第23話 1層防衛戦:前哨戦
2層最終防衛線から転送魔法陣を使い1層防衛線に移動したツルギとメリジューヌは、現地の守備隊と防衛の確認を行なっている。
1層防衛線――――――この部屋はツルギの名無しの遺跡迷宮化計画の中核として作られた部屋だ。
部屋は2層に下る階段部屋をそのまま拡張工事を行ない。大きく広げた部屋で、大きさは2層最終防衛線ほどではないが大きな広さを持っている部屋である。
また、兵士やモグル族が休憩できるようにそこそこの広さの詰め所も新設された。
そして、この新設された詰め所でツルギは現在多くの魔族達に質問攻めにされていた。
それは、2層から1層に転送する時にオーカスよりこの大部屋の防衛指揮権を与えられたからだ。
ツルギは冒険者襲来の時間が迫っているので大まかな作戦説明を行なった後、魔族達から出てくる矢継ぎ早な質問に対して簡潔に各部隊に返答し部隊配置を指示する。
重武装のオークを主構成としている親衛隊重鎧兵10名には防衛線入り口の防衛を指示し、魔族で構成される親衛隊魔術師5名には親衛隊とバリケードの裏から魔術攻撃に適した配置を指示し、獣人亜人から構成される元狩人の志願兵20名には物理遠距攻撃が主な攻撃方法となるので前面に出ない配置を指示した。そしてツルギは最後の質問者からの質問を受ける。その質問者は他の装備が揃えられた各部隊員とは毛色の違う勇壮な魔族騎士であった。
「で、守護者殿。私はどの様に動けば良い?」
顔に幾つか刀傷がある魔族の女性騎士が睨み付けながらツルギに指示を仰ぐ。
「サブナックさんは此処の魔術師さん達の直衛でお願いします。魔術師隊に近づく敵の迎撃をお願いします」
魔族の騎士に部屋の図面を見せながらツルギは指示を出す。
それを見た騎士は険しい表情のままだが納得してツルギに対して返答を行なう。
「遠距離戦が主体となるのならば最適と言える配置だな。了解だ守護者殿。そちらの直営は――――メリーが居るならば必要ないか」
魔族の女性はツルギの横で上機嫌にニコニコしているメリジューヌを見ると表情を一瞬柔らかくする。
「はい。こちらの事は気にしないでください。他に問題が無ければ、それでお願いしますサブナックさん」
「うむ、任せろ。それと守護者殿は親衛隊所属ではないのだから家名で呼ばなくても良い」
「えーと―――――レオナさん?とお呼びすれば?」
「ああ、それで良い」
女性魔族は金色の瞳を険しくてツルギを再び睨みつけながら頷く。
レオナ=サブナックそれが、ツルギを睨みつける女性の名だ。
彼女は魔術こそ使えないが、その剣技は現在の親衛隊では並ぶものが居ない――――と、ツルギはオーカスに紹介されていた。
戦闘スタイルは防御重視の親衛隊には珍しく速度を重視する切込み型のタイプで、装備も他の親衛隊員達が付けるミスリルフルプレートとは違い、空を思わせるような蒼い金属で作られたキュイラス装備し、同様の金属で作られたグリーブと呼ばれる脛当てを装備している。
また大柄な魔族やオークで構成される親衛隊前衛メンバーと違いその姿はオークから比べれば小柄とも言える身体付きで人間と遜色無い姿形をしている。
しかしながら人間と明らかに違う特徴が彼女にはあった。
それは肌の色である。彼女の肌は石の様な灰色の肌をしており、それが人間ではなく彼女が魔族であることを示していた。
しかもその顔立ちは大変美しいのだが――――――その美しい顔立ちを大きく損なっている部分がある。彼女のブラウンの髪はボサボサとまったくセットされておらず寝癖のようなものまで見受けられる。更にその顔には刀傷が幾つもあった。
