第24話 逃げられない
アーバレストは黒ローブが走り出す姿を見た後に不敵な笑みを浮かべてわき道の端に寄り通路を伺う。
その背後で最後の銅鎧の初心者が「一回死に戻りしま~す」と気楽な声で死を迎えるがそちらには振り返らない。
もはや人の良い初心者PT引率の傭兵を演じる必要が無くなったからである。
通路に生き残るのはアーバレストを覗けば鉄鎧5名、存在感をまったく示さないレベル30越えのプレイヤーが1名。
アーバレストは彼らの前で人の良いPTリーダーを演じる必要はない。何故ならば、この毒の魔術が満ちる通路に生き残る者達は全て彼の同胞達であったからだ。
「副長、敵はそっちじゃない。反対側だ」
先程迄まったくといって存在感が無かった――――いや、自らの保有スキルで気配を消していた最後のLv30越えプレイヤーがアーバレストに抑揚の無い声を掛ける。
「良いんだよコッチで」
そう言いながら親しげな半笑いの声で返答するアーバレストの視界には、ほっそりとした凹凸の無い体の赤い忍装束に身包んだの長身女性の姿が映る。
「見捨てるのか?」
「雇い主でもない、同じギルドでもない。金銭の取引が有った訳じゃない。そんな奴との約束は守る必要ないぜ」
「酷い。あたし副長のそういう所嫌い」
嫌いと言いつつも最初と同じ様な抑揚の無い声と無表情で忍装束の女はアーバレストに文句を言うが、アーバレストはそんな事はどうでも良いという感じで女を視界から外し、黒ローブの後姿を見る。
「嫌いで結構。それこそが俺の役回りだぜ――――てっなんだありゃ!」
忍び装束の女性と会話しながらも逃げる黒ローブを見物していたアーバレストはいきなり声のトーンを上げて驚きの声を挙げる。
突如通路を疾走する黒ローブの首が宙に跳んだのだ。
そして、疾走していた勢いそのままに首は綺麗に舗装された洞窟の地面をゴロゴロと転がり何が起こったか分らず声をあげている様だった。
「首だけでも喋れるのか……ゲームとはいえなんか気持ち悪い」
その様子をアーバレストと共に観察していた忍び装束の女は、またしても違和感すら感じさせる抑揚の無い声で、何やら声をあげている首を見て不快感を示す。だが、アーバレストはソレについては慣れているのか言及することは無かった。
「で、あれは何があった?」
「剣だ。壁から高速で剣が飛び出して首を刎ねた」
背後から見ていたアーバレストは、当事者である黒ローブよりも早く何が起こったか理解できていた。
疾走する黒ローブの横の壁から数本の剣が飛び出し、黒ローブの首を刎ねたのだ。
しかも、その飛び出した剣は確実に黒ローブを斬首で殺しているにも関わらず残った体をバラバラになるまで切り裂いていた。
頭を失った黒ローブの体がログアウトする寸前まで倒れる事も許されず切り刻まれログアウトする。
その光景を見物していたアーバレストは「うへぇ怖い怖い」と声を漏らした後、通路からわき道に視線を戻し腰に付けていた皮袋からポーション瓶を取り出し一気に飲み干した。
すぐさまにポーションの効果が現れ崩壊し、崩れかけていたアーバレストの四肢は幾分か状況を回復させるが――――
「チッ回復阻害効果でもあるのか?半分程度しか回復しやがらねぇぜ」
思っていた程の効果が出なかったのか、軽く嘆息した後アーバレストは「まぁいい……」と呟き、忍び装束の女の方へ向き直り女に意見を求めた。
「とりあえず、囮を出してみて正解だったぜ……で、お前あの罠をどう見る?」
「可能性は二つ。1.逃げようとする逃亡者を殺す為の罠。理由はあたし達が来る時あんなのは無かった。2.新設された罠。理由は前者と同じ。でも、あたしとしては2が正しいと思う」
「1を否定する理由と、2を推す理由は?」
「1はあたしの『罠感知』を無効化するのは不可能だと思うから。2は1の理由から見てこちらのほうが信じられるのと、噂のモンスターが居る可能性」
「トラップゴブリンか?あれって入り口に現れるって噂だったもんな……俺達の背後を取って罠を仕掛けた。っていうのは有り得る話だな。だが、それなら今の罠が発動する前にお前は気づいてだろうぜ。つまり可能性としては前者だ」
「あたしの『罠感知』最大レベル、それは無い。感知できなかったのは何かの手違い。そうでなければこのダンジョンのバランス調整がおかしいとしか言えない」
「あぁーそれな、有り得るぜ。統括AIって偶にバランス無視だろって叫びたくなる設定するんだよ。空を埋め尽くすドラゴンゾンビとかあれはもう笑いしかでなかったぜ?」
