第29話 野営地炎上前編a:期待と裏切り
アレックスがカネミツに先発隊の全滅を知らせていた頃、ダンジョン近隣の森の中で冒険者達を監視する者達が居た。
監視する者達は5人。
人間の成人男性の胴ほどの太さが有る大木の枝に乗り、繁茂する小枝や葉を隠れ蓑のとして使い。野営地を見下ろすような形で冒険者達の様子を伺っている。
その者達は全て犬のような頭部を持つコボルト種でありそれぞれが森林迷彩防具に身を包み、弓や短剣で武装し一人を除いてグルルルと唸り声を上げて今にも冒険者達の野営地に突撃しそうな状態だった。
「中ボス、まだ、行かないのか?俺、行きたい」
「そう急くな。我々は指揮官殿の指示を待っているのだ」
灰色の体毛を持つコボルトに中ボスと呼ばれたコボルト――――グシオスはうんざりした様な声を出し、部下のコボルト達を言葉で制する。
グシオスがうんざりしている理由は、彼等が此処に身を隠してから同じ問答が既に十数度行なわれていたからであり、グシオス自身が半分は同族であるコボルトという種族を嫌っているからでもあった。
「でもあいつら、弱そう。襲おう」
「ソウダ、俺達強い、負けナイ。今すぐ、襲おう」
「あそこは、俺達の縄張り、縄張り侵す者には、死を」
「いくさに、臆するは、戦士の、はじ」
(どうして、こいつらはこうも本能に忠実で堪え性が無いのだ!俺の若い頃は、もう少し我慢できたぞ。共通語も、もう少し旨く話せた……やっぱりこいつら馬鹿なのか?)
グスオスは彼の部下達のたどたどしい言葉を聞きながら、彼がまだ成人する前の事を思い出し首を捻る。
自分が10代前半の頃は魔族や人間が扱う共通語もほぼ違和感無く話せていた。
戦の前に興奮して唸り声をあげる様な事は無くも無かったが、この部下のコボルト達の様に指揮官の指示を無視して飛び掛ろうとはしなかった。
(いやいや、よく考えてみれば俺が混血だからまだマシだっただけだな。思い起こせば村のガキ共もこんな感じだった)
彼等と自身の違い。それは『血の濃さ』が答えなのだろうとグシオスは心の中で小さく嗤う。
(フンッガキの頃、育った村では穢れた混血だの雑種だの言われてきたが、結局その血の差がコレだ。コレではそこ等の頭の悪い犬と変わらん。もはや、笑うしかないではないか―――――――だが、見捨てる訳にもいかん。正直こいつらを無駄死にさせるのは惜しい)
コボルト達をあざ笑いながらも、グシオスは彼等を見捨てる気にはなれなかった。
それは彼等一人一人が優秀な戦士の卵達だったからだ。
このグシオスの部下のコボルト達はいずれは良い戦士になると各コボルトの一族より送られて来た戦士見習い達である。
若さ故に、その本能にその意思を引き摺られている所が有るが、その一人一人がコボルトの中でも高い身体能力を持つ一族の出身で、ゆくゆくはリリアの軍の中核を担える様にと魔王が自らの名で各コボルトの一族に呼びかけて集めた者達であった。
そんな者達を見捨てるという事はリリアに仕える戦士として有り得ない事であり、強き者を信奉するグシオス自信も彼等に呆れながらも成長に期待しているので見捨てる気が起こらなかったのである。
(コボルトなんぞ嫌いだが、こんな馬鹿な奴等でもリリア様よりお預かりした兵力であり指揮官殿に指揮を任せられた兵だ。俺がしっかりと監督してやらねばお二人に顔向けできん。それに新兵を無駄に死なせたとなっては戦士としての名折れだ)
自らの出自故にコボルトを嫌っているグシオスは、自らの主たちと戦士としての矜持を引き合いに出し自身を納得させる。
そうして暗い感情を押し留めたグシオスであったが、次にその頭の中を占有したのはやはりこの若いコボルト達の事であった。
(しかし、どうしたものか……こいつらの状態を放置すれば、何れ堪えきれなくなる。そうなれば作戦自体が失敗する事は間違いない。ならば…………最終手段を使うしかないか?もはやそれしか思いつかんな)
コボルト達を十数度の説得でなんとか押さえ込んできたが、もはや暴発が近いと感じたグシオスは極力使わないで置こうと決めていた方法を取る事にした。
それは恐怖による支配である。
戦争に向かわせる兵を恐怖で縛るというのは隊の統制を取るには有効な策ではある。
だがその一方で恐怖で縛られた兵は萎縮する。萎縮は士気の低下を生み、士気の低下は隊の戦闘能力や作戦遂行能力を著しく低下させる事になるのだ。
