第16話 犬と猫
迷宮生活2日目正午手前――――――――1層入り口
「ご苦労さまです。全員帰還してください」
「了解です。指揮官殿」
黒いコボルトは僕の命令を聞いた後に、後ろ振り向き手で洞窟内に入るように指示を出した。
その直後弓を携えた様々な毛並みのコボルト達5人が高速で洞窟内に駆け込んできた。
「全体止まれ、指揮官殿に跪け!」
グシオスさんの命で横並びに僕の前にコボルト達が片膝を挙げて僕の前に跪く。
しかしコボルト達の視線は、その忠誠を示す姿勢とは相反して、まるで値踏みするような視線を僕に投げかけてくる。
グシオスさんはその様子を確認した後に僕の目の前迄歩いてきて跪く。
改めてこの黒いコボルトのグシオスさんを観察する。
顔は、犬というよりは狼だ。(他のコボルト達は犬に近い顔をしている)
全身が黒い体毛で覆われており、犬をそのまま人型にした様な姿で、身長は190cmくらいだろうか?手は犬の様に肉球があるが、指は人間のように5本指になっている。
服装は、ポケットが複数取り付けられている作業服の様な黒いシャツと、黄土色のズボンを穿いているが、一番眼を引くのはそのズボンに取り付けられている黒い皮のベルトだ。
ベルトにはナイフポケットがあり、腰周りにズラッとナイフが収納されている。
大振りのナイフが2本に、小型の投げナイフの様な物が7~8本といった所だろうか?
その全身像から勇猛そうな人型狼という印象を僕は持った。
しかし、何故かいきなり跪かれてしまった。こんな事をされてしまったらこちらの方が恐縮してしまう。
恐らく僕がこの隊の指揮を執るのを、ベアトリスから聞いていたからなのだろうが……まぁ、いきなり喧嘩を売られるよりはマシか。
「ここに居るのが我が隊の全兵です。指揮官殿」
「あ、はい。えーと偵察ご苦労様でした」
「ハッ!労いの御言葉ありがとうございます」
「あーいや、そう畏まらないで欲しいな……もう少し楽にして欲しい」
「分りました。お前たち指揮官殿が休めとの仰せだ。全員休め!」
その言葉を聞いたコボルト達は全員起立して、ビシっと背筋を伸ばし、後ろで腕を組んで休めの体制になった。
なにか、軍隊の様だな彼等は……あ、彼等は魔族の軍隊だからそれで良いのか。
各自命令の範疇内ならば、自由に動いていたベアトリスの部隊を先に見ていたので変な違和感を感じてしまう。
それになんというかオーカスさんが言っていた、コボルト達の印象とも違う。
もしかして、猫を被っているんだろうか?まぁ、それは追々分るだろうけど……それより、今現在の問題が有る。
彼ら、僕が何か命令を出さないと梃でも動く気がなさそうなのだ。
二日間の偵察で疲れているだろうから各自休んで欲しいのだが、勝手にそんな命令を僕が出して良いものなのだろうか?
