第32話 野営地炎上中編a:『黒狼』
今回のお話はいつもより長いです。(約2倍)
――――話はグシオス達コボルト隊の話に戻る。
燃え盛る炎の音と不死者達の声が響く野営地の端にはコボルト達の姿が有った
灰色の体毛のコボルト、赤毛のコボルト、そして極めて不機嫌そうなグシオスの3人である。
この場に居ない残りの白と茶の体毛をそれぞれに持つコボルト達は野営地から逃げる者を逃がさないようにと森林に残り眼を光らせ、野営地から抜け出そうとする者が居ればコボルト達特有の連絡手段である遠吠えで逐一グシオス達に知らせる手筈になっている。
既に彼等の功績でグシオス達は野営地外に逃げ出だした冒険者達をほぼほぼ狩り終えていた。
そして最後の仕上げと、野営地に向かったのだが……
「フンッやつ等は人形だと聞いていたが、一人前に死臭を放つのか。どういう趣向で作ったのか一度製作者に問いただしたい所だな」
かつてテントだった物の残骸の陰から野営地の様子を確認したグシオスは不快な物でも見る様な眼でキラキラと輝く紫の粒子を見ていた。
(ゾンビパウダーか……?しかも、これほど大量に…………まったく、作成方法を教えたのはあの兎かマルトメント辺りか?厄介者共め!いや、教えられたからといってあれは早々作れる物ではない。ここはやはりミッチー殿に賞賛を贈るべきか?それとも、生者であるのにコレを実戦投入した指揮官殿に冷徹さに感服するべきか――――)
「中ボス、あいつら敵なの、か?」
「ん?あぁ、そうかお前達は本国では戦場に出た事が無かったな。ならば良く見ておけ、これが不死者という物だ」
『アァアア……』という声をあげながらフラフラとうろついてるリビングデッド化した冒険者達を見ながらグシオスは吐き捨てる様に言葉を放つ。
それに対して灰と赤のコボルトは不死者に対して怯えているのか、グシオスの不機嫌な声に怯えたのかビクリと体を震わせる。
「あれが、不死者なのか……?生きてい、る様に見えるけど、死んでるのか?というかアイツ等人形じゃないのカ?人形モ不死者にナルノか?」
「人形が不死者になるという話は俺も聞いた事はないが……アレ等は間違いなく死んでいる。だが、動き回る……我等魔族の、いや生物の宿敵だ。お前達もこの死臭を感じるだろ?」
「確か、に臭い」
「死んデしばらく経った後ノ生き物の匂いダ」
グシオス達の故郷である魔族が住む大陸の近くには南東と北西に不死者が主である二つの大陸がある。
前者はかつて竜種が暮らしていたが現在は不死者と化した竜王とその臣下達が住まう大陸、後者はかつて亜人と人間の連合国家が存在していた大陸であり、現在は竜王から秘術を盗み出した亜人の錬金術師が死の大陸に変えてしまった大陸である――――そして、魔族はこの亜人が生み出したとされていると不死者や魔法生物と500年も戦争を続けており、現在も一進一退の攻防を繰り広げている。
「特に今目の前に居るアレ等は自然発生するタイプの不死者とは違う造られた不死者だ」
この世界では呪われた地や戦場などで長期間死体を放置すると死霊が宿りゾンビやスケルトンが自然発生する場合がある。
しかしながら今グシオス達の目の前に居る不死者達は特殊な技法によって作られる特殊な戦闘用の不死者だった。
「しかも、最も厄介とされているリビングデッドの類だ。生きている様に見えるが皆死んでいる、だが生きているように動きまわりそして生きた者を食らう。そして食らった相手を哀れな同族とする。戦場で出会ったのならば真っ先に処理しなければいけない相手だ。覚えておくが良い」
ゾンビを代表とする自然発生するタイプの不死者とリビングデッドの大きな違いはその戦闘能力と生まれる過程にある。
ゾンビは幾ら元となった生物が強くても、強さに限界があり動く者や音に反応して生きた者に襲い掛かる程度で並以下の戦士でも1対1ならば負ける事は無い強さの個体が多い(ただしドラゴンゾンビ等の元が強力すぎる生物は除く)
そして、ゾンビに殺された場合でもしばらく死体を放置しない限り、同じゾンビになることは無い。発生方法も自然発生であり適切な方法で死体を埋葬すれば早々現れるものではない。
それに対してリビングデッドは人工的に魔術で造られた不死者であり、元になった生き物の強さで戦闘能力が大きく変わる。
生前の肉体強度や戦闘技術を僅かに劣化させた程度の強さで不死者化するのだ。
またリビングデッドに殺された者は直ぐに同じリビングデッドになってしまい、リビングデッドと相対する者は味方に犠牲が出るほどに敵の戦力が高まるという恐ろしい目に会うことになる。
「中ボス何デ、そんな物ガ此処に居るんダ?もしかしテ、不死者共が介入ヲ?」
「それはあるまい。この地は俺達の故郷からもアノ大陸とも離れている。態々介入してくるならばそれなりの兆候が有った筈だ」
「じゃあ、なんでこん、な事に?それに、ボスどうする、んだ?これ、俺達も、襲われるんじゃ?」
たどたどしく喋る灰色のコボルトの言葉を聞いてグシオスは苦虫を噛み潰した様な顔する。
それに続くように今度は赤毛のコボルトが所々発音がおかしい共通語でグシオスに恐怖の混じった声で問いかける。
「数ガ、多すぎる。もし噛まれたら俺達モアイツ等の仲間入リ」
「そう心配するなコレを起こしたのはカーバンクルの報告通りならば指揮官殿だ。その証拠に連中――――」
グシオスは喋りながら足元の小石を拾い上げ5mほど離れた場所でフラフラと歩いているリビングデッドに投げつける。
「アッ!?アァァ!!……ア、アアァア」
石はブンっという空気を切る音を立てながら、吸い込まれる様にリビングデッドに向かっていき頭部に見事命中した。
頭部を投石により強打されたリビングデッドは怒りの声とも取れる様な声を上げてグシオスに視線を向けるが――――グシオスを視認すると何事も無かったかのようにまたフラフラと歩き出す。
「見ろ、俺達が何をしても無視だ、このまま近づいて手足を切り落とした所であの死体モドキ共は同じ反応だろうよ。恐らく冒険者共しか襲わないように命令されているのだ」
「ナンデ、別の世界かラ来たボスが不死者を造れル?不死者を造れるのは同ジ不死者カ不死の秘術を扱える屍術師だけだっテ学校で習ったゾ」
「それは……多分こちらに来てから作り方を覚えられたのだろうな……」
「不死者っテ、作り方を覚えれバ、造れる物ナノカ?」
「いや、俺もそこまで詳しいわけではないが誰もが作れる物ではなくそれなりの才能がなければ作れないものだと聞いている。多分ミッチー殿の力を使って屍術の再現を行っているのだろう」
「あ、の腕輪、か」
「確かニ、アイツなラなんでも出来ソウ」
『ミッチー』の名前が出た途端グシオスの部下のコボルト二人は先程の様に悲鳴こそ上げなかったが、フサフサの尻尾を股にはさんでブルっと一度体を震わせ先程以上に怯え出す。
そしてそれを見たグシオスはキョトンとした後に少し笑いが含まれた声でコボルト達に問いかける。
「フフ……お前達、不死者共よりミッチー殿のほうが恐いのか?」
「当たり、前。あの腕輪よリ恐い物なんテ存在しなイ」
「腕輪に比べた、らあんな連中カカシと同じ。俺達戦士あんなの恐く、ない」
「ハハハハハハ、そうかそうか!ならば問題ないな!正直お前達が使い物にならないのではないかと思って心配していたんだが問題はなさそうだな。ハハハハハ」
グシオスが急に笑い声をあげたので今度は部下のコボルト達がキョトンする。
「ど、どうしタ中ボス急ニ笑い出しテ」
「いや何、気にするな。では――――」
グシオスの機嫌が極めて悪かった理由は3つ。
まず、冒険者達に期待を裏切られた事。
次に前述の理由で怒り狂い獣人の血に流されて怒りの咆哮をあげてしまった事。
最後には不死者が戦場に投入されている事だ。
特に最後のは若いコボルト達が使い物にならなくなる可能性が有ったので、最悪グシオス単騎でこの野営地を制圧しなければならなかった。
ほとんどの、魔族の子供は不死者という者が如何に恐ろしい存在か教え込まれて育てられる。
リビングデッドの様な増殖が速いタイプの不死者は被害者が増えるほど数を増やしていき1匹現れただけで村や町が壊滅したというケースすらあるからだ。
不死者を見かけたら町総出対処するか、それが無理ならば町を放棄する、そんな事をを子供の頃から嫌というほど教え込まれている魔族の新兵等は上位の不死者が現れただけで逃げ出す事すらあるのである。
それほどまでに、不死者という者は魔族に――――いや、この世界の生き物に恐れられている。
だが、このコボルト達は見るだけで生き物の本能から生じる恐怖と怖気を感じる不死者達よりも物腰柔らかく喋るミッチーのほうが怖いと言う。
それはグシオスの荒んだ心をほんの少しだけ安心させ、この若いコボルト達を改めて立派な戦士にしようと誓わせる動機となった。
「――――狩りを始めるぞ!」
グシオスはこれから狩られる哀れな冒険者達に向けて牙をむいて嗤う。
(これから行われるのは戦ではない、戦場を舐めた愚か者達を狩る狩りだ!!)