だからこそグシオスはこの方法を使いたくなかった。
しかしながら十数度の説得でなんとか我慢させていたコボルト達の様子を見るに既に限界が近い。
今まで彼等を指揮してきたグシオスはその事が痛いほど良く分っていた。
ならばもうグシオスは他に方法は無いと決心し、部下達を威嚇するように見据えて言葉を発する。
「馬鹿者共め!!そう言って指揮官殿の部屋を襲撃して返り討ちに会ったのを忘れたのか?ミッチー殿の仕置きを忘れたのか?」
最近このコボルト達が余りにも愚かな行動を起こし、酷く痛い目に会い、怯え、未だにその恐怖を拭えず抗いがえぬ事をグシオスは知っていたのだ。
「――――!!キュイン」
灰色のコボルトが犬のような悲鳴を上げてえ尻尾を股の間に挟み体を小刻みに震わせる。
その横に居た茶、白、赤の体毛を持つコボルト達も釣られるようにキュウウンと悲し気な犬の泣き声を挙げた。
そしてその惨劇を思い出したのかポツリポツリとその時の恐怖を口に出し始めた。
「あれは駄目。死ぬより怖い」
「なんで、いきているか、ふしぎ」
「俺達、馬鹿だった」
「猫モ、恐カッタケド、やっぱりボスと腕輪、ノ方がヤバかった」
「そうだろう。そうだろう。つまり今お前達が行なおうとしてるのは、あの時と同じという事だ」
「でもあいつらボスより、絶対ヤバくない。見た目も弱そう」
「そうだな。確かにやつ等が指揮官殿より強いという事は無いだろう――」
「なら、やっぱり――――」
「だが、その言葉。指揮官殿を襲撃する前夜も言って無かったか?お前達は」
「――――言ってた、かもしれない」
「ボス、見た目、弱ソウナノニ、強クテ、怖かった」
「そうだ。お前達はまず獲物を観察する時間と我慢する心、そして敵の実力を見極める眼を養うべきだ。これは野生の獲物を仕留める狩りとは訳が違う。これは戦なのだ。一つのミスが自身の死に繋がるだけでなく仲間の死に繋がる可能性がある。そしてそんな事になれば常々隊に負傷者が出ないようにと気を掛けていらっしゃる指揮官殿の意向に逆らう事になる。それだけではないぞ。お前達はリリア様の兵であり指揮官殿の部隊だ。それが無駄死にしたとなっては指揮官殿の顔に泥を塗る事になる!」
「……ソレ、不味イ、ボス普段やさしいけど、キレルト恐イ」
「ボスと腕輪、恐い、アレに逆らうのは無理」
「ボス、の名誉が、けがれる、のは群れ、ぜんたいの、名誉がけがれる、こと。それ、だめ」
「死ぬのは、恐くない。だけど、ボスの信用。失ったら、もう駄目」
(ふむ、驚くほどの効果だな。流石は指揮官殿のご威光と言った所か。戦闘前に怯えさせるのはマイナス効果が有るがこの場合は仕方あるまい。少々心が痛まない訳でもないが、無駄に死なせる訳にもいかんしな)
グシオスは自らが発言した事の効果に満足し、更に言葉を続ける。
「良く分ったようだな。再度言うが今我々は指揮官殿のご命令を待っている状態だ。それを蔑ろにする事は指揮官殿への反逆を示す事になる。その意味くらいはお前達でも分るだろう」
「それ駄目。またあの腕輪に死ぬより恐い目に、あわされる。我慢する」
「意味ガ、分ッタ。俺、ボスノ命令待ツ」
「おれも、そうする」
「やっと、意味が、分った。ごめんなさい、中ボス」
口々に命令の意味を理解し命令に従う旨を口にするコボルト達を見てグシオスは安堵するが、それと同時に自らの能力不足に軽い自己嫌悪を覚える。
(これでなんとかなったかな。こいつらは、馬鹿だが理解力は有る。事の重みは理解出来た事だろう……しかし、指揮官殿のご威光に頼らなければ隊を御する事も出来ないとは情けない限りだな……まぁ、そんな事を考えるのは後だ。今は――――)
「全員分ってくれたようだな。では、我々は指揮官殿の指示通り此処で指揮官殿の命があるか、白鎧が姿を表すまで冒険者を監視する事にする」
グシオスが気を引き締めなおして再度命令を伝えるとコボルト達は無言で頷き、グシオスの命に従った。
コボルト達が大人しく命に従ったのを確認したグシオスは再び野営地に目を向けるが、その右目は閉じられていた。
それに気づいた白いコボルトは、グシオスが閉じた片目で見ている物について問いかける。
「中ボス、敵ノ、本陣ノ、状況ハ?」
「そこに陣取っている連中と同じ様に特に動きは無いな――――いや、これは動き出したのか?」
グシオスが見ている遺跡前の冒険者野営地には未だに動きは無い。
では、何が動き出したのか?
