転する様に前に転がり見事縛鎖を回避していた。
そして白い忍者は表情に僅かな焦りこそ浮かべていたが、まだ冷静さを残しているらしく矢罠へ的確に手裏剣と短刀のような刃物を投げつけて破壊していく。
『矢罠1基破損。機能停止。追加で矢罠5基起動します』
「生意気な!さっさと消えなさい!」
ミッチーの苛立ちが混ざった声が響き、洞窟の天井に幾つかの円形の穴が開く。
そして穴から間髪いれずに矢が射出されて行くが――――矢を白羽取りした後に投げ捨て、再び回避の動作に入り後続の矢も避けていく。
「良く避けるな。ミッチーもしてしてこいつがレベル40代のやつ?」
侵入してきた冒険者のうち、この一人だけ生き残っているのだ。
ならばこの忍者が一番レベルが高い奴だと考えるのが妥当だろう。
「はいそのようです。ですがこの個体は平均的なレベル40代冒険者の回避能力の水準を上回っています」
「なるほど、旨いのか」
なんのゲームでもそうだが、レベルや装備が揃っていれば旨い訳ではない。
もちろん装備やレベルは重要なファクターであるが、やはり中の人の性能で操作するキャラクターの性能も変わってくるものである。
「はい――――このっ!避けるな!当たりなさい」
再びミッチーの激しい声が響き、水晶板の中では死角から来る剣の罠の刃を紙一重で避ける忍者が映し出されていた。
本当に良く避ける。旨いもんだ…………でも、これはちょっと不味いな。
ミッチーが姉ちゃんとメリジューヌさんの人格を使っているのならば、これ以上放置していると不味いことになるのは間違いない。
暴君の様な姉ちゃんと優しいメリジューヌさん、意外にもこの二人には共通点がそこそこに有る。
特に残念なのが二人ともキレやすいという事だ。
うちの姉は些細な事でキレるし、メリジューヌさんもリリアが不利益を被るような事があれば直ぐににプッチンといってしまうのだ。
そしてこれも共通点であるがキレたこの二人は手がつけられない。
うちの姉の場合それに八つ当たりまで含まれるのだからもっと手が付けられない。で、今の二人の性格を合わせた様な性格になっているであろうミッチーの心情を察すると――――ブチギレ10秒前という感じだろう。
このままだと手がつけられなくなる。
あの頑張っている忍者には悪いがさっさとご退場願おう。
「ミッチー攻撃レベルの引き上げを」
攻撃レベルの引き上げそれはまだ使っていない高い威力の罠を使うという事である。
未だ使っていない他の罠があの通路にまだまだある。
それ等は後続の本隊を撃退する為に温存している物だ。
たった一体の冒険者に使うような物ではない。
しかしながらあの忍者はそれ等の一部を使ってでも始末する価値が有る。主にミッチーの心の平静を取り戻す為の生贄と言う名の価値が。
「40レベル程度の相手にですが?」
「うん仕方無いよ。多分あの忍者は強い。ならさっさと消えてもらうのがベストだと思わないか?」
さっさとあの忍者を始末してもらってミッチーに機嫌を直してもらいたいというのが本音であるが、あの忍者に消えてもらいたいのも本音だ。
あの忍者ミッチーの攻撃を回避しながら着実にこちらに近づいて来ている。あの動き只者じゃない。
正直この防衛線に入れたくは無い。ならば通路で死んでもらうのが一番良いだろう。
また余計な被害が出てしまったら今度こそ此処の防衛は立ち行かなくなるし僕の精神的にも宜しくない。
「ですが、対象のレベルから見て剣の罠と矢罠で十分破壊出来る耐久度です」
「でも、当たらないんじゃ意味無いだろう?なら一撃で確実に葬れる罠を使うべきだ。出し惜しみしても無駄に魔力を消費するだけだよ」
「――――了解しました。対象への攻撃レベルを引き上げます」
若干の逡巡の後ミッチーは僕の意見に同意してくれた。
これが姉ちゃんだったら生意気を言うなと僕を殴りつけてくる所だが、ミッチーはちゃんと状況を理解してくれた。
この辺りはメリジューヌさんの人格をモデルとしている影響だろうか?それとも、ミッチーの元々の性格がまだ生きているという事だろうか?
