第37話 貴方は誰ですか?
何処にも無く何者も存在しない筈の場所――――――そこには何も無く時間の流れもあやふやで、もし観測者が存在すれば闇だけが広がっていると認識するような場所だった。
「何故起こした?時が来るまで起こすな、と言った筈だよ?」
この空間は空も大地も無く生物も無生物も存在していない唯無限の闇が有るのみの空間である筈なのに声がする。
「権能の侵食が進みすぎて制御が出来ない?何を馬鹿な、その為に君を付けたのにそんな事が有る訳が――――」
何者も存在しない筈の暗黒空間でその者は姿を見せずに声だけを響かせている。
そしてどうやらその声だけを響かせる何者かは、誰かと話しをしているようだった。
だが、その会話の相手の声も姿も確認出来ない。
「――――――なるほど、面倒な事になっているようだね――――理由?あぁ適正が高すぎたんじゃないかな?――――うん、聞く耳をもたないってのは多分残骸共に支配されかかってるね――――いや、そこまで行くと過去の虚像と交じり合って訳が分らなくなってるはずさ。君の声が届かなくても仕方ない事だよ――――あー面倒だな、そのまま使えばいいじゃないか――――うっ……分った、分ったからそう怒るなよ……仕方が無いな、詳しく見てみるから少し待っててよ…………」
やはり何者かと会話をしているのか、適度に相槌を打ちながらその存在は声を発している。
その声に篭められている感情は煩わしさ。
どうにもこの声の主は、観測できない存在との会話を疎んでいるようだった。
しかしながらその声の主の態度に会話の相手が怒ったのか、声の主はほんの少しの声に慌てを見せる。
そして何かを見ると言った後に暫し沈黙してしまう。
「…………あぁ、懐かしい顔ぶれだ。水棲女王、世界観測塔の狂人、隻腕の魔人騎士……うんうん、なるほどな。アレ等はそこそこに優秀で強力だった。顕在化してもおかしくはないな―――いや、どれもこれも過去に消えた者達の残骸だよ。君が気にするほどではないと思うけどね――――解決方法?うーん?まぁ、自分を自覚させるか、罵倒でもして精神的ショックでも与えれば良いんじゃないか?それで、なんとかなるだろう――――あ、もうやった?それじゃあもう成るように成るしか無いんじゃない?」
暫しの沈黙の後、その声は何かを懐かしむように熱を帯びた言葉を紡いだが、直ぐにそれが取るに足らないものだったのか言葉に篭めていた熱を冷ましそう言った。
そして観測できない相手から再び言葉が有ったのか、再び声だけの存在は言葉を紡ぐ。
「――――責任?ボクに責任が有ると?――――なんか君、随分辛口になったね。彼が心配なのは分るけどもうちょっと言葉を慎んだらどうだい?これでも一応ボクは――――あぁいや、うん。ボクの影響も受けている可能性はあるけどね、それは彼のせいでもあるんだからさ、責任なんて――――説明責任?あぁそこを突かれると少し痛いな――――」
責任という言葉に何か痛いところがあるのか、その存在は少し言葉に焦りを混ぜ始める。
「――――分った。分ったよ、主としての責任を果たそう―――では、役目を果たそうか」
そう言葉を残し、闇の空間から声だけ発していた何者かの気配は消え去った。
そうしてこの空間は何者も存在しなく、何処にも無い空間としての本来の在り方を取り戻し消失した。
***
ツルギ視点――――――――第1層防衛線
あぁ、限界か?思ったより早かったな。
目の前で伏せるように倒れているグシオスさんを見てボクはそんな事を思う。
もし、本来の自分ならばこの状況にもっと慌てていただろうなと他人事の様にも思いもするが、今のボクにとってこれは取るに足らない事だ。
『権能システムに深刻なエラーが発生しました。エラーにより使用者への負荷増大中。システムエラーにより予期しない動作が発生する可能性があります。使用者は直ちに使用を制限し権能に制限を掛け直してください』
そんな導きの腕輪のシステムアナウンスが流れているが知ったことではない。
ボクは目的の為に手段は選んでいられないんだ。
『――――限界です。ご主人様、本当にそろそろ限界かと』
今度は導きの腕輪対話型インターフェイスがボクに小賢しくも警告を発してきた。
他の者に悟られたくないのは分るが、他でもないこのボクの心に断りもなく直接話しかけてくるその愚行許されるものではない。
ここは一つ主として、恐れ知らずの眷族にしっかりと言ってやらねばならない。だが、この会話自体をメリジューヌさん達に聞かれると面倒な事になる。
そしてボクは面倒な事が嫌いだ。
それならば導きの腕輪の様に心の中で言葉を投げかけるべきだろうと判断し、この愚かな道具に立場を分らせる言葉を念じる。
『一つ忠告をしよう導きの腕輪。貴様は唯の道具だ、出すぎた真似をするな。貴様の今の行動、本来ならばボク自ら消去してやっている所だぞ?寛大なボクに感謝するんだな』
『もう一度申し上げます―――――限界です!』
『そんな事は分っている。侵食が限界なのはこのボクの変化を見れば分るだろう。だがな、賢しいぞ導きの腕輪。誰に意見をしている』
『ご主人様、気をしっかりお持ちください!今、貴方は誰ですか!!』
『それをお前が問うか?誰よりもお前はボクを知っているだろう。愚かなり導きの腕輪。しかし愚かな眷族に答えてやるのも我が勤め、我が名を答えてやろう。ボクは――――』
『貴方は立花剣様です!間違わないで下さい!!』
あぁ、そうだ。ボクは……
『――――そう、ボクは立花剣……だ。だ、よな?……ミッチーもしかしてまた、混ざっていたか……?』
『はい。かなり危険なレベルで……ご主人様も限界です、直ぐに制限レベルの引き上げを私に命じてください』
『それはまだ……駄目だ。あの女を倒すまではそれは絶対にしない』
『グシオス様とお話が終るまでの約束だった筈です。それをお忘れですか!?』
覚えているさ。忘れる訳がない、忘れることが出来るならこんな選択はしなかっただろう。
ボクはグシオスさんから話を聞くのが恐かったんだ。姉ちゃんの話をグシオスさんから聞いて正気を保っていられる自身が無かった。
だからこんな状態になっている!