それは此の場から遠く離れた森の中の広場にある敵の本陣の動向であった。
グシオスの閉じられた右目はその瞼の裏で、遠く離れた敵本陣の動向を実際に見ているかの様に映し出していた。
グシオスは自らの使い魔を偵察の為、敵の本陣である森の中の野営地近くに放っていた。
この放った使い魔はグシオスと精神的に繋がっているだけでなく、魔術を行使する事によって視界も共有をする事が出来る。
これはリリアが魔水晶に映像を映していた方法と似た様な術式で機能している魔術で、継続的に魔力を消費する代わりに決まった投影場所に映像を投影する事が出来る魔術である。
その共有された視界が映し出されているのがグシオスの閉じられた右目だ。
グシオスは魔術を右眼に施し、冒険者本陣とダンジョン前の前線野営地を同時に監視していたのだ。
(まったく、もう少しこいつらに落ち着きがあればこんな無駄な魔力を消費しなくて済むものを……まぁ、これも俺が隊を御せないのが悪いのだから仕方あるまい)
ツルギからグシオスが受けた本来の命令は隊を二つに分けて、敵本陣と遺跡入り口の監視を平行に行うというものだった。
しかしながらグシオスはツルギに願い出て、任務の一部を変更してもらった。
監視方法を魔力を継続使用する使い魔と視界共有の魔術で任務を継続する方法に変更してもらったのだ。この若いコボルト達が無駄死にしないかと余りに心配だったので――――結局なんだかんだ悪態を突きながらも、グシオスはコボルト達を見捨てられなかったのである。
「しろよろいくるか?」
「敵は隊列を組んで移動を始めたが、今の所白鎧の姿は見えん。で、この動きをお前達はどう見る?」
グシオスは不可解な物を見た様な顔をして若いコボルト達に意見を求める。
「あいつら、えん軍、まってた?だからはんぶん動かない?」
「あぁ、冒険者共は遺跡前に到着直後に半分程が遺跡に突入し、残りの半分を野営地に残していた。この動きは不可解だが、援軍を待っていたと考えれば納得出来ない事もない。だが――」
「あいつら変。ナンデあいつら遺跡入ッタ?」
「お前もそう思うか?」
「思ウ。なんで、弱い時、に攻メル」
「分らん。前線基地を構築する間は一番部隊が無防備になる時だ。何故やつ等はその様な時に守りを固めずに攻勢に出たのか検討もつかん」
「あいつらむだおおすぎ?」
「そうだ。援軍が来るならば援軍が来るまで防衛に徹すれば良いだろうに……何故軍を分けていきなり遺跡に半数を突撃させたのか……まったく敵の策が読めんのだ」
「中ボス、きっとあいつら素人」
「流石にそれは無いだろう。奴等は一人一人が強力な戦士だ。それが、戦であの様な素人行動をする訳がない。きっと何か意味があるはずだ」
グシオスは灰色のコボルトの進言に『そんな馬鹿な』と思った。
冒険者達はリリアの城を落とすときには巧みに連携し、鉄壁の魔法障壁で守っていた城を落としたのだ。
今回に限りそんな都合のよいことがある訳がないと思ったのだ。それだけではない。万が一指揮官が素人だとして、そんな者が指揮を取っていればあの戦士達がそれに納得するだろうか?それは有り得ないだろうと、グシオスは魔族の戦士らしい考えでそう思った。
「もし、どんな意味が、あっても今、あいつらが、奇襲を受けたら被害甚大。だからきっと、意味なんて無い」
「それは我々の知らない策か、防備手段を敵が用意して――――いや、そう考えると全ての辻褄が合うのか?しかし、まさかそんな事が……」
灰色のコボルトの意見に否定的な見解を示そうとしてグシオスは気づく。
このコボルトの予測通りならば意味が分らない敵の行動に全てに辻褄があうと。
考えが読めないのではない、読める考えが無いのだ。
軍略も作戦も無いただの無策の行動ならば、全ての辻褄が合うのだ。
そしてそれが何らかの策だった場合でも、それは余り意味が無い事だとも気づく。
