第七話 漆黒の始まり
「いいですか、作戦通りにお願いしますよ!」
「終わったらこの地図の印の場所で集合ね!」
「早速だ、花蓮、糀谷の元に向かおう!」
「うん!」
二人は群衆をかき分け、糀谷の屋敷に向けて歩みだす。莽薙が花蓮の腕を引っ張り、群衆を分けて進む。丁度その頃だった。
「大きな花火じゃ!」
群衆の目線の先には火の玉が浮かんでいる。それは陰陽節の始まりの合図。莽薙はより一層急いで屋敷へと向かった。
屋敷の門番に止められた。事情を話したが、到底信じてもらえるはずもなかった。それでも下がれば高天河原の為にはならない。その使命感で説得を続けた。
「……其奴らはワシの客人よ」
奥から出て来たのは三郎……ではない。よく似た一郎兄さんの方であった。門番は道を開けて二人を屋敷の中に通した。
屋敷の中の一角に通される。少し手狭な部屋に進み、そこで一郎さんと対面した。一郎さんは急須からお茶を注ぎ入れた。一郎さんがそれを吞んだところで、莽薙はこの後起きる事を全て話し、祭りの中止を提言した。それを聞いた一郎は暫く目を瞑った。
「……それは無理な話だ。」
「どうしてですか!!」
「祭りの熱狂に適う物なぞない。今から注意喚起をしても誰が言う事を聞くだろうか。」
「しかし、やらない理由にはなりません!」
一郎さんは動じずに急須を注いでおかわりする。
「やっても無駄なことをすれば、それは無駄足になる。できるだけそれを避けて行くのが統治の基本。此度は諦めなさい。」
「……僕は諦めないぞ、兄さん!」
後ろの襖から三郎と千郷が出てくる。莽薙と花蓮はいきなりの三郎の登場に驚いた。その隣にいる千郷の出現にも驚いた。
「千郷さんから聞いた。兄さんは一郎兄さんじゃない。」
「……は?」
「兄さんは次郎兄さん。しばらく会ってなかったから分からなかったが、節々に次郎兄さんの癖が目立つ。」
「……例えば?」
「座るときに右足を下に胡坐をかく。そして落ち着きがないから手を動かしたり、貧乏ゆすりをしたりする。最初から怪しかったけど、一郎兄さんにもその癖ができたのかと思っちゃった。でも、千郷が全部教えてくれた。」
「……あっそ」
「次郎兄さん、僕が一郎兄さんの言う事を聞くからそのフリをしたと思うけど、僕には僕の芯がある。一郎兄さんの言ったことが全てじゃないから。」
次郎はお茶を飲み干す。そして鋭い目つきで三郎を睨みつけた。
「正義の味方気取りか。父さんはなぜお前を跡取りにしたんだろうな、一郎兄さんは納得していたが、俺は全く理解できない。それに次男の俺には絶対に当主の座は巡ってこない。挙句の果てには高天河原にも見捨てられ、地方に左遷だ。意味わかんねぇ……」
「次郎兄さん、それは——」
「ああ、嫉妬だよ。弟に先を越される嫉みだ。誰も正しく評価しないなら、俺が新しい価値を作ってやるよ。『すべてを壊した後でな』!」
次郎は手元に刀を出現させる。そのまま勢いよく目の前の三郎の頭へと刃を向けた。千郷は見切ったように鉄扇でその刃を受け止める。三郎はそれを信頼していたらしく、全く動揺してはいなかった。
「そんなこと如きで『糀谷家を独立させる』と父を誑かし、『支援者』を高天河原に引き入れた。貴方はもう兄さんじゃない。」
三郎は手元に十手を出現させ、次郎の刀を絡め取り、刀を部屋の隅へと投げやった。三郎は十手の先を次郎に向けながら諭す。
「……抵抗する前に父に謝りましょう。父はこの現状を本心では望んでいなかったはずです。僕も行きますから。」
「弟に説教される筋合いはない!」
「千郷、扇子!」