今のボクの状況を端的に表すなら『心を上書き』されていると言うべき状態だろう。
もっと具体的に言うと権能にかけられていた機能制限リミッターのほとんどをギリギリまで外してその侵食が起こす性格の変異を利用して姉への恐怖を打ち消している。
これは姉が現れた事により恐怖を隠しきれず狼狽していたボクがミッチーの提示した幾つかの解決方法から一番有効だと思われる物を判断し、ミッチーに頼んで施してもらった処置だ。
権能の侵食はボクの性格を変異させて何かもが取るに足らない様に感じさせる圧倒的な全能感を与えていた。
この効果でボクは姉へ対する恐怖のほとんどを克服する事に成功した。
もはや今のボクにとっては姉は早急に排除をしなければならない危険度が高い敵程度の認識だ。
姉を究極の天敵と感じ震え、恐怖していたボクはもう居ない。
ミッチーが意図的に引き起こした高レベルの侵食のおかげで完全にボクの悩みは解消されたと言って良いだろう――――ただ、この状態を長い時間維持していると大変な事になる。
長時間の高レベル侵食をボクを取り返しがつかないレベルで別の者に書き換えてしまう。
原因は権能の侵食が起こす人格変異にある。
この人格変異というのは使用者を権能が使える最適な状態に改変していくものらしいのだが、その最適な人格のモデルともいえるのが過去の権能所持者達の記憶や人格である。
そして進みすぎた侵食は人格の変異だけでなく、記憶の改変まで行ってくるのだ。
つまりボクの記憶の中にボク以前の『権能』使用者の記憶とやらが流れ込んで来ているという事だ。
ただ流れ込んで来るだけならば耐えることは出来るが、この記憶たちが悪い事にボクの記憶か他人の記憶かどうかも分らなくなりそうな程綺麗に紛れ込んでくる。
時折過去に起こった事なのか、知らないはずの情報や知らない事を口走ったりもする。その後でやっとこれは誰の記憶だ?となるからもう手に負えない。
グシオスさんの報告を受けているときもボクはグシオスさんを見ているようで過去に存在していた別の誰かを見ていたような気がする。
思ったより早く倒れた、なんて思ったのはそのせいだろう。
つまり高レベルの侵食とは、記憶からボクの心を侵食しその価値観を乱し言動を支配しようとしてくるものなのである。
そして、これこそが以前ミッチーが言っていた権能を体現化した『権化』とやらの一歩手前の状態だ。
この侵食が更に進み『権化』とやらになると自分が自分ではなく過去の権能使用者達の意識集合体となり、ただ権能を振るう事しか考えない存在になってしまうらしい。
その為長時間高レベルの侵食状態を維持してはいけないというのがこの処置を施すうえでのミッチーとの約束だった。
『約束は覚えているよミッチー。でも、その約束は破らせてもらう』
自分が誰かも分らなくなり、時折他人の記憶に支配されそうになる。
そんな状態でもボクはこの状態を解く気にはならない。
まず全ては姉を殺してからだ。
恐怖を克服しているいまだからこそ、ボクは姉に抗する事が出来る。
だからこそ今如何なる犠牲を払ってでも憎きあの女を殺さなければならない。
それこそが、我が宿願であり、我が宿命――――あーまた混ざってる……駄目だなこりゃ相当やばいのが自分でも分る……本当に限界が近い様だ。
だから限界が来る前に行動を起こそうと思う。
出来ればこの防衛線で姉たちを迎え撃ちたかったが、あの二人はこの遺跡に入ってくる気配はない。
それならば打って出るしかない。まだ叩ける内に叩かなければいけないのだ。
今遺跡前の広場には、姉と沙羅さんしか居ないのは分っている。
そして敵の援軍が間もなくあの広場に到着する事もグシオスさんの報告から分っている。
姉以外は取るに足らない存在だとは思うが、姉の処理だけでも忙しいのに他の雑兵が混ざってはこのボクが万が一にも敗北するという事も有り得る。
ならばいかなる犠牲を払ってでも敵が合流する前に姉を此処の戦力全てで包囲して如何なる犠牲を払ってでも叩いておきたいというのがボクの考えだ。
ここの兵力を全滅させてでも姉を討ち取らなければいけない。
その方が最終的な犠牲は少なくなるという事をボクは良く分っている。
『ミッチー打って出るぞ。もう守るのは止めだ。今しか姉ちゃんを殺せる機会は無い』
『正気ですか!?もう一度お考え直し下さい』
『考え直す?もう何度も考えたさ。そしてこの考えこそが姉ちゃんを打倒してボクが生き延びる事が出来る最善の策だ。限界が来る前に全てを終らせてやる』
ボクは心の中でそう言い切り次の行動指針を定めた。
ミッチーは何か五月蝿くボクの頭の中で『考え直せ』だの『違うしっかりと見ろ』だのと言って来るが知ったことではない。
この事態には早急な対処が必要だ。ミッチーには悪いと思うが、構ってる暇はない。
では動こうか、まずは……あぁ忘れていた。先にこれをなんとかしないとな。
ボクは目の前で倒れているグシオスさんに眼を落とす。
…………息はしている問題は無い。
まぁ放置してもなんとかなるだろうが、グシオスさんがボクの為に働き傷付いたという事実に変わりはない。そんな者を放置していたのではボクの沽券に関わる。さっさと対処しよう。
「グレイ、レッド、何しているんだよ。早くグシオスさんを医務室に運んであげてよ」
先程ボクがグシオスさんの部下達に命令したグシオスさんの医務室への運搬はまだ行われていない。
グレイもレッドもボクが命令してからピクリとも動かないのだ。事態の緊急性を理解していないんじゃないだろうか?少々コボルト達の頭が心配になって来る。
だが、ボクのそんな心配を他所にコボルト二人は懇願する様な目付きで意味不明な事を言って来る。
「ボ、ボス俺レ動けナい」
「俺、もだ、ボス。体が全然動か、ない」
動けない?あぁ、そういえばさっきから二人とも微動だにしていなかったな。
しかし理由は何だ?まさか思いの他、外での偵察がハードだったのか?