その表情は、弱った獲物を見つけた狼そのもであった。
***
野営地の中心近くで、不死者と冒険者が死闘を繰り広げている。
カネミツに雇われている傭兵達が今も尚この壊滅しかけた野営地で依頼遂行の為に戦い続けていたのだ。
傭兵達に与えられた任務は、ある物資を守る事そしてその物資はこの場の近くに保管されており傭兵達はその為に此処に釘付けにされていた。
群れて周囲を囲み襲い掛かるリビングデッド達を相手に傭兵達は10数名で全周囲に対応し易く能力向上系魔術や範囲回復魔術の援護がしやすい円陣を組みリビングデッド達に対抗していた。
数はリビングデッド達のほうが圧倒的に多いが、傭兵達の見事な連携により戦場は拮抗状態にある。
「紫電抜刀!!」
戦国時代のサムライが見に付けるような和風の赤い甲冑を見に付けた冒険者が刀を抜き放ち叫ぶ!
居合い抜きの体制で抜き放たれた刀からは雷撃が飛びリビングデッド達に向かっていくが――――
「アガッ――プ、プロテクション」
リングデッドの群れの一体が防御の魔術を使い雷撃帯びた斬激の前に緑色の防御壁を展開し迎撃する。
「まだまだぁああ!雷鳴三段」
サムライは先に放った雷撃を防がれた事をまったく気にせずに刀を帯電させ高速の三段突きを放ち、半透明な緑壁を貫きリビングデッドの肩口、顔、そして胸を貫く。
「ア、ア、ア、アァアア……フ、ファイアーボールゥゥゥ」
サムライ姿の冒険者はザクリザクリと音を立てながら刀を深々とリビングデッドに突き刺さすが、突きを食らいながらもリビングデッドは止まらず火球を左手より発射する。
そしてその火球が高速で冒険者達の円陣中心地を目掛けて向かっていく。
「狙い通り!!レジストファイア!!」
だが、今度は黄土色の法衣を来た女冒険者が耐火防御魔術展開しその効果でPTへの火球の直撃を防ぐ。
そして耐火魔術で火球のダメージを防いだ法衣の女冒険者はPTの状況を確認するべく円陣の中を見回して的確に状況を判断して仲間へ指示を飛ばす。
「被害軽微!でも今までのダメージ蓄積が大分多い、一度範囲回復を入れて!」
「OK!癒しを司る聖霊よ――――」
このような攻防が繰り広げられるているこの場では、金属同士がぶつかり合う音、悲鳴、怒号、そして不死者たちの怨嗟の声と冒険者達のスキル発動の声が戦場を支配している。
だがその中で冒険者達には獣の唸り声のような、魔族達にとってはつまらなさそうな声が突然聞こえた。
「フンッ埒が空かんな、どれコレの試し仕打ちと行くか」
グシオスの呟くような声が聞こえると同時に、戦場を支配していた音を掻き消すようにガギィィィ――という金属が千切れる様ながした。
「ん!?まさか私のミサイルガードが破られたのか?」
最初に異変に気づいたのは遠距離攻撃を防ぐミサイルガードの魔術をこの場に展開していた赤色のコートを着た女性獣人魔術師。
女はありえない物でも見たように中空を見て固まる、システムウィンドウのミサイルガードの解除メッセージを視て呆けているのだ。
金属が千切れるような音、それは強力な広域ミサイルガートの対飛来物用結界が砕ける音であったのだ。
次に異変に気づいたのは――――
「我が同胞達に癒しのか――ガハッ!?」
――――円陣の中央で回復魔術の詠唱を行なっていた軽鎧の男だった。
軽鎧の男の喉には深々と矢が刺さっていた。
そしてその男の異変を皮切りに次々と冒険者達が事態に気づき出す。
その間にも軽鎧の男には次々と矢が視認できない速度で胸、眉間、口に複数突き刺さり男は自らの身に何が起こってるのか解らず、理解出来ないという表情で一言も発せず絶命しその身を青い粉へと変えた。
「リーダーやべぇマットクの奴が死んだ!もう、回復間に合わなくなるぞ!」
「何事だ!?おい、なんでマットク死んでるんだよ!」
「矢だ!矢が刺さってた!」
「なんだ?何処から打たれた!?なんでミサイルガードが破れた!?」
「ちょっおま、詳しく状況を説明しろ」
「やばいこの状況でヒーラーが逝ったら全滅確定だわ。リーダーどうする?」
「リーダー撤退だ。もう依頼遂行所じゃねぇぞコレ」
「駄目、今依頼を放棄したら次から仕事がこなくなる――って、待って勝手に逃げないで!」
「うるさい、こんな状況でやってられるか!」
想定外の攻撃で、たった数本の矢で、冒険者達の円陣が崩れ始める。
特にミサイルガードを張っていた魔術師風の女の動揺は著しく持ち場を離れて逃げだぞうとしているところだった。
だが、その中で物理防御力高い重甲冑の戦士らしき男達数名が円陣の外周を固めてタワーシールドで仲間達を庇おうと立ち塞がる。
「慌てるな!ここは我等『鋼鉄の壁』が受け持つ。お前等は直ぐに円陣を組みなおせ!」
「ごめんなさい鋼鉄の皆さん助かります!早くミサイルガードをもう一度展開して!」
「気にするなこんな状況でなければ俺達が共闘などする機会はないのだ。今を楽しもう」
「もう一回展開って、一撃で私のミサイルガードが破れたんだぞ?もう一回張った所で……」
「文句は後で聞きます!今は四の五の言わずさっさと再展開を!!」
現在此処に居る冒険者達は傭兵だが、所属は二つのギルドにわかれている。
オフェンスを担当しているギルドの名は『デザートファング』マスターの的確な戦闘指揮と攻撃能力に定評のあるギルドでカネミツの子飼い傭兵の中では随一のモンスター討伐数を誇る。
ディフェンスを担当しているギルドの名は『鋼鉄の壁』こちらは重装備の盾役系職業が多く所属しており、攻撃能力こそ並だがギルド結成当初より護衛任務の高い成功率を維持している。
この二つの傭兵ギルドがリビングデッドを相手に共闘していた。
そして、それを冷ややかな眼でグシオスは見ていた。
「陣を崩さずなんとか持ち直したか、完全に素人という訳ではないないようだな。だが、これの前では無意味だ」
冒険者達の円陣から、80メートルほど離れた場所に一人で立っているグシオスは誰に語りかけるでもなくそう呟きながら、文字らしきもの彫られている古木製のボウガンを見る。
「フンッボウガンというのは威力に欠けて好きになれなかったが指揮官殿より下賜されたコレは例外だな、この威力は異常だ。彫られている魔術文字からみて神代の物の可能性があるが……しかしそれよりも――」
機械式のボウガンは扱いが楽だが威力に欠ける。
それはこの世界にとって共通の認識だ。筋力が人間の数倍もある種族がゴロゴロといるこの世界では弓を使った方が遥かに威力が高く、殺傷能力も高いのである。
故にボウガン=非力な種族の武器という認識なのだ。そしてその認識はグシオスも同じだった。
しかしながら、今グシオスの手にあるボウガンははかつてラルフがリリアの防御結界を破り傷つけた『音追いの矢』を放ったボウガンである。
このボウガンのサイズは一般的に普及しているボウガンよりは小さい、だがその威力はもはやボウガンの域を越えた、別の何かだった。
当然、グシオスが放つ弓矢の威力を超えていた。
「――――この射出速度……ただの速度強化ではないな、呪いの類か?もはや俺が理解できる範疇にあるものではないな」
かつて、リリアの防御を貫いた様に冒険者のミサイルガートを易々と貫ぬきグシオスすらも唸らせる威力を発揮してみせたのだ。
これにはボウガン嫌いのグシオスも納得せざるおえなかったのである。
だが、このボウガンが真に恐ろしいのは――
矢はグシオスがボウガンの引き金を弾くと同時と思えるほどの速度で敵に命中していた。
音よりも早く、もしくは発射されると同時に刺さるかの様に狙った敵に当たっていたのだ。
もはやそれは、世界の常識を覆す反則級の武器、この世界では『神器』と呼ばれている物に類するものであったのだ。
(まぁ今朝の指揮官殿の様子を見るにこれを使わなければどうにもならない敵が居るという事なのだろう。少しは気を引き締めていくか……)
