第31話 野営地炎上中編b:『雷法』
今回はいつもより少し長いです。
「や、やめ、なんで」
「ア、ア、…………ァァァアアアアアアアアア!」
「いや、噛まないで、食べないでぇええええ、嫌だああああぁぁ……ぁ、あ―――――――――ア、ア、アァアアア」
所々が欠損し死体の様になった複数の冒険者が、ピンクのシスター服を着た冒険者に群がり噛付き食い散らす、それに伴い悲鳴があがり、しばしの静寂の後食いつかれた者も食いついた者の仲間となり次の冒険者に向かっていく。
今やダンジョン前に設営された野営地のいたるところでこの様な惨劇が繰り広げられ、悲鳴と爆発、そして生者を憎む怨嗟の声が響き渡る。
それらの全ては爆発と空を覆い尽くす黒煙を発生させている罠が発端となっていた。
その罠の種類は突然足元に現れるトラバサミ、開けると爆発する半分土に埋もれた宝箱、爆弾内臓ゴーレムと様々であったのだが、それ等全てに一つの共通項が有った――――それは複数人で対処しなければいけないという事である。
このトラバサミ罠は罠解除スキルの無効化の魔術が施され、破壊が不可能な強度の金属で作られていたが、数人で集まり協力すればトラバサミの口を開けれるように作られていた。
その仕組みは欠陥などではなく、罠に掛かった者とその者を助けようとした周りの協力者をまとめて爆破するという目的のために用意されている仕組みだった。
罠に掛かった者がこじ開けたトラバサミから足をあげた瞬間に足元の特殊仕様魔力地雷 が爆発する仕組みになっていたのだ。
他の宝箱やゴーレムも同じだ。
蓋を開けると爆発する宝箱には鍵は掛けられていないが、蓋にはとても重量がある金属が使われており絶対に一人では開ける事が出来ないように作られていた。
爆弾内蔵ゴーレムは材質を高価で強度が高いミスリルで統一し、ミスリルの高価さで冒険者達を呼び寄せる効果を持たせつつ複数の冒険者達が必要になるように仕向け、群がる冒険者が規定人数に達し次第即座に爆発する様に設定されていた。
他にもいくつか人心を旨く利用したトラップが野営地に設置されていたのだが、それ等全てが複数人の冒険者が巻き込まれるように作られていた。
そしてそれらの発動と効果は全てツルギの目論み通りに進み野営地に大きな被害をもたらした。
だが、このトラップ群が本当に恐ろしいのはその爆発から発生する物である。
まず一つ目は爆発から生じる黒煙だ。
これは『創造』の力を付与された煙で、その中では高度な魔術式を組み込んだ呪いをばら撒く小型の爆弾が精製されており、航空機の絨毯爆撃のような攻撃をこの科学がほとんど進んでいない世界で実現していた。
二つ目は冒険者達を殲滅しきるには小型爆弾の爆撃だけでは殲滅足りないとツルギが感じ導入した、この世界の邪法に手を加えた呪いである。
空から複数降り注ぐ小型の爆弾は地面もしくは建物に着弾後、爆発させた物を物質変換の魔術で呪いを含んだ紫に光り輝く粒子に変換し周囲を効率的に呪いで汚染する。
また、これがもし冒険者に直撃した場合は完全に冒険者の体を呪いで汚染し、状況次第では直ぐにでも呪いが発動する仕組になっていた。
その二つの仕組みの内前者はツルギが昔見た戦闘記録映画で見た航空機の爆撃の再現、後者はDGで得た敵の死体を利用して戦力にするという経験を元に作り上げた物である。
敵を効率的に殲滅しつつそれを旨く利用するという着想で作り上げられたそれ等は結果として大きな戦果をもたらした。
特に呪いで変じた元冒険者達は回復魔法に過剰に反応するよう工夫されており、最初の罠の発動の爆発に巻き込まれた負傷者を治療しようとする回復職のほとんどがその被害に会い、死亡した。
回復職を失った野営地では空から降り注ぐ小型爆弾と呪いの被害者に傷を負わされた者達で溢れかえり、次々と倒れていき、更なる呪いの犠牲者生み出して行ったのである。
全てはツルギの思惑通りに進んでいる。
ただ、その中で唯一の例外が有るとすれば―――――その呪いについての情報を完全に把握している者が敵に居た事だろうか?
***
リビングデッド――――それは大規模レイド『不死者の大陸』で始めて発見された種族名であり、一種のステータス異常でもあった。
その特殊な状態異常の発生条件は特殊な不死者化の呪いが掛けられた土地でアバターが死亡するか、同様の呪いが掛けられた武器によりアバターが殺害された場合のみと、限定された状況でのみ発生する状態異常であるが、一度その効果が発症すれば非常に恐ろしい結果を招くものである。
リビッグデッドを発症したアバターは死亡の為プレイヤーの意識が抜け出た数秒後、発生するはずの肉体の消滅を逃れてモンスターのようなAIを持つ様になり、生きる死体となり他のプレイヤーに襲い掛かるのだ。
しかもリビングデッドに殺されたプレイヤーは、自身を殺したプレイヤー同様にリビングデッドに成る。
そのリビングデッドはまた犠牲者を作り出しリビングデッドを増やし、増えたリビグンデッドはまた別の犠牲者を作り出す。
リビングデッドはその様な最悪の悪循環を生み出す脅威のステータス異常であった。
そしてそれをアレックスは知っていた。
『不死者の大陸』というレイドに出た事は無かったが(このレイドが開催されたときはアレックスはまだAOを始めていなかった)AOWikiに載っている情報のほとんどを網羅していたからだ。
更にその対処法すらも知っていたアレックスは冷静に状況を分析し、目的地に向けて走り続ける。
「ウ、オアァァアア」
野営地は赤い炎と黒い炎そして、紫の粒子に包まれすっかり様変わりしていた。
周囲に複数張られていたテントは焼け落ちるか現在進行形で炎上し、もはやまともなテントを数えた方が少ないくらいになり、空から落ちて来る爆発する飛礫のせいで野営地は小規模な爆発音で包まれ地面はボコボコと穴だらけになっていた。
更に刻々と過ぎる時間に比例するようにいたる所から「アァァァァアア」という声が聞こえてくるようにリビングデッド化したプレイヤー達はネズミ算式に増えていく。
「――――カースイータフレイム!急いで!!走るよ!」
対象に掛けられた呪いを食らい、燃料にする炎で緩慢な動きながらも殺到してくるリビングデッド達を火ダルマにしてアレックスは自らの腹ほどまでしか身長がない白ローブの小人の小さな手を引き走り出す。
