第六話 旭の先端
御伽家の所領とする島の対岸。大石や宮地と言った地方が存在する平野部の事は古くから「旭の登る陸地」とされてきた。御伽家としては日没の場所であるが、大陸の東端となすこの地方はそう呼ばれてきた。
その為にこの地方を「旭州」と呼ぶ。この「旭州平野の最北端」となるのが港町で或東海峡のある「或東」。海峡での通行料で国家を潤している宮地王国に並ぶ大国と言っても差し支えない国家である。
正直言って莽薙達は、宮地王国よりも或東国との交渉が難航するのではないかと危惧していた。彼らにとって独立という条件は必定。良くて友好関係を築くだけに留まるだろうと考えていた。しかし、宮地王国で出鼻を挫かれたので、脱力しきって向かっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ美味すぎるぅぅうううう」
花蓮のこの叫びを聞いてお察しのように本当に脱力している。もしかしたら彼らの旅に必要だったのはメリハリという名の脱力感なのかもしれない。変に力む事のない旅こそが一番自由で優雅な旅なのかもしれない。
「さて、そろそろ行こうか」
「あと一尾!もう一尾だけ!!」
「いや、それ以上食ってもらったら困るんだが……」
その旅のメリハリを体現しているのが、彼女自身と言っても差し支えない。このような人物は確かに旅を非効率にするし、予想外の展開を持ってきやすい。とは言えそれが、絶対の悪だとは言い切れないのが又難しいところであり、旅の醍醐味と言える所だと感じる。
「じゃあ、片身は俺のね」
花蓮は小声で「やったぁ」と呟いてもう一尾購入する。港町の屋台の列が並ぶ道ということもあり、小山田の人混みはそう見ないものだった。花蓮が漫勉の笑みで人混みを避けながら焼き魚を運んでくる。
乗船しながら食すことにして、ひとまず或東行きの船に搭乗する。海の潮の匂いはこの町に来てから多く嗅いでいたが、やはり洋上となればそれは更に深まる。
このような潮の匂いを嗅ぐと、神琉王朝の一連が思い出される。赤城の熱心な家族感情との狭間にあった仲間の存在。赤城の経験してきたことは荒波の潮と言わんばかりに激しく、とてもしょっぱい思い出だっただろう。だが、今の赤城の清々しい横顔を見ると、そんな思い出も、今や遠い思い出となって、自分の糧となっているのだろうと感じる。
「ナギ君~、片身ってどこまでが片身~?」
「え、お前、美味しい腹側全部食ったの!?」
「左右なんて言われてないもん!上下に食っても半分は半分でしょ?」
「あのな、もうちょっと思いやりを持てよ……」
「……しょうがないなぁ」
そのまま花蓮は魚の残った背中側の半身にそっと口づけをする。その半身を莽薙に捧げた。莽薙はその行為を不思議に思いながらその魚の半身を貰う。
「ほら、私の付加価値が着いた魚だから腹側よりも高いよ!」
「だからといって背中側が腹側よりも美味しくはならないだろ」
「いや、付加価値って美味しさ関係ないから」
「いやいや、こっちは美味しさ求めてるからさ。それにそんな口づけしなくても、貴方が食べてる時点で無限に口づけされてんじゃん。付加価値つかないって」
「はぁ!?気持ちでしょうが!情誼よ情誼!!」
「はいはい、嘆いても腹側は帰ってこないからその情誼を受け止めますよ~」
花蓮はわざわざそのように振舞ったと言うのに、このような冷たい態度を取られて少し悔しがっていた。逆に莽薙はそんな様子を気にせず、骨をどけて花蓮が食べていた腹側の続きから背中を食べ始める。
「お二人の喧嘩止めた方がよろしいですかね……?」
「いいや、不要だ。」
船が海原を進み、やがて或東に到着する。流石に海峡部の都市ということで壮大な町だった。この先が海の先がパラコ共和国などの砂漠諸国と言う事もあって、砂漠文化と合いまったような国際的な都市だった。今まで見てきた都市の中で一番異色を放っていた都市であったのは間違いない。
「澄玲ちゃん、或東にも『小山田炉端焼き』あるんだよね!?」
「え、また食べるんですか!?太りますよ!?」
「あっ……」
なるほど、今度からそう言えば花蓮は自制してくれるのか。とても良い対処法を澄玲から学んだ。
「或東の『小山田炉端焼き』は少しスパイシーな味付けになっているのも特徴なんです」
「あのさ……、自制した後にそれ言うのはオーバーキルだよ、澄玲ちゃん…」
そんな街を歩いて行きながらひとまず宿を探す事にした。その最中に澄玲が颯垣家のいつも使っている宿へと案内した。
元首とは言え農家の為少し危惧していたが、元首としての彼はやはりあのような農家気質な性格は全く見せない誠実で気品のある人物らしい。案内してくれた宿も、一般人ではまず入る事すらおこがましいと感じるような由緒ある宿だった。ガス抜きで農家をやっているのかもしれないと考えると、少し面白い人物のように感じる。
「ふかふかベッド先輩じゃないですか!」
そう言って花蓮はベッドに飛び乗る。この光景は高天河原の思い出を思い出す。あの時は千々波も梔子姫も居た。この光景を見ると何だか虚しくなるのは自分だけではなかった。花蓮もそれを感じてこちらに埋めていた顔を覗き込ませた。
「なんで来ないのよ」
「いや、普通行かないのよ」
晩御飯は花蓮が所望した或東の小山田炉端焼きを食べることにした。小山田炉端焼き乗船前に食べた人として、普通はフレーバーが増えただけであまり気は進まない。所詮同じ料理だからだ。しかし、花蓮はフレーバーが増えてもそれを違う料理として扱うらしい。良く寝る事と言い、特徴だけ言えば食べ盛りの子供とさして変わらない。
