第22話 決戦前:美しい/禍々しい
思い付く限りの姉への対策を用意したツルギはメリジューヌと共に、1層に新築された防衛線に向かうべく大量に罠を設置した部屋を出た。
そして、本来ならば1層に最短で向かう北側の通路を通り過ぎて南側へ向かう通路に進む。
「ツルギ様1層に向かうのでしたら、あちらの北側の通路を使った方が早いのでは?」
メリジューヌはツルギが、1層に向かうと言っていた筈なのに3層方面に向かう通路を選択したので歩きながら疑問を呈する。
「今回は近道を用意してますから、そっちを使おうかと」
「近道ですか?もしや、この階層には隠し通路のような物があるのですか?」
隠し通路は遺跡や古い時代の迷宮には付き物の仕掛けだ。
ほとんどのものが幻覚の魔法で隠蔽されているか、トラップドアという壁に見せかけた扉で通路を隠蔽している物でそれらを総じて隠し通路と呼ぶ。
多くは遺跡や迷宮に住む者達がかつて使っていた住民用の通路で、侵入者撃退用の迷宮区画をショートカットする為に設けられているものであるが、稀に財宝などが隠されている部屋へ通じる通路が発見される事もある。
メリジューヌは名無しの遺跡でも初期調査の時に3層で幾つかの隠し通路が見つかっている事は知っていたが2層で隠し通路が通路が有るという話は聴いた事が無かった。だが、今の通り過ぎた通路より早く1層に到達できる通路が有るならば、もしかすると自分が知らないような隠し通路をツルギが知っているのでは?と思ったのである。
「いえ最終防衛線から1層防衛線に飛べる転送魔法陣を用意してるのでそれを使います」
「最終防衛線に転送魔法陣ですか?何時の間に準備されていたのです?毎日あの場所は通りますが、全然気づきませんでした」
ここ20日間毎日の様に遺跡の外に薬草採取に出掛けているメリジューヌは毎日最終防衛線と、1層の新築された部屋を通って外に向かっている。
しかしそこで設置に数日を要する転送魔法陣を設置作業している者等見た事が無かった。
「あーそれは、今日の朝?いやあれは2時頃だったから夜中かな?とりあえず1層に向かう前に最終防衛線に魔法陣を設置して、1層に上がった後にもう1個の方も設置しました」
「魔法陣2個を一晩で――――ですか?」
ツルギの何の事もないように語る言葉にメリジューヌは驚愕して言葉を一瞬詰まらせる。それは転送魔法陣の設置の難易度と設置する為に必要な期間を十分に知っているからこその驚愕であった。
軍議でオーカスが冒険者の転送魔法陣設置について言及していた様に転送魔法陣の設置には時間が掛かる。
それはオーカスが転送魔法陣に特段詳しかった訳ではなく、魔族の一般常識として浸透している事であった。
出口としてだけの効果を持つ、1度だけ使える簡易魔法陣ならば術者が傍に居れば一晩も掛からずに作成は可能である。
例えばリリアの城を襲った天使は一度に千個単位の簡易転送魔法陣を作り出していた。これは消費魔力自体膨大な物であるが魔力さえ有れば理論上は魔族でも再現可能な物であった。だが、設置式の物は違う。設置式の物を一晩で作るのは完璧に魔族の常識から外れた技術であった。
設置式の転送魔法陣は基本的に1個作るだけでも熟練の者で3~5日、それ以外の物だと7~10日掛かる事はざらである。そして転送魔法陣は相互転送用に二対一組で運用される物なので2個の魔法陣が必要なのだ。
そうなると熟練の者で6~10日、そうでないものならば言わずもがなである。2個の魔法陣を一晩で作るのは、時間的にも魔力的にも常識の外の技術であった。
しかしながらそれらの事を一度頭の中で整理した後にメリジューヌはそんな事はどうでも良い、と魔族としての魔術の理論や常識はかなぐり捨てた。そして自分なりの答えを出す。
この方は魔神の使徒である守護者だ。そんな事は出来て当たり前だ。しかも、この私に姫様に捧げる忠義と同量の忠義を捧げたいと思わせるお方が、冒険者共が出来る事を出来ない筈が無い。むしろ、一々この程度の事で驚いては、この方の共は勤まらないと――――――
「えぇ、急ぎで作ったんで大分魔力を消費しちゃいましたけどね」