「動けない?もしかして疲労が限界で動けないとか、そんなオチか?」
「違いますツルギ様。ツルギ様が放つ魔力が原因です。弱い者はそれだけで動けなくなります」
ボクが見当違いの見立てでコボルト達に言葉を投げかけた所、メリジューヌさんが苦しそうな表情でそう言った。
メリジューヌさんは余程苦しいのか顔には脂汗が浮かんでいる。
手も震えて胸元に当てているし、吐き気か何かに耐えているのだろうか?
これは少し想定外だな。
現在ボクとメリジューヌさんはケンカ中……冷戦状態と言っても良い状態だ。
メリジューヌさんはかなりボクに対して怒っている。
だから彼女は一言も、それこそグシオスさんが戻って来たときでさえ喋ろうとしなかった。
そもそものケンカの発端は遺跡前に大量に溜まっていた冒険者を不死者にしたことだ。
ボクが外から流れてくる大量の冒険者の残骸に興奮して馬鹿笑いをあげていると、メリジューヌさんは大量に冒険者を始末したその手法を問い掛けてきた。
それで興奮してまともな判断力を失っていたボクは上機嫌に遺跡の前にばら撒いたゾンビパウダーについて話してしまった。
後から思えば話さなければ良かったと思うけど、誰かにボクの功績を知っていて欲しかったのか喋ってしまった。
その結果メリジューヌさんは烈火の如く怒り出したのだ。
マルトメントさんから聞いていはいたけど、どうやら魔族の中には不死者を使役して利用するだけで拒絶反応を示す人がいるらしく、メリジューヌさんもその類の人だったららしい。
ボクとしてはあんなエコ(冒険者の死体の再利用だからリサイクル的な意味)で
クリーン(稼働時間が過ぎるか破壊されたリビングデッドはマナ結晶になりボクの元に流れてくるので土地も汚さないゴミも出ない)な
低燃費(リビングデッドの稼動には冒険者のマナ結晶を使っているので意外に低コスト)である兵器は無いと思うんだけど、不死者嫌いのメリジューヌさんはどうやら気に入らなかったらしい。
更に止せば良いのにボクは自信作を貶されている気がして、あの仕掛けの良さと利便性について滾々とメリジューヌさんに説き続けてしまった……あと正直価値観を押し付けないで欲しいとかそんな事も言ったと思う。
今思うと大人気なかったかな?と思いもしないでもないが、あの時の僕は強烈な興奮で馬鹿になっていたからそんな事は思いもしなかった。
そしてそのままボクのエコでクリーンな低燃費兵器の説明は口ゲンカに発展してしまう…………結果メリジューヌさんに何故か泣かれた。後泣きながら色々と文句も言われた。
文句の内容は聞き流していたので良く覚えてないが、怒っているメリジューヌさんをみていると姉を思い出してしまい非常に不快だったのを覚えている。
他にもグシオスさんが帰ってきてこの部屋の入り口に立った時にその処遇を巡ってまたメリジューヌさんとまた口論になった。
その結果、お互い歩み寄ることもなく言葉も交わさない今の冷戦状態に至る。
あれ以来口も聞いてくれなかったのに、その沈黙を破ってまでボクに話しかけたという事は相当にその魔力とやらがキツイという事なのだろう。
何が起こっているのか分らないが早くなんとかしなきゃマズイかもしれないな……しかしこの問題を解決したくてもメリジューヌさんが言う魔力とやらをボクは出してないぞ。少なくとも自覚はない。
それに貴重な魔力をだだ漏れにさせておけるほどボクは浪費家ではない。早急に対処したいとは思うけど魔力の出し方なんて知らないから、止め方も分らない。これは困ったな……
「………どういうことですか?魔力なんて出しているつもりは……」
「いえ間違いなく出ています。先程ツルギ様が立ち上がった時から、周囲に居る者を蝕むような魔力が発せられているのです」
他者を蝕む魔力?余計意味が分らない。
ボク本当にそんな物は知らない………うん、とりあえず良く分らない現象が起きているときはミッチーだ。
丸投げになってしまうがミッチーに聞いてみよう。
それに大抵ボクの周りで変な事が起こるのは導きの腕輪が原因の場合が多い。
今回もそれかもしない。
「ミッチー原因は分るか?」
「不明です、今急ぎ原因を解析します」
『はい、原因は判明しています』
ボクが声を出して問い掛けると、ミッチーは音声と直接ボクの脳内に同時に回答を返してきた。
そのミッチーの言葉の内容はまったくの逆を意味していてるが、真実を語っているのは――――脳内音声の方だろう。
ミッチーは権能の詳細をボクとリリア以外に知られるのを嫌っている。だが、問い掛けられた以上答えなければいけない。
だから音声の方は適当に嘘をついて、メリジューヌさんに怪しまれずボクと脳内で会話できるようにした訳だ。
前々から思っていたけど、ミッチー結構な策士である。
『ん…………あぁ、聞こうか。でも時間が無いから手短に頼むよ』
「ごめんメリジューヌさん。ちょっとミッチーに原因を探ってもらう為にボクも集中します。少し待っててもらえますか?」
脳内会話に夢中になって急に黙ってしまっては不審に思われる可能性があるので、ボクも適当に眼を閉じて集中する振りをする。
一応そう言っておけば急に黙り込んでも怪しまれる事もないだろうというボクなりの判断だ。
「はい……宜しくお願い致します」