「むぅー何それ知らない。話し作ってない?」
そこで女は始めて表情と声に不満の意を表すが、アーバレストはそれを見て機嫌良くしたのか余計に饒舌になり統括AIについて語り出す。
「お前レイド出ないからなぁー、知らなくて当然だな。大規模レイドのギミックやボスには最大レベルのスキルが効かないなんてのは良くある事なんだぜ?」
「現実正確再現主義の統括AIが何故バランスを放棄する様な事をする」
「それが、正確な再現だって。統括AIが認識してるからだろ?」
「どういうこと?」
「運営の話だとバックグランドのストーリーを統括AIが正確に再現しているからなんだってよ。公式HP見てみろ。FAQの下の方にちっさく書いてるぜ」
統括AIデミウルゴスは、良くも悪くも現実性とストーリーを重要視する。ただ、その再現する現実性というのは魔法とモンスターが居る世界の現実性としてだ。
例えば、討伐対象のレイドボスが不死者の大陸を統べる王という肩書きを持っていた場合はレイドクリアー不能ともいえる量のアンデットを召喚する設定を行なう。
かつて行なわれた大規模レイド『不死者の大陸』、そのレイドの為に用意されたマップは大きな大陸丸々一つであった――――そしてその大レイドの難易度は過去に行なわれたレイドの中でも類を見ない高難易度であったのだ。
大陸をほぼ埋めるほどの不死者が地に満ち、空には一面を多い尽くすドラゴンゾンビの群れが出現するというバランス崩壊ぷりを発揮していた。
それをかつて経験していたからこそアーバレストは今回の事態を冷静に分析する事が出来たのだ。
「それ、ゲームとしてどうなの?バランス崩壊じゃないか……あと此処はただのダンジョン、レイド用のイベントマップじゃない」
「分ってねぇな。統括AIにとっては此処もレイドの延長線上なんだぜ?此処は例の『魔姫』が逃げ込んでるって白鷹の連中の資料に書いて有っただろう?」
アーバレストの言葉に女は首を傾げて少し思い悩むと一つの答えを出した。
「……つまり、此処で『魔姫』討伐レイドが行なわれているという事?運営が開催を発表していないのに?」
「正解だぜ。所謂一種の隠しレイドって言われてるもんだな。レイドが失敗した時に発生するもんで開催期間は討伐モンスターを誰かが狩る迄だって言われている」
「そんなの聞いた事が無い。そんなレイド、攻略wikiにも書いてなかった筈」
「此処半年レイドの失敗なんかほとんど無かったからなー。AO始めて4ヶ月のお前じゃ知らなくても無理は無い。それに失敗したとしても発生事態稀だからwikiには乗ってねぇんだぜ……だけどな、これは間違いなく隠しレイドだと思うぜ俺は――――」
アーバレストはそう言いながら女の肌が露出している部分を見る。
その手はボロボロと崩れて行く粘土のようになっており、顔には薄らと罅の様な物が走っていた。
そうして、アーバレストは自分達程ではないが女にも『水毒』の効果が浸食しているのを確認し、言葉を続ける。
「その証拠にお前の全毒無効パッシブを貫通してきてるだろうこの『水毒』とかいうのは」
「確かに……こんなのは初めて」
女の職業は忍者――――それは初期習得スキルにあらゆる毒を完全に無効化するパッシブスキルを有している。
故にアーバレストは此のダンジョンを通常のバランスを度外視した隠しレイドが行なわれるダンジョンと判断したのだ。
「むぅぅ、理解したくないけど理解した。理不尽すぎるけど納得するしかない。でも、それなら『罠感知』を最大レベル迄習得するんじゃなかった」
「なんでだよ。便利だろソレ、特にうちみたいな活動目的のギルドには必須だぜ?」
「これをレベル1で止めておけば火遁と水遁の最大レベルが取得出来た。こんな無意味なスキルになるなら要らなかった」
「無意味って訳じゃねぇだろ。他の場所では使えるんだからよ」
「でも、此処では無意味。ゴブリン対策であたしを連れて来たんだろう?副長は。それなら攻撃に使える火遁とかの方が役に立てた」
「それは時と場合に寄ると思うがな……だがまぁ今はゴブリンの事は気にしなくて良いぜ。どうせ今は撤退か玉砕の突撃しか選択肢がねぇんだ。ゴブリン狩りをしている場合じゃねぇ」
納得いかないという風に頬を膨らませて珍しく感情を表している女に、アーバレストは内心機嫌を良くするがそれはおくびにも出さず、先程迄黒ローブの体が切り刻まれていた場所を指し示して罠探知と解除のプロフェッショナルである女に意見を求める。
