第五話 さすらう者達
「澄玲さんですよね?」
元気の良い子だと思っていたが、莽薙を前にした途端に弱々しく、初々しさが垣間見られるようになった。先程の豪快さは何処に行ったのだろうか。そんな彼女は首を縦に振る。
「もし、僕があなたに婚約を迫ったら了承してくれるの?」
彼女は顔を横にずらして、目線を敢えて落としている。その様子を見て莽薙は確信して澄玲の手を取って説明した。
「君を幸せにできる用意はある、だけど…」
「いや、良いんです!」
突然喋り始めたために莽薙は会話の途中で区切られてしまった。しかし、先程まで喋らなかった彼女の声を先に聞こうと考えて口を閉じた。
「確かに莽薙様は好きですが、政略結婚が本当の愛だとは思えないです。一方的な片思いでするぐらいなら、私が父を説得しますから……」
「いや、そんな事はしなくていいよ。自分が言おうとしたのは別の事だから」
「……?」
莽薙はあえて握っていた手を離し、彼女の目の前に手を突き出した。
「僕らと旅をしないか?」
「……え?」
「旅が終わったら執事として雇ってもいいなとは考えている。その為の事前審査みたいなものだよ。申し訳ないけど出会って即結婚は流石に無理。だけど僕は君と旅がしたいな」
「いや、私なんかが……、こんな田舎者で……」
「身分で能力は測れない。裸足で駆ける力強さと、ここ周辺の地理状況は君の方が知っているからね」
澄玲は少し悩んで莽薙の手を取った。この莽薙の使えそうな人材は一度使ってみるような要素も、人を惹きつける彼なりの性格かもしれない。
そう言って手をつないで戻って来たので花蓮は口を両手で抑えてしまい、颯垣は大笑いしている。
「颯垣さん、澄玲借りますね」
「まじかよw」
颯垣は腹を抱えて笑い、その横に居る花蓮は目を見開いて今にも発狂しそうな勢いだった。莽薙は澄玲よりもファンな人材を改めて確認して満足し、先程まで話していた内容を全員に説明した。すると逆に颯垣が驚き、花蓮は安堵して笑い始めた。
「いやぁ……そう来たかぁ……」
「まずいですかね?」
「う~ん、どうかな。まぁ、こんな俺が娘の未来を束縛する訳にはいかねぇ。娘が良いと言うなら好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
颯垣は立ち上がり、鍬を持ち上げて肩に担ぐ。莽薙達も立ち上がっていよいよ旅支度を始めた。澄玲も足を流してから部屋に上がって行き、荷物をまとめ始めた。その間に颯垣は莽薙に向けて耳元に伝えた。
「颯垣の連中は国を主体としていない。それは逆に周辺の勢い流されやすいという事だ。まだ颯垣には『建国議定書』についての噂は流れていない。知らぬ間に超大国が近くにできていたら。その国が或東国、宮地王国と何らかの関係を結んでいたら動かざるを得ない。それを陽動した方が、一々颯垣の各町に伺うよりも賢明だろうな。」
「なるほど、では次は或東国に行った方が良いですね」
「かもしれんな、期待してる。あと、娘を頼んだよ」
莽薙は強く頷いてその覚悟を目で表した。そして颯垣の屋敷を出ていき、案内されたルートで或東国へ向かった。長くなるので或東国に入ってから直ぐの宿場町「小山田」に停泊し、そこから海路を通って最北にある都市「或東」を目指す事になった。宮地王国と同規模ほどの国家。又追い出されない事を願うしかない旅だった。
「澄玲は或東国には行ったことがあるのか?」
「ふぇっ、はい、何度かお邪魔には……」
まだ仲間としてはぎこちない関係だった。最初あった時は皆、隔たりを感じていた。特に梔子姫なんてそもそも不死鳥として出会った時に、泣いて別れるだなんて思わなかった。旅には予想外が付きもの。それが彼女の成長、延いては仲間としての懐柔を起こしてくれるとありがたいと思う。
「或東は何が名物なんだ?」
「……私のお勧めは、今から向かう『小山田』の隣『小芸那』に『湯葉坂温泉郷』と言う所がありまして、その名物『湯ほぐれ饅頭』は絶品ですよ」
