第33話 野営地炎上後編b:彼がそうならなかった理由
なんとか2月中に間に合った!
今回も少し長めです。
***
シグナルが『黒狼』と対峙している頃アレックスはリビの手を無理矢理に引いて必死に逃走をしていた。
(マズイ、あの組み合わせは最悪すぎる!!『黒狼』は僕達の手に負える相手じゃないし、それにあの『音追いの矢』が加わってるなんて統括AIは何て事してくれたんだ!)
『黒狼』は名無しの遺跡に住むものなら誰もが知っているコボルト隊、隊長のグシオスだ。
更にAOをプレイするプレイヤー達にとってもいわずと知れた数多くのプレイヤーを屠って来た賞金首モンスター――――MVPモンスターでもある。
そして、今アレックスが危惧する二つの最悪の内のもう一つは『音追いの矢』と呼ばれる発射と同時に着弾するという訳がわからない凶悪な効果を持つボウガンであるが、以前名無しの遺跡を襲撃したプレイヤーの一人ラルフが死亡して遺跡に残していった物である。
アレックスは背後のリビの幾度かの抗議の声を無視して一心不乱に走り続ける。
前方には先程のアレックスの魔法の被害に巻き込まれたのか、四肢が欠損し倒れ伏したリビングデッドが数体いるが構わず走り抜ける。
既にアレックスのMPはほぼカラッポだ。
もし、魔法を行使できるとしても初歩の魔法の2,3発打てる程度であろう。
それすらも使い切ってしまえば、もはやただのリビングデッド達の生餌でしかない。
もしこの状況でアレックス達がリビングデッドの群れにでも遭遇すれば近接スキルもSTRステータスボーナスも存在しない魔術師系職業のマジシャンであるアレックスは接近戦では戦力足り得ない。
しかも、余力が僅かながらに残されているリビとてMPの残量はそう多くないのだ。
それだけではない、アレックスが戦力として数えられないのならば余計にリビの負担と消費が大きくなりMPの枯渇は免れないのである。
つまり二人が生還できる確率はより低くなる事となる。
だが新たなリビングデッドの群れに出くわす可能性が有っても、それでもアレックスは走り続けねばならなかった。
最悪とも言える『黒狼』と『音追いの矢』の危険性を知るが故にせめて逃げ切れないにしても身を隠せる場所だけでも見つけねばならなかったのだ。
その二つの最悪を相手にするくらいならば、まだリビングデッドを1ダース相手にした方が生存率が高いのだと確信していたのだから……
「ちょっと待ってよ!アレックス!!」
だが木箱が山のように詰まれた広場まで来て、その詰まれた木箱の山が二人の心と同じ色の暗い影を二人に掛けた時だった。
我慢ならないという感じの、怒りが篭った声が背後から響きアレックスは無理矢理に足をとめられてしまう。
「――――!?止まっている暇はありませんよ!リビさん!!」
突然背後から手に掛かる強い力と声に足を止められたアレックスが背後を振り返れば怒りの表情のリビが頬膨らませてアレックスを睨みつけていた。
そしてアレックスはリビの性格を察して何故その様な表情をしているのかを瞬時に理解する。
怒っているのだ、シグナルを見捨てて逃げた事を、その事を察したアレックスは直ぐに弁明をしようとするが―――――
「リビさんが怒っている理由はわかります。ですが今はゆっくり話をしている暇は無くてですね、落ち着ける所に着いたら説明しますから……」
アレックスはそう言いながら、再びリビの手を引いて走り出そうとする。だが、リビは動かない。
全力でアレックスの手を逆に引っ張り、先程より強い怒りの視線をアレックスにぶつけ続けていた。
その表情も先程より強固な怒りが篭められたもので、形相は般若とはいかないまでも気の弱い人物ならば一瞬で萎縮してまうそんな表情だった。
「ちゃんと説明して!」
「いや、今はそんな事をしている場合では――――」
「言い訳は良いから!ちゃんと説明して!!」
「ですから――――」
「説明してくれるまで絶対動かないから!説明する気が無いなら手を離して!今からさっきの場所に戻るから!!」
アレックスがリビの意見を無視して走り出そうとする度にリビは言葉を遮り、絶対にテコでも動かないという感じに足を突っ張り、刃物の様に刺さる視線をアレックスに叩きつけてくる。
しかも、最後には先程の秒殺必死の場所にリビは戻るとまで言い出した。
これにはアレックスも頭を抱えるしか無かった、そしてその最後の言葉でアレックスの心は折れた。
一瞬、この女見捨ててやろうか!!とも思いもしたが、それではここまでリビと共に行動して来た意味すら失してしまう。
それはアレックスが掴みかけている『何か』を得られなくなるという事を意味していた。
そうなれば、アレックスはアルバートに言われた『自らに足りない物』を得られないのではないだろうか?アレックスはそうなんだかんだ理由をつけて、この場は折れる事にしたのだった。
そもそもに自分は此処に逃げてくるまで走りながらでもリビに状況説明をする機会は幾らでも有ったのだ。
だがそれを怠った、故にリビ怒らせてしまった。
この様な部分が自身に欠けているのだろうという事は分っている。
ならばそれは是正しなければならない、とか思いながらアレックスは悔しそうに言葉を吐き出す。
「ぐっ…………分りました。説明します、説明しますって、だからそんなに怒らないでください!恐いです!!」
後半ついつい本音が漏れてしまったが、そこは本当に恐かったのだから仕方無いと思うことにした。
「うん、解れば宜しい。あと、私怒ってないよ?ちゃんと説明して欲しいだけだよ?で、どうして今逃げてるの?」
アレックスの言葉を受けて怒りの表情を崩してリビはニッコリと笑う。
だがその眼は真剣そのものでキッとアレックスを睨みつけていて返答が気に入らなければ直ぐにシグナルの元に戻る。そう、告げていた。
「では説明させてもらいますが…………進みながらでも良いですか?」
「むぅー……」
『時間が惜しい』という感情を露骨に表した言葉と表情で走りながら説明すると伝えたアレックスにリビは再び頬膨らませるが――――リビの心の中にも何かがあったのか「フゥ」と小さく息を吐いて不満げな表情を優しげな表情に戻した。
「分った。じゃあ、先にその足を治してからね」
「あぁ、気づいてたんですか……」
アレックスの視界の端には脚部を示す青いアイコンが浮かんでおり、その青いアイコンがオレンジ色に点滅していた。
それは脚部の疲労が限界に達している事を示すステータスアイコンだった。
AOのアバターは作り物の仮初の体ゆえに走り続けても息切れもしないし、疲労も感じない。
しかしながら過度に酷使すればダメージが蓄積されていきHPが僅かながらも減り始めこの様なアイコンが表示されるのだ。
そしてそれを放置し、更に酷使し続ければ疲労は悪化し青いアイコンは赤く染まり破損状態を示すアイコンに変わる。
そうなれば云わば現実で言う疲労骨折のような状態になり継続ダメージを受けるようになり、歩く事が困難になるのである。
「当ったり前じゃない、その為にPT組んでるんだから……」
「あーなるほど、それであんなにPTを組みたがってたんですね。もしかしてオプションでステ異常も全部表示するようにしてるんですか?」
AOではPTを組む事によりPTメンバーのHPやMPを視界に表示する事が出来る。
また、プレイヤー側のオプション設定でPTメンバーのステータス異常等も表示する事が出来るのだ。
アタッカーであるアレックスはそれらの表示をメジャーな『毒』や『麻痺』などの良く掛かる状態異常を表示するのみに留めていのだが、リビはどうやら他の細かいステータス異常も表示している様だった。
「それこそ当たり前じゃない。アレックスもしかしてPTメンバーのステ異常表示してないの?」
「メジャーな所だけですね。全部表示しちゃうと大人数レイドとかはステ異常アイコンで視界が埋め尽くされて大変なんですよ。それに僕が知っていて直せるわけではありませんしね」
「なるほどねー。あたしは小規模PTばっかりだからなぁ。そういう所は解らなかったよ。よし!じゃあ、ちょっと足を見せてね……何?その顔?」
リビはアレックスに近寄りしゃがみこんで見上げるようにして話しかけたのだが、リビの眼にはその顔がなんだか納得行かないという感じの表情をしている様に見えた。
「いえ、その、大雑把に見えて以外に細かいところはしっかり見てるんですね」
「私これでもヒーラーなんだからね!それくらい見てるわよ!」
「あ、はい。すみません……」
「まったく、あたしの事なんだと思ってたの!」
「MP消費のでかいスキルばっかり使う大雑把ヒーラーかと」
「むー、あってる……でも、ヒーラーとしての役目はちゃんと分ってるんだからね!癒しの風よ――――」
むくれながらもリビは詠唱を始め、アレックスはそれを黙って見つつ考え込む。
(んー、まさかリビさんに気づかれてるとは思わなかったな。こう、なんというか見誤ってたのかな僕は?あの戦い方とか見てるとこういう細かい所に気づく人では無いと思ってたんだけど……優しい性格の人だから人のダメージには気づきやすいのかもしれない。もしかすると、僕が無理して走っていたのも怒っていた理由の一つだったのかもしれない。そう考えるとこの人案外ヒーラーとして優秀なんじゃないだろうか?上位の治療魔法も補助魔法も使えるし取得が大変な聖域系の魔法まで……、ほらその証拠に、今もHPが一瞬で完全回復した……ん?完全回復!?)