「…………で、あれはまだ帰り道にあると思うか?」
「あたしが感知できない前提で考えるなら多分有ると思う」
「ん、やっぱそうか。んじゃ突撃すっかぁ~」
「むぅ。無理にでも撤退しないの?」
「俺のこのアバター、サブーだからな。死んでも問題無いんだわ。あ、他の連中も同じ」
アーバレストはチラリと唯一生き残った自分のPT所属の鉄鎧の者達を見る。
彼等はそれぞれ通路の壁にもたれかかる様に座り込み、女とアーバレストの話を聞きながらポーションをチビチビと飲むか足に振りかけていたが、自分達に話を振られたので軽く女とアーバレストに会釈のみをする。
「酷いあたしこの子メインアバターなのに……」
「サブの方が戦闘向きなんだから今回は別にそっちが死んでも問題ないだろ」
「あたし副長のそういう所嫌い」
「あーそうかい、んじゃ気合入れて逃げな。ほらこれ貸してやるから持って行け」
アーバレストは、ポーションを詰め込んだ皮袋から一番安いポーションを1本抜いて一気に飲み干した後、皮袋を忍装束の女に投げて渡す。
そしてそれを渡された女は皮袋開けて僅かに眼を大きくする。
「ハイポやエリクサーも入ってる……良いの?こんなに貰って」
「ばっか、やるんじゃねぇよ。貸してやるんだよ――――唯生きて出られたら使った分はチャラにしやんぜ」
「エリクサーも?」
「おうよ。好きにしろ」
「ありがとう副長。あたし副長のそういう所が好き」
女は先ほどまで不機嫌にしていた顔と声をを態々無表情の抑揚の無い声に戻して珍しくアーバレストに礼を言う。それに対してアーバレストは苦笑いを浮かべる。
「あーそうかい。次はもうちょっと感情を込めて言って欲しいもんだ」
「――――ん、善処する」
「おう期待してるぜ――っと、また減りが早くなったか?こりゃあ」
そう言うと、同時にアーバレストの右腕が異音を挙げてグシャリと洞窟の床に落ちる。
「副長、薬やっぱり返す。それ治さないと……」
「あーいらね。どうせ後はもう突撃するだけだ。それ飲んだ所でこのアバターじゃあそう変わらねぇ。ならお前が持っていけや」
女は改めてアーバレストのHPバーを見て眼を伏せる。
本来の健康な状態ならば緑色で表示されるそのバーは危険域知らせる黄色に染まり、バーに表示される残HPゲージも4割を切っていた。
今アーバレストが女に与えた薬を全て使えばある程度までは回復する事はできるだろうが、アーバレストそうしないと言う。
ならばそれを気にして残っては、アーバレストの心意気を無駄にする事になる。
それならば今は行くべきだと決心した。
「うん、じゃあ行く」
通路に飛び出そうとした女を「あ、待て一応確認だ」と呼び止める。
「何?」
「無事に外に出れたら待機している隊長に罠の内容の報告忘れんなよ?もし、死んだ場合はメールで同じ内容を教授に報告だ。出来るよな?」
「大丈夫問題ない」
「んじゃ、あの弾幕の中逃げるには援護が必要だろ?お前が行ったら俺達が囮になってやんよ」
「副長そのセリフさっきの人にも似た様な事言って無かった?」
「まぁな。でも、言ったろ?『雇い主でもない、同じギルドでもない。金銭の取引が有った訳じゃない。そんな奴との約束は守る必要は無い』って、だからお前の事は裏切らねぇよ」
「……分った副長を信じる……今度こそ行くね……皆も気をつけて」
それまで女と一切眼を合わせなかった鉄鎧達にも別れの挨拶をして女はダンジョンの入り口に向かって走り出し、走る女の背中を見ながらアーバレストは始めて女の名前らしいものを口にした。
「おう、気をつけて帰れよシノブ」
アーバレストがシノブと呼んだ女が通路に出ると矢の雨が通路に落ちる。
その矢の雨が降るのを確認した後、アーバレストは叫ぶような号令を挙げ背後に居る者達に突撃を促す。
「しゃああおらぁああ!行くぜぇお前ら準備いいかぁ!!」
そして、それに呼応するように人間四人そして、ドワーフ一人の生き残り達は先ほどまでの沈黙が嘘のように一斉に口を開く。
「副長テンション高いっすね」
「そりゃあ30過ぎのオッサンがピチピチの女子高生と話してんだから元気にもなるだろうて」
「だよなぁでも、もうちょっと愛想があったら……」
「そこが良いんじゃん。分ってないなお前」
「あ、でもちょっと分るな。あの娘人見知り激しいし―――」
「あーなんだお前ら元気じゃねぇか。まったく喋らねぇから寝落ちしてんのか、くたばってるのかと思ったぜ」
