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第十五話 想いの帝国

 この半年後の二月。満開の梅の香りと共に、長い間待ちに待った国家の基軸である帝国憲法が公表された。その中では幾つもの重要な項目があるが、重要な二か所だけを提示する——。


「初代内閣総理大臣に荒川和義君を指名する」


 宮地治雄のこの言葉にあるように、憲法下で正式に政体が確立した。内閣総理大臣による政治である。次期に国会も開かれるのだが、大きなひと悶着が発生する事になる。その話は幕間で紹介しよう——。


 今回の話は「皇帝選挙」である。この憲法では皇帝は政府の定める議員百五十名によって選挙を実施して皇帝を選定する。これは莽薙が求めた条文だった。莽薙がこの条文を入れた理由は二つあった。

 一つは王家である宮地家のガス抜き。もう一つは「皇太子が必ず皇帝になる」と言う生まれながら自由を束縛するような物を嫌ったからだ。莽薙は正に父莽鐘が御伽家を強制的に継がせようとしなかったように、あくまで子孫の自由を保護しようとしたのだった。


「花蓮!!」


 御伽屋敷は朝から騒然としていた。別館で一人業務に徹していた莽薙は澄玲の一言で焦りながら母屋へと戻った。靴を脱ぎ、襖を勢い良く開ける。莽薙の母、瑠璃の暖かな背中が見える。その周囲に居る医師が花蓮を囲んでいた。

 ほとばしる赤色を目に入れながら恐る恐る近づく。瑠璃は莽薙に気づいて立ち上がりながら片腕で背中を優しく押す。


「ひひひ、かわいい」


 花蓮が抱き寄せるその純粋無垢な生命体を見て莽薙は固まってしまった。瑠璃はそんな莽薙を見て一緒にその生命体に近づくことにした。


「あなたもこんなに小さかったのよ?」


 その謎の生命体を花蓮が莽薙に渡す。莽薙の腕の中に針金を入れたように瑠璃の指示通りに作った形を取って、その形から一寸も動かせなくなった。莽薙には珍しく全く状況が飲み込めない。


「よかったじゃん、お父さんになれて」

「ああ……これが……」


 澄玲が後に続いて部屋に入ってくる。しかし、そんな事を気にする余裕はない。このか弱い生命体を守る事で精一杯。安らかに眠っているだけなのに気持ちがこみ上げてくる。その時に新たな夢ができた気がした。それを感じた時に時差的に笑みが、目頭から汗がこぼれる。最近花蓮が居ない中で働きすぎたかもしれない。花蓮に怒られてしまうかも。


「もう、そんな顔しないでよ……なんか、私までも……」


 花蓮も目頭が熱くなったようだ。花蓮も出産まで大変だった。その疲れで汗が出るのも無理はない。莽薙は怒られる心配は無くなったが、汗が止まる気配はない。


「薙翔(なぎと)、君は神の子だよ……」


 莽薙はその生命の名前をこぼして医師に渡した。次は花蓮の元へ向かい、激励と共に抱擁を交わす。疲れが飛ぶ魔法の行動と言っても過言ではない。だが、目頭からの汗は止むところを知らなかった。

 翌日からいろいろな人が出産祝いにやって来た。一番驚いたのはマリーが来たことだ。遠い異国なので情報が届かない物だと感じていたが、学校に勤めている教師がイーサンド・ルイス出身らしく、その人物から入手したようだった。


「全く、こんなかわいい子を産むのね」

「当たり前でしょ、私の子なんだから!」


 マリーは微笑みながら抱いている子と共に左右に揺れる。何か母性のようなものを感じたのか、それともかわいい生命体に見とれているのか、我が子のようにじっと見つめて目線を逸らそうとしなかった。


「そう言えば莽薙君は?」

「今日丁度『皇帝選挙』なんです」

「あら、それは大変ね。あなたも寝たきりだし、立ち会えないのは残念ね」

「いや、もし彼が皇帝に就任することがあれば、無理をしてでも行きますよ」


 マリーは驚いた様子で花蓮の方へ目線を移す。思わず左右に揺れていた体も直立不動のままで立ち尽くしてしまった。


「やめなさいよ、莽薙君の祝儀よりも自分の体の方が重要でしょ?」

「いいえ、彼への目指すべき夢なら体を張って応援しなきゃダメですから!」


 マリーはその言葉を聞いて微笑んだ。逆に自分がその考え方に至らなかった事を少し恥じてしまった。思えばとても簡単な話だったのだ。


「……あの夫があって、この妻があるのね。いい夫婦だと思う」

「えへへ、でしょ?」


 変わって皇帝選挙の舞台、天野帝国国議堂。島の中心部に位置する「天野」と言う都市に先月完成した左院部分を使って皇帝選挙が実施された。この皇帝選挙の選挙権を持つのは国への献身がとりわけ大きい者を内閣総理大臣とその参与が選定する。