「なるほど流石のご慧眼ですツルギ様。それならば防衛隊の速やかな配置や、撤退も可能ですね」
「2層の端から上の階層に向かう階段へは1時間近く掛かってしまいますからねー…………それにあの部屋の罠にも大分魔力をつぎ込んだのでほとんどスッカラカンですよ」
「転送魔法陣は一つ設置するだけでも数十人術者が必要になりますので、いくらツルギ様の膨大な魔力保有量でもそれは仕方ない事かと」
「魔力保有量…………それってどうやって分るんですか?」
「私の左目はそういう物も視覚化されますので、石化だけが能という訳ではないんですよ」
「へぇー視覚化かぁ。便利ですね。ちなみに魔力ってどんな風に見えてる物なんですか?」
「そうですね……私の目の場合は弱い魔力の者ならば、薄い色の靄のような形で見えます。最初にツルギ様と相対した時も紫と黒と赤が入り混じった様な霞が見えましたね」
「最初はって事は今は違うんですか?」
「今は魔力が大分減られている様なので黒い靄が足元から立ち上ってるのが見える程度ですが、普段ツルギ様が入り口で警備されている時は、それはもう遠目からでも分るような美しい黒と赤のオーラが吹き上がってらっしゃいます」
「なるほど――――――ん?待てよ?」
メリジューヌはまるで崇高な物を見る様な目付きでツルギを見ながら視覚化された魔力の説明を行なうが、その説明を受けたツルギは微妙な顔をした後に何かに気づいた様にハッとしてメリジューヌに追加の質問を行なう。
「ちなみにそれって他の魔族の人達も見えたりします…………?」
「えぇ他にも見れたり感知できる者は居ますが……ツルギ様、魔力の感知についての知識はご存知ないのですか?」
「すみません。僕の住んでいた世界に魔力って――――無かったので……」
そこでツルギは一度言葉に詰まる。それは冒険者達のアバターを作り上げた技術の存在を知っているからなのだが、ここでそれを言ってしまうと余計な所に話題が飛び火してしまいそうなので続けようとした言葉を飲み込んだ。
「それは存じております。所でツルギ様がブチと呼んでいるあのコボルトから魔力感知の説明はありませんでしたか?」
「へ?ブチからですか?いえ特に何も」
「それはいけませんね………あのコボルトは魔力感知能力を持っている筈です。自らの主に能力を隠すとは許せません。怠慢もしくは反逆の意思有りと見なして良いと思います。後ほど私が教育的指導を施しましょう」
にこやかな笑顔のまま先ほどと変わらぬ明るい口調でそんな事を言うメリジューヌであったが、その眼は決して笑っていなく殺気が灯っている。
そしてその表情を見たツルギは一瞬で全身が総毛立ち、その脳内ではブチがメリジューヌに教育的指導されている姿が想像された。
「待って、待って!ほ、ほら魔力感知とかはミッチーがやってくれてるから、感知の話とか態々しなくて良いと思ったんじゃ……ない?ウン!そうだよきっとそうだよ!間違いない!」
「そうですメリジューヌ様。ご主人様には私が居ますのでブチ様がその様な能力を持っていたとしても無意味です。つまり、ご主人様がそんな事を知っていても知らなくても何も変わりませんのでブチ様は悪くありません」
ブチの身の危険を感じて捲くし立てる様にブチを弁明するツルギ。
それに追従するように突然ミッチーが喋り出し、ブチをフォローしてる様でまったくしていない、むしろ自分の有用性をメリジューヌにアピールしてるとしか聞こえないフォローをする。
「確かにミッチー様の力とあのコボルトを比べるのは酷な話ですが、それはまた別の話です。配下になるのならば自分が使える能力というのは主にお伝えしておくべきものです」
「ほ、ほらブチは僕の部下になって日も浅いしさ、仕方ないよ!メリジューヌさんとリリアみたいに行かないもんだよ。普通はさ」
「ですが――――――」
「メリジューヌさんがどうしても教育が必要だって言うなら、僕が後で言っておくからさ。ここは僕を信用して欲しいな」
「そうですね。あのコボルトはツルギ様の配下でした。あまりに無礼な事をしている様なので我を忘れていました申し訳ありません」
『納得できない!』と表情に現したままだが、メリジューヌはツルギにたいして謝罪を行なう。