小人は再び手を引かれたのでその童顔を驚きの色に染めるが、アレックスに追従する。
アレックス達は炭のようになったかつての仲間の横を通り過ぎ他のリビングデッドの動きに警戒しながら、ギィンッというミサイルガードが礫を弾く音を伴い走り続ける。
目的地は野営地の外の北側の森、つまりアレックス達がこのダンジョンが来る時に使った道である。
小人のアナライズにより死んでも動き回るプレイヤー達の正体がリビンデッドだと判明した後、既にこの野営地の崩壊は回避不能だと判断しアレックスは独断で野営地からの撤退を決めた。
指揮官であるカネミツとは以前連絡はとれず、野営地内にはリビングデッドが増え続けている。ならばこれ以上の野営地の維持は無理であり、全滅する前に撤退して第2部隊と合流したほうが良いだろうと判断したのである。
周囲に居た生き残りのプレイヤーに全面撤退の旨を伝え生き残りの者が居れば同じ事を伝えて貰えるように頼んだ。
作戦と野営地の放棄それはもはや、指揮官補佐としては越権行為になる命令だった――――だがもし、アルバートがこの場に居ればそうしただろうと想定し決断したのだ。
そして現在、アレックスは自らが知るリビングデッドの情報を走りながら小人に説明していた。
「――――だから、絶対に死なないでくださいね。あと普通の不死者と違って回復魔法でも普通に回復するので、回復魔法を攻撃には使えません。解呪や対不死者用の攻撃魔法は通りますから攻撃するならそちらを使ってください」
「へぇーリビングデッドかぁ!そんな状態異常があるんだー。私レイドほとんど出ないからそういう特殊異常知らないんだぁ。物知りさんなんだねー」
アレックスから情報を聞く小人は状況に慣れたのか、はたまたリビングデッドの詳細を聞いて何が起こってるのか理解したからなのか、すっかりと落ち着きを取り戻しアレックスへ向けて感嘆の声をあげた。
「こんな知識なんてWikiを見れば幾らでも載っている事ですよ」
「そうなの?あたしもWikiくらいは見るけど、こんな状態異常の項目Wikiで見た事無いよ?」
「これは過去の大規模レイドの舞台だった大陸以外ではほとんど食らうことが無いマイナーな状態異常ですからね。既に終了した過去のレイドの詳細情報なんて普通見ないでしょ?」
「あー確かにチラ見くらいはするかもしれないけど、そんなに詳しくは見ないかな……あっ!もしかして君、実は攻略本マニア?」
小人は何か思いついたように突拍子もなくそんな事を言い、アレックスは『なんだそれは?』という訝しげな顔をして首を捻り、走りながら背後も見ずに小人に問いかける。
「何ですか?それ」
「ん?知らない?ほら、居るじゃない。ネットで攻略情報なんて幾らでも漁れてるのに態々攻略本を買って載ってるデータを見てニヤニヤ出来る人達」
小人の言葉を聞いて、少し思い悩んだ顔をした後にアレックスは再び今一理解できないという表情を作る。
アレックスはゲームの攻略本とやらを知らない。
もちろんそういう物が存在している事は知っているがゲーム自体、AOしかやったことがないアレックスには関わりの無い物だった。
そもそもにアレックスはゲーマーではない、若いながらも自らの人生に味気無さを感じ、人との触れ合い求めたからAOを始めたのだ。
そこにゲーマーらしいモンスターのデーターや武器のデータを見て楽しむという考えも嗜好も無かった。
「良く分らないけど……別に僕はデータを見るのが楽しい訳じゃないです。ギルドに必要だから記憶しているだけです」
「うへぇーっ流石に大手のギルドの運営メンバーだとそんな事まで覚えてなくちゃいけないんだねぇ」
「白鷹の運営全員が全員こういう事を覚えている分けじゃありません。ギルマスなら覚えている可能性はありますけど……過去データまで完璧に近い形で把握しているのは多分僕くらいだと思います」
アレックスはほんの少しだけ自信を持った口調でそう言う。
それは彼がアルバートに評価されている部分であり、AO内での数少ない自慢の一つだったからだ。
その様な無駄ともいえる知識集めの始まりは、古参プレイヤーへのコンプレックスから始まったものだった。
『知識の無い新参』と、古参のギルドメンバーに馬鹿にされるのを避ける為に得た知識であったのだがそれが誇りへと変わったのは、その豊富とも言える知識量をアルバートに評価されたからだった。
敬愛するアルバートに評されるそれは、アレックスにとって大きなヤル気となり、新たな知識獲得欲を生み出すのに十分な理由となった。
そうして、更にAOでの知識を蓄え続けたアレックスは新参ながらも戦闘面でのアドバイザーとしての地位を確立していき、現在の指揮官補佐に抜擢されるまでになったのだ。
だがそのアレックスの誇りに、小人は先程のアレックスと同様に小首を捻り良く分らないといった表情で再びアレックスに問いかける。
「でもなんか大変そうだね。あたしはゲームでまでそんな面倒な事したくないなぁ」
「面倒という事もないですよ。勉強と同じ、必要である情報を暗記するだけです」
誇りとして自らが自負していたものを面倒と言われアレックスはムッとして小人にそう言葉を返す。
そして小人はその言葉を聞いて苦手な者を見るような目と表情で自らの手を引き続けるアレックスの背中を見つめた。
「うっ……君なんか現実だと頭よさそうだね」
「そこそこに頭はいいですよ。高校の時の成績は上から3番目でした」
「そこ、普通謙遜する所じゃない?」
[事実だから、事実を述べただけです」
「むー変わり者って人に言われない?君…………あれ?そういえば名前聞いてなかったね?」
「確かに変わり者扱いされることはありますが、初対面の人にそう言われるとムカツキますね」
「あーゴメン気、悪くした?あたし結構ズバズバ言っちゃうんだよねぇ。で、名前は?」
「別に謝らなくていいですよ。少しそう思った程度です。そこまで気分を害した訳ではありません」
「そう?なら良いんだけど……で、名前」
「なんでそんなに名前に拘るんですか……最初に会った時にサッカーをしていた人達の前で名乗ったでしょ。それに僕は指揮官補佐ですから作戦書の連絡先に名前が載ってますよ。覚えてないんですか?」
