第14話 兄貴とあたし
迷宮生活2日目朝――――――――自室
僕は、突然の強烈な体の揺れに脳をシェイクされて目が覚めた。
どうやら、昨日の夜ミッチーと語り合っているうちにいつの間にか寝てしまっていたようだ。
そして現在、僕は起床と同時に、またメリジューヌさんの困った顔を見てからの一日が始まった事に自責の念で頭を抱えている。
「メリジューヌさん昨日に続き、今日までお手数掛けました……」
「いえいえ、ツルギ様の昨日の疲労度合いから見るに仕方ない事かと思います」
「すみません。以後こんな事は無いように気をつけます」
メリジューヌさんは僕が疲れすぎて寝坊したと思っている様だが、実際には昨日夜遅くまでミッチーと話していたせいだ。
だが、流石に「夜更かしして寝坊しました!」とはメリジューヌさんに言えない。
「気になさらないでください。どちらにしても朝食をお届けにこちらには来ましたので、ツルギ様の寝顔を見れて私としては役得というものです」
あぁ、また寝顔を見られてしまった……だが、そんな事よりメリジューヌさんは今気になる事を言っていた。
「えっ?朝食?態々作ってくれたんですか?」
「あら?昨日お約束したの忘れてしまいましたか?姫様のご用時ない時は、お食事をお届けするとお約束したではありませんか」
そう言って、彼女はニッコリ微笑んでテーブルの上に掛けられていた不自然に盛り上がった白い布を取り払ってみせた。
その布の下には木の椀から湯気が上がっている汁物らしき物とサラダそして、昨日と同じクロワッサンのようなパンが置かれていた。
「あーいえ、約束は覚えてますが、まさか朝食まで作って頂けるとは思ってもみませんでした。てっきり昼だけかと」
「あら?そうだったのですか?私としては朝昼晩全てのお食事をお作りするつもりだったのですが、ご迷惑でしたか?」
「いえ、そんな迷惑という事はないです。でも、良いんですか?メリジューヌさんはリリアの分も作らなければいけないんでしょう?それって結構大変なんじゃ?」
「姫様は基本朝は食事を摂られないので大丈夫ですよ。それに二人分作るのも3人分作るのもあまり労力は変わらないので気になさらないでください」
「すみません。何から何まで」
「そう、恐縮なさらないでください。私が好きでやっている事なのですから、さぁお食事にしましょう」
そう言って、メリジューヌさんは昨日の晩持ってきてくれた2脚椅子のうちの1脚を手前に引いて僕に座るように促した。
「本当にありがとうございます。では冷めないうちに頂きますね」
僕が席に掛けると、メリジューヌさんも対面の席に掛けてくれた。
良かった。今回は一緒に食事を食べてくれるようだ。
これでまた昨日の様に僕が一人で食事を取って、メリジューヌさんが甲斐甲斐しく僕の世話を焼く構図だったら、申し訳なさ過ぎて食欲が無くなってしまう所だった。
「さぁ、ツルギ様。今日の猪のスープは自信作なので温かいうちに召し上がってください」
「はい。いただきます」
こうして僕の2日目の異世界生活が始まった。
迷宮生活2日目朝――――――――議場
僕は現在、リリアに昨日出来なかった報告をするべく議場で待機中である。
ちなみにメリジューヌさんとは、この議場が有る広間に来る前に別れた。
どうやら自室でなにやら作業があるらしく、リリアの私室が有る部屋の方へ向かっていた。
何故そちらにメリジューヌさんが向かったのかは、メリジューヌさんの部屋がリリアの私室の横に有るのだからだそうだ。
メリジューヌさんの部屋は、依然僕がラルフ達から逃げている時に開けられなかった扉の奥に部屋が複数有るらしく、その中の一つらしい。
「なぁ、ミッチー。マナ結晶の分析が完全に終るのはいつごろだ?」
現在この議場には僕一人だ。
リリアはまだ来ていないのでこの議場には今僕一人しかいない。
手持ちぶたさだった僕はミッチーに話しかけた。
「昨日ご主人様より、お話していただいたAOのシステムと私の分析内容の精査が必要ですので、本日の午後以降に正確な分析結果をご報告できます」
「そうか……」
昨日の僕のAOについての説明はそれなりに意味が有る物だったらしく、ミッチーは冒険者の詳細なスペックを探る為にマナ結晶と僕が与えた情報の関連付けを行なっているらしい。