それを見たツルギは胸を撫で下ろし、心の中で「どうして此処の遺跡に居る女性陣は皆荒々しいんだ?魔族や獣人の女性って皆こうなのか!?怖すぎるだろ!」と叫ぶが態度に決して出さない様に勤める。
メリジューヌはその頑丈な体とうらはらに心は傷つきやすい所があるのだ。
この20日間の遺跡生活でツルギはその事を十分熟知していたし、それはメリジューヌに近しい者ならば誰もが知る事である。
「えーとそれで、魔力の視覚化?感知でも良いんですが、それが出来る種族って結構多いんですか?」
「そうですね魔力視が可能な種族も居ますし、私のように魔眼で行なえる者もいます。それに先天的に魔術に適正が有る者は感覚で魔力を感じれる場合が多いですね。後は、マナの影響を受けて生まれる魔獣も感知が可能だと聞いた事があります」
「あー…………そういう事だったのか。メリジューヌさん念の為に聞くんですけど僕の魔力って多い方なの?後、僕の魔力の色って禍々しい?」
「魔力量は多い――――いえ、多いという区分で括れない量ですね。姫様や魔王陛下に匹敵する莫大と言って良い魔力量だと思われます。色については私は大変美しいと思いますが、弱い者ですと禍々しいと感じる場合もあるかもしれません」
「そ、そうですか……有難うございますメリジューヌさん。また一つ謎が解けました……」
ツルギは遺跡生活が始まってから、ずっと悩まされ続けている事が有った。それは、自分が恐怖の対象となっている事実である。
ツルギが名無しの遺跡で暮らし始めて20日弱、当初この遺跡に来た時に思っていた期間より長く此の遺跡に居る事になるだろうと思ったツルギは何度か魔族と親睦を深めてみようと思い広間の人々と交流をしてみる事にした。だが、その試みはあまり旨くは行かなかった。
もちろん全てとは言う訳ではないが、一部の者はツルギを見て悲鳴上げながら「化け物!」と言った。ある亜人の老人には「なんと禍々しい。近寄るな!」とまで言われたのだ。
それだけならば、ベアトリスの流した噂のせいかとあきらめる事が出来た「いずれ誤解は解けるさ………」と――――だが、何もしていないのに恐怖されるという事象が魔族だけではなく、魔獣にまで及ぶ事が発覚するとツルギは心底困惑し悲しむ事になったのである。
今でもその時の事柄は大きな心の痛みとしてツルギの記憶に刻み込んでいた――――――
***
その事が発覚した切っ掛けは8日程前の事であった。
以前よりグシオスから狩りに誘われていたツルギは、コボルト隊が非番の日に狩りに行くというので同行していた。
コボルト隊+ツルギは遺跡近郊の深い森の中に入りまず獲物を探す。
コボルトの獲物の探知方法はその鋭い嗅覚を駆使して獲物の匂いを嗅ぎ別ける事だった。そして、程なくしてコボルト達はその自慢の嗅覚で近場に大型猪の魔獣の群れが移動してきている事を感知する。
そして獲物を見つけたコボルト達は普段の様に気配を消して獲物に接近し、退路を断つようにして包囲して狩りに挑む――――――それが出来なかったのだ。
ツルギを含むコボルト隊が獲物の位置を確認して移動開始した直後に森の中から悲鳴の様な獣の叫びが複数挙がる。
それは、獲物である大型猪魔獣達の声であった。そしてその直後森の中から地響きと木々が倒れる音が聞こえて着てその音がツルギ達から遠ざかって行くのを確認出来た。
「気づかれた?おかしい気づかれる距離ではなかった筈だが…………申し訳ありません指揮官殿。何か手違いがあったようです」
「あぁいえ、大丈夫ですよ。動物相手ですし、予想外の事は起こって当たり前です。野生の動物って感が良いらしいですからね」
ツルギはまだ、自分の世界に居た頃に家で見た動物ドキュメンタリーの番組のセリフを引用してそんな事を言う。
「なるほど感ですか感ならば、我々も負けていないつもりだったんですが、やはり野生に適いませんね。ハッハッハッ」
「えぇ本当に……それに僕としてはこうやって森に入って色々見れるだけで楽しめているので、気にしないでください」
ツルギの今回の目的は単に生きているこの世界の野生動物とこの森の植物を見てみたかっただけだった。