「今一度、敵の動きを見直す必要があるか」
グシオスは灰色のコボルトの言を真実だと仮定して、改めて敵の野営地を自らの先入観を打ち消して観察し直すことにした。
天幕を談笑しながら張る冒険者達を最初にグシオスが見た時は何か奇襲に対する鉄壁の策でもあるので兵は安心して作業をしていられるのだとこれまでの経験則で、そう考えていた。
しかし、それは唯緊張感が無いだけだと言われればそう見える。
周囲の防衛や警戒を無視して無駄に指揮所らしきテントだけを固めた防衛は、そこだけを守れば勝てると敵が確信を持っているのではないかと思っていた。
だが、それは素人指揮官にありがちな『自らの命だけを最優先に守らせる』という愚作を取っていると言われればシックリ来る物であった。
そしてグシオスは野営地を再度見直している間に敵に最初は見られなかった行動をしている者たちを見つける。
「アレは……サボっているな。アレもそうだ。アレはケンカか?まぁ無い事ではないが規律があるとは言えないな―――」
グシオスは他にも様々な物を樹上から見回すが、そこには野営地に居る者達のお粗末な状況が広がっているのみだった。
「――――不可解だ何故戦場で球技をする……何かの訓練か?……あちらでは楽器を演奏しているな。軍楽隊か?しかし最前線で練習というのはどうなんだ?しかも曲は勇壮とは程遠い曲だな……ちょっと待て!!アレは……アレは!寝ているのか!?見張りが!?……………………有得ん」
「指揮官が本当に素人か無能としか考えられんな。もしくは、我々をなめてかかっているのかコレは……」
「中ボスは、警戒しすぎだと思う。あいつらダメダメ。全然恐くない」
「グッ……なるほどな。敵を過大評価しすぎていた訳か……流石にこれはお前の言う事が正しいと言うしかないな……」
グシオスは魔族の戦士である。魔族の戦士とは命を張って自らの力を研鑽する事が出来る戦場を尊ぶものだ。
そして、魔族の戦士とは敵味方とわず強き者に敬意を示す者であるとグシオスは思っていた。
それは異界から来た冒険者達に対しても同じだった。
特に此処に来ている冒険者達はリリアの城を攻め落とし親衛隊を打ち破った者達の一部だと聞いていた。
ならば敵は最上の敵だろうと武者震いが起こるほどに期待していた。
ツルギから、この敵の詳細を聞いたときオーカスやベアトリスは戦慄していた。
だが、グシオスは憎悪を覚えつつも戦意が高揚するのを感じていたのだ。
激しい戦いの結果自らも命を落とすかもしれないと、戦士としての覚悟も決めていた。だが、それも強者に敗れるならば良しと思った。
そう思い、期待し強者への敬意を持っていたからこそ、それ等はグシオスの目を曇らせるフィルターとなったのである。
「…………はぁ、駄目だなこれは」
グシオスは思わず溜め息を付く、それは敵が思っていたよりたいした事が無いので安堵した溜め息ではない。期待を裏切られた時に生じる落胆の表れとして出た溜め息だった。
(なるほど。部下に対して良く敵を見極めろと言いつつ、先入観に囚われて見極められてなかったのは俺だった訳か、これでは本当に指揮官代理として失格だな。今後はもう少し柔軟な思考を持たなければいけない……まぁ、本当に敵が無策かは定かではないが、俺達をなめているという事は良く分った。まったく、本当に、本当に――――――)
「ふざけるなよ!戦いをなんだと思ってやがる!!」
「ボス、落ち着いて。そんな大きな声出したら敵にバレる」
グシオスは――――キレた。部下の静止すら振り切って叫ぶ。
自然と怒りの唸り声が出るのを感じたが、それを止める事が出来ない。
その姿はまさしく怒りに我を忘れた狼の様であった。
「これが黙っていられるかぁ!やっとまともな戦が出来ると思ったらコレだぁあ!許さんぞ冒険者共ぉおお!!ガァアアアアア」