「うんそうしてくれ。罠の選定は僕がしたほうが良いか?」
「いえ責任をもって私が行わせていただきます」
「そっかなら任せるよ。あっでもやり過ぎないようにしてね。この後の事も考えるとたった一体の冒険者にあまり魔力を浪費したくない」
「了解致しました。ですが、対象に下手にダメージを与えると恐れをなして逃走される可能性があります。少々火力が高い罠を使っても宜しいですか?」
「ん?あぁ言われてみればそうだねうん。そこは任せる。ただ魔力消費は少なめにね」
ちょっと感動。
ミッチーが「恐れをなして逃走」なんて敵の心理を読むような事を言ってきた。
これだけでも『人間臭さ』を学んで意味があったかもしれない。
「畏まりました。それでは再度残存冒険者の処理を行います」
『管理者より攻撃レベルの引き上げ要請。承認。攻撃レベルを引き上げたシークエンスの組み立てを開始。シークエンス組み立て完了。新攻撃シークエンスでの攻撃を開始ます。残存の矢罠で、対象への連射射撃を開始』
冷たい声のアナウンスが流れると同時に再び忍者への攻撃が開始される。
使っている罠は先程と同じ矢罠のみ、強力な罠は使われていない。
多分あれであの忍者を追い詰めて止めの罠にはめるのだろう。どうやら基本パターンは高速型殲滅の規定パターンを元にしているらしい。
そして忍者はミッチーの思惑通りなのか通路の奥へと後退しながら絶妙な動きで被弾せずに回避していく―――――うお!バク転して矢を避けたぞ!おぉ!今度は手裏剣を投げて矢を叩き落とした!これはもう、本当に死んでもらわないと不味いな!
『対象の矢罠射程圏外への後退を確認、矢罠1基追加起動します。対象更に後退。剣の罠2基を起動させます――――対象の回避確認。対象の更なる後退及び対象の指定地点への移動を確認しました。石壁起動します』
忍者の動きに驚き若干の感動を覚えている僕の脳内で矢継ぎ早なミッチーのアナウンスが続く。
そしてミッチーの声が脳内で響く度に忍者は回避を行い段々とこの防衛線に近づいてくる。
しかしその先で忍者の進路を塞ぐ様に石壁が床からせり上がる。
『石壁の起動を確認、連動して石壁を起動します。判定開始ブルー0レッド1、石壁2枚の起動を確認及び効果範囲内に敵対対象のみが居る事を確認しました。最終シークエンスの条件をクリア。これより最終シークエンスに入ります――――』
突然の石壁の出現に忍者は一瞬驚き固まるが瞬時に状況を判断し、今度は矢罠の矢を受けながら入り口の方面に走り出したそうとした。
しかしながら逃げ出そうと駆け出した矢先に今度は反対側の通路にも石壁が現れ擬似的な密室空間を作り出だされ、忍者はその空間に閉じ込められる形となる。
あぁなるほど、そこに誘導する為に矢罠で追い詰めてたのか。
あの場所は密閉空間で効果を発揮する罠の密集地帯だ。
主に石壁で閉じ込めた多数の敵を葬り去る空間制圧型の罠が設置されている。
狭い空間で空間を制圧すような攻撃を行なう事を目的としている罠ばかりなので幾ら避ける事に特化しているあの忍者でも、避ける事は出来ないだろう。
まぁでも天上一面に設置してある罠、散弾する円舞の掃射で終わりかな?一人の敵を始末するだけならばそれだけで十分すぎるくらいだ。
ちなみに散弾する円舞というのは制限解除を行わないと創れない罠でその性質は魔道具に近い罠である。DGには無かった最近僕が創った新作の罠だ。
罠本体の形状を説明するならば壁や天井から生えてくる先端が糸状になっている捩れた縄の様なものである。
この縄を形成している細い糸の一本一本がとても小さな紫色の魔力弾を形成出来る物で、それが束ねられている散弾する円舞は小さな魔力弾を同時に20個射出ができる。
名前の由来もこの魔力弾から来ていて、射出される魔力弾が散弾形式で射出されるときに円形に踊るように射出されるからである。
連射は矢罠のように効かなく魔力のチャージ時間を要するが発射されれば魔力弾は誘導性とそこそこに長い効果時間をもっているので、対象が長時間に渡って逃げなければをその魔力弾を振り切る事は難しい。
そして魔力弾は着弾すると小規模な魔力爆発が起こり対象にダメージ与える事ができる。そんな限定空間内で使うならば回避が難しい凶悪な攻撃が出来る傑作の罠だ。
この罠の設置場所は天上もしくは壁が望ましいので今回は天上に設置してある。
『―――――幻影投影機を起動します』
うんうん、これで勝ったな。
散弾する円舞は発動の瞬間が綺麗なんだよ。
この間試射したときは対象が居なくて面白みが無かったけど今日は――――ん?あれ?