「では配置に付くとしよう。ローラに何か伝言は?」
「先ほど説明した通りに動いてくださいとお伝えください」
「了解。それでは守護者殿、メリジューヌまた後で」
「えぇ、また後でねレオナ」
「はいよろしくお願いします」
レオナは任務を受諾した意で、軽く親衛隊式の礼をした後詰め所の入り口に向かっていく。
その入り口には戸口で半身を隠した青い肌とその青い肌より更に濃い青の髪を三つ編みにしている優しげな顔立ちのレオナより更に小柄な女性が居た。
彼女はそこからチラチラとツルギ達を見ていたのだがレオナとツルギの話が終り、ツルギが部屋から退出しようとするレオナ視線で追い、その視線を戸口に向けると、「ヒッ」と小さな悲鳴をあげて姿を完全に隠す。
「はぁ……完全に怯えられているな…………彼女見えてますよね?」
オーカスに紹介されてから、ずっとその調子の魔族の女性の反応を――――――――――――ここ10数日で完全に慣れてしまった一部の魔族達が示す自分への反応に小さな溜め息を漏らしながらツルギはメリジューヌに問いかける。
「はいローラは魔術師ですので見えていると思います……そのなんというか……気が弱い子なのでツルギ様の魔力に圧倒されているだけなのです……どうかご容赦を……」
(そうか、やっぱり見えてるのか……でも、魔力切れ状態であんな反応をするんだから、万全な状態で出会ったら出会い頭に失神されちゃうんじゃないか……?)
メリジューヌは自分の事のようにローラの態度についてツルギに頭を下げて謝罪をするが、ツルギは乾いた笑いをあげてメリジューヌに言葉を返す。
「アハハ……大丈夫です流石にもう慣れてきました。それに腕は良いんですよね?」
「はいローラは現状の親衛隊の中では最強の魔術師です。ツルギ様を失望させる事は決してありません」
ローラ=ヴェパルそれがツルギに怯える女性の名だ。
ツルギがオーカスに必要な人員を用意すると言われた時に「攻撃と防御が可能な魔術師が欲しい!!」と言った結果1層に派遣された人員である。
彼女は水棲魔族の末裔でありその痕跡として指の間に水かきがある。
魔術の得意属性は水棲魔族の末裔らしく闇と水属性。得意魔術種別は単体攻撃魔術、及び広域状態異常魔術、更に防御魔術全般も扱えるという。
「なら問題ありません……所でメリジューヌさんもしかして今のお二人と仲良いんですか?」
「友人です。何故その事が?」
「いえ、その何か親しげでしたので……」
メリジューヌの親衛隊嫌いは軍議の時にオーカスに投げかけた辛らつな言葉や、普段の会話で出てくる親衛隊批判のおかけでツルギは良く知っていた。
しかしながら今の親衛隊所属の両名に対してのメリジューヌの態度は親しみを感じさせるものが有ったのだ。
それに、普段のメリジューヌならば両名の態度に「無礼です。教育的指導を施します」位言いそうなものだと勝手に思っていたのである。
「親しい……そうですねそうかもしれません。彼女達とはこの遺跡に来てから親しくなったのですが、まさか一緒に前線に立つ事になるとは思いませんでした」
「一緒の前線には出た事が無いという事は趣味のお友達とかですか?」
「はい。趣味というほどでは無いのですが、この地に来てからよく一緒にお茶をする友人の紹介でお茶仲間に」
「茶飲み友達、それだと年寄り臭いか……お茶会仲間というやつですね。よくうちの姉も――――」
そこで、ツルギは言葉を止める。姉の事を思い出し、その姉と戦う事を改めて実感したからだ。
恐怖はリリアの魔術的暗示でほぼ消えかけていたが、『自分の姉が魔族達を殺すかもしれない』と思うと胸が締め付けられる。