「あのリビさん、もしかして今ライフストリームを使いました?この程度のダメージならリジェネ系の燃費の良い回復の方が良いと思うのですが……」
今リビがアレックスにかけている治療魔法のライフストリームは、対象が生きてさえいればどんな致命傷だろうと完治させる最上位に位置する瞬間回復を可能とする治療魔法だ。
だがその強力な効果故に消費MPが非常に大きい。
そのMP消費量は初歩の治療魔法であるヒーリングの5倍はある為、使いどころが難しい魔法なのである。
また、習得に大変なスキルポイントを使用するのであえて習得しないヒーラもいる。
逆に今アレックスが言及したリジェネ等の回復魔法は効果時間中に時間を掛けて徐々に傷を癒すタイプの再生魔法である。
治療に時間は掛かるがMP燃費が良くHP自体の総回復量もヒーリングを上回る物であり、軽微なダメージに対しては状況に余裕があればMPを温存する為にこちらが使われる場合が多い。
そしてヒーラ系はこの使い勝手の良さから一つはリジェネ系の魔法を習得している場合が多い。
前者は致命的なダメージを受けた場合等にMP消費を惜しまず瞬間的な回復を望む場合に使われ、後者はMP消費を抑える為や、休憩中の治療、事前に掛けておいて戦闘中に受けるダメージへの保険として使われたりと汎用性が高いものである。
この様なヒーラの回復魔法事情から、戦闘中でもなく致命打を受けている訳でもない現在のアレックスの状況を考慮するならば、MPが残り少ないリビは後者を選択するのが正しいとアレックスは思ったからこそ言及したのだが……リビの表情はムスっとした表情になる。
「ん……使えない!」
「ん?え?仰ってる意味が良くわからないんですが?」
アレックスはリビが言ってる事が心底理解が出来なかった。
再生治療系のスキルはヒーラーにとっては必須スキルだと思っていたのである。
少なくともアレックスが知るヒーラの中で取得していない者は居なかった。
リビの職業はプリーストだ。
プリーストは回復魔法や補助魔法、そして退魔系のスキルを得意としており、その中でも回復魔法が豊富なので、PTでは回復役を担うヒーラーとしての区分に含まれる職業であり、リジェネなどの基本回復魔法
スキルを取得しているのが普通でありそれがテンプレート化しているのである。
しかしながらその中でもテンプレートから外れる物理攻撃を主体とするソロ専門の殴りプリーストや、神聖属性の攻撃魔法やターンアンデッド等の退魔魔法を習得している攻撃寄りの邪道プリースト(神聖属性を扱う攻撃職は他にもあるのであえてそれをヒーラーで行なっているので『邪道』と呼ばれている)の者も居る。
だが、そのテンプレートから外れたその者達ですら初歩的な再生系魔法は一つは取得しているものなのである。
その様な事情からアレックスがリビの言葉を理解できなくても無理は無かったのだ。
「だからリジェネ系覚えてないの!」
「は?え?いや、なんで?」
前述した通りにアレックスは習得が必須と誰もが思っているスキルを取得していない者が居るとは露程にも思わなかった、故に素直な感想の声が出てしまいそれが再びリビを不機嫌にさせる。
「だってチマチマ回復して面倒じゃない、アレ!!」
「あーー……そうですか、うんそうですかぁー……そういえばスキル取りはある程度個々の性格が出るって前に誰かが言ってたなぁ」
「何よ!その残念な物でも見るような眼は!」
「いえ、実にリビさんらしいなと……」
「なっ!それを言ったらアレックスだってスキルの取り方変じゃない!何よ状況限定系ばっかりって!私なんかよりそっちこそ捻くれてるんじゃないの!」
「むっ!僕は捻くれてるなんて一言も言ってませんよ!ただ実に大雑把なリビさんらしいと言っただけです。それに僕はうちのギルドでも習得者が少ない、ギルドに貢献できる有用なスキルを優先的に取っていたらこうなっていただけです」
アレックスが取得している魔法のほとんどは状況を限定される魔法ばかりだ。
それらの魔法は条件さえ満たせれば強力な威力を発揮するが条件が満たせない場合は行使する事が出来ず非常に使い辛く、一般的に習得する者が少ないスキルとして認知されている。
アレックス達が逃げる過程で行使されてきた魔法のほとんどもその状況限定系の魔法である。
呪われている対象を焼く、カースイータフレイム。
これは対象の呪いが強いほど火力が上がり、呪いの強度に寄っては上位の火炎系魔法の威力を凌駕することすら有る魔法である。
しかしながら、元々呪いが掛かっている敵や、敵に呪いを付与する事が出来る職業がPTメンバーに居る場合は扱いやすいが、その職業が居ない場合は対象に呪いが掛かっているという発動条件を満たせず、炎すら出ず不発に終る非常に扱いずらい魔法でもある。
『雷法』ベネディクトを打倒した、大気を集めて叩きつけるダウンバーストも同じだ。
ダウンバーストはMPを消費すれば消費するほど威力が増し、高レベルの物が全てのMPを注ぎ込めば一撃で城砦を崩壊させることが出来る程の威力が出る。
しかしながらこの魔法、空が良く見える屋外限定でしか魔法は発動せず屋内で行使した場合は不発に終るのである。
また発動させるには詠唱で魔法陣を作り出さなければならないのだが、この魔法陣をディスペル等の解呪魔法で解呪された場合も不発に終わり、MPを大量に消費するだけに終るという残念な結果に終る事が多いのである。
他にもアレックスが取得している魔法は豪雨の日にのみに雨を全て氷の矢に変える事が出来るフリーズレインや、大量の水がある場所のみで行使できる超水圧の水柱を作り出し相手を閉じ込めて押しつぶすウォーターポール、森の中でのみでしか行使できないが木々を操って複数の枝で対象を串刺しにしたり木そのものを叩きつけるウッドブランディッシュ等がある。だが、どれも発動すれば強力だが発動条件が厳しいものばかりなのである。
アレックスが何故その様な状況が揃わなければ使えない不便なスキルばかり習得したのか?それははギルド内でより早く出世する為だった。
限定的な部分でしか活用できないスキルは不人気だがその分、条件さえ満たせば威力は高く他のプレイヤーの何倍も活躍出来る。また珍しいスキル故に目立つ事もできるのである。
そしてそれらのスキルの習得者が少ないと言う事は、その分必要な場面でアレックスに声が掛かり戦闘で貢献できる機会が多くなるという事だった。
アレックスはギルド内で他者よりも早く効率的に上の立場に進むためにあえて限定的でも強力な戦力になり、白鷹の上層部にアピールする為に、あえてその様なスキル取りを行っていたのである。
その事が効を奏したのか彼はある時アルバートの目に留まった。
そしてその熱意や知識量も買われて今の幹部候補という不安定な立場を得たのである。
しかしながら、他人よりも優れている事をアピールし有用性を証明すると言う事は生まれてから上を目指す事を義務付けられていたアレックスにとっては当たり前の事であったが、それは普通にゲームを楽しんでいるプレイヤー達とは違う考え方だった。
だからこそ一般にAOを遊んでいるプレイヤーの中にアレックスを理解できる者は少ない――――そしてリビもその一人だった。
「でも、そんなんじゃフラっと普通に狩でも行きたくなった時、まともに狩りも出来ないよね?だって、普通の魔法が使えないんじゃ一人で普通の戦闘なんて無理じゃない」
「ソロはしないので問題ありません。それにリビさんと違って限定系以外でも必須と言われている普通の魔法だって使えますよ」
そう、アレックスも馬鹿ではない。
状況限定系の魔法ばかりではその条件のどれにも該当しない場合は何も出来ないのだ。
僅かではあるが通常の魔法も少しは習得しているのである。
「でも、消費のでかい広域系のばっかりなんでしょ?それ今役に立つ?あれって詠唱も長いし、凄い燃費悪いよね?」
「うっ……それは……」
そうなのだ、アレックスが習得している通常の魔法は全て燃費の悪い広域破壊系の範囲火力魔法ばかりなのである。
今のMPも乏しく呪文に必要な詠唱を行なっている間に守ってくれる前衛も居ない状況では広域破壊魔法は宝の持ち腐れなのだ。
一応、単体対象の魔法も使えない訳ではないがアレックスにとってそれらはろくに火力も出せない使わないスキルとなっていた。
スキルツリー制のスキル習得方法を採用しているAOでは範囲火力魔法を覚える前に単体火力魔法を覚えなくてはいけない。
そして、アレックスも範囲魔法習得の前提である単体火力魔法をLv1だけ習得していた。
しかしそれらの単体火力魔法はアレックスにとって仕方なく取っているだけなので魔法の威力をアップする為に習得したスキルポイントを振る余地などなく、AOにおいて雑魚の筆頭に上げられるコブリン程度にも致命傷を与えれない使えないスキルとなっていた。
そこまでして何故アレックスが範囲火力魔法を習得しているのか?それはアレックスのPTでの立ち位置が大きく関係した故の結果だった。
アレックスの所属しているギルド内固定PTでは単体処理能力が高い前衛と中衛が揃っている。そうなると魔法職に求められるのは範囲火力だ。
普通の魔法職であれば単体火力魔法と範囲魔法をバランス良く習得するのだが、アレックスの場合状況限定魔法を優先して習得していた為どうしても単体火力魔法に振るスキルポイントが足りなかった。
故にアレックスは仕方なく単体火力魔法を切り捨てて範囲火力魔法を習得するしかなかったのである。
そして白鷹にはギルド狩りで使用したMP回復薬を経費として落とせる制度があるのも大きかった。
無駄遣いすれば流石に経費は落ちないが戦闘中に必要に迫られ使用した場合、白鷹はそれらの必要経費を完全に保証していた。(これが白鷹財政難にしている一つの原因である。一度保障すると言った以上それを期待して入ったギルドメンバーも多く止められないのだ)
使用が認められるならばアレックスも戦闘が長丁場になった場合等にはMP回復薬を使用していた。
その様なバックアップ体制が有るからこそ特化したスキル振りのアレックスは活躍出来ていたし、今までは狩りで困った事も無かったのである。
だがそのMP回復薬も今は無い、MP回復薬はそれなりに高価な物なので1回の狩りに使えるのは一人一個と限定されている。
そして、その貴重な回復薬をアレックスは『雷法』ベネディクトと戦う前にダウンバーストの威力を上げるべく事前に飲んでいたのである。
「単体魔法だって……フ、フリーズコフィンとか使えますし、……それにファイアーボールとかも……」
フリーズコフィンは相手を氷塊に閉じ込めて、敵の動きを止めて効果時間中に継続ダメージを与える魔法で、凍り付いてる間は対象の雷耐性を下げる効果もあるので雷属性の魔法と一緒に運用される場合が多い。
ファイアーボールは少ないMP消費でそこそこの威力が出て旨く当てれば複数体の敵を巻き込める便利な魔法であり魔法職が扱う代表的な魔法である。
このアレックスが名を出した魔法二つはマジシャンにとって必須とも言われている単体対象の魔法である。
この二つの魔法は『しっかりと習得して運用できればソロは大丈夫!!』とネット上の大規模掲示板に存在するAO魔法職スレにも書いてあるオススメ魔法に含まれているマジシャンの必須スキルなのだ。
だが、それを習得している事を伝えるアレックスの顔は苦々しく言葉もたどたどしい。
そしてそのアレックスの顔を見るリビの顔はニコニコと最上の笑みを浮かべていたのだが、どうにもその笑みは無理矢理作ってるような態とらしいものだった。
「でもあれってちゃんとフルでポイント振ってれば1分は敵を凍り漬けに出来る魔法だよね?…………アレックスのは?」
「に、二十秒です」
「ふーんそっかー、ふーん。あっれー?ファイアーボールって単体ってより中範囲魔法よね?あれを単体魔法ってのは強引じゃないー?」
「うっ一応ファイアーストームの前提スキルなので単体という事で……」
「それはちょっと曲解し過ぎじゃないー?あーそっかアレックスは私と同じくらい捻くれてるから考え方も曲がっててもおかしくないよね~」
「あ、あの、もしかしてリビさんまた怒ってますか?」
「ううん?全然怒ってないよ?でも、言いたい事は分るよねー?」
「うっ…………………ごめん……なさい…………」
「なーにー?はっきり言ってくれないと聞こえないー」
「ぐっ……リビさんのスキル振りを馬鹿にしてごめんなさい……」
「察しが良くて宜しい。まぁ、80点て所だけど許してあげる」
そう言ってリビは無理矢理作ていった満面の笑みを顔から消して普通の穏やかな笑みに表情を戻した。
それを見たアレックスは何が80点なのかはまったく理解できなかっただけではなく、本当に自分が悪いのかを疑問に思うところも有ったが、リビの機嫌直ったので「とりあえず謝って正解だったな」とか思いながら心の中でガッツポーズを作るのであった。
「はい……ありがとうございます」
「で、移動しなくて大丈夫なの?」
「ん?……あっ!あぁ、そうでした!」
「じゃあさっさと行こう?さっきの話、移動しながら話してくれるんでしょ?」
「え、えぇそうですね。直ぐに移動しないと……直ぐに……」
「何?どうしたの?何かあった?何か変だよアレックス」
「いえ、なんでもありません。先を急ぎましょう」
「何をやっているんだろうなぁ、僕は」そんな事を思いながら周囲の状況を確認しつつアレックスはスタスタと広場を抜け出そうと進み出す、その心中は穏やかな物ではない。
それが原因なのか先程までしていたようにリビの手を引く事もしない。
アレックスはその時リビに言われた事で自らが逃走中だったことを思い出した。
それはありえない事で有ったし、アレックスにとっては有ってはならないことだった。
『常に自らを律して最短で最大の効率が出る行動をする』それがアレックスの持論であったし、彼の周りの大人達は皆そうしていたのでそれが正しいことだと信じていた。
そんな持論を持つアレックスが自らが最優先事項を忘れてゲームの話に興じていたなんて事を認める訳には行かず、そこにある自身の感情に驚きを隠し切れず動揺を抑えれるものではなかったのである。
今までアレックスはAOのスキル振りやオプションの設定でこの様に議論を交わした事は無い。
ギルドメンバー達が、やれ、どのスキルが強い、あのスキルは使えないだのと議論をしているのをいつも馬鹿にした冷たい眼で見ていたのだ。
「スキルの詳細なんかはWikiに全部乗っているだろ。そこを見て評価を自分なりにすればいいじゃないか。そんな議論に意味なんて無い。時間の無駄だ」とか思いながら……だが、アレックスは彼等がそんな無駄話に花を咲かせていた理由を理解した、いや理解してしまった。
どうしようもなく目的を忘れるほどにリビと会話することが楽しかったのだ。
会話といっても、お互いのスキル振りを馬鹿にしあって後半はケンカをするようなノリではあったが、目的を忘れてしまうほどにアレックスは先程の会話を楽しんでいた。
そう、かつて馬鹿にしていたギルドメンバー達と同じ事をしていたのである。
(そんな事、認める訳にいかない――――でも、そうか、もしかするとこれがアルバートさんが言っていた――――ん?何だ?)