「満足ですか?」
「いやぁ~満足満足、やっぱり旅って良いわねぇ~」
そのまま宿で一夜を過ごして夜明けを待った。明日は何処に居るかわからない或東の指導者の元を探して、そこに向かう必要がある。その為にも今日は英気を養う為に早めに休むことにした。
「ああ、陸奥公輝様ですか。でしたらあの山の上に聳える豪邸に住んでおられますよ」
指をさす山の中腹に白い豪邸が木々の間より顔を覗かせている。街を一望できるような立地である裏腹に、行くまでに大変時間がかかった。澄玲は全く苦しい表情をせずにそそくさと登って何回も振り返っては様子を伺う。まるで山に遭難してしまった時に、山の神である鹿に先導されるような軽やかさと優しさを感じる。
と言っても旅をしてきていた為に体力は付いている。花蓮も旅の前であれば既に脱落して嘆いているに違いない。ゼリテーヌ砂漠で命からがら、灼熱のガラスの上を歩いてきたのだからこの急斜面ぐらい苦しくもない。
「私がご挨拶申し上げてきます」
「ありがとう澄玲~」
そのまま澄玲は中に入り陸奥と面談する。莽薙達は門の前で座り込み、登ってきた距離の分だけ休息を取る。しかし、思ったよりも早く澄玲が戻ってきてしまい、そんな悠長な休息は取る事が出来なかった。ひょっこりと出した澄玲の顔が残酷な笑顔で冷酷な事実を突きつける。
「入って良いそうですよ!」
「ふぇ、ふぁぁい」
中は先ほど麓で見たあの白い豪邸。最早違う文化圏ではないかと思うほどに進んだ文化だった。しかし、それよりも進んだ文化、いや未来を知っているので驚くまでは行かなかった。
「ようこそ、『旭州の北端』であり『旭州一の発展』を見せる或東へ」
「急な面会にも柔軟に対応してくださりありがとうございます」
「良いのだ、旭州一の国の主として歓迎せずにはいられぬのだよ。して、ご用件は?」
ここに来た目的と、ここに来るまでの道のりを陸奥に話した。彼は背広を着ており、既に袴文化はもうないらしい。花蓮はともかく、洋服を中々着ない文化が定着している中で、背広を着るのは何か意識があるのだろうか。そんな彼は莽薙が話すにつれて徐々に機嫌が悪くなる。
「それで、建国議定書に署名してほしく……」
「……笑止、この或東が未だに発展のしない御伽家に屈服せよと?」
やはり或東の署名は難しいものだった。正直言ってここまでは予定通り。交渉と言うのは大きく出てから徐々に譲歩する物だ。しかし、その計画を覆す人物が現れる。その人物は肋骨服に身を包み、軍刀を帯刀している軍人だった。
「陸奥殿、この者達の意見に賛同すべきと存じます」
「長柄、お前、今なんと申したか?」
その長柄と呼ばれる男はポケットから紙を広げて内容を一通り読み始めた。
「御伽家は建国議定書によって国家を誕生させました。その裏では高度技術国家ローシャング王国、高度法治国家新教王朝の支援の事実が確認されました」
「な、なにぃ!?」
「現在、千鶴の隣町、九十能にて『九十能条約』が締結され、御伽家の国家とローシャング王国、新教王朝の友好関係と発展支援の確認が行われました」
そんな話は全く聞いておらず、こちらも全く状況が把握できなかった。しかし、あえて毅然とした態度で挑んだことで、陸奥に大きなプレッシャーを与える事になった。
或東は一大港湾都市。港湾都市と言えば「世界の情報が瞬時に入るところ」と言っても過言ではない。そんな彼だからこそ、ローシャング王国と新教王朝の驚異的な先進国家は耳に入っていた。
そして目の前にいる毅然とした態度の莽薙は、その両者に背中を押された人物。提案に感謝こそすれ、それを蹴飛ばして嘲笑うなど有り得ない。
「……その情報の裏取りは?」
「目の前に御伽家の当主様がおるではないですか」
「……本当なのか?」
「はい、世界を回った時にお世話になりましたので、今後とも関係を長く続けたいと思い、締結を促しました。イーサンド・ルイスの方にも後々お願いしたいと考えております」
陸奥は顎が脱臼したのではないかと思えるほどに大きく口を開けて驚愕の様子を浮かべている。だが、莽薙も全く聞いていない事だったので、勿論この会話はハッタリ。それを聞いて澄玲もそれを察してハッタリをかます。
「颯垣国もそれを鑑みて、署名の方針で団結しております」
陸奥は空いた口が塞がらなかった。ハッタリを見抜けずに追い詰められ、最早崖っぷちに立たされている。そこで陸奥は脳を回転させてあらゆる可能性を考えた。
独立を守ってすぐ北のユリシアと提携するのはどうだろうか。もしくは更に北のシュデーフ……。いや、どれもローシャング王国と新教王朝、イーサンド・ルイスには遠く敵わないだろう。
「陸奥様、颯垣国よりも早く署名して御伽家に恩を売っておくことが先決だと思われます」
この一言が陸奥の思考を停止させ、食いしばりながら受諾する羽目になる決定的な要因となった。
「あぁ……分かった。その署名をしよう。但し条件がある」
「何でしょうか?」
「或東国の占拠する都市と海峡の監督は私が独占させていただきたい」
「ええ、勿論です。では使節を御伽家に送ってください、うちの荒川が丁重に対応させていただきます。」
「分かった。ではそこにいる長柄良樹を向かわせよう。それでよいかな?」
思ったよりもあっさりとクリアしてしまった。最後は残された宮地王国。ここが最大の難関として残ってしまった。まぁ、きっと何とかなるだろう。そう思って山を下りることにした。