尚、僕が経験したAOでの事柄についても一緒に話したのだが、僕がAOで行なった事にいについての感想は無く。原因だけ推測してくれた。
その推測の内容とは統括AIになんらかのシステム障害が発生して、冒険者達の視界に掛かっているフィルターが一時的に弱まったのではないかという事だった。
どうやら冒険者達の目にはAO運営にとって都合の悪い物が、別の物に摩り替わったり、見えなくする様なフィルターが掛かっているらしいのだ。
僕の事を冒険者達がゴブリンと呼ぶのはそういうことらしい…………つまり、僕は知らなかったとはいえ、この世界の人間を殺した可能性がある。
僕自身、冒険者たちがAOプレイヤーだという事が分ってから、薄らとだがこの事実には気づいていた。
しかしながらそんな事実認めたくなくて極力考えないようにしていた。
だがそんな僕の逃避を、ミッチーが昨日現実逃避できない現実として僕に伝えてきた。
それは直視し難い現実では有ったが、事実として、もはや逃避出来ない事を僕に理解させる言葉でも有った。
ならば、僕は真実を知る者として、この世界でなにか、贖罪を行わなければいけないのではないだろうか?
そう、ボクは冒険者達を……
「待たせたな、ツルギよ。ん……どうしたそんな怖い顔をして」
どうやら僕は今思いつめて相当怖い顔していたらしい。
部屋に入って来たばかりのリリアが僕を見て一瞬怯えるような表情を見た。
常に尊大であろうとしているリリアにしては珍しい年相応の少女の表情だった。
「いや、今後の事を考えてただけだよ。気にしないで」
「そ、そうかまじめに働いてくれるのは良いが、思いつめすぎるなよ」
「あぁ、分っている」
「何か、あれば直ぐに我に相談するが良い。力になってやろう」
相談できる訳がないこんな事……
「む、また険しい顔になっているぞ。どれ我に相談してみよ」
「大丈夫だ。自分でなんとかしなきゃいけない問題なんだ。自分でなんとかしてみるよ」
「そうか……まぁ話す気になったら話すが良い。では、報告を聞こうか」
「OKじゃあまず、昨日の1層の事から――」
僕は昨日の1層に罠を設置した事と戦闘の結果をリリアへ方向し始めた。
***
僕の報告黙って聞いていたリリアは何か難しそうな顔をしている。
やはり、入り口を大きく損壊させてしまったのに問題があっただろうか?
「ふむ、まずは冒険者達の撃退ご苦労であった。だがなツルギよ。次からはもう少し慎重に事を進めるのだ」
「ん?入り口の事?確かにあれはやりすぎた、以後気をつけるよ」
「違う。そちらでは無い。一人であまり無理をするなと、言っておるのだ」
あぁ、そういうことか、昨日もメリジューヌさんにも言われた事だ。
「だけど、仕方無かったじゃないか。僕はグシオスさんとやらが戻ってこない内には部下の一人も居ないんだからどうしても、単独行動になってしまうよ」
「だからと言って何も一人で戦闘に突入する事は無いではないないか。汝に万が一の事があっては我等に先は無いのだそれを理解して行動せよ!」
正直、僕はリリアに報告した段階でかなりのお褒めの言葉を貰える物だと思っていた。
冒険者を一人で7人も打倒したのだ。リリアは手放しで喜んでくれると思っていたのである。
しかしながら、実際には帰ってきたのはこの様な叱責まじりの忠告で、若干憤慨してしまいそうになった……のだが、リリアの悲しげな表情を見ると憤慨して言い返す気にはならなったし僕の軽率さもやっと理解できた。
口調は凄く強いが、リリアは今とても悲しげな表情をしている。
年下であろうこの少女にこの様な表情をさせるほど、心配をかけてしまったのは非常に心苦しい限りだ。
「分った次からは気をつける。リリア達に心配をかけてすまなかった」
「分ったならば、良い。次に1層の罠の件だが一次それを撤去する事はできるか?」
「えっなんで!?」
「汝は、エルフ達が救援物資を持ってきてくれる事を忘れてないか?その罠とやらは、魔族以外には無差別に機能するのであろう?」
あっ……まずい完全に失念していた。
ついつい、罠を置くのが楽し……必死で忘れていた!
