第26話 悪癖(理念)
今回のお話は少し戻って、白鷹第一部隊が洞窟に侵入する前の話です。
白鷹の同盟第一部隊は目的地であるダンジョン入り口に到着した。
その入り口はかつて、彼等が初心者育成狩り時に訪れた時と様変わりしていた。
洞窟入り口前に存在していた周辺の森は切り開かれて彼等が築いた野営地が在る広場と同程度の広さの野原になっていた。
それに加え洞窟の入り口は以前は人間の男性がやっと一人通れる程度の広さだったのだが現在はドラゴンでも通れそうな程パックリと割けていた。
しかも、以前は洞窟から真っ直ぐに進める通路が入り口から見る事が出来たのだが、その通路自体がレンガの様な黒い石材で塞がれているのである。
だが、目的地にたどり着いた白鷹の同盟第一部隊はその様変わりしたダンジョンの様子に困惑しつつも直ぐにでもダンジョンに侵攻するべく行動を起こそうとしていた。
定例ならば複数PTでダンジョンに入る前は軽くミーティングを行ない、各PTの役割を確認するのが決まりであった。
しかしながら今回彼らにはその余裕が無かった。それは、当初予定した時間を大幅に超えていたからなのである。
隊の行動が遅れた理由――――それは野営地からこのダンジョンに到達する迄の道中に複数の罠が設置されていたからなのだ。
その罠は殺傷性の低い物ばかりであったが、隊の行動遅らせるには十分な効果を発揮していた。
落とし穴、森の中から突然飛んでくる丸太トラップ、その他にも様々な罠が有ったが特に厄介だったのが足元に突然現れるトラバサミだった。
強度が高いミスリルで造られたはそれらは低レベルのプレイヤー達の足防具を容易に貫通し、その行動を阻害させる。
しかも強度が異常に高い為、低レベルの者達には破壊不能であったので一々数少ない高レベルのアタッカーが罠の破壊に向かわなければ行けなかった。
また、その後に更に数の少ないヒーラーが一々回復に動き回らなければならなかったのである。
だが、それだけではここまで遅れる事は無かった。
第1部隊が遅れたもう一つの理由それは――――この隊の指揮官に在った。
「ほれほれさっさと戦闘部隊の皆はんは、ダンジョンに入ってや~。職人班は前線野営地の設営取り掛かってな~」
皮鎧を身に付けた糸目の小人が銅鎧や鉄鎧の者達を目の前に広がる洞窟の入り口に入るようにいらつきながら命を出す。
そして、その命に抗議するように一人の魔術師風の少年が小人――――第一部隊指揮官のカネミツに声を掛けた。
「カネミツさん!ダンジョンに入る前は各PTのリーダーを集めて一回ミーティングをしないと――」
「そんな暇ありまへん、もう予定より1時間も遅れてますやん。さっさと1階を制圧しないとワイと……アレックスはん、アンタの責任になりまっせ」
「ぐっ……」
『誰のせいでこんなに遅れたんだ!!』という言葉をアレックスは飲み込む。
確かに罠の配置は絶妙で初心者達をまるで狙ったかのようにピンポイントで罠に嵌めていった。
だが、それだけならば1時間も遅れなかった――――『カネミツの悪癖が出た』それが第一部隊の行動がここまで遅れた真の理由だったのである。
カネミツの事を知る者にどんな人物か?と、問えばほとんどの者がこう答える『ガメツイ』と、あるいは『ドケチ』と答える者も居るだろう。
カネミツがその様なイメージを持たれるのはそれなりの理由がある。彼の指揮下にあるPTは必ず全ての資源を採取して行くのだ。
例えば森の中にゴブリンの村が有ったとする。
もしその村がカネミツの息が掛かったPTが襲撃した場合その村は無くなる――――ゴブリンを皆殺しにして住む者が居なくなって村が無くなるという意味ではなく、文字通り村の痕跡が無くなるのだ。
村を構成していた木製の家は解体され、木材として回収される。石レンガで造られた井戸は粉砕されて石材として回収される。ゴブリン達の衣服や家具なども漏れなく資材として回収される。残るのは森の中に残る広間のみだ。
そこまでする必要があるのか?問われれば彼等は必要だと答える。
『ゴミか価値のある物かは、持ち返ってから考えれば良い。価値が0ではなく1でも有るならばそれは立派な商材だ!』と彼らは言うのだ。