ツルギが暮していた地域では野生動物どころか原生の森というのは存在していなかったので、この様に実際に森を歩き回れる機会は無かった。
そんな生活環境で育ったツルギは自然や動物に憧れている所が有り『良い機会だからそのうち暇が出来たら森を見に行こう!!』と見張りをしながらぼんやり森を眺めていたツルギにとっては今回の狩りは渡りに船だった。
それ故に森の散自体が目的のツルギは特に狩り自体の成否は気にしていない「今の猪には逃げられたけど次は姿だけでも確認できれば良いな」位に思っていたので、ツルギに謝るグシオスに申し訳なさすら感じていた。
「それでは指揮官殿、このまま森の奥に向かい次の獲物を探そうと思いますがよろしいですか?」
「あ、大丈夫です。というか、狩りに関しては完全に僕が素人なので僕に行動の確認をしなくても大丈夫ですよ?」
「そうですか…………ではこのまま森の奥へ向かいます」
「はい」
そうして森の奥へ向かったコボルト隊+ツルギだったのだが、それ以降も獲物には近づく前に逃げられるという事が続く。
森の中へ入って4時間ほど経ちグシオスは今まで経験した事がない様な事態に苦々しく呟く様に疑問の声をあげた。
「おかしい…………なんなのだコレは……」
「いつもはもうちょっと近づけるものなんですか?」
「はい…………言い訳の様になってしまいますが普段であれば10回発見して9回は獲物に気づかれず接近出来ていました」
「そうなるとなんでしょうね……………あ、もしかして森の中に危険な肉食動物が徘徊してて他の動物が過敏になっているとか有り得ませんか?」
ツルギはまた動物ドキュメンタリーで得た知識で何気なくそんな事を言ったのだが、その言葉で何かに気づいたのか灰色の体毛のコボルトが声を挙げ、たどたどしく意見を述べる。
「あっ、もしか、するとボス居るせい、かも?いつもと違う、のそれくらい」
その言葉を聞いたグシオスは犬歯をむき出しにし、顔は険しく歪められ今にも飛びついて灰色のコボルトを噛み殺す一歩前という表情になっていた。
そして人では発音できないのコボルト本名を呼んで唸るような言葉を吐き出す。
「*イマ**ー貴様、指揮官殿に無礼だろうが!指揮官殿に謝罪せよ!」
「うっ、でも、ボス怖い。なら、ボスなら魔獣でも、危険と感じる。と思って……」
「む?確かにそうであれば今回の事は……だが――」
グシオスはチラチラとツルギを見ながらツルギの反応を伺う。
それは、そんな事は有り得るだろうか?という視線と、そんな事を認めてしまって自分の指揮官の機嫌を損なわないだろうか?という視線であった。
その視線の意味をある程度理解したツルギは、心の中で小さな溜め息を付いてグシオスに意見を述べる。
「まぁ僕が怖い云々は置いておいて、僕が居るからうまく行かないってのは有り得るかもしれませんね。とりあえず次に獲物を発見したら僕抜きで行ってみてはどうですか?」
「ふむ指揮官殿がそう仰るならば、一度試してみるべきですね。分りました一度我々だけで行ってみることにします」
こうして次の獲物をコボルト達が発見し、コボルト達のみで狩りに向かったのだが――――結果は小型の鹿型魔獣を数匹仕留めるという喜ばしい結果が出たのだった。
ツルギとしては釈然としない所があったが坊主で帰る事にならなくて良かったと思う程度で、まさか自分が魔獣に嫌われる謎の体質だとは思っても居なかったのである。
***
そして、それを切っ掛けとしてツルギが魔獣に嫌われるという事が分るのはそれから3日後、ツルギが暇そうに入り口の警備をしている時であった。
その日は冒険者の襲撃も来ず、平和な日だった。
図面の製作終えたツルギは切り株に座りながらぼんやりと誰にも聞こえないように一人言を呟く。
「暇だ……冒険者も来ないし何も起こらない…………冒険者来ないかな……」
そんな暇すぎて遺跡の守護者として、木こり魔族達の護衛責任者としてもあるまじき一人事を呟くツルギに突然背後から声が掛かる。
今の不謹慎な言葉を聞かれたか?と嫌な汗をかいて振り返るツルギであったが、そこにはツルギの言葉を咎める気等更々無さそうなお気楽な空気の人物が居た。
「チィース、ツルギ暇そうだにゃ」