アレックスはここで始めてアルバートの言っていた言葉の真の意味を理解しかける。
だがそれを妨害するように何かが地を駆ける音が聞こえ、アレックスは周囲を見渡す。
しかしながらそこに何も居ない。少なくともアレックスの視界には何も映っていなかった。
「今何か聞こえませんでした?」
「ん?何も聞こえなかったと思うけど?」
「そうですか……まぁ、先を急ぎましょうか。少し走ります。付いて来てください」
「あ、うん。待ってー」
アレックスは一時的に先程の考えを保留にして逃走を優先する事にして走り出す。
考えるのが恐かったのだ。自分の中の何かが、根幹としている部分が変わってしまいそうで……
だがそんなアレックスの気も知らず、走り出すアレックスに慌ててついてくるリビ。
そして背後も確認せずにアレックスはリビが求めていた説明を行う。
「先程あそこに居たモンスターは『黒狼』というMVPモンスターで今の僕達では到底――――」
「ふむふむ。あ、それ知ってるかも――――」
アレックスは自らを変化させようとしているこの感情こそが、アルバートが自身に求めていた問い掛けとその答えだろうと感じつつもそれを考えないようにして淡々と前に進もうとする。
認めたくない事実だった。
認めてしまえばはこれまでの自らがAOで、いや、現実でも行ってきた努力が間違った方向に進んでいたという事を認める事に成り、下だと見ていた一般メンバーやクラスメイト達こそがアルバートが求める物を持っている証だったのだから……
(やめよう、こんな事を考えるのは後だ……)
認めたくないが故にアレックスは一度その事について考えるのを止める事にした、今はリビを安全に野営地外に逃がし自身も生き残り、アルバートに現状を報告をするのがギルドにとって利となると、本来のアレックスらしい考え方に考えを修正したのである――――それが逃げている事だとわかっていてもだ。
だが先程の動揺でアレックスは自身の気づかない所で心の余裕を無くしていた、本来のアレックスならば気づくべき事を気づけていなかったのである、そしてそれは起こった。
「きゃあっ!」
歩き出したリビとアレックスが木箱が詰まれている広場を抜けようとした時だった。
突然前に進もうとしたアレックスの背後で悲鳴が上がりリビが倒れる音がした。
「大丈夫ですか?リビさん――――なっ!」
どうせ慌てて進もうとした自分に追いつこうとして転びでもしたんだろう、アレックスはそう思い振り返った。
だがアレックスの背後にはそんな平和な光景と真逆の光景が映し出されていた。
「こいつら何処から!」
「このっ!この!離れなさいよ!」
倒れて抵抗するリビの背に覆いかぶさるように半身が焼け爛れた2匹の黒い大型4足獣がリビの手足に噛み付いていたのである。
「リビさんから離れろ!」
黒い獣がリビの抵抗を無視してその細い首に牙を突き立てようとした時アレックスは頭よりも体が先んじて考えず動いていた。
リビを押し倒している黒い獣を見た瞬間、アレックスの心がカッと熱くなり思考がショートしていた、そしてアレックスは後先も考えずに黒い獣を蹴り上げるように渾身の力を篭めた蹴りを黒い獣の腹目掛けて入れていた。
この黒い獣が何処から来たのか?何故周囲を見回したときに発見できなかったのか?敵の強さはどの程度なのか?敵の種類は?いつものアレックスならば先にそちらを考察してから対処する。
だが今のアレックスはいつものアレックスではない、考え込みすぎて頭の疲労がピークに達し、先程までの戦闘で精神も疲労した冷静さを欠いている状態だった。
そしてその正体を看破せずに入れた蹴りは接触する感覚も無く獣の体をすり抜ける。
(実体がないのか!このモンスター!?)
実体が無く物理攻撃が効かないモンスターというのは数こそ少ないがAOには存在している。
その中でも代表的に上げられるのが、霊体系のゴースト等のモンスターだ。
このタイプのモンスターは魔法の掛かった武器でしか物理攻撃が効かず、中には神聖属性以外の魔法攻撃も効き難い個体も存在する厄介という部類に入るモンスター達である。
そしてこの獣もその霊体に近い存在の魔法生物である為に物理攻撃が効かなかった。
だがアレックスの蹴りが完全に無駄になった訳でもない。
リビの首に牙を突き立てようとしていた獣の注意を引く事には成功していた。
蹴りを入れられた獣は「グギュルルルル」と犬の威嚇音を凶悪にした様な声をあげてアレックスに向かって飛び掛ってくる。
アレックスは振り上げたままの足を戻し防御体制を取ろうとするがそれは間に合わない。
避けられない!!アレックスがそう思ったときだった。
今度は獣に倒されたままのリビがアレックスを援護をする為の魔法を放つ。
「――――光よ!集え!ホーリボール!!」
プリーストが扱える詠唱の短い、極々初歩の攻撃魔法である光球を放つ魔法を唱えたリビが腕を突き出し、手から光り輝くサッカーボールサイズの魔弾を発射される。
そして、光球は正に今アレックスに飛びかかろうとする獣の背中に直撃し体の中に潜り込み――――
「爆ぜて!!」
――――強い意思の力を篭めたリビの声が周囲に響き渡り光球が獣の体内で弾ける。
「ギャイン!!」
「うわっ!」
「えっ!?」
光の球が発した爆発するような光は獣の体を内部から溶かすように破壊し、最後には獣の体を爆発四散させた。
獣の残骸は周囲に泥のような黒い塊となって飛び散り、グネグネと動き回って融合し、一つの黒い塊の様になるがそこでボコボコと泡だったかと思うと体を維持する力を無くしたかの様に崩れて行き、黒い水溜まりの様な物を残して活動を停止した。
その効果にはアレックスも、リビの足に噛み付いていたままの獣も驚止るほどに驚いていたが一番に驚いていたのは他ならぬ魔法を放ったリビだった。
「嘘!?もしかしてすっごい効いてる?」
リビが放ったホーリーボールはそうスキルLvの高い物ではない。
せいぜい直撃すれば下位のゴースト系に大ダメージは与えられるがそれ以外にはたいして効果がでない程度のものだった。
だがそれが獣に致命傷を与えていた、それはこの黒い獣達が極めて光に弱かったのが理由だったのである。
この獣達――――グシオスの放った影狼達は影で作られた半霊体の肉体と魔術へのある程度の耐性を持ち、その状況に応じて肉体を変幻自在に変化させる事が出来るだけでなく、遠距離ならば不可視になる能力まで持つ優秀な使い魔なのであるが、幾つかの弱点を持つ。
その中の一つに影を実体化させて作られている体は極めて光に弱いという物がある。
そしてリビの放ったホーリボールは着弾するか術者の任意のタイミングで爆発させる事が出来る魔法で(これを利用して爆発させずにダンジョンなどで灯りに使うプレイヤーも多い)爆発すると内包された神聖属性を持つ強い光を周囲に向けて解き放つ性質を持っていた。
この効果は普通のモンスターには目くらまし程度にしか使えないが、光を嫌う霊体系モンスターに良く効く魔法で強い光を内部から受ければ影狼とて耐え切れなかったのである。
「リビさん呆けてないでもう1匹にも魔法を!」
「え!あ、うん、きゃあぁ」
リビの足元から影狼が何かを砕くような音を立てて飛ぶように跳躍し、アレックス達から3メートルほどの距離を取る。
だが着地の瞬間にはいかなる者でも動きが止まる。
アレックスはこれは好機と、影狼の着地の瞬間を狙ってはなけなしのMPを使って火球を放つ魔法を唱える。
「火よ集まりて我が弾丸と成れ!ファイアーボール!!」
獣の着地と同時に火球が獣が着地した位置に向かっていく――――しかしながら獣は即座にアレックスの魔法に反応し横に再び跳躍し回避する。
その動きに着地の硬直など見られなく、アレックスの想定を遥かに越える動きだった。
そして火球が起こした小規模な爆発の音だけがむなしく周囲に響き渡る。
「クソ!変形までするのかこいつ!動いたのを見てからじゃ駄目か、どうすればいい……どうすれば」
アレックスの魔法は獣の着地硬直をを完璧に突く形で着弾していた、だがそれが外れた。
これはアレックスの狙いや魔法の発動が遅かったのではなく、獣のスペックがアレックスの想定を上回っていたのが理由である。
影狼の運動神経は野生の魔獣を軽く凌ぎ動体視力も人間の数段上のスペックを持つ、そしてそれ等を十二分に発揮出来る状態に肉体を逐一変化させる事が出来るのだ。
そしてその能力は数多くの冒険者を苦しめ、多くの冒険者を葬ってきた。
今回も同様だ、アレックスは影狼の隙を見つけてから素早く詠唱を完了させて魔法を放った。
これが普通の生き物ならば対応は不可能だっただろう。
しかしながら、影狼は着地の瞬間に足を走行に適した狼の様な足から跳躍に適した鹿の様な足へと変化させていた。
そして着地と同時に再びアレックスの魔法を避ける為に跳躍し、魔法を回避したのだった。
高速で迫る魔法の軌道を見極める動体視力、脅威に対して即座に対応できる運動神経、そしてそれを実行できる様に体を変化させる変体能力、それらを持つ影狼に対して動きを見てから魔法を放っては決して当たらない。
リビの魔法は偶々に影狼の背後から不意を突く形になった為に当たったラッキーヒットだったのである。
「リビさんいつまでも倒れてないで、手伝ってください!」
視線を外せば直ぐに襲われる。アレックスはそう思いながら様子を伺う様に影狼から視線を外さず、残り僅かなMPを費やした魔法が外れた苛立ちをぶつけるようにリビに怒声を発して協力要請をするが……
「ごめん、アレックス一人で逃げて」
「何を、馬鹿な!」
アレックスが心なしか力の無いリビの突然の申し出に異変を感じて、獣に向けていた視線を一瞬だけ外してリビに向ける。
アレックスの視界に映るリビは倒れ伏したままだがどうにも様子がおかしかった。
顔には困ったようで何処か寂しげな笑顔が張り付き、そして影狼が何時狙ってくるか分らないこの状況でもリビは立ち上がる気配すら見せていない。
「私……足、もうダメみたい……」
倒れ伏しているリビの右足の膝から下が白いローブと一緒に引き千切られていた。
先程影狼がリビの上から逃げる時に何かが砕ける音をアレックスは聴いていたが、それがどうやらリビの足が引き千切られる音だったらしいという事にアレックスはこの時始めて気づいたのだった。
だが、アレックスは再び怒気の篭る声でリビを叱咤する。
「なら、さっさと足を治しちゃってください!ライフストリームしか使えないならそれで良いですから!」