それに追従して、自分の指揮で魔族達が死ぬ可能性も考えてしまい暗い気持ちと責任感から押しつぶされそうになり、胃がキリキリと痛むのをツルギは感じた。
「ツルギ様どうされました?」
急に言葉を止めて思い悩むツルギにメリジューヌは心配そうにツルギの顔を心配そうに覗き込む。
「いえちょっと緊張で……胃が」
「大丈夫ですよツルギ様。敵の数こそ多いですが、こちらは精鋭です。」
「だと良いんですが――――ん!?来たか!」
ツルギは腕輪に熱が流れ込んで来たのを感じて言葉を止める。
「ご主人様敵襲です。入り口に冒険者10体を確認、続けて複数体進入してきます」
「入り口ので何人やれた?」
「3体です」
「思ったより少ないな……まぁ良い予定通りだ。行きましょうメリジューヌさん!」
「はい」
ツルギは先程迄自分を襲っていた不安と緊張感を無理矢理誤魔化して、冷静な顔をなんとか作り出す。
指揮官が不安な表情を見せていては指揮に関わる。そこから生じる指揮の低下は戦闘を不利にする事を十分熟知しているから出来た事であった。
「ん?なんだ……?」
せめて弱気な部分は見せないようにしようと心に誓い、強い気持ちを持って詰め所から出たツルギの耳に微かにだが歌うような美しい声が届いた。
「これは、ローラの詠唱ですね。恐らく先ほどの作戦説明でツルギ様に命じられた事をしているのではないかと……」
「詠唱ですか。でも、変わった詠唱ですね。歌みたいだ」
「歌というのもあながち間違っていませんね。ローラは歌唱魔術も扱えますから」
「歌唱魔術?詠唱を歌で行なうとかですか?」
「はい。非常に難度の高い魔術ですが非常に強力な魔術です」
「へぇー流石はオーカスさんとメリジューヌさんのお墨付きの人だ。色々と出来るんだなぁ」
「はい。彼女と友人になれたのは私の密かな自慢の一つです。ローラは城に居た頃は兼業で歌手もやっていたのですが――」
メリジューヌのローラ自慢を聞きながらツルギは1層防衛線の入り口に足早に向かう。
それは前線で指揮をする為という理由も有ったが、ローラの歌が妙に気になったからだ。
ツルギはまるで魔術に魅了されたかのようにその歌に心を惹かれ足早に入り口に向かう。
そしてツルギの眼に入り口前の通路で両手を祈るように組み天を仰ぎ見て(実際には洞窟の天井だが)情熱的に歌うローラの姿が映し出される。
そして、歌詞の様なものが薄らと判別できるようになってくる。
「――愛を――――った――――地―――――全て――――――せ――」
(音程とかは賛美歌の見たいな感じだけど、愛って言ってるからもしかすると恋の歌かな?しかし、本当に綺麗な声だな。これなら歌手をしていたというのも頷けるな)
そんな事を思いながらツルギは早足をやめて自らが防衛用に設置したバリケード裏へ目立たない用に向かう。
それは自分が近づいてローラが動揺して歌を止めてしまっては勿体無いと感じたからだ。
「守護者殿どうした?その様に身を縮ませて」
バリケード裏で魔族の魔術師達と打ち合わせしていたレオナは、不審者を見るような眼でツルギを睨みつける。
「あ、いやローラさんに見つかったら詠唱の邪魔になってしまうかと思いまして……」
「あぁなるほどな……しかし酷い歌だ聞くに堪えん。あれをやらなければ術式が起動しないというのだから難儀な物だな」
そのレオナの言葉にツルギとメリジューヌは驚愕で眼を大きく見開く。
「酷い歌?レオナ言って良い事と悪い事がありますよ?」
「そうですよ。あんなに綺麗な声なのに……」
「あぁ、待て待て御幣があった。そう怒るな。特にメリジューヌ、左手で私を狙うのはやめろ。流石に私でもそれは避けられん」