金に成りそうな物は塵一つすら見逃さない。
カネミツとその配下の者達はその様な理念でAOをプレイしている。
そしてその徹底した守銭奴っぷりは、内だけではなく外にも伝わる程で、白鷹の商人部門のPTが通ると草すら残っていないというのはAOプレイヤーの中では有名な話なのである。
そして今回もその悪癖が出た――――カネミツはトラバサミの材質が極めて硬度の高いミスリルだと知ると、それらを全て罠解除スキル持ちのプレイヤーに解除させて回収させた。
目的は鋳潰してミスリルインゴットにして彼が受け持つ商人部門で販売する事だ。ミスリルは結構な貴重品だ。滅多に手に入る事が無いそれらをカネミツが見過ごすことは有りえなかったのである。
しかしながらこのトラバサミの解除、これが時間を大きく食うはめになったのだ。
普通の罠ならば解除に1個辺り10秒も掛からない筈の罠が、このトラバサミにいたっては1個1分以上の時間が掛かった。
それが、数十回続けば進軍が大幅に遅れるのは当たり前であった。
もし、この罠解除に時間を取られなければ彼等はここまでダンジョンにたどり着くのには遅れなかったであろう。
だが、今回カネミツの指揮する100名弱の部隊は彼の私兵だけではなく白鷹の同盟全体から参加しているのだ。
その場合その様な些事は後に回して『ダンジョン1階を攻略する』という目的の為だけに邁進しなければ行けない。
罠の回収等はダンジョン攻略後に行なえば良いのである。それは第一部隊指揮官としては完全に間違った行動であった。
だがしかし、アレックスはこの行動に文句をつける訳には行かなかった。
彼はカネミツの補佐をする様にと、アルバートから指揮官補佐の立場で第一部隊に同行していたが、その真の目的はカネミツの監視に有った。
アルバートは彼に『全てカネミツの好きなようにやらせろ』という命令を与えていたのである。
そしてその行動を余さずアルバートに報告せよ。という命も受けていたのだ。
「ま、そう難しく考えんでも前回は1階の制圧は余裕だったんでっしゃろ?」
「えぇまぁ……でも、前回はあんな罠無かったんですよ?少しは警戒した方が……」
「その辺りはワイの方でも気にしてます。今行くのは低レベルの斥候の中の斥候部隊や、本命はちゃんと用意して――――あ、丁度来たみたいやな」
胡散臭い関西弁とそのイントネーションで、カネミツは問題ないと言う。
そしてその視線を突然背後に広がるの森の中に向ける。
そこには、行軍の中には居なかった筈の特異な集団が居た。
森の中からアレックスとカネミツ目指して歩いてくる集団、その集団の姿は異様であった。
装備と髪色は各々異なるが皆毒々しい色に染められている。ここまでならば唯の悪趣味という事でそこまでアレックスは驚かなかっただろう。
だが異様、そう例えるしかないのはその髪型が統一されていたからなのだ――――しかも、その髪型は全員モヒカンだったのである。
特に眼を引くのが鋲付きマスクに鋲付きレザーアーマーを身に付けた凶悪な面構えの男で、その頭のモヒカンは根元から緑、黄色、赤に染められていた。
次に眼を引くのが唯一毒々しい色に装備を染めていない男だ。
その男は、高貴さを感じる白い布地に豪華な金刺繡が施された法衣に身を包んだ顔の掘りが深い老人なのだが……この男も髪型はモヒカンである。
そしてその異様な二人の背後からも次々と人影が現れるがその全てがモヒカンだった。
「――――『信号機』……何故彼等が此処に!?」
アレックスは彼らの異様と、その異様故にあまりにも有名な彼等が此の地に居るという事に驚き、声を挙げた。
ギルド『信号機』彼等は高レベルプレイヤーで構成されている傭兵ギルドである。
傭兵ギルドは主に極秘裏にMVPを狩りたい、大規模高難易度レイドで人手が足りない、ギルド間抗争になった、等の理由で雇われるギルドなのだが、『信号機』は数ある傭兵ギルドでも指折りの実力である。
今回第一部隊に与えられた、ダンジョン1階を制圧して第二、第三部隊がダンジョン深層に突入する為の状況を整えるという目的には過剰すぎる戦力であった。
「今回人手が足りないでっしゃろ?だから、ワイが個人的なツテで来て貰ったんや」