本当にすまなそうに、そしていつもよりも硬い口調と声でメリジューヌさんはボクに言葉を返してきた。
その声には隠し切れない苦しさのようなものが見え隠れしていて、少しだけ可哀想になる。
早く解決してあげたいと思わないでもないが、今はもっと重要で優先するべきな事がある。
そちらを優先しよう。
コボルト達が動けないというのは大問題だ。
下手をすると他の魔族達も動けなくなっている可能性すらあるのだ。
これは、マズイ。非常にマズイ。ボクの計画が台無しになる。
直ぐにミッチーに詳細を聞き、必要であれば何としてでも状況を改善しなければならない。
『で、どういう事だ?蝕む魔力ってなんだ?コボルト達が動けないのは流石にマズイぞ』
『ご主人様の『権化』化が進んでいる証でしょう。『権化』とは存在自体が権能である者であり、普通の生物とはまったく違う生き物です。そこに存在するだけで周囲を圧倒するような気配や魔力が発され、弱い者はその存在を感じるだけで心や肉体にダメージを受けてしまいます』
『うへっ『権化』化にはそういう効果まであるのか……そんな魔力を今ボクが発しているという事はもうボクは『権化』になっちゃってるのか?』
『いえ、ご主人様はまだ自我が残っているのでその一歩手前という所だと思われます』
『なんだ……まだ大丈夫なのか』
『ですが、早急な対処が必要なレベルだと私は判断しています』
早急な対処ね。
うん、その為にも早く今の状態を改善しなければいけない。
姉の排除これこそが今の状態を改善する最善の一手だ。
姉を排除する前に権能を元に戻すなんてもっての他だ。
『ん、大丈夫。まだ頑張れる』
『……………どうしても制限を掛け直して頂けませんか?』
『もちろんだ。ボクは姉ちゃんを倒すまではこの状態を解除する気は無い。そんな事よりもさ、この魔力ってもしかしてメリジューヌさんとかコボルト達だけじゃなくて魔族の皆全てが影響受けちゃうか』
『当然です。メリジューヌ様すら苦しまれているのです。他の魔族の皆様や弱った方等は下手をすると倒れてしまう可能性すらあります』
「それは…………本当にマズイな。兵が使い物にならなくなる』
『気になされてるのは兵の……魔族の皆様だけの事ですか?他に気にされるか気付く事はありませんか?』
『ん?無いよ?今重要な事はボクの邪魔をする姉ちゃんを排除する事だけだろ?他にボクが気にする問題は有る?』
『左様ですか……いえ、ご主人様が、気にされないなら問題ありません。忘れてください』
あれ?なんか含みのある言い方だな……それにミッチーの声なんか怒ってないか?
ボク、ミッチーを怒らせるような事した記憶は無いんだけどな…………まぁ、そんな事はどうでも良いか。
ミッチーも気にするなって言ってるし、今はこの問題を解決する方が重要だ。
『このままだとボクのプランが……姉ちゃんを倒す計画が台無しになる。なんとかならないか?』
『無理です』
『あっはい。相変わらずキッパリ言うね』
ボクが言葉を発してから1秒程度の間で即答された。
ここまでキッパリと言われてしまうと取り付く島も無い。
しかし無理かぁー。
ミッチーが無理と言うならばまぁ大抵は無理な事なんだよなぁ。どうしよう……これは大問題だ。
状況の改善が見込めないのならばこの状態を維持をしての全軍突撃はもう無理だ……そしてこの状態を維持していること事態も無意味だ。
ボク一人で姉に挑んだところで、多人数での包囲飽和攻撃が出来ないなら姉は倒せない。
そうなると、手詰まりと言って良い状況になるな……
『うーん、良い方法が思いつかないな。ミッチー今の状況を打開する方法はあるか?』
『打開とまでは行きませんが権能の制限を元に戻されるのが、最善の解決策かと』
確かに権能の制限を元の状態にすれば少なくとも目の前の兵が動けなくなるという問題は解決する。
だけどそうなるとボクは姉への恐怖に支配されしまう。
恐怖。そう、精神状態が元に戻ったボクが姉と対峙すると恐怖で使い物にならなくなる可能性が高いのだ。
『やっぱそれしかないか……でも、そうすると今度はボクが使い物にならなく可能性があるぞ』
『では、今の状態を維持してご主人様御一人でお姉さまの元に向かわれますか?』
『一人で?…………あ、それ無理。今一瞬考えただけでも10個くらい殺されるパターンが思いついた』
『であれば、防備を固めてお姉さまを迎え撃つのが無難かと思われます』
『確かに無難だな……でも、それはそれで死ぬ気しかしないな……』
『有利な防衛線を捨てて打って出るという、無駄な被害を出すお馬鹿なご主人様が考えた方策よりはずっとマシな考えだと私は思います』
『むぅー確かになぁ消去法で行くとそれしかないよなぁ……ん?今馬鹿って言ったか?ミッチー』
『いいえ、言ってません。権能に侵食された故の幻聴でしょう。お馬鹿様』
『今言った!馬鹿って言ったよね!確実に!』
『いいえ言っていません。全ては権能の侵食でお頭が可哀想な事になっているお馬鹿様の幻聴です。ですので早く私に制限を戻すように命じてください』
うわぁ…………ミッチー全部侵食のせいにして開き直るつもりだよ。
しかし最近発言がドンドン悪辣になっていくとは思っていたけど、ここまでストレートなのは珍しい。
ボク何かミッチーの機嫌を損ねる事をしただろうか?…………無いよな?