ガチャリと機械的な音を立てて銀色の金属で作られた先端にレンズを持つ円筒状の物が洞窟の壁床天井に一つずつ現れた。
更にその機械の先端から淡く青い光が発せられたかと思うと、通路の中空に青い光を湛える球形の立体魔法陣が現れる。
魔法陣は青い光を振りまき周囲を青く染め、幻想的な幾何学模様と謎の文字を表面に表示させながらグルグルと回転している。
それが何かを知っている僕も、恐らくそれが何かを知らないであろう忍者もその美しさに思わず眼を惹かれ言葉を失ってしまう――――そんな美しさを湛えている。
『全工程の正常起動を確認しました。術式の展開を開始――――展開の完了を確認』
僕は予想していなかった事態とあまりに幻想的で美しい光景に意識を奪われて言葉を失ってしまっていた。
そこに冷たいミッチーアナウンスが流れた事で僕はやっと自らを取り戻す。
「ちょっ待てミッチー止めろ!オーバーキルだ!それは使うなもったいない!」
「知りません」
「は?何を言って――――」
「聞こえません」
「いや、返答してるんだから聞こえてるだろう!」
「ご主人様は好きにやって良いと仰いました。だから好きにやらせて頂きます」
「好きにやれとは言ったけど魔力消費がデカイ物はNGだって言った筈だぞ」
「大丈夫です、こちらの罠の起動には魔力は使いません」
「詭弁だ!それは設置に大量の魔力を――――あぁっ駄目だもう間に合わない」
『魔凍結霧起動します』
ミッチーが術式の起動を告げるとピシリという音がした後に銀色の円筒状物体は弾けとんだ。
しかし立体映像の球体は消えること無くより回転速度を増したかと思うと一際強く発光し、その青白い極光が解き放たれ術式が開放される。
そして球体からは光を伴った白いガスが発生し何も出来ず立ち尽くす忍者の姿を隠し、直ぐに通路全体にガスが充満し何もかもが見えなくなる。
これは幻影投影機という罠である。
これもDGには無かったオリジナルの罠だ。
その効果は立体魔法陣を投射し高位魔術を使用者無しで無理矢理に発動させるという物である。
この幻影投影機を創った時期は散弾する円舞と同じで極々最近だ。
散弾する円舞もこの幻影投影機もコンセプトとして罠に魔術を取り入れたいという目的で創られた。
その本質は魔道具に近い物であり、権能の制限を解除していないと作れない物であるという点と篭められた魔術を発動させるという性質も散弾する円舞と良く似ている。
しかしながら幻影投影機と散弾する円舞には大きな違いがある。それは使用回数と篭められている魔術のレベルだ。
散弾する円舞はマジックミサイルという初歩的な攻撃魔術を一度に大量に発射するというコンセプトで創られており、射出数を重視したのでマジックミサイルの小規模版を一回に大量に発射するという仕様になっている。マジックミサイル自体がそう強力な魔術ではないので比較的耐久性が高く、恐らく数十回連続起動しても何の問題もなく機能するだろう。
対する幻影投影機は高度な魔術に必要不可欠な長い詠唱を立体魔法陣という形で代替し、高位の魔術を無理矢理に行使する為に創られたものだ。
行使出来る魔術はマジックミサイルの比にならないほど強力な物であるが、その強力な魔術は罠自体にもダメージを与えてしまう。つまり1度使ったらそれまで、それで終わりだ。
罠の本体が高位魔術の負荷に耐えられなくて壊れてしまうのだ。
これは魔術の反動に魔術を投影している幻影投影機本体が耐えられない為である。そう、この罠の本体は壁床天上に設置されている投影装置であり起動条件を満たすと立体的な魔法陣を通路に投影しその魔法陣から高位の魔術を発動できるのだ。
今回の場合は魔凍結霧という氷系の上級魔術が篭められていた。
そしてこの魔凍結霧という魔術は霧散しやすいので狭い空間のみでしかあまり効力のない魔術であるが一度密室で発動してしまえば強力な効果を発揮する対生物用の魔術である。