アレックスは記憶の中から野営地にあんな異様な集団が居たかと掘り起こすが、直ぐにそんな怪しい集団が存在していれば絶対に眼に留まらない筈は無いと気づく。
「あの人達、行軍にいましたか?居なかったですよね?」
「あの人ら居るだけで目立つから別行動してもらったんや。万が一今回の事を他所のギルドにばれても面倒でっしゃろ?」
アレックスはカネミツの言葉にやましい事があるのではないかと思い更に疑問を投げかける。
「……では、この事をギルマスは知っているんですか?」
「ギルマスにはワイは戦闘向きやないから護衛を雇うとは言うてます」
「あの人達を雇うとは言ってないんですね?」
「そこまで言う必要はあらへんやろ?――――あーシグナルはん折角来て貰って悪いんやけど、この子の対応終ったら今日の説明するさかいちょっと待っててな~」
カネミツは近づいてくるモヒカン頭達を手で立ち止まるように制して声をかけた。
そして、それに先頭を歩く三色モヒカンのシグナルと呼ばれた男が妙に甲高い声で答える。
「あぁ構わない。どうせ俺らの出番はまだまだだろう?」
「すんまへんな。すぐ話は終らせるさかい、あっちのテントででも休んでてや」
「そうさせてもらおう」
営業スマイルでシグナル達に新設されたテントを指差して案内した後、表情を無表情に戻しカネミツはアレックスに向き直った。
そして『この子』と子ども扱いされて呼ばれたアレックスはその言葉に不快感を感じつつもカネミツへの質問を続ける。
「報酬はどうするんですか?カネミツさんが出すんですか?」
『信号機』への報酬は一般のプレイヤーでは容易に雇えないほどに高額なのだ。
その金額は高レベルプレイヤーが全力で3ヶ月狩りをした金額に相当する。だか、カネミツならば払えない金額ではないだろう。
しかしながらアレックスは『ドケチ』とまで言われているカネミツが個人で彼らを雇用する金を出すとは思えなかったのである。
「なんでギルド活動にワイの身銭を切らなきゃアカンねん。資産からにきまってますやん」
「なっこの時期にですか!?」
現在白鷹の同盟の財政は危機的状況だ。
このままだと、ギルドホームの維持費すら足りなくなる、と資産管理担当のカネミツ本人から報告が上がって来ていた。
その様な理由から本来ならば2割程度収めていたギルド狩りの収益を現在は全てギルドに収めている状況だ。
だがしかしそれでも維持費は足りないと、カネミツ本人が言っていた。
なのにその状況で高額な傭兵をカネミツの独断で雇った。しかもギルドの資金で、だ。
流石にその事について承服しかねたのか、アレックスはついに我慢しきれずにカネミツに怒りを現す。
「カネミツさん!!流石にそれは勝手がすぎるのでは?ウチの資産状況的にも今回の狩り的にも、彼等は必要ないのでは?」
食って掛かるアレックスにカネミツは鼻で笑って、冷たい視線と言葉を返す。
「フンッ、アレックスはんは何も分ってまへんな。ここにはあの『黒狼』が出るんやで?黒狩りが抜けてるんなら代わりが必要やろ?」
「それはギルマスが代わりの人をもう用意してるって……」
「あんな壊し屋なんか信用できまへん。それに壊し屋連中は第3部隊や、今ここで『黒狼』が出たらどうやって対処しますん?」
「それは……この人数なら負けないんじゃないですか?」
そのアレックスの言葉にカネミツは先ほどより更に一段温度を下げた視線送った後、に諦めたかのような溜め息を付いて優しく諭すように言葉を吐いた。
「あーそうやったな。アレックスはんはアレに遭遇った事無いんやったな。アレの怖さは戦った事がある人しか分らへん。知らない人は大人しく知ってる人の言う事聞いとき~」
その言葉にアレックスはムッとする。
AOは初期の頃に比べて難易度が落ちたと謂われている。初期のAOはもはやゲームバランスを疑うほどのモンスターがゴロゴロと居たのだ。そしてそれらと一般フィールドで遭遇する事も多く有ったのである。
だが、現在のAOはその手のモンスターといきなり遭遇することはほとんどない。おおよそMVPとよばれている様な大物達はレイドかダンジョンの奥底でしか遭遇することは無い。