普段本能に流される事を嫌い、極力本能を制御する事を徹底していたグシオスがそれを忘れる程に怒り狂う。
それほどまでにグシオスはこの戦闘に期待し、戦士としての覚悟を決めていたのだ。
グシオスの怒りが爆発し咆哮となり、周囲に響き渡る――――そして、突如冒険者達の野営地が爆発した。
「ガァアアアアア…………は?」
爆発が起こす振動なのか大地が鳴動し、爆発から生じた衝撃波が周囲の森の木々を揺らす。
それに驚きグシオスは怒りすら忘れて、素っ頓狂な声をあげる。
グシオスの眼には断続的に爆発し続ける野営地が映し出されている。
爆発が吹き上げる炎の色は黒、爆発から生じる煙は黒い爆炎よりも更に黒い。
そしてその黒煙の中からは、小型の球体が地上に降り注ぎ、何かに接触すると更なる爆発を引き起こし、所々から紫色の光らしきものを煌かせている。
「中ボス、ひどい。俺たち、にまてって、いったのに……」
「俺たち、中ボスの命令に、ボスの命令だから、従ったのにあんまりだ。中ボスはボスに叱れるべき」
「そうだ。ついでに、あの、腕輪に俺達みたいに、苛められるべき」
「中ボス、アレどうやったの?やり方教エテ」
コボルト達は呆けるグシオスに様々な声をぶつけてくる。そしてそのほとんどが批難の声であった。
そう、コボルト達はこの爆発を怒り狂ったグシオスが引き起こしたと思ったのである。
そしてその声を切っ掛けにグシオスは冷静な指揮官代理としての姿を取り戻す。
「待て待て待て、流石に俺でもあんな事は出来ん」
「うそ、中ボス凄いヤツ。あれくらいやってのける」
「それは過大評価という物だ。あの規模の爆発起こせる魔術なんぞ。俺は使えん」
「ソウナノ?残念」
「残念ってお前なぁ、あれはどうみても大規模破壊魔術だぞ。宮廷魔術師共でもなきゃあんなもん使えん」
大破壊を起こす魔術について、グシオスは幾つか知っていた。
これと同じ規模の爆発を起こす魔術を、何度か戦場で見た事も有った。
「ジャア、誰が魔術使っタ?」
「――――分らん」
(これほどの大規模破壊魔術を行使出来る者等限られている。大規模な魔術を行使できる者はこの遺跡だとヴェパルの小娘くらいだが……あの娘は火は扱えん。そうなると、まさか第三勢力の介入か?)
グシオスは魔族の戦士らしい考えでその様に考えるが、直ぐに野営地で起こり続ける爆発の違和感に気づく。
(いや、それよりもこれほどの破壊を断続的に引き起こさせる魔術なんぞ聞いた事もない――――)
これほどまで持続し、広域で爆発を起こす魔術をグシオスは知らなかった。
戦士として幾つもの戦場を駆け抜けてきたグシオスにもその爆発の正体見抜くことが出来なかったのだ。
(しかも――この声は……)
グシオスの耳には何かおぞましく感じる『アァァアァアアアアァァァ』という悲鳴とも叫びとも怨嗟の声ともつかない声が複数届いていた。
それは、ある意味戦場に出た事がある魔族には馴染み深い声であり、忌むべき声でもあった。
(本当にこの声がアレならば、すぐにここから撤退を――――)
野営地で起こっている現象にグシオスはある程度の当たりをつけて、それがすぐに撤退する必要が有る危険度だと判断し撤退を宣言しようとする。
しかし、それを口にする前にグシオスを頭上から呼びかける者が居た。
「こちらでしたか、グシオス卿」
グシオスは突然名を呼ばれ、その声の発生源である頭上を見上げる。
そして緑の色の付いた風が滞留しているのを発見した。
「ぬ?……カーバンクルか」
それは、リリアの使い魔のカーバンクルであった。
使い魔らしき風は徐々に周囲の大気を集め、集めた大気を自らの色に染め上げて形を成し、緑風の物質化を進める。
最初に物質化が成されたのは一つの赤い宝石だった。
そこを中心として次は小さな小動物のような四肢をユラユラと形成し、次には頭を、その次には胴を、次第にその形を固定させていく。
