7-9
僕の動揺が理解出来るかな。ただでさえ落ち込んで情緒が不安定になっているところに、トドメのこれだ。掃除した奴にお前の努力など無意味だ、僕は少しも喜んじゃいないということを知らしめようと、僕は部屋中のものを引っかき出した。
どこにもなかった。
僕は自分の感情を自覚しつつあった。そんなものはどこにもないと思いつつ、本当は奥底でたぎり続けていたそれは、怒りだ。猛烈な苛立ちと共にこみ上げ、目に涙を浮かべながら、半狂乱になって探す。でも、見つからない。
もう、この時はほとんど考えずに行動していた。感情に突き動かされていたんだ。
すっかり部屋が元の姿に戻ると、僕は部屋を出て階下に下りた。母親は騒動を聞き付けたのか、居間のパソコンデスクに着いてはいたが、体の向きはこっちに向けていた。
「僕のボトルは?」
「は?」
僕のかすれた声に答えた母親の声は、かすかに動揺を含んでいた。
「ボトルシップ」
「割れたから捨てたわ」
視界に赤い霧がかかった。血液が頭部に殺到したせいだろう、眼球の毛細血管で渋滞を起こしているんだ。
母親はいつもの顔になった。嫌悪と嘲笑が入り交じり、呆れたような醜悪な顔だ
「あんたが部屋から出ないからでしょ! みっともない部屋でダラダラしてて……」
ここで、あからさまに小馬鹿にしたような溜め息を挟んだ。
「あんたみたいな自堕落な奴見たことない……あんたが悪い……」
本当の事だけ言う。
僕はこの瞬間、この世の誰より、この女を殺したかった。腕利きマジシャンが目にも留まらぬ速度でカードをすり替えるように、一瞬で「早く死ね」が「ぶっ殺す」に変わった。
だが、薄情な神はこの時ばかりは二つの点で僕を救ってくれた。いや、母親を、かな?
その一、手が届く距離に硬い物も重い物もなかった。もし大理石の灰皿でもあったら今頃どこでどうしていたやら。
その二、前にも言った通り、僕はモヤシっ子だ。そこらの女の子が溜め息をつくような細さと白さを保っている。