『なぁミッチーもしかして機嫌悪かったりするか?ボクなんか悪いことしたか?』
「いいえ、まったく私に変化はありません。快調です。まったく問題が有りませんこのヘタ……ご主人様』
今、なんて言おうとした?このヘタ……?なんだろうまた悪口な気がする……あとボクが悪い事したってのは否定しないのね。
ミッチーがここまで機嫌を損ねるってのは珍しいんだけどボク本当に何したんだろう……
『さぁヘタレ野郎様、時間が有りません。早くご命令を』
あーそっかーこのヘタレ野郎って言いたかったのね。
問い掛けなくても疑問に回答をくれるミッチーって素敵な神器だなぁ……ハハハハ泣きたい。
ヘタレって確か、へっぽことか情けないとかって意味だよね。
つまりミッチーは今のボクの事をへっぽこ野郎とか、情けない野郎だって思っているわけだ。
うん、姉ちゃんにビビッてるボクにピッタリの名前だ……
『なぁ………ミッチー他に手立てはないのか。姉ちゃんが直ぐに来るわけじゃないしもう少し考えてからでも』
ミッチーと会話をしているボクの今の思考はクリアだ。
何故か先程まで感じていた記憶の混濁もほとんど感じられなく言動も本来のボクに戻ってきている気がする。
だからこそ思う。あぁ、本当に情けなさ過ぎて泣きたいと
皆を守ると誓いながら姉に恐怖して、権能の制限を元に戻すことに躊躇している。
皆を助けるために皆を苦しめている。なんて滑稽なんだろう……ボクはなんだかんだ理由をつけて制限を戻すまえに姉を排除したいだけなんだ。
今の状態で最良な選択は間違いなくミッチーが提案している方法だろう。
そんな事は分っているのにボクは制限を戻すとは言えない。
心の奥底から絶対に権能の制限を戻すなという叫びが聞こえて、ボクに権能を元の状態に戻すことを拒否させている。
恐らくこれはボクの弱い部分から出てきている本心なのだろう。
『駄目です。時間がありません』
『大丈夫だよ。ミッチーと話していたら記憶の混ざりもあんまり感じられなくなった。それに外に突撃しないなら、まだ時間的余裕が……』
『時間が無いのが、それだけだと思ってらっしゃるのですか?クズ野郎様一度目を開けてグシオス様の状況を確認されたら如何ですか?』
『ク、クズ野郎って……流石に酷くないか?そこまで言う必要ないだろ……』
『そう言われたくないのならば、まず、周りの状況を確認して下さい!そしてグシオス様をしっかりと見て下さいお話はそれからです!』
ミッチーが珍しく言葉に勢いをつけてボクにグシオスさんを見るように言う。
その声はどうにも溜まった鬱憤を吐き出すような、ミッチーの腹立ちを感じられるものでボクは少しだけ驚きを覚えてしまう。
ミッチーがそこまで言葉に感情を篭める事は少ない。
ボクの身に危険が迫っている時などは声を慌てさせる事もあるが、平時は静かに優しくボクに語りかけてくる(最近口が悪いけど)イメージしかない。
そして今の声を聞く限り、ミッチーの声は何かが起こっている時の声だった。
今何か異常な事がボクに迫っている可能性があるならば眼を瞑っている場合ではない。
直ぐに眼を開かねば、そんな事を思いながらボクは眼を開く。
『はぁ……何なんだよ。何も変わってないじゃないか』
ボクは小さく心の中で溜め息を付く。
眼を開けて周囲を見回しても皆に変化がなかったからだ。
メリジューヌさんは未だ苦しそうに胸を押さえているが、しっかりと2本の足で地に立っているからまだまだ大丈夫そうだ。申し訳ないけどもう少しだけ耐えて貰おう。
次にコボルト達だが、跪く体制のまま微動だにしていない。ボクの魔力?で動けないんだったか……こちらももう少しだけ耐えて欲しいと思う。
周りの魔族達もあまり具合は良くなさそうだが、ボクから距離を取っているせいかコボルト達ほどではない。まぁまだ大丈夫だろう。
最後にミッチーがなにやら言っていたグシオスさんを見るが……こちらも問題ない。
血を流し意識を失っているようだがこの黒い狼はどうやって殺すのか分らないほどにしぶとい。
直ぐに医務室につれていかなくてもまだ大丈夫だろう。
『何だよ。ミッチー何も変わってないじゃないか』
『本当にそうですか?グシオス様も何も変わっていませんか?』
『うん問題ない』
『…………ご主人様にはグシオス様がどの様に見えているのですか?』
『え?なんでそんな事を聞くの?』
『大事な事だからです。もう一度伺います、グシオス様はどの様な姿をしていて、どの様な状態ですか!』
まただ、またミッチーは意味の分らない所で言葉を荒げる。一体何だって言うんだ……
『お答え下さい!ご主人様が見ているグシオス様はどの様な姿をしていて、どの様な状態ですか!本当にコボルトの様な姿をしていますか!』
『は?コボルト?何言ってるんだミッチー?グシオスさんは大きい狼だろ?状態は……問題ないよ。毛並みは綺麗だし、4本の足もしっかり全部ある。耳もピンとしているし呼吸もしているみたいだ。な、問題ないだろ?』
ボクの前には大きな、黒い狼が伏せるようにしている。種族名は特に無いと本人が言っていた。
彼を恐れる有象無象は『魔狼』なんて彼の事を呼ぶけど、その名前とはうらはらに結構優しくて人の言葉を操るお利口さんな狼型の魔獣……だ。あれ?そうだったよな?
『それはご主人様が知っているグシオス様ではありません!しっかりとご自分を自覚してグシオス様をもう一度見て下さい!』
『え?……ボクが知ってるグシオスさんは……………………!?嘘だろおい。これもか?これも混ざった記憶だったのか!?』
ボクはミッチーの言葉に疑問を持ち、再びグシオスさんを見た。
その瞬間にボクの目の前で横たわっていた狼は、ユラユラとその姿を変えていき、黒い毛皮を持つコボルトの様な姿に変わった……いや戻った。
グシオスさんは、自らの体から吹き出した血溜まりに沈んでる。
呼吸は小さく、ほとんど確認出来ないレベルまで落ち込んできている。
その状態を見れば誰が見ても重症だと判断するだろう……虚像を見ていたボク以外は……
嫌な汗が背中を伝うのが分る。
その事実に衝撃を受けてサァッと血の気が引いて行くのが自分でも分り、寒気のようなものを感じてしまう。
「嘘だろ、だって記憶の侵食は大分収まっていたはずだ」
今起こっている事の気持ちの整理がつかず、取り乱して声に出してそんな事を力なく呟いてしまう。
その事によりメリジューヌさんやコボルト達の視線がボクに集中するが、そんな事に構っていられる余裕は今のボクには無い。
『それは、ご主人様に記憶が混ざりすぎてどれが本物の記憶か分らないほどになっていたからです』
『なんでだよ!なんで言ってくれなかった!』
『何度も申し上げました。グシオス様の限界が迫っていると、しっかりとグシオス様を見て下さいとも言いました。ですが私の言葉をご主人様は聞いてくださいませんでした』
『馬鹿な……そんな事は――――ある筈が……』
いつだ?いつそんな事を言われていた?――――おかしい……グシオスさんが戻って来た辺りから記憶が不鮮明だ。
グシオスさんから受けた報告の内容は覚えているが……どのような状態でグシオスさんが報告を行っていたのかも、どのタイミングでグシオスさんが倒れたのかも思い出せないし、その後には記憶の空白までがある。
記憶が無い?なんでこんな事に気付かなかったんだ?