その理由は『冒険者が大量のモンスターを狩ったせいで、冒険者という存在にモンスターも警戒している』と統括AIが設定したからなのだが、その時期を経験しているプレイヤーはその時期以降にAOを始めたプレイヤーを小馬鹿にしている所があるのだ。
アレックスはどうにもその事が気に入らなかった。自分達新しい世代のプレイヤーはモンスターが初期の頃より少なくレベルが上げ難いという初期プレイヤーとは違う苦労を味わっているのだ。そんな事で小馬鹿にされたくないと常々感じていたのだ。
そしてアレックスは今のカネミツの言葉をそれと同じ物だと認識し、ムキになり反論をする。
「お言葉ですが、『黒狼』の事なら知ってます。種族はデミライカンスロープ、姿は黒い狼獣人、得意攻撃は双短剣と投げナイフそれと影を操る魔法を使う。遭遇した場合の有効な対処方法は背後を取られない様にPTメンバー同士で背を預けて戦う方法が有効とされている。こちらが有利な場合は即時に撤退するので狩る場合は包囲して退路を断つ戦術が有効ではないかと想定されている……以上です。」
「あーそれ、wikiに書いてた奴やろ?昔にザインはんの身内が書いた奴やな。ちなみにそれ意味ないで?実行したザインはん達は全滅したんやから」
「全滅?黒狩りがですか?」
アレックスはカネミツから信じられない言葉が出たので、驚愕するよりもカネミツが嘘を言っているのではないと思い訝しむ。
ザインが率いる黒狩りはAO内でも有数の実力持つギルドだ。MVP討伐数も10を超えているとアレックスは聞いていた。
それが全滅――――それを真実と受け止めるよりも、自分を諭す為にカネミツが嘘を言っているのでは?とアレックスは思ってしまったのだ。
「そうや、今ほどアノ人らもレベル高くなかったけんやけどな。でも、人数は今の倍は居た時期にそれなんやで?『黒狼』の出没ポイントを絞って意気揚々と討伐に出て結果は全滅や。アレを相手に数で攻めるのは愚作なんや」
カネミツは前回のザインと反目した会議で、ザインが口にしていた『アレは数で押しても被害が大きくなるだけだ』という言葉を引用する。
それは古参の白鷹メンバーならば誰もが知る事であったのだが、アレックスはしたり顔で語るカネミツに更に憤りを覚える。
「そんな重要な情報を何故、皆に知らせないんですか?もし僕が知っていたら皆に配布した作戦マニュアルにその事も――――」
「アレックスはん、情報ってのは有益な物や、そんな貴重な情報有象無象に教えるなんて馬鹿な事しちゃあきまへんで」
「なっ!有象無象って同じギルドのメンバーに向かってそんな……」
「分ってまへんなぁ~新参の子達は何時抜けてもおかしくない。手伝い連中も他所に情報を流す可能性は十分ある……そんな連中に貴重な情報を流せますか?よ~く考えてみなはれ」
「それは……」
「今の情報はギルマスがあんたを特別眼に掛けていたから、ワイも特別に貴重な情報を教えてあげたんや。その意味は分るやろ?」
カネミツは噛み付いてくるアレックスに遠まわしに信用しているという言葉を投げかける。
その言葉は真実半分、『あーこいつめんどくせ。さっさと煙に巻くか』という投げやり感半分で構成されていたのだが、それなりに効果は有ったようでアレックスはカネミツの言葉にしばらく、逡巡した後に諦めるかのように溜め息を吐いてカネミツに言葉を返す。
「……分りました。ですが、『信号機』の件はしっかりと定例会議で報告させて貰いますからね」
「問題あらへん、別にワイ悪い事をしてる訳じゃありまへん。好きにしたらええ。それに――」
その言葉をカネミツが告げると同時にダンジョンの入り口から「ウワァアアア」という感じの複数人の悲鳴があがる。
「あー何か、有ったみたいやなぁ。ほれ、指揮官補佐アレックス君仕事やで。被害状況の確認お願いや」
「はい……では、話の続きはまた後で」
そう言って駆け出したアレックスの背中を見送った後カネミツは『信号機』が待つテントに向かう。
その胸中には一つの感情が渦巻いていた。そして一人になった事でついつい渦巻いている感情が口に出てしまう。
「あーめんどくさっアホらしいわ」