その時助け舟が出た。
「ご主人様、そろそろリリア様の下へ向かいませんとお約束のお時間が……」
ナイスフォローミッチー、これでこの場を離れる口実が出来た。
「あ、もうそんな時間か!グシオスさんごめん!僕急いでいるので後はいつも通りに行動してください」
「了解しました。では、通例どおりに隊の皆に偵察後の休息を与えようと思いますがよろしいですが?」
「うん、2日間の偵察ご苦労様でした。皆ゆっくり休んでください」
「お前たち、指揮官殿の指示を聞いたな?各自自室にて休息を取れ!」
ワンッとコボルト達が犬っぽい声をあげて返事をする。コボルト達の眼には若干の安堵の色が見えた。
まさか、僕が彼らに休みも与えず新たな任務でも与えるとでも思っていたのだろうか?この世界は人間に信用が無い様だからそれも有り得そうだ。
良し!ここは一つ僕がそんな酷い指揮官では無く、ちゃんと部下を労える指揮官である所を見せねばならないな。
「アイペロスそして、他の獣人部隊の皆もご苦労様でした。こんな大勝僕だけじゃとても出来なかった。今回の勝利は君たちの功績だ」
「はい!兄貴ありがとうございます……オラ!お前等兄貴が態々労ってくださっているんだからお礼を言えぇぇ」
「「「兄貴ありがとうございます!!!」」」
アイペロスは満面の笑みで、獣人達は恐怖に顔を引きつらせて僕にお礼を言ってくるが……これ、もしかして逆効果だったんじゃないか?コボルト達がギョッとしてる。
そして、それを見たグシオスさんは何か感心した様な声で僕に話しかけてきた
「ほぅ、指揮官殿は2日前にこの遺跡に来たばかりと聞いていましたが、随分そこの獣共を手懐けている様ですね」
「当ったり前にゃろ。お前等犬野郎共と違ってウチの奴等は誰も彼もに喧嘩は売らないにゃ!」
あぁーやめて!グシオスさんを煽らないでベアトリス。
「フンッ俺に一番喧嘩を売っている野良猫が良く吼える」
「あぁん!姐さん馬鹿にしてのんかこの犬野郎が!綺麗に皮剥いで犬皮のコートにしてやろうかぁあん?」
アイペロスのダミ声の言葉を聞いたグシオスさん以外のコボルト達が「グルルル」と唸り声を上げ始めた。
なんだ?なんで此処で喧嘩になる?さっきまで戦勝ムードで和やかな感じだったじゃないか……あーもうっ!
「はい。喧嘩はそこまで!グシオスさんは偵察の報告とかあるんでしょ?僕と一緒にリリアの所まで行くよ!ベアトリスはまだ入り口警備の仕事中なんだから真面目にやらないと駄目だよ、ね?」
グシオスさんには少し強めに、ベアトリスには優しく諭すように、各々がやらなければいけない事を伝えて一食触発の両者の間に入る。
「分っておりますとも、そこの猫が勝手に噛み付いてきただけですので最初から相手にしておりません」
「おう、あたしは聞き分けが良いからにゃ。今日はツルギに免じて犬共を見逃しておいてやるにゃ」
そう言ってお互い逆方向を向いて目線外す、どうやら引き剥がし作戦の方は旨く行った様だ
「じゃあ、ベアトリス僕等は先に戻ってるよ」
「了解にゃ、交代時間になったら戻るにゃ。後で一緒に戦勝会やるにゃ」
「OKじゃあまた後でね。では、行きましょうかグシオスさん」
「はい、指揮官殿」
なんとか今回は、喧嘩の仲裁が出来たけどこの先何度もこういう事態が発生すると思うと胃が痛くなりそうだ。
迷宮3層午後1時――――――――議場
現在議場でグシオスさん、メリジューヌさん、僕の三名で食事を取っている。
今日は簡素にメリジューヌさんお手製パンと干し肉とお茶だけのお昼ご飯だ。
僕は黙々と食事を取っているが、グシオスさんとメリジューヌさんは何か楽しそうに談笑している。
僕が何故会話に参加しないのかというと、メリジューヌさん達の話題はもっぱら僕の事だからだ。
その会話の内容を聞いているだけで、何か逃げ出したくなってくる。
「――という訳で、私はツルギ様に負けてしまった訳です」
「なるほど。指揮だけでなく個人の戦闘能力も卓越している訳ですか、指揮官殿は」
戦闘能力はミッチーが凄いだけで僕は指示を出しているだけです。
「ツルギ様は、戦闘の指揮もやはりお上手なのですか?」
「えぇ、負傷者0で4名の冒険者を全滅させた手並みは見事としか言い様がありませんな」
言えない、ゲームで得た知識を流用して作戦を立ててたとは言えない……
僕は以前RTSの戦略ゲームをやっていた時、偶々ランチェスターの法則という物を知って、それを流用しただけだ。
この法則は戦争において数が多いほうが兵の損害が少なく勝て、数が少ない方が大損害になるという基本戦術を数値化する物だ。
もっとも、この法則にはそれぞれの兵の強さや装備も関連してくる。
冒険者の攻撃は毎度未知の物があるので、この法則が当て嵌まる機会は少ないかもしないが、今回は役に立った……古くてもやっておいて良かった、エ○ジオブエンパイアシリーズ
「それは凄い……流石はツルギさまです」
グシオスさんの言葉を聞いたメリジューヌさんは、キラキラした眼で僕を見つめてくる。
やめて!そんなキラキラした目で僕を見ないで!そんなに憧れた様な眼で見られると恥かしいし、今後のハードルが高くなる!
