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迷宮の新米守護者  作者: 板 竹輪
第1章 迷宮の新米守護者
37/45

第34話 野営地炎上後編a:『吸血』

――――――――遺跡前冒険者野営地


 突然の冒険者からの奇襲を避けたグシオスは広場に現れた冒険者を観察し戦慄していた。

 グシオスの部下であるコボルト両名は震え上がりフサフサとした尾を股に挟み込んで縮み上がり、グシオス自身もその女が発する死の気配と強力な生命の相反する気配に押しつぶされそうになっていた。


「アレだ、奴だ、間違いない。姫様の城の門、切った、奴だ」

「うん、あの時と同じデ凄イ恐イ」


 グシオス達の眼に映るのはツルギの姉のアバター、ブラッドフラワーである。

 その名前から由来しているのかブラッドフラワーの身に着ける白い着物には血の様な蕾を付けた桜の古木が描かれていて、その着物から生じる場違いな花の香りを周囲に振りまいていた。


(目の前に存在するだけで圧力を感じさせる存在か……指揮官殿やライオネル殿下同様に底知れぬ何かをこいつが持っているという事か?面白いこれほどの相手と相対する事などそうはあるまい……)


 気配に圧倒されながらも、グシオスはブラッドフラワーに強い興味を感じていた。

 グシオスは今回の戦いで期待していた強者との戦いが得られなかった。

 満身創痍のシグナルとの戦闘は楽しむ事が出来たが、それでも本気すら出せずに終ってしまっていた。

 つまりグシオスは欲求不満な状態であったのだ。


「うーん?何処行った。失敗したなぁ、逃げちゃったのかな……感鈍ったのかなぁ」


 ブラッドフラワーはそう呟きながら周囲をキョロキョロと見渡しグシオス達を探している様である。

 そしてブラッドフラワーの言葉は分らないグシオスであったが、その様子でブラッドフラワーが自分達を見失っていると判断した。

 しかもブラッドフラワーはその手に持つ刀をだらりとぶら下げた状態で特に構えている様な事も無く隙だらけの状態である。


(ふむ、奴は俺達を見失っているのか?指揮官殿には悪いがこれほどの相手を楽に獲れる機会滅多にあるまい)


 自らを圧倒するほどの相手が隙だらけで狙ってくれと言わんばかりに目の前に居る、この様な好機を逃すべきではないとグシオスは決断する。

 そしてテントの残骸に隠れるグシオスはブラッドフラワーにまずは小手調べだとばかりに『魔狼犬歯』を握り影狼を呼び出す仕草をする。

 だが、それを部下の赤毛のコボルトが恐怖に顔を引き攣らせながら静止する。


「駄目絶対。アレが危険なのは俺達デも分ル。逃げよう中ボス」

「ふんっ未熟なお前達でも分るほどにアレの重圧は強いか……俺が奴の気を引く、その隙にお前達は退き奴の事を指揮官殿に報告せよ。俺は少し奴とやりやってみる」

「駄目ダ中ボス。怪我無ク生きて戻れってボス言っテた。あれと戦ったら無傷ジャきっと済まない。下手すルと、中ボス死んでシマう。一緒ニ逃げヨう」

「俺が死ぬ?フンッ笑わせるな。俺が死に難いという事はお前達も良く知っているだろう……お前達が逃げたら俺も切りの良い所で撤退する。そう、心配する事でもあるまい」

「行、こう。チャ**ウー。俺達、が居、たら中ボスが全力、を出せない。俺達、邪魔、になる」

「うむ、良く分っているな*イマ**ー。そういう訳だチャ**ウーよ。お前達は退け」


 灰色のコボルトの言とグシオスの言葉を受けて赤毛のコボルトは逡巡する。

 太古の時代から受け継がれる魔剣を持ち、影を操る魔術に長け、大魔獣に連なる血が混じった雑種だからこそコボルトという種族の現界を遠く越えている。

 赤毛のコボルトはそんな自らの隊の隊長が敗れるとは思えない。

 だがそれでも目の前の白い服の女の異質な気配は、そんな考えを軽く吹き飛ばしてしまう危険性を持っていると彼の野生の感が伝えていた。


「どうした?まさか本当に俺が負けるとでも思っているのか?」

「………………分っタ。中ボス信じル。でも、必ズ無事で戻っテ来て」


 しばらく迷った後に赤毛のコボルトはグシオスを信じることにした。

 彼の野生の感は目の前の冒険者にグシオスでも勝てない可能性がある事を伝えていた。

 しかしながら彼はそんな自らの未熟な野生の感よりも、グシオスのその強さを信じた。

「この偉大なる魔狼の末裔が人間の形をした者程度に遅れを取る訳がないのだ」と自らの野生の感を押しつぶしてグシオス置いて撤退する事を了承したのである。


「当たり前だ。指揮官殿が無事に帰還しろと俺達に命令したのだ、ならば俺達は死んでも無事に戻らねばなるまいよ」

「中ボス、死、んだら無事、じゃないぞ」

「そうだ。死ヌの駄目絶対」

「フッそういう気概で挑むという意味だ馬鹿者共め……では、行け!何が有っても後ろを振り返らず撤退せよ!」


 グシオスは部下のコボルト達に背を向けて自らが一番信用している使い魔である影狼を呼び出そうとする。


「来い影狼、狩りの時間だ!あの冒険者を殺せ!!」


 強く『魔狼犬歯』を握るグシオスの命令を受けて、グシオスの背後から伸びる影が盛り上がり4足獣の形態を取ろうと蠢き泡立つ。

 それを見た赤毛と灰色のコボルト両名はグシオスの勝利を願いつつ撤退の為にこの場を後にしようとしていた――――だが、それよりも早くブラッドフラワーが動いた。


「――――居た!そこっ!」


 何かに気づいたかの様な叫びと同時に、ブラッドフラワーは手に持つ冷気を纏う刀を無造作をに何も無い空間に向かって横なぎに振るう。


「気づかれただと!?」


 グシオスが驚愕の声を上げて『魔狼犬歯』を構えて迎撃の体制を取る。

 何の意味も無く振るわれたかに見えたブラッドフラワーの剣閃からは金属を削るような甲高い音と共に銀色の光の刃が射出されていた。

 光刃は強烈な冷気を撒き散らしながらグシオス達が隠れるテントの残骸を引き裂き、尚もグシオスに向かう。


「あぁっ中ボス!」


 異変を伝える音に気づきグシオスに背を向けて退こうとしていた部下のコボルト両名が振り返り、悲壮な叫びをあげる。

 ブラッドフラワーが放った光の刃は眷属を召喚しようとしている隙だらけな致命的なタイミングで、ブラッドフラワーから見えていない筈のグシオスに向けて正確に放たれていた。

 もはや回避不能、鉄材も含まれていたテントの残骸を容易に両断する光刃は軽装であるグシオスも容易に両断してしまう――――コボルト達はそう思った。

 だが、運動神経と動体視力に長ける同族からすらも規格外と評されるグシオスの運動神経はその致命的なタイミングの攻撃にすら対応を可能としていた。


「チィ!この程度で俺を殺せると思うなよ?冒険者!!」


 一瞬自らの死を感じさせられた事により怒が混じった声でグシオスは叫び、光刃を『魔狼犬歯』で打ち上げる様に切り上げて霧散させる。

 霧散する光刃はその形を形成していた魔力と冷気をぶちまけて、周囲に冷たく濃い白い霧を発生させる

 そしてグシオスの黒い体毛に白い霜がこびり付き 形成を終えようとしていた影狼を凍てつかせて怯ませる。


「どうやって察知したか知らんが、やってくれるな!」


 光の刃が打ち砕かれた事により発生した大量の白い霧がグシオスとブラッドフラワーを完全に覆い隠し、お互いをまったく見えなくさせていた。

 それを好機と見たグシオスは自らの体毛に張り付いた霜をバリバリと剥がしながら足早にその場を移動し次なる使い魔の召喚の準備に掛かる。

 更に背後の部下達が動けずにいるので、ブラッドフラワーの居るであろう位置を睨みつけながら振り返りもせず、命令した動きを見せない部下達に怒声をあげた。


「お前達何をしている!戦場で足を止めるな行け邪魔だ!」

「う、うん。武運、を中ボス」

「死ナナいでね。中ボス」

「ああ、お前達もな!無事に指揮官殿のもとまで戻れ、それが今のお前達の戦士として責務だ」


 グシオスは靄の向うへと走り去る部下達の足音をその鋭敏な聴覚で捉え大きく溜め息を付く。


(まったく、俺達のような軽戦士が戦場で足を止めるなど愚の骨頂だと分らんのか……まったく、まだまだ新兵の域を出んな…………だからこそ俺はまだ死ねん。あいつらを一端の戦士にするまで死ねんのだ!)