昨日、道中の罠はほとんど破壊されてしまったが、入り口の光源感知矢罠は活きている。
夜にエルフ達が到着して、夜道を歩く為に持っているはずの灯りに反応したら一大事だ。
「ごめん……防衛の事に必死過ぎて忘れてた……」
「そ、そうか汝はアレか?考えるより先に体が先に動くようなタイプか?」
少し呆れたようにリリアがそう言ってくる。
言われて初めて気づいたが、昨日の僕を思い出す限りそうかもしれない。
身近にそういう人達が居たから自分は良く考えなければと、反面教師にしていたのだが……その人達と離れてついにその本性が出てしまったようだ。
ちなみにその身近な人というのは姉と父だ。
たった二日やそこら離れただけで、これだ。
今まで姉たちに抑圧されていた物が他にも出てくるかもしれない。
気をつけねば……
「そ、そうかもしれない。ごめんなさい」
深々とリリアに頭を下げる。
もう、なんか今日謝ってばかりだな僕。
「まったく、救援に来た者達に攻撃しては外交問題になるぞ」
「面目ない」
「まぁ我等の事を思ってやった事だ。叱りはせぬが、罠は可能であれば一度撤去せよ」
不味い昨日からもう助けるつもりで迷惑を掛けっぱなしだ。
これで外交問題にでもなったら眼も当てられない。
「分った直ぐ1層に行って来る」
「入り口にエルフ達を迎えるべくベアトリスの獣人部隊達を待機させておるから即急にという訳でもないが、他に報告が無ければ直ぐに向かうが良い」
「分った直ぐに――てっ報告というか一つ相談があった」
「む?なんだ言ってみよ」
「迷宮作成計画の草案が有るんだけど、実現可能か相談に乗って欲しい」
「なるほど。しかし、それは我だけの意見を聞くだけで事足りる相談か?」
「いや、出来ればコッセルさんも同席して欲しい」
これから相談しようとしている事は、迷宮1層の大改造計画についてだ。
リリアだけでなく、土木作業を行なうモグル族の元締めであるコッセルさんの助力も必要になるだろう。
「ふむ、今コッセルは地底湖の方の作業に向かっておるから、話は午後からの方が良いな」
リリアが今言った地底湖とは、3層にある大きな地下水溜まりの事だ。
僕も実物を見たことは無いが、リリアに貰った地図に広間と同じような大きさの湖が記載されていた。
「OKじゃあ、先に1層に向かうとするよ」
「うむ、コッセルには昼明けにこちらに顔を出すように伝えておく、その頃に汝も議場に来るとよい」
「了解。それじゃまたその頃に」
「うむ」
僕はリリアに別れを告げて1層へ向かった。
迷宮生活2日目正午前――――――――1層入り口
「よし、終った終った」
念の為に1層のわき道二本の罠群も『解除』して廻ったのだが、天井の罠は触れることが出来ずに『解除』不可能だった為、機能停止状態にして放置した。
そうして、罠の撤去が終った僕はベアトリス達の部下と交流してみたくなり、入り口で警備しているベアトリスの部下達と合流した。
「兄貴おつかれさまです。お茶でも飲まれますか?」
入り口に居る半人半馬の男性に声を掛けようとしたら、横から、とてもやさしい猫撫で声が聞こえた。
「あーありがとう。頂いて良い?」
「はい。どうぞ」
白い毛髪と、それと同じ色をした、うさ耳を頭頂部から生やした獣人女性が金属製の水筒から木のコップにお茶を注いで渡してくれた。
彼女はベアトリスの部下の兎獣人さん
彼女もベアトリスのように人間に近い容姿で、赤い瞳が特徴的なやさしそうな柔和な顔立ちの女性だ。
年の頃はリリアと同じで13歳前後といった所だろうか?