「あーゴメン。なんかお偉いさんがしゃしゃり出て来たと思って聞き流してた~。後、作戦書も適当に読んだだけで個人名までは確認してないや。今見直して見るね」
小人は軽い調子でそう言いながら走る速度を下げて、杖を持ったままの手で器用にシステムコンソールを操作し始める。
その様子を察したアレックスはイラっとしながらも時間の無駄だと名乗る事にした。
「はぁ……アレックスです、僕の名前はアレックスですよ」
「ほいほいアレックスねー。了解ー……送信っと」
小人が発言すると同時にピコンッという効果音と共にアレックスの視界に半透明のシステムウィンドウが表示された。
突然表示されたウィンドウと書かれていた内容に驚き、アレックスは駆けていた足を止め、理解不能だという表情で思わず振り返った。
「――!?なんかPT申請飛んで来てるんですけど……」
呆れた声のアレックスの視界に映るそのウィンドウには『リビさんよりPT加入要請が来ています。許可しますか?』と書かれていた。
アレックスが呆れるのも無理はない。
AOでは臨時の狩りや、突発的なPTをよく知らないプレイヤーとPTを組む場合、詐欺などの防止の為にしっかりとモンスターを倒した時に生じるドロップ品や通貨や経験値の元である『魔石』等の分配率を確認し、PT管理ウィンドウで設定してそれを要請相手に見せ、要請された相手が了承すればPTを組むのが通例となっているのだ。
「うん、だって一緒に行動するんだもんPTくらい組んだ方がいいよ」
「別に組まなくてもいいでしょう。今もなんとなってるんですし……」
小人――――リビは、呆れながらもPTを組む事を渋るアレックスを見て何か面白い物で見つけたかのようにニヤニヤしだした。
「えー、PT組んだ方が便利じゃん。あっもしかしてPT童貞!?」
「ど、ど、童貞って……」
『童貞』という単語を女性に、しかも楽しそうに、言われるとは思ってもいなかったアレックスは激しく動揺する。
そして、そんなアレックスの動揺を見てリビは更にニヤニヤとした笑いを強め勝手に話を進める。
「だーいじょうぶ、恐がらなくていいよ!優しくてあげるから!」
「勝手にPT、ど、童貞にしないで下さい!僕、ギルドに所属してるんですよ?PT経験なんて有るに決まっているでしょ!」
「あーそうか、ギルドに所属してるんだからそんな事ある訳ないよねぇ…………あーあれか!初見の人とPT組むのが恐い人か!」
「うっそれは……」
アレックスは先程とは違った意味で動揺する、リビの発言はある意味図星だったからだ。
アレックスは所属しているギルドのメンバー以外とPTを組んだ事が無い。野良PT童貞だったからなのである。
AOを開始当初より勧誘されて入った初心者ギルド時代、そしてそのギルドから紹介されて入った白鷹でもギルド内のメンバーで構成されたPTしか経験した事が無い。
最初からルールが用意されたギルド内PTしか経験の無いアレックスにはどうにも決まったルールが用意されていない混沌とした即席PT――――通称:野良PTに入るのが恐かったのだ。
「ふふーん、図星かぁ。よーしぜーんぶお姉さんにドーンっと任せなさい!悪くはしないから!」
小さい体を無理に反らせてドンっと膨らみの無い胸を『任せろ!』といった感じで叩き、その童顔を自信満々の表情に染めるリビ。
対するアレックスはリビのその様子爪先から頭の天辺まで見つつある感想を抱くのだが―――リビはその視線に反応し恥かしそうに両腕で胸元を隠す。
「何よ人の体ジロジロ見て……」
「お姉さんって、その身長と顔で言われてもなぁ」
お姉さんと言う単語からほど遠いリビの姿を見たアレックスの感想は『強がる子供』だった。
そして思ったままの感想を口に出すが、それに反応し今度はリビがムッとした顔をする。
「なんだとー!現実だと結構いい体してるし身長も高いわよあたし!ボンキュッボンなんだから!」
「ボンキュッボンて……それ結構死語じゃありませんか?もしかして結構お歳ですか?その表現昔母が使っていた気がします」
「なっ!まだあたし23よ!君のお母さんよりぜんっぜん間違いなく若いんだから!!」
「あーじゃあそういう事にしておきましょうか。AOやるのに年齢なんて関係ありませんよね」
「む!その言い方!信じてないな」
「あー信じてますよ。信じてますって」
怒り続けるリビにアレックスはもう面倒になり此処で会話打ち切りさっさと目的地に向かう事にした。
だがリビの事などでもいい感じの投げやりの返答にリビの怒りはさらに増す。
「嘘!何その投げやりな言い方!」
アレックスはリビの怒りが混じった声と顔に背を向けてスタスタと歩き出す。
「ほら、さっさと行きますよ。リビングデッドは増え続けています。今のうちに脱出しないと手遅れになる」
「なっちょっと待ちなさい!待ってよーアレックス~」
「呼び捨て……野営地では一応僕の方が立場は上なので敬称くらいつけてくれませんか?リビさん」
「むー他人行儀だなぁ。同じPTなんだから呼び捨てくらい良いじゃない」
「まだ要請は受け入れてないので同じPTではありません」
「さっさと受け入れなさいよ!この素人童貞!!」
「し、素人童貞!?ソレ言葉の使い方間違ってません!?」
「合ってるわよ!素人(野良)と組んだ事がないんだから素人で良いのよ!!」
そんな、ケンカの様な雑談を交えつつも遭遇するリビングデットの群れを処理しながら二人は目的地にむけて走り続ける。
***
「キィアアアアアァアアア」
「―――――眠れ!冷たき棺の中で!フリーズコフィン!!リビさんどうぞ!」
アレックスは魔法を放ち奇声を上げながら目の前にまで迫っていた高速移動をする牛獣人リビングデッドと周囲の空間を凍らせて、氷塊の中に閉じ込める。
そして間髪入れずリビが対不死者用の魔法で追撃をかける。
「灰は灰に!塵は塵に!死者は唯の死者に還れ!!ターンアンデッド!!」
眩い光が氷塊を包み込みまるでそこに元々何もなかったかの様に氷塊だけを残してリビングデッドを浄化して消し去った。
あれからアレックス達は逃げる道すがら、逃げ遅れた負傷者を回復魔法で助けながら(アレックスは見捨てろと言ったがリビがそれを許さなかった)4度ほどリビングデッドの群れに遭遇した。
リビングデッドの群れはまるでPTを組むプレイヤーの様に5~7体で構成されており、今その群れの最後の一体を苦戦しながらもなんとか葬り去った。