 グシオスは霧の向こうに立つであろう自身を圧するほどの強烈なプレッシャーの根源に対して牙を向く。

 そこには狩りと言って冒険者を狩っていた獣としての顔ではなく、魔族の戦士として強い決意が篭められた表情が浮かんでいた。


 グシオスは目の前の脅威を取り除かんと直ぐに行動を起こす、まずは敵の状況の確認だ。

 コボルトと狼獣人の混血であるグシオスの嗅覚と聴覚は、霧に覆われて視界不慮のこの戦場を眼の変わりに明確に捉えていた。


(動かんか……これはどうみるべきだ?不意を打つに絶好の機会ではあるが……)


 グシオスはブラッドフラワーの動きを探ろうと耳を欹て、状況を把握し判断を鈍らせる。

 ブラッドフラワーが居る地点からは足音の一つ、衣擦れの音すらもグシオスの耳には届かなかったのである。

 だが、嗅覚はブラッドフラワーの周囲から漂う花の様な香りをグシオスに届けていた。

 それはブラッドフラワーが変化無く先程の場所に立ち止まっている事を示している証であり、グシオスを深く困惑させる要因となっていた。


(この状況で動かんのならこれまで狩ってきた取るにたらん冒険者(愚か者共)同様に素人と見るべきか?いや、それは有得んな。指揮官殿が危険視するほどの相手だ。たかが視界が損なわれた程度で新兵のように棒立ちすることなどあるまい……)


 グシオスは相手のプレッシャーの様な物が『本物』だとは認識はしていたが相手の力量は測りかねていた。

 ブラッドフラワーは見た目グシオスと同様の速度を活かす戦闘スタイルの軽戦士である。

 そして防御力が低い軽戦士が戦場で足を止めるという事は直ぐに矢や魔術で狙い撃ちにされて死に繋がる結果となるのがこの世界の戦場の常識だ。

 故にグシオスは先程の部下達の体たらくを愚の骨頂と断じ、ブラッドフラワーも同じ様な事をしているので、今までの冒険者の様に闘争の常識を知らない力だけの素人か?と疑う。

 しかしながらツルギが態々強力な武器をグシオスに与えるほどに危険視している、この冒険者が勝算も無くそんな事をする筈もないとも思いもした。

 そしてその考えが、グシオスが得意な強襲や不意打ちを行わせるのを躊躇させて攻撃の方針を大きく迷わせた。


(ふむ……これは、俺が強襲するのを待ち構えて迎撃の体制を取っている可能性を考慮するべきだろうか?そう考えると、合点が行くが……)


 戦場で足を止めるのが狙い撃ちの危険に晒されるのは軽戦士のみならず他の兵であっても同じで良い方策ではない。

 しかしながら重装備の戦士等はあえて動きを止めて防御魔術の障壁で身を固めてカウンターに徹する場合もある。

 グシオスはブラッドフラワーも同様の重戦士のようなタイプかと疑い始めた。

 ブラッドフラワーの装備は見た目軽装に見えるが、冒険者は見た目と違う異常にタフで頑丈な装備を持つ者が稀に存在する。

 グシオスが直前に戦っていた『デザートファング』のマスターが身に着けていた法衣が正にそうだった。

 グシオスはブラッドフラワーが身に付ける桜が描かれた白い着物もその法衣の類に属するものではないかと疑ったのである。


(ならばまずは相手の出方を伺うべきだな)


 グシオスはブラッドフラワーから少し離れた側面に移動する。

 その間ブラッドフラワーに動きは無い。

 ブラッドフラワーは深い冷気の霧の向こうで音一つ立てず微動だにしない。

 まるで狙ってくれといわんばかりに動きを見せず待ちの姿勢を貫き通していた。


(フンッやはり動かんか、やはり防御に自信が有るかカウンター狙いの構えという事だな)


 ブラッドフラワーの動きを迎撃の構えだと判断したグシオスは意識を集中し、先程呼び出した影狼に対してブラッドブラワーを攻撃するように念じる。

 それに応じて怯んでテントの残骸の影に潜り込んでいた影狼が実体化し、再びブラッドフラワーに襲い掛かろうとする。

「わざわざ待ちに徹する相手に近づく必要もない、遠距離から使い魔を呼び出し攻撃を行い相手がボロを出すのを待てば良い」と思ったので有る。

 だが――――ブラッドフラワーの静かな声が響く。


「属性変更。雷火」

「――――ギッ!?」


 静かにブラッドフラワーが何かを呟いたその直後またしてもブラッドフラワーから横薙ぎの光の刃が放たれ、獣の形態を形成しようとしていた影狼を切り裂き、両断していた。

 しかも今度は雷撃の刃らしく赤く激しい雷光に身を焼かれ両断された影狼は絶命の悲鳴を上げる暇も与えられることなくその活動を停止させられていた。

 そして影狼を紙のように切り裂いた光の刃は留まる事を知らず、雷撃を撒き散らしながら周囲を延焼させて突き進み遥か遠くの別のテントの残骸に直撃して雷光と火炎を爆ぜさせる音をグシオスの耳に届けていた。


(くっ破壊されたか……しかも今度は雷撃だったな……どうやらあのタイプの剣を持つ者達は魔術を自らの武器に篭める事が出来るようだな…………しかし奴め、どうやって影狼の位置を把握した?俺のように音や匂いで相手の情報を把握しているのか?だが、奴はどうみても人間型だぞ、その様な事ができるのか?いや、奴は俺が動く時まったく何の反応も示さなかった音や匂いではあるまい…………ならば!)


 グシオスは今まで戦って来た冒険者との戦闘からブラッドフラワーの戦闘スタイルをある程度割り出すが、何故影狼の位置を特定されたのか分らなかった。

 故にこの危険性の高い敵の正体不明の位置特定の能力を割り出すべく次なる手を打つ。


「我が血に支配されし者よ来きたれ!――――影針鼠!!」


 グシオスの力強い呼び声に応じて足元に水溜りのような影が出現する。

 そしてその影の中からは黒く細い針の様なものが数十本見え隠れしている。

 この影の正体は影の中に潜むグシオスの使い魔である。

 名を影針鼠、名前の通り針鼠のような姿をしているがその大きさはは成体の猪と同じくらいに有り、背には伸縮自在の鋭いの針が幾本も生えている。

 その針は長さは最大で1mほどまで伸び、深く影に潜りながらも獲物を狩る事ができる。


 影針鼠が生み出している影が生成された事を確認したグシオスは再び考える。


(ふむ、動かんか……奴は使い魔の出現に反応して動いているわけではないようだな。では、次だ)


 先程影狼を呼び出した時と違いブラッドフラワーには何の動きも無い。

 つまりブラッドフラワーは使い魔の出現を感知できるわけではないという事が分った。

 それならば、何に反応しているのか割り出す必要がある。グシオスはそう思い、出現した影針鼠を待機させて姿勢を低くして全速力で広間を大きく迂回して移動をする。

 向かう場所はブラッドフラワーの背後、そこから使い魔と自身の魔術による正面と裏からの2点攻撃を行なうつもりなのだ。

 そしてなんの苦も無くブラッドフラワーの背後に回ったグシオスは間髪いれず魔術の詠唱を開始する。


「集え影よ――――ッ!これには反応するか!!」


 グシオスが遠距離から魔術を行使しようとした時、雷激と轟音を撒き散しながら光の刃がグシオスに迫った。

 それをグシオスは予想していたのか魔術の詠唱を止めて焦りもなく横に避ける。


(奴は俺の魔力に反応しているのか?いや、違う。それならば俺が影針鼠を呼び出した時に反応している筈だ……他の可能性を考慮せねば)


 使い魔の召喚には魔術を行使するときと同様に魔力を消費する。

 もし、ブラッドフラワーが魔力の動きに反応してグシオスの位置を割り出しているのならば、先程と同様に影針鼠を召喚した時点でグシオスか影針鼠に攻撃を加えて来ている筈なのだ。


(では、次はこうだ。さて、どう出てくる冒険者?)