頭頂部の耳だけみれば、まるでバニーガールの様な種族だがもちろん、バニースーツは着ていない。
彼女は赤いフード付きローブを着ていて手には木の杖を持っている。
その服装からも分るように魔術師で、ベアトリスの部隊で唯一の魔術師らしい。
「あぁ、これ凄い渋い味だね……」
貰ったお茶はとても草の香りが強い甘味と渋みが強いお茶だった。
「はい。野草ブレンドですから」
「や、野草!?」
え、何?これ実は新手の嫌がらせか何か!?
僕の表情と声を聞いて兎獣人さんは「あっ!」という何かに気づいた声あげた。
「人間は雑食だから大丈夫だと思ってお勧めしたんですが、やっぱり私達草食獣人のお茶は不味かったですか?」
お、おう。人間は確かに草も食えるが、好んで野草は食わないぞ……まぁ、このお茶甘みがあるからまだ飲めるけど……少し文句を言ってやろう
「いや、不味いって程じゃない。甘い物を飲みたかったんだ。ありがとう」
思った事と真逆のことを言ってしまった。
だってこの子、今にも僕に取って食われるんじゃないかって顔してるんだもん。
甘い物が欲しかったのも事実だったしね……悪評がまた立つのを恐れてへタレた訳じゃないぞ!
兎獣人さんはどうやら僕の言葉に安心したのか、ホッとした表情を一瞬して元の柔和な表情に戻してくれた。
「いえいえ~また飲みたくなったら言ってくださいね。兄貴」
「ところで、その兄貴ってのは何?」
何でか、知らないけどベアトリスの部下達は僕のことを『兄貴』と呼ぶ。
嫌ではないけどなんか心の何処かがむず痒い。
「それは、姐さんが同格と認めた相手を『おい、人間』とはお呼びできないじゃないですか」
「な、なるほど」
「うちの姐さん気位だけは高いから同格以上の相手にしか名前は呼ばせないんですよ」
「へぇーそうなんだ。まぁ確かにそんなイメージはあるね」
「はい。だから私達も姐さんが認めた珍しい人間を、敬意を篭めて『兄貴』とお呼びする事にしたんです」
どうも他の魔族達と違い、ベアトリスの部隊員達は僕に恭しい態度を取ると思ったらそういうことなのか。
しかし、ベアトリスが僕の事を認めてくれたと思うと嬉しいが……そうなると、あの時言っていた年齢云々は照れ隠しだった可能性があるな。
なんだ、ベアトリス結構可愛い所あるじゃない。
「で、肝心のベアトリスは何処に行ったの?僕がここに来た時はまだ此処に居たよね?」
僕がリリアに言われて、急いで1層に来ると、なんとベアトリスは、昨日の姿なんて忘れさせるケロッとした元気いっぱいの顔で此の1層入り口に部下達と共に居た。
昨日随分足にダメージが来ていた筈のベアトリスがやせ我慢して、此処に居るのではないかと思った僕は彼女を心配し声を掛けたが、自信満々にあのご立派な胸を張って「あたしは、特異体質で傷の直りが早いにゃ!どうだ!凄いにゃろ!」と教えてくれた。
「あぁ、姐さんなら『ボス犬の匂いが近いにゃあ!!』とか言ってカチコミに――じゃない、お迎えに行っちゃいました」
「ボス犬?」
「犬や――若いコボルト達を率いている隊長殿ですね」
この娘、顔に似合わず、相当口が悪そうな片鱗が出ているな……ベアトリスに似てしまったのだろうか?可哀想に。
しかし、彼女の今言った若いコボルト達を率いる隊長というのは――
「あぁ、もしかしてグシオスさん?」
「えぇ、確かそんな名前でしたね」
