第30話 野営地炎上前編b:彼がそうなった理由
カネミツに報告を終えたアレックスは所用を幾つか終えた後に再びAOからログアウトをした。
その目的はギルドホームに待機させているサブアバターを操作する為だ。
ログアウト処理とサブアバターへのログイン操作終えると、アレックスの耳に声が届いた。
「ようこそアバターオンラインへ」
アレックスは厳かなBGMと機械合成された女性の様な声のログインメッセージが仮想の耳に届いたのを確認した後、自らの意識がアバターに戻ったのをシステムウィンドウのメッセージを見て確認する。
その後、自身起こったに変化をを気だるそうに見る。
その視線は僅かにいつものアレックスの視線よりも高く、肉体も筋肉質であり、その身は鉄製の鎧に身を包んでいた。
また、その顔はアレックスに似ているが、何処か精悍な顔付きのであり黒髪は栗毛に変じていた。
この体の名は『アレクサンド』アレックスが予備で作っていたサブアバターである。
アレックスは急に変わった視界の高さに一種の気持ち悪さを感じつつも、アバターチェンジの度に起こる事であったので気にも留めず自らの前に在る建物に目を移す。
サブアバター『アレクサンド』が居るのは白い石材で作られた砦の前だった。
その砦の入り口の大きさは象が通れるほどの高さと横幅がり、取り付けられている鋼鉄の扉には白い大きな鷹が白銀細工で描かれている。
作りは中世の砦を模して作られており、建物自体の大きさはは現実世界での3階建てくらいの学校に相当するだろう。
その中からは、中世ファンタジー世界に居そうな騎士や魔法使いの様な格好の者達が何人も忙しそうに出たり入ったりしている。
この場所こそが現在AOに存在するギルドの中で最も所属人数が多い『白鷹の騎士団』のギルドホーム入り口である。
冒険者区画にある、この場所がいつもとなんら変わらない事を確認したアレックスは直ぐにギルドホームへと入った。
そして、転送用のワープポータルが有る部屋に急ぎ早に向かう。
途中知り合いに何度か、このアバターを使ってるのは珍しいなと声を掛けられるが歩きながら振り返りもしないで適当に返答する。
その様な対応を行った理由は急いでたという事もあったが、アレックス自身が極力ギルドホールに戻ってきているのを見られたくなかったからなのである。
そうして、転送部屋についたアレックスの目には大きな20畳ほどの広間と光の柱を放つ10数個の魔法陣が映った。
これがAO内で最もポピュラーな移動手段であるワープポータルである。
アレックスは無言で足早に部屋の奥へ進む。
いつものアレックスならばこの部屋自体に誇りの様な物を感じていた。
設置に費用と時間が大量に掛かる固定式のワープポータルをこれほどに所有しているギルドは『白鷹の騎士団』以外に存在していないからだ。
だが、今のアレックスはそんな事を思う気持ちの余裕が無かった。心に余裕が無くどうしよもなく焦っていたのだ。
無言で進むアレックスは部屋の奥に向かい、目的地の魔法陣を見つけると躊躇無く飛び乗る。その瞬間アレックスが持つあらゆる感覚がカットされた。
アレックスの視界が闇に染まり全身の感覚が消えた後、5秒ほどの間を置いて嗅覚が濃密な新緑の香りを捉えた。
それに続き、仮想の眼に青々とした森とその広間に乱立された大型のテント、そして多くのプレイヤー達が映し出された。
そうしてギルドホームの転送部屋から森の中の野営地に移動したアレックスだったが、その歩みは止まらない。
野営地の奥に走るような速度でスタスタと移動するアレックスを再び何人かの知り合いが声を掛けるが「急いでるからまた後で」と返して目的地に向かう。
がむしゃらに急ぎ移動したアレックスは1分ほどで目的地に到着した。
そして、中も確認せずに目の前に存在するテントの中へ駆け込み――――アレックスよりも精悍な顔付きである『アレクサンド』のアバターから、似合わない情けなくも感じる叫びを吐き出した。
「助けてくださいアルバートさん!!僕じゃあもう手に負えません!」
***
現在ダンジョン前の野営地に居るプレイヤー全員には待機命令が出ている。
もちろんその命令を出したのは指揮官であるカネミツだ。
カネミツはアレックスが一度ログアウトして得てきた先発隊の全滅の情報を聞くと急に怯えるように狼狽し、ある程度の落ち着きを取り戻すまでブツブツと独り事を小声で言い始めた。
その独り事の内容は聞き取れなかったが、そのカネミツの様子にアレックスはただならない物を感じた。
そして落ち着きを取り戻したカネミツはアレックスに命令を伝え他のメンバーにもその命令を周知するように伝えたのだが、アレックスはその命令を受け入れる訳にはいかなった。
命令は第二部隊がダンジョン前野営地に到着するまで隊全体で野営地に待機し、野営地を防衛するという内容だった。
そしてその命令内容を聞いたアレックスは再びカネミツにこの地に着いてから何度目かの憤りを感じる。
それは彼が敬愛する『白鷹の騎士団』のギルドマスターであるアルバートから与えられた『第二部隊到着までの間に第一部隊でダンジョンの1階を制圧する』という命令を完全に放棄するものだったのだ。
しかも、アレックスはギルドに対する義務感や責任感などが人一倍強い方だった。
だからこそ彼がこの指揮官補佐という立場に付けているという自負もあった。