アーバレストはPTメンバー達の会話にニヤ付きながら自分のPTメンバーの状況を確認する。
その誰もがHPを3割残すのみで足以外何処かの部位が崩れていた。
足が無事なのはポーションを足に振りかけてなんとか崩壊しないように維持していたからだ。
PTリーダーのアーバレストが黒ローブとの会話で『突撃』という単語を出した時点で彼等はその足を最優先に保護していた。
「仕方ないっすよ。シノブちゃん俺等が話と遠慮して喋らなくなっちゃうんだから」
「あーそれはお前らのトーク力が足りねぇんだよ。シノブが悪いんじゃねぇよ。お前等が悪りぃんだよ」
「えーそんなんじゃないでしょうあれは、特に副長の場合は刷り込み効果とかでしょ?アレ」
「刷り込みってお前ヒヨコじゃねぇんだからよ――――」
その時、アーバレストの視界に前方通路に稲妻が走るのが映った。
そして、それまで曲射であった矢が直線の軌跡を描いているのに気づく。
「無駄口叩いてる暇はねぇな。シノブの脱出を援護するぞ」
アーバレストは古びた木製の弓を投げ捨て、運営から通常装備として支給されているサバイバルナイフを懐から取り出し、逆手で持つ。
「副長それドロップ品なのに捨てちゃうんすか?」
「まぁたいして強いわけでもないしな。それに有っても使いこなせねぇよ」
その言葉にはもはや片手しかないので弓を使えないという理由も有ったが、それ以上の意味も込められていた。
それは元々彼が旨く弓を扱えなかったからだ。
「ああ、また偽装っすか」
「んだな、結構引っ掛かるの多いんだぜ」
アーバレスト――――大型弩の名を持つシーフ職のアバターは、弓を装備出来るというだけで得意としてはいなかった。そんな彼が何故弓を持ち、アバター名に弓を思わせるアーバレストという名を付けているのか?
それは、ダンジョンや遺跡内で対プレイヤー戦を行なう事が多い為であったのだ。つまり、自分が弓を得意だと相手に印象付ける為に用意していた偽装だったのである。
「とっ無駄話は後だ――――んじゃ、行くぞおまえらあああ」
「ワシ等も副長に続くぞーーーー」
アーバレストが叫びながら通路に飛び出すと、老人のRPを行なうドワーフ戦士が追従するように走り出しそれに続くように人他の間タイプの戦士が追従した。
アーバレスト達が向かう前方の部屋には先ほどまで存在していた金属を思わせる泡こそ消えていたが、オークの戦列と黒い石のバリケードによるモンスターの防衛ラインは健在である。
だが、彼等はなんの躊躇も無く突撃する。
「うおおらぁああ」
アーバレストは通路に突っ込み雄たけびを上げ、手に持ったサバイバルナイフをオークの戦列に投げ込む。
そのナイフは音速に近い速度で対象に向かっていくが――――オーク達の持つタワーシールドに容易に弾かれた。
そして、ナイフを投げてきた冒険者に気づいたモンスター達はアーバレストに標的を変える。
(チッこれでも投擲最大レベルなんだがな……だが第一目的はこれで達した)
オーク後方の弓を放つモンスターや魔術を放つモンスターの標的が自分に向いたのを確信してアーバレストはニヤリと笑う。
それは、自らの目的が達成できたからだ。
先ほどのナイフの投擲はダメージを与える目的で投げたのではない、敵の注意を引く為に投げつけたのだ。
AOには、ヘイトコントロールを代表とする敵視やターゲットを無理矢理に自分に向けるスキルは幾つか存在している。
だが、そんな事をしなくてもうまくモンスターの注意を引き付ければ良いとアーバレストは熟知していた。
「フハハハハこういう所は現実再現至上主義の統括AIに感謝だな!」
「副長!前方魔法3発くるぞい」
いつの間にかアーバレストに並行する様に走っていたドワーフの戦士が敵の動きをアーバレストに伝えるが、そのドワーフの姿を見たアーバレストは再びニヤッと不敵に笑う。
「良い事思いついた。石頭――――」
「ぬ?何を!?」
アーバレストは途中で言葉を区切り、アバター名を『ガンドル』あだ名を『石頭』と呼ばれるドワーフを片手でヒョイッと持ち上げる。
彼らのギルドでは複数のアバターを持つ事を推奨される為、アバターの名前ではお互いを呼び合わない。
それは、様々なアバターを持つ彼らにとってアバター名なんて物はコロコロと変わる物だからだ。
それ故に彼らは各々決められたあだ名で呼び合う。
これはキャラクターの成長に掛かる時間が他のMMOの数倍と言われているAOでは珍しい事だった。