「そうか、戻ってくるのか。てっきり昨日には戻ってくると思ってたんだけど、思ってたより長かったな」
「あいつらは一回偵察行くと長いですからねぇ。まぁ大抵何か食料調達して帰って来るんで姫様達には大目見られているようですけど」
「へぇ、狩りとかして帰って来るわけか」
「あたし等もそうですけど鼻が効くんで獲物を見つけるのは得意なんですよ。しかも、あいつら執念深いからこの間も大型の猪型魔獣2日も掛けて狩ってきて――」
そういえば、今朝の食卓に猪スープってのが有ったけど、あれ魔獣の肉だったのか……僕美味しく食べちゃったけど魔獣って人間が食べても体に問題無いのかな?ちょっと心配になる。
その時、また兎獣人さんは『あっ』と声を上げた。
「この匂いは姐さんとボス犬が接触したみたいですね」
「凄いね。匂いで分るんだ。で、ベアトリス達はすぐ戻ってきそう?」
「多分姐さんがケンカを売ってなければ、もうすぐ帰ってくると思いますよ」
「ケンカって……やっぱりベアトリスってグシオスさんと仲悪いの?」
軍議の時忌々しそうに「犬野郎」って言ってたからなぁ、もしかすると、とは思っていた。
「いえいえ、一方的に姐さんがケンカ売ってるだけですね。基本ボス犬にケンカを売っては無視されてます」
「あぁ、なんか分る気がする……」
ベアトリスとグシオスの関係を想像して、僕は猫が大型犬にケンカを売っている姿を想像してしまった。
猫って無駄に威嚇するんだけど、躾の出来た大型犬って『なんか、一人で騒いでる奴が居る』って顔で猫を見るんだよな。
その時、突然今まで吹いてた風を打ち消して別の方角からビュウッと突風が吹き、風向きが変わった。
「もう、相手にされないんだから、止めればいいのにこれだから肉食系は――ってまずい!」
お茶を飲みながらこの兎さんそんな事を言った。
やっぱり不味いんじゃないか!やっぱりちょっと抗議してやろう!
「あのそのお茶やっぱり――」
「お茶は後です兄貴!。冒険者の匂いです!数は4名!」
「あぁ、不味いってそっちの事か……って本当に不味いなベアトリス達と接触する可能性は?」
「姐さん達とは方角が違うので外でばったりというのは無い筈です」
「距離はどんなもん?ベアトリス達のほうが早く戻ってくるなら総攻撃で此処で仕留めちゃいたいんだけど」
「冒険者共の方が近いですね。真っ直ぐこちらに向かってます」
「そっかどうするかな……」
今朝リリアに無理をするなと言われたばかりだ。
僕一人で、迎撃する訳に行かない。
ならば、冒険者をベアトリスの部隊と共にここで足止めし、戻ってくるグシオス部隊に挟撃してもらうのがベストな方法だと思うが、ベアトリスの部下を勝手に使えばベアトリスの逆鱗に触れるかもしれない。
それは、今後の事も踏まえると出来るだけ避けたい。
彼女とは良好な関係を築かなければ僕の構想している防衛線の維持が難しくなる。
しかしながら、僕らが一度防衛線まで下がってしまうと2日間の偵察で疲れ切っているかもしれない、グシオスさんの部隊と此の入り口で鉢合わせして戦闘になってしまう可能性も有る。
出来れば、これから僕の手足になってくれるかもしれない人達は無傷で戻って欲しい。
それに、隊長予定になる奴が部隊を見殺しにして、自分だけ防衛線に下がったとなったら、まだ見ぬ僕の部下予定候補達の心象は最悪になるだろう。
さて、どうしたもんか……もう少し情報を精査するか?