浄化され消え去ったリビングデッドを包んでいた氷塊を見ながらリビが汗を拭う様な仕草をして溜め息混じりに呟く。
「「ふぅ……なんとか処理できたね。でも、こいつらなんで『魔石』落とさないんだろう……」
『魔石』――――それはAOのプレイヤーがモンスターを殺すと必ずモンスターが落とす物で、狩場から収穫した魔石を女神の神殿の窓口に収める事で経験値や通貨に変換できるアイテムである。
ほとんどのプレイヤーがこれを求めて狩を行っているといっても過言ではないアイテムだ。
「元々プレイヤーですからPvPに近い処理をシステム側でしているのかもしれませんね。『不死者の大陸』でもリビングデッドからは魔石が出なかったそうですから、これが仕様なんでしょう」
「うー、これだけ強いのを倒しても得る物が無いなんて…………というか、なんかこいつら最初より強くなかった?」
「多分不死者化した人が元々強かったんじゃないかなぁ――――あぁ、そうか。ここは倉庫用のテントの近くなんだ……」
「倉庫のテント?」
「今回の狩りで、収穫した物を集めておく場所ですよ。作戦書の地図に書いてあったでしょう。それも見てないんですか」
「あたし、ああいうの見るの苦手でね読み流しちゃうんだよね……ごめんね?」
テヘッと舌を出して、フードの下から顔を伺う様にしてアレックスに謝りながらも笑いかけるリビ。
それを見たアレックスはこの日だけで、一生分したのではないかと思える心の中の溜め息を再び付く。
だが、そこに先程までのイラつきの様な感情は無い。あるのは諦めだけだった。
(うん、悪い人じゃないんだ。それはここまで一緒に行動して良くわかった。この人は色々と大雑把で面倒なのが嫌いなだけなんだ……怒るな僕……)
アレックスは短い期間ながらリビという人物がどの様な性格の人物であるか理解しかけていた。
まず、リビはこの状況で、逃げる道すがら負傷者を見つけては足をとめて癒してやるほど優しい性格である。
また、2体しか居ないリビングデッド相手に広範囲(5~10体用)の対不死者魔法をぶっ放す(これは魔力消費がデカ過ぎるので流石にアレックスが止めた)性格でもある。
そして大雑把な性格が災いしているのか細かい事を考えるのが苦手(それ故に2体の敵に広範囲魔法を使う)であるという事もアレックスは気づいていた。
そんなリビに対してアレックスは、『そういう性格ならば自分が合わせてやれば良い』と、そう思った。
それが『彼等の行動を理解して、旨い方向に導いてあげれるかもしれないね』というアルバートの言葉をアレックスなりに理解した考えだった。
「ここの近くにあるんですよカネミツさんが――――指揮官が一番守りを固めていた場所」
「あぁ、それでこんな敵が強くなったんだ……」
今アレックス達は野営地中心地からやっと抜けた出せるか抜け出せないかという位置にいる。
ダンジョン入り口近く、南西に設置されていたログアウト用テント周辺には初心者を卒業したばかりという感じの装備を使うリビングデッドばかりだったが、中心地で遭遇するリビングデッドは明らかに外周で遭遇したリビングデッドとは違っていた。
装備は初心者達が付けていた運営から支給される量産品ではなく鍛冶職が作る強力な装備、もしくはモンスターが落とす強力なドロップ品。
緩慢であったその動きは一段速いものへと変わり、中には生前のスキルを行使する者までちらほらと見受けられていた。
そして先程の高速移動もシーフ系の職業が扱える高速移動を可能とするスキルの一つである。
「あれ?もしかして黒い石、止んだ?」
リビが空を不思議そうに見上げる。
それに釣られて疲れた顔のアレックスも空を見上げる。
「本当だ……でも煙は消えてないんだな。それにこの声、まだまだ気を抜けそうにないですね」
見上げた空はどんよりとした黒雲の様な黒煙で覆われているが、先程まで振り続けていた黒い礫の雨とそれに伴う爆発音が止み、周囲からは炎がテントを焼く音とリビングデッド達の声のみが響くようになっていた――――
「ねぇ……何か?聞こえない?誰か喋ってない?これ?」
――だが、その中から僅かであるが言葉のような物をリビがその耳に捉える。
「ん?…………本当だ…………あれ?この声は」
リビの言葉に応じてアレックスも耳を傾けると、不使者達の叫びの中から小さくはあるが高い高音の声を聞き分ける事が出来た。
「もしかして知り合い?」
「んー知り合いと言えば知り合いなんだけど…………どうするか……」
「知り合いなら合流してもいいんじゃない?こんな状況だし力を合わせた方が良いよ」
「なんですけどね……」
アレックスの中で迷いが生じる。
先程アレックスの耳に流れ込んで来たその特徴的な高い声は間違いなくギルド『信号機』のギルドマスターであるシグナルのものであった。
シグナル達の強さはその高い雇用費に見合うだけの高水準のものである合流すれば力強い味方となるだろう。
しかも度重なるリビングデッドとの遭遇でアレックスの魔力は残り3割を切っていた。
これはカネミツが傭兵を集めて守りを固めていた野営地中心部を抜けたとはいえ、野営地外に向かうまで魔力が足りるかは不安が残る残量である。
ならばシグナルと合流して、戦力を確保するというのは合理的な手段であるのだが―――――アレックスはシグナル達と会いたくはなかった。
正確にはシグナルと会いたくは無いのではなく、勝手に野営地の全プレイヤーに撤退命令を出した件のせいでカネミツに会いたくないだけなのだが、アレックスの心にどんよりとした雲のような憂鬱が広がっていく。
「もしかして、厄介な人なの?」
憂鬱そうなアレックスの表情を見て、リビが不安そうに問いかける。
「いや、見た目とRPはアレだけど性格としては真面目な人――――だって聞いてます」
「なら、合流した方がいいんじゃない?」
「うん……そうなんですけど……」
「あ、もしかしてアレックスが嫌いな人とか?それなら無理しなくてもいいよ?」
「いや……そんなことは…」
「じゃあ、なんで?」
「それは……」
「あんまり言いたくない事?なら、無理には聞かないけど……」
「いえ、そういう訳でも……」
急に言葉に元気が無くなり歯切れが悪くなったアレックスを見て更に不安そうな顔をするリビ。