「ごめん……もうね、MPがないの。さっきの魔法できっちり0になっちゃったんだ……だからアレックスだけでも逃げて、ね?」
「――――っ!」
今まで聞いた事もない様なリビの優しい声色を聞いてアレックスは言葉も無くし絶望で頭を空白で埋めてしまいそうになる。
しかしながら絶望に浸っていられるほどに、アレックスの状況は優しい物ではなかった。
「避けて!」
「うわぁああああ」
リビの叫びに自失しかけていた頭を再起動させたアレックスが見たのは、大きくアレックスに跳びかかろうとしている影狼の姿であった。
アレックスの注意がリビに注がれているのを察知した獣が一気に距離を詰めてアレックスに飛び掛ってきていたのだ。
「グガァァァルル」
「くっっこのぉ!」
咄嗟にアレックスは手に持つ杖を横にして獣の大きく開いた口につっかえ棒のような形で突っ込み、盾代わりにするが、しかし木製の杖はガリガリと噛み砕かれ直ぐにベキリと音を立てて砕かれてしまう。
魔術師系職業の持つ杖は魔法のコントロールや威力の増大をさせる事が出来る云わばアレックスの生命線だった、それが、砕けた。
アレックスの心が杖と動揺に砕けそうになり、思考が完璧に絶望一色に染まる――――だが、アレックスの白鷹内での自身地位を向上するという執念はこの程度で諦めきれる程に弱くは無かった。
そして、考える数秒の間にいく通りのパターンを考えこれが有効だという方法を見つけ出す、そしてアレックスは遮二無二に残り少ないMPで再び魔法を唱える。
「火よ集まりて我が弾丸と成れ――――」
唱える魔法は先程と同じファイアーボール、大気より火炎が生じてアレックスの右手に集約し火球が形成されて行く。
影狼達はアレックスの前に半身を醜く焦がした状態で現れていた。
その火傷はシグナルが影狼に与えた手傷であり、アレックスへ影狼が炎での攻撃が有効な存在である事を十分に知らせるヒントとなっていた、だが、それだけではない足りない。
影狼には魔法が当たらないのだ、ならばどうするか?決まっている。相手が自らに敵が自らに接触しているこの時以外に魔法を当てるしかチャンスはない。
しかしながら、この距離で影狼にファイアーボールを直撃させればアレックス自身もファイアーボールが着弾して起こす爆ぜる炎に巻き込まれることになる。
だがそれでもこのまま殺されるよりはマシだ、と決断しアレックスは魔法を行使する。
「――――ファイアーボール!!」
アレックスに組み付いていた影狼は、その大きな肉食獣を思わせる顎と牙でアレックスの首元を狙い噛み付こうとしていた、だがアレックスの右手がファイアーボールと一緒に影狼の腹に押し付けられるほうが僅かに早かった。
ファイアーボールはほぼゼロ距離で着弾し、大きく影狼を吹き飛ばし、アレックスも反動で大きく弾き飛ばされる。
「くっぁああ……」
爆ぜる火球の爆風に声にならない声ををあげてアレックスは先程の広場に積んであった木箱の山に突っ込み、ガラガラと崩れ落ちてくる木箱の雨に襲われた。
崩れ落ちてくる木箱に身動きを封じられながらもアレックスは影狼を探し、そしてほんの少しだけ安堵する。
「グッガガ、ギャ」
どうやら影狼は無事であった半身すらも焼かれて腹には大きな風穴をあけていた。
そしてアレックスとは反対方向に弾き飛ばされたらしく、ヨロヨロと立ち上がろうとしては失敗して倒れこんでいた。
(今なら魔法を避けられる事もないし、やれるかもしれない。でも杖が無いのに当てられるか?もう一度接近して近距離で当てたほうが……いや、手負いの獣は危険だって言うしここは遠距離から一発打って、外したら、リビさんを抱えて逃げよう)
そんな事を思いながらアレックスが右手を突き出して今一度ファイアーボールを放とうとした時だった。
「あ、あれ?右手が…………無い?」
アレックスは突き出そうとした筈の右手が動かない事に気づき、自らの右手が在った筈の腕を見て顔を顰める。
ファイアーボールをゼロ距離で放ったせいで右腕の手首から先が消失していたのだ、切断面は焼け焦げて醜く焼け爛れている。
だがAOは現実をリアルに再現しているとはいえ流石に痛みまではプレイヤーには与えない。
(大丈夫まだやれる。あいつは虫の息だ。あと一回、一回もういちど魔法を当てさえすれば――――)
AOに慣れたプレイヤーは体の部位が消失してショックを受けることが有ってもそれだけで完全に戦意を失う事はないのだ。
そして当然アレックスも未だ戦意を失っていない、だが此処に来て本気でアレックスの心を折る事態が発生する。
「グギャルルウウ」
それはアレックスが利き腕である右手を失ったので仕方なく残った左手を突き出してにファイアーボールの魔法を放とうと詠唱を始めた時だった。
別の場所からの獣声が周囲に響き、音の発生源を見て絶句する。
そこには最初にリビが倒した筈の影狼の水溜りが再びボコボコと泡立ち始めて無傷な状態の4足獣の姿を形成している光景が有ったのだ。
(いやいやいや、それは反則じゃないか?…………これ以上僕にどうしろってんだ!)
それだけではない、その影狼は負傷した影狼に近寄ったかと思うと2匹ともドロッと溶け出し融合し始めた。
二匹だったものが一匹の大きな獣に姿を変える。
その姿は一つ目の黒いクマのようであるが、2足歩行なのか二つの足で大地に立ち、全身を黒く光る堅牢そうな鱗に身を包んでおり見ただけでも防御力が高い事を想像させていた。
影狼のこの形態は一応アレックスの魔法を警戒した影狼達なりの防御力を高めた対策である。
そしてそれは満身創痍のMP切れ寸前のアレックスを十分に絶望させるに足りえた。
もはや戦意も無くダラリと魔法を放とうとした腕を下げるアレックス。
それを諦めたと捉えたのか一気に勝負を付けようとクマの様な姿になった影狼は木箱に埋もれるアレックスに突進してくる。
その速度は4足獣状態の時よりも遅かったが、力強く地を蹴る足が前に進むたび大地に大きな罅が走りその力強さを象徴しているようだった。
眼と鼻の先にまで近づいた影狼を黙って見つめてアレックスはもはや動こうとすらしなかった。
(あぁ、終ったか……ごめんねリビさん助けられなかった)
接近したクマ型の影狼がアレックスにその大きな丸太のような腕で殴りかかろうとして腕を振り上げる。
その一撃が直撃すれば全身を巨大なハンマーで打ち据えられたトマトようにグシャグシャに粉砕される事は間違いなかった――――しかしながら、そうはならなかった。
頭上に腕を振り上げた影狼はアレックスの真横の地面を抉っていた。
「えっん?なんでだ……なにをやっているんだ?こいつ」
影狼の行動にアレックスは困惑する。
そして困惑するアレックスを無視する様に影狼は反対側を向き、今度は周囲をなぎ払うようにむちゃくちゃに振り回し始めた。
しかしながらそれはまったくの見当違いの攻撃で、周囲に散らばった木箱を無駄に粉砕するのみであった。
「――――もしかして……視えてないのか、こいつ」
そう、影狼はアレックスの姿を捉えていない。
これは強い光以外の影狼のもう一つの弱点とも言える抗いたい性質である。
影狼は狩りの対象の影を追う生き物であり、あの大きな一つ目はアレックス達そのもの見ている訳ではなくアレックス達の影を見ていたのだ。
影狼は対象が逃げようが隠れようが何処までもその影を追いかけ続け、追い詰め仕留めるという追手としては申し分の無い優秀な使い魔である。
だがしかし、それは対象が日の下に居る場合が限られるのだ。
大きな影等に狩りの対象が逃げ込むと対象の影を見失ってしまう性質をもっていたのである。
その証拠にアレックス達は山のように積まれた木箱の影から出た直後に襲われていた。
そしてアレックスはその事実に気づき安堵した、これで自らに危機が及ばないと確信できたからだ。
だがその安堵は直ぐにアレックスの中へ葛藤と不安を生み出す。
自分はとりあえず安全のを確保できたが、もし自分が此処に隠れ続けていれば地に倒れ伏しているリビはどうなる?と
アレックスの予想通り事態は悪い方向に向かう。
影狼はしばらくその豪腕を振るい、無茶苦茶に周囲を破壊した後アレックスの探索を諦めたのかリビへと向き直ったのだ。
そして、影から出てこないアレックスを誘っているのかゆっくりとリビへ向かっていく。
(どうしよう……見捨てるか?…………クソッだから言ったんだ……MPはちゃんと節約しろって。だからこれは僕のせいじゃないぞ、断じて僕の責任じゃない。じゃあどうする?リビさんが言うとおり一人で逃げるか?それが正解だ。僕は此処では死ねない、第1部隊が全滅するなんて失態を犯したまま死んでしまったら、アルバートさんが許してくれても他の幹部連中が許してくれない。そうなればギルドにもう僕の居場所は無くなってしまう。さっさとリビさんを置いて逃げてしまおう。そうすれば失態を取り返すチャンスだってあるはずだ!だけど……)
普段のアレックスならば白鷹に所属している訳でもなく手伝いに来ているだけのリビを見捨てて逃げるという選択は、考える必要の無いほどの自然に選択する事であった。そして戦略的に見ても何の迷いの一つもなくリビを見捨て自分が生き延びる事を選択していた。
だがそれを阻害する考えがアレックスの中で生まれて大きくなって行く。
それはリビを見捨てるという小さな罪悪感、そして先程まで感じていたリビに対しのて親しみに近い感情であった。
それ等はつい数時間前のアレックスならば持ち得ない感情だった。
『白騎士』アルバートの助言、そしてリビと一緒に行動した経験を糧にアレックス自身が自らの力で始めて獲得した感情だったのである。
そしてそれは、これまでのアレックスを捨てさせて新しいアレックスを生み出す切っ掛けを与える事になる。
(そんな考えは却下だ!僕はアルバートさんに憧れて、同じ立ち位置に立ち、色々な物を同じ視点で見たくて、この場に居る!だからこそ僕は白鷹の幹部にならなければいけない。そしてそんな僕にアルバートさんはその場所に立つ為の道を示してくれた!そして僕はその道に従ってここまでリビさんと行動を共にしてきた。此処でそれを捨ててしまったら、現実で行なってきた事をAOでもしてしまったように今リビさんを見捨てればいつまも同じ失敗を繰り返す。それはアルバートさんの横に立つ資格を永遠に失ってしまう様なものだ。そんな僕に、上に行けない僕なんかにもはや価値はない!ならば、道を貫き通せ僕!!)