「僕は戦争ならば10対4の戦闘が引き算のように6対0にならないという事を知っていただけです。つまり、ただ単に数で押しただけです」
「指揮官殿謙遜されないで下さい。あの冒険者を恐慌に陥らせて一人も逃がさず殺す手並みは中々できるものではありませんよ」
それはアイペロスの凶行に冒険者達がビビっただけだ。
僕の作戦にはあんな酷い惨状を作り出す予定は入っていなかった!
「そうです!ツルギ様は敵を絶望させる天才です。一度戦った私が言っているので間違いありません!」
メリジューヌさん、それ褒めているつもりだろうけど僕にとっては褒め言葉じゃないから!そんな良い笑顔で悲しくなる事言わないで!
しかし……これはもう何を言っても謙遜扱いになってしまうな、話題を摩り替えよう。
「それにしてもリリア達遅いですね。地底湖でそんな珍しい物が見つかったんですか?」
「あの手の物に目がありませんから、姫様は……困ったものです」
なんでも地底湖に流入してくる水量が、何故か一昨日から増えてしまったらしく。
地底湖が溢れて3層が水浸しになる可能性が懸念されたので、今朝からコッセルさん達が治水工事をしていたらしいのだが、その工事中に土の中から神話の時代の碑文が発見されたらしいのだ。
その碑文の発見を聞いたリリアは午前中に地底湖に向かったまま現在も戻ってきていない。
メリジューヌさんがお昼だと、呼びに行っても生返事を返すのみで碑文の解読に躍起になっていたらしい。
「うーん、そうなると日を改めた方がいいですかね?」
「いえ、それは駄目です」
まるで、ミッチーの様にあっさりと僕の意見を拒絶された。
「でも、さっき聞いた状況だと僕との約束なんて忘れちゃってるんじゃ……もしかして、僕のほうから出向いた方が良い?」
「それも駄目です、お約束はお約束です。忘れている姫様が悪いので、ツルギ様から出向いては姫様を甘やかす事になります」
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「仕方ありません。ここに姫様を引き摺ってでも連れて参りますからツルギ様はこちらでお待ちください」
何か姫君に仕える従者として程遠い事を言い出したぞこの人!しかもすっごい笑顔で!