「すみません。あたしの鼻じゃ風向きのせいで匂いを捕らえられなかったようです」
「大丈夫落ち着いて。ちなみに、下手をすればこの入り口でグシオスさん達が冒険者と遭遇をする可能性はある?」
「それは、無いと思います。特に犬野郎共の鼻はあたし等よりずっと良いんで、もう既に冒険者共を匂いで捕捉していると思います」
兎獣人さんの話が本当ならば鉢合わせの杞憂は無くなった。
しかし、今度は鉢合わせの危険性は無くなった代わりにコボルト達が冒険者に向かって行く可能性に気づいた。
オ-カスさんは言っていた。『若いコボルト達は堪え性が無い』その言葉を思い出すと若いコボルト達が、『待て』とか『お預け』が出来るワンコ達にはとても思えない。
もちろん、そんな事ベアトリスとグシオスさんが付いている限り無いとは思いたいが……万が一の可能性も有り得る。
仕方ない。ベアトリスには悪いが一人彼女の部下借りて伝令を頼もう。それ位ならば問題は無いはずだ。
伝令の内容はこうだ。「敵が来ているが入り口での防衛は心許ないので敵を防衛線迄引き込む。2日間の偵察で疲れているだろうけど、冒険者を倒すまで外の見つからない場所で待機して欲しい』
よし、これでもう勝手に動くなら僕では面倒見切れない。これで行こう
「えーと、兎さ……ごめん。そういえば、名前聞いてなかったね。名前聞いて良いかい?」
「あぁ、そういうばお伝えしてませんでしたね。アイペロスです。アイペロス=イボスです。兄貴」
「じゃあ、ごめんアイペロス。僕は君達の上司って訳ではないんで命令ではなくお願いなんだけど、ベアトリスとグシオスさんに伝令を頼んで良い?」
「はい喜んで。姐さん不在中に冒険者が来た場合は兄貴の指揮下に入る様に言われてましたので、何の問題もありません」
む、予想もしていない事を言われた。
僕、実は結構昨日の件でベアトリスに信頼されたのだろうか?だが、これならば、一番最初に思いついた作戦を決行出来るな。
ベアトリスの部下に挟撃作戦を伝令して貰おうと思った時に今まで黙っていたミッチーから声が上がった。
「ご主人様、現在縛鎖と『石壁』は起動システムの復旧中ですので、防御に流用できる罠は使えません。それでもその作戦を決行されますか?」
そうなのだ。昨日のホークにやられた呪いの効果がまだ活きているらしく、僕の生命線とも言えるあの二つの罠はまだ起動出来ない。
「む、まだ治ってないのか」
「はい。呪いが深部まで浸透してしまったので、後半日ほど掛かるかと思います」
「そうか、でもこの作戦はやる。これが一番楽に冒険者達を倒せる手法だ。それにグシオスさんの部下達に僕の力を見せる必要もある」
オーカスさんの話だとコボルト達はかなりの実力主義の様なので、僕の実力を見せて『コイツには勝てない!』と判断して欲しいという思惑もある作戦なのだ。
「分りました。では事前に機能制限の一部解除を承認してください。そうすれば防御系の『創造』を行うことが出来ます」
「む、無くてもなんとかなると思うけどしなきゃ駄目?」