 グシオスはブラッドフラワーから飛びのくようにして更に距離を取り、腰のベルトに取り付けてあるナイフポケットから投げナイフを数本取り出す。

 次なるグシオスの方策はブラッドフラワーから大きく距離を取ってからのナイフの投擲。

 魔力に反応しているわけでも無いのに位置を特定してくるならば、今度は遠距離からの物理攻撃を行なってブラッドフラワーの反応を伺おうというのである。


 投げるナイフは3本、まず1本目は猛毒を有する魔獣の牙から抽出された毒が塗られたナイフ。

 その毒が塗られたナイフに人型の生物がかすり傷一つでも負わされれば、昏倒、もしくは死亡させられる毒ナイフである。

 そのナイフをグシオスはブラッドフラワーから真っ直ぐ距離を取ったところで投げつけた。

 しかしながらブラッドフラワーの反応は早く、直ぐに光の刃が飛んできて迎撃され両断された。


(ナイフにも反応するか、ではこれでどうだ?)


 2本目は風の魔術が篭められたミスリル製の投擲用のマジックナイフ。

 このナイフはナイフ自体が当たらなくとも投擲された段階で篭められた魔術が発動し周囲を風の刃で出鱈目に切り裂きながら目標に向かう対多数戦を想定して作られた物である。

 そのナイフをグシオスは位置を特定されないように移動しながらブラッドフラワーから若干狙いを外して投げた――――だが、1本目と同様の形で迎撃される。


(ふむ大体読めてきたな。ならばこれにはどう反応する?)


 グシオスが取り出したナイフの3本目は2本目同様に魔術が篭められたナイフであるが、こちらは先程のナイフと篭められた魔術と発動条件が異なる。

 このナイフは篭められた魔術は爆発と炎を周囲にばらまく魔術であり対象に突き刺さった時に魔術を発生させる対物質系のナイフ。

 グシオスはそのナイフを、高く飛び上がりブラッドフラワーから離れた大地目掛けて投げつける。

 結果――――ナイフはブラッドフラワーに迎撃されることなく大地に突き刺さり篭められていた爆発の魔術を発動させて周囲に小規模な爆発と爆炎を生じさせた。


 爆炎に大量の霧が吹き飛ばされ周囲の視界をクリアにしていく。


(なるほどな……これは中々に厄介かもしれんな)


 霧が晴れ、視界が確保されたグシオスはブラッドフラワーの姿を見て敵の能力の正体をある程度看破する。

 そしてその能力の推測から難敵であろうと予想されるブラッドフラワーを強く睨みつけた。


 グシオスの鋭い視線の先には黒煙をあげて燃え上がる大地の向こうで無傷なブラッドサッカーが抜き身の赤雷を宿した刀を正眼の構えで構えている姿が映っていた。

 その表情はどうにも不機嫌そうでツルギが見れば悲鳴を上げて逃げ出しそうな表情であった。

 だがグシオスがそんな事を思うわけも無く、ただその傷一つの無い陶磁器のような肌と白い着物に注目していた。

 無傷、そうブラッドフラワーは爆発の被害にあうこともなく無傷であった。そしてそれはグシオスの狙い通りでもあった。


 視界不慮なのにも関わらずブラッドフラワーは、背後からのグシオスの魔術を妨害し、ナイフを迎撃し、不正確な位置から投げられる自身すら狙っていないナイフをも迎撃して見せた。

 しかしながらブラッドフラワーは2本目と同じ、狙いを外した3本目のナイフを光の刃で迎撃しなかった。

 また殺しの命令を与えた影狼は破壊され、呼び出したあとに待機をさせている影針鼠は破壊されていない。

 迎撃をされた攻撃とそうではない攻撃、その違いは迎撃された攻撃は全て直接ブラッドフラワーに危害を与える可能性のある攻撃であり、迎撃されなかった攻撃はブラッドフラワーに危害を与える可能性が生じていなかったという事である。

 ブラッドフラワーのその驚異的な迎撃能力は必ずブラッドフラワーへ危害が及ぶ物のみに限定されていたのだ。


(この冒険者恐らく、俺の殺気を明確に感じ取り対応している――――そう、考えて間違いないだろう。攻撃を事前に察知する事が出来るならば待ちの構えでカウンターを狙えば良いだけだからな。あちらから動く必要もない訳だ。厄介な相手だ。だが――――)


 グシオスは正眼の構えで刀を向けてくるブラッドフラワーの背後から影針鼠を近づかせる。

 だが、まだ影針鼠には攻撃命令を出していない。

 攻撃命令を出してしまえばブラッドフラワーに気づかれる事がこれまでの攻撃で分っているので移動命令を出すのみに留めておいた。


 そうしてブラッドフラワーの背後から小さな影が忍び寄り、ブラッドフラワーの足元に到達する。

 ブラッドフラワーは不機嫌そうにグシオスの動向を見守るのみで、影針鼠には気づきもしない。


(――――足元からの突然の攻撃に対応は出来るか?冒険者)


「貫き殺せ!影針鼠!!」

「――――っ!やばっ!」


 グシオスの命令を受けてブラッドフラワーの足元の影から数十本の黒く細い針が高速で伸び、ブラッドフラワーを貫こうとする。

 だがそこに既にブラッドフラワーの姿は存在しなく、何も無い空間に針の山が形成されるだけであった。


「チィィッ!これにも反応するか!どういう反射神経をしている貴様!!」

「――――――――ああ足元になんか仕掛けていたのね……もう、ビックリしたじゃない!」


 常人ならばほぼ回避不可能な攻撃をブラッドフラワーは無意識に避けていた。

 ブラッドフラワーはグシオスの影針鼠への命令が発せられた瞬間には大きく前方に跳躍していた。

 そして跳躍した後に背後へ振り返り、グシオスの攻撃が行なわれている事を確認していたのである。


 これが、ツルギが姉を危険視していた理由の一端である。

 如何なる不意打ちにも自身に危害が加えられる事象が発生した場合には対応を行う事が出来る。

 それが認識してからでは回避が不可能な攻撃であれば、無意識で体が動き回避する。

 ブラッドフラワーに危害を加えたい場合はブラッドフラワーの体が消耗して動きが鈍るのを待つか、どの様な方策を用いても絶対に回避不能な攻撃を行なわなければいけないのである。