「えっ引き摺るって、流石にそれは不味いんじゃ――待って待って!話を聞いてメリジューヌさーん」
メリジューヌさんは僕の声を無視して笑顔を崩さず席を立ち部屋から出て行った。
「あーあ、行っちゃったよ。メリジューヌさん大丈夫なのかな?リリアは主なのに引き摺るなんて……」
「あのお二人は幼い頃より主従関係にあるので、そんな事では関係性は崩れないでしょう」
「へぇーそうなんですか。仲は良いとは思っていたけど、そんな関係だったんだ」
メリジューヌさんが今回の様にリリアに厳しく接するのは、メリジューヌさんがリリアの事を妹の様に思っているからなのかもしれないな……
***
メリジューヌさんが部屋を出て行って10分ほど経過したが、まだリリア達は戻ってこない。
その間無駄話をしているのも何なので、グシオスさんに適切なコボルト隊の運用方法のレクチャー受けている。
一通り隊の運用方法を聞いて、話も終盤に差し掛かった頃、これが一番の注意点だと前置きしてグシオスさんがとても言い難そうにコボルト達について語り始めた。
「指揮官殿、恐らく早ければ今日にも我が隊の者が指揮官殿に夜襲を掛けると思います……」
「あぁその、一応オーカスさんから有り得るとは聞いてましたが……やっぱり僕喧嘩売られちゃいます?」
「間違いなく。俺もあいつらをリリア様より預かった晩に寝込みを襲撃されました」
確かに、僕の前で跪いていたコボルト達は何か僕を値踏みするような視線を向けていた。
恐らくあの時、僕をヤれるか慎重に観察していたのだろう。
しかし寝こみを襲うって、僕今晩眠れるんだろうか?
流石に二日連続寝不足はきつい、コボルト達のボスであるグシオスさんに何とかしてもらえないのだろうか?
「グシオスさんの方で止めることは出来ないですよね?」
「申し訳ないのですが俺が言い含めても無理だと思います。どうもコボルトは若い内の本能は抑えようが無い物で……」
犬の血の本能か……運用レクチャーを聴いていた時も思ったが、コボルトは獣人達よりよっぽど獣に近いんじゃないだろうか?……て、待てよ?グシオスさんもコボルトだよな?まさか彼まで……
「分りました、今夜は寝ないで注意しておきます。ち、ちなみにまさかとは思いますがグシオスさんはそんなことしませんよね?」
それを聞いたグシオスさんは、ギィィッと口を開いて、牙を見せてきた。
まずい!これは襲撃を看破されたから今すぐ来るつもりか!?だけど今は防御用の罠がまだ――
「ハッハッハ、あの狂戦士の様なメリジューヌ殿を倒した、指揮官殿と戦う程私は分別がない訳ではないですよ」
なるほど、あの牙を見せていた表情は笑う前兆だったのか……狼の笑う所なんて見た事がないから分らなかった。
あの表情だけで見てしまうと牙を剥いて襲い掛かってくるのかと思って、ミッチーに命令を出す寸前だった。
というか本当に大丈夫だよな?こう言って油断させてガブッと行かれたりしないよな?
「本当ですか?そんなこと言いつつ、今晩僕の寝込みを襲ってきたら一生恨みますよ」
「いえいえ、絶対しませんよ。しない理由があります。指揮官殿は俺の顔を見て何か気づきませんか?」
顔?確かに他のコボルト達の犬の様な顔の作りと違い、グシオスさんは狼のような顔している。
そうなると……あっ!そういう事か!
「実はグシオスさん、コボルトではなくて別の種族とか?」
「惜しい、半分当たりで半分外れです。俺は狼獣人とコボルトの混血ですからね。その手の本能は薄いんで御心配なく」
「あぁ、なるほどそれで狼のような顔されているんですね」
「えぇ、そうです。と言う事なので指揮官殿には安心して頂きたい」
「分りました。変に疑って申し訳ないです」
「いえいえ、こちらこそ最初に説明しておくべきでしたな。ハッハッハッ」
僕の目の前の黒狼はそう告げて楽しそうに笑う。
見た目から寡黙な人なのではないかと思ってたが、結構明るい性格なのかもしれない。
彼となら、良い関係が築けそうだ。
***
その後コボルト隊の運用方法も聞き終えたので、他愛も無い話をしながらリリアを待っているとガチャリと議場の木製の扉が開いた。
開いた扉の向こうにはいつものドレス姿ではなく、灰色の作業服の様な服装のリリアが泥だらけの格好で立っていた。
そして、リリアの姿を見たグシオスさんが席から起立したので、僕もそれに習って起立する。
「すまんな、ツルギ待たせ――ん?グシオス戻っていたのか」
「はいリリア様。グシオス隊本日午前に帰還しました」
「偵察ご苦労であった。二人とも着席せよ」
リリアはそう言って僕とグシオスさんに着席を促し、僕の横の席に腰掛けた
「して、グシオス今回の結果は?」
リリアがとても真剣な顔をしてグシオスさんに、追撃と偵察の結果を聞いている。
「どちらの報告から聞かれますか?」
「いつも通りで良い」
「この2日間の結果は鹿5頭です」
え?狩りの報告?リリアがあんな真剣な表情をしているんだから、そこをは偵察か追撃の結果を報告する所じゃないのか?
