第十四話 新時代の理想郷
莽薙と花蓮は結婚の挙式は犬養が管理している「千鶴神宮」で行われた。真っ赤なお社が海に浮かぶ小さな島に建設されている。数年前とは比べ物にならない姿に全員が驚いていた。
そして法学留学をした大石、亜歴が帰国して憲法審査会に合流。本格的な憲法を作ろうと奮起している。
また荒川実義が急死してしまい、後を継いだ荒川和義がイーサンド・ルイスに影響を受けた「自由」大好き人間という、死んだ荒川実義としては対極的で皮肉的な結果になった——。
「仕事もだいぶ落ち着いてきたね」
「まぁ、終わりは見えそうにもないけども」
「まあいいじゃない、いつか報われるでしょ」
「あんなに旅に行きたがっていたのは君の方じゃないか。まぁ、そんな体じゃ無理だけど」
「何もない状況で行きたいじゃない?全然諦めてないけど。今ならまだ間に合うよ!」
そんな事を言いながら今日も業務を始める。花蓮が同じ席で手伝ってくれるのはありがたいが、スペースが狭くなってしまう。そこで莽薙は新たに机と椅子を部屋に運び、花蓮の執務用の机を作った。それ以来、二階の執務室は莽薙達のこのような団欒が良く聞こえるらしい。
「莽薙さま!」
「あ、この声は」
勿論東国久である。しかし、いつものように慌てた様子ではなく、丁寧に扉を開けて中に入る。そのままゆっくりと莽薙の机に資料を置いていく。
「宮殿建設、憲法制定が同時に終わりそうですよ。つきましてこちらの憲法案と、宮殿の間取りに着いてもご確認ください」
「これはいい話だ。早速見て見るよ」
「イーサンド・ルイスで先月、更なる投資が国民議会で可決されたようですので、その点に着いても目を通してください」
「ああ、わかった」
「大嶺トンネルの予算修正ですが、見積もりが出たのでそれに目を通してください。あと今月設立されます金融局にパラコ共和国の支援が頂戴できましたのでその許可を」
「もう一気に出してくれ!!」
「大丈夫です、これで終わりなので。又持ってきます!」
そのまま東は急いで帰って行った。勿論扉は開けたまま。花蓮は呆れて席を立ち、いつものように扉を閉めようとした。あまり花蓮を動かしたくないので、花蓮を制して莽薙が立ち上がる。しかし、入れ替わるように見知った人物が入って来た。
「失礼します。本日より執事をさせていただきます。颯垣澄玲です。ご挨拶に伺いました」
彼女は完全に品位を持ち、一つ一つの動作がマリーのような上品な物になっていた。面と向かった瞬間に自分よりも上の品位であることが直ぐに分かった。
「澄玲……ちゃん?」
「はい、そうです。あの澄玲です。どうでしょう、この姿。大変この国のメイドらしい服装ではありませんか?」
「似合ってるよ、良かったね」
「はい、ゼンゼ様の教育はかなり厳しいものでしたが、ご主人様の為に尽くしてまいりました。もう二度と御免なので、あのような命令は受け付けしておりません」
黒い和服に中がシャツと黒いネクタイ。黒い袴に黒い手袋。完全に黒子のような服装だが、その笑顔は反対に良く目立つ。黒い服だからこそなのか、規律正しいからなのか、その笑顔が強調されている。
「じゃあ改めてよろしく」
「はい、よろしくお願いいたします。何なりとお申し付けくださいませ。」
澄玲は東が開けた扉を静かに閉めて行った。莽薙と花蓮は内心動揺して体が動かなかった。花蓮も扉を閉めようと向かっている途中から動けていない。そして何があったのか理解できないまま花蓮は自分の席に戻った。人の進化は時に恐ろしい。