もちろん第一部隊の役目を放棄するという事に対してアレックスはカネミツに抗議した。
もし、ここで第一部隊の責務を果たさなければ自分とカネミツの責任問題になると――――しかし、カネミツから帰ってきた返答はアレックスのまったく予想していなかったものであった。
「異常だよなぁ……カネミツさんがあんな事言うなんて」
アレックスが伝家の宝刀として出した責任問題に対して『責任はワイが全部取る。だから、誰が何と言おうと待機や!指揮官命令や!!』と怒りと焦りが篭ったが返答を返されたのである。
これにはアレックスも驚き困惑した。
いつものカネミツならば自身に対しての責任問題が発生するような事象に対してはノラリクラリと巧みに回避するか、スケープゴートを必ず用意しそちらへの責任の転嫁を巧みに行ない自らに責任が及ばないようにしていた。
正直アレックスは先発隊が全滅するという異常事態に焦りつつも、それ以上に今回の事を全てアレックスに責任を押し付けられるのでは無いかと思い焦っていた。
しかしながら、報告を受けたカネミツにその素振りはまったく無く、まるで何かに怯える様にブツブツと何か独り言を言った後に待機を命じて全て自分で責任を取ると言い出したのである。
それは普段のカネミツならば絶対に選択しないような選択であった。
そしてそれが異常であり、爆発する寸前の爆弾の様に感じたからこそアレックスはカネミツの命に対してそれ以上抗議する事を断念したのだった。
その後、カネミツは『信号機』の面々を引き連れて、狩りの収穫物を収める倉庫テントに引きこもった。
わざわざ、絶対不可侵領域を四方に展開する魔法を信号機の聖職者に使わせてまで――――
何もかもが外界から遮断されるその魔法の効果はギルドチャットすらも遮断する。
つまり、アレックスはカネミツに連絡が完璧に取れなくなってしまったのだ。
これにはアレックスも途方に暮れた。
もうカネミツにヤル気が無いのなら自らが指揮官代理として采配を振ろうか?とも考えたが、アルバートの『カネミツの好きにやらせろ』という命令を覆す訳にはいかなかった。
また、残りの人員の指揮系統にも問題が有った。
この野営地に残っているプレイヤーで、戦闘に使えそうな高レベルプレイヤーは皆カネミツが雇った傭兵か、カネミツの派閥の者達である。
そんな者達にカネミツがヤル気がなくなったので勝手にアレックスが指揮官を引き継いだと言っても聞かないだろう。
結局はカネミツの命令を狩りの参加者達に伝えるしかアレックスには選択肢は無かったのである。
それがどの様な結果をもたらす分りながらも。
ギルドチャットを駆使して命令を野営地全体に伝えた時最初に上がったのは不満と抗議の声であった。
この日は連休の中日であり、他所では大規模なレイドが行なわれているのだ。不満が出ない訳が無かった。
次に上がった声は暇は訴える声である。
野営地に待機している面々は既に1時間近く此処で待機しているのだから無理も無い話だった。
この段階でログアウト休憩と称して、動きがあるまで現実に戻る者が多数出た。またこの時、思い思いに暇つぶしをしだすプレイヤー達も現れ始めた。
これには勝手な行動をするプレイヤー達にアレックスは怒りを覚え、統率を乱す行動に呆れもした。だが、現在のアレックスの立場ではどうにもできないと無視を決め込んだ。
アレックスはこの状況に限界が近いと感じた。
これ以上のプレイヤー達を暇な状況で放置すれば、いずれ勝手に帰ってしまう者も出てしまうであろうと感じたのだ。
それだけは避けたかった。
今回の事においてカネミツが全責任を負うとは言っていたが、土壇場になって裏切られギルド会議での責任追及のスケープゴートにされてはたまらないからだ。
もはや自らの手に負えないと感じたアレックスはすぐさまに行動を起こした。
この状況解決するにはギルドマスターであるアルバートの力が必要だと感じて――――
***
情けない声で、テントに入って来たアルバートは穏やかな表情でアレックスを迎え入れた。
その後、アレックスのダンジョン前野営地報告を聞いてもその穏やかな表情は消えない。
むしろ微笑すらうかべていた。
その態度に自らの報告がしっかりと伝わっていないのかと感じたアレックスは再びアルバートにグチるように言葉を投げかける。
「もうヤバイんですよ。崩壊寸前です。暇つぶしにpvpを始める人達は出てくるし、何処からボールを持ち込んだのか分らないけどサッカーまでやってる連中も居るんですよ!」
「あぁ、この体で現実のスポーツをやると結構楽しいんだよ。現実じゃ出来ないアクロバットな動きとか出来るしね。結構面白いよ?今度君もやってみると良い」
報告を聞くアルバートはその代名詞たる『白騎士』の白鎧を脱ぎ、布製の服を着てリラックスした様子で革張りの椅子に身を預けている。
その表情は柔らかな笑みを浮かべており、表情どおりの穏やかな口調でアレックスの求めていない答えを返してくる。
「そ、そうなんですか、じゃあ今度僕も――ってそうじゃなくてですね」
穏やかな笑みを浮かべ少し外れた返答をするアルバートにこれは何かの冗談だろうとアレックスは思い、軽くノリ突っ込みをしておどけて見せる。
アレックスの心情は先程よりも大分落ち着いた物になっていた。報告を聞いたアルバートの表情が穏やかな状態から変化が無かったからだ。