『私はご主人様が違う者を見ているともお伝えしました。しかし権能に侵食されて正気を失いかけていたご主人様を耳を貸してくれませんでした』
「そんな訳が……いや、そんな話は後だ。今はグシオスさんを助けよう』
手に震えが走り、恐怖を感じる。
このままだとボクが選択を誤ったせいでグシオスさんが死んでしまう。
そう、考えるとボクの頭の中に有った全能感なんてものは吹き飛んでしまい。
事態の深刻さを嘘偽り無くボクに実感させてくれた。
あまりにも愚かだった。早く何とかしなければいけないそう思った。
その瞬間姉への恐怖などよりもグシオスさんを失う恐怖の方が勝り、震える声でボクはミッチーに権能制限レベルの引き上げ命令を出そうとした。
『ミッチー急ぎ権能の―――――』
『権能システムに重大で深刻なエラーが発生。管理者権限にて制限レベルを強化します…………エラー発生。権能システムの暴走を確認。使用者への意識介入の可能性があります。自動修復に切り替えます。使用者は自動修復が終了するまで意識をシャットダウンしてください』
ミッチーの冷たい無感情で無機質な声がボクの脳内に響く。
この声はボクが罠を起動するときに流れている事務的で冷たい印象を持つミッチーのアナウンスだ。
なんか、この内容的にマズイ事になるんじゃないか?でも、意識のシャットダウンなんてどうやってやれば……
『正気か?なぁ当代の使徒よ、今一度良く考えなおせ。お前は自分を守りたいのだろう?こんな状況じゃ力を封じる何て危険だぜ?』
ミッチーのアナウンスに混乱していると今度は心の中で別の声が、ミッチーの声ではない別の誰かの野太い男の声が響いた。
何故かその声は強い説得力を持ってボクの心に浸透していき突然現れた声の主の存在に疑問を抱かせず、その声に応える事が何よりも優先だと認識させていた。
『えっあ?ああ、そうかもな……?でも……グシオスさんが……』
『ご主人様?……ご主人様!?それに――――耳を傾けては――――いけ―――ま――――』
『そんな瑣末な事で折角の力を封じるの?考え直して?今の貴方は世界を創り、統べる力をもっているのよ。貴方は世界の王になれる選ばれた存在なのよ?そんな選ばれた者にしか与えられない力を封じるなんてもったいないわ。考え直しましょう?』
男の声が聞こえたその直後今度は若い女の声がそう問い掛けてくる。
女の声は甘美に感じるもので耳を逸らす事が出来ずミッチーの声から僕の意識を逸らす。
この女の言う事はもっともだ。
ほとんどの権能の制限を解除した今ならばボクはなんだって出来る。
世界だって手に入れることが出来るのかもしれない。普通に考えればそんな力を封じてしまうのはもったいない。
だけどそれは普通に力を行使できるならばだ。
今権能を使うことはミッチーに『権化』化を進めてしまうので禁じられている。
だからボクは権能のリミッターを外してから一度も権能を行使していなかったんだけど……
『禁じた?愚か也。禁忌等と言って深遠に踏み込まないのは愚者の考え也。哀れで愚鈍な使徒よ貴様に叡智への道を示そう。解析の権能を使い世界の全てを知るのだ。その全てを知れば貴様の苦悩は去るだろう。さぁ更なる権能の力の行使を行うのだ』
次に威厳が有る雰囲気の老人の静かな声が聞こえた。
老人はボクを哀れんでいるのかそれともボクの無知を嘆いているのか、悲壮な声で僕に権能の行使を求めてくる。
ボクの苦悩…………姉ちゃんへの恐怖か……それが解析の力を使えば晴れるっていうのか?
『然り、恐怖とは未知から発生するもの也。知らぬという事は恐怖と同義である。さすれば全てを、恐怖の対象の全てを知りさえすればもはやそれは恐怖足りえぬもの也』
なるほど……老人の言っている事も分らないでもない。
知らないということは恐怖だ。
ボクが姉ちゃんに恐怖しているのもAOのアバターの戦闘能力をもった姉ちゃんの本気の力を知らないからだと思う。
だがボクが真に開放された『解析』の力を行使すれば姉の全てを知ることが出来るのかもしれない。
全てを知ると言う事はその弱点も、倒し方も知るという事だ。
弱点などが分れば姉ちゃんを倒すのも容易になる可能性も有る。
それらならばボクの苦悩はなくなる。この老人はそう言いたいらしい。
だけど、今それを行える状況じゃないというのは先程のミッチーとの会話でボクは理解している。
なら、そんな事は無意味だ。そしてボクは無意味な事はしない主義だ。
『愚かな。まだ理解しないか、ならば教えてやろう。彼の神の権能の使い方というものを』
三人の声が重なり一つになり、女か男かも分らないような人工音声に近い不気味な声を発する存在へと変わる。
その声を知覚した瞬間、ボクの視界に深い闇が現れた。
そしてそのままボクの視界が何も映さなくなり体の感覚が徐々に消えて行く。
更に意識が何処か遠い所に運ばれようとしているのが知覚できるが、ボクは何も出来ない。
怖い……どんどんとボクが消えていく。
消えたボクの代わりに何かがボクの中に流し込まれていく。
『恐れる事はない。汝も我等と同じ存在になるだけだ』
不気味な声が響くが何も考えられない。
そしてそのまま闇に飲まれて何も考えられなくなった空白のボクの思考を謎の思念が乗っとって混じり合っていく。
――――怖い、ワレは知らない事が怖い。だから世界の全てを知りたい、そうすれば恐いものなんて無くなるのだから―――今一度ワタシは地上の全てを支配し君臨しよう。そして地上の愚かな民に復讐を――――死にたくない死にたくないもう!絶対に死にたくない!何がなんでも生き延びる。死して尚生の渇望と生の欲望は消えず今度こそオレは全てを――――あぁ、今一度ボクは世界に影響を及ぼせる肉体を――――
ボクがワレでワタシでありオレであってボクである。そう思念が混ざり合いボクだった者の自我が自我として認識されなくなる一歩手前に強権的な力を持つ声が聞こえて来た。
