第十一話 多忙な旅路
「あら、遅かったわね。しかも違うお仲間さんも連れているのね」
「まぁ、これはこれで莽薙君のカリスマ性が光っているのではないのでしょうかね」
莽薙が見たのは狭い部屋で腰を掛けた二人の男女。一人はマリーで、もう一人は仲山王。上品な人間が何故こんなにも小さな部屋で二人いるのだろうか。五人全員が入ると窮屈なので、犬養と澄玲には外してもらう事にした。そしてマリー達に莽薙がくるまでの話を聞く。
「私は予定が無かったから行こうと思ったのだけど、何故か御伽屋敷にテレポート出来て、不審者としてこの部屋に入れられてしまったの」
「うわ、すごい迷惑をかけちゃった……」
「心配しないで頂戴、テレポートで見回りの時間以外イーサンド・ルイスに居たから」
いつも通りハーブティーを啜って応対する。対する仲山王も毅然とした態度で椅子に腰を掛けて緑茶を啜っていた。
「僕は不審者の話を聞いて、マリーさんと話してみる事にした。今丁度君たちの話で意気投合していたよ」
「確かに、お二人には色々とお世話になりましたから。」
「それはこっちのセリフだ。君が来てくれて本当に良かった。今度は君たちへの恩返しをしなければな。」
そう言って意気揚々と仲山王が席を立つ。赤城は体の悪い仲山王に肩を貸して外に出て行った。
「弟は迷惑かけてないか?」
「ああ、尚志王は外に居るから話しておいで。私はそこの椅子で構わない。侍従が来るだろうからな」
「そうか、悪いがそうさせてもらう」
「それに、僕の秘密を知る君とは、もう顔を見たくないと言った。もう君の力はできるだけ借りたくはないな……。」
「助けてもらって偉そうに……。まあいい。お前の秘密は忘れた事にする。」
赤城はそう言って言われた所へと向かった。仲山王はそんな弟思いの兄の背中を見て思わず笑みを浮かべる。すると来た道からマリーと莽薙達の五人が歩いてくる。
「あれ、赤城は?」
「ああ、弟に会いに行った。僕が勧めたんだ。彼の事は責めないでやってくれ」
後ろからマリーの旅についてきたゼンゼが仲山王に肩を貸す。仲山王は椅子が無ければならないので別館に移動し、大広間の大きなテーブルを三人で囲んだ。マリーの後ろにはゼンゼが、仲山王の後ろには尚志王が、莽薙の後ろには花蓮と赤城が立っていた。
「すみません、遅れました」
後から荒川が着席し、その後ろに糀谷が立つ。少しだけ準備に時間を費やし、澄玲と犬養、母の瑠璃が全ての席に茶菓子と緑茶を振舞った。瑠璃はお茶を淹れる事が大変上手で、澄玲と犬養に手取り足取り教えながら注いでいた。
「さて、それでは会議をさせていただきます。先日はローシャング王国と新教王朝のお二人にご協力を約束頂きました。皆さんもご協力いただけるらしく、今回招集させて頂いた所でございます」
「ええ、遠慮せずしてほしい事を言ってください」
「神琉王朝ではできることは限られますが、できることはさせて頂きます」
「イーサンド・ルイスには魔法学を教えてほしいですけど、魔法は出来ない人がいるんですよね……」
「まぁ、そうなる。ならばここは一つ、学校の整備を手伝ってもいいですね」
「確かにそれはありがたい限りです。国家アイデンティティの構築もできますし」
正直この国は足りないものがまだ多すぎる。僕らがみてきた数々の都市に近づけるにはこれでは足りない。おこがましいが、頼れる内に頼らなければならないのも必定だ。
「ちなみにこの前に行った二人とはどのような取り決めを?」
「黒鉄、箸本の工業化指南と投資。箸本の海軍基地設置と海軍拡張をローシャング王国が、憲法審査会の設置と指南。法学留学を新教王朝が。そして双方の領事館設置を合意しました。只今、山本吉郎が黒鉄の監督を。大石法規と亜歴一文が法学留学をしております。」
