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迷宮の新米守護者  作者: 板 竹輪
第1章 迷宮の新米守護者
28/45

第25話 侵食そして変質

 1層防衛線最後方――――――そこで指揮官であるツルギとその護衛であるメリジューヌ、そして防衛線伝令役のブチは冒険者が起こした爆発を眺めていた。


「やってくれるな冒険者……」


 ツルギは爆風と熱風に晒されながら前方を睨みつける。

 その睨み付けた視界に映し出されていたのは、冒険者が仲間を文字通り投じる事で起こった惨状であった。

 爆発に巻き込まれ声も挙げれずに死に絶えた獣人達、悲鳴を挙げながら炎上するオーク、偶々爆発に巻き込まれず生き延びたが恐慌状態に陥る者達――――そんな魔族達を見ながらツルギは冷静に自らの横に待機する部下に命令を出す。


「ブチ、被害状況の確認を急がせろ。負傷者は後方の転移魔法陣で3層まで下がるように伝えるんだ」

「了解だ、ボス」


 ツルギに命じられたブチは獣人達の元へ走り出す。

 駆け出した部下のコボルトを眼で追いながら、ツルギはその背を自らが作り出した黒色の石材で造られた玉座の様な椅子に預け、頬杖をついて現状の分析を開始した。


「ミッチー今の攻撃の詳細は『解析』出来たか?」

「はい、魔力攻撃等ではなく単純な火薬を用いた爆発かと――」

「そっちじゃない。あのドワーフを投げつけてきた方法だ」

「そちらも、スキル等を使った痕跡はありません」

「つまり、あれを――――重装備のオークを吹き飛ばすような投擲をスキルではなく、腕力のみで行なったという事か?」

「そうなります」

「チッ分っていたけど、やはり規格外だな冒険者は…………レベルは解析出来ているか?」

「おおよそですが、35前後かと」

「レベル35であれか……後が思いやられるなこれは……」

「すみません、ツルギ様。お伺いしたいのですがそのレベルというのは何ですか?」


 ツルギとミッチーの会話にメリジューヌが違和感を感じ、申し訳無さそうに声を挟む。

 その言葉にツルギは動じる事無く冷静に、AOの事を知られない様にメリジューヌに『敵の強さを数値化』したような物だと伝える。


「なるほど、ミッチー様の『「解析』で強さを計った物なのですね」

「そうです。ですが……まぁ、ご覧の通りこの惨状を見る限りあんまり当てにならないかもしれませんね。アハハハ……」


 自嘲気味な声でメリジューヌに返答をして、ツルギは悲鳴を挙げるオーク達に視線を戻す。

 その姿にメリジューヌは更なる違和感を感じた。


(おかしいですね……いつものツルギ様なら味方に被害が出たのならば、もっとこう、慌てられるかショックを受けられる筈なのに……)


 悲鳴を挙げるオーク達や、獣人達をツルギは機嫌が悪そうに眺めているだけだった。

 眺めているだけ――――いつもならば先頭に立って戦うツルギがまったく戦闘に参加しない、その理由についてメリジューヌは説明を受けていた。

 この戦闘が始まる前に「各種設備の設置で魔力が足りなくなりました。強い冒険者を数体殺すまで僕は動けません」そうメリジューヌにツルギは告げていたのだ。


 1層に数十基の魔力地雷(マナマイン)

 制限解除を行なった上での転移魔法陣を始めとする特殊な罠や設備の増設。

 ツルギはそれらの設置と維持をする為にで自身が保有する魔力をほとんど使い果たしていたのだ。


 そんな説明を受けていたのでメリジューヌは座して戦況を眺めているだけのツルギにそこまで違和感の様な物を感じてはいなかったのだが――――その態度には強烈な違和感を感じていた。