アレックスの中で確実な変化が起こる。
それは未だにアルバートに言われた事を忠実になぞっているだけの事であったが、確実にアレックス中で変化が起こり大きな精神のうねりとなっていた。
そしてその瞬間から、アレックスの視界に銀色の砂嵐の様な僅かなノイズが走りだし周りの木箱や影狼の気配が強くなったような錯覚を起こさせる。
しかも、先ほどまでは周囲の燃えていたテントなどが焼ける匂いしか感じていなかったアレックスの嗅覚が生き物が腐った匂いの様な物を捉えていた。
だが、そんな物にアレックスは気を取られている暇は無い。
アレックスの脳内ではどうやれば今の事態を打開できるかが目まぐるしい速度でシミュレートされていた。
(どうすれば良い?どうすればあのモンスターを打倒しうる。背面から魔法を打ち込む……だめだきっとあの鱗に弾かれる。まずは、リビさんから奴を引き剥がすか?却下だ、後が無い。そもそもに正面から魔法を打ってもまた変形して避けられる可能性がある、狙うなら絶対に外れない、しかも致命傷を与えられる情況でやるしかない。だが、先程と同じ状況は作れるか?僕は利き腕を失ったうえに、リビさんのバックアップはもう無い。しかも相手は無傷で物理攻撃もまともに効きやしない怪物だ……やっぱ無理じゃないかこれ?大人しく逃げたほうが……駄目だ弱気になるな僕。一度致命傷を与えたんだ、何かある筈なんだ……致命傷を与えれる方法……そうだ!さっきリビさんはどうやってあいつの片割れに致命傷を与えた?そうだ中からだ!もう、これしかない!僕が死んでもリビさんは殺させないし、僕の道に立ち塞がるあいつは絶対に殺す!)
「ガァアアアアアア」
遂に影狼がリビのもとへ到達する、そしてわざとらしい咆哮を態々あげて腕を振り上げる。
誘っているのだ、アレックスを。
それを見たアレックスはたった一つだけ思いついた対抗手段を頼りに影狼の挑発に乗り影から飛び出す。
「こっちだクマ野郎!!こっちを向け」
***
影狼視点――――――――
我々は突然背後から現れた獲物に対して我々の主のマネをして皮肉そうに口の端を吊り上げて嗤う。
はっ恐いのか?顔が恐怖で歪んでいるぞ?
死にたくなければ隠れていればよかったのだ、魔術を扱うのでそこそこ頭のよさそうな獲物であったが少し挑発しただけで出て来た。
やはり人は弱い生き物だ、仲間の危機に直ぐに心を乱される。
しかし、主は何をこんな生き物に期待しているのだ?
しかもなんだその無様な突撃は?そんな事をしても態々、我々の口に入りに来るようなものだぞ?
愚かな獲物は馬鹿のように大声をあげてこちらに向かってくるが、これで終わりだろう。
我々はそう思いながら腕を振り上げすぐさまに獲物に向かって振り下ろした。
獲物の体を引き裂く感触が我々の手に伝わる、実に良い感触だ。
これだから現界での狩りは堪らなくたのしい。
この獲物は血を吹き上げないのが不満ではあるが、まぁそこは仕方あるまい。
「うぐぁあああーーーーっ火よ――集まりて――」
む?浅かったか?いや、この獲物我々の一撃を受けて体の大部分を削り取られたのに生きている。
なるほど中々死なないののか、主が気に入る訳だ。
しかもこの我々に接近することを諦めず、小賢しく魔術の詠唱まで唱え始めた。
まぁその魔力の動きを見るにその程度食らっても鱗を何枚か焼き剥がされる程度のたいしたダメージにはならないだろうな。
その為にこの体を構築したのだ。お前程度で我々を狩る事は出来んよ、まぁだが、鱗がはげれば痛いものは痛いし、焼かれた肉を再生するのも億劫だ。
火傷の再生は時間がかかるうえに余計に魔力を消費する、こんな雑魚にコレ以上魔力を消費していては魔力を供給してくれている主に申し訳がたたぬ。
さっさとその矮小な頭、噛み砕いてくれよう!!――――――がぁ!?
「――――我が弾丸――――」
――――愚かな苦し紛れを!そのまま噛み砕いて食らってやろうぞ!
***
影狼の一つ目の瞳が驚愕によって大きく見開かれるがすぐに凶暴な野獣の瞳に戻る。
アレックスの頭を噛み砕こうとしていた大きな獣の口にはアレックスの左手が突っ込まれていた。
それは口を通り過ぎて喉までも進入しておりヌルリとした感触がアレックスの左手に伝わった、
そしてその直後アレックスの左手は先程のリビの足と同様の音をたててグチャグチャに食いちぎられ租借された――――そしてそれを見たアレックスは勝利の笑みを浮かべばたりと倒れた。
仰向けに倒れ、影狼を見上げるアレックスの視界に更なる銀色の砂嵐のようなノイズが走る。
それは先程よりも強烈で、システムの不具合かエラー音を発生させていた。
エラーのせいか、それとも腕を食われるという体験をしたせいか強烈な吐き気がアレックスを襲う。
そして影狼は腕を噛み砕いて咀嚼し終えたのか、再びアレックスに向かって豪腕を振り上げている。
その腕が振り下ろされればアレックスもリビもこの場で死ぬ運命が決定付けられる。
だからこそアレックスはこれだけは言わねばと吐き気のする自分に気合を入れて影狼を見据えて一言呟く。
「爆ぜ……ろ」
何かが破裂する音がした。
そしてその直後、腹の鱗のが捲りあがりその隙間から煙を吹いた影狼の体がグラリと傾き、轟音を立てて地に倒れ伏した。
周囲に影狼の肉が焼けるおいが立ち込める。
「知らなかった、クマって焼けるとゴムみたいな匂いがするんだ……」
アレックスが左手を差し込んだのは苦し紛れ等ではなく勝つための布石だった。
アレックスが考えた影狼を殺す為に必要な手順は――――
一つ、避けられない方法の攻撃を用意する
二つ、硬質の鱗を貫通しうる、もしくは鱗に防がれない攻撃を用意する
三つ、一撃で完全に影狼を打倒しうる火力を叩き込むこと
――この3つである。
思い悩んだ末にアレックスが思いついたこの方法は、左手を影狼に食わせた後に仕込んでいたファイアーボールを体内で爆発するという方法で実現した。
ただし三つ目の条件については正直アレックスは不安を感じていて今現在も払拭できていない。
「まずいなぁ、でも……本当にコレ以上どうしようもないや……はぁぁ……」
影狼の体からはもくもくと煙が吹き上がっているが、先程のリビの魔法の直撃を受けた時の様に四散して溶け出している訳ではない。
直ぐに再生を始めてまた襲い掛かってる来るのではないかとアレックスを恐怖させていた。
そうなればもう本当にどうしようもない。
アレックスの視界の端には強烈なノイズの裏に表示されるMP3という文字が見えていた、MPがここまで減ってしまうと如何なる魔法も行使することは出来ない。
しかもアレックスは両腕を失い、体は影狼の攻撃を受けて右半身と右足のほとんどを削り取られてしまっている。
次、影狼が立ち上がればその瞬間にアレックス達の運命は決することになる、アレックスはそれを深いため息と共に覚悟していた。
「アレックス、アレックス、ごめんね。私のせいでごめんね」
足を失っているリビは匍匐前進をする様にして白いローブの肘を土で汚しながらも、悲壮な声を出してアレックスに少しずつ近寄ってくる。
その顔は酷く蒼白な具合で表情は泣き出す一歩手前――――いや、AOのアバターに涙を流す機能が有ったのならば間違いなく泣いていたであろう表情だった。
それを見たアレックスはなんとかリビを安心させようとして笑いかけようとするが、強烈な吐き気は未だに消えず苦々しい顔になってしまう。
それでも何か言わなければと思い、咄嗟に思いついたのアレックスらしい皮肉めいた言葉だった。
「これに懲りたら次からもう少しMP節約して下さいね。こんな無理な戦いじゃ僕の神経の方が持ちません」
「うん、うん、次からは絶対そうする。もうMP絶対に切らさない」
「あーもう、そんな泣きそうな顔しないでくださいよ。僕がいじめているみたいに見える…………クソッなんだこのノイズ気持ち悪いな」
アレックスの視界が更に激しいノイズに覆いつくされる、もはやAOの画面ではなくノイズの方が視界を占めている量の方が多いくらいだ。
「オ、オ、アァ、アアアア」
「――――邪悪なるかな――――の王よ――」
しかもエラー音に混じって嗚咽のような声と女性の歌う様な幻聴迄聞こえてきていた。
いや、少なくとも嗚咽の様な声は幻聴ではない。
アレックス達の居る広場はすっかりリビングデッド達に囲まれていたのだ。
リビングデッド達に一体何が有ったのか全身に亀裂が入り、その亀裂から青い粒子の様な物が漏れ出している。
だがそれでも動くことは出来る様で緩慢な動きでジワジワと包囲網を狭めて今正にアレックス達に襲い掛かろうとしていた。
「嘘だろ……クソッやっぱりもう駄目か……?」
「アレックス……ごめんね……」
「いや、リビさんは悪くありませんよ……お互い今出来る最善を尽くしたんです。悔いはありません…………次に……活かしましょう」
「うん、次は私……もっと頑張るね!」
「えぇ僕も頑張ります……」
アレックスは目を閉じて静かに今自分が延べた事について考える。
(次か……次なんてあるんだろうか?第一部隊はこんな事になってしまったし、野営地も壊滅だ。もう、ギルドに戻っても僕の居場所は無いかもしれない。白鷹以外で狩りに行った事のない僕にAOを続ける事が出来るだろうか?そもそもに続ける意味があるだろうか?あーでも、意味はなんとく今みつけたか……そうだ!リビさんとPTを組んで色々な所を巡ってみるのもいいかもしれないな。それこそアルバートさんが言ってたように、リビさんと協力して旅をしたり、現実ではありえない風景を見て感動してみたりしてさ、後は強敵のモンスターに追い回されたり、あっこれは今やったか……モンスターから逃げ切ったあと仲間と喜び合ったり、これはどうやら失敗したみたいだから次は頑張らないと……なんだ、やろうと思えば色々と出来るじゃないか)
「ガァアアアアアア、グ、ゲガァアアアアア」
静かに眼を閉じながら死を待つアレックスの耳に再び凶悪さを感じさせる獣性が届いた。
アレックスは「あぁ、やっぱり仕留め切れてなかったかー」そんな率直な感想を抱く。
もはや影狼が復活したところでアレックス達の運命は代わらないのだ、むしろこのまま死を待つの億劫なのでアバターを残してログアウトしてしまおうかと思った時である。
「アレックス、ねぇちょっとアレックス!!」
「リビさんなんですか?もう死ぬかログアウトするしかない――――あぁ、そうだ良ければ僕とフレンド登録を……」
「そんなのは後!いいからちょっと眼を開けないさい!この馬鹿」
先程までの泣きそうな声はどこへやらリビの怒りが篭った声と拳がアレックスを襲う。
そして、突然の頭部への衝撃とリビの怒りに何事かと眼を開いたアレックスの眼前には、リビの顔がとても近い距離にあった。
アレックスは自身の心拍数が跳ね上がるのを感じてしまう。
「ちょっリビさん顔が近い、近い!」
「うっさい寝転がらないと移動できないんだからしょうがないでしょ!つーかアレ見なさいよ!」
仰向けに倒れていたアレックスの真横に匍匐前進で移動してきたらしきリビの体が有った。
異性との接触経験が少ないアレックスはそれだけでドギマギしてしまうが、リビはそんな事はどうでいいという風に影狼が居る筈の地点を指を刺す。
「――――は?え?何が一体どうなって」
「グァァ……ア、ン……」
アレックスが見たのは、体を液状化させて全身泡立たせながらを銀色の光に包まれて全身を崩壊させていく途中の影狼だった。
そしてその背後には――――アレックスの死の運命を破壊した、破壊者が立っていた。
「いやー危ないところだったねぇ、しかしああいう後先を考えない戦い方は感心しないわね~」
(何なんだよ!今日はあれなのか!厄日かなんかなの!!?なんでこの人が、大量殺戮コンビの片割れがもう来てるんだよ!)