「駄目です」
「包囲殲滅するだけだから、こっちに損害は無いとおもうけど?」
「はい、私もそう思います。ですが命の安全には万全を期しませんと、私としてはこの作戦承服しかねます」
「アレって確か魂にダメージが入るとか言ってたからちょっと怖いんだよな」
「ならば、罠カテゴリー以外の『創造』使われないように努力してください。解除されても使われなければ魂への損傷は軽微となります」
使わなければ良いか……つまり僕が危険に晒されないように努力しろって事ね。
こうしてる間に時間がドンドン過ぎて行く、ここはミッチーの提案を受け入れるしかないな。
「あーもう、分ったよ。解除準備に入っていいよ。ミッチー」
「了解しました。機能制限解除申請及び、解除準備に入ります」
さて、じゃあ次は伝令を頼まなきゃいけないな。
「アイペロス、君の部隊で一番足が早い人に伝令を頼みたい」
「はい、少々お待ちくださいね。おい!ケルス兄貴がお呼びだ!さっさとこっちに来んかい、われぇっ!」
ギャップ有り過ぎだろこの子……前半部分は凄い甘くてやさしい声で僕の要請を受け入れてくれたのだが、後半のケルス君とやらを呼ぶときはダミ声で怒鳴っていた……魔族の皆さんはなんか、色々な意味でギャップが凄い人が多いな。
「へ、へい。兄貴お呼びでしょうか?」
と、アイペロスに怒鳴られてビビリながら真っ直ぐに背筋を伸ばした黒髪のガラの悪そうな半人半馬のお兄さんが出て来た。
彼は足だけが馬のようで、容姿もやはり人間に近い。ベアトリスの部隊にはこういうタイプの獣人が多い気がする。
「君に頼みたいことがあるんだ」
「な、何すか?」
「あぁ、グシオスさんに伝令を――」
僕が彼に命令を頼もうとした時、アイペロスの怒声が僕の声をかき消した。
「何だ、その口の利き方ああぁ!兄貴何でしょうか?喜んで兄貴の為に死なせてもらいます!だろうがこの駄馬が!沈めんぞわれぇ!」
「はいぃ、すいませんすいません!」
「分ったならやり直せやオラ!」
「兄貴何でしょうか?喜んで兄貴の為に死なせてもらいます」
こ、これが魔族式の軍隊ルールなのかな?違う気もするけど……
こんなの、アイペロスの怒声に僕まで萎縮して縮こまってしまいそうだ。
しかし、命令を下すなら魔族式?に則った方法を撮るべきかもしれないな……ここはそう我等がリリア嬢を見習って尊大に命令を下そう。それが魔族のルールっぽいしね。
「あぁ……お前には伝令を頼みたい。グシオス隊と共に洞窟に侵入した冒険者を外と中から挟撃したい。合図は大きな火を入り口で上げる予定だからそれを見たら突撃するように伝えろ」
できるだけ、声を低くしてドスを聞かせてゆっくり話してみた。ちょっとは偉そうに見えただろうか?
「あぁ、なんだそんな事か……他には何かありますか?なきゃ適当にひとっ走りしてきますよ」
おや?何故かケルス君は一瞬ホッとした顔をした後に、僕の事を危なくないと判断した様でダランとピンっと伸ばした姿勢を崩してだらけてしまった。
む、やっぱり僕じゃリリアのマネは出来ないか?