 メリジューヌの知るツルギは人間なのにも関わらず同種が多い冒険者には容赦が無く、その真逆の存在である魔族には優しい青年であった。


 自分の部下がかすり傷でも負えば慌てふためき、心底心配し、直ぐにでも医務室のマルトメントの所に部下を駆け込ませる。

 一方、同じ種である筈の冒険者には苛烈とも思われる攻撃を行なう。そんな魔族の守護者を体現した様な青年だったのだ。

 だが、今は違う。


 ツルギは黒い石材の玉座に座して動かず、体を焼かれ悲鳴を挙げる魔族達を見ながら自嘲気味とはいえ、薄ら笑いを浮かべていた。

 それは、決してメリジューヌが知るツルギらしさから遠く離れた態度であったのである。

 しかも――――


「豚肉の焼ける匂い……あぁ、オークさん達が焼ける匂いか?皆豚に似ているもんな……そういえばボク昨日から何も食べてないな」


 そんな事を呟きながら『グギュルルウ』と腹を鳴らして眼を細めている。


 それを見たメリジューヌは飢えた狼を連想し――――ほんの少しだけ恐怖を覚え、自身のその感情に驚愕する。


(この私がツルギ様に恐怖を感じる……?馬鹿な、そんな事が有り得る筈が……ですが、これではまるで……)


「ご主人様栄養補給は大事ですが、その前に現在の状況を打破するのが先決かと思われます。早急に状況を打破する為にあの冒険者はご主人様が処理されては如何でしょうか?」

「フフ……仕方ないな。確かにこれ以上被害が広がっても面倒だ。ボクが仕留めよう。メリジューヌさんご協力お願いできますか?」

「え、?あ、はい。なんなりと命じてください」


 仕方ないと言いつつも何処か楽しそうに微笑を浮かべてメリジューヌに協力を求めてくるツルギに、メリジューヌはある種の魔族が持つ特有の邪悪な気配を感じた。

しかしながら、『人間であるツルギにそんな物がある筈はない』とその考えを噛み殺す―――――だが、不安の様なものが心の中にジワリと広がっていくのをメリジューヌは感じていた。



 ***


 冒険者が投げ込んだ物が破裂して前線に黒い煙が立ち込める。

 そしてそれと同時に金髪ドレッド以外の冒険者が突撃してくるが、レオナは彼らを切り捨てながら「おのれ!何処までも卑劣な」と叫ぶ。


「煙幕か……でも、無駄だよ。ミッチー、空調であの煙の排除を」

「了解しましたご主人様」


 ミッチーが了解の言葉を告げると同時に天上に設置された大きな魔石が緑色に輝き、防衛線室内に突風が吹き荒れ、煙の大半を通路へと押し流した。


「煙幕の除去完了しました。ご主人様」

「ご苦労様ミッチー、やっぱりガス対策しておいて正解だったな」


 ツルギは頭上に設置された魔石を利用した空気清浄システムを見て満足顔でそう言う。


 これは火、水、風、の三属性の効果を込められた魔石で、各種対策のためにツルギが事前に設置していた防御設備の一つである。

『身を焦がす熱風には身を凍えさせる冷風を』『毒ガスには部屋外に押し流す突風を』自動で発生させる防衛機能が備わっているのだが、今のように攻撃性の低い物には口頭で起動する必要が有った。


「さて、アレは何処に行った」


 黒煙が晴れ、ツルギは自分が仕留めるべき獲物を探す為に自らの横に浮かぶ透明な板に映し出された映像を見る。

 模造魔水晶――――リリアの持つ魔水晶の板をマネてツルギが『創造』したそれは、1層全域を監視する事が出来る魔道具だった。

 本来ならばそれは1層の各所を9分割して同時に映し出すのだが、現在防衛線の前線を俯瞰した大きな映像で固定されている。


「何処だ居ないぞ」


 前線の俯瞰映像を見ながらツルギは必死に金髪ドレッドヘアーの冒険者を探す。

 だがそこに目的の人物を発見する事が出来ない。

 ツルギが凝視する映像には敵を見失って慌てて周囲を警戒する魔族達のみが映し出されていた。


「もしかして仲間と煙幕を盾に逃げたか……?いや、それなら逃走者用の罠に反応がある筈だし……」


 チラリとツルギは自らの腕にはめられた腕輪に意識と視線を向ける。

 そこには普段と代わりの無い腕輪がはめられているのみだった。冒険者が逃走者用の罠に引っかかり魔力が流れてくる気配は無い。


(まさか、罠を避けて逃げているのか?あれは視界外から発動して確実に殺すように設置している筈だ。探知妨害も追加で掛けてある。避けられる筈が無い……しかも数だって十分用意してあるんだ。もし、逃げているなら反応が無い訳は無いと思うんだが……念のため確認はしておくか)