「あぁなんだベアトリスか……暇だよ。まぁ僕が暇なのは良い事だよ。ハハハ……」
「なんだとは何にゃ!人が折角散歩に誘ってやろうと思ったのににゃ」
「あーゴメン悪気は無かったんだ。あまりに暇すぎてちょっと精神が荒んでた……で、散歩って森に行くのかい?」
ツルギがベアトリスに森に入るのかと問いかけたのはベアトリスの服装から察したのだ。
ベアトリスはいつもの皮ジャケットにタンクトップとホットパンツという露出の激しい服装ではなく、麻か何かで作られた緑色の長袖の服と長ズボンの上に皮ジャケットという服装である、これは外回りの可能性がある魔族に支給されている物で、森に入る時に着る虫除けの魔術が込められた衣服だとツルギは知っていた。
「だにゃ、この子達の怪我が直ったから久しぶりに散歩に連れて行くにゃ。暇そうだからツルギもどうかにゃ?と思ってにゃ」
「この子達?誰かと一緒に行くの?」
「何言ってるにゃ。ちゃんとあたしの後ろにい――――居にゃい!?何処行ったにゃ!?」
ツルギに連れの所在を聞かれ、ベアトリスは自分が『あの子達』と呼ぶ者達を紹介する為に背後振り返り驚愕する。
そこには何も居なかった…………自分に絶対服従で自分の命令が無い限り勝手に歩き回らないそれ等が居なかったのだ。
それは、過去には無い事であった。戦場ですらそれ等は決して逃げ出したりしなかったのだから――――――
「ま、まずいにゃ!姫様に怒られるにゃああ!ウニャアアアアアァン!!」
突如ベアトリスは盛りのついた猫の様な声で大きく叫ぶ。
猫耳以外猫要素がまったく無いと思っていたツルギはその声に「猫要素まだあったんだ!」と驚きつつも内心焦る。
その声はとてつもなく大きく森に響き渡り、木こり達が木を切る音すらもかき消している。
そしてそれに気づいたツルギは慌ててベアトリスに声を掛ける。
「ベアトリス何事!?落ち着いて!どうしたの!」
だがそんなツルギの呼びかけを聞いていないのか、はたまた無視しているのか、焦点の合っていない眼で「ウニャアアアアン」と叫び続けるベアトリス。
その声は大きく響き渡り、木こり達は作業の手を止めて振り返り、森に隠れていたコボルト隊の一人は何事か有ったかと慌てて遺跡の前に戻ってくる。
そしてその視線が集中するのはツルギとベアトリスが居る場所だ。その視線の集中に居た堪れなくなったツルギは自らの手首を見て助けを求める。
「どうしようミッチー!ベアトリスが壊れた!」
「落ち着いてくださいご主人様。ベアトリス様は確かにお頭が弱い所が見受けられますが頑丈な方です。そうそう壊れたりしません」
順調に生物の機微や人格という物の学習が進んでいるミッチーはその成果として毒を吐く事を覚え、それを実践する為に親しい者(ツルギ含む)に度々毒舌フォローをする事が多くなっていた。
最初のうちはその言葉にヤキモキしたものだが、すっかり慣れてしまったツルギはミッチーの毒をスルーして事態の解決に努めるべくミッチーに質問をする。
「じゃあこれって何なんだよ?声も聞こえてないみたいだし、それにこのデッカイ声は異常だぞ」
「これは魔獣言語の一種だと思われます。声が聞こえてないのもそれを扱う上での副作用みたいなものかと」
「魔獣言語……あぁ、なんか前軍議でそんな単語言っていたような……」
「ベアトリス様が扱える魔獣と会話できる言語ですね。元々ベアトリス様は魔獣の指揮を執っていたとリリア様が仰っていたはずです」
「あぁ、それだそれだ。そうするとこれは魔獣に何か呼びかけている訳か――――ん?あれは」
ツルギがベトアリスの魔獣が周囲に居ないかと見回しそれを発見する。
遺跡の入り口に先端が白い毛で他の部位が赤毛のフサフサとした長い物が見えた。
そしれそれが小刻みに震えながら揺れているのに気づく。
「あれって尻尾だよな?胴体は入り口の影に隠れちゃってるけど……」
「分りかねます」
「間違いないよ。大きいフサフサの犬の尻尾ってあんな感じだったと思う。ちょっと行って見てくる」
それが尻尾である事に気づいたツルギは、意気揚々と遺跡入り口に向かおうとして――――ミッチーに止められる。