「兄貴ちょっといいですか?」
アイペロスが小声で声を掛けてこそこそとこちらに近づいてきた。
そして、僕にてとんでもない事を耳打ちした。
「いや、流石にこれはちょっと引かれないか……?」
「これで兄貴が思ってた通りの反応になると思いますよ?後でフォローはしておきますから、気合を入れる為に是非あいつに兄貴のお言葉を伝えてやってください」
「本当に?信用して良い?」
「はい。ベアトリスの姐さんへの忠誠に誓って嘘はつきません。それにこれはあいつの為でもあります。どうか一つお願いします」
「う、うん分った言うよ」
第一声に力を入れるべく大きく息を吸って準備する
ごめんね、ケルス君。
本当はこんな事は言いたくないんだけどアイペロスがこうやって言えば君の為になるって言うから仕方無くなんだ。
「おい、ケルス」
「何すか?兄貴?」
「俺は、馬刺しが大好物なんだ。言ってる意味は分るか?その貧弱な頭で理解が出来たら、さっさと行け。理解が出来ないなら分っているよな?」
演技をする為に一人称を変えてニタァっと笑ってケルス君に再度命令を出す。
こんなので効果出るのかなぁ?嫌われるだけな様な気もするんだけど……
「ひぃああああ、行きます直ぐ行きます。食わないでくださいぃぃ」
と、まぁ脱兎の如く走り出すほど効果覿面だった。
「ちょっと、これ効果有り過ぎじゃないか?」
「兄貴の事については一日で色々な噂が流れましたからね。それを利用させて頂きました」
「どんな噂だよ……それ」
「そうですね。倒した相手を食うってのがまず一つですね」
「はぁっ!?誰がそんな噂したんだよ」
「最初はベアトリスの姐さんです。兄貴が来た初日に悪魔が来たと、言触らしてました」
「ま、まぁ初日ちょっと仲違いしちゃったから仕方ないか……でもなんでそんな食うなんて」
「さぁ?でも、姐さんはこの話をメリジューヌ姐さんから聞いた話だと言ってました」
「はい?」
なんで?なんで!?なんでそうなった?
初日から昨日の夕方迄の僕とベアトリスの関係性なら変な噂を流すくらいなら理解できる。
でも、メリジューヌさんがそんな話をするなんて信じられない!
大体、僕が此処似に来てから倒したのって、冒険者達とメリジューヌさんだけじゃないか!
だけど、メリジューヌさんは生きている!
確かに冒険者は行動不能になるまで破壊してマナ結晶になったけどマナ結晶を僕が食べる訳が……あぁ、そういう事か……
多分、ミッチーのマナ結晶吸収能力をメリジューヌさんがベアトリスに伝えた時に、ベアトリスは僕が倒した相手を『食べる』と曲解してしまったのだろう。
で、その噂がドンドン初日に広がって翌日の魔族達の僕への反応に繋がる訳か……
「な、なんとなく噂の真実は予想できた……ちなみにそれ皆信じてるの?」
「はい。9割方信じていると思いますね。元々、神話の悪魔に人間や魔族を食らう者も居たらしいですから、兄貴もそいつらと同種だと思われたのでしょう」
神話の悪魔か……あの詐欺魔神の使徒に付けられた名だとリリアが言っていたな。
つまり、臨時使徒の僕も同じと見なされてもおかしく無い訳か。
「でも、あれだよ?メリジューヌさんは生きてるじゃないか!なんで皆そんな噂信じてるんだ!?」
「あーそれは、ほら人間の男性って基本的に色々と旺盛じゃないですか。だから皆兄貴がメリジューヌの姐さん別の意味で食べって――――兄貴皆に作戦通達を、もう3,4分で冒険者共がこちらに来ます」
しまった。とんでもない噂話のせいで、意識を持っていかれすぎた。
気持ちを切り替えなければいけない。
最後にアイペロスが言っていた不吉な発言は忘れるんだ僕!
「全員注目!アイペロスと他4名程度で左手の鍾乳石の裏に隠れろ!残りの者は僕と右手の鍾乳石の裏に隠れるぞ!先手に僕が一撃を入れる。それを確認したら全員で遠距離攻撃で一斉射撃だ!!」
「「「はい!兄貴!」」」
と、一斉に気持ちよく獣人達は応えてくれた。
さて、成功率の高い作戦だが魔族達の命を預かる以上失敗は許されない。
少し皆と僕自身の為に気合を入れておこう!
「お前ら!死ぬなよ!死んだら僕がお前等を食い殺すからな!!」
「「「はい!兄貴!」」」
死んだら食い殺すという支離滅裂な激励は効果が有ったらしく、先程よりもずっと気合の入った声が返ってきた。
案外この路線良いかもしれない。