次郎が短刀を手元に出現させ、今度は莽薙へ襲い掛かる。千郷が鉄扇を三郎に渡し、花蓮が莽薙に覆いかぶさる。三郎は短刀を持つ次郎の手首を勢いよく十手で叩く。それでも次郎はがっしり短刀を握っていた。そこで三郎は十手を更に進め、次郎の手首を鉤の間に挟み込み絡め取る。十手諸共次郎の手首を上げた瞬間、三郎が左手に持つ鉄扇が次郎のミゾオチに勢いよく押し当てられた。
「ぐへっ…!」
次郎が短刀を落とす事を確認した三郎は、そのまま次郎を押し倒した。短刀と刀を千郷が素早く回収し、次郎は完全に抵抗できなくなった。
「な、ナギ君は、私が……!!」
「……花蓮さん、もう大丈夫ですよ?」
「え、あっ、大丈夫なんですね」
「ありがとう花蓮、死んだかと思ったよ」
「お礼言うなら三郎さんでしょ」
「いいえ、兄弟喧嘩に巻き込んでしまって申し訳ございません。」
三郎は手際よく次郎を拘束する。三郎は鉄扇を千郷に返却し、次郎に対して事情徴収を行い始めた。すると、次郎は諦めてすべてを話した。
——父は問題児であった次郎を「書院管理」に任命した。それは「書院への監禁」とも言うべき物で、次郎の自由は制限された。
その書院で偶然、陰陽節について書いた書物があったらしい。それを見た次郎はこれを利用して「すべてを壊す復讐」を考えた。
陰陽節の真実を極限まで語ることなく、「御伽家からの独立」を名目に父から、他の場所から支援を募る。幸い御伽家にいい気分を抱く人間は居ない。支援者は容易に見つかった。更には「不死鳥を利用して御伽家を滅ぼす」事もできるらしい。糀谷家と御伽家を取り込んだ勢力圏に一つの国家を打ち立てる。そのような策略だったらしい——。
「……兄さんは『できるだけ無駄を避けて行くのが統治の基本』って言うけど、僕は『できるだけ民衆を守るのが統治の基本』だと思う。」
「知るか、そんなこと。そんで、どうすんだ。このままだと糀谷家と御伽家は滅亡する。早く逃げた方が良い。」
「いいや、僕は強欲に求めるぞ、『誰も傷つかない世界』を!!」
「そうか、じゃあがんばれよ」
業火の叫ぶ甲高い悲鳴が合図。この町の誇りだったガラス細工が瞬時に割れ、人々の喉と腹を切り裂いて行った。ガラスの破片は溶けて赤くなるか、それよりも赫い液体を纏いながらカーテンの幕を上げる。
叫ぶトランペット、鳴くヴァイオリン、怒るドラムが町のあちこちで演奏され、炎と風がダンスを披露する。地獄の舞踏会は斯くも想像を絶する物なのだろうか——。
「さっきまで祭りがあったのに……」
莽薙達が外に出た時、既に凄惨な状況になっていた。焼けて爛れる者、皮が裂ける者が道端に転がっている。木々や家が燃えては風に舞って渦を成す。そのくせ、空は漆黒の世界が広がっていた。
道端に落ちるザクロ達を分けながら前に進んで行った。溶けたザクロの果汁が足を取る。莽薙達は発狂しそうになりながらも、地図を頼りに前に進んだ。
「居た、千々波と……梔子姫が二人!?」
一人は繊細な色白の肌、麗しい織物のような黒髪、鮮やかな漆黒の翼、生き生きとした白装束に果汁を垂らしながらこちらを向いている。もう一人は繊細で麗しい三つ編みの黒髪を肩に下げ、烏帽子を被っている。月光のように美しい色白の肌の手で、大太刀を構えている。そんな女性が翡翠を彷彿とさせる瞳孔を向けて、こちらを振り返っていた。
「えっと、どちらが梔子姫さん?」
「……梔子姫。ああ、それは恐らく私の事だろう。」
三つ編みに烏帽子を被る女性がそのように答えた。
「向こうにいるのは『不死鳥』だ。千々波殿より話は伺っている。貴殿らの力を貸して頂けるか?」
「……もちろんです!」
「重畳至極。では千々波殿の舞が終わるまで、不死鳥から千々波殿を守りましょうぞ!」
「わ、わかりました!」
不死鳥は不気味に笑みを浮かべてこちらを見ている。不死鳥の足元には千郷が握ったおむすびが二つ、地面に死んでいた。