そしてまるでアレックスに引っ張られる様に元気の無くして行くリビを見たアレックスは自問自答する。
(別に絶対に会いたくないって訳じゃないんだけど……顔は会わせづらいよなぁ……絶対責任取らされるよ……下手すれば、引きこもってろくに指揮を取ってなかった件も、なんだかんだ理由をつけて僕のせいにされるかも……そうなったら役職を剥奪される……下手すればギルド追放も…………それだけは絶対だめだ……………でも、これは僕だけの問題であってリビさんには関係のない事だ……それにこんな時アルバートさんなら私情なんか捨てて―――)
アレックスは心の中の整理を終らせ決意する。
それはアレックスがAOを始めてから、ギルド関係を除けば、始めて強い意思で行動を決断した瞬間であった。
そして、魔法を放つ時のような強い意思を込めてただ一言こう言った。
「合流しましょう!」
「うん、分った!」
強く合流の意を示したアレックスにリビが安心したかのような顔をして元気に頷く。
「では、早速向かいましょう」
アレックスが再び走り出しリビも再びそれに追従する。
走り出したアレックスの顔には後悔の念はない。
ギルドの為ならば自らの私情を犠牲にする事を厭わないアルバートを真似た故の行動であったからだ。
それは、アルバートの行動に間違いは無いと信じるアレックスならではの選択肢であり、アルバートの行動を真似ているだけ――――の行動であるのたが、アレックスの考えに明らかな変化が起こっている証でもあった。
――――再び走り続けて倉庫用テントが見えてくる位置に到着したアレックス達は、予想もしていなかった光景に直面する。
(どうなっているんだ……これ……まさかテントの中であの爆発が発生したのか?そうか、だからあんな状態に――)
アレックス達は現在、倉庫用テントから100メートル程離れた場所に有る辛うじて原型を残していたテントの影からる倉庫用テント前の様子を伺っていた。
様子を伺うアレックスの表情は驚愕に彩られ、驚愕の為に大きく広げれたら眼にリビングデッドに全滅させかけられているシグナル達が奮戦している光景が映っている。
「ウ、オォォオアアア」
「ひ、ひぃ。早くなんとかしてぇえいなぁああ。こんな時の為にあんた達を雇ったんやでぇえええ」
絶対不可侵の聖域が張られ、防御力が高く各種属性耐性がある素材で作られていた倉庫用テントは中から爆発したのか、残骸が周囲のあちらこちらに散乱し耐火素材である魔獣の皮だけが残っている様な状態だった。
そしてそのテント跡の前では体の半分を焦がしたシグナルとその左右を護るように立つモヒカン2名、そしてシグナルの足にしがみつき錯乱気味になりながらもエセ関西弁のRPをなんとか続けて叫ぶカネミツが必死の抵抗をしていた。
対するリビングデッドの数は20体ほど、その中にはモヒカン頭――――つまり、『信号機』に所属していたプレイヤーのリビングデッド達も混ざっていた。
「今やっている!少し黙っていろ!!ヒャッハアアアア、汚染された奴は焼却だああああああ」
シグナルは朱色の棒の様な物を頭上でグルングルンと振り回し――――棒の先端に施された龍の彫刻から大量の炎が吐き出された。
大量の炎は円を描き、シグナル達の周囲に広がり火炎の舌を伸ばし、周囲を炎の海に変えていく。
シグナルが振り回す棒の名前は『ドラゴンヘッド』
統括AI:デミルウルゴスより、シグナル専用の装備としてレベル50になった時に送られたシグナルの固有アイテムである。
『ドラゴンヘッド』その名が与えられ理由はその形状にある。
見た目は朱色に塗られた金属製の物干し竿であるが、棒の両端には和風な龍の彫刻が施されており、それがこの武器の名前の元となっている(固有武器の形状や機能は統括AIが決めるが、名前は所有者が付ける仕様になっている)
余談であるが、龍の彫刻から炎を吐き出させる為のキーワードは『ヒャッハアアア』である。
その吐き出される炎は非常に高温であり、ミスリルまでの金属鎧を一瞬で蒸発させ、アダマンタイトの鎧すら長時間晒されれば融解する。
その炎が周囲にばら撒かれているのでアレックスはシグナル達に近づけないでいた。
大量に居たリビングデッド達は次々と燃えた藁のように炎に巻かれてパタリと倒れて逝く。
だが、その炎の中で蠢く者が、まったくダメージを受けていない者達が居る。
「ウ、オォオア、バ、バジリカ・オブ・アアァウウアア!火、火ヲシリゾケ、アァァレジストファァイア?」
リビングデッドの一体が発音と言葉が怪しくなっている魔法を二つ唱えると、白い光に包まれた空間が出来上がる。
光にシグナルの放った炎は防がれ、後半に唱えた耐火魔法が空間に残った炎を消火した。
「チッ!また聖域か……まったく敵に回すとお前の厄介さが良く分るな……ベネ!」
シグナルは腕を組み憎悪が篭った瞳で正面に居るリビングデッド達を睨みつける。
シグナルの視線の先には一体のリビングデッドが、モヒカン頭のボロ布と化した白い法衣を纏ったリビングデッドが居た。
「お頭ぁ逃げましょう。流石にこの状態じゃベネさんを相手にするにゃきつすぎる」
「ちょっときつすぎるな。俺も撤退に一票だ。お頭」
「お前ら、ヒャッハァァが抜けているぞ。如何なる時も、RPは忘れずにが信号機の鉄の掟だ」
シグナルの両端を固めるように立っていた満身創痍のエルフ種のモヒカンと人間のモヒカンが泣きそうな表情でシグナルに呼びかける。
それに対してシグナルは非常に落ち着いた、まるで死を悟ったかの様な表情をして仲間達のルール破りを窘める。
「ちょっとぉおおシグナルはん、何落ち着き払ってるん!早くなんとかしてぇぇ」
「あぁ、雇われている以上出来るだけの善処はするが、この状況ではもはや――――」
「セイイキ、カ、カカ、カイジョ、アア、ウウイ、カカカカ――――チ、チェインライトニ、ングウゥゥ」
カネミツがシグナルの態度に悲鳴の様な抗議の声をあげると同時に、聖域の魔法を解除し、意味不明な詠唱らしき言葉と魔法の発動の言葉を不正確に唱えたベネのリビングデッドの手に突然青雷が宿た。
「――――まずい!カネミツさん離れろ!」
雷撃を見たシグナルが叫び、カネミツを蹴り飛ばす様ににして自らの足から退避させるが、その叫びが終わらぬ内にベネの手に宿った青雷がまるで意思でも持ったかのように青い稲妻となりシグナルに襲い掛かる!