これならば自らに責任も及ぶ事も無いだろうと確信し、すぐに第1部隊の士気を盛り返す助言を与えてくれるのではないかと思い。
最大限の笑顔でアルバートに問いかける。
「何か助言が欲しいんです。なんとかなりませんか?」
しかしながら現状回復の助言を求めたアレックスにアルバートは求めていた答えと、真逆の返答を返してきた。
「んー、助言かー…………特に助言はないかな。皆思い思いに楽しめてるようで何よりじゃないか」
その発言にアレックスは笑顔のまま表情を凍らせ数秒固まり、更にその数秒後元の焦りきった表情で再びアルバートに問いかける。
「無いって、カネミツさんはあんな状態だし、手伝いの人達はサボリ始めてるし……このままだと作戦が……」
「まだそこまで焦るほどでもないさ。計画に遅れは出ているが大筋からはまだ外れていない……アレックス君はカネミツがああなるのを私が予想していなかったと思うかい?」
「いえ……それは……」
アルバートの言にアレックスはしどろもどろになる。
もし、アルバートがカネミツがあの様な状態になる事を知っていたとすればそれは完全な人選ミスだ。
敬愛するアルバートがその様なミスをするとアレックスは認めたくなった。
逆もまた、ギルドマスターとしての管理能力を問われる結果になる。
だから、アレックスはアルバートへ明確な返事を返せなかった。
返答を返せないアレックスを見たアルバートは軽く溜め息をついて優しい教師の様な表情で真意を伝える。
「答えは『もちろん知っていた』だよ。カネミツは一度AO内で酷い死に方をしてね。それ以来自分のアバターに死が訪れるのを極端に嫌ってるんだ」
「へ?AOで死ぬのが恐いって……死んだらログイン画面に戻されるだけじゃないですか。それをなんで……」
AOでは死亡すると死を伝えるシステムウィンドウが出て、レベル30以下ならば女神の神殿に転送され、レベル30以上ならば視界が数秒暗転した後にログイン画面に戻される。
それが恐いというのはアレックスはどうも釈然としなかった。「へ?」という間の抜けた声が出たのはそのせいだ。
「んー、私も又聞きなんだけどね。川を見たらしいよ」
「川です……か?ごめんなさいアルバートさん。仰る意味が僕には……」
「あぁ、すまない。私の言葉が足りなかったね。AOでも死ぬと川を見るって都市伝説を知ってるかい?」
「いえ眉唾な情報には興味ないので、都市伝説系の情報は知りません」
AO内では他のゲームよりも現実感が強い為、幽霊や怪奇現象を見たという都市伝説がネット上の大規模掲示板にも専用スレが立つほどに多くある。
ちなみにアレックスは情報至上主義者なのでAO系のスレは良く見るが、結構な現実主義者でもあるので幽霊等を信じないタイプである。
そしてそんな情報が溢れるスレは、AO関係でも何の役に立たないとしてみたことも無かった。
「そっか、結構な有名な話なんだけど知らないか……まぁ、この話はリアル過ぎる死に方をすると臨死体験で川を見るって話なんだけどね」
「所謂三途の川と呼ばれているアレですか?」
「そうだね。三途だかレーテだか分らないけれど、以前カネミツはキサラさんに酷い殺され方をしてねその時見たらしい。あ、キサラさんは分る?」
「はい。あの大量虐殺コンビの片割れで、以前白鷹のギルドホームで大暴れしたギルドのマスターですよね」
「正解。まぁ、外部から傭兵を呼び込んでキサラさん達を止めようとしたのが癪に障ったらしくてね。それはもう酷い殺され方をしてたよ。つま先から、時間を掛けてユックリと体を崩されていくんだ。これが中々死ねないらしくて――――」
ノリノリで楽しそうにカネミツの死因を語るアルバート。
その姿に危機感を覚えたアレックスは、アルバートの楽しそうな声を遮って急かす様に結論を求める。
「な、なるほど。そ、それが、カネミツさんは死ぬのを恐がっている理由な訳ですね」
「あぁうん。しかもそんな死に方をした後に妙にリアルな臨死体験をしたんだ。恐がっても仕方ないだろ?」
「た、たしかに……」
実際にカネミツが死んだ現場を見たわけではないがアルバートの説明を聞く限り、それは惨い死に方だったと想像できた。
それならば脳が臨死体験として川の幻覚を見せるのもおかしくはないと思った。
以前アレックスは『100人切り』と呼ばれているモンスターにユックリと頭を潰された事があり、それがトラウマに成りかけた事もあったが、しかしながらそれでも現実主義のアレックスにはゲーム内での死に怯えるという事は理解出来なかった。
だが、とても楽しそうに、それでいてまるで尊いものでも語るようにカネミツの死に方を説明するアルバートには若干の恐怖を覚えた。
見ように寄っては陶酔したような表情はどう考えても、仲間の死を語る表情ではなかったのである。
そんな敬愛する人物の豹変にアレックスは心底怯えてしまっていた。
その怯えには気づいたのかアルバートは表情を元の柔らかなものに戻す。
それを見てアレックスは少しだけ心の余裕を取り戻し、それを確認したのか再び優しげな声でアルバートは語り出した。
「あぁすまない。どうも昔話をすると熱が入ってしまってね。この話はちょっとスプラッタ過ぎたかな?まぁ、こんな理由でカネミツがそういう風になってしまう可能性は有ったんだ。人のトラウマを無駄に吹聴するべきではないと思って君には伝えてなかったんだけれど、君には心労をかけてしまったようだね。すまなかった」