グシオスはこのボウガンを与えられた時のツルギの顔思い出し敵が拍子抜けすぎて抜けていた気を引き締める。
早朝に2層のとある部屋に呼び出されたグシオスはツルギに『強敵が来る可能性がある』とこのボウガンを与えられた。
その時のツルギの様子はグシオスにとって意外としか言えないものだったのだ。
寝ていないのか眼は血走り、心なしか焦りのある表情、更に普段は聞くことが無い強い言葉、そして眼の奥には隠しきれない恐怖や怯えの様な物が見え隠れしていた。
普段のツルギは常によい指揮官であろうと、余裕をもった態度見せ、グシオス達に焦りのような物を見せることは決してない。
だがその時のツルギはその様な態度をグシオス達に見せてしまうほどに余裕が無かった。
部下に対しては常に温和で、冷静な魔神の使徒が感情を露にする。
それだけでもグシオスが警戒するに値する相手がこの地に来ていると確信できた。
「まぁ、こいつらはその強敵ではないようだがな……時間も無いさっさと済ませるか。狩りの時間だぞ影狼共」
「グギャルア!!」
グシオスがそう言うと足元から咆哮が上がりそれに呼応して影が盛り上がり増殖し物質化する。
そして、その影は次第に形を定め4足歩行生物の形を作っていく。
その数は10匹弱、丁度冒険者達と同じ数だった。
「指揮官殿は敵の殲滅をお望みだ。行け!一人も残すな!!」
影は輪郭があやふやな黒い肌を持つ大きな赤い一つ眼の大型獣になり―――――グシオスの号令を受け冒険者達に向かって高速で疾走して行く。
この影の獣達はグシオスが使役している使い魔である。
体格は相手にする敵の強さで変化し、形態も千差万別の魔法生物達だ。
影狼は元は一つの影の固まりだが相対する敵の数の分だけ増殖するという特性を持ち、冒険者に『黒狼』が雑魚をいくら集めた所で勝てないといわれている所以になっている者達である。
「ん?あれは……?シャドウビースト!?まさかこのタイミングで『黒狼』が出たのか!!」
最初に冒険者にシャドウビーストと呼ばれている影狼を発見したのは円陣の外周に居た『鋼鉄の壁』のギルドマスターである黒甲冑の大男だった。
「全員警戒!近くにこくろグッッ――――!?」
警戒の声を発する瞬間に先程同じ様に黒甲冑の男の喉に矢が刺さり、それを追いかけてきたように影狼3匹が食いつき黒鎧の動きが止まる。
そして黒甲冑の男の意識が襲い掛かる影狼と自身の喉に刺さった矢に向かった瞬間に、突然黒甲冑の首が宙に跳んだ――――少なくとも円陣の内周にいた冒険者達にはそう見えていた。
『有り得ない何をされた?』黒甲冑の男が胴を亡くした頭でそんな事を考える。そしてその瞳は驚愕に見開かれていた。
それもその筈なのだ。男の首は甲冑だけでなくその下に着ていた魔術で強化された喉まで保護できるチェインメイルで保護されていたのだ。
それが矢で貫かれ後にまるで溶けかけたバターでも切るように両断された。
その様な経験はこの男がAOを始めてから一度も無かったのだ……
防御担当のリーダー格の首が飛び、数秒おいて肉体が消失しシステムウィンドウのPT欄で死亡状態を確認できる状態になる。
流石にその異変には冒険者達も直ぐに気づく、だが既に影狼達は冒険者達の円陣まで到達しており――――蹂躙が始まった。
「えっなんだ?キャアッ!足が!足があぁあ」
「鋼鉄のギルマスが突然死んだぞ!どうなっている!!」
「うあぁあああ、なんだこの犬はぁあああ何処からでたああああ」
「嘘……これって、『黒狼』の取り巻きじゃ無いの!?」
「まて、円陣を崩すなっ――――クソッタレェェ腕をもっていかれたぁあああ」
影狼たちは音も無く冒険者の円陣深くに入り込み円陣の中から、装甲の薄い後衛職を狙い食いつき、冒険者達を食い荒らしながら円陣を引っ掻き回していく。
冒険者達も影狼に抗しようとそれぞれが持つ武器で対応しようとするが当たらない。
噛み付いては俊敏に飛び跳ねるように逃げる影狼に攻撃はほとんど当たらず、もし当たっても影で作られた影狼には効果が薄かった。
また密着しすぎて魔術を自陣の中に放つと仲間に当たる危険性が有った為誰も魔術を使わなかったのも良くなかった。
「こっちに人手を、うわあああこっちも来たああああもうだめだにげっ――」
更に冒険者達の混乱に乗じる様にリビンデッドの群れが押しつぶすような勢いで冒険者の円陣に殺到する。
外周に居た斧を持った重装の戦士にリビングデッド達が殺到しあっさりと防御が崩され倒れ伏した戦士にリビングデッドが群がる。
そしてそれを援護するように動く影狼達はリビングデッドを撃退しようとする冒険者の手や足を狙い食いつく。
もはや冒険者達の運命はこの段階で決していた。
「どっから湧いたんだよおおおこいつらあぁぁ」
冒険者達には突然黒い獣が円陣の近くに現れたかのように見えていた。
これは影狼の能力である遠くに居ると見えないという不完全な不可視化の能力であり――――
「もう駄目ね……逃げます!大地よ一時我が敵を退ける壁を作れ!アースウォール!!」
『デザートファング』のギルドマスターが行使した呪文で大地から2枚の土壁を通路のように配置し、リビングデッドから脱出する為の道を作り出す。
「依頼を放棄して撤退します!!鋼鉄の皆さんも早く!!」
「いや、殿は必要だろう?俺達が受け持とう」
「ですが……」
「気にするな俺達の役目は壁だ。ここが俺達の本領発揮する場だ!旨く逃げろよ砂漠の!!おまえらタゲを全部俺らに集中させるぞ!!」
「「「「おうよ!ヘイトコントロール!!」」」
高い防御力を誇る『鋼鉄の壁』の面々が傷だらけになりながらもターゲットの引き寄せスキルを行使し影狼とリビングデッドの群れが一気に重装の男達に殺到する。
「ごめんなさいこの借りはいずれお返しします!!撤退!」
『デザートファング』のギルドマスターが背後で全滅しかけている『鋼鉄の壁』の面々に向かって叫ぶ。
だがすでにその時はほとんど『鋼鉄の壁』のメンバー達の声は聞こえなくなっていた……
背後を振り返らず走り出す『デザートファング』のギルドマスター、そして生き残りの冒険者達。
すでに崩れ始めた土壁を盾に逃げるが……冒険者達は先程の場所から100mも進まずに足を止めた。
「『黒狼』本物を見るのは始めてだ……」
「そりゃあ、取り巻きが居るんだから本体も居るわよね……クソッ」
逃げる冒険者達の前には黒いコボルトが、2本の短剣を構えるグシオスが立っていたのだ。
効果時間が切れたのかアースウォールが作り出した壁がガラガラと崩れて行く音だけが場を支配する。
冒険者達は強敵の出現に沈黙し、グシオスは哀れむように冒険者達に語り掛け出した。
「今更俺の姿に気づいたという事はどうやら魔眼持ちは居ない様だな。運が無かったな貴様等」
――――グシオスも影狼と同様の能力を持っているのである。
そう、先程の黒い甲冑の冒険者の首が突然宙に舞った様に他の冒険者が見えたのも何のことはないグシオスに首を刎ねられたのだ。
「に、逃げるぞ。こんな状況で勝てる相手じゃない」
「貴方達はここで逃げてください。『黒狼』は取り巻き以外仲間を連れていた記録はありません。今ならば逃げられます!!ここは……私が抑えます!」
「俺も付き合うぜマスター!」
『デザートファング』の黄土色の法衣を身に付けたギルドマスターが険しい顔で前に出る。
それに続くようにサムライの男も覚悟を決めたのか決死の表情で更にその一歩前に出る。
「す、すまない先に戻っている。生きて戻れよ!」
「……ごめん」
生き残りの冒険者達が残った二人を背にグシオスと反対方向に逃げていく。
それをグシオスは――――追わない、追う必要が無いからだ。
遠ざかっていく逃げる者達を尻目にグシオスは立ち塞がっている冒険者を見据える。
「なるほど。仲間を庇って残ったか……あーそのなんだ。言葉は通じんと思うがあえて言おうか?それは判断ミスだ。それならば全員で俺に襲い掛かってきた方がまだ生存確率は高かった」