「うごはぁああ」
「ひ、ひぃいいい。ああああ」
カネミツは間一髪でしがみついていたシグナルの足から離れるが、放たれると同時に着弾するのではないかと錯覚するほどの速度で稲妻はシグナルを穿ち――――貫通し、周囲に居たモヒカンや逃げようとしていたカネミツにも向かって行く。
「あびばぁ!」
「ごぼぁ」
「あああ、あっあっ。痺れるうう」
「げぼばぁ」
奇妙な悲鳴をあげるモヒカンの声に呼応する様に雷撃は勢いを増し、モヒカン達を貫通し、シグナルの元に戻りまた貫通し別のモヒカンやカネミツの体の中の跳ね回る。
そして、その様子を焼け爛れたテントの影から伺うリビは驚愕の声を挙げる。
「嘘……!!あれって髪型は変わってるけどもしかして『雷法』ベネディクトじゃない!?」
「リビさん、もしかしてお知り合いだったりします?」
「別に知り合いって訳じゃないけど、あの人結構有名人だから流石にあたしでも知ってるよ……同じプリースト系だから憧れてた頃もあったんだよねぇ」
「なるほど、では話は早いですね。逃げますか?加勢に行きますか?僕としては前者がオススメです」
「えっ逃げるの?あの人達と一緒に戦わないの?」
リビの問い掛けにアレックスはスラスラと、メモを読み上げる様に撤退を勧めた根拠を述べる。
「『雷法』ベネディクト――――レベルは60台後半、所属ギルド『信号機』 職業はハイプリースト、その回復や補助スキル扱う技術は聖職者系の職業の中で群を抜いており恐らく聖職者の中で5本の指に入る強者である。固有スキルはほとんどの雷撃魔法を使用可能にするパッシブスキルの『雷法』。固有装備は防御壁や不可侵領域を作り出すバジリカ系聖域と退魔系の神聖領域を作り出すサンク系聖域の魔法をブーストさせる『法王の衣』 はっきり言って戦うにはリスクが大きすぎる相手です」
「凄い……あたしよりも詳しいね……」
「有名な上級者の情報は全て頭に入れていますから……もちろんもちろん今ベネディクトさんと戦っているシグナルさんの情報も入っています。シグナルさんが万全な状態ならベネディクトさんを抑えて貰って、その間に加勢した僕等が周りのリビングデッドを処理するという手段が使えますが、この状況では使えません」
「んーと、つまりあの棒を振り回しているモヒカンさんを完全に回復すれば勝機はあるの?それなら、あたしのライフストリームで――」
「ライフストリームは届きません……この炎です近づけないでしょ?もしかして、リビさん耐火魔法とか使えます?」
「うっ、そこまでは使えないなぁ。魔法耐性系の……マジックバリアとかじゃ抜けれない?」
「恐らくそれでは、向こう側にたどり着く前に消し炭になっているかと……それに抜けてもあのチェインライトニングがあります」
「あの雷結構痛いの?」
リビは感電し続けるシグナル達を真剣な眼差しで見つめながら、アレックスにチェインライトニングの威力を問う。
「いえダメージはそこそこと行った所です。でも、僕らのレベルではそう長時間耐えれないでしょう」
チェインライトニングは直撃しても数発ならばレベル30台のアレックスでも耐えれる程度の威力であるが、真に恐ろしいのは今シグナル達を苦しめ続けている継続性にあるのだ。
ベネディクトが発動させたチェインライトニングの紫電は、現在もシグナルそしてモヒカンやカネミツ達を稲妻の鎖で繋いでいる様に見えるほど、何度も対象を変えて彼等の間を飛びまわっているのだ。
長時間の継続そこそこ痛い雷撃ダメージを与える。それがチェインライトニングの特性であった。
「なら、もうどうにもならない?勝つ見込みはないの?」
「見込みが無い訳ではありませんが、成功率は低いですし、そんなリスクを負ってまで助けたくないというのが本音ですね」
「そっか……つまりアレックスはあの人達を見捨てるの?」
「それはもちろん――――」
『もちろん見捨てる』アレックスはそう言いたかったが、その言葉を直前で飲み込んだ。
リビの真剣な表情を見たからだ。
もし、ここでアレックスが見捨てると言えば、自らに関係の無い負傷者すら見捨てられないリビは「そう……じゃあここでお別れだね!アレックスは頑張って逃げてね!」と言ってシグナル達の下に駆け出すのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそアレックスは本意ではない言葉を吐く。
「――――助けます」
正直アレックスはカネミツを達を見捨てる気満々だった。
個人的にカネミツを嫌っているという理由もあったが、自らとリビが脱出する確率を下げるならここで見捨ててしまって良いと思ったのが真意である。
だが、アレックスがカネミツ達を見捨てればリビは間違いなく一人でも助けに行くだろう。
そして、それを考えた時『それはなんか嫌だ!!』という自らの中で旨く理解できていない感情が生じ、心を埋め尽くしたのだ。
それはアレックスにとっては今一理解しがたい感情であるが故に見過ごすことは出来ない感情であり、だからこそアレックスは真意とは逆の選択肢をしたのである。
そんなアレックスの気も知らずにリビは満面の笑みをその童顔に作り出し、アレックスに最高の笑顔を向ける。
「うん、やっぱり君は良い奴だね!」
「いい奴?始めて言われましたねそんな事」
「あたしを助けてくれたし、今も困ってる仲間を助けようとしている。これが良い奴じゃなくて、なんなのよ」
「はぁ…………ほんと、何なんでしょうね」
アレックスは大きく息を吐き、自らの心に問いかける様に言葉を吐いた。
