第七話 湯葉坂温泉郷
陸奥に麓まで送ってもらい、来た道を引き返すように或東から小山田に船で渡航。そのまま徒歩で小芸那に到着する頃には、既に夕方になっていた。そこから少し歩いて当初の目的地、湯葉坂温泉郷に到着したのは丁度夜になってからだった。
町の中心に大洗川と呼ばれる川が流れており、その音が温泉に浸かる人々を心身ともに癒してくれる場所。自然との共生よりも、自然の中の人間を体現した小さな理想郷はここまで来た莽薙達の旅の疲れを洗い流すのに丁度良いのだ。
「うっひゃぁ……こりゃあ極楽ですわぁ……」
「お湯上りには恒例の『湯ほぐれ饅頭』が待ってますよ」
「私の本命はそっちだから!」
「ですよね、知ってます」
花蓮はそのまま空を見上げる。どこで見ても星はいつも同じようで全く違う。自分の旅の心情の変化にも由来するのだろうか。どちらにしても自分達の心の支えになっているのは変わらない。
「新しい時代が始まりそうですよね、すごいなぁ……」
「え、なにいきなり」
「いや、花蓮さん達が新しい時代を作っていくのに圧倒されて感激しているのですよ。迷いなく進むのを見て本当に感嘆します」
花蓮はそんな正直に話すようになった澄玲の横に移り、笑顔で話しかける。澄玲は何か変な事を言っていなかったか終始確認していた。
「まぁ、そう見ちゃうか~」
「は、はい、少なくとも私には……」
「意外と私達だけじゃ、全部うまく行ってないのよ?」
「そうでしょうか、全ての結果は花蓮さん達が運んできた物じゃないですか……?」
花蓮は腕を澄玲の後ろに回して、顔を赤くしながら澄玲をそのまま寄せる。あたかも酔っ払ったおじさんのような絡み方だが、ただただのぼせているだけである。上がりたい気持ちを抑えて澄玲に説明する。
「いつだって周りの環境には左右される。私達は失敗することもあるし、成功することもある。私達は誰かの助けがあってこそ、うまく行ってるのよ?」
「そうなんですか?」
「勿論。今日だって本国に居る荒川さんやロメリア、ソフィアが居なかったら、長柄さんがあのタイミングで情報を持ってこなかったら、あなたが門を開けてくれるように言ってくれなかったら、交渉はそもそも行われないか失敗してた。結局の所『みんな』で作っているだけ。私たちだけの手柄じゃない」
「そうでしょうか……、行動を起こしたのは花蓮さん達ですし……」
「あなたが居なかったら、この温泉に浸かってないし、きっと今頃小山田から歩いて或東に向かっていたでしょうね。それでも私達だけでうまくいくと思う?」
澄玲は黙って風呂の水面に映る自分を見ていた。花蓮は話し終えると、「あつい」と捨て台詞を吐いて上がろうとした。しかし、花蓮は寒暖差によって頭がクラクラしてしまい、気づいた澄玲が駆け寄って肩を貸した。
「えへへ……悪いわね…」
「大丈夫ですか、少し涼みましょう。あと水分補給も」
澄玲は更衣室にあった蛇口まで連れていき水分補給をさせた。そのまま椅子に座らせて花蓮を休ませた。そんな中ですっかり澄玲は体が冷え切ってしまった。
「……ごめんね、もう大丈夫だからもう一度行ってきな」
「いえいえ、もう結構ですよ」
花蓮は覗き込み、体調を伺う澄玲の肩に手を乗っけ、下から睨みつけるような眼光を見せる。澄玲は少し驚いたがその場にと留まった。
「あんたさ、何遠慮してんのよ」
「えっ、えぇ……?」
「莽薙に入れてもらった仲間なんでしょ?私なんかに構わず、遠慮しないで。私も遠慮しないからさ……」
「いやぁ……」
花蓮は莽薙のように厄介な要求を突き付けている事実に気づかないまま澄玲を見ていた。他の人と澄玲が違うのは直ぐに命令として受理し、風呂場に戻った所だった。いい外気浴を楽しみ、再び風呂に浸かった。澄玲自身、温泉が大好きなのもあって、長風呂になるのは珍しくなかった。澄玲はどの程度が「遠慮しない範囲」なのかを考えながら、結局いつもと同じような時間をかけて浸かってしまった。