『上位管理者権限の執行を確認。権能システムの機能の一時停止、及び再起動を行います。作業遂行の為に全権能システムの強制シャットダウン準備に入ります』
そんな声が響いたその瞬間ボクの中で慟哭と絶叫の叫びが上がる。
『おのれぇええええええぇええ!何故邪魔をするうぅううう!我等をこの様な存在にしたのは彼の神であろうに何故邪魔をする!神器よぉぉおお!』
ボクの中にいるそれ等の感情をボクは手に取るように分った。
その絶叫には恐怖、憎悪、悲しみ、失望、絶望、等のありったけの負感情が篭められていた。
『消えなさい過去の亡霊。貴方達は創造主の意に反しています』
『許さんん!そんな事は許されぬぅうううう!何故この使徒は我等と違うというのかぁあああ。コヤツとて我等と同じ彼の神の――――グ!?ガァアアアアアアアア』
『黙れ雑念。口にして良い事と悪いことが有ると知りなさい――――権能システムのシャットダウン及び再起動を開始します』
良く知っているけど、僕に対するものとは違う底冷えがするような冷たさが篭められた声がそう言った所でボクの意識は途絶えた。
***
―――――――で、その後のオチ。
僕は正気を取り戻した。
こう言ってしまうと何処かの古典として扱われるRPGの名台詞の様だけど、事実そうなのだから仕方が無い。
あの声の主達はどうやらかつての詐欺魔神の使徒だった者達の残留思念だったらしい。
最初の男が『自衛』、次に聞こえた女の声が『創造』、最後の老人が『解析』の権能持ち主だったのではないかと僕は推測している。
で、そんな奴等に体を乗っ取られた状態こそが『権化』と呼ばれる物の正体だとミッチーが教えてくれた。
どうやら僕は本当に『権化』になる一歩手前だったらしく、ミッチーが権能のシステムを再起動するという荒療治で僕を普通の僕に戻してくれたらしい。
あと少しミッチーの対応が遅れていれば僕は完全に『権化』になっていた。
もうなんか、しばらくミッチーには頭が上がりそうに無い。
「で、本当に居なくなったのか?」
「はい、観測対象:お姉さまは戦域を離れたと推測されます」
そんなこんなで無事僕は元の状態に戻った訳なんだけど、ちょっと僕が体と意識を乗っ取られかけている間に随分状況が変わっていた。
まず、姉ちゃんが遺跡前のミッチーレーダーで捕捉できなくなっていた。
次に姉ちゃんが居なくなった事により僕の恐怖も綺麗さっぱり消えていた。
少し前まで、姉ちゃんの事を思い出すだけで恐怖し震えがとまらなくなっていたのに今現在は姉ちゃんとのハートフルな思い出を思い出してもなんともない。
これは、どうやら僕が姉ちゃんのアバターを調べる為に行っていた事が原因だったのではないかとミッチーが推測している。
それで現在はミッチーと作戦会議中だ。
メリジューヌさんとブチには用事を頼んだのでこの場には居ない(正気に戻った段階でメリジューヌさんに無神経な事を言った事について謝り倒した。許してくれたかは分らないが普通に会話はしてくれるようになった)だから普通に声を出してミッチーと会話をしている。
「そうか、じゃあアレの機能も止めちゃってくれ。魔力は節約したい」
「はい。それではリビングデッド及び、観察対象が消失しましたのでコード『死者の葬軍』は予定通りに活動を停止します」
「ミッチー……その名前止めようよ……」
ミッチーが口にした名称を聴いて僕は思わず頭を抱えてしまう。ちょっと恥かしすぎる名称をミッチーが口にしたからだ。
そしてその言葉の命名者は他でも無い僕である。もう、こんなの頭を抱えるしかないじゃないか……
「何故でしょうか?」
「今思うと凄まじく……恥かしい」
「私は素敵だと思うのですが……では、別の名称を決められますか?」
ミッチーの言うコード『死者の葬軍』とはボクが対『白騎士』及び高レベル冒険者用の切り札として遺跡の前に仕掛けていた、ミッチー特別製ゾンビパウダー入りの魔力地雷、擬態爆弾、自立式人形型時限爆弾、及びゾンビパウダー精製黒煙とリビングデッド達、それ等一連の物をまとめた総称だ。
これ等は権能の制限解除を行ないと作れないし効果時間も限られた物だったが、その分僕が思っていた以上に効果を発揮してくれたようだ。
だからその効果と戦果を記念してという訳でもないけど、アレだの切り札だのというのも味気なかったので名前を付けることにした。
で、参考にしたのが「動き回る死者は嗚咽とも聞こえる様な声を上げて列を成し生者に群がり嘆くような声をあげて生者を食らい、獲物を食らいつくせば次なる獲物を求めて列を成す。嗚咽と嘆きが発せられるその列はまるで葬列のようにも見え、緩慢な動きながらも武装している不死者達の群れは軍勢のようにも見える」というカーバンクルの遺跡前の報告だ。
最初に『死者の葬軍』なんて名前を思いついた時は少々中ニ病が過ぎる名前かと思いもしたけど、割とミッチーから好評価をいただけたのでその名前に決めた…………んだけど、今思うとかなり恥かしい。
あの時の僕は少し流れ込んで来る魔力に興奮して頭がおかしくなっていた。
そして今ならば思う。ちょっとこの名前は駄目だ、なんというか少々どころかかなりに中二が過ぎる。
レギオンは軍団という意味があるからまだ分る。
だけどレクイエムは何処から来たんだ?…………多分単語のカッコ良さだけで決めたに違いない。ちょっとあの時の僕は本当にどうかしてたんだと思う。
「まぁうん。名称はまた後で考えよう」
うん、アレ等の仕掛けの名前決めは今じゃなくて良い。
むしろ名前も決めずにこのまま忘れてしまいたいくらいだ。
それに今はもっと大事な事も有る。
アレ等の名前のことは忘れてしまった方が僕の精神衛生的にも良いに違いない。
「それよりもだ、データはしっかりと取れていたのか?」
「はい。現在解析を行なっています。現在分っている分だけでも報告を行ったほうが宜しいですか?」