 ツルギは模造魔水晶の表面に指を触れさせて、映像を部屋の前方に広がる通路に切り替える。

 そこには洞窟の通路が広がるのみで何も映し出されない。


(居ない……もし罠を探知できたとしても避けるように逃げていればそんなに速度は出せない筈だ……そうなると―――――)


「ミッチー敵は何かの手段で姿を隠している可能性がある。防衛線室内を広域で『解析』して冒険者を探し出せ」

「了解しました。少々お待ちください…………」

「ぐぁ……」


 ツルギは自らの体に掛かる軽い負荷に呻き声を漏らす。


 広域を対象とする『解析』は機能制限を解除している状態で行なえるもので、使用する度に軽いダメージをツルギに与えていた。


「……………………………………室内に反応ありません」

「じゃあ、通路の方はどうだ?」

「……………………入り口近くでステルス状態の女性型冒険者を1体発見しました。こちらは既に機能停止寸前の様です」

「さっき逃げた忍者か……金髪ドレッドは見つからないか?」

「はい、1層全域で存在を確認出来ません」

「どういう事だ…………まさか気づかないうちに毒で死んだか?いや、それは無いな。ボクの所に魔力が流れて来ていない……だとするとやはり何処かに隠れているのか?」


 ツルギが冒険者を見失い苛立ちを感じ始めたその時、前線からツルギに状況を報告するべくレオナが駆け寄ってきた。


「守護者殿すまん、煙幕のせいで残り一人を見失った。そちらで探すことは出来ないか?」

「すみませんレオナさん、こちらでも同様に見失っていまして……親衛隊の方達の方で処理できた訳じゃないんですよね?」

「こっちは鉄鎧の3名のみだ。あの歪な髪型の男は戦列の前で突然消えたそうだ」


(消えた?ミッチーが発見できないという事はステルス系のスキルじゃないだろうし……駄目だ全然分らない。ここは対冒険者戦の経験が豊富な人に意見を聞くべきだな)


「メリジューヌさんどう思いますか?」

「そうですね……ミッチー様が見逃しているとは考え難いですし…………あっ!」


 メリジューヌはツルギに問いかけられ暫し思案すると、突然何かに気づいたように声をあげる。


「少々お伺いしたいのですが、ミッチー様の索敵はこの空間のみに行なっているのですか?」

「そうです。現在行なった『解析』はご主人様を中心として空間全域に伝播させた物で――――なるほどそういうことですか」

「はい、それならばミッチー様が発見できないのも当然かと……」

「え、なに?どういう事ですか?」

「敵はグシオス卿と同じ様な特技を持っているのでは?という事ですツルギ様」

「あーなるほど……それは盲点でした……」


 ツルギは自らの配下の黒いコボルトの特技を思い出し恥じ入る。

 本来ならば配下が得意とするその技術については一番最初にツルギが気づかなければいけない事であった。


「確かに『影渡り』なら、通常の解析で発見は出来ないですね」


『影渡り』そう魔族に呼ばれ、冒険者には『シャドウダイブ』と呼ばれる技術をグシオスは持っていた。


 通常の世界からズレた影の世界に潜り込み、影の中を移動できるその技術を持つ者は魔族、冒険者共に少ない。

 特に冒険者が扱う『シャドウダイブ』は扱いや取得が難しく不人気のスキルであった。

 それ故に今まで、名無しの遺跡に攻め入った冒険者にこのスキルを使用出来る者は居なかった。


 そんな事からツルギは冒険者が『影に潜る』という行動を起こすとは思ってもいなかったのである。


(まったく……散々皆に冒険者は何をしてくるか分らない。気をつけろと言いながら、ボク自身がこれじゃあな…………だが、反省は後だ今はあの冒険者をさっさと始末しなければ)