「では、どういう意味ですか?レオナ事と次第によっては――――」
「ローラの歌声は素晴らしいと私も思う。だがな、あの歌詞は酷すぎる。恨み節というか呪歌だぞあれは、二人ともよくあの歌を聴いてみろ。今、丁度2番の終わりだがきついのが聞けるぞ」
レオナに歌を聴くように言われたメリジューヌとツルギは耳をそばだてる。その歌は歌自体が終盤に差し掛かっているせいか、先ほどよりも更に感情が込められた情熱的な歌に変化していた。
そして、先程迄は距離が開いていた為に聞き取れなかった正確な歌詞がツルギとメリジューヌの耳に届くのだが――――――――「あぁこれは……」とメリジューヌが呟き、ツルギは思わず「ミッチー『解析』の翻訳壊れてない!?」と問いかけて「正常です。人聞きの悪い事を言わないでくださいご主人様」とミッチーに無駄な怒りを買う結果になってしまった。
何かの間違いではないかとツルギがもう一度、耳をそばだてると、それは更に過激な歌詞になっていた。
「許さない許さない許さない~私の愛を裏切った地上の~生きとし生けるものを殺し尽くせ~私のように醜く溶かし焼け爛れさせて殺してしまえ~聖なる者殺せ魔なる者を殺せ~子供を殺せ老人を老若男女全てを殺せ獣を殺せ~地上の全ての植物を枯らしてしまえ~溶かせ溶かせ溶かせ殺せ殺せ殺せ~地に満ちるものを空にしてしまえ~地上そのものを溶かしてしまえ~」
ギギギと擬音が聞こえてきそうな感じでギクシャクとツルギはレオナに顔を向けると、レオナは初めてツルギに笑顔を向ける。その笑顔には「な?言っただろ?」と書いてあった。
あまりにも歌声と歌詞のギャップが激しく、なんとも言えなくなってしまったツルギとは対照的にメリジューヌは何かに納得したようにレオナへ歌についての質問をする。
「これは、水棲女王の伝説ですか?」
「あぁらしいな。私も詳しくは知らんがヴェパルの一族に伝わる完全版の水棲女王の伝説を再現する術式らしい」
「完全版ですか……この歌詞の通りだと随分と強力な効果が出そうですね……制御のほうは大丈夫なんですか?」
「それは大丈夫だろう。制御できない様なもの使う勇気も根性もアレにはないさ」
「あぁ……それは確かに……あ、歌が終ったようですね」
そのメリジューヌの言葉でツルギは我に返る。
「メリジューヌさん後ろに下がりましょうか、戦闘前にローラさんに負担は掛けたくないので……」
「あ、そうですね」
所定位置にローラが戻り、そこにツルギが居た場合また悲鳴上げて怯えさせる可能性があった。
それを避けるべく、ツルギはバリケード前からツルギ達は立ち去ろうとする。
「それじゃあレオナさん僕は所定位置に戻りますんで、ローラさんに魔術行使ご苦労様でしたとお伝えください」
「了解だ守護者殿。ついでに守護者殿がローラの『歌声』は褒めていたと伝えておこう」
「アハハ……『歌声』は綺麗でしたね」
レオナに別れを告げて、背後の防衛線前面を見渡せる位置に付いたツルギは思わず苦笑する。
それをみた、メリジューヌはツルギを不思議そうに見て「どうされましたか?」と問いかけた。
「いや、どうにも締まらないなと思いまして、後数分で殺し合いが始まるのにさっきの歌のせいで緊張感が抜けてしまいました……」
「宜しいではありませんか、今の雰囲気こそツルギ様らしいと私は思います」
***
冒険者達は洞窟入り口を抜けた後、曲がりくねった道を抜けて1層防衛線に殺到していたがそこで侵攻を止めていた。
1層通路前に40名近い冒険者達が到達していたが誰一人そこより先には進めていなかった。