「うわあああこっちにもコボルトだぁああ!」
「いややぁああああ」
グシオスの視線の先では逃げる冒険者に殺到する影狼達と、その前に立ち塞がる長弓と短剣を構えた二人のコボルトの姿が見えていた。
「ふむ、手筈どおりだな。今回は俺にも珍しく仲間が居るのだ。故に貴様等は此処で終わりだ」
「ウソ、他にも敵が居るなんて……こんなのムリゲーじゃない……」
叫び声を聞き、背後を確認して絶望の表情を作り青ざめる『デザートファング』のマスター。
『デザートファング』のマスターはすぐに駆け出しギルドメンバー達を助け出そうとするとがそれをサムライが腕を取り止めに入り、激を飛ばし叱咤する。
「おい、マスター呆けてる場合じゃねぇ!敵は前だ!前だけを見ていろ。こいつさえやれば取り巻きは消える!!」
「う、うん分ってる。分ってるけど……」
「迷うな!行くぞ!『爆進』!!」
「あーもう、指示くらいさせてよ!母なる大地よ汝の強固で鋭利な一面を――」
サムライの足元が突然爆発し、サムライはその爆発に弾き飛ばされる様に前進しその勢いで一気にグシオスに詰め寄る。
そして『デザートファング』のマスターはそれに合わせるべく魔術の詠唱を開始する。
「ほう?早いな?あとその魔術は地属性か?中々の魔力だ。魔力感知能力が薄い俺でも大地に魔力が集中しているのを感じるぞ」
「うぉおおおお!烈火瞬斬!!」
ゴォォォッと燃え盛り爆発で加速された高速の上段斬激がグシオスに襲い掛かる。
だが、それをグシオスは覚めた目で見つめサムライに肉迫する為に前進する。
「だが、猫よりは遅い。それに魔術の合わせも兎より錬度が低いな……しかもどちらも真っ直ぐで単純過ぎる話にならん」
「この間合いもらったぁあああ――――はぁ!?」
グシオスは右手の刀身が赤い大振りのナイフででサムライの刀を受け止め――いや、赤い刀身が赤光を放ち刀身が熱を帯びたように輝き、サムライの刀をナイフで切った!
そして切り裂いた刀の刀身が地に落ちるよりも早く一気にグシオスはサムライに密着する。
「へ?うぉあっ!?」
グシオスは何が起こった理解できなく呆気に取られているサムライの鳩尾に膝蹴りを入れて体制を崩し、横に体をずらし更にその勢いのまま滑り込む様にサムライの後ろに回りみ足払いを入れてサムライの両足を払い軽く宙に浮かせる。
グシオスの追撃はそれだけでは終わらない。最後に宙に浮いたサムライの背後から強い肘打ちをしてグシオスは牙を向いた凶悪な笑みを浮かべる。
「どれリリア様の城を落とした冒険者共の魔術の威力、どれほどの物か見せてもらおうか?」
サムライはグシオスに押し出されるような形で数秒前までグシオスが立っていた場所に弾き飛ばされ大地に倒れこむ。
そしてカランッと――――刀の切っ先が地に落ちる音がしたと同時に『デザートファング』のマスターの詠唱が完成する。
「――――を此処に示せ!アースグレイブ!!えっ!?だめぇぇぇ!」
「なっ!?うあぁああああぐ、げが、ごげがあ」
『デザートファング』のマスターが放った魔術は十数本の土の槍を作り出しグシオスが数秒前まで立っていた場所、つまり現在サムライが今倒れている場所の大地を巨大な土のタケノコが突然生えた様な姿に変貌させる。
そしてそこに居たサムライは全身を土槍にめちゃくちゃに貫かれて、土槍がサムライの肉を貫く音とサムライの声にならない悲鳴が響く。
「ふむ、中々の威力だ。単純な威力だけならば宮廷魔術師連中に匹敵するかもな」
「こ、このぉよくも!」
自らの魔術で仲間を貫いた事で一瞬呆気に取られた『デザートファング』のマスターだったがすぐに怒りで戦意を取り戻す。
しかしながらその呆気にとられていた若干のタイムラグはグシオス相手には致命的な時間となる。
次に行動を起こそうとしていた時には既にグシオスは目の前に迫っていた。
「何もかもが遅い。死ね」
そしてグシオスは右手の短剣でその胴を薙ぎ払うが――――切り裂けない!『デザートファング』のマスターの法衣に幾何学的な文様が浮かび上がり、周囲に何か硬いものがあるかのようにグシオスの斬激を弾く。
「刃が通らないだと!?チッ防御結界か」
「無駄よ!この大地の衣の結界はそこらの重層鎧より数倍硬いんだから!地に眠る雷龍よ―――」
「フンッ硬いならばこちらを使うまでだ!」
大地に手を向けて、『デザートファング』のマスターは必殺の奥の手の魔術を繰り出そうと詠唱を始めた。
今『デザートファング』のマスターが放とうしている魔術の名はアースサンダーという魔術で、射程が術者の周囲に限定されるが強烈な地電流の本流を大気中に解き放つ魔術である。
アースサンダーが直撃すればグシオスでもただですまない、しかしながらグシオスは『デザートファング』のマスターの魔術発動を無視して左手に持つ獣牙の様な刀身を持つ乳白色の錐のような円錐短剣で『デザートファング』のマスターの心臓が有る部分を穿つ。
「―――――その身を大気の元に晒せ――――グゥッ!?」
「遅いと言ったぞ魔術師。魔術師は接近されただけで負けだと思え」
牙のような短剣は先程の右手の短剣と違い『デザートファング』のマスターの心臓を穿ち、その瞬間に大地の衣の防御結界が裂け、法衣も同時にビリビリと裂けていく。
そして魔術を発動する為に大地に向けていた『デザートファング』のマスターの手をグシオスは躊躇無く右手の短剣で切り落とし――――そのまま首を刎ねた。
「――――アースサン……ダー…………」
詠唱の完了と同時にゴトリという音がした後にゴロゴロと音がして、『デザートファング』のマスターの首が転がる。
もちろん、魔術は発動しない。その為にグシオスは『デザートファング』のマスター手を最初に切り落としたのだから……
「フンッ素人共目、これでは上位の魔術を扱えて身体能力が幾ら高くても宝の持ち腐れだ」
まったく期待はずれだという風にグシオスは落胆の表情を隠さずに青い粉になって空気に溶けていく冒険者達を冷たい眼で見る。
「中ボスご苦労さマ」
「チャ**ウーか、そちらも終ったのか?」
グシオスは消えていく冒険者の痕跡をみながら背後より突然声を掛けて来た部下にコボルト語混じりの名前を呼んで言葉を返す。
「ウン、終っタ。楽勝ダッタ。とゆウか、アイツ等ビビってて戦いにもならなかった」
「だろうよ。これは指揮官殿が得意とする相手を恐慌状態にする戦術だからな。俺が何処まで再現できてたかわからんがこの程度の相手では俺の再現程度で十分だっだろう」
「そうナノか?相手がバラけテ逃げ出した時は作戦ガ失敗したのかと思っタ」
「あれも想定通りだ。その為にお前達を伏兵として配していたのだ……」
「なるホド。デモ中ボスのいつもの戦術ナラもっと早く片付けられたンジャナイカ?」
「いや、俺の戦法はどうも暗殺向きだからな何名か逃がす可能性が有った。やはり殲滅戦を行なうならば指揮官殿のこの戦法が一番だ。覚えているか?これは指揮官殿と始めて出合った時に指揮官殿が使われていた戦法だ」
グシオスが今回取った相手を包囲し恐慌状態に陥らせ、敵が敗走を始めた所に一気に叩くという戦法はグシオスが初めてツルギとであった日にツルギが冒険者に行った戦法のグシオスなりのアレンジだったのだ。
そもそもにグシオスは真正面からの戦闘という無駄な事を行わない。
今まで彼が行なってきた『戦争』という物はグシオスが単騎で敵陣に潜入して指揮官や要人を暗殺するという無駄の無い戦争ばかりだった。
普段から暗殺紛いの戦いばかりしているので今回のように敵と直接対峙するというのはレアケースだった。
それ故に今回の『戦争』をグシオスはグシオスなりに期待していたのだが……
「忘レル訳が無イ。被害も無シに冒険者を一方的ニ殺してタ」
「うむ、俺もあの時のことは忘れれん。あの猫に人間が指揮官になったと聞いたときは耳を疑ったものだが、あのお方を見て戦慄したよ」