 そしてこれはAOのアバターの能力ではなく現実での彼女の特技だ。

 もちろん現実では流石のツルギの姉でも、攻撃されるという事象を感知して完璧に何もかも回避するという事は不可能だ。

 そう、いまブラッドフラワーが起こしているのはシグナルの『変声』と同様のリアルスキル行使した結果である。

 AOのアバターは現実での特技を強化するという、噂程度の事をカネミツに信じさせる要因になったスキルなのだ。


「今ので終わり?じゃあ、今度はこっちのターンね」


 ブラッドフラワーはニヤリと不敵な笑みを浮かべると真っ直ぐにグシオスに向かって走り出し、グシオスへの距離を詰めようとする。

 ブラッドフラワーは高速で1歩1歩幅跳びをするような歩方で一気にグシオスへの間合いをつめる。


「本当に冒険者という者は常識外れが過ぎるだろう!!」


 グシオスは、影針鼠の攻撃が直撃は難しくても足の1本や2本を貫けるだろうと思っていた。

 それがかすり傷すら与えられずに完全に避けられて怒り心頭に成り、罵声を挙げながら4本目のナイフを取り出し投げつける。

 しかし――――


「属性変更、風氷――――これでちょこまか動けないわよ?」


 再びブラッドフラワーが武器の属性を変更した。

 今度はブラッドフラワーの持つ刀に氷と風の魔力が宿りを暴風と氷雪を生み出し生み出しグシオスの投げるナイフをあっさりと弾き飛ばし、影針鼠も凍りつき行動不能になる。

 更にその二つの魔力が生み出す吹雪はグシオスの行動すらも阻害し、ブラッドフラワーから距離を取る事も許さない。


「接近戦を挑んでくるつもりか!」


 グシオスが『魔狼犬歯』と赤い魔力を放つ大振りのナイフを抜き放つ。


 グシオスが持つ『魔狼犬歯』は太古の魔獣『魔狼』の牙をそのまま短剣とした、太古より受けつがれてきた正真正銘の魔剣である。

 そしてグシオスが持つもう一振りの大型ナイフ、そちらも魔剣に類する物で有るが『魔狼犬歯』とは少々赴き異なるものだ。

『魔狼犬歯』の円錐形の刃と木製の柄には幾多の歴史と戦いを潜りぬけてきた証である細かな傷が幾つも付いている。

 だが、グシオスが持つもう一振りの大型ナイフの銀製の柄と赤き刃身には傷一つ付いていなく新品同様の輝きを放っている。

 それもそのはず、グシオスの持つ赤き刀身のナイフは近代になって作成方法が確立された方法を用いて作られた新造魔剣と呼ばれている極めて新しい物なのだ。


 新造魔剣のその力は旧来の魔剣に劣ることなく、費用にさえ眼をつぶれば量産も可能な物となっている。

 だが作り方が確立されたとはいえ魔剣は魔剣である。

 製造には特殊な金属や材料を使用する必要があり、使用には大量の魔力が必要で使用者を選ぶ非常に高価な武器なのである。

 その様な理由から新造魔剣は魔族の騎士の精鋭に、魔王か魔王に連なる物から褒美として与えられる場合が多い。

 いわば魔族の中では勲章の様な扱いを受けている物で、グシオスもライオネルの配下として働いていた時に褒章として与えられた物だった。

 そしてその魔力消費量の多いという理由と勲章の様な物だからという理由で、グシオスはこの遺跡に来るまではほぼ未使用の状態でこの魔剣を保管していた。


(いきなり首を落とそうとしてもあの反応速度を見るに危険だな。しかし奴の強さを見るに首以外を狙っても直ぐに死なん可能性がある……まずは奴の出鼻を挫くとするか)


 冒険者は頑丈である。

 腕を落としても、足を砕いても、腹に風穴をあけても、血が通わない人形である冒険者が失血死する事は無く、体の大半を損壊させても頭が胴と繋がっていれば死なない事がある。

 だがその様な冒険者でも頭を破壊すれば絶命する。また、胴体から首を切り離した場合も同様に死亡する。

 頭を落とせば死ぬというのは人間だけに及ばず大抵の生物に言える事であり、斬首は強靭な生物が多いこの世界で確実に相手を殺す為に用いられてきた伝統的な殺傷方法だ。

 そしてそれは冒険者も例外ではなく、極めて生物に近い存在として作られている冒険者は首を落とせば絶命するのである。

 これは人やエルフ等の人類型の生物を模して作られている人形の体の宿命であった。

 また冒険者は人同様に人型生物の弱点である心臓も弱点ではあるのだが、心臓の場合は死亡して活動を停止するまで時間が掛かったり、稀に心臓を貫いても死なない者までいるのでグシオスは確実に殺せる頭にこだわる。

 グシオスがこれまでの戦闘で冒険者の首を態々刎ねていたのはその様な理由が有ったからだ。


 そしてこの大型のナイフ状の魔剣の効果は首を刎ねるのに適している。

 その効果は至ってシンプルな物で、魔力を送り込めば刀身に高熱を宿しその熱で対象物を焼き切るという物だ。

 その火力は大抵の生物の肉も骨もなんの抵抗も無く焼き切る事が出来、鉄やミスリル等の金属すらもバターの様に切り裂けるものである。

 更に刃渡りは普通のナイフや短剣よりも若干長く、一薙ぎで人間の首を切り落とす事が可能な長さなのである。

 このシンプルな強力さと冒険者の首を一撃で刎ねる事が出来るサイズの刀身を持つ大型ナイフをグシオスはこの遺跡に来てから大変重宝し愛用していた。


 だが、今回はその愛用の大型ナイフでブラッドフラワーの首を狙わない。

 異常な反応速度を持つ相手に真正面からいきなりに首を狙った所で避けられるだけだという事を理解していたからだ。

 そしてそれを理解しているからこそグシオスはブラッドフラワーが持つ刀に注目していた。


 剣士という者は自らが持つ剣で攻撃を行なうが、剣で身をも守る者でもある。

 特に盾等の防御手段を持たない剣士はその剣一つで自らに迫る脅威を払わなければいけない。

 そして卓越した剣士は自らを狙う矢弾すらその剣一つで防ぎきる。

 だがそれが弱点になる事もあるのだ。

 卓越した剣士ほど自らが命を預けている剣を信じて攻撃を剣で受けるか、もしくは剣を巧みに使い攻撃を逸らすか弾く場合が多い。

 グシオスはそれを逆手に取りまずはブラッドフラワーの刀を破壊しようとしているのだ。

 

 武器を破壊するのに使うのは切る事に適した新造魔剣を使う。

 突きに特化した『魔狼犬歯』では細い刀身を穿つ難易度が高いからだ。


「来い!冒険者!相手をしてやる!」


 ブラッドフラワーの突進するような前進突きに対してグシオスは姿勢を低くし、新造魔剣でブラッドフラワーの刀を受け止めて隙あらば『魔狼犬歯』でブラッドフラワーの体を穿とうと構える。


「そう――――どうしてもアレは出さないつもりなのね……良いわ、それならアンタの毛皮をギルドの皆へのお土産にするだけよ?」


 渾身の突きを止められたブラッドフラワーは表情を更に不満気にして半歩下がり刀を突きではなく切る為の体制へと切り替える。

 そして再びグシオスとブラッドフラワーが切り結び、金属がぶつかる甲高い音と、相反する巨大な魔力がぶつかる大気がはじける音を作り出す。

 ブラッドフラワーは上段からの斬撃をグシオスの胴目掛けて振り下ろそうとするが、刀が振り下ろしきられる前にグシオスは右手の新造魔剣で刃をそのものを切り落とすつもりで冷気が宿る刀を迎撃をした――――その瞬間に周囲に暴風と炎熱の魔力が周囲に撒き散らされる。

 ブラッドフラワーの刀からは吹雪きが吹き荒れ、グシオスが持つ新造魔剣からは周囲を歪ませるほどの熱気が生じ、その二つがかち合い蒸気をあげる。


「まさか相殺されているのか!?新造魔剣の魔力を自らの魔力だけで防ぐなど有得んぞ!?少しはこちらの世界の常識に合わせろ!この常識外れが!」

「嘘?消されてる!?ちょっとずるくない?それ?こっちは2重属性のスキルレベルMAXなのよ?なんで耐えているのよ!」


 切り結ぶ二人が同様に驚愕の声をあげる。

 そしてその後にお互いへ罵倒の言葉を投げつけあうがお互いの言葉が通じないのでグシオスの声はブラッドサッカーに猛る猛獣の叫びの様に聞こえ、グシオスにはブラッドサッカーの言葉がキーキーと五月蝿い猿の鳴き声の様に聞こえていた。


「五月蝿いぞ!この冒険者が」

「うるさい、この犬っころ!」

 

 グシオスにとっては魔族の最新技術で作られた新造魔剣の熱気に耐えるほどの冷気属性の付与は有り得ない効果でありその常識が通じない相手に憤慨する。

 ブラッドフラワーにとっては苦労して得た2重属性の魔法付与スキルを最大出力までだしているのに何のこともなく受止めている新造魔剣の存在が非常に不愉快だった。

 お互いにお互いへ怒りをぶつけながら同じ様に何度も剣激を打ち合うが、同じ様な相殺が起こるのみで完全に拮抗してしまう。


(チッ俺の動きに付いてくるか、やはり素人ではないなこの動き)