そうして緑風は最終的に額にルビーを嵌め込まれた一匹の小さなリスの様な生き物の姿を形作った。
「指揮官殿かリリア様より、何か伝令か?」
カーバンクルはグシオスの問いにコクリと小さく頷く。
カーバンクルはリリアの使い魔で活動範囲も広く意思の疎通も可能で、共通語も話せ、風に擬態して移動するので隠密性も高い伝令に打って付けの使い魔である。
また、現在はリリアの特殊な召喚技能でツルギにも貸し出されていた。
「はい、我が仮主より命令を預かってまいりました」
カーバンクルはリスの様な小さな可愛らしい口を動かさず、声変わり前の男児の様な声でそう言った。
「指揮官殿からか……そうするとアレは、指揮官殿が?」
「はい、対白騎士プランを前倒しにされたようです」
「なるほどな。しかし、なぜ前倒しを?」
「戦略的判断からと伺っております」
「ほう、詳しく聞きたい所であるが……それよりも、先に命令の内容を聞くべきだな。それで今回の指揮官殿からの命令は?」
「グシオス卿、並びにコボルト方々には爆風が収まり次第残敵を掃討して欲しい。との事です」
「ふむ、アレは我々が入っても大丈夫なのか?」
先程より爆発の数が減りこそしたが、紫の光と謎の叫びを発生させている野営地を見ながらグシオスは険しい顔でそう言う。
「起動から約20分程で仮主の『罠』の爆発は停止する設定になっているそうです。また、散布されている粒子も魔族には影響が無い物だと言付かっております」
「罠……あれが罠か?どうみても罠というより魔術での大規模破壊の様に俺は見えるが……まぁ、分った。確かに拝命しましたと、指揮官殿に伝えてくれ」
「必ずや仮主にお伝えしましょう。あぁ、それと何点か注意事項がこざいます」
「聞こうか」
「まず一点目……負傷者が出た場合は速やかな撤退をお願いします」
「ふむ、指揮官殿らしいな。了解した。必ずや全員で生きて生還すると指揮官殿にお伝えしてくれ」
「ボス、相変わらず優しい」
「俺達ボスの群れでよかった」
「はいお伝えします。それでは2点目の注意事項ですが、もし敵に――――――――」
***
カーバンクルは、命令厳守、拒否権無しの絶対命令をグシオス達に告げ、グシオス達は偵察で得た情報をカーバンクルに伝えた。
お互いが述べる事が無くなった頃丁度に野営地の爆発は収まった。
野営地に攻撃をするには丁度良い頃合だった。
しかしながら、カーバンクルにツルギの命令を聞いたコボルト達はその内容が示す存在に震え上がり恐怖していた。
しかしその中でグシオスのみが――――笑っていた。
牙をむき出し、人間が見れば凶悪としか見えない表情で笑っていた。
「グシオス卿分っていますか?命令違反はしないでくださいね?」
「ククク、あぁ、カーバンクルよ。分っている分っているとも、姿が見えたら直ぐに逃げよう。だが――――俺の部下が逃げる間の殿を勤めるくらいは指揮官殿も許してくれるだろう?」
「どうでしょう……一度戻って仮主に問い合わせなければ返答出来かねます」
「確かに一度指揮官殿に問い合わせてもらうのが無難だな。ただ、敵の援軍も近づいている。もし、お前が戻ってくるよりまえにソレ等に遭遇した場合はそうするぞ?その方が部下達の生存率もあがる」
「流石にアイツ等とは無理。中ボスが、殿を勤めてくれる、なら俺達安心して全力、で逃げられる」
「ウン、そのほうがたすかる」
「アレ駄目。絶対駄目。腕輪と同じくらい恐イ」
「俺達、まだ強く、なる。まだ、死ねない」
「だそうだ?構わんな?カーバンクルよ」
「……了解しました。仮主にはその様に伝えますが、決して無理は為さらぬ様に」
「ああ、もちろんだとも。では行くとしようか」
グシオスはゆっくりと森から野営地に向かう。
「御武運をグシオス卿」
進むグシオス達をカーバンクルは表情の無いリスの顔で見つめながら、風にその身を溶かし一言、言葉を残して完全に消え去った。