その効果はシンプルな物で生物に群がる超低温の高密度のガスを噴出するという密室向けの魔術であり、大抵の生物はガスに接触すれば一瞬で凍結しその命を奪う事が可能だ。
液体窒素がガス状になって生き物を追尾していくと考えれば想像しやすいだろう。
そしてそんな魔術の直撃を食らったのだ。恐らくあの忍者はあれで終わりだ。しかし…………いくらあの忍者が強かったとしても幻影投影機をあの忍者一人に使うのは勿体無さ過ぎる。
魔凍結霧が篭められた幻影投影機は正直単体の敵に使うような罠ではない。
もっと大規模な、そうあの空間に目一杯冒険者を詰め込んでもちょっと勿体無かったかな?と感じるほどには設置に魔力を消費する対多数用の範囲攻撃が出来る罠だった。
そして使い切り型の罠だからこそ一番有効な場面に使いたかったのだ…………
キラキラと光り輝くガスの向こうに氷の彫像と化したあの忍者が見える。
もはや言葉も無く見つめるが動きは無い…………凍結しているからなのかマナ結晶にもならないようだ。
『対象の活動停止を確認。凍結粉砕機を起動します』
ミッチーのアナウンスに従い、ガシャリと音をたてて通路の壁が上下に割れる。
その中からは無駄にデカイ一本のハンマーが出てきてた。
これは一応のトドメ用に創っておいたオマケの罠凍結粉砕機。凍結粉砕機なんて大層な名前をつけたがまぁ唯のハンマーだ。
超低音で凍らせても生きている様な冒険者ももしかしたらいるかもしれないね?とか言いながら半分ネタとノリで創ったものである。
材質は鉄、創るのにもそう魔力は使わない。サイズは人間を一撃でペシャンと潰せるビックサイズ。それ以外は語る事もない普通の巨大ハンマーだ――――それがそのまま忍者に振り下ろされる。それで終わりだ。忍者は鈍い音を響かせながら粉砕された。
『粉砕完了。最終工程の完了を確認。これにて全シークエンスを終了します』
「スッキリしました――――あぁ、これがスッキリするなのですね。これは素晴らしい感覚ですねご主人さま♪」
語尾に音符のマークでも付いてそうな、そんな上機嫌で晴れやかな声でミッチーは満足気に新たに感じた感情の報告を僕に行ってくる。
ちょっと可愛いかな?とか思ってしまうのが悔しい限りである。で、その報告を受ける僕はもはや怒る気力すらない。
むしろ怒るのも筋違いなのだ。
結局このミッチーの行動は僕の出した命令の末だ。
責任はミッチーではなく僕に有る。これは有る意味、僕の身から出た錆びであり怒る訳にも行かないという訳だ――――でも、まぁ苦言の一つでも言いたいのが人間らしい反応である。
「あ、そう。よかったね……でも八つ当たりっていうのはあんまり良くないと思うよ僕」
「仕方がありませんご主人様。ストレスが溜まった場合、このように一方的に敵を有無を言わさず粉砕するのが正しい行動だとご主人様が記憶されていました」
八つ当たり。そうミッチーの行動はもはやそうとしか思えなかった。
費用も効果も関係なく、ただ気持ちよく相手を粉砕し撃滅する。
これは僕が元居た世界で良く見た光景である。
そう、もはや語るまでも無く我が姉の行動パターンそのままだ。
姉ちゃんは一定以上のストレスが溜まると異常に攻撃的になり、まぁモノに当たるのだ(このモノに僕が含まれるのが悲しいところである)
それでも最近はもっぱらAOを始めとするゲームで発散していたようだが、粉砕、爆砕、抹殺、撃滅という言葉が似合う派手な破壊行動をゲーム内で行ってスッキリしていた。
そしてその後にケロっとして怒りを忘れて気分良く話しかけてくるのだ。
正しく今のミッチーそのまんまだね。
しかしストレスか、ミッチーはストレスを感じていたのか。原因はまぁ僕だろうな。
今日だけで、随分と色々と負担を掛けすぎた。
ストレスを感じてもおかしくは…………ん?ミッチーがストレスを感じていた?これってちょっとした進歩じゃないか?