『レベルアップに必要な経験値が異常に多い』そんな理由から色々な職業を楽しむために複数のキャラクターを作るという他のMMOでは良くある事がAOでは少ないのだ。
では何故彼等が現在サブのアバターで活動しているのか?それは彼らのメインアバターが所属しているギルド『陰日』が大手ギルドに警戒されているからだ。
少人数でのレアハントやトレジャーハントを目的としている彼等のギルドは再も手強いコバンザメと称されている。
新人のシノブ以外のメインアバターの名前は大手ギルドに全て把握されており、恨みを買うギルドからは報奨金すら掛けられている。
そんな理由から、彼等がダンジョンやレイドで他のギルドに遭遇すれば問答無用で戦闘になってしまいまともにトレジャーハントもレアハントも出来ない。
それ故に彼らは事前調査や偵察活動などの本格的な戦闘が行なわれない時は用途毎に用意してあるサブのアバターで行動しているのである。
そしてそんなギルド体制だからこそ、作り上げたアバターへの愛着は薄く――――
「お前盾になれ」
――――この様な一件非道な手段も思いつくのである。
「ぬお!?副長待てやめろ!?あぢいいつめたあああ」
石頭を魔術砲撃からの盾にしてアーバレストは敵陣に突き進む。
右半身を真っ赤に燃え上がらせ、左半身を凍てつかせたドワーフの悲鳴は無視して―――――
その異常な光景を見た背後からアーバレストを追走する黒髪の戦士はアーバレストの非道といえる行動に爆笑しながらアーバレストに並走し、非道な行いの主に問いかける。
「ブハハハハ副長ちょっとそれ酷すぎねぇ?石頭、昔の格ゲーのラスボスみたいになってるよ。フヒッ、つか、副長片手で石頭持ち上げるってSTR幾つ振ってるんすか?」
「あーん?男ならSTR全振りに決まってんだろうがよぉ」
レベルUP時に得られるステータスポイントを一種類のステータスに全部振る――――そんな他のプレイヤーからは正気疑われるステータスをギルドメンバーに告げながら臆する事なく突撃するアーバレスト。
「ブッハ!副長サブキャラだからってそれ無理なステータス過ぎっすよ。つか、遊び過ぎでしょ」
「ばっかお前、力ってのは正義なんだよ。正義はパワーなんだよ。俺のアバターは全部その理念で作ってる」
「へ?まさか――」
「俺はメインもSTRガン振りだよ。まぁあっちはAGIもチョイ振ってるけどな」
「あばっ!あちい寒い。む、無理]
「えー、そこはメインもSTR全振りにするべきっしょ。副長もしかして日和っちゃいましたか~」
「うぼあああ」
石頭の悲鳴をバックコーラスに突き進むアーバレストは、そのギルドメンバーの煽るような言葉を鼻で笑い。そのステータス振りの真実を教える。
「ばーか、お前STR最大値だから仕方なくAGI振ったんだぜ?俺のメインのLvを考えればそれくらい分るだろうがよ」
「つべたい副長もうワシ駄目」
「は?ステータスに最大値なんてあるんすか?そんな話聞いた事無いんすけど」
「有るんだよ。ちゃんとそれくらい勉強しとけや。おう、石頭もうちょっと頑張ろうぜ?な?」
「あっ副長石頭のHP0だ。もう消えるぞソイツ、アハハハハ」
「え!マジで――――」
HPが0になり今にも消えてしまいそうなドワーフをアーバレストは一瞥し、直ぐに何かに思い付き大きく振りかぶる。
「おっとあぶねぇあぶねぇ。よしっ!石頭ご苦労だったな!最後に役に立て」
「う、?あ?な、に?」
石頭の疑問の声を無視してアーバレストはそのままオークの群れに「どっせい」とわざとらしい掛け声をつけて石頭を投げつけた。
凄まじい勢いで投げつけられた石頭は、そのまま吸い込まれるようにオーク達の群れに直撃しオーク3人を後方まで吹き飛ばし、後方で矢を放つ獣人達を巻き込み――――大爆発した。
室内に爆炎と爆音そして「ブモモォォォオオ」というオーク達の悲鳴が広がる。そして、それはアーバレストの背後に居る者達も同じで、悲鳴の様な疑問の声をアーバレストに投げ掛ける。
「ちょっ副長!石頭爆発しましたよ!?何やったんですか!?」
「何?ってドワーフを投げると爆発するんだぜ?知らなかったのか?それくらい勉強――」
「んな、訳ないでしょ!」
「いや、マジだって着弾した時の摩擦熱でこう、な?」
「戦闘中なんですから、冗談はやめて状況説明してくださいよ」
「むーそう言われると弱いな……アレだ投げる時、粘着性のボムを石頭の体にちょっとな?」
その言葉を聞いてPTメンバー達は口々に「酷い」「鬼だなやはり」「酷すぎじゃん」とアーバレストを批難するが、残り一名、先ほどまで爆笑していた黒髪の戦士は更に笑い声を強めるだけだった。
