第九話 宮地と御伽
宮司が「自分の娘を連れて行ってほしい」と言うので、これも何らかの縁だと感じて犬養神子を仲間に加えた。奇しくも千々波と梔子姫が居た時と同じ人数だった。
五人はその参道を下り、分岐路まで戻って来た。今度は牟婁勒方面に向かい歩き始める。既に夕方で、大きな山脈から茜色の光が漏れ出していた。その為牟婁勒に着いた時には晩御飯の時間になっていた。
「この牟婁勒は何が有名なの~?」
「まぁ、ここは地元民の犬養さんが良く分かるのでは?」
「あ、私ですか?」
犬養は少し悩みながら歩き始める。そして少し小さな神社に到着する。その境内には寄らず、横にある民家の戸を叩いた。町中にあるこの神社と民家から見て、犬養の関係が強いものだと考えた。その扉が開かれた時に御老人が姿を現す。
「おお、犬養か。どうしたんだい?」
「鈴木宮司、今夜一泊お願いしても良いですか、五名ほど……」
「まぁ、この時期はそういうのが多いからな。いいぞ、入り給え」
中は本当に普通の民家で、真ん中に囲炉裏がある昔ながらの家だった。土間から上がり、囲炉裏を全員で囲い始めた。
「あの、私は食事を聞いたつもりなんだけど……」
「ええ、知っております。少々お待ちください」
そう言って犬養は鈴木宮司のいる向いの部屋に向かった。少し話した後で犬養はたすき掛けをして土間に戻りながら料理を開始した。材料を先に並べて具材を選定し、順番に調理開始している。
ステップ1
犬養は箱の中から米を三合、麦を一合分釜に入れて軽く洗い始める。その姿を見て澄玲も宮司から使っていない腰紐を借りて襷掛けをし、髪を結んで手伝いに加わる。
ステップ2
澄玲は犬養の指示で宮司さんが収穫したであろうゴロゴロとした紫芋をサイコロ状のカクカクとした形状に切り始める。洗い終わった米の中にその紫芋を入れ、塩麴を適量加える。
ステップ3
予め炊いていた水の中に椎茸と干し魚を投入する。それを暫く煮出して出汁を取り、釜の中に一緒に投入。そして、その釜を澄玲と共に釜戸の上に置き、暫く放置する。しかし、この作業中に花蓮はすっかり寝てしまっていた。莽薙は戻って来た犬養達に謝罪と感謝を伝えて暫く談笑した。この談笑も大事な食材だ。
ステップ4
話に花が咲いて一通り散った後、時々様子を伺っていた犬養が動き出して釜を移す。少し休ませたところで土間から持ってきて茶碗をそろえ始める。この匂いにつられて花蓮も起床し、宮司もつられてやってきた。
「どうぞ、特定の時期にしか食べられない北宮地の郷土料理。『野ヶ郷混ぜご飯』です」
「私も適当に汁物を作っておきましたのでそちらもどうぞ!」
「この混ぜご飯の上には炒りもち米を散らして召し上がりください」
そう言って混ぜご飯の上に炒りもち米を一人一人に振りかけていく。そして手を合わせて「いただきます」を唱え、ご飯にありつく。
このご飯の満足度は花蓮の笑顔を見ればわかる。出汁の香りと、ほぐれた干し魚の身。ほくほくの紫芋と甘さのある塩麴。それぞれがそれぞれを引き立て、炒りもち米がちょっとしたアクセントに丁度いい。澄玲の汁物もこの混ぜご飯の美味さを引き立てながら、潤いを届けてくれる逸材だ。
「神事の一つで、田植えの時期は豊作に祈願。収穫の時期は収穫できたことに感謝、来年の豊作を祈願してこの北宮地で食べられる物です。冷めても甘みが強く残る事から、農作業の合間に食べる事にも向いているのです。今回は北宮地の文化に親しんでいただくべく、特別にご用意させていただきました。」
「颯垣でもこの文化やりたい!!」
「御伽家でもやりたいなぁ……」
その瞬間に宮司の手が止まる。そしてその混ぜご飯を置いて訝しげに莽薙を見つめる。莽薙はその目線に戸惑って食べる手を同じように停めてしまう。
「あの、どうか……されました?」
「君……御伽と言ったな、あの御伽か?」
「まぁ、あの御伽で間違いないと思います」
宮司は未だに訝しげな眼差しをこちらに向けたまま変えようとはしない。
「……なぜ宮地なんかに」
「それは近々成立する御伽家主導の国家への賛同を得たくてですね……」
その様子に犬養も思わずに目を見開いて食べる手を停めてしまう。宮司もかなり驚いた様子だが、莽薙はなぜそこまで驚いているのかは全く理解できなかった。
「……正気ですか、莽薙さん、観光だと思ってましたけど」
「まぁ、一回宮地には行ったものの追い出されてしまって。門番の方に『牟婁勒に居る弟さんなら分かってもらえるのでは』と言われたので……」
その悪意のない正直な説明を聞いて宮司は態度を改めて、御伽家と宮地家についての歴史を話し始めた——。
——莽薙の父、御伽莽鐘が天界府を破壊するよりもはるか昔の話。所謂「神蕩」が「溶礼道」として始まった時。その神話の時代。そこから対立の溝が深まっていた。
溶礼道の神話では「火の民と水の民が衝突し、山は燃え、海は怒り、民は酷く飢えていた」とある。従来、「火の民は日照りや火災」「水の民は洪水や土砂」と考えられてきた。しかし、実は大戦争が起きていたのではないかと言われている。火の民は諸島部から激しく炎を向け、火の鳥を水の民に放つ。水の民は圧倒的な火力で全滅しかけたそうだ。