***
あれからアレックス達は5分ほどの時間を要して近場のテントの裏で作戦の打ち合わせを行い、現在ベネディクトに最初で最後の一撃を入れるための準備中だ。
そうしてる間にもシグナル達の被害は大きくなり、これ以上は耐え切れぬと自爆覚悟の突撃をモヒカン二人が行っていた。
一人は指した者を爆破する特殊なナイフでベネディクトを刺そうと特攻したが、その横に居た重武装のモヒカンドワーフのリビングデッドに文銅付き鎖に絡め取られドワーフと相打ちになり、もう一人は元仲間達に首筋等の体の急所に噛み付かれ、片腕を剣で切り飛ばされ、槍で胴体に風穴を開けられて今力尽きようとしていた。
しかしながらそのモヒカンも強者として名高い傭兵ギルド『信号機』の一人である唯では死なない。
チェインライトニングの雷撃、そして元仲間達の攻撃に耐えながら自らが持っていた鎖鎌の鎖で自らに組み付いたリビングデッドを絡めとり体に固定し、鎌の部分を飛ばし、槍を持ったリビングデッドと剣を持ったリビングデッドの首を飛ばす。
「ヒャハアアァ!つ、かまぇたあああ。お、お頭すまねぇ!!やってくれ!」
「あぁ、先に逝っていろ。ヒャッハアアアアア」
「ヒャアハぁあうああわあああ」
「「ア、アァア!?アァアアア」」
シグナルが奇声をあげて『ドラゴンヘッド』を絶命寸前の仲間へ向けて炎でを自らの仲間と仲間だった物を焼き尽くす。
炎の舌が通り過ぎた後に残るのは物は何も無い、灰すらも残らなかった。
その様子を伺っていたアレックスはもう時間が無いと判断し行動を起こす。
「いいですか?チャンスは一回です。全力投球の奇襲ですから、失敗したら後はありません。そうなったら全力で逃げますからね?一人だけ残るなんて無しですよ?」
「うんうん、分ってるって!」
「では、やりましょう。向うもそろそろ限界でしょうし……大気の精霊よ盟約の陣に従い、大空にて集結せよ――――」
アレックスは手を空に向けて自らが使える最大威力になりえる魔法の詠唱を始める。
詠唱に応じて天空に大きな緑色の魔法陣が形成され、そこに空気が集まる流れが生まれ、大気を鳴動させながら空に立ち込める黒煙を巻き込みながら風が集約していく。
シグナル達に掛かり切りだからなのか、直接的な攻撃にしか反応しないのか、ベネ達リビングデッドはそれに気づかない。
「集え!集まりて、自らを圧縮し、更なる汝らの仲間を呼び集め大地に堕ちて汝らの力を地に示せ!!ダウンバースト!」
アレックスが残りの全ての魔力を、プレイヤー達がMPという名で呼ぶ物を込めて空に向けた手を力強く振り下ろす。
直後、空から降り注ぐ風の塊がベネを押しつぶし地に押し付け、周囲に居た僅かなリビングデッド達を粉々に粉砕する。
それだけでは留まらず、そこより少し離れた所に居たシグナルや、死に掛けて地に座り込んでいたカネミツを吹き飛ばし、瓦礫と一緒に野営地に立ち込めていた紫の光る粒子を吹き飛ばし、吹き荒れる暴風の音が大気を支配する。
これが、アレックスが使える最大火力魔法ダウンバーストの効果である。
ダウンバーストは屋外でしか使えないが、コントロールが簡単な部類の魔法で消費する魔力も行使する者の裁量で行なえる範囲魔法だ。
僅かな魔力しか消費しない場合は、詠唱も短くなり頭上から吹き込む突風しか起こせない。
だが魔力を大量につぎ込めば詠唱は長くなり、この様な暴風の大槌を継続的に発生させる事が出来るのである。
「ア?アッアアッアアーーー!!?」
「ぬおおおおおぁぁ!?グッ掴まれカネミツさん!」
「ひぃぃぃい!もう、いややぁ……」
シグナルは飛ばされながらもテントの支柱だった物にしがみつき、同様に飛ばされてきたカネミツに手を伸ばしなんとかキャッチする。
そんな中、ベネは全身を軋ませながらも……動き出していた。
「主アァッア御座ヲ、ココ――」
「なっ起き上がれるの!?これを食らっているのに!?」
風に押しつぶされ、大地を削りながら地に縫い付けられたベネは通常の人間が直撃すれば圧壊している風圧に耐え続け、ヨロヨロと詠唱を行ないながら起き上がり始めている。
それは、アバターの特性であるレベルが上がるほど耐久性があがり基本ステータスが向上する効果が有ったから成し得た事だった。
「――アアア、バジリカァアアア・オブ――――」
再びベネは聖域を展開し、空間を閉じる光がベネを包もうとする……だが、それをリビは許さない。
「主の威光をこの地に満たさん!サンクチェアリ!」
ベネが展開した聖域の上からリビが唱えた、生者に活力を、不死者に弱体化を与える聖域の淡い光が上書きする。
だが、ベネが放つのはバジリカ形の最上位の魔法、比べてリビが放つのはサンク系の最下位の魔法。
一部を、丁度ベネの張った聖域の4分の1しか上書きを行えなかった。
「だめ!全部上書きできない!」
「中心部に上書きを集中して、そこだけなら通せる!」
「う、うんわかった。主の威光をこの地に満たさん!サンクチェアリ!」
再び放たれたベネの聖域は丁度ベネが立つ中心部のみに展開され、ベネの展開した聖域を見事に上書きした。
そしてそれを確認したアレックスは、AOの最大の売りとされている三大システムの一つ『改良型スキル発動システム』を現在使用中のダウンバーストに行使する。
「風よその身を風の槍に変え、地に風穴を空けよ!ダウンバースト――――モードピアーシング!!」
アレックスの詠唱に応じて大空より降り注ぐ風のハンマーが細く、とても細く、立ったままのベネを丁度包み込める位の大きさに収束される。