その興奮か驚愕かよくわからないが、そんな感情が付きまとって仕事がとてもじゃないが手がつかなかった。そこで莽薙が花蓮を誘って千鶴の街へと下っていくことにした。今回の旅は花蓮の体を案じて車椅子を押しながら行くことにした。
そこから見えた街の姿は数年前ではありえないだろう街並みだった。父さんにもこの景色を見せてあげたいと感じながら街へと向かう。
「お兄さんたち、いい服が入ってるよ!!」
町の人達は僕たちの事を普通に人間のように接してくれる。政権の運営者だとは感じられないほど民衆との距離が近い。こんな生活もしてみたいとは思う。
西洋式の建物や服装が増えていき、街の規模が大きくなってきている。商店街で食べ歩きをする事にして歩みを進めてみる。
「あ、これ大石焼きじゃん!」
「おお、懐かしい」
「こっちは洋菓子だよ、マリーが持ってたのとそっくり!」
「文化までもが変わってくるな……」
「まぁ、幸せの幅が広がってるみたいだね。確実に夢に近づいているね」
「こうやって実感するとやる気が起きるもんだな」
商店街を周り、幾つもの食べ物を食べ歩き、新たな宮殿の前にもやって来た。洋式の宮殿は遠目から見ても荘厳で、一種の観光スポットとしても機能しそうな外見だった。近くにある金融局も宮殿に比べたら劣るが、全体的に見たら素晴らしい建築物。これもまたローシャングやイーサンド・ルイスのお陰だろう。
その後に向かったのは千鶴神宮。人間が作った騒がしさとは隔絶された静かな空間に入り橋を渡る。そこには大きく「桜八際宮」と書かれた石碑が鎮座している。元々あった八つのお社の総称で、ちゃんとその横の石碑に「千鶴神宮」の石碑が置いてある。ここから大きな島に浮かぶ大きな赤い門が見える。その門の下、参道にはお目当ての神子さんが箒を手に砂埃を参道の外に促している。
「犬養、久しぶり!」
「これは御伽家のみなさん。ご無沙汰しております」
犬養は掃除を止めて花蓮の車椅子を押して莽薙について行き、彼らの参拝を見送る。参拝が終わった所で境内の離れにある社務所へと足を運ぶ。そこにもお目当ての人物がいる。
「莽薙か、暇になったのか?」
「いや、息抜きだよ。逆に赤城は何をしているんだ?」
「お前と同じだよ」
赤城は千鶴に住む場所が無い割には「御伽屋敷に居たら邪魔になる」と言って同居を拒んだ。そこから何故か人の気配のない千鶴神宮の境内の社務所に居候している。地酒の一升瓶を横において盃で優雅に飲んでいた。商店街で買ってきたお土産を広げ、そこで紅葉狩り、紅葉酒をすることとなった。
「ご主人様、業務と私を置いて紅葉酒とは。どうゆうおつもりでしょう……?」
気づかぬうちに澄玲が後ろに立っていた。澄玲は笑顔だが、滲み出る殺気がその笑顔を特訓で培った賜物であることを伝える。赤城と犬養は少し席を外して花蓮と莽薙が二人で説教をくらう事になった。
「澄玲もよくあそこまで変わりましたね」
「ああ、そうだな。正直本当にできるかどうか疑っていたが、想像以上だな。」
「出会った時の雰囲気を残しつつ、執事としての気品を与えるとは。ゼンゼさんには恐れ入ります。」
「全くだ」
赤城は盃を飲んで一升瓶から注ごうとするが、犬養に止められて犬養が盃に酒を注ぐ。紅葉酒の予定が、いつの間にか莽薙を見ながら飲む酒になってしまった。だが、この酒の味も悪くはない。
「あいつに関わった奴は殆どが夢を実現してる。あとはあいつ自身だけなんだが……」
「大きすぎますから、そう直ぐにはなりませんよ」
「いや、逆に叶えているのかもな。関わったやつを見れば、そう思う」
「……そうとも言えますね。本当に徳のお高い方です。あの花蓮さんのお腹の中に居る子も、父親に似るといいですね」