「ミッチーこの部屋全域の影の中を『解析』する事は出来るか?」

「可能ですが……位相がズレた世界まで『解析』すると大きな負荷が掛かりますがよろしいですか?」

「構わないやってくれ。今はそれを気にしている場合じゃない」

「了解しました。高位での『解析』を実行します」

「ぐああぁあ」


 導きの腕輪が強烈な熱を発し、それに続いてツルギの全身を蝕むような痛みが走る。

 それは、肉体に強烈な痛みを与え――――魂を侵食し、激しい不快感をツルギに与えた。


「あがああああ」

「なっ!大丈夫か守護者殿!」

「ツルギ様!無理は――」


 あまりの激痛に絶叫を挙げて、背筋を海老ぞりにするツルギを見てレオナとメリジューヌは驚愕の声を挙げる。


「――アハハ、大丈ぐああこんな痛み……昨日の晩散々なれ――――がああああ」


 なんとか、作り笑いでレオナとメリジューヌの心配に『大丈夫だ』と返そうするが激しい痛みがそれを許さない。


 制限を解除した権能の使用過多それは、魂を蝕む。

 そして、それは前日の深夜から強力な『創造』を使い続けたツルギには既に何度も起こっている事象であった。


(まだ、大丈夫……まだ壊れない、アレを殺すまでボクは壊れない……)


 そうして30秒ほどの間室内にツルギの絶叫が響いた後、普段より冷たい声のミッチーが『解析』の終了を告げる。


「解析完了しました。敵冒険者の存在を確認。メリジューヌ様の予想通り影に隠れていました」

「はぁはぁ……了解。影の中に攻撃は可能か?」

「専用の処理を施せば可能です。ですが現在のご主人様の状況を考えると直接火力で殲滅するよりは、当初ご主人様が予定していた対象を縛鎖(チェインバインド)で捕縛した後にメリジューヌ様に撃破して頂くというプランが負荷が少なく無難かと判断します」

「そうか……そうだな……メリジューヌさん行けますか?」

「はい、もちろんです」

「では、その方向で行きます……部屋の中央に引き上げますから姿が見えたら殴り飛ばしちゃって下さい」

「分りました。それではもう、配置についても?」

「えぇお願いします」


 メリジューヌはツルギの言葉に従い部屋の中央に険しい顔で駆け出す、それを確認した後自分の傍に残っているレオナに声を掛けた。


「レオナさんはメリジューヌさんバックアップをお願いします」

「バックアップ?守護者殿はメリジューヌが仕損じると?」

「それは無いと思いますけど、念の為にって所ですね……何事にも例外は付き物ですから」

「ふむ……了解だ守護者殿。では、私も行くとしよう」

「お願いします」


 先ほどのメリジューヌと同様に駆け出すレオナを黒色の玉座に座したまま眺めていたツルギはミッチーに命令を下す。


「ミッチー縛鎖(チェインバインド)であの冒険者を引き上げろ……」

縛鎖(チェインバインド)起動します」

「ぐ……」


 体から魔力が抜けることで生じる痛みに、再びツルギの軽い呻きを漏らす。

 その呻きを号令としたかの様に天上に取り付けられた空調用魔石の近くから魔術文字が刻印された黒い鎖が生える。


 それはまるで意思を持ったかのように戦列を維持していたオーク達の影に伸びて行き、水の中に沈むように影の中に沈み込む。

 それを不気味な物でも見るかのように魔族達は黒い鎖を黙して見つめ、室内にはジャリジャリと鳴る金属音だけが五月蝿く響く。


「随分……黒いな。いつもは銀色なのに……あれは影に潜らせる為の金属か何かか?」

「いいえ、影に潜る為の処理は、鎖に施した刻印です。あの色は現在のご主人様の権能侵食状況の現れですね」

「あぁ、やっぱそうなのか……確か前にバケツ頭を吹き飛ばした時もあんな色だったもんな……ちなみに今の侵食率はどんな感じ?」

「『創造』の侵食率が既に65%を越えています。『解析』は20%弱、『自衛』は1%以下です」

「―――昨日の晩警告してくれた時より随分進んでいるな……もはや侵食されてない所の方が少ないのか」


 昨晩ツルギは制限解除を行い『対姉用トラップ郡』を作成している時に、ミッチーより『創造』の侵食率が40%を越えた事を伝えられていた。

 だが、その後もツルギは侵食の痛みに堪えながら罠や防衛機構の作成を止めなかった。


 それは魔族を守るという義務感から生じる責任感とリリアから掛けられた魅了の魔術の効果、そしてツルギ自身が気づいていない渇望故にだったのだが―――――


「フフ……まぁいいさ、犠牲を払ってでも最後にボク達が勝てれば良い。リリアとボクに敵対する者は誰一人として生きて返すものか……姉ちゃんだって同じだ。必ず始末してやる」