「あ、あやまらないでください……でも、そもそもになんでカネミツさんが指揮官に抜擢されたんですか?アレならまだ僕の方がマシですよ」
「理由かい?他に任せられてる者が居なかったって所が正直な所かな。知っての通り今は『黒狩り』が抜けていて戦力も戦闘面での指揮者も不足していのは知っているね?」
「はい。それは分っていますけどそれでもそんな欠点が有る人を指揮官にするというのは……」
「カネミツの欠点は大きい物だけどそれを補うほどにカネミツは第一部隊の指揮に向いているんだよ。カネミツは横の繋がりで多くの傭兵を呼び集めれる。しかも結構優秀な所をね。後は戦闘面の指揮経験は皆無だけど、野営地の作成と指揮についてカネミツほど経験して居る者も居ないんだ。欠点は大きいけどそこを除けば今回の指揮官はカネミツが最適だと私は判断したんだ」
アルバートの言にアレックスは暫し考え込む。
確かに自分はカネミツの悪い部分ばかり見ていて、それに反発し、否定的な見片しか出来なかったのではないかと……
「なるほど……確かにアルバートさんの仰る通りですね。どうやら僕はカネミツさんを色眼鏡で見すぎていた様です。ですが――――」
「なんだい?」
「カネミツさんの行いに口を出すなと言った命令はなんだったんですか?僕はてっきりカネミツさんが何かギルドへの背信行為をするまで静観していろ。という事なのかと思っていたんですが……」
「ん?あぁすまない勘違いさせてしまったようだね?今回は単にカネミツは横から口を出されるのは嫌うタイプだから、あんまり干渉して欲しくなかっただけだよ」
「……なんだそんな事だったんですか……てっきりいつもの『お仕事』なのかと思ってました」
アレックスはアルバートに『全てカネミツの好きなようにやらせろ』と言われた時、カネミツを泳がせてギルドへの不正の尻尾を掴めと勝手に解釈していた。
その様な解釈をしたのには理由がある。
最近アレックスは隠密でアルバートの手足として、白鷹内部の情報を探る仕事や外部に情報を流す者が居ないか監視する仕事を任せられていた。
今回もその様な案件だと思っていたのだ。
「本当にすまないね。どうも今回の狩りは色々と慌しくてね。細かい情報伝達を君に出来ていなかった。以後気をつけるよ」
申し訳無さそうに頭を垂れてアレックスに謝罪するアルバートを見てアレックスは慌てて止めに入る。
「そんな、謝らないでください。これもそれも皆アルバートさんに仕事を押し付けているギルドのみんなが悪いんですよ」
アレックスはアルバートを尊敬している。
ゲーム内とはいえ、100人を越える人間を束ねその頂点に立つアルバートに心底尊敬の念抱いている。
だからこそ、そんな人物が自らに頭を垂れるという事実は見ていられなかった。
そしてギルドマスターであるアルバートにこの人手不足の状況でほとんどギルドの仕事丸投げをしている古参顔をした幹部達にも怒りも覚えた。
「そう言わないであげてくれ、私はギルドマスターという地位があり、ギルドの運営というものを楽しんで行なっているが、普通はそんな面倒な事ゲーム内でまで抱えたくないものだろう?だから皆を攻めないでやってくれ」
「でも……」
「良いんだ。幸い私には君みたいな理解者が居てくれる。付いてきてくれる人間も居る。ならばそれを励みに私は白鷹を運営して行くだけさ」
「アルバートさん……」
「だからこそ君のような私の理解者には期待しているんだ。少し早いと思ったけど指揮官補佐に任命したのも君が頑張って私を支えてくれているからなんだよ」
アルバートの言葉にアレックスは目頭が熱くなるのを感じた。
アレックスは古参のメンバーたちに新参だと蔑ろにされながら、ギルドの運営を――――アルバートをこれまで支え続けてきた。
それが評価されていた。それは歳若いアレックスにはこれまでの努力が無駄ではなかった証明となった物だったからだ。
「ありがとうございます!アルバートさん!!僕頑張ります」
「うん、期待しているよ。それじゃあそろそろ私達第3部隊も出発しなければならない。君もそろそろ――――」
アルバートが革張りの椅子から立ち上がりアレックスをダンジョン前野営地に戻る様視線をテントの出口に向けて促す。
だが、アレックスはその言葉と視線を遮る様にして、アルバートに言うか言うまいか迷っていた事を伝え始める。
「アルバートさん、僕に第1部隊の指揮権をくれませんか?カネミツさんはあんな状況ですし、僕が指揮を取りたいんです」
カネミツが使い物にならないのだ。
ならば、補佐である自分が指揮を取るべきだと持ち前の強い義務感とアルバートの期待に応えるべく早口でそう言う。
アルバートはキョトンとした後また柔らかな微笑を取り戻し、それをやんわりと――――
「それは……すまない。それは駄目だよ。現状に変更は無しだ」
――――否定した。
「やっぱり僕の経験が足りないと……マスターも……アルバートさんもそう、思っているんですか?」
「少し、違うかな。確かに君のギルド運営経験は少ない。だけどそれを知識で補おうと努力している。うちの運営として君が他の運営メンバーに劣っている所は少ないよ」
「じゃあ、なんでですか!僕に一体何が足りないって言うんですか」
「君に資格が無い訳ではないよ。この状況で私が名前を出すのが不味いんだ。此処で私が横槍を入れればカネミツの子飼いの連中に反感を抱かれるよ」