そしてその数を徐々に減らしていく――――――
「――――鋼鉄の鱗の人魚姫よ、汝が死を此処に再現せん!!人魚姫の泡!!」
ローラが詠唱を完成させ、1層防衛線に響き渡るような声で呪文を発動させ、手に持ったピンク色の珊瑚で作られた杖の先端をバリケード前に向ける。
その直後、金属の様な泡がツルギが『石壁』で作り出したバリケード周囲の空中にプカプカと浮きながら大量に現れた。
更にその直後、冒険者達から放たれた火球数発が全て泡に迎撃される。
防衛線入り口で魔術を放ったエルフ種らしい黒髪の黒ローブの冒険者は魔術を放った後すぐさまに部屋の前の通路から退避する。
自分に向かって放たれる矢を転がるように避けて通路のわき道に身を転がす。この様な行動をこの冒険者は既に4度行なっていたが目立った成果は出ていなかった。
「駄目だ!4属性全ての魔法が効かない。物理攻撃で何とかしてくれよ!」
「無理だ。あの泡硬すぎてこの装備とレベルじゃ砕けねぇ。それにあのオークも硬すぎる、抜けやしねぇぜ」
黒いローブの冒険者と同じわき道に身を隠している弓を持った屈強な体格の金髪ドレッドヘアーの冒険者はそう言いながら、わき道からチラリと顔だけだして防衛線を一瞥する。
まず最初に冒険者の眼に映るのは金属色の泡、続いて見えるのは重装のオーク達。
そのオーク達は銀色のフルプレートに身を包み、片手には黒い金属で作られた槍を、もう片方の手には長身であるオークと同じくらいの高さの銀色のタワーシールドを持ち、盾に身を隠すようにバリケードの隙間を埋めるようにしっかりと横列陣形でガードしている。その横列の隙間からは弓を持った獣人が曲射で出鱈目に通路に矢の雨降らせてきていた。
「話が違う。あいつらは地下1階に出るんじゃなかったのかよ。あんなの俺達じゃ無理だ!どうなってるんだよ!!」
黒ローブの冒険者は困惑していた。
以前白鷹の騎士団が名無しの遺跡を攻めた時に得た2層までの情報は、攻略情報として傭兵枠の彼にも伝えられていた。
だが、今彼等を襲っている状況は事前にダンジョン攻略の為に与えられていた資料と大きな差異が有ったのだ。
彼らに与えられた情報には1層から、物理攻撃耐性装備を持つオーク達が現れるという記載は一切無かった。しかも防御に徹して後衛を守る為に盾の壁を作り物理攻撃を防ぐなんてまったく与えられた資料には載っていなかった。
それだけならば良い、オーク10体程度ならば魔法と数で押せば勝てない相手では無い。だが、それすらもさせて貰えなかった。
間断の無い遠距離攻撃は容易に胴鎧の冒険者を殺す。それに加え、戦列を維持するオークに有効であろう魔術攻撃にいたっては見たことも無い魔族に見たことも無い防御魔術で防御される。
それらは彼が想定していた名無しの遺跡1層の難易度を遥かに越えていた。
本来出現しない筈のエリアに高難易度のモンスターが出現する。しかも防衛用の陣形を組む。それらは従来のVRMMORPGでは有り得ない事であった。
基本的にAOではソロでしか行動した事が無く、他のVRMMOでしかダンジョンという物を知らなかった黒ローブの冒険者が困惑するのは無理も無い話なのである。
「どうする?一回戻るか?このままだと削り殺されるぜ」
弓を持った冒険者の見立てではもはや勝ち目は無かった。
冒険者側の兵力はLv15以下5名、Lv29以下10名、Lv30以上3名。
対して冒険者達がモンスターと呼ぶ魔族達は損害0で数での優位も逆転してしまっていた。
それに加え、冒険者の耳には先ほどからステータス異常のアラートとHPが半分以下まで落ちた事を知らせるアラートが引っ切り無しに鳴り続けている。
