第十三話 蓮華の舞い
これは菊水花蓮の誕生日の日であった。彼女の名前の由来は蓮の花が咲き乱れるこの時期が由来だという。この日も水面に蓮華が咲き乱れる日だった。それなのに愛想は悪い。
「赤城、聞いてる!?」
「お、おう」
談話室にあるローシャングから貰ったソファーに腰を掛けて二人は語る。赤城が終始押されるような会話の流れであり、花蓮は終始怒っていた。
「赤城はこうやってプレゼントを持ってくるってのに、あの人は何なの!?」
「……あ、あいつにも仕事ってのが——」
「まぁ、そうだけどさ、プレゼントを間接的にでも渡せないかな!?」
「……あいつは不器用だ。買いかぶりすぎだ。普通に誕生日を忘れている可能性もあるしな。それに、いまあいつが頑張ってるのは自分の夢のためだ。他が見えないのかもしれん。」
「え、そんなこと……。」
花蓮は黙り込んで赤城から目線を逸らす。そして、少し経った後——
「……あり得るかも。」
「だろ?」
花蓮はようやく落ち着いて赤城の対面に座る。
「……私さ、次の彼の誕生日に、婚約しようと思ってるの。」
「……そうか。」
「驚かないの?」
「いや、分かり切ってた事だ。逆に遅いぐらいに思う。」
花蓮は恥ずかしそうに俯いた。
「……でもさ、私の誕生日にプレゼントも無いようじゃ、彼は私の事——」
「……めんどくせぇ」
「はぁ?」
「何でもない。」
赤城は窓を眺めた。莽薙の心情もよくわかる。花蓮の心情もよくわかる。正直、非の打ち所のないカップルだと感じる。だが、赤城は恋のキューピットになるつもりは毛頭なかった。
「心配すんな。莽薙はお前の事が好きだよ。」
「な、なんでそんなこと、わかるの!?」
「あいつは素直な奴が好きだからだ。」
「……答えになってない!」
赤城は大きなため息をついた。
「おまえ、子供は欲しいのか?」
「えっ、そ、そりゃ……」
「子育ては辛抱の連続だと聞く。親と子の辛抱が連続して子供をいいように育てるのさ。」
「子のない人に言われても!」
「バカ言え、これは龍帝が言ってた——」
「龍帝も実子いないじゃない!!」
「っ……!」
赤城は不意を突かれたて黙り込んだ。そこに呆れたように花蓮が口を入れる。
「じゃあさ、お願いだから、莽薙の様子を見てきてよ」
「え、おれが?」
「あんま直接言わないでね、なんか図々しいように聞こえちゃうから。」
「……十分図々しいだろ。」
「はぁ?」
「……。」
赤城は諦めて頭を掻く。そして呆れたように部屋を出て行った。その扉の先で偶然通りかかる寒川仙鏡に出会った。
「お、久しいな兼通。どうしたそんな顔して」
「……花蓮が面倒な頼みごとをしてな。」
「あ……あまり聞かないでおくよ。」
「お前は最近何してんだ?」
「……裏社会を作ってる。これは口外禁止ね。」
「——大層な仕事だことで。」
赤城はため息をついて寒川に莽薙の居場所を聞く。いつもの執務室に居ることを確認してその場所に向かった。
「おう、莽薙いるかー」
「あ、いるよー」
赤城が扉を開ける。莽薙は執務の机に隠れて引き出しを漁っていた。髪の毛が覗いていただけで、赤城は莽薙の忙しさを感じ取った。
「いやー、忙しくてな、どういったご用件?」
顔を出した莽薙は燕尾服をきて、ちゃっかり先進国の服装で政治をしていた。赤城はそれに驚いてしばらく莽薙を見ていた。
「……どうしたんだ?」
「あ、いや、その服装に驚いただけだ。」
「——あ、これはね、ちょっと人前に出る用事があったから着ただけ。」
「それでもだ。なんか、新しい風を感じる。」
「……いい印象なら、良かった。それで、何の用事なの?」
莽薙は椅子に座り、資料を手に取り始めた。その手つきはどこか親を感じる。
「——花蓮についてなんだが。」
「おう。」
「……なんも思わないのか?」
「何がだ?」
「ほら、今日は花蓮の誕生日だろ。」
「……」
莽薙は手を止めた。赤城はまさかと思って問い質す。
「ま、まさかお前、忘れてたのか!?」
「い、いや、いやいやいや、とんでもない!!」
莽薙は慌てた様子で資料を机の隅へと片付けた。その驚き加減に赤城も驚いた。
「まぁ、タイミングを逃してて——。」
「じゃあおれが——」
「そう言う問題じゃない!!」
「な、なんか珍しいな、お前がそんなに慌てるなんて。」
赤城は落ち着きのない莽薙を宥めるように近づく。そして莽薙が落ち着いた所で赤城が改めて聞く。
「じゃあ、なんで花蓮に——」
「……まぁ、渡すには勇気がいるじゃんか。喜んでもらえるかどうかさ。」