そして、その笑い声かき消すような怒りの声がアーバレスト達の正面から挙がる。
「グギャアアアアアアア」
アーバレストがモンスター達の言葉を知る事が出来たのならば、その耳にはその非道な行いを責める声が届いていたのだろう。
しかしながらモンスターの言葉を把握する事が出来ないアーバレストにとってはそれは単純な怒りの声として認識される。
「フフ……フハハハ見ろよ馬面あいつら怒り狂ってやがるぜ!あの声まるで豚だぜ!!」
「ブハッひっでぇ、副長ほんと酷すぎブハハハ、いや、でも本当に効果抜群っすね。こんな有効な仲間の使い方初めて見ましたわ」
「フハハハ!だろ?やっぱ粘着ボム持ってきて正解だったぜフハハハ!」
「いや、ほんとブハッ憧れちゃいますわー」
モンスターの戦列に明らかな乱れが生じた。
その鉄壁ともいえた戦列を崩した被害に気分良く爆笑して防衛線に突っ込む二人。
そしてそれを少し後ろで呆れた様な眼で見る者達が三人居た。
「馬鹿、馬面お前そんな事言っていると」
その中の一人、三人の中でも特徴の無い顔付きの茶髪の男が少しだけ前を走る同胞に声を掛ける。
しかしながらそれを呆れた様な声で残りの二人が制止する。
「やめとけ仮面。言うだけ無駄だ。」
「猿の言う通りじゃん。馬鹿は死んでも治らないって言うじゃん?」
「だけど蛇――――」
仮面が蛇のあだ名を持つ男に何かを言おうとした時、彼らの前方で悲鳴の様な驚愕の声があがる。
「え?今度俺ぇぇぇええー!?」
その光景を見て三人は声にこそ出さなかった同じ事を思っていた『あ、やっぱりそうなるよな』と。
三人の呆れるような瞳に映っていたのは、先程迄爆笑していた馬面をアーバレストが笑いながらヒョイッと持ち上げる所だった。
「お前石頭に憧れたんだろ?じゃあ同じ役目を与えてやるよ。フハハハ」
「いやそれは石頭にじゃなくて、副長に――――てっやばいっすよ副長、魔法3どれも雷撃だ。避けなきゃ全滅するっすよ!」
「ちっマジかよ。仕方ねぇ、惜しいがサラバだ。馬面」
アーバレストは手に雷光を宿し、詠唱を行なうモンスターに紙くずでも投げる様にポイッと何の躊躇も無く馬面を投げつける。
もちろん先ほどと同じ爆弾を取り付けて――――
「うひあやぁぁぁぁ――――」
ドワーフよりも軽い人間種の馬面は先ほどの倍近い速度で魔術を使う悪魔型のモンスターに向かって投げ飛ばされて行った。
アーバレストの目論みとしては、雷撃を馬面で受けても一緒に感電してしまうので事前に魔法を使うモンスターに投げつけて、爆破する。
もしくは驚かせて詠唱を失敗させれば御の字だった。
もし、その目論見が外れたとしても飛来する雷撃の盾くらいになれば良いと思い大事なギルドメンバーを泣く泣く投げつけた――――そしてその目論みは成功する。
投げつけられた馬面は魔法を打つべくバリケードの前に出て来た悪魔型モンスター3体を驚かせ、魔術を行使する為の詠唱を途切れさせた。
そしてそのままその3体に直撃するかに見えた馬面は――――魔術を放とうとしたモンスターに直撃する寸前で十字に切り裂かれ空中で爆発し粉々になる。
「なっありゃあ……アークデーモンか?不味いな……」
爆炎の中から馬面の体を切り裂いた存在が姿を現す。
その体は石膏で作られた彫刻のような肌持ち、蒼い金属で造られた軽鎧を装備し、同様の金属の長剣を手に持っていた。
そしてその悪魔は蒼い刀身の長剣をアーバレストに突き付ける様に向けて言葉らしき物を喋っている。
アーバレストはそんな事はまったく気にせずにその驚異的な筋力を活かしたバックステップで距離を取り、前方の悪魔を観察し始めた。
(無傷?あの距離で爆発を受けたのにか?装備から見て接近戦型だが……アークデーモンが魔法使わない訳はねぇし……なら何故追撃して来ない……?そういう防衛用のAIが設定がされているのか?いやこの規模の防衛ラインだ……もしかすると……これは方針変更だな)
アーバレストは瞬時に目の前に立ち塞がる難敵の対策を幾つか考え出し、その中で一番目標達成に近づける作戦が可能か生き残った三人に楽しそうに問いかけた。
「おい!アレ相手にお前ら10秒稼げるか?ソレ位できるよなぁ?」
「まぁ10秒くらいなら……」
「保障はしかねるがやれというならやろう」
「まぁ、いけると思うけど副長はどうするんじゃん?」
「俺はお前等がアイツを引き付けてるうちにあのオークの隊列を抜ける。具体的な作戦はだな――――」