 罵倒と暴風が吹き荒れている中グシオスとブラッドフラワーの腕力、魔力は共に拮抗していた。

 いや、剣だけの勝負ならば両腕で刀を振り下ろしていたブラッドフラワーの斬激を右手1本の魔剣をで抑えきっている分グシオスが有利と言えるだろう。

 しかしながら空いた左手にある『魔狼犬歯』の攻撃はブラッドフラワーに全て躱されてしまう。

 そして周囲には暴風が逆巻き距離を取る事も許されず使い魔の召喚や魔術の行使も行なえない。

 対するブラッドフラワーも攻めあぐねていた。

 触れれば一瞬で凍結してしまうブラッドフラワーの凍結の魔法剣もグシオスの新造魔剣にその力を減衰されてしまって本来の効果を出せないのに加え、自らの腕や体を狙って突き出される『魔狼犬歯』が非常に危険な事を彼女の直感が伝えていたので無理に攻めこめば非常にまずい事になると感じていた。


 その様にしてグシオスとブラッドフラワーは有効な攻撃をまったく与えれないので苛立ちながら何度も切り結ぶがお互いまったく傷を付けれない。

 しかし、怒り交じりの接近戦から先に冷静さを取り戻したのはグシオスだった。


「対外にしておけよ、冒険者!これで終いだ!」


 グシオスは新造魔剣で刀を切り裂けないならばと、右手の魔剣から軽く力を抜きブラッドフラワーの刀を自らの側に僅かに引き寄せる。

 そして隙を見てブラッドフラワーの体を狙おうと構えていた『魔狼犬歯』の狙いを刀に変えた。

 白刃がグシオスに迫るが、グシオスは狙い通りだと残忍な笑みを浮かべる。

 グシオスはその刃を身に受けて、刃の動きを止めその刀身を鋭い『魔狼犬歯』の突いて砕こうとしているのだ。


 肉を切らせて骨を絶つ戦法であるが、これは中々に有効と思われる戦法であった。

 なぜならばブラッドフラワーのスキルにより強力な魔力が宿っているこの刀は『魔狼犬歯』の格好の餌食である。

 直撃すればその刀身を粉々に砕くことができるだろう、そしてグシオスには再生能力がある。

 多少の傷ならば受けてでも再生を行うことが出来、この場合自らが傷つくことよりも敵の武器を破壊してしまった方が戦闘を有利に運ぶことが出来るのだ。

 ――――だが、それがまるで分っているかの様にブラッドフラワーは刀を引いて『『魔狼犬歯』の一撃を躱す。


「――――ッ!!」

「馬鹿な貴様今の状況で何故下がる!」


 グシオスの表情が再び驚愕に彩られる。

 グシオスはブラッドフラワーの能力が殺気の感知だと思っていた。

 そしてだからこそブラッドフラワーへの攻撃ではなく刀への攻撃にこだわっていた。

 しかしながら刀を狙った攻撃すら避けられたのだ、そこまで察知されるとは予想すらしていなかったのだ。


「この犬っころ!さっきから危なすぎるのよ!」


 グシオスが殺気の感知だと想定したブラッドフラワーの能力はその実、自らに危機が及ぶ可能性があるならば所有する刀への攻撃だろうとなんだろうと感知する。

 刀を折られれば敗北する可能性があるのならそれすらも感知する。

 そうこれこそがツルギが完全に回避不能な飽和攻撃でしか姉にダメージを与えれない、と言い切った物の真の正体だ。

 もはやこの能力は未来予知に近い危機感知能力だったのである。


 そしてグシオスが刀への攻撃を躱されて隙を作った瞬間を事を見逃すブラッドフラワーではない。

 隙だらけになっているグシオスの喉元を狙い鋭い突きを放つ。

 だがそれをグシオスはギリギリのところで新造魔剣で受け凌ぎ、突きの軌道をずらす事によりギリギリに避ける。


「ぐ!?ぬぉぉぉう」

「あーもう、当たりなさいよ!!」


 二つの刃が擦れ合い金属が悲鳴をあげる。

 その時ブラッドフラワーの刀からは次第に、湛えていた青い魔力が消えて行きグシオスとブラッドサッカーの周囲を逆巻いていた暴風が弱まり吹雪も冷気も消失寸前なっていった。

 同時にグシオスの魔剣からも赤い光が消失し、先程まで赤く熱せられていた赤光を放つ刀身は冷たい金属の刃に戻りつつあった。


「しまった!連続稼働時間を越えてしまったか!?」

「ちっMP切れか…………」


 グシオスの新造魔剣には一つの弱点が有った、それは常時能力を発動させている事が出来ないという事だ。

 新造魔剣の能力の核になっている人工的に作られた魔石はそう耐久力が高いものではない。

 ある程度の機動時間を越えると魔石は自らが発する熱に耐えられず崩壊してしまうのだ。

 そしてそれを事前に察知して自動でクールタイムを設けるストッパーのような機能が魔剣には備わっていた。

 これは高価な素材を使う度に使い潰していては兵器たりえないと、魔剣の開発者が苦心して組み込んだ機能であった。

 今グシオスの魔剣が機能を停止したのもそれが発動した結果だったのである。


 対するブラッドフラワーの刀から魔力が消失したのは単純な話でMP(魔力)が切れたというだけだった。

 ブラッドフラワーの職業である剣聖は、武器に属性を付与する事が出来るがそれは通常の物理攻撃が聞き難い相手へ使う予備的なスキルに留まる。

 だが本来ならば限定的で状況で短時間のみ使うスキルを主力としてブラッドフラワーは使い、各種属性を全て扱えるスキル取りも行っていた。

 それはAOでの剣聖という各種強力な物理スキル有する職業の王道と呼ばれているスキル習得から乖離しているスキル取りであり戦闘スタイルであった。

 理由は簡単だ、剣聖の代表格スキルである瞬撃3段や、居合いなどはブラッドフラワーがやろうと思えば全て現実で得た技術とこのアバターの筋力や敏捷性を駆使すれば再現する事が出来るのだ。

 故に態々貴重なスキルポイントをそんな無駄な所に割く必要は無く、彼女の技術で再現出来ない所へスキルポイントを割き完成したのが今のブラッドフラワーの戦闘スタイルである。

 属性の付与は斬撃に特殊な効果を付与する事が出来、様々な敵の弱点に合わせた属性を扱う事を可能としていた

 また剣士の弱点である遠距離の敵へ対して先程の属性効果が乗った光の刃の様な遠距離攻撃も可能なのである。

 

 しかしながら一見便利そうに見える属性付与だが、弱点がある。

 それを前衛職のMPで常時起動しようとすれば、直ぐに枯渇してしまうという事である。

 例えそれに特化しているブラッドフラワーとて長時間の稼動は難しいのだ。


 切り結んでいた体制から大きくブラッドフラワーが後ろに飛び退く。

 下がるブラッドフラワーの表情は極限に不機嫌な表情で、殺気と視線だけで生き物を殺す能力がブラッドフラワーに備わっていれば確実にグシオスを害せたであろう。

 その殺意を篭めた視線受けてグシオスもブラッドフラワー同様に大きく背後に下がる。

 ブラッドフラワーの刺し殺すような視線と殺気に臆したのではない、この常識が通じない相手を倒す為の最後の手段に出ようとしているのだ。


 未だグシオスには体力と魔力の余力が有り、余力が少なく後退を始めたブラッドフラワーを追撃するには絶好のタイミングだった。

 しかしながらどの様な攻撃をしてもまったく当たらないのではそんな事をしても意味はない。

 魔力と体力に任せて攻めてしまっては何れそれ等も切れてしまった時打つ手が無くなってしまうのである。


(潮時か?いやそんな恥曝しなマネは出来んな)


 グシオスは有効な手立てが無いのならばツルギの命令通りにそろそろ撤退をしても良いかとも一瞬思うが、現在グシオスはツルギの命に反してブラッドフラワーと戦っている。

 その様な独断専行をして相手を討ち果たせず手傷の一つも与えれませんでした。では済まない。

 もし、ツルギが許してもグシオスの戦士としてのプライドがそんな醜態を許さなかった。


(そうなるともはや、指揮官殿に与えられたあのボウガンを使うしかないな……いささか気にいらんが仕方あるまい)