澄玲が出る頃には既に花蓮は更衣室から出ている様子だった。無理もない。花蓮の二倍程の時間温泉に居たのだから。
「いやぁ本当にそうなんだよ!」
澄玲が更衣室を出ると、莽薙と花蓮が二人で座って喋っていた。赤城がいないのを見て、もう少し入っていても良かったのかと感じるのと共に、赤城の長風呂加減に随分と驚かされた。
「あっ、澄玲ちゃん、どうだった?ゆっくりできた?」
「はい、おかげさまで!」
「ごめんね花蓮が迷惑かけたみたいで」
「いいえ、これも『仲間』としての責務ですよ」
莽薙と花蓮はその発言に心底安心して笑みをこぼした。赤城は長くなるかもしれないので、その発言のご褒美としても「湯ほぐれ饅頭」を頂こうと考えて売店へと直行した。
売店は肉まん屋さんのように蒸し器が大きく置いてあり、温泉の匂いがほのかに感じられた。その蒸し器の中には「♨」のマークの付いた黄色い饅頭が陳列している。
「すみません、『湯ほぐれ饅頭』三つお願いします!」
「はいよ」
そう言ってその中から無作為に三つの饅頭を取り出す。紙に包みこんでそれぞれに手渡し、元居た待機所のような場所に戻って肩をくっつけながら座る。そしてその饅頭を口いっぱいに頬張る。
口には柔らかい生地と同時に柑橘系と温泉の爽やかな風味が口いっぱいに広がる。後を追うように中の白餡が食感と味を全ての変えてしまう。幸せとは正に、このことを言うのだろうか。湯葉坂温泉郷を体現したような一品だった。ベンチに座る莽薙達は目をつぶって幸せを謳歌し、疲れが饅頭の煙のように体から抜けて行った。
「おい、お前ら、なんかうまそうなの食ってんじゃねぇか」
「あぁ~、赤城~、もう、さいっこうだよ」
「ほう、それは是非手合わせ願いたいものだな」
赤城も湯ほぐれ饅頭を購入して莽薙達の元へと戻る。莽薙達は既に完食して完全に昇天して背もたれにかかっていた。赤城は呆れながら目の前で口いっぱいに頬張る。
「こ、これはっ!」
柔らかい生地と同時に柑橘系と温泉の爽やかな風味が口いっぱいに広がる。後を追うように中の白餡が食感と味を全ての変えてしまう。幸せとは正に、このことを言うのだろうか。あまりの美味さに赤城は片膝をついてしまう。
「くっ、こやつ、かなりの手馴れ……!!」
そんな赤城の衝撃を物ともせず、澄玲はある事を思い出して売店へと一人歩いて行った。先程の湯ほぐれ饅頭の売っていた売店をよそに、その奥にあるお土産屋に向かう。確か湯葉坂温泉郷の名物はこの他にもあったはず。
「すみません、『湯ほぐれ饅頭』のあったかくない、小さい奴ってまだありますかね?」
かなり不味そうな表現になってしまったが、店員さんは少し考えた後に閃いた様子でとある菓子を取り出して澄玲に手渡した。澄玲は確かな感触と家族できた時の思い出を頭の中で思い出していた。それを購入して急いで莽薙達の元に戻る。莽薙は起き上がって正気を取り戻した様子だったが、花蓮と赤城が完全に昇天していた。
「すまない、もう少しの間はこの調子だな」
「ええ、構いません。ゆっくりしましょう」
「それで、何買って来たんだ?」
澄玲は袋の中を莽薙に見せながら説明した。
「じゃーん!湯ほぐれ饅頭のお土産バージョンです!これから宮地王国に向かうのであれば手土産にはちょうどいいかと思いまして、探して買ってきました!」
「上出来!ありがとう澄玲!!」
「お安い御用です!」
温泉郷は仲間の距離を近づけると同時に、これまでの自分達への労いとして十分な効果を発揮した。それは澄玲の未来をも変える程の力を持っていた事は言うまでもない。
神様もこの休息をしかるほど鬼ではないのは星空を見ればわかる。いよいよ明日はあの宮地王国に再び入る事になる。きっと今度は何とかなるだろう。