「ほぉ……、どんな料理なの?」
「温泉の蒸気で蒸しあげた饅頭でして、蒸気によってふわふわに膨らんだの中に柑橘系の白餡が入ってます。あのアツアツなふわトロ食感はここでしか味わえませんよ!」
想像しただけで美味しそうに感じ、つい先ほど「大石焼き」を食べたのにも関わらずよだれが出てくる。今すぐに目的地を変更して小芸那に行きたくなった。
「……お役に立てましたか?」
「後ろを見て見れば分かるよ」
後ろの食いしん坊である花蓮は分かりやすくよだれを出して、幸せそうな笑みを浮かべている。彼女は今や自分の世界にどっぷり浸かっているのだ。
「……小芸那、行きたい…」
「じゃあ小芸那行く?」
「いえ、小山田に行きましょう」
澄玲は莽薙の提案を一刀両断する。莽薙や花蓮はその状況に最初は驚いたが、仲間への第一歩を踏み出してくれたような気がしてとても嬉しかった。
「あっ……いや、別に、あの、意見を捻じ曲げるわけじゃあ……」
「わかってるよ、その上で君の意見を聞かせて」
「あ……、小芸那はですね、宮地王国と或東を繋ぐ要所なんです。もし、皆さんが或東の後に宮地王国に行くのであれば、道中で寄る事も出来ます」
「小芸那経由で或東行けばいいじゃない!温泉郷‼湯ほぐれ饅頭!!」
花蓮は完全に脳を「湯葉坂温泉郷」と「湯ほぐれ饅頭」に洗脳されている。そこまでぐるぐる回っては最早悪霊どころか具現化した「湯ほぐれ饅頭」そのものだ。
「いやぁ……小芸那ですと陸路になって疲れますし時間もかかります。小山田でしたら海路ですから歩かず時間も短縮できるのですが……」
「えぇ……湯ほぐれ饅頭……」
そのまま悪霊が抜けた抜け殻のようにうなだれる。どうやら「湯ほぐれ饅頭」の悪霊は無事払いのける事はできたらしい。代わりに莽薙は新たな霊を召喚することにした。
「小山田や或東の名物は何かある?」
「小山田や或東は港町ですからやはり海鮮は外せませんよ。特に近海の採れたて新鮮の魚を屋台で焼いたりする『小山田炉端焼き』は名物と言っても差し支えないかと」
ふと後ろを見ると、既に花蓮は息を吹き返したように起き上がり、再び涎を垂らしている。莽薙の作戦通り「小山田炉端焼き」の精霊の召喚に成功した。これには隣で歩く赤城も呆れた様子で微笑む様子を見せた。とにかく花蓮の旅のやる気を小山田に向ける事に成功した。
「じゃあ小山田に行って、或東に海路で。その後は小芸那から牟婁勒にって感じかな?」
「いや、帰りも海路を使って小山田に戻ります。小芸那は隣町なのでそちらの方が疲労なく行けますよ。私は歩いても構いませんけど」
「え、歩けるの?」
「農家の娘を舐めないでくださいよ!」
確かに初対面が土間を裸足で駆ける情景だった。それを見れば直ぐに連想される。それにしてもこのような提案をしてくれるのは、相手の事を思っての事なのだろうか?
「或東は普段海路で行くの?言い方的に歩いて行くことが慣れているように聞こえるけど」
「……鋭いですね、莽薙さん達にあまり苦労をさせたくありませんので。やはり農家は収入が良くありませんから普段は海路のような贅沢品は使いません。走った方が早いです」
「走った方が早い」なんて言われたら「自分達には体力がない」みたいな口ぶり。赤城は流石に度肝を抜かれて鎮静していた。
「しかしながら、今回私はこの旅に先立ちましてお駄賃を頂きましたから、無駄使いする前にパーッと使ってしまおうと言う訳にございます」
「いやぁ、気を使わせて申し訳ないな……」
「問題ありませんよ、莽薙さま言ったではないですか」
「え、何を?」
「『私を執事にする』って。いつもよりこの澄玲、張り切っていますよ!!」
確かに言った。彼女がそのように自分が意図しない所で意識してくれるのは心強い。やはり同じように「さすらう者」として何かが共鳴したのか、執事として雇うには上出来な人材のように思える。この旅はいつものように思った以上の収穫になりそうだ。