簡単な作戦説明を三人に終えた後、アーバレストはビー玉サイズの黒い玉を懐から取り出し、それをオークの戦列とバリケード前に居る悪魔にに投げつける。
見事オークのタワーシールドに着弾した玉は破裂してその内部より黒い煙を噴出させて周囲に黒い煙を充満させた。
それに気づいたオークと悪魔達は焦りが混じった怒号の様な声を挙げる。
「行くぞお前ら!!」
アーバレストはそう言うと三人の返答を待たず走り出し、最後の力を振り絞りオークの戦列に肉薄する。
その間に体制を立て直した獣人達から放たれる狙いがでたらめな矢が頭上から降り注ぎ、複数の矢をその身に受けるが止まらない。
「うらあああああああ」
そしてついに雄叫びのような叫びを挙げながらアーバレストはオークの盾に接触できる距離まで到達する。
オークの戦列の横、バリケード前からギルドメンバー達が絶命する声があがるがそちらを見ることは無い。
アーバレストはただ、これから行う事に意識を集中するのみだった。
その時突風が吹き煙玉の煙が消し飛ばされるが『ここまで来れば俺の勝ちだ』と、勝利の笑みを浮かべる。
(シャドウダイブ!!)心の中でアーバレストはもっとも得意とするスキル名を叫んだ。
煙が晴れ、戦列の前にたどり着いたアーバレストにオークが気づき、その手に持つ黒い金属の槍を振り下ろすが……そこには既にアーバレストは居なかった。
槍は何も存在しない空間を貫き、床を穿ち、空しい金属音を響かせた。
***
シャドウダイブ――――このスキルは影の中に潜み、影の中を移動する事が出来るスキルだ。
このスキルこそが今アーバレストを生き延びさせているスキルである。
シャドウダイブはシーフ職が扱えるスキルの中でアーバレストがもっとも得意としているスキルであった。
彼はこのスキルをAOに搭載されている独自システム『改良型スキル発動システム』を使う事で声に出さず、頭の中で念じるだけで使う事が出来た。
この正式サービス開始時から導入されているシステムを旨く扱えるプレイヤーは未だに少ない。
そんな理由もあって、無音で行なえるシャドウダイブはアーバレストに取っては切り札であり密かな自慢であった。
(ま、俺にとっては定石の戦法だがこれに即時対応するのは難しいよな。こいつら頭良さそうだし)
改良型のスキル発動は特に対人戦の場合、相手の裏をかけるので強力な切り札となった。
そしてそれは知能が高く設定されているモンスターにも有効なのである。
知能を高く設定がされているモンスターが相手の場合、冒険者が何かを叫ぶとスキルが来るのかと警戒する傾向がある。
わき道からアーバレスト達が出た時はそれを逆手に取り、モンスターの敵視を集めた。
今のは逆にスキルを使わないように見せかけてスキルを使うという相手の虚を付く作戦だった。
(なんとか旨く行ったがジリ貧だな……だが、まだ死ねないぜ…………このラインの裏を見るまではな)
アーバレストが愚かとも言える無理な突撃を行い仲間を盾にしてまでオークの影に潜りこんだ理由。
それは『撤退が不可能な場合は可能な限り情報を集めてから死ぬ』という彼が所属するギルド内の決まりが存在していたからなのである。
(とりあえずフル装備のオークとデーモンタイプが複数居たのは確認出来た。後は防衛ラインの確認……指揮を執っているモンスターの確認か……こういう場合大抵MVPクラスが指揮を執っているんだが…………此処だと『黒狼』か『100人切り』辺りか?『魔姫』は地下2階以外で目撃情報は無いって話だからな)
アーバレストはこれまでの経験からモンスター達に指揮を執る存在が居る事を確信していた。
通常の防衛ラインならばモンスター側は優勢になると直ぐに攻勢に出てくる。
それが今回の戦いはまったくなかったのだ。
そしてこの様に定例通りに行かない場合、統括AIにMVP設定されている戦闘能力が高いモンスターが指揮を執っている場合が多いのだ。
(まぁ、もう少しだけ様子を見ておくか、HPの減り方から見て後3分は耐えられる。もしかすると俺を見失ったんでモンスターが策的AIに移行するかもしれねぇし……最悪防衛ラインだけでも見れれば――――ん?)
その時、アーバレストは頭上から微かな音がするのに気づいた。
僅かな音であったが、外の音が決して流れてこない静寂な影の世界であるこからこそアーバレストはその音に気づく。
(なんだ?まさか影の中に何かが侵入してきたのか?)