 ――――ツルギは平常時ならば絶対に口にしない『姉を害する』という事を平然と口にし、邪悪な笑みを浮かべる。


 権能の侵食はこの様な人格の変質をもたらしていた。



 ***


「えいっ」


 メリジューヌが聞き方によっては可愛らしくも聞こえる掛け声で黒い鎖に影より引き上げれた冒険者の胸板に竜の拳を叩き込む。

 それと同時に強烈な閃光が室内を満たし、ツルギは一瞬眼を逸らす。


「――――ミッチー今の光は?」

「閃光の魔術の類かと」

「なるほど。こちらの眼を眩ませて何かをしようとしてた訳か……まぁ、無駄に終ったみたいだけど」


 メリジューヌの拳に粉砕されてグロテスクに飛び散った冒険者の破片が青い粉になり、腕輪に魔力が流れ込む。

 そしてそのを流れ込む魔力を感じながらツルギは不満気に呟く。


「やっぱ30代じゃあこの程度か、銅とか鉄よりは随分マシだけど……全然足りないな……」

「そうですね。質もそうですが、やはり量が圧倒的に不足していますね」

「やはり一気に設置したのは失敗だったかもしれないな」


 1層防衛線内には50基を越える各種罠が備えられている。

 それらは、敵が大軍で来ている為に殲滅力を優先して造られた罠ばかりであったのだが、それらの罠は起動にも維持にも大きな魔力を必要とした。

 しかも、矢罠(アロートラップ)の様な矢弾を必要とするタイプの罠は、矢弾を作成するのに魔力を使うのだ。それら全て起動するとなると更に膨大な魔力が必要となる。

 その様な事情とツルギの魔力枯渇により現在、この室内に設置されている罠は継続的な起動を難しい状況にしていた。


 魔力の収入と支出が合わない無計画に造られた防衛設備、ツルギとてそれら考えなしに多くの罠を作成した訳ではない。

 本来の想定では、敵を殺す毎に補給される魔力で常時罠を起動出来る筈だったのだが――――


「全員で一気に攻めてくると思ったら小出しにしてくるんだもんなぁ。戦力の逐次投入って悪手だと思うんだけど…………」

「はい、私もその様に想定していたので直ぐに魔力を補給できると思い、ご主人様がノリノリで色々と設置するのをお止めしませんでした」

「ノリノリって、ボクそんな風になってたか?」

「楽しそうでしたね。特に外で罠を設置されてる時等は、とても良い笑顔をされてましたよ?それに今も何処かこの状況を楽しんでおられますよね?」

「うーんそれはほら、侵食の影響で人格が変質してるせいだろ?仕方ないさ。普段のボクならこんな状況でこんな余裕のある態度は取れないさ」


 ミッチーの咎めるような声の質問にツルギは困った風に苦笑を顔に浮かべて自らに起きている事を弁解する。


 様々な問題が生じているこの状況を楽しむ。普通の状態のツルギならばそんな度胸を持ち合わせていない。

 しかも、現在ツルギが指揮するこの防衛線では既に味方の死者が出ているのだ。

 そんな状況で楽しむなんて事はあり得ない事であった――――普段のツルギならば。


 普段のツルギならば『自分が責任を持つ場で死者が出る』その事だけで自責の念に押しつぶされてもおかしくない状況であった。

 だが、人格が変質してしまっている現在のツルギはその様な当たり前のことでは動じない。戦争には死者が付き物だと笑い飛ばす事すら出来る。


 ブチからの報告で5名の死者が出て重症者が10名を越えている事を聞いても「あぁ、後衛の物理火力が落ちたな」程度にしか思わなかったのだ。

「減った火力を補うにはどうするべきか?冒険者を効率的に殲滅するにはどうしたら良いだろう?」その様な事ばかりがツルギの思考を支配し……ツルギ自身がそれを楽しんでいた。