「それでは、皇帝選挙を開始する。立候補者は二名。御伽家当主、並びに現政権の運営者にして、御伽莽鐘の残した一人息子。御伽莽薙氏」


 拍手と共に演壇の上に莽薙が顔を表す。その時の緊張は計り知れない物だった。そこから莽薙の演説が始まった。この演説の手法はシルヴァン・アンヌ直々に教えてもらった。内容は過去に行ってきた事という事もあり、演説が徐々に楽しくなって来た。


「私の夢は、『万人のための理想郷を作る事』。誰もが自由で平等かつ、泣き顔や憤怒一つも見せない世界。少なくとも御伽家はその為に生き、その為に国に貢献し、その為に生涯を捧げる腹積もりであります」


 素直に着飾ることなく話す事は莽薙の得意分野。その演説は選挙権を持つ人々を魅了して行った事に変わりなかった。演説の終了と共に湧きあがった拍手が莽薙の心を慰めることになる。


「続いて宮地家当主、並びに現政権下唯一の王家にして、宮地王国を波乱の時代から守り抜いた英雄。宮地治久氏」


 彼の演説は莽薙を理想主義的と言うのであれば、とても現実的な物だった。現在の問題点を列挙し、その具体的な改善案を提示する。この時が莽薙との初対面だったが、莽薙を見向きもしなかった。


「収入元を早急に確保し、黒鉄地方への投資を促進。又、ミゼルボートへの対策も仮想敵国の範疇として警戒。多様な外交の下で存在感を引き出す国家へと押し上げてまいります」


 彼の迫力ある演説には流石に莽薙も目が引かれた。彼の演説が終わり演壇を降りる際に、莽薙と目線を少し合わせたが、無表情のまま席についてしまった。


「それでは投票に移ります」


 投票用紙を持つ人々がそれぞれの支持する代表者の前に紙を入れていく。宮地も莽薙も見るだけでは判別できない様子だった。そのまま投票用紙を左右に居る人物が確認する作業に入る。

 数を議長である内閣総理大臣に伝え、定位置に戻った所で再び緊張が始まる。宮地は何を考えているのだろうか。正面の一点だけを見つめて微動だにしていない。


「投票結果、百五十人中、七十八対七十二で、御伽莽薙氏を初代皇帝に任命する」


 その拍手喝采に埋もれた莽薙は起立して深々と頭を下げる。宮地にも頭を下げようと宮地に向いた時、彼は既に莽薙の目の前にやってきていた。そして笑顔で握手を申し出てきた。そこで握手を交わして抱擁を交わし、互いの健闘を褒め称えた。

 さて、この初代皇帝の仕事が一つある。国号を改め、皇帝号を提示することだ。莽薙はこれに関しては全く決めていなかった。そこで演壇に立ってから少し考えた。


「国号は……」


 何故か走馬灯のように今までの思い出が蘇ってくる。その中で際立つひとつの単語があった。正に自分がやりたいことを体現したような単語が。それにこの言葉を使えばきっと梔子姫や、千々波も気づいてやってくるに違いない。


「国号はこの国を支える『神蕩』にあやかり、『持慈礼羅帝国(モッツアレラ帝国)』とする。」


挿絵(By みてみん)

↑帝国国旗


 その歓声と拍手がこの国号の賛成を決していた。しかし、そんな歓声と拍手の合間に莽薙は皇帝号を考えていた。国名が神蕩に由来するならば、皇帝号もそうであった方がいい。


「皇帝号は……内閣総理大臣に一任します。就任式にその名前でお呼びください。」


 その回答に荒川和義はとても驚くが、議場は拍手で包まれていた。莽薙は見つめる荒川に片手で笑いながら誤り、演壇を降りた。その時の荒川の顔はとても滑稽(こっけい)だった事を覚えている。


 それにしても後味が悪いので、荒川を呼び出して一緒に考えることにした。勿論息子と花蓮の前で考えた。結局思い浮かぶことが無かったので、妥協案を考えて荒川は帰宅した。莽薙は花蓮と共に夜を越し、就任式がやって来た。


 新たに完成した宮殿の玉座に莽薙が座り、横の椅子には花蓮が座る。体調が優れないのに良く参加してくれたと感心してしまう。玉座に座っての写真撮影が終わると、別室の木製の床の大広間に移動する。花蓮を抱えながら一緒に移動し、一番上の雛壇に引かれた畳に座り込む。正に雛人形のような形で、下に居る人が心なしか小さく見える。