 グシオスがブラッドフラワーから距離取る理由の一つがツルギから与えられたボウガンの存在だ。

 あの正体不明で強力無比な魔術が付与されているボウガンならば如何に埒外な反応速度を持つブラッドフラワーでも対応が不可能だと踏んだのだ。

 しかしながらツルギから与えられた『音追いの矢』と冒険者から呼ばれるボウガンは、シグナルと戦っていた時に投げ出したままになっていて現在グシオスの遥か後方に落ちている。

 正直グシオスはそのボウガンの性能を認めていたが、自らの技量も何も関係無しに殺戮行えるそのボウガンが心底気に入らなかった。

 だが、この状況下で気に入らないだのなんだの言ってえり好みをしている状況では無いという事実が有るのが今のグシオスの現状だ。


「来い!影針鼠、影狼、奴を食い止めろ」


 グシオスはボウガンを回収するまでの時間稼ぎとして使い魔たちを再び呼び出しブラッドフラワーにけし掛けてブラッドフラワーから視線を外さないようにユックリと後ろ歩きでボウガンに向かっていく。

 グシオスの警戒の視線に映るブラッドフラワーはその時、着物の袖の中に手を突っ込み何やらゴソゴソとしていた。

 しばらくしてどうやって収納していたのか青い液体が満たされた小瓶取り出した。

 そしてブラッドフラワーは小瓶に満たされた液体を腰に手を当てて豪快に一気に飲み干す。

 更にその後、怒りをぶつけるように小瓶を地面に叩きつけ静かな怒りを篭めた何かの詠唱を開始する。


「もう、決めた。後のことなんて知らない…………私の下で永遠の眠りに付く者がいる、私は眠る者を糧として芽吹き、育つ――――」


 大地に叩きつけられた小瓶が割れて周囲に破片が飛び散る。

 それを追う様に花の香りが周囲に広がり、グシオスの鋭敏な鼻腔にもその香りは届く。


(何をする気だ奴め。魔術の詠唱ようにも見えるが周囲の魔力に動きは無い――――ん?なんだこれは?まさか指揮官殿が動いたのか?)


 ブラッドフラワーが詠唱を始めた直後、周囲に濃密な紫の粒子が――――アレックスの魔術により吹き飛ばれた筈のゾンビパウダーが再び集まってきていた。

 そして、それを追うように二人が戦う広場に闖入者達が現れる。


「「「アァ、アアアア」」」

「――――!人々は私を美しいと言うが、私はまだ咲き足りない。私の渇きは消えず、今だ私には多くの蕾が有る――――」


 詠唱を途切らせることなくその声を発する闖入者達にブラッドフラワーが気づき振り返り凶暴な笑みを浮かべる。

 そこには30体を越えるリビングデッドの群れが二人が戦う広場に集まってきていた。

 そしてブラッドフラワーの注意がそちらに注がれた事によりグシオスは一気にボウガンに駆け寄り打ち捨てられていたボウガンを拾い上げる。

 ボウガンを手にもったグシオスは、ボウガンに刻まれた魔術文字が薄い紫の光を発したのを確認してボウガンが正常に機能している事を確認し再びブラッドフラワーを見据えてボウガンを構える。


「ふむ、間違いないあの秩序がある動き、指揮官殿の援護と見てよいな……」


 グシオスが見た物は先ほどまでの無秩序に獲物に群がるリビングデッドではなく、規則正しい戦列を作りブラッドフラワーに突撃をして行くリビングデッド達だった。

 

「――――さぁその麗くて、甘い液体を差し出せ、それが私を見る代価だ――――」

「運がなかったな冒険者よ。これで終わりだ」


 リビングデッドの群れは一直線に詠唱を続けるブラッドフラワーに向かっていく、更にグシオスの使い魔達もリビングデッドの群れに連携して一気に間合いを詰めていく。

 そして駄目押しとばかりにグシオスはボウガンに矢を装填して、今正にボウガンのトリガーを引こうとした――――時だった。


 ブラッドフラワーは呪詛を篭めたような声で詠唱を完成させる。


「――――そして私は開花する。『吸血』(ブラッドサッカー)、全天展開、開始……皆干からびてしまえ!」


 詠唱の完了と共にブラッドフラワーの着物に描かれていた桜の蕾がゆっくりと僅かに開いた。

 そして赤いオーラがブラッドフラワーの周囲に円形状に広がり、周囲にある物を分け隔てなく飲み込んでいく。

 まず最初に変化が現れたのは周囲に自生していた草木だ。

 その赤いオーラに触れた瞬間に草木が枯れた。

 そして自重に耐えれなくなったのか崩れて行き、その残骸からブラッドフラワーに赤い粒子が流れ込む。

 次に変化が訪れたのはブラッドフラワーが立つ大地そのものだ。

 大地からも赤い粒子が吸い上げられ、ブラッドフラワーの足元から少しずつ砂のようになり大地が死んでいく。

 更にブラッドフラワーに向かっていたグシオスの使い魔達やリビングデッドも同様に吸われていく。

 リビングデッドは赤いオーラに触れた瞬間、青いマナ結晶に身を変じたが直ぐにその色を赤く変化させられ、ブラッドフラワーに吸収された。

 極めてしぶとい生命力を持つ影狼は全身からその生命力を搾り取られ干からびたようになり消滅した。

 影針鼠は赤きオーラに自らが潜む影が触れた瞬間に維持できなくなり、地上に姿を現した同時に全身を分解されてブラッドフラワーに吸収されていた。

 オーラが届いていた周囲の全てが干からびてその命を赤い大河のように変じさせてブラッドフラワーへ全て流れ込んで行く。

 そして周囲の全てが枯れ果てたところで更に着物に描かれた桜の蕾は開き、5割ほど花弁を開いた所で停止した。


生命吸収(エナジードレイン)……!?貴様、吸血鬼(ヴァンパイア)の類だったか!」


 グシオスはそう叫び、ブラッドフラワーに向けてボウガンのトリガーを引き、ブラッドフラワーの眉間に命中させた。

 先ほどまでの危機回避能力が嘘のようにあっけなく矢は深くブラッドフラワーに突き刺さる。

 その一撃は確実に脳を損傷させている致命傷だった。

 

「かはッ――――」


 眉間に突き刺さった矢の衝撃で、ブラッドフラワーの体が大きく後ろに仰け反り大地に向かって倒れかけ声にならない声をあげる。

 しかしながら――――


「――――フフッやっと出したわね」


――――倒れかけた上体を起こし、眉間に突き刺さった矢を引き抜きブラッドフラワーは不敵な笑みを浮かべる。

 そして矢を引き抜いた傷口はすぐ様に再生して行き、傷跡一つ残さず塞がる。

 その様子を確認したグシオスは動揺しながらも次のボウガンの矢を装填し直ぐに発射しようとする。


 グシオスのボウガンの狙いは頭から胸元へとシフトしていた。

 狙うは心臓、頭部を破壊しても、止まらぬのなら心臓という訳だ。

 そして、この世界でも吸血鬼の弱点といえば心臓が定番である。

 むしろ、ほぼ脳を貫通している様な一撃を受けて動き回るならばそれしか有効だと思える場所がグシオスは思いつか無かった。

 

 「ええい、ちょこまかと!貴様は獣か何かか!!」


 だが、狙いが定まらない。

 ブラッドフラワーは獣を思わせる動きで、そこら中にあるテントの残骸間を飛ぶように高速で跳躍しながら移動しグシオスに迫ってくる。

 もはや正確な位置を狙ってる場合ではないと思ったグシオスはブラッドフラワーの動きを止めるためにボウガンを手当たり次第に連射をする。


 トリガーを引くと同時に着弾する『音追いの矢』の効果で狙いが定まらずとも手、足、腹、に着弾するがグシオスが当てたい場所には一向に当たらない。

 そしてブラッドフラワーも止まることなくグシオスに接近を続ける。


(クッ吸血鬼ならば心臓を穿たねば止まらんか……だが、奴は本当に吸血鬼なのか?)