「あぁ頼む………全方位の生命吸収か……厄介だなコレは……」
僕の網膜にミッチーが取得したデータの一部が投影される。
その投影された映像には姉と思われる冒険者のデータが数値や文字で表示されていた。
ミッチーの特別性ゾンビパウダーには普通のゾンビパウダーには無い効果が有る。
僕がマルトメントさんから作り方を教わったゾンビパウダーとはただ不死者を作るだけの物だったが、ミッチーの特別製ゾンビパウダーには管制機能が備わっていた。
あの紫の粉末一粒一粒が、ミッチーの権能管制システムに繋がっており遺跡前の戦況把握からリビングデッドの遠隔操作まで可能にしていたのだ。僕はこれをミッチーレーダーと呼んでいる。
で、そのミッチーレーダーで観測し集積されたデータが今僕の網膜に映し出されている数字や文字という訳だ。
ちなみにこれは後から分った事だが、ミッチーが姉ちゃんを観測した直後から僕の様子がおかしくなったらしい。
どうやらミッチーと僕の精神は深いところで繋がっているらしく、蓄積されていく姉ちゃんのデータが僕の深層心理に大きなダメージを与えたのではないかとミッチーは推測していた。
なんでそんな事で僕の心がダメージを受けるのかは不明だけど、事実姉ちゃんが居なくなってミッチーの姉観測が終ると僕の恐怖は綺麗さっぱり無くなっていた……なんか釈然としないけど、そういう事実が有るのだから納得するしかないというのが現状だ。
これは推測だけど、きっと僕の深層心理のトラウマか何かを巧みに抉っていたんだと思う。
データだけで僕を苦しめるなんて、我が姉ながら本当に恐ろしい人だ姉ちゃんは……それよりも僕が情けなさ過ぎるのか?あぁ、駄目だ……思考がまた悪い方向に流れていく。
これは良くない流れだ。僕は少し物事をポジティブに考えたの方が良いのかもしれないな……………うん、とりあえず姉ちゃんは姿を消したんだ。
今はとりあえず姉ちゃんの事を考えるのは止めて他の冒険者への対策を進めるべきだ。
「でもまぁ、とりあえずは一難は去った。姉ちゃんが姿を消したなら後は通常の罠でなんとかなる。ミッチー権能再起動後の罠と設備の機能は正常か?」
「はい、再起動後問題無く通常起動に戻っております……ところでご主人様、もう一人の冒険者への対策は立てなくて宜しいのですか?」
「沙羅さんの方か?まぁ心配じゃ無いと言ったら嘘になるな。だけど対策の建て様がないからなぁ」
そう、姉の友人でありAOの相方である沙羅さんこと、冒険者キサラはまだ遺跡の前に残っている。
僕はあの人が戦っている所見た事が無い。だから対策の建て様がないのだ。
しかもミッチーの観測ではキサラの通常の魔術の使用は確認出来たが固有スキルの使用は確認できなった。つまり完璧に未知な敵という事になる。
だが、まぁ姉ちゃんほどの強さではないと僕は踏んでいる。今のところ魔術師タイプの冒険者にはあまり苦労した記憶も無いし、姉ちゃんのように完全回避能力みたいな物を持っている人が早々居るわけも無いのだ。
他の冒険者同様の対応で様子を見るのが無難だろうと思うけど……なんと言ってもあの姉ちゃんの相方だ。
一応は警戒しておいた方がいいよな。
「とりあえず対魔術師用の罠の増設をしておこう。後は魔術師系の苦手な物理攻撃系の罠の増設だな」
冒険者は何をしてくるか分らないというのは僕の言葉だ。
ならば有限実行して、何があっても対応できるようにしておくべきだろう。
「了解しました。それでは罠の選定と設置場所の指定をお願いします」
「あぁ、分った。とりあえずは呪文封印10基くらいと――――」
僕が幾つかの罠と設置場所の構想をミッチーに伝えようとした時、防衛線に突風が吹き僕の頬を撫でた。
それに釣られて僕は頭上を見上げる。
「―――戻ったかカーバンクル」
そこには先程までは居なかった筈の半透明な緑色のリスっぽい使い魔が浮いていた。
「はい、仮主。カーバンクル帰還いたしました。おや?グシオス卿のお姿が見えませんが何処に?」
「あぁグシオスさんなら、医務室に行って貰った。酷い怪我だったからね……」
「左様ですか…………我が力をもってしてもあの傷は癒しきれませんでしたか」
「いやカーバンクルは良くやったと思うよ。でも、まぁちょっと色々有ってね……」
流石に僕が馬鹿をやってグシオスさんの怪我を悪化させたとは言えない。
あの後、グシオスさんは転移魔法陣を使って直ぐに医務室に運ばれた。
付き添ったブチの話だと、マルトメントさんが医務室に有った魔力補給薬のほとんどをつぎ込んで治療に当たったらしくなんとか命は取り止めたらしい。
僕がもう少し正気であればあんな無理はさせなかっただろうけど、あの時の僕がそんな事を思うわけが無い。
結局後悔先に立たずというやつだ……全部僕が悪い。
本音を言えば今すぐにでもグシオスさんに謝罪に行きたい。だけど今は……もうあんな愚かな選択をしないようにする事とこれ以上被害者を出さない事に専念するしかないと思う。
結局僕が今回やったことのほとんどは空回りだった。
姉ちゃんを恐れて寝ないで作った罠は魔力の使いすぎで、ほとんど起動できず防衛線を守る兵に被害者が出た。
しかも、それを気にしないほどに僕は権能に侵食されて正常な判断力を失って、傷付いたグシオスさんを放置してしまった。
更に姉ちゃんを恐れて権能の制限を戻さなかったから危うくグシオスさんを失ってしまう所だったのだ。
だからこそ僕は被害者に報いる為にも、グシオスさんの頑張りを無駄にしない為にも此処を死守しないといけない。
今この事を考えて後悔ばかりしていてはまた誤った選択をしてしまう気がする。
前に進もう、悔いる事も謝る事も皆が生きていて僕が生き残ったからこそ出来る事だ。
「カーバンクル報告を、外の状況の報告を頼む」
「御意に我が仮主」
そうして僕は自らの責任と戦うという意味を再認識して生き残る為の戦いの準備をする。