いや、待てよ?メリジューヌさんはリリアはあまり食に拘りはないと言っていた。
そのリリアがいきなり食べ物に関連する話をするのはおかしい。
これはもしかすると何かの暗号なのかもしれない。
諜報活動には良くあることだよな、単語を別の物に暗喩させる事は……
「ほう!良くやった!グシオスよ」
「ハッ!リリア様にお褒め頂き恐悦至極にございます」
「うむうむ。最近は猪ばかりだったからな、食卓が豊かになるのは良いことだ。して、いつ食せる?」
「野良猫共に捌くように言っておきましたから明日には召し上がって頂けるかと」
その報告を聞いたリリアは一気に眼を輝かせる。
「大任ご苦労であったなグシオスよ。汝のお陰で我の悩みが一つ消える」
と、リリアは満足そうにグシオスさんを労った後「良かったぁ」とか小声で呟いている。
あれー?これってもしかして本当に狩りの報告聞いてただけか?
普通、ここはグシオスさんの偵察結果を聞いておく所だろう……このガッカリ姫め!
「む、どうした?ツルギよ。そんな不機嫌そうな顔して」
「何でもないよ。リリアの食欲が満たせそうで何よりだ」
「む、失礼な!我は唯メリーの猪料理から開放されたかっただけだ!」
ん?リリアは猪料理が苦手なのか?
今朝の猪スープは美味しかったから、メリジューヌさんの料理が不味いって事は無いと思うんだけどな。
「リリア、猪苦手なの?」
「違う!豚も猪も好きだ。我が苦手なのはメリーの猪料理だ!」
「何言ってんだ!メリジューヌさんの料理美味しいだろう」
「ぬ?ああ、そういえば汝もメリーに食事を作って貰っているのだったな。猪は食卓に出たか?」
「あぁ!今朝猪のスープを食べたけど美味しかったよ」
リリアが普段お世話になっている、メリジューヌさんの料理を貶す物だからつい語気を荒げたが、リリアは僕の言葉を聞いて沈痛な面持ちで、ある事を述べてくる
「ならば汝に忠告しておく絶対に『猪料理は飽きた』とは言うな……」
「飽きた?ってどういうことだ?」
「ここ1月ほど毎日猪料理ばかりでな、今の我等の状況を考えると贅沢なのは分っていたのだがな、ついつい言ってしまったのだ『猪料理』は飽きたと……」
「まぁ確かに毎日だと飽きてしまうかもな」
「うむ。それを聞いたメリーがな……それはもう……上機嫌でな『では、母より習った料理以外で私風に明日からアレンジして作ってみますね』と……我に言ったのだ」
その言葉を、何か苦しい物を吐き出すような感じにリリアはやっと吐き出した。
しかも心なしか、目が潤んで泣き出す寸前の様な感じだ。
これはもしかして僕は禁断の扉を開けてしまったのではないだろうか?