「そうカ?俺達ハ最初ボスが唯のヒョッろちい人間にしか見えなかったぞ」
「ふん、それはお前らが『強さ』を見る眼を養えていないからだ」
「そうイウものナのカ?中ボスは相手の強サが分るのか?」
「分るとも。己を研鑽し、相手を観察する眼を養う。そうすると、相手のおおよその強さが分る。そういうものだ」
「なるほド、俺まだ力不足、早くモッと強くならなきゃ」
「まぁ、お前達はまだ若い。そう焦る事もあるまい……だが、こいつらの様に強さに頭が付いて行ってない変り種もいるという事を覚えておくといい」
グシオスは腕を組み再び冷たい眼を消えかけた一塊の青い粉に向ける。
それに釣られるように赤毛のコボルトも粉に眼を向けて首をかしげて口を開く。
「こいつラ、強かっタのカ?」
「戦闘能力は高かったな。あの変わった鎧の男など剣技は雑だったが、速力は俺に匹敵するレベルだった。一緒に居た魔術師の方も威力だけならば宮廷魔術師級だ」
「ソレ、めっちゃ強イな。中ボスよく勝てたナ。凄イ凄イ」
「フンッ何も凄くない。こいつらの戦闘力は確かに高かった、だが中身が伴っていない」
「どういうコトダ?」
「単純な話だ。様々な面でこいつらは新兵以下なのだ。予想外の攻撃が陣の中に飛んできただけで大きく動揺する。味方に死人が出ただけで逃げ出そうとする。個々で戦場の状況判断が出来ない。味方を誤射したくらいで呆ける。真正面から馬鹿正直に攻撃を行なう。直ぐに思いつくだけでも、これだけ出てくる」
グシオスは冒険者達を戦士として見てその荒を目敏く見つけて上げていく。その喋る勢いは激しく、そして強い感情が篭っていた。
「もしかしテ、中ボス怒ってル?」
「怒っていない。期待を裏切られて落胆しているだけだ。俺はやつらがリリア様の城を落として親衛隊すら下したと聞いていたのだから期待していても無理はなかろう?」
「アァ、そうか中ボスは後から来たからネ」
グシオスはリリアの城が落ちた時はその場には居なかった、そもそもにリリアの城が落ちたときにグシオスはリリアの部下ですらなかった。
当時グシオスはかつて仕えていた主から暇を出され、やることもないので一人旅をしている時に今回の戦争が起きて魔族が避難しているという名無しの遺跡に身を寄せただけだったのだ。
そこで偶々旧知だったオーカスと再会し、その経歴を買われてグシオスは若いコボルト達を率いる隊長として抜擢されたという経緯があるのである。
「正直少しは楽しめるかと思い魔術を使わずに戦ってみたがこの様だ。これならばこの間狩った大猪のほうが強かった」
「あァ……あれは強かっタ。狩るのに二日モ掛かっタ」
「うむ、あれは楽しかったな。あれほどの野生の魔獣は本国にも早々居まい。お前や*イマ**ーにも良い経験に……そういえば、*イマ**ーはどうした?姿が見えんようだが」
「あいつハ、戦利品集め中。直ぐにクル」
「戦利品?あぁ、冒険者共が残していく武具か……死者の遺品を漁るのは戦士として正直関心せん――――いや、奴等は人形だから死者とも呼べんか」
「俺モまぁどうかと思ウケど、ボスがれあ物?の装備が有ったら拾って来いって」
「あぁ指揮官殿は魔道具がお好きだからな……そういうことならば仕方無い。今回は黙認しよう」
グシオスの脳裏には戦利品として得た無駄に水が出る木の棒に興味津々になったり草を生やす杖を非常にありがたがるツルギの姿が脳裏に焼きついていたので、仕方あるまいという仕草を右手で眉間を押さえ込んで取り部下の遺品漁りを咎めない事にした。
「じゃあ、中ボス後ろノそれモ一応回収するカ?」
赤毛のコボルトが指し示す先には、ボロボロの黄土色の布が落ちていた。
それは『デザートファング』のマスターが大地の衣と呼んでいた物の残骸であった。
「ん……?あぁ、どうするか……恐らくそれはもう使い物にならんと思うぞ……仕損じたなそれの性能ならば指揮官殿に満足いただけたかもしれん」
グシオスがとても惜しそうな顔をしてそう言うので赤毛のコボルトは物珍しい物でも見つけた犬のようにトコトコと元大地の衣に近づき、確認し、落胆を隠せない顔してグスオスを見る。
「アァ、これハ、元々服ダッタのか?ボロ切れみたいになっているケド……中ボス何しタ」
「…………『魔狼犬歯』で貫いた」
「魔狼の牙ヲ使ったノか……ソレはもう駄目かモ?」
「俺の『魔狼犬歯』は相手が硬ければ硬いほど威力を増すからな仕方あるまい」
グシオスは左手に持つ牙のような短剣をバツの悪そうな顔をして見ながらそう言う。
『魔狼犬歯』それは、太古の昔に魔族が住む大陸の大森林を治めていた『魔狼』と呼ばれていた大魔獣の牙をそのまま短剣用の柄に取り付け刺突用の短剣である。
たださえ鋭いこのこの大魔獣の牙は相手が硬ければ硬いほど更に鋭さを増し、被害範囲を拡大させる能力が有り、貫ける対象も魔術だろうと物質だろうと霊的な物だろうと貫けぬ物は無いと言われている正真正銘の魔剣だ。
『デザートファング』のマスターの法衣が裂けたのもその硬さゆえに強まった魔剣の効果が、結界だけではなく本体である法衣にさえも及んだ結果だったのだ。
「まァでモ、持って帰ッてモ良いカ?。何かの素材ニなるかモ」
「そんなボロ切れがか?」
「布地ハ悪くナイし強度モ残ってイル。防具ノ補強ニ使えソウ」
「ふむ、そういうものか?」
「そウいうモノ。コレは俺達ノ一族専門分野、間違いなイ」
「あぁ、そういえばお前の一族は防具作りの名門だったな……ならば、好きにするが良い」
「ありがとウ、中ボス」
「礼はいらん、お前がその分野に長けているのならば俺が口を出すべきではないと判断しただけだ……戻って来た様だな」
赤毛のコボルトの礼にむず痒さの様な物を感じたグシオスは適当にその礼を流し、視線を外す。
そしてその視線を外した先には幾つかの武具を手に抱えた灰色のコボルトがこちらに駆けてくる姿が映った。
「すま、ない中ボス。遅れ、た」
「遅いぞ*イマ**ー、今回は指揮官殿の顔を立てて大目に見るが作戦行動の遅延は死に繋がる。肝に銘じておけ」
「すま、ない。でも変な物見つけ、て、それで遅れた」
「変なもの?冒険者共の物か?」
「多分、そう。なんであんな物を木箱に、大事そうに入れて、いる、のか意味不明」
「木箱……冒険者共の物資か何かか?何が入っていた?」
「土、それと草、と葉っぱ、あとは虫」
「む……?なんだそれは良く分らんな」
グシオスは意味が分らないと首を捻る。
草や葉ならば薬草の原料という可能性もあるが、本来戦場に持ち込む物資というのは加工済みの物を持ちこむのが主流だ。
土についても爆発する土という物がこの世界には有り、攻城兵器として使われる事もあるが実戦用に使うならば錬金術で加工しなくてならない。
虫も同様に毒薬の原料になる種も存在しているが前者同様に加工してから戦場に持ち込む物である。
「俺、も良く分ら、ない多分、見て貰っ、た方、が早いと思う」
「ふむ……あまり時間が有る訳ではないが、一度見ておく必要が有るか……案内しろ*イマ**ー」
「分った、こっち、こっち」
灰色のコボルトがグシオスを手招きしながら歩き出す、それに追従するグシオスと赤毛のコボルト。
歩くグシオスの顔は険しい、グシオスはその謎の物資について様々な思案を巡らせていたからだ。
(作戦遂行を優先するべきなのだろうが、正体不明の物を放置しておく訳にもいかんしな……連中が幾ら素人集団だとしても原料をそのまま持ち込んで現地で加工するという無駄な事は流石にしないだろう。何かそれらをこの地に持ち込んだ理由があるはずだ。もし危険度が高い物ならば奪取もしくは破壊せねばなるまい……簡単に破壊できるような物だと良いが、もし汚染物を撒き散らすようなタイプならば何処かに廃棄を――)