アレックスはその青いコートのようなローブを来た眼鏡をかけた破壊者を良く知っていた。
面識があった訳ではない、白鷹に所属していてこの女を知らない者は入りたての新人か、不勉強な人間だけなのだ。
そして、アレックスは何に対しても結構な勉強家だ、当時から在籍していたメンバーほどではないがこの破壊者の事を一般のメンバーや当時には居なかった一部幹部メンバー以上には知っていた。
「でもあの硬そうなシャドウビースト相手に、口に手を突っ込んでドカンとやるのは良く考えたていたと思うわよ?そう酷評する事もないんじゃない?」
突然アレックスの背後から声が聞こえた。
そしてその声に『まさか!』と思い振り向くアレックスの目にはその『まさか!』が立っていた。
リビの背後に立つ幽霊の様な白い着物の女が立っていたのである。
アレックスは戦慄する、その二人と狩場で遭遇した場合は何が何でも逃げろといわれている白鷹のメンバーに対する死神の様な二人だったからだ。
「えー!チーちゃんその評価甘すぎない?チーちゃんは弟君と同じ年代に見えるプレイヤーには甘すぎる傾向があるけど、それにしても甘すぎるよー」
「弟は関係ない!正統な評価よ!別に贔屓とかしてないからね!」
「ふーん、本当にー?」
「本当よ」
(何をやっているんだこの二人はこの状況で!)アレックスはそう思いながらこの二人に対して憤りのような物を感じてしまう。
それもそのはずだ、先程迄決死の覚悟で戦っていた影狼は破壊者の方が何かをしたのか肉体を崩壊させて今正にあっさりと魔石に姿を変えてしまっていた。だが、敵はそれだけでないのだ。ゆったりと談笑をしている暇なの無いはずなのだ。
(そいつが死んでも周りはリビングデッドに囲まれているんだ――――なんだ?なにをやったんだ!この人達)
しかしながらアレックスは周囲を見渡し驚愕し愕然とする。
この二人が下らない談笑をし続ける理由は既にこの場から脅威が去っていたからだったのだ。
アレックスが周りを見渡したときには既に包囲していたリビングデッド達は崩壊を始め次々と一塊の青い粉の様になっていき、そよ風に吹かれて儚く空気に溶けて行っていた。
(なんだあのリビングデッドの消え方は……この二人がやったのか?でも一体どうやってあの数を……)
ここまでの道中にその様な死に方をするリビングデッドをアレックスは見た事がなかった。
道中でアレックス達が倒したリビングデッドはあの様な粉等は残さず跡形も無く消え去っていた。
つまり「突然現れたこの二人が何かをしたのだ」アレックスはそう思ったのである。
(いや、そんな事は気にしても仕方ないな、まずはこの二人にどう対応するかだ)
アレックスは現状で自身がどの様に動き、どうすれば最良の結果を引きだせるかの思索を始めた。
(まずこの二人がどんな目的で此処に来たのかが問題だ。まず敵ではない――とは思いたい。少なくともアルバートさんは敵ではないと言っていた)
幸い『今は』この大量虐殺コンビはアレックスにとって敵ではないと半信半疑であるがおもえた、それは事前にアレックスは今回に限りこの二人は味方だとアルバートから聞いていたからである。
(でも、白鷹の狩りを妨害する為に味方のフリをしている可能性だってある。もしくは単なる独断専行か?この二人ならば有り得る話だ……でも、下手な事は聞けないな。アクセルの忠告もあるし、それに一応は助けられた事には違いない。ここはまず相手の出方を見るべきか?)
アレックスはアクセルからも注意点として「極力刺激するな、無駄死にしたくなければな」という助言も受けてはいた。
そして横合いから出てきて好き勝手やられた事に憤りは感じはしたが、アレックスが助けられたという事実もある。
これらの情報を精査すればアレックスの取る手段は唯一つだった。
(運良く拾った命だ、無駄に浪費するのも勿体無いしここは低姿勢でいこう。それで可能ならば今この二人がこの場にいる理由を聞いて、出来れば回復薬を少し分けてもらおう。これは僕だけじゃなくリビさんにも関わる事だ慎重にいかなければ)
先程から一向に収まらないノイズ、そして吐き気に耐えながらアレックスは精一杯の笑顔を作り、相手に悪印象を与えないようにしっかりと強い意思を持って死神のような二人に話しかける。
「助けていただいてありがとうございます。大変助かりました」
「うん、素直で宜しい。白鷹の連中は直ぐに私たちに噛み付いてくるけど君はそうでもないみたいだね」
「それはアンタが相手をからかうからでしょ……」
「んーだって面白いんだもの仕方ないじゃない?」
「はぁーまったく……ごめんなさいね。キサラこういう奴だからイラッとする事を言うかもしれないけど、流してあげて」
「大丈夫です、僕は貴女達と事を荒立てる程馬鹿ではありませんので……所で何故お二人が此処に居るんですか?『破壊者』のキサラさん、それと『吸血』のブラッドフラワーさん、お二人はは第3部隊所属の筈だと伺っていたのですが……」
ある程度会話の掴みを終えたと判断したアレックスは極力この二人の機嫌を損ねない様に本題であるこの場に居る理由を問いかけた。
しかしながらアレックスの言葉の何処が不満だったのかキサラはムッとした顔をした後に、人の悪そうな笑みを浮かべる。
「あぁ、それね傑作なんだけど実は――――」
「その前に君、そちらのプリーストさんに回復をしてもらった方が良いんじゃない?それだけ体がボロボロだと精神的な疲労も結構酷いでしょ?」
アレックスの問い掛けに答えようと笑みを浮かべたキサラが口を開くが、それを遮る様にブラッドフラワーがアレックスを心配すような言葉を投げかけてきた。
確かにブラッドフラワーの言うとおりアレックスは体だけならず精神的にもボロボロだった。
それもその筈なのだ仮想とはいえ腕や足をすっとばされたり切られたりすれば下手にリアルな分、精神的なダメージが大きく与えられる、そしてそれが大きくなり過ぎた場合吐き気や眩暈を覚える場合すらあるのだ。
現在のアレックスが正にその状態である。
アバターの体は疲労困憊な状態であり、先程から止まらない吐き気は耐えはしているものの非常に辛い状態であった。
それが理由だったのか、それともアレックスが持っていたブラッドフラワーのイメージと180度違う発現をされた事に驚いてしまったのか、アレックスは直ぐに返答できない。
「なんとか返答せねば!白鷹に所属する者として本来は敵であるこの二人に弱いところは見せられない!」と思いつつ、発言しようと試みるも再びアレックスの視界のノイズが強まり、腹の方から喉に込み上げてくる吐き気は収まらず、それを押さえる為の両腕は既に消失しており口を強く噤んでおくことしか出来ない状態になってしまっていた……そんなアレックスの様子を見てリビは意を決した様に口を開き現状の説明を始めた。
「ごめんなさい。私もうMPが切れていて……」
「おやおや、ヒーラーがMP切れとはヒーラー失格ねぇ。打目よーMPは切らしちゃあ」
「ちょっとキサラ、アンタ黙ってなさい。話がややこしくなる」
「えー!」
「えー!じゃない黙れ!ごめんなさいね、アレのいう事は気にしないでくださいね。長丁場になればMPはカツカツになるものだもの、仕方ないわ」
「いえ、私が変なスキル振りをしているせいでこうなったんです……なので、もしよろしければポーションだけでもアレックスに分けてもらえませんか?私は結構ですので……あ、もちろんお代はお支払いします」
「あらそうなの?じゃあ、あたしのポーションを二人分――――」
「変なスキル振り!!どんなの!?」
今度はブラッドフラワーの言葉を遮る様にしてキサラが言葉を発する。
そしてダダダダっと擬音が聞こえてきそうな速度でリビに詰め寄り困惑するリビの習得スキルを聞き出し始めた。
その対応をするリビの言葉は、助けて貰った事に恩義感じているのか、この二人の噂を知っているのか、アレックスへの対応と違い何処か礼儀正しく萎らしさを感じさせるものである。
そうしてしばしの間、キサラは目を輝かせてリビのスキルの聞き取りをりした後にウンウンと頷きながら上機嫌な顔になり、リビの手をギュっと握る。
その様子にアレックスは何が起こってるのか把握できず再び困惑し、ブラッドフラワーは深い溜め息をついた後に「また始まった……」とぼやいていた。
だが、そんな二人の様子にキサラは気にすることも無く我が道を進み続ける。
「素晴らしい!中々に居ない尖ったスキル振りね!どう貴女、白鷹なんてツマラナイ所に居ないでうちのギルドに来ない?貴女ならきっと皆喜んで受け入れてくれるし、白鷹みたいに変なルールを作って縛りもしないから不自由はさせないわよ?」
「あ、あの私は別に白鷹に所属しているんじゃなくて、お手伝いで……」
「フリーなの?そのスキル構成で!貴女マゾなの!?もうっ最高!絶対にうちのギルドに来てよ!ね?」
「えーとそれよりも出来ればアレックスにポーションを……」
「ん?あぁー…………そういえばそうだったわね。ならこれを使って、お近づきの印よ]
キサラはコート型ローブの内ポケットの中に手を突っ込み、青い液体に満たされた大型の瓶を取り出してリビに渡そうとするが、ただのポーションの瓶を受け取るつもりでいたリビの表情が笑顔で固まっていた。
そして横に居たアレックスも眼を丸くしてマジマジと液体が満たされた瓶を見ている。
「あ、すみません。助かりまっ――――えっこれって特大サイズのマナポーションじゃ……」
「そうだよー。これならMPも回復できるし、彼を貴女の魔法で回復してあげる事も出来るわ一石二鳥でしょ?」
「ご、ごめんなさい。さすがにこれの御代をお支払いできるほど持ち合わせが……」
青い液体が満たされた瓶を見て一瞬停止したリビの思考が再起動し、直ぐにキサラにそれを突き返そうとする。
MPを回復できるマナポーションはNPCが販売していないユーザー作成アイテムだ。
その効果はHPではなく、MPを回復することが出来る回復薬でその材料は非常に採取が難しい薬草や珍しいモンスターの内臓等を材料としている。