  

 グシオスは再び苦虫を噛み潰した様な表情で狙いを定めようとするが、ジグザクと動き回りながらグシオスに向かってくるブラッドフラワーの心臓を狙うのは不可能であった。

 そしてその脳裏では自ら対峙している者の弱点と正体について必死に考えるが、深く考えればるほどに答えが出ない。


(奴は日の下で何故能力を発揮できる?能力や生命吸収の力を見る限り、奴は間違いなく吸血鬼だ。だが日の下であれほどの力を行使できる吸血鬼等聞いた事も無い……一体なんだというのだ、奴は…………)


 吸血鬼(ヴァンパイア)――――不死者の王とも呼ばれる種である。

 その姿は個体差があるが概ね見目麗しい者が多い。

 しかし、その見た目と裏腹に強力であり、変身能力と肉体の再生能力有し、頭部を胴体から切り離すか心臓を破壊しなければ活動を停止させないしぶとさを持つ。

 更に上位の者であれば魔眼やアンデッドの支配能力も有し、血だけではなく生命吸収も行える。

 此処まではブラッドフラワーと該当している部分が多く、グシオスがそう勘違いしてもおかしくなかった。

 だが、吸血鬼の弱点たる日の光はブラッドフラワーになんの影響も与えていない。吸血鬼は上位の力の強い者ほど日の光には耐えられないというのがこの世界の常識だ。

 それを覆す存在なのか、それとも別の存在なのか、グシオスは頭を大きく悩ませていた。


 グシオスは思考を巡らせながら跳ねる様に近づいてくるブラッドフラワーから逃げるようにボウガンを打ちながら距離を取る。

 近くの者から手は当たり次第に生命を吸収しつくすブラッドフラワーとの接近戦は自殺行為だったからだ。


「逃げないでよ!折角ソレを出してくれたのに逃げられたら来た意味がなくなるのよ!」


 下がり続けるグシオスを見てブラッドフラワーが怒声をあげながら更に移動速度を加速させる。


「逃げ切れん……だと!?だがな……!」


 ブラッドフラワーの速度は必死に下がり続けるグシオスの数倍、名無しの遺跡最速のベアトリスの速度すら越えていた。

 そしてついにグシオスにブラッドフラワーが追いつき、近くにあった資材を踏み台にしてグシオスの頭上から高く飛びかかりながら斜めに切りかかろうとする。


「動きを止めたな!」


 グシオスは頭上から飛び掛ってくるブラッドフラワーに向けてボウガンを射出する。

 だが矢が射出された先には丁度斜めに構えたブラッドフラワーの刀が有り弾かれる。


「重っ、ほんと相変わらず異常な威力してんだから!」


 そして矢に刀が直撃したことによりブラッドフラワーの頭上からの斬激の軌道がそれて地を大きく抉る。


「ぐぅ!?がぁあああ!!」


 ブラッドフラワーの斬撃に当たらなかった筈のグシオスの全身に痺れるような痛みが走り悲鳴を上げる。

 そして全身から力が抜け、魔力まで抜け出し、赤い光となってブラッドフラワーに流れ込んで行く。

 既にグシオスはブラッドフラワーのスキルの圏内に入ってしまっていた。

 グシオスは強烈な虚脱感から倒れそうになり、意識も薄らいでいく。


「ぬぅおおおおおおお」


 しかしながら鉄の意志で、何とか体制を立て直しグシオスはバックステップをしながらボウガンを構え矢を装填する。

 そして地面から刀を引き抜こうとしているブラッドフラワーに狙いを付ける。

 だが、ブラッドフラワーが力任せに深く地に刺さった刀を引き抜き、その勢いのまま横なぎの光刃を放つ。

 それをグシオスは『魔狼犬歯』で切り払うが、今度はその隙を狙った刀そのもの突きがグシオスを襲う。


「――――チッ」


 だがグシオスに突きが届く前にブラッドフラワーは舌打をして突然背後にジャンプし、空中で光の刃をほんの数秒前まで立っていた地点に打ち込みグシオスから5メートルほど離れた場所に着地した。

 その着地を狙い再びグシオスはボウガンで矢を放つが、目を狙い放った矢はブラッドフラワーが寸前に顔の前に手をかざす事により手の平を貫くだけに留まる。

 同じ様に2射目の心臓を狙った攻撃は事前に構えていた刀で受けられてしまう。


「まったくどんだけ足元狙いなのよ」

「はぁはぁ……効かんか、まぁ効かんと思ってたが、こうもあっさりと返されると打つ手がないな……」


 生命吸収の影響で息切れをするグシオスと、全身のあちらこちらを矢に穿たれままにしているブラッドフラワーが立つ中間地点、そこには砕かれ溶け出す複数の影の牙が在った。

 その場所は丁度シグナルが死んだ場所でありブラッドフラワーが先程まで立っていた場所だ。

 そしてシグナルを仕留めたグシオスの使い魔、影飢が潜んでいる場所でもあったのだ。

 危機に反応する能力が影飢の存在を察知したからこそブラッドフラワーは難を逃れた。

 そしてそこまではグシオスのシナリオ通りであった。

 だが着地の瞬間を狙った攻撃まで避けられるとは思わなかったのである。


(もはや逃げ切る体力も無い。ならば是非もないな……この命を使ってでも貴様の首級をあげてやろう)


 グシオスは刺し違えてもブラッドフラワーの心臓を抉り出す覚悟をして、再びボウガンから矢を放ちながら『魔狼犬歯』を構えてブラッドフラワーに接近する。

 それは指し違える覚悟と確信が有ったからこそできるグシオス決死の突撃であった。


「あら?そっちから来てくれるの?良いわねそういうの好きよ……じゃあ、お終いにしましょうか」


 突きの体勢でブラッドフラワーもグシオスへの距離を縮めようとする。そしてグシオスがボウガンの矢を再び放つ。

 致命打になる場所を狙えば防がれると痛いほど理解したグシオスが狙うのは足、そして矢は着弾しブラッドフラワーの太股に矢を突き立てる。

 だがブラッドフラワーは止まらない。しかしながら矢が命中した衝撃で僅かに突きのタイミングがずらされる。

 僅かにタイミングがずれた鋭い突きがグシオスの顔面を狙って繰り出される。それをグシオスは生命吸収の痛みに堪えながら、紙一重で顔だけ動かし躱す。


「――――おぉ!まだそんなに動けるの?でも、甘い!」


(止まるな止まれば無駄死にをするだけだ)


 更に突き出された刃はその向きを変えて、今度はグシオスの首元に向けられる。

 だがその刃と首の間にグシオスはボウガンを差し入れ受け止めた。

 ―――――ピシリと音立ててボウガンの表面に刻まれた多数の魔術文字に罅が走り、同様にブラッドフラワーの刀にも刃こぼれと罅が入る。


「――――ウフフ、やるわね!」


(まだだ、まだ終れん)


 攻撃を防がれたブラッドフラワーは楽しそうに刀を一度返す。

 そして今度はグシオスを袈裟懸けに切りつけようとするが、グシオスは姿勢を低くしてブラッドフラワーに肉迫する。


 グシオスは意識が朦朧になりながらも、姿勢を低くして『魔狼犬歯』をブラッドフラワーの心臓目掛けて突き刺そうとする。

 更にブラッドフラワーの刃が振り下ろされる気配を感じたグシオスは再びボウガンを盾にする。

 ブラッドフラワーの刃がボウガンを両断し、グシオスの肩を切り裂いた。

 しかしながらボウガンが間に入った事により勢いを失った斬撃はグシオスの左手を切り飛ばすどころか鎖骨をへし折り肉を軽く切り裂く程度に留まった。


「まず一つ!次は犬!!って、まだ動くか!!」


(キーキーやかましい……黙っていろ)