「傭兵さん達へのお金を支払ってるのはギルドです。それならばギルドマスターのアルバートさんが、僕を指名したと言えば皆従ってくれるはずです」
「アレックス君、私が言った所で彼等は私には従わないさ。世の中そう単純ではない。それに――――君がそれを経験するのは早いと私は思っている」
「なっ――――どういうことですか!僕が他の幹部達より白鷹に入ったのが遅いから僕には重要な役職を与えられないという事ですか!?」
アルバートの言葉にアレックスは絶句し先程と違った意味で涙ぐみ、叫ぶようにアルバートに問いかける。
アレックスは新参でも実力とギルドへの貢献さえあれば上に上がれると思っていた。
その為に今まで努力をしてきた。
AOでの行動をほぼギルド活動に注ぎ、休日には必ずAOにログインしてギルド狩りや、ギルド運営に貢献してきた。
その努力の全て打ち砕かれた気分だった。
「んー、いや。変な勘違いをさせてしまったならすまない。そういう意味じゃないよ」
「今の言葉にそれ以外の意味があるって言うんですか!?」
「私はただ、君はまだこっち側に来なくても良いんじゃないかなと思うんだ。君はもう少し純粋にAOを楽しんだ方がいいよ。ギルド運営にばかりかまけてAO自体の楽しさを君は失っている」
「AOの楽しさですか……?僕は十分楽しいと……思ってますよ」
「色々君に仕事を投げている私が言うのもなんだけど、君はほとんど白鷹の運営ばかりのAOライフだったんじゃないかな?他にこうなんというか色々あるだろ?仲間と協力して旅をしたり、現実ではありえない風景を見て感動したりさ、強敵のモンスターに追い回されたり、モンスターから逃げ切ったあと仲間と喜び合ったり、AOはそれを現実感タップリで私達に見せてくれる。君はそれを一度経験してみるべきじゃないかな」
アレックスはアルバートにそう言われて今まで自分がAOで行なった活動を思い出す。
そこには初心者支援ギルド経由で、白鷹に入団してからのギルド狩りを始めとするギルド活動の記憶しかなかった。
ギルドホームから狩場に飛び、狩りを行いギルドホームに帰ってくる記憶が9割、情報収集かギルドの仕事で街中を駆け回ってるのが残りの1割。
記憶の中には素晴らしい風景をみたり、町から町に旅するような経験は皆無だった。
「そこを理解すれば君が問題にしている彼等の行動を理解して、旨い方向に導いてあげれるかもしれないね」
『彼等』つまり野営地でサボったり好き勝手に行動している者達の事等アレックスにはどうでも良かった。
だが、アルバートはその理解こそが指揮官に必要だと言っている。少なくともアレックスにはそう聞こえた。
「僕にはまだ良く分りませんけど……つまり指揮官になるにはそれらの経験が必要という事なんですね?……なら諦めます」
アレックスはスッキリした面持ちで、指揮権の獲得を諦めた。
しっかりと納得行く理由の『実力不足』をアルバートが名言してくれたからだ。
「それを経験して何を想うかが問題なんだけど、それは今後の課題としておこうか」
「はい。頑張ります」
「うん。期待してるよ。後は君が問題にしていた件についてはもうすぐ自然と解決するはずさ。第2隊があと30分以内に到着する。その後は第1隊と合流してダンジョン攻略を総員で行なうように言って有る。君は心配しないで野営地の防衛に注力してほしい」
「え、そうだったんですか?あーだから計画に問題ないって仰ってたんですね」
「まぁね。じゃあそろそろ私も出なきゃ行けない。君も戻るんだ」
「はい!それではダンジョンの前でお待ちしてますね!」
アレックスは来た時と同じ様な速度でテントから走り出す。
それを見送るアルバートの表情は先程までの柔らかな自信に溢れた笑みではなく――――精彩を欠いた、疲れた顔だった。
「随分立派な事を言うのね。いえ、旨く言いくるめたとでも言うべきかしら?」
何処からとも無く、無機質な機会音声の女の声が響く。
それに驚く様子も無くアルバートは革張りの椅子に座り、塞ぎこむようにして姿の見えない女に返答する。
「私が想ったままを言っただけですよ。彼には心の余裕が必要だ。それに、そうでも言わなければ救われないでしょう。彼も私も……」
「そう?私は同じ状況でも楽しめると思いますけどね」
「貴女はそうでしょうね。貴女は!!」
「あら、気に入らないなら辞めてもいいのよ?」
「それを出来なくしたのは貴女だろう!」
「ふふっ選んだのは貴方よ?」
アルバートの怒りを込めた叫びと女のからかう声がテントに広がるが、それを最後にテントの中から話し声は聞こえなくなった。
***
アレックスはアルバートと別れた後、『アレクサンド』の体からログアウトして、本来のアレックスのアバターでログインし直した。
「変わり無しか、まぁそうだよな。動くなって命令が出てる訳だし……」
アレックスは現在ダンジョン前の野営地の中心地にある通称ログアウト用テントの中に居る。
ログアウトをする場合は此のテントでログアウトするのが、遠方での狩りでの鉄則となっているのである。
何故ログアウト用のテントなんてものが存在しているのかはAOの仕様に関係している。
AOはシステム上、町以外でログアウトするとアバターをゲーム内に残したままログアウトするのだ。