「ウ?オアアアアアァアア」
空より堕ちる風の威力は更に増し、立ったままのベネの体を削り取り始め、風は大地に穴を穿ち、ベネの法衣を吹き飛ばし、その肉をこそぎ落としていく――――が、ただ黙ってやられるほどベネのアバターは弱くはない。
「アッアアアアッ、バジリカ―――――」
「―――――サンクチュアリ!」
「バ……ジ……リカ・――」
「――――サンクチュアリィィィ!」
ベネはすぐに聖域の穴を塞ごうと再び聖域を展開しようとし、それをリビが更に上書きする。
「いけるいけるよ!リビさん頑張って!」
「アァァアアーーーーアァァ………」
もしこの攻撃が、本来のアバターとして生きていた頃のベネならば耐えることが出来ただろう。
だが、現在のベネは不死者である。リビが張った聖域の効果が大きくベネの肉体のスペックを落としていた。また、彼の固有アイテムである法衣が破損していなければ、リビが行使する聖域でベネの聖域に太刀打ちはできなかっただろう。
そしてその結果――――削れ落ちる。ベネの肉が崩れ落ちる粘土のようにボロボロと削れて崩れ落ちて行き、骨が見え、骨すらも風の槍に粉砕されて立っていられなくなり崩れ落ちる。
既にベネはほとんど原型を残していない。
肩は抉れ、頭の上半分は潰れ、足と手の肉は全てなくなり骨も砕かれ地に伏している。
だが、ベネの口はまだ残っている。そして不死者であるベネはその状態でも問題なく言葉を発する事が出来た。
「アアッ、アァー……ヒャッ……ハ……」
「くっ!まだ魔法を使う気か!リビさん。魔法陣に残ったMPを全部叩き込みます。これで駄目だったら逃げますので準備を!」
「う、うんでも――――」
アレックスはリビの返答を待たずに、最後の命令を上空に作り出した魔法陣に命じる。
「爆ぜろ盟約の陣!」
アレックスの強い言葉と命令に従い魔法陣は爆ぜ、そこに集められていた風と周囲の風を全てに地上に叩き落す。
それはまるで風の砲弾のようになり死に体のベネを――――完全に粉砕した。
「……ァッ……オ……シラ……」
粉砕され、四方に飛び散る寸前にベネのつむいだ言葉が誰の耳に届く事もなく風と共に消え去る。
「やった……やったよね?」
魔法の効果が終ったので風が吹き荒れる音が止み、先程と打って変わって静寂が支配するこの場でアレックスが小さく呟くようにリビにベネを打倒できたか確認する。
「た、多分あそこまですれば流石に……」
「そう……だよね。うん、終った勝ったんだ……」
リビの返答を聞いたアレックスは強い達成感と疲労感を感じつつペタンと地面にしりもちをつく。
(こんなに危ない橋渡ったのは初めてだ……でも、なんだろう。妙に満足感があるというか、達成感があるというか……)
「よぉ、アレックス……だったか?加勢感謝する……それと身内の不始末の処理を押し付けてしまってすまない」
「あーシグナルさん……どうも。加勢したのはここの責任者である僕の義務ですし、ベネディクトさんの件もリビングデッド化してしまったのなら『信号機』のせいではありません。気にしないでください」
しりもちをつくアレックスにシグナルが駆け寄り、感謝と謝罪の意示して頭を下げるが、それに対してアレックスはシグナルに非がない事を伝える。
「そう言ってもらえると助かる……だが、この仮はいずれ返そう」
シグナルはそう言って身を翻しへたり込むカネミツの元に戻ろうとして――――立ち止まる。
「へ?なんや?なんか、頭に――――」
少し離れた場所からカネミツの間の抜けた声と何かが肉を貫く音がした。その後に風切り音が響く。
「ん?なんだ?」
その謎の音とシグナルが急に立ちどまった事を不審に思い、アレックスもシグナルのその視線の先を伺う。
「――!??死亡判定?なんでや?ワイ何された!?……なんで頭に矢がささっとるんっやあああ」
へたり込むカネミツの眉間にはボウガンの矢が刺さっていた。
さらにその背後、150メートルほど離れた場所に緑の迷彩色のジャケット着た黒い体毛を持つ一匹のコボルトらしき者が居た。
その右手にはアレックスが良く知るボウガンが握られていて、その照準をカネミツに向けていた。
更にいつの間にかカネミツの体に矢が2本刺さり、肉を絶つ音と風切り音が響き、カネミツの体がぐらりと横に倒れ消失した。
「音追いの矢!?なんでラルフのボウガンをあいつが、待てそんな事より――――」
「アレックス!そこのプリをつれて逃げろ!あいつは俺が少しだけ抑えてやる!!」
「言われなくても!シグナルさんこれで貸し借りはなしという事で!」
「おうよ!」
「えっちょっと何?」
カネミツを貫いた矢の正体を看破したアレックスすぐさまに立ち上がりリビの手を引き掛けだそうとし、シグナルはアレックス達の前に立ち塞がり逃げろと促し、リビは訳が分らない様子だ。
「行くよ!リビさん。あの矢を使われたら僕らじゃ勝てない!それにあのモンスターも――――」
「え?何?何なの?え?え?シグナルさんは?」
訳も分らずアレックスに引っ張られ走り出すリビ、その理由を語る間も惜しいと駆け出すアレックス、その背後では「ヒャハアアア」という雄叫びをあげて突撃するシグナルとそれを迎撃するコボルトの唸り声が響き――――1分後獣の声しか聞こえなくなった
次回更新はTOPページにも書く予定ですが、作者多忙により本年中の更新と来年1月の更新頻度が格段に落ちると思います。
更新頻度は落ちますが続けて書いて行くつもりですので、また読んで頂ければ幸いです。