「辞めた方がよろしいかと、先日のグシオス様との狩りでご主人様が近づくと魔獣が逃げるという事象が起こったばかりです」
「うっそれは――――」
「ベアトリス様にお知らせするのが事態の解決に最良だと私は思います」
「そうだね……そうする」
ツルギは言葉が通じなくなっているベアトリスに指で遺跡の入り口を指し示す。
それでも、反応が無いので肩を揺すって無理矢理にトランス状態のようになってしまっているベアトリスの意識をツルギに向けさせた。
そうしてやっとベアトリスは反応をするが、その視線には焦りと批難の意思が混ざっていた。
「なんにゃ!忙しいにゃ!後にするにゃ!」
「いや、多分ベアトリスが探しているのってあそこの尻尾の持ち主だよね?」
ツルギが改めて、遺跡の入り口で揺れている尻尾を指し示すとベアトリスは批難交じりであった視線を安堵の視線に変える。
「ツルギでかしたにゃ!ちょっと行って来るにゃ!」
そう言うと、一気に駆け出し遺跡入り口に駆け出すベアトリス。
そして遺跡からウニャウニャと先ほど程大きくはないが魔獣と会話するベアトリスの声が聞こえてくる。
それを黙って聞いていたツルギはふと、自分の子供の頃の願いが適うのでは?とミッチーに問いかけた。
「良いなぁ、動物と会話できるのは少し憧れる。『解析』とかで動物の言葉を理解できたりしないのか?」
「可能ではありますが、制限解除行なわないといけません。それに言語処理が違う生き物の言葉を理解するには脳に掛かる負担が大きいのでオススメしません」
「むーベアトリスは問題なさそうなのに僕は駄目なのか?」
「ベアトリス様の場合は、脳の構造が獣の言語を扱える構造なのだと思います。つまり生まれ持った才能ですね。ご主人様にその才能は無いので諦めてください」
「ぐぬぅ……そこをなんとか、試しに一度だけ使ってみるってのは駄目?」
「駄目です。私の立場上それを許可する訳にはいきません」
そうして、「そこをなんとか!」とツルギが言い。ミッチーが「駄目です」と言う不毛な問答を数度繰り返した後にベアトリスのみが小走りでツルギの元へ戻って来た。
「いやーすまないにゃ。迷惑掛けたにゃ。」
「ああ、うんそれは良いよ。で散歩に魔獣連れて行こうとしていた魔獣は?連れてこないの?」
「それにゃんだが、興奮してて良く分らにゃいんだけども外に怖いのが居るから出たくないって言ってるにゃ。」
そこでサーッとツルギの血の気が引く。
そして灰色のコボルトが言っていた『ボス怖い。なら、ボスなら魔獣でも、危険と感じる。』という言葉が頭の中で木霊した。
だが、それを認めたくは無かったツルギはベアトリスに詳細を聞こうと――――――して止めた。
もしベアトリスが「ツルギの事が怖いから近づきたがらないにゃん」等と言ったら、ショックで落ち込んで駄目人間になっている自分を容易に想像出来たからである。
「そ、そうじゃあ今度落ち着いたら見せてよ。アハハ……」
「おう、落ち着いたら必ず見せにくるにゃ」
「うん、待ってるね……」
「んじゃ、そろそろ戻るにゃ。またにゃツルギ」
「あぁ、またね――――あっ!」
ツルギは、別れの言葉を告げて来た時と同じ様に小走りで遺跡に戻るベアトリスを見送りながら視線を遺跡の方に送る。
そこには大型犬と同サイズ程度の燃えるような赤毛の狐が2匹が居たのだが――――ツルギの視線が自分達に向けられていると気づいた彼等はその視線から逃れるように直ぐに入り口の影に隠れてしまう。
「どうやら、ベアトリス様が心配でこちらの様子を伺っていた様ですね」
「…………そうなの?」
「はい、ですがご主人様が姿を確認した瞬間恐れをなして逃げてしまっわれたのでご主人様の勝利です。おめでとうございます」
「ちっともおめでたくない!」
ツルギは頭を抱えて、本気で泣きたくなり今回の原因を自問自答する。「魔族に嫌われる理由なら分っている。人間が嫌われているのと、例の噂が合間ってそうなっている事は理解していた。だが、魔獣―――動物に嫌われる理由というのは良く分らない。
そんなに自分は怖い気配を出しているのだろうか?それとも、この世界の動物に嫌われる体質なのだろうか?」と自問自答するが結局明確な答えをツルギは出せなかった。