ステータス異常『水毒』そんな聞いた事がないステータス異常に彼等は頭を悩ませる。
毒消しや治療魔術で治療出来るのでないかと思い試みてみたが、それらは全て失敗に終った。
しかも視界の端に表示されるそのステータス異常の効果時間を見て黒ローブの冒険者はグチを漏らす。
「たくっ効果時間72時間って何の冗談だよこれは……しかも徐々にダメージ増えてないかコレ……原因はこの青いのなんだろうけど」
黒ローブの冒険者は忌々しげに通路に充満しているそれを見る。
冒険者達が身を隠すわき道の通路には水色の靄が充満していた。その水色の靄はわき道に侵入して来た冒険者にまるで生き物のように纏わり付き徐々に冒険者達のHPを削る。最初は微々たるダメージなので気にも留めていなかったのだが、この『水毒』と表記されるステータス異常は徐々に秒間毒ダメージを増幅させて冒険者達を真綿で首を絞める様に苦しめている。特に銅鎧の初心者達に毒の効果は顕著に現れていて、低レベルの者から全身を腐食させて行くのだ。もはや銅鎧の冒険者に五体満足な者は居なかった。
「おい!誰かこれの対処法知っている奴は居ないのか!?」
「落ち着けよ黒いの、知ってたらとっくに誰かが対処してるぜ」
軽く興奮状態の黒ローブに弓の冒険者は呆れながらも黒ローブを諌める。
黒ローブはそれでも諦めず、「誰か知らないのかよ!」興奮気味に叫ぶがそれに応える者は居なかった。
それもその筈である統括AIに15分前便宜上『水毒』と名付けられたその状態異常の正体を彼等が知る訳が無かったのだ。
『水毒』、統括AIが名づけたこの水色の靄の正体は『ヴェパルの呪毒』と呼ばれるローラの一族のみが使える歌唱魔術であった。
術者は指定した場に『水棲女王の伝説』を展開する一種の結界のような魔術である。
『ヴェパルの呪毒』その結界は内部に居る者に水棲女王が地上にもたらした3つの災厄与える。
一つ目は決められた一定空間の水分を腐食性の意思を持った毒に変換する。それが水色の霧として現れるのだが、その毒は結界内の動く者に無差別に襲い掛かり、対象内部に侵食し腐食性のガスを発生させる。そして、腐食性のガスに溶かされた部分から発生する水分を更に毒に変換し、対象者の肉体を破壊し続ける。徐々に冒険者達が受けるダメージが大きくなるのはそれだけ体の内部に入り込まれたという事だ。
二つ目は対象が生物であれば腐食させた部分、もしくは元々存在していた傷口に肉食性の蛆を大量に召喚し対象者を食い荒らす。腐食して脆くなったその肉体に蛆は容易に潜り込み、内部から対象者を食い荒らす。この状態を生き残れる生物は少ない。
三つ目はその毒を受けた者が運良く72時間生き延びる事が出来ても、解毒もしくは解呪しなければ毒が切れたタイミングで対象者を呪殺するという呪いが含まれていた。
それら3つの災厄をもって『ヴェパルの呪毒』という。これは魔族が扱う魔術の中でも指折りの生物用殺戮魔術であった。
もっとも冒険者は旨く生物に擬態しているがその体は人形であるので、一つ目の効果は半減し、二つ目の効果は発現しない――――だが、抵抗力の弱い銅鎧の初心者達には一つ目の効果だけで十分死に至る要因となる。
「リーダーすいませんHP0ですお先に~」
黒ローブPT所属の銅鎧冒険者が体をボロボロに腐食させながら気楽な声で死を向かえる。
「クソ、デスペナが無いからってあっさり死にやがって……こっちは死んだら5日もログインできねぇんだよ」
「はっはっは、まぁ学生さんは冬休み中だから5日間ログインできないの痛いわな。おっとこっちも駄目みたいだ。お先ー」