「…………そうですね。侵食の影響も、有ると思いますので仕方がありませんね」

「だよね。まぁ、緊急事態だからね普段通りにはしてられないさ。そんな事より敵に変化は無し?」

「有りません。洞窟前センサーに複数個体の反応がありますので、撤退はしていないようですが、動きもありません」

「それはちょっと困ったな……敵さんもしかすると本隊が到着するまで動かないつもりかもしれない」

「何故ですか?」

「洞窟の入り口前に待機している連中の方が今来た連中より少ないからだよ。さっきより数が減ってるのに攻めようとは思わないだろう?普通。ボクが指揮官なら、後から来る本隊と合流してから此処を攻めるね。現に敵が侵入してくる気配無いんだろ?」

「はい。1層入り口のセンサー郡は沈黙したままですね。ですが、そうなりますと先ほどの冒険者達が此処まで侵攻してきた意味は有るのでしょうか?」

「多分今の冒険者達は先行偵察目的で侵攻してきただけじゃないのかな?」

「それならばあの様な雑兵が混じる部隊ではなく、精鋭数名のみで行なえば良いのではないですか?」

「そこが分らないんだよなぁ。まぁ、こちらの戦力把握目的も有ったからまとまった数で1戦交えたかったとか?そんな感じならギリギリ納得できるけど……それに銅とか鉄は幾ら死んでも後から戻って来れるから、その辺りの消耗を気にしてないんじゃないか?」

「非効率的ですね。理解できません」

「人間てのは常に最適解を出せる訳じゃないからな――――だけど反省して同じミスを早々繰り返さないのも人間だよ。ミッチー」

「つまり、冒険者達は無駄にこちらを攻めるという愚考を犯さないと?」

「そういうこと、まぁミスった人間がそれをミスだと気づいていればだけどね」

「ですが、そうなりますと少々不味い事になるかと思うのですが……」

「それはボクも分ってる……分ってはいるんだけどなぁ」


 現在もツルギの魔力は各種設備を維持する為に刻々と減り続けている。魔力の補給方法は二つ、一つは大気中のマナを導きの腕輪を通してツルギが吸収する方法。

 こちらは常時吸い続けたせいか大気中のマナが薄くなり、これ以上ツルギが吸い上げれば魔族の魔術師達の魔力自然回復が不可能になる寸前になっていた。それは戦線の崩壊へと繋がる可能性が在るのでツルギは極力避けたかった。

 そうなると残る魔力補給方法は、冒険者を破壊し魔力に変換するという方法なのだが攻めて来ないのならばどうしようもない。


 他にも取れる手段が有る事には有るのだが、ツルギはそれを選択したくはなかった――――だが、仕方無しとしてミッチーはツルギにそれを行なうように進言する。


「幾つか罠を解除されては如何でしょうか?過剰な火力になっている物もありますしそれらを解除すれば多少は魔力の回復が見込めます」

「それは却下だ。規模の分らない本隊がこれから来る以上、此処の中の火力は下げたくない」


 ツルギにはある方法で、洞窟の外で偵察活動しているグシオス隊からの報告が定期的に入って来ていた。

 その情報の中には冒険者達が築いた野営地には未だ多くの冒険者が集ているという情報も含まれていたのだ。

 それ故にツルギは罠を解除したくはなかった。

 元々この防衛線に造られた罠は銅や鉄の冒険者を相手にする為ではなく、高レベルの冒険者を排除する為に作り上げた物だったのだから―――


「ですがそうなりますと、こちらから攻めて冒険者を破壊するしか方法が無くなってしまいますが、こちらはあまり――――」

「攻める……うん、待てよ?それだ!良し!!こちらから少し攻めようか」

「その選択は本末転倒になってしまうかと……もしや、侵食が進みすぎて人格だけでなく頭もダメになってしまわれましたか?」

「む、酷いなぁ。最近良く出るよなその毒舌……」

「ご主人様があまりに馬鹿な事を言うのでそれなりの対応をしたまでです」

「むぅーだって攻めるって先に提案したのはミッチーじゃないか」

「それはご主人様が駄々を捏ねるので仕方なく最後の選択肢を提示しただけです。ですが、これはオススメできる選択ではありません。理由も説明した方が宜しいですか?」

「そんな事説明してくれなくても分っているよ。防衛線を維持する為の罠を維持する為に防衛線を崩してまで攻勢に出るのはおかしいって事だろ?後は、敵は数減らしたとはいえ未だこちらより数が多い。下手に広い所で戦うと包囲殲滅されて終わりだって所か?」