「すっごいモフモフだったよなあの狐……触りたかった……」
「あの魔獣を触りたかったのですか?」
「うん……」
「でしたら、代替案を用意できます。グシオス様かマルトメント様に触らせてもらえば宜しいのではないでしょうか?」
「男の僕が男性のあの二人をワシャワシャ触ってたら変な噂がたつだろう!」
ツルギは姉の友人の悪癖思い出し心底嫌な顔をしてミッチーの意見を声荒げて否定する。
再も姉の友人に仲の良い男性同士をカップリングして楽しむという男から見ると非常にコメント困る趣味を持っている人物が居た。
ツルギも危うくその毒牙に掛かり掛けた事があり、どうにもその手の想像をすると鳥肌が立つのであった。
「良く分りませんが、それならばベアトリス様のお耳かアイペロス様のお耳でも触らせて頂けれ良いのではありませんか?」
「それもう、なんていうかセクハラだろう!余計あの噂が強まる!」
「そうなりますと、申し訳ありませんが私のほうから現在出来るアドバイスは御座いません」
「あーうんこっちこそ声を荒げてゴメン。まぁ、こればっかりは宿命だと思って諦めるしかないかもしれないな……」
そうしてその日ツルギは襲撃してきた冒険者を八つ当たりで消し飛ばし、最速撃退記録を更新するのであった。
***
「と、まぁこんな事がありまして」
「なるほど。確かにそれは、ツルギ様の魔力が原因かもしれませんね」
あまりに魔力感知について詳しく聞いてくるツルギに、何故そこまで詳しく感知について聞きたいのかとメリジューヌはその理由を聞いた。
その理由を別に隠すことでも無いと思ったツルギは冷静を装って何とも無い風に淡々とメリジューヌに狩りでの経験や魔獣に嫌われたという事を語る。しかしながらその顔には諦めの現れとして苦笑いが形作られていた。
「やっぱりそうなんですかね?本当にそうだとすると、僕は魔獣に嫌われ続ける運命なんでしょうか……」
「そうですね……トリスの魔獣達ならば時間を掛ければそのうち慣れてくれるかもしれませんが……野生の者となると……」
「やはりそうですか……」
「ツルギ様は、魔獣がお好きなんですか?」
「えぇ、まぁ……猫が一番ですけど、それ以外の動物全般好きなので魔獣も好きです。特にあのベアトリスの狐は触ってみたかったですね……」
苦笑いのまま落胆してうな垂れ返答するツルギに、メリジューヌは笑顔でツルギに希望を与える返答する。
「もし魔獣を触られたいのならば、私が知っている魔獣で恐れ知らずの子が居ますので今度ツルギ様の元に連れてきましょうか?」
「む?恐れ知らずですか?」
「はい。実は私も、ツルギ様と同じ様な体質なので魔獣には怖がられてしまうのですが、その子だけは私の事を怖がらないのです。ですので、恐らくルギ様の事も怖がらない筈です」
メリジューヌの言葉を聞いたツルギはパッと花が咲くように笑顔になり急に元気を取り戻す。
「おぉ!それは凄い!!じゃあ、今回の戦いが終ったら紹介してもらえますか?」
「はいもちろんです」
「やった!約束ですよ!」
ツルギは嬉しさのあまりもう間もなく着くであろう最終防衛線への足取りを速める。その顔にはニヤニヤとした笑いが張り付いていた。
そして、それを見たメリジューヌは安堵の溜め息を付き小声で「あぁ良かった」と漏す。
(今日のツルギ様から何か危うい感じが有りましたが、今の約束でそれも消えた様ですね。それにツルギ様の嗜好を知れたのも大きいです。まさかツルギ様が私と同じ様な嗜好を持っているとは思いませんでした。人間が魔獣好きというのは珍しいのですが……まぁ、トリスの魔獣が大丈夫であれば、きっとあの子の事も気に入ってくれる筈ですね。同じ火属性ですし……あんなに可愛いのだから!)
メリジューヌは自分とリリアが可愛がっているパイロヒドラの幼生をツルギに見せる時を想像してニンマリと笑う。そのメリジューヌの想像には仲良くパイロヒドラの幼生の散歩をするメリジューヌとツルギが映っていた―――――――だがメリジューヌはこの時まだ知らなかった。
竜人のメリジューヌが可愛らしいと思っているパイロヒドラの幼生は、人間の感性では決して可愛いとは言えない存在である事を――――