この話は、これ以上聞かない方が良いのかもしれない……でも、気になる。
怖い話を、怖くて聞きたくないけど、やはり聞きたいのと同じ心理状況かもしれないなこれは。
「……で、その後どうなったんだ?」
「翌日からあの『痺れサラダ』と同じ様な味付けの猪料理が出てくるようになった」
「『痺れサラダ』!?ってもしかしてあの舌にビリッと来るドレッシングのやつか!?」
実はリリアが言っている『痺れサラダ』というのは僕も心当たりが有る。
今朝メリジューヌさんが持ってきてくれた食事の中に食べると舌が変になる凄い味付けのサラダが有ったのだ。
ニコニコと僕の食事を食べる姿を見ているメリジューヌさんに流石に不味いとは言えず、一気に噛まずに飲み込んで「美味しかったです」と言ったのだが、もしかしてこれは後々酷い未来が待っているんじゃないのか?
サラダならばまだ、無理矢理噛まずに飲み込めるが、同じ様な味付けの肉料理が出て来た場合は飲み込む訳には行かないし、メインディッシュが『アレ』では……
しかし、リリアは鼻で笑って僕が食べたのは『痺れサラダ」では無い事を自虐的に伝えてくる
「ふふん、汝の食したのは序の口に過ぎぬ」
「ま、まだ『アレ』の上があるのか……?」
確かに『アレ』は強烈な味だったが、痺れるという程の物ではなかった。
だとすると、文字通り舌が痺れるという事なのか?
「あれはビリっ等と言うレベルの物では無い!口に入れた瞬間舌が痺れた後に強烈な苦味が来るのだ!」
なんだそれ!舌が痺れるってそのまんまの意味なのか!?それってもう毒物だろ!
「そ、そんな物食べて大丈夫なのか?」
メリジューヌさんの事は信用しているがリリアの話を聞いていると、段々自分の体が心配になってきた。
「栄養価の高い薬草が材料だと言っていたから問題ない……と、思う」
「そ、そうか……リリア忠告ありがとう!僕絶対『猪飽きた』なんて言わない!」
「うむ、我の様な被害者は一人で十分だ。」
お互い色々な意味で涙ぐみ、まるで恋人の様に見詰め合う。
まぁ、見詰め合っている理由はしょうもない事なのだが……
お互い無言で見つめあう僕等を扱いかねたのかグシオスさんが別の話題を振ってきた
「メリジューヌ殿といえば、リリア様をお迎えに行かれましたが一緒では無かったのですか?」
「ん?メリーが?いや会っては居ないが?」
「じゃあ行き違いになったのかもしれないね」
「ふむまぁ良い。コッセルを連れて直に戻ってくるだろう」
「コッセルさん忙しいの?もし、忙しいのなら今日の相談はまた明日でも」
「いや、今日の作業予定範囲は終っている。別件で我が余計な仕事を一つ与えてしまってな」
「あぁ、例の碑文ってやつ?」
「うむ。今回出土した物は中々面白そうな物でな、解読に時間が掛かりそうなので私室の方に運んでもらおうと思って――ん、ああ、来たか」
その時、再び扉が開きメリジューヌさんとコッセルさんが議場に現れた。
そして何故かメリジューヌさんは、リリアを見て眉間に皺を寄せて怒りの表情を顕にしている。
「姫様!なんですかその格好は!!それに、そんなに泥だらけになって!」
「仕方あるまい。約束の時間を過ぎてたのだから着替える暇もなかったのだ。多少汚れているが別段問題なかろう。なぁツルギよ」
「え?まぁ僕は気にしないけど――」
「駄目です!お着替えしてきますよ!」
僕の言葉を遮ってメリジューヌさんがリリアに駆け寄り、リリアの作業服の襟首をグリッと左手で掴む。
「ツルギ様申し訳ないのですが、姫様を少々お借りしますね」
「えっあっ?はい」
「では、ツルギ様の了承は頂けましたので、お着替えに行きますよー」
そしてそのまま襟首を持ってリリアを引き摺って行く。
「待てメリー落ち着け!あっ駄目、服が破けるぅお願いやめてー助けてツルギーー」
遠くになっていく悲鳴を聞きながら、またしても僕は少し前と同じ疑問を持ってしまう。
あの主従関係はアレで大丈夫なのかと……