恐らく発言の内容から社会人であろう銅鎧冒険者は腐食のせいで首が崩れ、頭部を地に転がし死を迎える。
そしてその遺体が消え去るのを見ながら黒ローブの冒険者は毒づく。
「――――クソが、まだポーション使えば死ななかっただろうが……ポ-ションくらいケチってるんじゃねぇよ……」
「ま、Lv30以下はデスペナが無い分ピンチになってもポーションを使う習慣が無いからな、仕方ねぇぜ」
「ポーションケチる程ヤル気がねぇならダンジョン狩りなんか来るんじゃねぇよ……」
「まぁ、グチるのはあんたの勝手だがね。どうする?このままだと何もしないで死ぬだけだぜ?」
「俺は撤退する。カネミツに恩は売りたかったが、話が違いすぎる。やってられねぇよ!」
その言葉に弓を持つ冒険者は待ってましたとばかりに両手を歓迎するように広げオーバーリアクアションで反応する。
「OKじゃあ逃げる間、援護してやるから行きな」
「いいのかよ?」
「構わないぜ。あの弾幕の中、逃げるには援護は必要だろ?俺はお前が行った後残りのメンバーで突撃してサックリ死んで来るぜ」
「あんた、デスペナは……あぁもしかしてあんたも社会人か」
「まぁな。しがない社蓄だよ。学生さん達と違って長期休みでもなきゃ、祝日が休みって訳でもないんでね。俺の連休は今日で終了だ。だからまぁ今日死んでも来週の休みにまた、遊べれば問題無いのさ」
「なるほどな、じゃあお言葉に甘えて撤退させてもらう」
「おうよ。さっさと行け。お前が通路に出たら援護射撃はしてやる」
「悪いな。じゃあよろしく頼むぜ。えーと、アーバレストさんだったか?」
「おうそうだ。まぁ、後ろは任せろ」
黒ローブの冒険者は弓を持った冒険者――――アーバレストに背後任せて一気に通路に踊り出て入り口へ向かう道を走り抜ける。
背中に矢を何本か受けるが、それには構わず通路を疾走する。彼にとっては1層の洞窟を出るまでにHPが0にならなければ良いだけだった。
「Lv30になったばかりなんだ。デスペナでログイン不可能なんてゴメンだ――――がぁ」
肩を矢が貫き、異物が肉体に進入する不快感に黒ローブは悲鳴あげる。
一向に弱くなる気配の無い矢の雨に、アーバレストが本当に援護してくれるか不安にはなるが一刻も早く此の場から離れたい黒ローブは振りかえらない。
(冬休みのほとんど潰してまで……寝ないでプレイしてまでレベル30迄あげたんだぞ!こんな所で死ねるか!残り少ない冬休みを俺はAOをやり続けるんだ!!)
そんなツルギが聞けば黒ローブに親しみを感じてしまいそうな心の中で叫びを挙げながら黒ローブは逃走に全力を注ぐが――――その周囲で金属音がした。
それに伴い、黒ローブの視界はいきなり洞窟の床近くまで下がり、まるで転がるように視界が回転する。
「うおあああなんだぁあああ?」
黒ローブは混乱する。自分に何が起こったか理解できなかった。
しかし、その転がるように回った視界に突如システムウィンドウが表示される。
「え?嘘だろ!何で、いつだ!?」
黒ローブの視界に映し出されたシステムウィンドウには彼が死亡した為ログイン画面へ転送するメッセージと、現在使用中のアバターのデスペナルティの詳細が記されていた。
その瞬間は、黒ローブは自分が何故そうなったのか理解できなかったが死亡を伝える透明なシステムウィンドウ越しに原因を発見する。
そして頭だけとなった黒ローブは喉も無いのにその光景を見て叫ぶ。
「そんな……あんなの来る時は無かっただろ!」
そこには壁から生えた複数本の剣が頭を失った自分のアバターを執拗に切り刻む光景が有った。