荒川のおじさんがここまでの条件を出したことに驚き、ローシャング王国と新教王朝の懐の深さにもかなり驚いた。この内容にはマリーと仲山王も驚きが隠せない様子だった。しかし、誰も取り乱す事なく、マリーと仲山王はその荒川の手腕を褒め称えて話を始める。
「ローシャング王国が海軍ならば陸軍の支援を行いましょう。神琉王朝の軍隊も中々に屈強だと聞いたことありますし……」
「イーサンド・ルイスさんには劣りますがね……」
「では、イーサンド・ルイスと神琉王朝さんには陸軍と教育をお願いしたいと思います。領事館はどうしましょう?」
「それはイーサンド・ルイスの方で検討しておきます」
「神琉王朝は近いですから、そう急ぐような問題ではないでしょう」
そこで国家に対する支援方針は粗方の枠組みはできた。それにしても懐が広い。莽薙達は頭を下げてお礼を言う事しかできなかった。マリーや仲山王は当然のことをしたように言うが、これが当然の事ではないことぐらい自分にでもよく理解できる。
「あとは仲山王と話していたんだけど……」
仲山王とマリーの視線が顔を上げた莽薙の眼光と交差する。
「貴方、君主にならないの?」
「……え?」
「いや、僕たちにあれだけ君主について聞いておいて、未だにならないのは良く分からない」
「あぁ、それは確かに」
「貴方ならきっといい君主になると思うわよ」
二人は顔を見合わせて同じタイミングで「ねぇ~」と吐息のように言葉に添える。しかし、莽薙は腹に秘める狙いがあった。その為にも君主は今の所なる方針は固まっていなかった。
「これは個人的なお願いなのですが、ゼンゼさんとマリーさん」
「あ、私ですか?」
ゼンゼは驚いた様子で莽薙の方を改めて凝視する。そして莽薙は花蓮に伝えて外で待機していた澄玲を呼び出す。澄玲はそのただならぬ気配の中に再び入る事になるとは考えもしていなかったので、身震いがするほどに緊張していた。
「この澄玲に『メイドのいろは』を教えてください。」
「あ、えっ、よ、よろしくお願いします!!」
澄玲は訳も分からず、とにかく深々と頭を下げることに専念した。そしてその姿勢が気に入られたのか、莽薙の説得が功を奏したのか、いい返事が返ってくる。
「まぁ、いいんじゃない?」
「マリー様、私なんかよりもエリゼの方がよろしいのでは……?」
「彼女を送ってあげたいのは山々だけど、魔法ありきのメイドだから、彼女に合うのかと言えば合わないでしょう。貴方の方が適任じゃない?」
「……マリー様がそう言うのであれば」
澄玲は呆然としていたが、莽薙の笑顔で意図が理解できてそのまま意気揚々と頭を下げて部屋を後にした。
澄玲は莽薙の用件を犬養に伝え、今度は犬養が入ってくる。犬養は確かな歩みで莽薙に近づき、澄玲とは反対に冷静沈着に正面を向き直る。
「荒川さん、彼女は北宮地の北宮神社の神子です。この千鶴に神社を建立するためにここに来たそうですので、土地と少なくない資金を投じてあげてください。この千鶴の町を代表するような神社にしましょう」
「ああ、千鶴には小さな神社があるからそこを大きくする方針ならばうまく行くかもな」
「ありがとうございます。宮地との関係発展に尽力させていただきます。」
そのまま犬養は何にもなかったように部屋を後にした。莽薙はその犬養の背中が嬉しそうな雰囲気だったのを見逃さなかった。
この会談の結果、数か月後に千鶴帝国大学と成舞軍学校が創立した。工事は終わっていなかったが、使われていない屋敷を改良してそこを一時的な大学として迎えた。
憲法審査会でも各国の憲法を見つめ直し、様々な吟味の末に多くの項目が提案されている。しかし、最終的な憲法案については、法学留学をしている大石達の帰国後に任されていた。
そんな話の最中だった。この政権としては初めての外交問題に直面しようとしていた。隣国の超大国、ミゼルボートによる外交的威圧だった——。