グシオスがそんな事を考えながら移動してると、先程居た場所からそう遠くない場所にある木箱の山が置かれている場所に到着した。
木箱のサイズは高さ50cm横幅50cmの何処にでもある物資収納用の物で、複数詰まれ山の用になっている。
元々それはテントの中に置かれていたのか、大型のテントらしい物の残骸と燃えカスが周囲にちらばっていた。
だが、大量に置かれている木箱には傷が幾つか付いているが、ほとんどが無傷であり焦げた後はまったく見受けられない。
そしてテントの残骸には一部グシオス達が読めない金色の文字とニヤけた糸目の子供の顔が書いておりそれだけでも他のテントと違う印象を与えていた。
その金色の文字は実は日本語で『第2物資搬入テント。テント提供:カネミツマート(カネミツマートのロゴであるカネミツの似顔絵付き)』と書いていた事はグシオス達は知る由もない。
「おォ、凄い。物理防御付与、それと耐火呪文ガ付与サレテる。この箱だケでモ結構な値打チ物」
赤毛のコボルトはその生まれた一族の特性なのか、一発で木箱に掛けられている特殊効果を見抜いた。
その能力にグシオスは感嘆の声を上げつつ、この箱の中身が余程の重要物か厄介な物かと考えを巡らせる。
「ほぅ?ならばこれは余程大事な物を保管しているとみえるな」
「俺も、最初、そう、思った。でも、違った。中ボス中見てみ、ろ」
「そうだな、早速…………ん?なんだこれは?」
グシオスは早速近場にあった木箱を開ける為にしゃがみ込み木箱を開ける――――そして中身を見て意味不明だという風に声をあげた。
「土ダ」
「土、だ」
「あぁ土だ、唯の土だなこれは。しかもこれはこの地の土ではないか?」
「多分、そう」
犬にも勝る嗅覚を持つコボルト達の鼻は、目の前に大事そうに収められ土から、この土地と同じ匂いが染み付いているのを鋭敏に嗅ぎ分けていた。
そして、その匂いは良く良く嗅ぎ分けてみれば、周囲の未開封箱からも漂ってきていて――――グシオスは焦りを覚えつつも次々と木箱開封して行く。
「ならば、こちらは……草だな、そこの森の物だ……そうするとこちらは……虫かすべて生きているな……だが、こんなものこの大陸には幾らでも居る珍しい物でもなんでもない……どういうことだ?」
草が詰められていた箱にはみっしりと、しかしながら傷まぬ様にと大事そうに草が詰められていた。
虫の収められていた箱にはトンボや甲虫などが丁寧に1匹1匹木製の虫かごに入れられており、それを幾つかの箱にまとめて収納しているという形だった。
何故こんなどうでも良い物をこんなに大事そうに収納しているのか?グシオスは本当に訳が分らないという風に首を捻り、部下のコボルト達に問いかけてみるが部下のコボルト達も同じ様な顔をしていた。
(まさか偽者をつかまされたか?何を馬鹿な……俺達がこの場に潜入出来ているのは指揮官殿の攻撃があったからこそだ。敵が俺達の潜入を予測してた訳でもなければそんな馬鹿な事はしないだろう……………………ならば、この無駄な物資を獲得する事こそが敵の目的だった可能性はどうだ?それならば、合点が行く…………合点が行くがその目的が分らんな。こんな物が何故必要なんだ?此処に在るものはこの土地の土以外、この大陸ならば何処ででも手に入る物だ……土とて、魔力含有量が多いだけの唯の土。他所の土地で手にはいらない物ではない。敵は何を考えている!)
敵の目的が分らなくその意図もまったく読めないグシオスはイラつき再び険しい表情になっていく、そんなグシオスに部下達は少し遠慮がちに次の指示を求めてくる。
「それで、中ボス、コレどうす、る?」
「…………捨て置け……こんな物になんの意味も無い……」
「木箱ハ、結構値打ち物。置いテいク?」
「そんな物は我々が勝った後に奪取してしまえばいい!今は作戦遂行を優先する!!」
グシオスはギリっと奥歯を噛み締めて立ち上げる。
「狩りを続行するぞ!一人たりとも生かしては返さん!!」
グシオスは敵の目的が読めない苛立ちを全て冒険者にぶつける事にした。
***
「お前達良く見ておけ、これほどの魔術戦中々見られる物ではないぞ」
物資搬入テントを後にしたグシオス達はその後、強烈な魔力の流れと大気の鳴動を感知してその中心点に向かった。
その場では1体のリビングデッドとモヒカン頭の男、そしてまだ少年の域をでない魔術師と白いローブの小人が死闘を繰り広げていた。
最初はリビングデッドに共闘しさっさと冒険者を始末してまおうと思ったグシオスだったが、白き法衣を見にまとったモヒカンリビングデッドとモヒカン冒険者を見て手を出すのを止めた。
このリビングデットとモヒカン男の戦いにグシオスは大変興味がった。
そして、少年の操る大規模魔術とリビングデッドの攻防対決にも興味が湧いた。
これほどの魔術戦は魔族本国でも中々見られるものではなく、若いコボルト達にみせて置くべきだと思ったのだ。
「爆ぜろ盟約の陣!」
少年が切り札の魔術を解き放ち、大気が爆ぜて、風が大地に押し寄せ、一体のリビングデッドを押しつぶす。
「……ァッ……オ……シラ……」
リビングデッドは強烈な風圧と足元に張られた退魔陣の力で次第に崩れて行き――――塵に還った。
「おおぉ、奴を倒したか!あの小僧中々やるじゃないか!」
グシオスは心のそこからの幼さの残る顔立ちの少年に対して賞賛の声を漏らす、その眼に獰猛な野獣の目と純粋な驚きが同居していた。
「中ボスあノ不死者ノ事知ってイたのか?」
「あぁ、奴が冒険者だとは俺も知らなかったがな……奴には――――奴等には一度いや、二度俺は敗退している」
「中ボスガ負けルほどの相手……」
「そん、な中ボス、が負けるな、んて信じられ、ない」
「フフッ俺だって負ける事はある。特に今滅んだ不死者と、あそこに居る奇抜な髪の男は強いぞ!それだけではない他の者も統制が取れた連携をする良い戦士達だった」
グシオスの言葉に信じられぬ事を聞いたと驚くコボルト達、そして視線をモヒカン頭の男――――傭兵ギルド『信号機』のマスターであるシグナルに向ける。
そして、グシオスも獰猛な笑みを浮かべてシグナルを見ていた。
その脳裏では二度の『信号機』との戦いが映像として再生されていた。
一度目のグシオスと彼等『信号機』の戦いはグシオスの敗退だった。
主の命で魔族本国の北方の地の寒村にて防衛に当たっていた時、グシオスは彼等と出合った――――そして守る対象を全て破壊され、撤退を余儀なくされるという魔族の戦士として屈辱極まりない戦いをしてしまったのだ。
グシオスが防衛戦を苦手とし、その当時魔族が住む大陸のいたるところに謎の勢力(当時冒険者という単語も、冒険者が人形だという事も認識されていなかった)が現れ虐殺を行なっていた為に寡兵にして援軍なしという状況で寒村を守っていたのが敗退の理由であったが、グシオスはその寒村を滅ぼした者達の事を決して忘れないと心に誓った。
二度目は、謎の勢力がグシオスの主の所有する稀少鉱物の取れる鉱山を占拠したときの戦だった。
グシオスは主の命で、斥候兼暗殺者として鉱山に潜入し多くの謎の勢力の手勢を葬ったが、全ての戦闘技術と魔術を駆使しても最後の最後まで『雷法』ベネディクトとシグナルを狩る事が出来なった。
しかしながら、グシオスが魔力切れで『雷法』とシグナルの殺害を諦めて撤退した直後にグシオスの主の本隊が到着し鉱山を制圧した事によりこの戦は魔族陣営の勝利となった。
戦いは勝った、だが個人的には――――戦士としては負けた。グシオスはこの時そう思った。
そしてこの時の『信号機』との対峙がグシオスに全力で戦う楽しさを、獣として本性を呼び覚ましてしまったのだ。
グシオスが全力を出して勝てない相手など今まで早々居なかった。居るとすれば当事の彼の主か上位の貴族階級の魔族数名程度だった。
今までの彼の人生でそんな者達と本気で殺しあう事など早々――――いや、まっとくといってほど無かった。
