10-3
潜望鏡のハンドルを引っ張って更に位置を下げると、僕は黒いゴムで縁取りされた覗き窓に顔を押し付けた。
円で囲われた視界の中に、確かに海里のヨットが見えた。最後に見た時よりも更に錆び、帆はぼろぼろになっているが、間違いない。眼を皿にして甲板を睨んだが、海里の姿は見えなかった。
「あれだよ。間違いない」
「目的が済んだなら、そろそろ行ってくれないか。わたしは一人になりたいんだ」
「いやあ、そりゃあもう。あー、でもその前にもう一つ、コンパスがあるとすげえ助かるんですが……」
ホームレスの媚びるような笑みに、師匠は苛立たしげに溜め息をついた。チェストの方へ行くと引き出しを開け、中から古びた銀のコンパスを取り出し、ホームレスの方へ放り投げた。
「ちゃんと返せよ」
彼はそれを受け取り、改めて頭を下げると、僕の背を押して部屋を出た。
「何か……すごい人だね」
「ありゃあ元々ああいう人なんだよ。でも悪い人じゃないぜ」
「あの人は船と一緒に消えてなくなったりしないの?」
「愚痴が多いだけで別に絶望しちゃあいないからだろう。暗いとか息苦しいとかって振る舞って見せるのが好きなだけで、根はあれで明るいんだ」
コンパスを僕に渡しながら、ホームレスは言った。
「あの人にボトルシップの作り方を教わるまでにゃあ、色々あったんだ。帰ったら話してやるよ」
是非聞きたいと思った。王様と乞食を地で行くおかしなコンビだ。だが、今はまだそれよりも先に、やる事がある。
甲板に出ると、船首近くにやって来た。そこに渡してある板橋から隣の船に移れるようになっている。
「こっから先は一人で行けるな? 幽霊だらけだけど、いいんだな」
僕は頷いた。本心を言えばついて来てもらいたかったし、その欲求は正直狂おしいほどで、今にもそう口にしてしまいそうだった。でも僕は海里を助けたいという事ももちろんあったが、それと同じくらいの渇望があったんだ。
自信が欲しかった。僕がたった一人で海里を助け出したという事実が。それを胸に刻み付ける事が出来れば、僕のこの先の人生において必ず光明となるだろう。暗闇を照らすただ一つの光になるに違いない。
勇気か。僕にはないものだと思っていたけれど、その思い込みを覆せるだろうか。
ホームレスは僕の手の中のコンパスを指さした。