 ブラッドフラワーがボウガンを切り裂いて勝利を確信して笑みを浮かべるが、それが直ぐに凍りついた。

 肩口を切り裂かれ力尽きてもおかしくなかったグシオスが直進をやめず自らに刃を届かせようとしていたからだ。


 グシオスは使い物にならなくなったボウガンを捨て去り、もはや何故動いてるのか分らない左手で新造魔剣をナイフポケットより引き抜いて更にブラッドフラワーに肉迫し『魔狼犬歯』の刃を届かせる一歩手前だった。

 慌てたブラッドフラワーはグシオスの肩に食い込んだ刀を引く。

 一度防御に回らなければ、グシオス決死の突撃を凌ぎきれないと彼女の能力()が伝えていたからだ。

 そして彼女の能力はもう一つの事も伝えていた。


「あ、まずい―――――これだから安物の武器は嫌いなのよ!!」


(…………後、僅か)


 グシオスの肩から力任せに引き抜いたせいか、もしくは無理な使い方をしていたせいかブラッドフラワーの刀がポキリと折れた。

 ブラッドフラワーは慌てた様子で刃を失った刀を捨てて腰から白木製の鞘を引き抜きそれでグシオスを殴りつけようとするが、その腕をグシオスは新造魔剣で肘から先を切り飛ばし、更に下がろうとするブラッドフラワーの太股も切りつける。


「くっあっ嘘!?回避不能?えっしかも即死!?」

「獲ったぞ…………冒険者…………」


 ブラッドフラワーは自らが持つ能力により死を感じていた。

 その感じた物が回避不能で、確実に殺されるということもその能力で分っていた。

 そしてそれは相対するグシオスも同じだった。

 全身に力が入らず意識も朦朧とし立っていることすら辛かった。

 体から抜け落ちていく生命力は、もはや生命を維持するのが難しい残量となっていた。

 このまま直進を続ければグシオスは間違いなく死ぬ――――だがそれでもグシオスは進む。

 自らの戦士という矜持と意地に賭けて退く事はしない。

 そしてブラッドフラワーに肉迫し、後は『魔狼犬歯』をブラッドフラワーの心臓に打ち込むのみだった。


――――だが、想定外の事が起こる。


「――――ぬおっ!?」

「え?変わっきゃああっ!」


 側面から発生した謎の力にグシオスの体が派手に吹き飛ばされた。

 そしてブラッドフラワーも意外にも女性らしい声で悲鳴を上げて吹き飛ばされていた。


 グシオスが朦朧とする意識の中辺りを見渡すと同様にブラッドフラワーが吹き飛んでいて10メートルほど先に転がっていた。


 グシオスは残された力を振り絞り立ち上がり、先ほどグシオス達が立っていた場所を見て何が起こったのかを理解した。


(なるほど、あのボウガンに篭められた魔力が開放されたのか……)


 グシオスが見た物は地面に散乱した粉微塵になった煙を上げる木片と謎の魔力を発している緑の宝石だった。

 そうグシオスとブラッドフラワーを吹き飛ばした謎の力の正体はボウガンが破損した事により篭められていた魔力が解き放たれた衝撃――――いわば火薬の暴発のような物であった。


(後一歩で奴を仕留められたものをこんな物に邪魔されるとはな…………やはり俺はアレとは相性が悪かったな……しかし、惜しい。奴を仕留め切れるあの様な機会は2度とあるまい。それにもはや逃げる事も進むことも――――)


「血吸い桜・血染め八分咲き」


 グシオスがその声に気づき、意識を向けようとした瞬間に激しい背後からの衝撃受け、腹を突き破り大きな槍のような樹木の枝が生えた。

 抉り貫かれた自らの腹部をゆっくりと確認した後、たまらずグシオスは大量の血を吐き出しながら倒れこむ。


「がはっ――――まったく幾つ隠し技を持っている…………貴様それは……エルフか……トロール共の魔術だろうに………………………なるほど……これが『冒険者は何をしてくるか分らない』という……指揮官殿の言葉の真の意……味か……」


 倒れこんだグシオスは座りこんでいるブラッドフラワーの着物に描かれた桜から飛び出したように伸びる樹木を見た。

 樹木はブラッドフラワーの胸元から伸びており、肘から先を失った手を伝わり先ほどグシオスを貫いた枝に繋がっており、真っ赤な可愛らしい花を幾つも咲かせていた。


「ふぅん、一度の戦闘でここまで咲いたのは初めてね……」


 死に体のグシオスを放置して、なにやら関心したようにブラッドフラワーは自らが生やした樹木を見ている。

 そんなブラッドフラワーに死に体のグシオスはかすれた最後の言葉を伝える。


「どう……した?……何故トドメを刺さん……貴様も一端の戦士ならば……トドメ位しっかり……と……」


 グシオスの意識が深く暗い闇に落ちていく――――――



「やれやれ、グシオス卿酷い様ですな」



――――だがそれを繋ぎとめる者が突然現れた。


 風が吹き、不機嫌な幼い男児の声が死に掛けているグシオスの聴覚に届く。

 その直後柔らかさを感じる緑風がグシオスを包む。

 更に突風が吹き荒れ小さな竜巻が幾つもグシオスの周囲を囲むように形成され周囲が砂嵐のような状態になる。


「くっ!まさか新手!?キサラ何やってるのよ!あーもう、ハートフル使うしかないじゃない!」


 ブラッドフラワーは再生の力が途切れたのか、グシオスに切られた千切れかけた足で無理矢理に立ち上がろうとして失敗し、尻餅を付いている。

 そして苦虫を噛み潰した様な表情で再び着物の袖からアイテムを取り出そうとしている。


「カー……バンクルか……良い所に来たな……すまん……が俺の代わ……りに指揮官殿に……謝罪して……おいて……くれ」

「ふむ、それは困りますな。私は生きてグシオス卿を連れ戻せと仮主殿に仰せ付かっております」

「あぁ……出来れば……俺も生きて戻りたいが、この様では……な」

「えぇ、ですから私が来ました。死なれては困るのですよグシオス卿。貴方が死んでは怒り狂った仮主殿に私が滅されてしまう可能性だってある」


 グシオスは朦朧とする意識の中で『何を馬鹿な』そう思った。

 あの部下に無駄に甘いツルギが、使い魔にだってそんな事をする訳がないとおもったのだ。


「仮主殿は今、大っ変機嫌が悪いようなのですよグシオス卿。そして貴方の勝手な行動にも大変お怒りだ。貴方に一緒に来ていただけないとその怒りの矛先が私に向かうのは明白です。そうなると私の安否に関わるのですよ。それで――――もう動けるんじゃありませんか?」

「しかしな、この様では……ん?傷が治って、これは貴様の魔術か?」

「えぇ魔術とは言えませんが似た様な物です。取り急ぎ致命傷である部分は治しましたが完全に傷は塞がっておりませんのでそちらの方達の肩でも借りてさっさと撤退してください」

「中ボス、無理しチャ駄目だっテ、言ったのに……」

「おぉ、中ボス、ボロボロ、やっぱ、アイツやばかっ、たんだな」


 グシオスが未だ重い体を起こし、背後を見ると撤退を命じた筈の部下のコボルト両名が心配そうな表情で立っていた。


「お前達……撤退した筈ではなかったのか?」

「どうせ、中ボスが無茶して、るってカーバンクルに、言われて、一緒に戻って、来た」

「同じク」

「私のせいにしないで下さい。お二人が心配だからと言って勝手に付いて来たのでしょう。さぁ、さっさと行ってください。私の力にも限界が有るのですよ?」

「あぁーーもう!邪魔よ!何なのよこの風!!」


 先ほど取り出していたアイテムで回復を終えて手足が修復したブラッドフラワーが叫び声を上げて暴風の中をグシオス達のほうに直進してくる。


「フンッカーバンクル借りにしておくぞ」

「えぇ、貸しておきましょう」

「待てー!逃げるなぁ!!」


 グシオスが灰色のコボルトの肩を借りて立ち上がり戦場を後にし、その背後からは再びブラッドフラワーの絶叫のような叫びが響く。


「さて、このお嬢さんには私が見えていないようですし、もう少し足を止めをさせて貰いましょうかね」


 更に強くなる砂嵐の向こうに消えるグシオスに暴風の音に混じったカーバンクルの愉快そうな声が聞こえた。


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