アーバレストは音を確認する為に頭上を見上げるが、頭上は闇に包まれている。
その闇は深く濃い、1m先も視認することは出来ない。
しかしそんな事はお構い無しに、音の発生源はジャリジャリジャリと金属が擦れあう音たてながらアーバレストに迫る。
(やべぇ、なんだか分らねぇけどやべぇ気配がビンビンしやがる。とりあえずもうすこし深くに潜って――――!?)
水の中を泳ぐようにして更に影の深くに潜り込もうとしたアーバレストの足に何か硬く細い物が絡みつくのを感じる。
それを皮切りとして胴体、首、腕と巻きつき――――埒外な力で影の外へと一気に引き上げられる。
影の中を無理矢理に上方に移動させられながらアーバレストは自分に巻きついている物が何か確認し――――
(鎖!?だとするとこれは)
――――敵がどの様な存在か理解する。
アーバレストの体には黒い金属で造られた鎖が複数巻き付けられていた。
色こそ違うが、アーバレストはその鎖について思い当たるフシが有りその名を思い出す。
幾多の罠を駆使し、その中でも鎖を扱う罠多く使うレアモンスターの名を――――
「ハハハハハハ、トラップゴブリン!このタイミングで出てくるか!!」
あと僅かで目標を達成出来る事を確信したアーバレストは笑い声と歓喜の声をあげる。
トラップゴブリン――――ある程度このダンジョンに興味を持ち事前に此の地の事を調べていた者ならばこの噂のゴブリンを知らない者は居ない。
ダンジョン入り口周辺に仕掛けられている凶悪な罠の全てはこのゴブリンが仕掛けているという噂がまず一つ目の噂。
こちらの噂は『まぁ、ゴブリンも馬鹿ばかりではない。そういうゴブリンもいるかもしれないな』と、ある程度信じられている噂である。
しかしながらこのゴブリンにはもう一つ噂が有る。
そのゴブリンと遭遇すれば絶対に逃げる事は出来ず、その異常なスキルの圧倒的な火力で中級者ならば視認も許されず殺される。
上級者であっても強固な鎖の罠に絡め取られ、反撃も許されず殺される。
遭遇した段階で逃げようとすれば黒い影が迫ってきて殺される。ソレと遭遇したら如何なる者も必ず殺される。そんな噂が在るのだ。
だが、そのもう一つの噂を全て信じるプレイヤーは少ない。
ゴブリンは基本的に弱い、特殊スキルを持つ者も少ない。もし、特殊スキルを持っていてもそれは効果の弱いスキルばかりであり、銅鎧の初心者ならまだしも中級者以上の者達がゴブリン程度に負ける筈が無い。
それがAOプレイヤー達の常識だった。故にこの噂を聞いたプレイヤー達は都市伝説の様な物であろうと判断していた。
だが、アーバレストはこの噂に一種の信憑性があると思っていた。
その証拠にこのダンジョンから生きて帰れたプレイヤーは『陰日』の調査では、かの『白騎士』しか存在しなかったのだ。
ならば、噂が全て真実とは言い切れないがそれに近い物が此のゴブリンに在ると思っていたのだ。
それはアーバレストが所属する『陰日』の長、通称『教授』も同じ考えだった。
そして彼はこのゴブリンが何らかのレアアイテムを有していてそれを使ってその異常なスキルを使っているのではないかと考察した。
そうしてそれを確かめる為、もしそのアイテムが存在するならそれを手に入れる為にこの白鷹の遠征に彼等は潜り込んだのだ。
(ラッキーだぜ。これなら思ったより多くの情報を持ち帰れる)
歓喜のあまり漏れた声を押し殺して、アーバレストは地上に引き上げられるタイミングを待つ。
その手には、閃光の魔法が込められた投擲用の玉が握られていた。
(外に出た瞬間コイツで視界を奪って一秒でも多くの情報を――)
そうして、凄まじい力で鎖に引き上げられたアーバレストは影の世界から本来居るべき世界に引き上げられ――――激しい閃光を伴って声も挙げれずバラバラになった。
(!!?)
飛び散るアーバレストの残骸の中に眼球を残した頭が半分だけ残っていた。
それは洞窟の地面に落ちるまでの間に閃光玉と自分をうち砕いた鱗が生えた腕の持ち主、そしてその後ろに座する黒いオーラを放つ人影を視認する。
(あレがそう、ナノか?)
ボトっと洞窟の床にアーバレストの残骸が落ちたところでやっと死亡を伝えるシステムメッセージとシステムエラーを伝えるウィンドウが表示される。
それは、アーバレストの死があまりに高速で訪れた為システム側の処理が追い付かなかった為に起こった現象だった。
(ナルほど。これじゃあ、死んダノは理解デキねぇな)
アバター死亡の為ログイン画面に戻される直前、アーバレストが壊れた脳で思い出していたのは、あの死の理由を理解出来ずにいた叫んでいた黒ローブの事であった。
多忙につき、次回更新は来週になる可能性があります




