表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/116

7-10

 だから握り拳で思いっ切り相手を殴っても、表面上はどうって事なかった。顔面に叩き込んだにも関わらず歯は折れず、唇は切れず、鼻血も出なかった。バチンという音はしたけれど、多分、平手で叩いたのと大差なかったんじゃないか?



 未だかつて僕は誰も殴った事なんかなかった。パンチを打つ時、どんな風に拳を握れば都合がいいのかすらわからなかったよ。にも関わらず構え、振りかぶり、一瞬のうちにそれを繰り出していた。

 頭でそうしようと考えてやったんじゃない。人間が素手で狩りをしていた時代のDNAが突然よみがえったみたいに自然に動いたんだ。

 頼むから軽蔑しないでくれよ。確かに僕は母親を殴るような最低の男さ。だけど、その事をこうして正直に告白出来るくらいには反省してるんだよ。



 母親を愛するのは全人類の息子の義務だって? なら、先に僕の「愛される権利」を掲示すべきだろ? ミランダ警告みたいにさ。

愛する価値がなかったと言うのなら、その時点で僕を窓から放り捨てれば良かったんだ。赤ん坊の時? 小学生の時? それともたった今? いつだって遅くはなかったよ。あんたが最初から存在しなければ、僕は今よりは幸せだったかも知れない。それとも僕の方が存在しない方がすべての為だったのかな。



 椅子から転げ落ちる事もなく、母親はちょっと仰け反っただけだった。僕の枯れ枝の腕ではそれが限界だったんだ。

 だが衝撃は大きかった。こればっかりは、僕の想像をはるかに越える威力を発揮した。表面上は蚊が刺した程度でも、内側では月が地球に落っこちたくらいのインパクトがあったんだろう。

 で、母親はどうしたか? 更なる罵りを口にするか、それとも包丁を取りにキッチンへ走ったか?

 どっちでもなかったよ。彼女はしばらく手で顔を押さえたまま視線をさまよわせ、みるみる眼に涙を溜めると、キーボードの上に突っ伏して泣き始めた。



 何だ、それ。何だよそれ?

 いやあ、映画とかならここで僕は罪悪感に苛まれて謝ったり逃げ出したり、ってところだろうが、そんなものより真っ先に体の中を駆け巡ったのは、更なる怒りだった。

 毎日僕を小馬鹿にしてあざ笑ったり呆れたりしていても、ある日こんな事をされるなんて一度も考えた事がなかったのだろうか? つまり、僕がけなされる事を嫌がっているとか、怒ってるとか、悲しんでいるとか、そんな事一度も考えた事がなかったのか? 想像すらしなかったと?



 あんたの目の前にいたのは粘土で出来た人形で、何を言われても何をしても何の文句はなく、誕生日に「お母さんいつもなじってくれてありがとう」ってバースディカードをくれると思ってたのか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