そしてそういう仕様であるからこそ、AOでは町以外でログアウトするのは自殺行為として認識されている。
もし、ログアウトしている間にアバターがモンスターやプレイヤーに攻撃された場合、無抵抗の棒立ち状態で一方的攻撃される事になりデスペナルティを免れないからだ。
しかしながら今回白鷹が挑んでいる様な町から遠いダンジョンを攻略している場合どうしても長丁場になる事が多く、途中ログアウトをしなければならない事態に陥る事も多い。
そしてその対策の為に用意されているのが、今アレックスがアバターを安置していたログアウト用のテントだ。
材質は魔法物理両面に高い耐性を持つワイバーンやキメラの皮を使い、更にその上から防御と警備用の魔法も完備されている優れものである。
テントの中には現在定員超過ギリギリの30人前後のアバターが立ったまま寝たような状態で安置されている。
それ等は全てログアウトしたプレイヤーが残していったアバターであり、現在満員御礼の順番待ち状態になっていた。
立ったまま眠ったような状態の他プレイヤー達を避けながらアレックスはテントの出口に向かう。
テントの出口には10人ほどの列が出来ており、更にその先のに広がる空き地では暇をしたプレイヤー達が10人ほどでサッカーに興じている。
(あれは、全員手伝いの人達かな?暢気なものだな僕達の苦労も知らないで……いや、こんな事を考えてしまうのが僕が指揮官になれない理由なのかな?)
アレックスはそんな事を考え少し暗い気持ちなる。
しかしながらそれで落ち込めるほどに弱くないアレックスは自らを変えてみようと前に踏み出した。
(試しにあのサッカーにでも入れてもらおうかな?どうせやることも無いし……それにアルバートさんも結構面白いって言ってた。偶にはそういうのも良いだろう)
アレックスはサッカーに興じる者達に近づくべく歩みを進める。
彼等の表情を観察出来る距離まで近づいたときアレックスはある事に気づく。
(なるほど、これが僕に足り無い物か)
鎧やローブを着たままサッカーをする者達は端から見ると滑稽に見えた。
しかし、その誰もが楽しそうだった。
そして、アレックスは何処かその光景が眩しく感じられた。
アレックスはその姿と自らを重ねる。
そこでようやくアレックスはアルバートの言っていた意味の一端を理解出来た。
(結局僕は、AOを遊んでいたんじゃなくて、AOをやっているだけだったんだな……)
その時ガチャリっと金属が噛み合う音がした。
「うおあっ!」
突如、ボールをドリフトしていたレザーアーマーを見に付けた赤毛の童顔の男が足を何かに取られつんのめる。
それを見た金属鎧を見に付けたガタイの良い岩のような顔の男が、童顔の男を馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「ブハハハ、だっせぇ。バランス感覚のいいシーフがコケるなよ」
「うっせぇな、何かに足を――――うげ、こんな所にもトラバサミあんのかよ」
「大丈夫?足治そうか?」
アレックスのように遠めにサッカーを見ていた人物が何人か居たらしくその中から白いフード付きローブを来た初心者を抜け出したばかりという感じの小人の回復職がシーフに駆け寄り不安そうに声を掛ける。
「いや、ダメージはそれほど食らってないから大丈夫だ。それより助けを呼んできてくれ。これ俺達じゃ外せない筈だ」
「うん分った。指揮所の方に――――」
(今、指揮所はもぬけの空だ。カネミツさんは別のテントに引きこもっている。下手に今カネミツさんを探されると面倒な事になりそうだし、ここは僕が――――)
カネミツが引篭もっていることはほとんどの狩り参加者達は知らない。
知っているのはカネミツが雇った『信号機』のメンバーとカネミツの派閥の幹部、そしてアレックスだけだった。
その誰もが、その事公表しても此の野営地の利にならないとしてカネミツが引きこもった事を一般メンバーたちに隠していた。
「あの、その罠見せて貰えますか?」
「あんたは……確かアレックスだったか?」
「はい。指揮官補佐のアレックスです。少し罠を見せて貰いますね」
アレックスはシーフに近づき、しゃがみ込む。
地面にしりもちをつくような形で座っている赤毛のシーフの右足にはザックリと黒い金属の歯が食らい付いていた。
「んー金属こそ違うけど、道中に有ったのと同じタイプのトラバサミみたいだね」
「うへ、やっぱそうか。これって罠解除系のスキルじゃなきゃ外せないんだろう?」
「あぁそんなことはないよ。森の中の道で、一個一個丁寧に外してたのは罠のサンプルとして回収したかっただけなんだ。もうサンプルは十分集まってるから壊してもなんら問題はないよ」
流石にカネミツが強欲ゆえにミスリル製の罠を破壊しないで回収していたとは言えなかったアレックスは適当な理由をつけてこの罠は破壊しても良いと言う。
後でこの見たこともない金属の罠を破壊した事をカネミツに知られると面倒な事になるなと想いつつも、引きこもっているカネミツにそんな配慮をする気持ちをアレックスは1mでさえ持ち合わせていなかった。
「そうなのか。じゃあ、あんたの魔法でなんとか壊せないか?」
「ごめん。僕魔法は範囲系か状況限定系ばかり取得していて、こういう単体の物を壊すのには向いてないんだ」
「うへぇ、ニッチなスキル振りしてんなぁ。それじゃあソロ狩りできないだろ?」
「まぁ……基本ギルドのPT狩りばっかりだね」