しかもキサラが取り出したそれはその中でも、もっとも高いと言われている物の特大サイズの物で10本売れば小さなギルドホームが建つといわれている、非常に高価な消耗品であった。
リビとしてはそんな物を受け取っても払う代金を持ち合わせていないので受け取るわけにいかなかった。
「ん?お金?いらないよ?言ったでしょ、お近づきの印だって。まぁどうしてもいらないって言うなら返してもらうけど、私達コレより安いポーションなんてもってきてないよ?」
***
「えっ……!?」
「後あるとしたら、エリクサーかフルハートくらいね。価格としては両方ともこのマナポの2倍くらいする。流石にこれはタダではあげれないなぁ」
リビは自らとキサラ達のアイテムの価値観の違いから言葉を無くしてしまう。
(やっぱり次元が違うんだこの人達……)
エリクサーはHPとMPを同時に大幅に回復できるアイテムであり、最も価格が高い消耗品だと言われている。
フルハートはどんな致命傷からもHPを完全回復するだけではなく一時的にHPの最大値を引き上げる、レアな消耗品である。
どちらもリビが所持した事もない様な高価な代物で、キサラが言うとおり先程差し出されたポーションの2倍から3倍の市場価格を維持している。
そして一番効果の少ないミニマナポーションですらリビは一日の狩りの収穫を全て費やしてやっと買えるかどうかだった。
その数百倍の価格の物を一番安いといわれて、もはや絶句するしかなかったのである。
(白鷹の悪魔と魔女……ううん、今は大量虐殺コンビだっけ?きっと私なんかよりもずっとレベルが高いんだろうなぁ)
リビはその特殊なスキル習得故にそうレベルが高くがないがこれでもβ時代からAOをプレイしてきたユーザーである。
もっぱら野良のプレイヤーとして即席の野良PTに入り行動して来たが、そのおかげで幾多のプレイヤーとPTを組みプレイヤーの強さを見極める眼を養ってきた。
また短い間だが幾つかのギルドにも体験入隊という扱いで所属し、多くのプレイヤーを見てきた(リビはその時に経験した事からあまりギルドに正式所属する事はなくなった)
そのリビからみてもこの二人の強さは極めて高い。
それは先程一瞬でリビたちを苦しめていたモンスターを屠った手際、そしてリビングデッド達を跡形も無く消滅させた所を見ていたリビには断言できた。
この二人は強い、もはや強いを通り越して異常であると……
そしてAOにおいて強さやレベルというものはその資産に直結するものである。
他の者が狩れないレアなドロップ素材を落とす凶悪なモンスターを狩る事が出来、レイドでも高成績を残せ、そのレアな報酬を受け取れるからだ。
そして、それらを活用するなり売却するなりして上位のプレイヤーは再び資産を築いて行く訳である。
(どうしよう…………あたしだけじゃ……アレックスに聞いてみようかな?)
リビはもはや自らの価値観では判断しかねると思いアレックスに問いかけようとする。
リビは出会ってから短い期間であったが、アレックスというマジシャンをそれなりに信頼していた。
発言や思想は変人の部類ではあるが機転が利くのか難局を乗り切る力を持っている様でリビはアレックスとPTを組んでいる間は主導権を預けることが出来た。
これはあまり人を引っ張り、PTを統率する事が苦手だと自覚するリビにとっては主導権をアレックスに渡していれば楽だったので嬉しかった。
また真面目さを感じる言動や、本人は非情なつもりなんだろうがなんだかんだ甘い性格に好感を感じ、何よりも自らと似た様な、キサラの言葉を借りるとすれば『尖ったスキル振り』をしているというのが気に入っていた。
そして恐らく自身より歳若いだろうアレックスに全幅の信頼とは言わないまでも「この子なら大抵の事なら現状を打破出来るだろう」と思ってしまっていた。
だが、リビはアレックスの満身創痍の姿を見て問いかけるのを止めた。
(ううん、頼ってばっかりじゃ駄目だよ……アレックスをこんな状態にしたのはあたしだ。こんどはあたしが頑張らなきゃ!)
右手は手首から先が消失しており激しく焼け焦げた後が有る。
左手は肘から先が千切れてしまっていて、切断面は見るだけでも痛々しいほどにグチャグチャになっている。
右半身から右足にかけて大きく損壊して元の状態を思い出すのにも苦労するほどだった。
更に疲労が激しいのか、表情は疲れた物で強い意思を感じさせていた瞳には先程までの力強さも無い……完全にアレックスは死に体だった。
そんな状態のアレックスに自らが楽になる為に、自らの意思を委ねようとした事をリビは激しく恥じ入る。
そして「あぁ、私がこんな状態にしてまったのか」と全部自分が不甲斐ないからそうなったと思い、アレックスに対して申し訳ない気持ちを改めて抱いた。そしてリビは「今度は自分が頑張るばんだ!」と決断をする。
(うん、アレックスは今まで頑張ってくれてたんだ。今度はあたしが頑張る番だ!)
「…………分りました。ありがたく頂戴します。でも、御代はいつか必ずお返しします」
リビとしてはあまり良い噂をもたないこの二人に対して借りは作りたくなかった。
それはこの二人に対して敵対設定をしている白鷹に所属しているアレックスも同様だろう。
だがこの二人からポーションの施しを受けず見捨てられれば、この野営地に溢れかえっているリビングデッドの餌食にされることはもはや必定っと言って良い事だった。
ならばここは一つ、後で代金払うという形でタダで貰うという形を避けて借りを極力小さくするべきだと思ったのだ。
ついでに悪名高い『魔女』とまで言われた女がタダで無償の善意を施してくる事など、到底有り得ないことだともリビは思っていた。
例えば。高額な物をもらったという事を盾にされキサラのギルドに強引勧誘される可能性がだって有り得るのだ。
そんな事は邪推かもしれないと思いつつもその可能性は捨てきれないので、リビはそういう事になる可能性を潰しておきたかったのだ。
そしてそんなリビの邪推かもしれないと思える考えは、どうやら図星だったようでキサラは頬をわざとらしく膨らませて不満の視線をリビにぶつけてくる。
「えーあげるよー、貴女にとっては高いものでも私達にとってはコレはそう高い物ではないんだから」
「いえ、そう言う事はしっかりとしないといけませんから……」
「むー、強情だなぁ」
「キサラ、そちらがそれで良いって言ってるんだからそれで良いじゃない」
「でもぉー、それじゃあツマラナイよー」
「もう、アルバートさんとの約束の時間まであまり時間が無いわよ。別にあたしは困らないけど、アンタはそれでいいの?」
「アルバートさんがどうしたんですか!」
それまで、疲れ切った表情をしていて反応が薄くなっていたアレックスがブラッドフラワーが出したアルバートの名前に強い反応を示す。
その様子を見てほんの少しだけチリッとした火花が散るような僅かな感情がわきあがるのをリビは感じた。
「あぁ、そうだった『白騎士』の話がまだだった。これが傑作で――――」
「頼まれたのよ。アルバートさんにリビングデッドの掃除を」
「ちょっとチーちゃん酷くない!?それ私のセリフ!」
「五月蝿い、どうせアンタの事だから、事実にある事ない事混ぜ込んで、この人達をからかうつもりだったんでしょ?じゃあ黙ってなさい」
「ひっどーい、私は事実しかいわないよ!」
「からかうのは否定しないのね……知ってるキサラ?その事実を歪曲して伝えてしまったら、もはやそれは事実とは言えないのよ?というかもうほんとアンタ、黙ってて話が進まない」
「うー……つまんない!」
「黙りなさい。いいわね?」
「…………はい」
恨めしそうにキサラがブラッドフラワーを睨んでいるが、ブラッドフラワーは涼やかな表情でそれを無視している。
だが、諦めないキサラがまた口を開こうとするとブラッドフラワーの右手がその腰の鞘に収まる刀に延びるとピタリとキサラの口が閉じた。
つまりそれは以上喋るな、切るぞ。というブラッドフラワーの意思表示らしかった。
どうやら、キサラよりもブラッドフラワーの方がこの二人の間では力関係が強いらしい。
***
森の中の野営地近くの道――――――――
「なんとか、戻れそうですね」
「うん、もう駄目かと思ったよー」
現在アレックスは森の中の野営地への帰路についてる。
無事にマナポーションを受け取りMPを回復したリビから傷の治療を受けたアレックスはその後キサラ達と別れて無事にあの地獄の様なダンジョン前の野営地から脱出する事に成功していた。
横には煤だらけでボロボロになったローブのリビが歩いており、その表情は穏やかで気の抜けた様子で、すっかりと警戒を解いた様子だった。
それを見たアレックスは、もうリビと行動してから何度目かも分らなくなった溜め息をつく。
「リビさん、まだここは一応モンスターが出る森の中です。そんなに気を抜いてると突然沸いたモンスターにガブッと後ろからやられますよ」
「んー大丈夫じゃない?さっきの人達が此処にくるまで森の中にいる魔獣タイプの奴は片付けちゃったんでしょ?」
森の中の野営地への帰路に着くアレックスとリビはダンジョン前の近くで第2部隊、そして先程アルバートが率いる第3部隊とすれ違っていた。
そして第2部隊の指揮官はアレックスのAOにおいての教師の様な人物だったので軽く会話を交わし、情報交換をしておいた。
その後、帰路に付く道でアルバートが率いる第三部隊と出会い、アルバートへの報告を終えたアレックスは今後の指示を与えられていた。
本音を言えば失態を帳消しにする為にも第二部隊に合流し戦果をあげるか、第三部隊に合流しアルバートのサポートをしたかったのだが、現在アレックスは魔法の制御が行える杖を失い防具類も影狼にズタズタにされてしまっていたので部隊に合流するわけにもいかなかったのである。
「まぁ、そうですが……今回のように想定外の事は起こる物です、気を抜かず戻りましょう」
「もー堅物だなぁ。それに多分あんなのもう起こらないと思うよ」
「なんでそう思うんですか?」
「アレックス、裏レイドとか隠しレイドって聞いた事ある?」