「……お前らは本当に似てるな。」
赤城は呆れた様子で訪ねてきた理由を莽薙に話した。それを聞いて莽薙は安堵した様子で笑みを浮かべた。
「そっか、じゃあ安心だね。花蓮も分かりやすいねー。」
「お前も大概だ。」
「かもね。じゃあ、今日の晩にでも呼び出そうかな。」
「……あまり焦らすなよ、あいつのとばっちりがこっちにくるから。」
「はいはい。」
莽薙はニヤけながら再び職務に戻った。それを見て赤城もゆっくりとその部屋から出ていく。何かと安堵して赤城は廊下を歩いた。
「あ、赤城か。」
「関原か。」
「おう、元気そうだな。良かった。莽薙様と会ったのか?」
「ああ、そうだ。忙しそうだったな。燕尾服まで着て——」
「……燕尾服、珍しいな。」
「ああ、見た時はびっくりした。人前に出るだけで一張羅にならなきゃいけないなんて、中々大変になったな。」
「……人前に出る?」
「ああ、そう言っていたが」
「……莽薙様、今日はフリーの筈だが?」
「……は?」
その日の夜、莽薙は燕尾服で花蓮を迎えに行った。花蓮はようやくプレゼントが貰えると期待して緊張していた。しかし、それは花蓮の思ったものではなかった。
「今から外行くぞ」
「……え?」
ローシャングからもらったクラッシックカーを執事に運転させ、夜道を駆けて行く。ゆったりと景色が流れる後部座席で、莽薙は外を見ていた。花蓮は気を紛らわすべく、莽薙といつものように旅の思い出話を行った。莽薙の反応は鈍い。
「——着きました。」
莽薙は先に車を出ていく。そして花蓮の方へと回り、誘うように手を取ってエスコートした。ここからは正真正銘の二人だけの時間だった。
「……あのさ、どこ向かうの?」
「この時期、一番きれいな場所。それが僕からの誕生日プレゼントさ。」
「……そっか。」
花蓮は形の残る物である事を心の陰ながら欲を出していた。それでも、花蓮は二人でいる時間が出来てこの時点でとても嬉しかった。
「——さて、着いたよ。」
「う、うあぁー……」
この時期は、蓮の花が綺麗に咲き乱れる。その蓮は、静かな湖の上に咲く。月光と星屑が水面に浮かび、蓮が底に浮かぶ。何とも幻想的な景色だった。
莽薙は花蓮の手を掴みながら、そこにかけられた桟橋を歩いて行った。
「……良い場所だろ?」
「めっちゃ素敵……」
「…それは良かった」
しばらく歩いた所で莽薙は振り向き、そのまま立ち止まる。手を取った花蓮の左手を自身の前に持って行った。
「……え、なにいきなり」
「これはね、先進国の文化で知ったんだ。」
莽薙は花蓮の薬指に指輪をはめる——。
「これが何?」
「——『永遠の愛の誓い』だってよ」
「……へぇ」
花蓮はその指輪を月明かりにかざした。その銀色の輝きは、美しく——
「……え、えええええええ!?」
「な、なんだよ」
その驚きは莽薙の予想通りで笑みを浮かべた。しかし、蓮の花は予想外で水面に揺れていた。
「そ、それって、それってさ、あの、えっ、ええ、いや、あのぉ」
「動揺しすぎでしょ。見てて面白いけどさ。」
「あの、これ、こ、婚約!?!?」
「まぁ、婚約っていうかさ、結婚しちゃおうよ!」
「うぇ!?」
「『大好き』って本気になると言えないから、どうせなら『結婚しよう』で良いかなって。」
この時、花蓮はオーバーヒートし、膝を付いた。しかし、左手を地面に着きたくない。左手は引き戻し、右手を地面につけた。
「赤城にもじれったいって言われたし、僕ももういっかなって。まぁ、急なのは申し訳ないけど、花蓮の焦った表情が可愛くて面白いからさ——」
「うっ、ううぅ……おえっ」
「え、なに?」
花蓮は涙を流しながら嗚咽する。莽薙は流石にやり過ぎたと感じて背中をさすろうとする。そんな腰をかがめた莽薙の腹に花蓮は頭突きをした。
「おえっ……」
花蓮は抱擁をかわし、莽薙はそれが目的だと感じて嗚咽を我慢してそれを受け入れた。
「——うち、じゃない、わたし、めっちゃ嬉しい、ありがとう!」
「……それは良かった。」
莽薙の燕尾服は花蓮の涙と鼻水で、とても一張羅とは言えない物だった。しかし、それでいい。なぜなら、彼らの着ている一張羅は、今迄旅の思い出だからである。
「私、ナギ君のそばにずっといたいし、子供もいっぱい欲しいし、美味しい物もいっぱい食べたいし、いっぱいプレゼントもらいたい!」
「……欲張りだな。」
「でも、ナギ君みたいに多くの人も救ってあげたい!」
「……欲張りだけど、そのぐらいが花蓮らしいね。」
「——まって、それはディスじゃね?」