今までのミッチーは良く出来たAIという感じだった。
人の心理は理解しても細かな機微は理解しなく、機械的にその心理を利益が出るように利用するだけだった。だが、今のミッチーはストレスなんてものを感じている。
そして機械はストレスを感じない。
ストレスとは生存する為に必要な感情や痛みを知る生き物だからこそ感じる事が出来るものである。
それを理解できたこれは一つの進歩と言って良いだろう。
ならばこのミッチーの暴走も無駄ではなかったのだろうか?
罠の無駄使いは許されるものではないが、成果は有ったのだ。無駄ではなかった。そう思えば少しは気持ちが楽になる。うん、そう思い込む事にしよう!その方が精神衛生上好ましい!!
「あーそうだね。姉ちゃんなら間違いなくそうするね。でも割とあの人駄目人間だから真似しないほうがいいぞ」
「そうなのですか?ご主人様はお守りするならばやはりお姉さまの人格をモデルにするのが一番だと思ったのですが…………」
「う、うーん。まぁ否定はしないけど、姉ちゃん結構問題の有る人だから丸コピは良くないかなぁ………あぁなるほど守るってのが人格の選考基準だったの?」
「はい、私の存在意義はご主人様をお守りすることですので、最も力強き者――――ご主人様がもっとも強く力を信奉されてる方をモデルとするのが無難だと判断しました」
「あーだから、姉ちゃんだった訳か。メリジューヌさんぽい発言が混じってたのもそのせい?」
「はいそうなります。ご主人様の記憶では最も恐ろしく力強い者がお姉さまであり、その次がメリジューヌ様でしたので、7割をお姉さま残り3割をメリジューヌ様の比率で参考にさせていただきました」
ふむふむなるほど。感情を学ぶ為に感情の起伏が激しい人を選考基準にしていたのかと思っていたけど僕の予想は全然違ったらしい。
確かに僕の記憶の中であの二人は『強い』というカテゴリーの中に居る。
姉ちゃんの事は態々語る必要もないほどにその『強さ』が記憶に染み付いており、メリジューヌさんに至っては生物的な強者である事は実際に戦った僕が一番知っている。
そして何かを守るという事は自身が強くなくてはいけない。あの二人をモデルとしたのも納得の結果である。
そこで一つ疑問が出てくる。
確かに姉ちゃんは強い。でも、もっと強い人を僕は知っている。
「でもさ、強さにこだわるならうちの親父とかグシオスさんもモデルにしたほうがよかったんじゃないか?」
親父は姉ちゃんよりも強い。
剣道の腕もさることながらその心も強い。
若くして妻を亡くしたのに心折れることなく僕と姉を男親一人で育て続けていたのだ強い心を持っていると言って良いだろう。
そしてグシオスさんだ。
グシオスさんもAOのアバターを操る姉と対峙して生きて帰ってきたのだ相当な強者である。
更になんだかんだ部下のコボルト達に慕われているというのも僕的にポイントが高い。
なにも姉ちゃんやメリジューヌさんだけでなく、この二人も人格モデルに加えてくれていたのならば僕の心に無駄な心労が蓄積されずに済んだのではないだろうか?
「ご主人様はデリカシーがありません」
「はい?」
まさかミッチーからデリカシーなんて言葉がでるとは思わずそう返すしかなかった。
そしてその予想外の言葉には静かな怒りの感情が篭められていて――――続く言葉でその怒りが爆発した。
「私は女性型と定義されています。言うなれば女子…………いえ!乙女です!ご主人様は女の子に成れと言われて嬉しいですか!「ご主人様が仰った事はその様な意味を持つと私は判断しました!!」」
「いや、あんまり嬉しくないな。あとそれは曲解し過ぎじゃないか?」
中には女の子に成りたい!ていう特殊な男子もいるかもしれないけど僕は普通の男子なんで男の子ままで良いです。
「では、言われて嬉しく無いことを私に言ったのですか?嫌がらせですか?女の子を苛める男子は最低だとご主人様の記憶に有りましたよ?それとも私を乙女だとご主人様は認めないのですか?」
「え?いや?ん、なんでそんなに興奮してるの?ミッチー落ち着いて―――――」
これはなんだ?なんかミッチーが余計に壊れた気がするぞ。
それになんかやたら女子である事を強調し始めた。
乙女なんて言い出したし……………乙女か、乙女だな。うん乙女だ………………やらかした!地雷を踏んだ!!気をつけてたのに最後の最後で一番の地雷を踏んだ!しかも2重の地雷だ!これ確実に姉ちゃんとメリジューヌさんの2重のコンプレックス地雷だ!