だからグシオスは戦いの楽しさをという物をその時まで知らなかったのだ……
それ以降、グシオスは謎の勢力の討伐任務があれば率先して出撃した。
だが、そう易々とグシオスの欲求を満たせる者達は居なかった。
及第点ならば、グシオスを執拗に狙ってくる黒装束の魔術師とその仲間達が居たが力はあれど連携力が足りず『信号機』ほど楽しめる物では無かった。
主の命令があれば直ぐに現地に赴き敵を屠る。しばらくそんな生活をしているうちに魔族の住む大陸で奴等の姿が見えなくなった。
撤退したのだ魔族が住む地から……
それは謎の勢力の存在を騒乱の元になると民に隠していた魔王が、これ以上は隠し切れないと思い、重い腰を上げて魔王自らが事態が大きくなる前に討伐命令を出した結果、強い力を持つ貴族達が謎の勢力狩りに討って出た成果故にだった。
こうして魔族が住む大陸での虐殺の騒乱は当該地の民以外に知られる事なくヒッソリと幕を閉じた。
その騒乱の後グシオスは通常の任務に戻る事になったが、ある理由から主から暇を出され、この大陸に流れ着き、そして彼が強者と認識できる数少ない者に出会う事になる……
「しかし、奴等一人しか残ってはいないのか……あの小僧も魔力切れのようだ。これでは戦いにはならん」
「どうすル、中ボス?見逃すカ?」
赤毛のコボルトが、困ったなという顔をしてグシオスに有り得ない事を問いかける。
そしてその有り得ない問い掛けに、グシオスは鼻で笑って切って捨てる。
「ハッ、有得んな。この様な好機逃すのは愚か者のやる事だ。ふざけた事を言うな」
「だッテ、中ボス残念そうだかラ、勿体無イと思ってるンだろウ?」
「うっそれは……」
グシオスは図星を付かれ言いよどむ。
別に彼等を殺す事に躊躇しているわけではない。万全な状態の彼等と『戦えない』事を惜しんでいたのである。
その証拠にグシオスの眼は獰猛に光っていた。だが、その表情はそれと相反してヤル気にかける……どうにも気乗りしないという顔だったのである。
「惜しくないといえば嘘になるがな、戦で敵に手心を加えたとなれば戦士の恥だ。奴に対してもそれは礼を失するという者だろう」
「確かニ、そうだナ。俺間違ってタ」
「な、ら、さっさとやってしまおう。敵の、援軍が何時来るか、分らな、い」
「あぁ確かに*イマ**ーの言う通りだ。では、手筈どおりに行くぞ。どれ、手始めにあのひ弱そうな小人から始末するとしよう」
ツルギより与えられたボウガンの照準がへたり込むカネミツへと向けられた。
***
「チッ逃がしたか……こういう時は曲射が出来ないボウガンという物は不便だと思わんか?奇抜な髪の男よ」
グシオスは逃げるアレックス達にボウガンを向けるが、テントの残骸を隠れるように逃げるアレックス達を見失う。
そしてそのアレックス達の退路を覆い隠すように立ち塞がるシグナルに言葉が通じないと分りつつも語りかける。
「ヒャッハアアアア行くぜ『黒狼』!!」
当然シグナルに言葉が通じるわけもなく、シグナルは自身の固有武器である『ドラゴンヘッド』をブンブンとふりまわしてグシオスへの距離を詰めてくる。
対するグシオスの背後ではモコモコと影が動き出し3匹の影狼たちが現れる。そして、影狼達はシグナルが居る方に向かっていき――――
「近づかせん!ヒャッハアアア!」
――――シグナルが『ドラゴンヘッド』ので自らに向かってくる影狼を焼き払う。
だが、燃え盛る炎の舌に焼かれたのは1匹のみ。
残りの2匹は半身を焼かれながらも、前進を止めず――――シグナルの横を通り過ぎた。
「なっ、最初からあっちはアレックス狙いか!」
「本音を言えば貴様に注力したい所なのだが、指揮官殿から1匹も逃がすなという命令でな。ここであの小僧共を逃がすわけにはいかんのだ」
そう言いながらグシオスは右手でボウガンを構え、左手に数本のボウガンの矢を持ち、ボウガンの連射でシグナルを仕留めようとする。
「避けて見せろ奇抜な髪の男よ」
「ヒャッハアアアモードフレイムシールドォォオオオオ!」
シグナルはボウガンを構えようとしてるグシオスを見て接近しながらドラゴンヘッドを自分の前面で振りまわし、火炎ので作られた炎の防壁を展開する。
グシオスはそれを見ても構わずボウガンを発射する、それも立て続けに矢を装填して。
狙いは眉間、足、心臓、肩、腕、何処も当たれば致命傷になるか戦闘続行が難しくなる位置ばかりだ。
「ヒャッハアアアアァアアア」
ボウガンより発射された神速の矢はドラゴンヘッドの火炎で着弾と同時に燃え尽きる、もしくは振り回していたドラゴンヘッドに突き刺さり燃え尽きる。
「アアアアアァがぁ!?」
だがその中で一本だけ炎の盾を潜り抜け、ドラゴンヘッドすらもすり抜けてシグナルの眉間に突き刺さる輪郭があやふやな矢が有った。
その矢の名は影矢――――グシオスが影を操る魔術で作り出す魔法障壁でしか防げない魔法武器の一種だった。
「があぁぁぁぁ、『黒狼』ぉおおおおおおお」
「ハッまだ止まらぬか!一体どういう構造になっているんだろうな!貴様等の体は!!」
眉間に直撃をうけて即死ダメージを受けるシグナル。
だが止まらない。叫びながらグシオスに直進をする。
これぞシグナルの固有スキル『食いしばり』一度だけ致命傷を受けても耐え切るというスキルである。
まるで狂った猪のように突撃するシグナル、それをグシオスは言葉を吐き捨てるようにして叫び――――獰猛な狼の笑みを顔に浮かべて迎え撃つ。
「ヒャッハアアア畜生は焼却だアアアア」
シグナルは『ドラゴンヘッド』がギリギリで先端が届く距離でグシオスに回転を加えた突きを入れる。
グシオスは上半身を捻りシグナルの攻撃をかわすが――――
「ツッ!かすったか。厄介な!!」
――――完全にシグナルの攻撃を避けたかに見えたグシオスだったが右半身の森林用ジャケットを焼かれ、同じ位置に軽い火傷を受けて大きく後ろに下がる。
それはシグナルの突きに回転が加えられていた故の結果だった。
グシオスが避けた瞬間に『ドラゴンヘッド』の回転力に釣られるように螺旋状に炎が噴出し、左に身を捩り『ドラゴンヘッド』攻撃を避けたグシオスの右半身を炎の渦が焦がしたのである。
大きく後ろに下がったグシオスにシグナルは追従するように間合いをつめて『ドラゴンヘッド』がギリギリ届く距離、つまりボウガンが使い難くグシオスが得意とする短剣で戦えない距離で火炎を伴った突きや、縦の振り下ろし打撃で攻撃する。
対するグシオスも黙っていない、シグナルの攻撃を致命傷にならないように『ドラゴンヘッド』の先端を避けながら攻撃を加えようとする。しかしながら短剣で切り裂こうとシグナルの突きをに姿勢を低くして避けながら肉迫しようとするが棒状武器である『ドラゴンヘッド』の両端がグシオスの顔面を狙って一撃を加えようとしてるくるのだ。
また、『魔狼犬歯』で『ドラゴンヘッド』を穿とうとしても炎が渦巻くドラゴンヘッドの周囲に手を差し込むのも難しい。
その様な攻防を何度も繰り返しグシオスは後方に飛びのきシグナルが追撃する。
「どうし、よう。あれじ、ゃあ狙え、ない」
「どうモできない。俺達ガ、入リ込めルれべるジャない」
グシオスを援護するべく隠れている部下のコボルト達の援護も来ない。
灰色のコボルトは弓での狙撃を得意としているが、この接近戦に矢を射ればグシオスに当たるのではないか?とヤキモキし短剣を得意とする赤毛のコボルトはレベルの違う戦いに介入すれば逆にグシオスの邪魔になると己の力の無さを悔いている。
「でも、もう、すぐだ。」
「あァ、そうだな」
ここでこらえ性の無い若きコボルト達が我慢して伏兵に甘んじているのは彼らが成長した――――からではない。グシオスに勝てる作戦があるからなのだ。
その証拠にグシオスの戦いを見守るコボルト達の瞳に不安は無い。それは、絶対的にグシオスの勝利を信じている瞳だった。