「火の鳥……やっぱり『不死鳥』は過去にも存在していた……」
しかし、それは同時に火の民の命を代償にしていた。やがて双方が全滅に近い損害を被り、「持慈礼羅大神」が仲介して戦いは止んだ。その時の火の民の指導者が御伽家だったとか。確実性に欠ける神話の話だが、そんな言い伝えも残っている。
「不死鳥についてあんなに探したのに、地元に、こんな近くにヒントがあったとは……」
「まぁ、伝記が少ないのも無理はない。その時代に紙は無いし、殆どが戦争やその後の風化で無くなってしまった。確か残っているのは糀谷と宮地だけだったはずだ」
「宮地家が御伽家を嫌うのはそれだけじゃない。近年の話もあるのです。」
今度は天界府が崩壊してからの事。宮地家はいち早く国家建設に乗り出した。その時にあなた達のように各地方に歴訪していった。
しかし、天界府と言う統治と制御をする物が無くなった事は、自己の利益最優先で気性の荒い国家を建設する者が多かった。特に或東と広翠。颯垣は宮地の守護を受けて独立し、その争いから農家を守った。対して御伽家は何もしなかった。影響力は絶大だが、何故か何もせず、龍帝が出現する事態にもなった。
宮地家は何度も御伽家の助力を乞うが、全てを黙殺される。龍帝を排除した後に気づいたのか、積極的に介入を推し進め糀谷家、大石家、柊家を従属させた。それは宮地家にとってみれば、或東と同じような自己中で身勝手で粗暴な連中として映っただろう。
「そして次の世代は『宮地家の賛同』を求めてやってきた……。宮地家としてはこの上ない屈辱と憤慨を抱いているはず。宮地に入って殺されなかっただけマシね」
「……そっか」
莽薙は静かに顔を下げた。茶碗にはまだ少しご飯が残っている。水分が飛んで固くなる前に早く食べてしまわなければならないのに、そんな話を聞いて箸が進むわけがない。
「明日には帰国した方が良いかもな、勿論今晩の事は黙っておくさ」
夢の為に死ねるなら、それはそれで——「本望」。
「いや、弟さんに会いたいです。それが死ぬ結末でも、御伽家との因縁がそれで切れるのであれば……、父もきっと未練だったはずですし……」
花蓮は食べる手を止めて宮司と犬養に土下座してその主張を吞むように懇願した。赤城も頭を下げ、最後に莽薙も頭を下げた。宮司は頭を上げるように伝えて柔らかな笑みを浮かべて言葉をかける。
「一、伸びよ、されど切れることを恐れるな」
「二、白くあれ、されど無味であるな」
「三、熱を受け入れ、己を蕩かす事を恥じるな」
「知っておられますか?」
千々波が言ってくれた溶礼道の三掟。「これは今でも続いている」と彼女は確かにそう言ったはずだ。莽薙達へのエールとして伝えたのかは確認する術は存在しない。だが、もう僕は溶礼道の信奉者になってしまったらしい。
「勿論です。親友の神子から教わりました。僕もその掟を守りたいです」
「それは宮司として嬉しい限りだ。この言葉にあるように双方が和解して蕩け合わなければ平和は訪れない。己の威厳、名誉を捨てて潔白な状態で混じり合う事が大事なんだよ」
宮司は食べ終わった食器を持ちながら土間に向かう。囲炉裏が照らす背中で宮司は語る。
「……私の提案は無かったことにしてくれ。きっと上手くいくさ。」
そう言って食事を終えた。すっかりご飯は冷えてしまったが、犬養が言っていたように冷めても甘みがあって美味しく食べられる。そのまま食事を終えて布団を敷いて寝る準備を整えるた。
「……そう言えば、宮地の由来知ってる?」
澄玲が準備をしながら莽薙に話しかける。赤城は外へ、花蓮と犬養は風呂に出ているのでこの二人が布団の準備を自発的に行っているのだ。
「いや、まぁ、大体想像はつくよね。例えば……」
「その通り、神社が多いから宮地なんだよ!」
「まだなんも言ってないけど……」
澄玲は莽薙の正解の報酬として笑顔を振り撒く。敬語も使わなくなった彼女の成長への報酬として莽薙も笑顔を返す。
「だからさ、きっと国王さんも弟さんも『うちとけて』くれるよ」
「そうだね、そう思いたいな」
「肝心なのはそう思い続ける事だよ!自分で何とかできない時こそ、神とかに頼ってもいいんじゃない?」
「そうかもね」
「だってさ、颯垣も今日みたいに豊作祈願したりするのよ。自然災害は自分達では何とかできないからさ、そこはもう祈るしかないじゃん?」
「逆に自然災害が起きちゃったときはどうするのさ」
「その時はその時よ、神蕩的に言えば『運命と融和する』ってかんじ?」
千々波もそんな事を言っていたような気がする。自分の不幸すらも甘んじて受け入れて、その状況を自分にとって意味あるものにすれば、不幸とも融和できるとか。そんな感じの事を言っていた。流石伝説の神子と言うべきか。
「流石農家、説得力が違うな」
「でしょ~」
「何話してんの、風呂開いたわよ。あ、布団ありがとうね」
『はーい』
犬養はそのまま奥に歩いて宮司の部屋へと入って行った。赤城が汗だくで帰ってきたので、赤城を先に風呂に入れる事にして花蓮を含めた三人で話ながら就寝準備を整えた。
きっと明日も何とかなるだろう。そう思えば今のところは楽に過ごせる。