「あんまり無理すんなよ?」

「御気遣いどうも、全然大丈夫だから」


 しかし、彼女から滴る汗がその発言を噓だと言っている。最大限注意しながら儀式を始めることにした。今回ばかりは絶対に彼女は言う事を信じてはいけない。


「皇帝号は死後に送る物とし、この場では『皇帝 天羽々霧朝臣(あまはばきりのあそん) 莽薙』として就任を祝するものとする。天帝の就任を承認する者は拍手を持って天帝を迎え入れるようお願い申し上げます」


 「天羽々霧」は「神蕩」における伝説の勇者。この地域に長く続く安寧をもたらしたとされる神の臣下である武人。「朝臣」はその人を先祖とする意味が込められている。

 もちろん、莽薙がそうなのかは知らない。だが、国名を神蕩にあやかり、皇帝としての威厳を見せる為、そして「御伽家」の枠を飛び出す意味がある。それらの中で考え出された打開策であった。


 その拍手の中で莽薙と花蓮は頭を下げる。畳に近いその狭い視野で莽薙の夢は目標に変わり、その大いなる運命のスタートラインに経った。


「それでは、内閣参与 糀谷三郎より祝辞をお願い致します。」


 莽薙と花蓮は顔を上げ、姿勢を正して糀谷の目を向ける。糀谷は雛壇の前まで進み、莽薙の前で祝辞を述べた。


「梅が咲き乱れ、春の訪れを節々に感じる中、この国にも又春がやってまいりました。不躾(ぶしつけ)ながら内閣参与 糀谷三郎より皇帝陛下のご就任を祝しまして口上仕(こうじょうつかま)ります。」


 そんな糀谷らしい丁寧な口調の挨拶の中で、糀谷の様子が徐々におかしくなり始める。遂には感極まって涙を見せてしまった。その涙は結婚式で見せてほしかったのだが、少々仕事にストイックな性格があるのは彼のいい所でもある。


「莽薙さま……、いえ、陛下は……いい人にございます……。自分より他人を優先する、その精神は……、内閣参与、そして友人として……大変…、大変、畏(かしこ)くも健気な君主にございます……!!」


 涙を拭いながら自分の責務を全うし、最後には笑みを浮かべて締めくくる。その点も含めて彼のプロフェッショナルな仕事人ぶりには感心する。祝辞は一人の誇らしい友人として糀谷に頼んでよかった。


「これからも国家の露払いと言っては何ですが、時代の先駆者として、威風堂々、意気揚々とこの国と時代を引っ張って頂く事を切に願い、私の祝辞とさせて頂きます」


 この瞬間より、新たな時代が始まった。あの時母に当主の座を願って四年と少し。世界を回り、国内を回り自分は遂にこの立場になった。感慨深いものだ。


「皆様の益々の御贔屓(ごひいき)賜りますようお願い申し上げます。帝国と皇帝の弥栄(いやさか)を祈願して縁起良く三本締めで終わりたいと思います。それでは皆様、お手を拝借……よぉおおっ!」


 ふと観覧席を見ると、母の胸に居る息子の目線が莽薙の心を貫いた。威勢よく司会の荒川が三本締めを行い、その中で息子に笑顔を見せた後に暖簾(のれん)が二人を隠すまで頭を下げ続ける。


 その時に思った事がある。僕たちを見てきた神が仮に居るとするならば、どんな感情を抱くのだろう。見ている神の考え方や心情を変える事はできただろうか。それを知る事は出来ない。だが、これだけは分かる。僕たちを応援して見守ってくれたという事だ。


見知らぬ神よ、僕たちを見守って頂きありがとうございました。


僕らはこれからも期待に応えられるように、夢へと進んでまいります。


その夢の終わり———『僕らの愛しきユートピア』へ!!



僕らの愛しきユートピア 第一部 【完】



「僕らの愛しきユートピア 第一部 幻影周遊ノ章」最後までご高覧頂き、誠にありがとうございました!

 この次は第一部と第二部の間の物語である「幕間ノ章 ディープガバメントⅠ」、「幕間ノ章 星雲の学園篇」になります。「幕間ノ章」を見た方が第二章の解像度は高まると思いますが、外伝ですので「別のエピソード」として投稿します。

 もしくはこの先に続く「「第二部 夢幻地獄ノ章 第一篇 夢幻泡影篇」に進んでも十分に楽しめると思います。なんたって、「夢幻泡影」ですからね。(・∀・)ニヤニヤ

 暫く「幕間ノ章」を投稿しますので、恐らく第二章の公開は少し先になると思います。


               それでは、今後ともご贔屓に!!

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