そしてグシオスも――――シグナルを見て楽しくて楽しくて仕方ないという風に笑っていた。
「ハハハハハハハ、まったくやりづらいな。ここまで俺を接近戦で押し込める奴は少ないぞ!…………だが、ここで終わりだ」
グシオスは右手のボウガンを投げ捨てベルトのナイフポケットより『魔狼犬歯』を取り出し、大きく再び後ろに下がる。
それを追撃するシグナルは先程と同じ様にグシオスに迫るが後一歩の所で足を止める。
「ヒャハアアアア……!?」
いや、シグナルの足には紐状の黒い何かが絡まっており足を止めざるおえない状況になっていったのだ。
笑うグシオス、そして苦渋の表情のシグナル、その両者の足元には大型のテントの残骸の影が広がっていた。
その影は周囲の影より色濃い影を湛えており、僅かに蠢いていた。これがグシオスがわざわざ正面から挑んだ理由だった。
この影にシグナルを誘い込む事こそがグスオスの狙いだったのである。
「楽しかったぞ奇抜な髪の男よ。次はお互い万全な状態で戦おうではないか」
グシオスが『魔狼犬歯』を無造作に影に投げ捨てるように突き立てる。
「魔狼の眷属よ!我が血に従い我が敵を食らえ……起きろ影飢」
「ごふ、がぁ、ごヒャ、げ、ヒャッ……ハァ……」
グシオスの命令と『魔狼犬歯』が影が突き立てられたのをキーとして影の中のグシオスが呼び寄せた魔狼の眷族が蠢きだした。
影に潜む飢えた何かは幾つもの影の牙を地上に向けて生やし、シグナルきり刻みを飲み込み影の中へ咀嚼して行く――――だが、シグナルはグシオスへの攻撃を諦めていなかった。
「まだぁ、ゴハッ、ゲヒャアア!!」
「何!?まだ動くか!」
グシオスの目が驚愕に見開かれる。
シグナルは死ぬ寸前に残った力を振り絞りグシオスに『ドラゴンヘッド』を投げつようとしていが――――その瞬間小規模な爆発音が響くそして、一匹のコボルトの声が続いてグシオスの耳に届いた。
「無駄、させな、い」
シグナルの最後の一撃は失敗に終った、シグナルの腕に一本の矢が刺さり腕ごと爆発したのだ。
「フンッ*イマ**ーか、余計な事を……」
グシオスは即座に今の矢が部下の援護だったとしり毒づく。
それは戦いに水を差されたという気持ちも有ったが、それよりもそれは仲間に助けられたという感覚に慣れない故の照れ隠し表れだった。
「中ボス、を援護するの、は俺達の、役目。俺間違ってな、い」
「…………そうだったな…………感謝するぞ*イマ**ーよ良くやった」
「それほ、どでもな、い」
(功績を上げたのだから隊長として褒めなればなるまい)グシオスはそう思い照れながらもなんとか灰色のコボルトに礼を言う。
それに応える灰色のコボルトも照れ隠しでそんな事を言う。
「それデ、中ボス。その、火傷大丈夫カ?」
「ん?あぁ、こんなもの後数分もすれば治る――――あぁいやもう治ってきているな」
グシオスの言葉通り『ドラゴンヘッド』の炎に焼かれそこらかしらに負っていた火傷や、チリチリに焼かれた体毛がみるみる内に治って行く。
数分も経ずにグシオスは焦げた森林用ジャッケット以外は元通りになった。
「フンッまぁ俺の穢れた血とやらも、こういう時は役に立つわけだ」
グシオスの体を再生させていく力、それは彼が母方受け継いだ特殊な狼獣人の血がなせる業だった。
浅い切り傷程度ならば即座に、火傷の様な傷ならば少し休めば回復する便利な能力であるが、それと同時にコボルト以上に捨てられない獣性という物をグシオスに与えていた。
野営地に潜入する前にグシオスが怒りに飲まれたのもその様な血の力が関与していたのである。
そしてその力や血は彼が育ったコボルトの村で恐れられており忌み児や穢れた混血と呼ばれ迫害されてきた。
その経緯を部下のコボルト達も伝え聞いているのかバツの悪そうな顔する。
グシオスはその姿を見て(無駄口が過ぎだな)と反省して話題を変える事にした。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。残りの2匹を片付けるぞ。奴等いまだ旨く影狼から逃げ切っているらしい」
「結構頑張るネ」
「あぁ、直ぐ終るとおもったんだがな……まぁさっさと終らせ――――」
『アォオオオオオオオオオオンンンン』
遠くから犬の遠吠えの様な声が響く。
「なんだと!?たった二人だと?」
「まずイ、逃げヨう中ボス!!」
「あいつ、らも逃げたみ、たい。に、逃げ、よう!!」
今の遠吠えは森に配していた残りのコボルト達からの伝令だった。
その内容はコボルト語でグシオス達の耳に変換され、こう言っていた『件の銀髪と青髪が2名が高速で敵陣に接近中している事を確認。他に敵影はなし。我々は偉大なる指揮官殿の命令により撤退する。偉大なる魔狼の末裔と、我が同胞達も早急に撤退されたし』と――――
「チッたった二人の援軍だと?舐めているのか――――グっ!破壊されたのか?」
グシオスは精神に衝撃の様な物をが走るのを突然感じる。
それはアレックス達に放った影狼達との精神的な繋がりが無理矢理に切断された――――影狼達が破壊された事を知らせるものだった。
「お前達は一度遺跡に戻れ!俺は逃がした2匹を片付けてから行く!」
「駄目ダ、中ボスそれボスの命令に反すル事になル」
「そう、だ。中ボス、命令違反は腕輪とボス、超怒、る」
「それならば、冒険者共の生き残りを残しているのも命令違反になる!心配するな奴等を片付けたら俺ももど――――なんだ!?視られているのか!?」
その時グシオスの全身の毛が総毛立ち、全身に強烈な寒気の様な物が襲った。
それは、野生の感と今までのグシオスの戦闘経験を併用して行う冒険者達のスキルでいう『危機感知』に近い能力で――――最上位の危険が迫っている事を知らせる物だった。
そしてグシオスは頭で考える前に体を動かした。
部下のコボルトのジャケットの襟首を掴み、部下達を引きずるようにして全速力で逃げるように駆け出した。
「グェ、中ボス待っテ、首しまル」
「な、に?なになになに?」
グシオスは部下のコボルト達の疑問と抗議の言葉を無視して部下達をテントの残骸が山になっている物陰に放り込み、自身も同じ物陰に飛び込む。
その直後、金属が金属を削り取るような音を立ててグシオス達が立っていた場所に光の刃が通りすぎ、大きく大地を引き裂いていた。
「チッこの感覚ライオネル殿下と相対したとき以来か……お前達直ぐに逃げろ。ここは俺が抑える」
「何?何なノ?」
「語る必要もあるまい。件のアレが、指揮官殿が見かけたら逃げろと言っていたアレが来た!」
グシオス達はカーバンクルに絶対厳守の命令として一つの命令を伝えられていた。
その命令は『白い肌と変わった白い服の銀髪の女と、青髪の髑髏を模った杖を持つ眼鏡女が来たら何がなんでも逃げろ!!』という物だった。
そして、その女の片割れが先程迄グシオス達が居た広場に向かって歩いてくる。
「不意打ちを避けられるなんて、しばらくやってなかったから腕が鈍ったかな?ダメダメだなぁ。やっぱり何事にもサボりは良くないわね」
銀髪の美しい女がそう呟きながら広場に入ってくる。
陶磁器思わせるその白い肌は病的なほどに白く感じ、銀髪と合間って死人のような、幽鬼のようにも見える姿であった。
しかしその顔立ちは美しく、生命の力強さと意志力の高さを示すものが瞳に宿っていた。
死と生命力その二つを併せ持ったかのようなバランスの悪い生き物としての気配をその女は周囲に振りまいている。
そして、女が持つ刀からはキィィンという先程広場の大地を削った音と強烈な冷気が漏れ出していた。
「なるほど、指揮官殿が恐れるわけだ。アレは……危険すぎる」
グシオスは全身に襲ってくる重圧に耐えながらそう言った。
これが、名無しの遺跡の守護者がもっとも恐れる相手が遺跡の前に初めて現れた瞬間だった。
今回は随分長くなってしまいました。
最後迄読んで頂きありがとうございます。