「おー良いなぁ。こういう催しでもなければ俺なんかソロばっかりだぜ」
「それはそれで結構気楽で良いんじゃないっかなっと!」
アレックスは喋りながらトラバサミを掴み、力を込めてこじ開けようとするがトラバサミはビクともしない。
「やっぱり僕じゃあ駄目だね。構造事態は単純そうだからこじ開けれると想うんだけど……僕のSTRじゃ無理っぽい」
「あーじゃあ、俺も手伝おうか?」
先程迄童顔のシーフを笑っていた男がバツが悪そうに罠破壊の強力を申し出てきた。
それを見たシーフは破顔一笑して快く強力受け入れる。
「わりぃな、手伝ってくれ」
「おう任せろ。うおぉおおおりゃああああ」
ガタイの良い男の邪魔になってはいけないと、アレックスは童顔のシーフの傍から立ち上がり少し距離を取る。
必死にトラバサミをこじ開けようとする男を見るアレックスの心中は複雑だった。
***
あれから5分。
結局ガタイの良い男だけではトラバサミを空ける事は出来なかった。
それならばと周囲に居たプレイヤー達が次々と集まり、今度は左右に四人ずつ分かれてトラバサミをこじ開ける事にした。
「いいか?いくぞ!……うおぉおおおおお」
「「「うらああああ」」」
「「「どりゃあああ」」」
ガタイの良い男の掛け声と同時にトラバサミの口が徐々に開いていく。
それを遠巻きに見るアレックスは、それを羨ましそうに見ていた。
(なんか良いなこういうの……)
AOにおいてアレックスはこの様な善意の協力を行なった事が無かった――――いや、現実世界でも行なった事がなかった。
現実世界での彼は有名私立の進学校に通い、友人なども作る暇は無く勉強の毎日だった。
また学校の友人なども唯のライバル程度にしか思えなかったし親にもそう教えられていた。
だが、アレックスはある時から人との触れ合いというものに飢え感じる様になっていた。
だからこそ、最も現実に近いといわれているMMORPGを、AOを始めたのだが……AOは本当に現実に近すぎた。
自然とアレックスは現実での行動をAOでも行なってしまっていたのである。
その結果、ギルドという組織で上を目指す為だけに行動するアレックスという歪んだプレイヤーが生まれた。
(今想えばアクセルは色々と僕を助けてくれていた。でも、僕はそれを唯のお節介とか小言だと思っていた……だけどあれって打算の無い善意だったんだよな……きっと……)
「なん良いよねこういうの」
突然アレックスの隣に立つ白いローブの小人が羨ましそうに協力し合う男達を見ながらそう呟いた。
その言葉は誰に語るでもなく自然と漏れ出したのかアレックスに返答を求めている様には感じ取れなかった。
しかしながらアレックスは同じ感想を持った者としてその声には応えるべきだと思い、少し恥かしがりながらも声を返す。
「ん、そうだね」
「うん……まだまだAOも捨てたもんじゃないね」
小人がアレックスの方をチラリと見て微笑む。
それと同時にガチャリという音共にトラバサミの口が開き留め金が弾け飛んだ。
「うぉおおおおしゃあああ!外れたぞおお」
「いやーわりぃな助かったぜ」
シーフが封じられていた足を地から浮かせ――――今度はカチっと何かボタンを押したような音がした。
「ん?何の音――――」
そこから先のシーフの声をアレックスは聞き取れなかった。
突如シーフや協力していた男達の立っていた地面が轟音を上げて噴火する山の様に爆発を起こしたのだ。
地から沸き立つように黒煙が昇り、黒色が空高くまで侵食して行く。
周囲に立ち込める黒煙のせいでアレックスの視界を覆われ、巻き込まれたシーフの姿は見えないが、地に伏したガタイの良い男の上半身はなんとか確認出来た。
そして、空からは小石のような礫が幾つか噴石のように落ちて来て地面に当たると同時に紫色の光を放ち小規模な爆発を起こしている。
「何だこれ?」
幸いアレックスは今の所無傷であった。
しかしながらその表情は心此処に在らずという感じで、理解が追いつかずそんな声が出た。
それもそのはずだ。
アレックスがかつてAOに求めつつも忘れていた感覚をやっと取り戻そうとしていた矢先、それが突然爆発したのだ。
理解が追いつかず呆然としてしまうのはある意味当然とも言えたのである。
もちろん他のプレイヤーも突然の出来事で理解が追いつかないのか訳が分らない悲鳴をあげたり、呆然と立ち尽くしている。
だが、その中で迅速に動く者が居た。
「ねぇ!ちょっと君大丈夫!?……酷いこれはもう……」
白ローブの小人がガタイの良い男に駆け寄り高位の治療魔法を掛けようとする。だが、手遅れだったのかその顔には落胆の色が見受けられた。
「ア……アァ……ウ」
その時、男から嗚咽のような物が漏れそれを聞いた小人は顔パッと輝かせる。
「嘘!?これで生きてるの!?でも、生きてるならなんとかできる!待ってて直ぐに治療するから、癒しの風よ!この者の傷を全て癒せ!ライフストリーム!!」
(あぁ、装備から見て初心者突破したてか、良くても中級者かと想ってたんだけど……高位の完全治療魔法を使えるなんて意外にレベル高かったんだなこの人……)
アレックスは理解の追いつかない頭でそんな事を考える。
「良かった治っていく……」
小人は安堵し木製の杖で治療魔法を男に掛け続け、アレックスはただ立ち尽くして小人の治療魔法を見つめ――
(ん?なんだこれ?)