「はい、仰る通りです。それに付け加えるならば、親衛隊の皆様は重装備故に攻勢に向きません。もちろんご主人様が単独で攻勢に出るという愚行も却下です」

「それも分ってる。別にボクら自身が外に向かう訳じゃない。ボクが今言ってるのは今朝外に設置したアレを洞窟前の連中に食らわせるって事だよ」

「対白騎士、もしくは高レベル冒険者用に設置した罠を今洞窟の前に居る冒険者に使うのですか?それは少々勿体無いような……」

「確かに勿体無いけどね……今やっておいた方が後々楽になる。それに外の部隊が無傷で本隊と合流されると厄介だ」


 洞窟の直ぐ外に仕掛けた自信作を出来ればまだ使いたくないというのがツルギの本音であった。

 だが、今の状況を打破しなければ魔力問題以外にも問題が生じる事にツルギは気づいていたのである。

 それは敵の本隊と洞窟外に待機している部隊の合流だった。もし、合流されて一斉に全軍でこの防衛線を攻められたら場合、流石に耐えれきれないだろうとツルギは予想していたのだ。


「それにこのまま防衛線の罠が全て消失してボクが何も出来なくなるよりは良いさ。しかも、あれなら外に居る連中をほぼ壊滅させれるだろう?なら、結構な量の魔力も確保できるんじゃないか?」

「確かにもし敵集団に直撃すれば、かなりの確率で壊滅的打撃を与える事が可能です。撃破率次第ですが最大2時間分の設備維持魔力が確保出来ます」

「最大2時間か……悪くないな。良し!これで行こう。ミッチー起動スイッチの対象をレベル70から40まで下げてくれ。後連動している罠の微調整も頼む」

「了解しました。対象レベルを40迄引き下げます。引き続き各種設定の変更を行います」

「うん、宜しく。ボクの方はグシオスさんに連絡を入れておこう」


 洞窟の外に仕掛けた罠にツルギは絶対の自信を持っている。

 確実に敵の部隊に壊滅的打撃を与えられるだろうと確信していた。

 だが、それだけでは足りない。『出来るならば敵を全滅させたい』ツルギはそう考えていた。

 その為のグシオスへの連絡だ。

 ツルギが用意した罠で壊滅状態になった敵部隊にダメ押しのグシオス隊を投入させる。

 それこそがツルギが現在思い描く最大の攻撃であった。



 ***


 10分後――――1層防衛線に地鳴りのような音が響きそれに続いて外からの振動が室内に伝わる。

 その数秒後洞窟入り口で発せられた多数の悲鳴の様な声が洞窟内を反響し防衛線にまで届く。

 更にその数秒後、届いた悲鳴に誘われたかのように大気を震わせながら大量の魔力が防衛線を目指し流れ込んで来る。


「黒い川……?」


 魔力を視認することが出来る女性魔族がその膨大な魔力の流れを見て信じられない物でも見るように呟く。そして呆けた様に女性魔族はその流れを眼で追う。

 うねる大河の様な魔力の奔流は唯一点のみを目指し室内に流れ込んで来ていた。

 そしてその流れを視線で追った女性魔族は後悔した――――そんな恐ろしい者は見なければ良かったと……


「フフ……ハハハハ……アーハッハッハッ、まさか60台が複数混じっているとは思わなかったな!やったぞミッチーこれで全部動かせる!!」

「はい、これほどの量とは想定外でした。全設備6時間はフル稼働できます」

「おめでとうございます。ツルギ様」


 そこにはドス黒く禍々しいオーラを体から吹き上げ哄笑を挙げる人間と、その人間をニコニコと嬉しそうに見ている彼女の友人が立っていた。




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