「何故興奮しているのか?それは愚問ですご主人様。ご主人様は私にむさ苦しい男性に成れと言ったのですよ?許し難い事です。良い機会です、この際だから言わせて頂きます。これは人格というものを模倣し、始めて分った事ですがご主人様は女性へ持つ心象がセクハラ親父のようになっている時があります。これは私の主として不適格です修正してください。また、時折胸元が開いた服装をしている女性の胸をバレないように覗き込むのも禁止です。特にベアトリス様を見る目がエロオヤジの様で不快です修正してください。そしてリリア様に対して育ってない等と――――」
説教が始まった。しかもクドクドとした説教が………僕が虎の尾を……いやこの場合竜の尾を踏んでしまったからだ。
我が姉、立花蓮華さんは不機嫌になる要因が大量にある面倒な人なのだが、その中でも最も不機嫌になる要因は「男の子に生まれればよかったのにね」的な言葉を言われる事だ。
これは別にうちの姉ちゃんが男ぽい顔立ちをしているとかそういう訳では無く(残念ながら美人の部類だ。ガッカリ美人というやつだな)剣道に打ち込むその姿やその在り方そのものが良く言えば勇壮、悪く言えば獰猛、血の気が多過ぎるのだ。
大昔に肉食系女子とかいう言葉が流行ったらしいが、うちの姉ちゃんはそれを強化したような大型肉食獣系女子なのだと思う。で、まぁそんな姉ちゃんだ。周りからそんな評価をされてしまっても仕方ないのだがどうにも本人はその評価が非常に気に入らないらしいし認めてもいない。
その証拠に姉ちゃんは「あたしほど女子っぽい女の子も珍しい」と素敵な発言を残している。もちろんその言葉にまったく説得力は無い。説得力を持たせたければもう少し僕に優しくするべきだと思う。
次にメリジューヌさんだ。
メリジューヌさんは乙女という言葉にこだわる。そして女性であるのに男性のようにぞんざいに扱われたりすることを極端に嫌う傾向にある。
これは姉ちゃんと違いメリジューヌさん自身の問題ではない。種族的な問題だ。
メリジューヌさんは竜人という種族である。
竜人という種族は魔族の中でも高位に位置する種族でその頑丈さは鋼製のゴーレムに勝るとも言われ、その生命力も比類する種族が存在しない程に高いらしい。
つまり怪我等をしても特に心配されること無く適当に流される事が多いのだ。むしろ怪我をしたことすら何かの冗談かと疑われる始末だ。
事実僕がメリジューヌさんと戦い、傷を負わせた時も皆そんな対応だったし本気で心配していたのは僕とリリアくらいだったと思う。
そしてそんな事情が有るからこそちょっとは女性らしく扱われたいと思うだろうし、ぞんざいに扱おうとする輩には悪感情を抱いても仕方ないのである(ちなみにこれはリリアからの受け売りの考えだ)
「――――聞いていますかご主人様?今私は大事な話をしているんですよ?そもそもにですね私がお話をしているのに他の事を考えるというのは何事ですか、しかもその考えはお姉さまに大変失礼だと――――」
「あ、勝手に僕の思考を読んだな!?―――――うん、以後気をつけます――――はい、分ってます」
思考を勝手に読まれた…………内容が内容だけにミッチーの説教はヒートアップして行く。
本当に姉ちゃんとメリジューヌさんは共通点が多い。
この説教をする所なんて姉ちゃんとメリジューヌさんにそっくりだ。
姉ちゃんは少しでも僕が気を抜くと精神が弛んでると剣道の稽古をしながら説教したがるし、メリジューヌさんはメリジューヌさんで、リリアが馬鹿やったときは懇々と説教している事が多い。
きっとこの二人が出会う事があれば良い友達になれ――――ないかもしれない。
同属嫌悪とかでケンカ吹っ掛けそう。主に姉ちゃんが………でまぁ、そんな二人の人格をモデルにしているミッチーの説教は長い。
そして二人分の女子らしく扱って欲しいという願いもしっかりと模倣しており………そのコンプレックスも模倣している。
つまり僕の発言はどうやらミッチーの逆鱗に触れてしまったらしい。
二人分の爆発力もって僕に説教をしてくるミッチーはもはや僕の手に負えないし、口を挟む暇も与えてくれない。
今って一応戦闘中な筈なんだけどなぁ…………良いのかなぁこんな事していて………