――――強烈な違和感を感じ、先程と同じ言葉を今度は心の中で呟く。
黒煙が僅かに晴れて見えてきた男の姿は酷いものだった。
肘から先は爆発で消し飛び、腰から下も無かった。良く見れば心臓の辺りにも風穴が空いており、目に生気の様な物は感じられない。
完璧に誰が見ても男のHPは0になる即死レベルのダメージを受けていたのだ。つまり小人が魔法を掛けた時点で既に死んでいた可能性が高いのだ。
だが、傷は治っていく。
魔法の効力で足が生え、腕から先も生え、胸の風穴は塞がっていく、高位の治療魔法はこの様な奇跡の様な力を持っている――――対象が生きてさえいれば。
アレックスが感じた違和感の正体がソレだった。
普通死んだプレイヤーに回復魔法をかけても効果など現れないのだ。
では、男は何故回復するのか?その答えは直ぐに現れた。
「アアアアアアアアァアアアアア」
「え、何?きゃああああ」
足まで治った男が叫びをあげて、小人に突然覆いかぶさり噛み付こうとする。
幸い小人は構えていた杖を盾代わりにして、噛み付かれるのを逃れたが組み伏された状態は変わらない。
そして、アレックスは――――動いた。考えるよりも先に動いてた。
「うおらぁ!」
アレックスは小人と覆いかぶさる男に後先考えず突っ込み、男の顎を思いっきり蹴り上げた。
「ガァア!?」
たいして筋力の無いアレックスのアバターであったが、クリーンヒットした蹴りで男は小人の上から弾き飛ばされる。
それを確認したアレックスは自身が持つ知識をフル動員し、この『敵』にもっとも有効な魔法を行使するべく愛用の杖を男に向ける。
「呪いを食らう焦熱と炎よ!呪いを糧に、わが敵を焦がし続けろ!カースイータフレイム!!」
「ア?アアウゥアアァ!!?」
力強いアレックスの詠唱と呪文発動が成功すると、男の口内や皮膚から突然炎が生じて男の内部からその身を焦がす。
男は地面を転がり炎を消そうとするが、炎は更に勢いまして男を焦がし続ける。
「そこの白い人!逃げるよ」
「え?あ、はい」
アレックスは燃え続ける男から身を翻して小人の手を取り走り出す。
同時に先程と同規模の爆音が野営地の各所から響き渡り、空から落ちて来る礫の量が一段と増え、紫色に輝く粉のような物が空気に含まれ始めていた。
それに比例するように野営地の各地から先程の男が発していた悲鳴とも嗚咽共取れる声が周囲から響き始め、逃げ惑うプレイヤーとそれを襲うプレイヤーだった者に完全に分かれ始めていた。
(不味いな、このまま落ちて来る量が増え続けたら避けきれなくなる。対策を……そうだこの人なら!)
アレックスは走りながら、小人に問いかける。
「ミサイルガードは使えますか?」
ミサイルガートとは、風属性の魔法で遠距離攻撃を大気の壁で自動で防御してくれる防御魔法だ。
術者の力量で防げる威力は代わり、初心者ならばコブリンのスリング程度は防げて、上級者になると鉄をも貫く魔力で強化された弓すらも防ぎきる。
「う、うん。使えるけど」
「じゃあ掛けて貰っていいですか?あ、自分に掛けるのも忘れずにお願いします」
「は、はい。風よ我等を遠き敵から護りたまえ!ミサイルガード!!」
小人が呪文の詠唱を終えると周囲の大気が蠢き、アレックスと小人の周囲の大気が二人を護るように渦巻く。
魔法の効果を発言した事を確認したアレックスは再び走り出し、小人もそれに追従する。
「じゃあ、このまま安全な所まで逃げきります」
「あの人一体どうしちゃったの……?」
「僕も良く分りませんが……あ、もしかしてアナライズとかも使えますか?」
「一応レベル1だけなら、でも1だと種族名くらいしかわからないよ?」
「それで構いません……丁度前方にウーアー言ってる人が居ますよね?あの人にアナライズを掛けてみてください」
アレックス達の前方には左半身を失ったドワーフだったらしき者がまるで生者を憎むように逃げ惑うプレイヤー達を睨みつけていた。
地を這いずり、なんとかこちらに向かって来ようとしているらしいが半身では旨く行かないのかその前身はとても遅いものだった。
「う、うん……アナライズ……え?嘘……」
小人の困惑したような表情を見てアレックスは自らの推測が当たっていた事を確信する。
「……やっぱりドワーフじゃない別の何かでしたか?」
「う、うん。リビングデットだって……」
「はぁ……やっぱりそうでしたか……」
アレックスはこの日何度目かの落胆の溜め息を付いた。
次回投稿までまた2週間ほどお時間を頂く事になりそうです。
更新頻度が下がっていて申し訳ありません。