「いえ、まったく。裏とか、隠しってそれは何かの隠語ですか?Wikiのレイドの項目でそんなもの見たことも有りませんし、ギルドでも聞いた事がありませんよ?」
白鷹の外部データベースにあるレイドの情報をアレックスはほとんど覚えていた。
その中にその様な項目はなかったはずであるしアレックスが愛用する運営直営のWikiにもその様な単語があればアレックスが忘れるはずもなかったのである。
アレックスが知らないことが有るのが嬉しかったのか、はたまた別の理由が有るのかリビは僅かに興奮した様子でそのアレックスが知らなかった知識について語り始める。
「ううん、あのね!AO都市伝説スレで見たんだけどね。一度失敗したレイドが別の場所で続いてる事があるんだって、今回のも多分それだとおもうよ」
「ふむ…………」
アレックスは、都市伝説という単語がリビの口から出た瞬間に眉間に皺を寄せ首を傾げる。
その様子に直ぐにリビも気づいて、アレックスの「何言ってんだコイツ?」という顔を読み取って「心外だ」とばかりに腕を組んで頬を膨らませる。
「何その顔、もしかして信じてない?ちなみにさっきアレックスが言ってたノイズ云々も都市伝説スレであたし見たことあるんだよ!それでも信じない?」
アレックスを襲っていたは強烈な砂嵐のようなノイズは既に消えていた、リビから治療を受けてしばらくした後に自然と消えていったのである。
そしてアレックスはそのノイズが収まった後に、始めて体験するタイプの不具合だったのでアレックスよりAO歴が長いリビに相談したのだが、リビは「そんな不具合に遭遇した事が無い!」と興奮した様子で鼻息を荒くして答えたのである。
その時は何を興奮しているのかはまったくといって理解できなかったがアレックスであったが、今になれば「なるほどアレは興味の表れだったのか」と理解できた。
「あれはきっとゲーム側の不具合ですよ…………僕はそういう都市伝説スレとか、眉唾情報しかないような出所がわからない情報は信じないようにしています…………だけど」
(でも、あのダンジョンの前は明らかに普通のフィールドじゃなかった。あのリビングデッドもそうだけど仕掛けられていた罠だってレイドにある罠タイプのギミックだと思えばしっくり来る。だけどレイドは運営が告知しないと始まらないものであるし、あのダンジョン前はレイドのように死んでも直ぐに復活できるシステムは活きてなかった。そうなると、あのダンジョン前は普通のフィールドって事になるけど……やはりリビさんの言葉が正しいのか?でもそうなると何故運営は告知なりしないんだろうか……隠し要素だとしても規模が大きすぎる。いつも危険度が高いフィールドなんかは事前告知してるじゃないか……うーん、分らないな……分らない物は分らないで仕方ないか……)
アレックスは都市伝説や不確かな噂話という物をAOでも現実でも信じない。
説明がつかないことや、嘘としか考えられない事に時間を裂くのがアホらしいと思っていたし、この世に説明のつかない事はないと思っている現実主義者だったからだ。
だが、その説明がつかない事に自身が巻き込まれてみると説明が付かず、訳が分らない物には理解が通じないという事も有ると理解してしまっていた。
そして今回の事柄に限りアレックスは深く考える事諦め、リビの言い分である隠しレイドとやらを有る物として考える事にした。
「だけど、なに?」
「いえ、なんでもありません。もしリビさんのいう通りだったとしても、今向かっている戦力はレイド攻略PTにも劣らない戦力です。問題ありませんよ」
「でも、ダンジョン前はあんな状態だったんだよ?」
「それも問題ありません、アルバートさんの部隊はダンジョンに向かっていますし、あの二人も居るならば問題ないでしょう」
大量虐殺コンビの力関係がはっきりした所で、アレックスはブラッドフラワーより彼女達がこの地に予定より早く来た理由を聞いて安堵した。
その理由とは、アルバートが今回の事態を憂慮して、リビングデッドの討伐を大量虐殺コンビに依頼したという単純明瞭なことだった。
アレックスが心配していた独断専行や、白鷹の狩りを妨害する意思を持っていた訳ではなかったのである。
「あー確かにそうかも?それにしても、キサラさんとブラッドフラワーさん結構良い人達だったね。ほんっと噂って当てにならないもんだよねぇ」
「そう思うなら都市伝説スレなんて信じないでくださいよ。噂も都市伝説とそう変わらないでしょうに……」
説明を終えたブラッドフラワーはアレックス達にこの野営地の現状を聞いてきた。
アレックスは『黒狼』や『音追いの矢』の事をあの二人に伝えるか迷った。
その理由は『黒狼』は白鷹の同盟ギルドである『黒狩り』が追い求めるモンスターであり、そのモンスターの情報をアレックスがキサラ達に流した事が漏れた場合大問題になる可能性があったからだ。
また、同盟規約で外部の人間にMVPモンスターの情報を漏らしてはいけないという規約が有り、それを破るのも不味いと判断したのである。
そして『音追いの矢』についても協力無比なレア装備であり、万が一大量殺戮コンビが『黒狼』を倒してしまった場合に、そのままあの二人の手に渡ると思うとその事を語るのを躊躇われた。
「でも、噂通りのそれっぽい所もあったよ?」
「戦闘狂…………ですか?確かにあれには驚きました……」
「うん、あの二人『黒狼』の名前を出した途端雰囲気が変わってたし、キサラさんなんか恐いくらい大笑いしてた……それにブラッドフラワーさんもまるで別人みたいに気配?殺気?なんかそんなのが鋭くなってた気がする」
「まぁ、多分あちらがあの二人の本性なんでしょう……でなければ大量虐殺なんて名前つけられませんし、あんな危ない状況の場所にたった二人で残ろう何て思いませんよ」
「なのかなぁ……そういえば、あの事って教えて良かったのアレックス?」
「リビさん、貴女がそれを言いますか!?すっごい睨んでたでしょ!あの時!」
「だって、アレックスの教えちゃいけないって事情もあの二人と別れた後に聞いたんだし、第一恩人に危険を知らせないなんて最低だと思わない!?」
結局アレックスは大量殺戮コンビに『黒狼』と『音追いの矢』の事を伝えた。
流石にあの二人でもたった二人で伝説となっているモンスターを狩れるとは思わなかったし、助けられた手前そんな危険なモンスターがダンジョン前に徘徊していてしかも凶悪な武器までもっている事を伏せておくのは人として失格な気がしたのだ(リビの咎める様な視線が痛かったという理由もある)
「そうですね…………リビさんの仰る通りです。きっと僕達の選択は正しかったんだ……と思います」
「うむ、分れば宜しい。人間、恩を受けたら仇で返しちゃいけない。ってのが人としての常識だもん。アレックスは間違ってないよ」
キサラ達に情報を流す。
それはギルドへの背信の様な行為であったがアレックスは後悔していない、今リビが言った事にアレックスは深く共感出来る様になっていたからだ。
後悔があるとすれば今回の狩りをアルバートと共に行えなかった事だろうか?だが、それも良いAO友達が出来たので気にしない事にした。
「あっそろそろ?あれそうだよね」
たった1時間されど1時間、リビとの出会いと逃走劇はアレックスを大きく変えていた。
この様な選択や考えは少し前までのアレックスには考えられない、いや考えもしなかった事である。
その変化に自身も驚き、急速に変わていく自分に頭が追いつかず困惑しているというのがアレックスの本音であった。
だがしかし、これこそがアルバートが自分に示してくれた道の答えの一端だとアレックスは信じていたので自らの選択は間違いなかったと誰に対しても言えるであろう。
「本当だ、野営地のテントが見えてきましたね、もう直ぐ付きますよ」
「んー、そうだね…………ねぇ。アレックス私と組んで楽しかった?」
「どうでしょうね…………」
「やっぱりつまらなかった?それともヘンテコプリーストと組んで辛かった?」
リビの時折見せる寂しそうな笑顔を見ながらアレックスは本当の事を言うか迷う。
正直アレックスはあの様な厳しい戦いを経験をした事がなかった。
特殊な環境下という事もあったが、普段一緒に組んでいる一線級のヒーラーとリビでは支援の質がまったく違っていた。
もしアレックスが所属している白鷹の固定PTのヒーラーならば、ここまでアレックスが疲労することはなかっただろう。
そもそもに、『雷法』ベネディクトと戦う様な無駄な戦いもせずに野営地を放棄してさっさと第2部隊と合流していた筈だ。
しかしながらアレックスは本当の事を言えばリビはきっと悲しむ事が分っていた。
そしてこの様な問い掛けをしてくるのだ、きっと過去にも色々あったのだろうという事も察する事が出来た。
だがこの問いはきっと今後のアレックスとリビの関係を決定付ける何かがあるとアレックスは直感していた。
だから――――アレックスは嘘を吐かない、思ったままの事を口にすることにした。
「辛くはなかったと言えば……嘘に成りますね」
「そっかー……ごめんね、迷惑掛けちゃったよね……」
「ですがつまらなくはなかった、これほどAOで本気になったのは、熱中したのは始めてでした。きっと僕はリビさんとのPTが楽しかった……んだと思います」
「ん……そっか、なら、よかった」
「…………えっ、それだけですか?割と僕とても恥かしい事を言ったもりだったのに、それだけですか!?」
「何よ、何か文句ある?」
「普通こう何かあるでしょ!私も楽しかった、とか!それならまたPT組もうね!とか」
「えーアレックスみたいな、変人に普通を説かれたくないなぁあたし」
「なっ!それはこっちのセリフですよこの変則スキル振りプリースト!」
「ふふーん、それはお互い様じゃない。この変態スキルマジシャン!」
アレックスとリビはここまで来る間に何度もした様な口論を再び始めた。
そうしながら少しずつであるがアレックスはこれからも変化をしていく、そしてそれが良い結果となって現れるか、悪い結果として現れるかは今後のアレックス次第である。




