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彼女に手を引かれて僕らは船内を走り回り、角を曲がったりドアを潜ったりして、とうとう明かりが漏れている扉にたどり着いた。来る時に入った、甲板への出口だ。
だが海里にとって僕はかなりの足手まといになっていた筈だ。足が遅いのはもちろん、色々な事がありすぎて真っ直ぐ走れないくらい混乱していたのだから。転ぶ事はなかったが、空気が重たい壁になって行く手を阻み、なかなか体が前に進んでくれない。これも悪夢でありがちな事だ。
海里が先にドアを蹴破るようにして開け、甲板に飛び出した。それに続こうとした瞬間、僕はこの件で最大の失敗を犯した。まったく、他人のお荷物になる事に関しては右に出る者がいないな。
僕は振り返ってしまったのだ。背を焼く焦りと恐れに負け、どうしても背後を確認せずにはいられなかった。後ろを向くには首の筋肉を後ろに回さねばならず、従ってほんの僅かだが体重が後方に移動する。その分だけ、背後に引き戻されるというわけさ。
渦巻く霧が伸びた幽霊の手を露わにしていた。痩せ細り、骨張った長い手が、驚くほど鮮明に浮かび上がっている。白紙に撒いた砂を避けて描いたかのように。
その指先から逃れようと、僕は身をよじった。だが間に合わない。どうしても逃げられない。バランスを崩し、ドアの敷居のところにつま先を突っかけて、体がひっくり返るのを感じた。下になった海里が短く悲鳴を上げる。
そして、幽霊の指先が僕のうなじに触れた。
ここから先に起きた事を言葉で説明するのはかなり難しいが、何とかやってみよう。理解出来ないと言うなら、それは僕の説明が悪いんじゃないよ。他人にわかってもらうのが、元より無理な事なんだ。
幽霊の指先がうなじに触れた、ってとこからか。まずはその部分の毛穴が広がるような悪寒が走って、すぐにあいつの手が体の中に入り込んできた。憑依ってのか? 多分その言葉に近いと思う。
手はうなじから喉の奥、更に食道を抜けて胃の底にまで達すると、そこを鷲掴みにした。臓物を掴まれたって言うより、魂そのものを手に取られた感じだった。
この時の……何だろう。感覚だろうか。「あの感覚」だ。「あの感覚」が、僕を虜にした。
電車に乗った時、あるいは朝の登校中、どこかで笑い声が聞こえる。女の子や男の子の集団からしている。口の端々に、僕の特徴を言っている気がする。こっちを見ている気がする。
そんな事、確認のしようがないのに、僕はその考えから逃げられない。
国語の時間に班を自由に決める。仲の良い者同士が自然と集まる。僕だけが砂漠の真ん中に一人でいる。いや、砂漠の方がマシだ。ちらちらこっちを見てニタニタ笑ってる奴がいないんだから。




