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僕は間違いなく、こうなる事を恐れていた。何故か? 海里が現実の存在になれば、当然、僕は現実と相対しなければならなくなるからだ。
僕にとっての現実。学校や家庭や教師や母親、人ゴミで誰かが僕をあざ笑っているあの感じ、少しも眠れない夜、誰とも会えない、会いたくない、喋れない、希望と絶望の繰り返し。津田海里がその一部だと信じたくなかった。どうする事も出来ない、不壊の壁の一部だとは。
今まで彼女を救える気でいたのだろうか? 現実の、肉体に戻せると? おいおい、どのツラ下げて彼女に言う気だったんだ、「人生はあなたが思うほど悪くない」って。しかも、この僕が。
海里の絶望は理解出来る……出来たつもりにはなっている。見放され、道ばたに放り捨てられた海里はもう、現実世界でやりたい事ややれる事が何にも残ってなかった。だからボトルの中に逃げたんだ。もう出るつもりはないんだと思う。
悪くないよ。それは全然悪くない、責めるつもりなんかない。この世の誰かが彼女に「甘ったれるな」とでも言おうものなら、僕は間違いなくそいつの頭を手が届く一番近い場所にある硬い物で叩き割るだろう。灰皿か、花瓶か、どちらにしろお前らのルールなどクソ食らえだ。
それで、どうするんだ? これから?
明日から何事もなかったようにボトルの中で彼女と会って、他愛もない会話を楽しむのか? それは悪くない。最高だ、そうしよう。
何の問題もない。キリストだってこの難問にはそう答えただろう。汝、左の頬を打たれたのならば、なかった事にせよ。
でも、本当にそれでいいのか? みんな、このままでいいのか?
ああ、僕が僕じゃなければ。誰かもっと勇気のある人なら、彼女を救えたのに。
医者が主人公の物語によくあるように、自分の無力を思い知る瞬間ってのはあるさ。あの西堂さんだっていつか難病の子供を前にした時、その事を理解するに違いない。
だが僕にとって無力とは、毎日確認するものだ。日めくり式カレンダーみたいに。
明日こそ外に出よう。明日こそ朝起きてよる寝よう。明日こそ……明日からきっと……
だけどこの時に感じた無力感は、それをはるかに上回るものだった。身を切られるように痛切で、涙すら浮かんだ。僕は風に舞う一枚のティッシュペーパーより無力だ。
心が暗くて冷たい沼に沈んでいく。もしもいい事が一つでもあるとすれば、もうこれ以上悪い事はこの先一生起こらないんじゃないか、というくらいだ。




