第六話 陰陽節
「皆さん、お待たせしましたー!」
「……花蓮さん、お料理下手すぎです。」
「……へ?」
確かに、所々に不格好な野菜が見られる。だがこの炊き込みご飯の味も、お吸い物も味付けがあっさりとしていて食べやすかった。
「美味しいじゃないか!」
「……いや、私が調味したので。花蓮さん本来の味付けで食べますか?」
「じゃあ……食べてみるか。」
現れた……お吸い物?いや、これは……なんだ?お吸い物にしては底が濁っており、みそ汁にしては色が白い。
一つ啜ってみると、魚の悪い所だけを綺麗に抽出したかのような味と臭いをしていた。急いで口を抑えるも、梔子姫と赤城は不覚にも器に吐き戻してしまった。
「これは……大層な……」
糀谷は言葉を探すも、出てくる言葉全てが失礼に値するもの。到底口にできずにその言葉で止まってしまった。その挙句——。
「……花畑と川が見えるほどには美味しかったですね。」
「しょ、精進シマス……。」
結局その汁物は設楽女の湧水補正も虚しく、誰も手を付けることは無かった。畳の香りの上で千郷の料理を嗜み、その日はそのまま就寝することになった。
「朝ごはんの支度をしましょう。」
「私も手伝います!」
「……あの、見ているだけでいいですから。」
千郷と花蓮が廊下を駆ける音で目を覚ます。今日はいわゆる陰陽節の日。世紀の一大イベントが催される日。
朝食の時に聞いた話では、糀谷は早朝に一足早く高天河原へと戻ったらしい。恐らく陰陽節の準備。しかし、同時に——
「『陰陽節の案内はできない』とお達しがありました。」
「しょうがないよね、糀谷の祭りだからね。」
「逆に千郷さんは行かなくていいの?」
「私は花蓮さんみたいに、大胆に行動できないからね……」
「……なんか嫌味を感じる。」
白米と焼き魚と言う朝ご飯。旅館であるから仕方ないと言えばそうだが、若干量が多いと感じる。心なしか梔子姫も食欲がわかない様子だった。
「……すみません、寝起きで食べれないです。」
「でしたら、そちらでおむすびをお作りします。私の手でよろしければですがね。」
「そうして頂けるなら……」
千郷は梔子姫の前にある朝ご飯を下げる。そのまま厨房の方へと向けて歩み始めた。花蓮は千郷が居ない間に密かに白米のおかわりをした。
「……花蓮は良く食べるなぁ」
「昔からそうでしょ?」
「ああ、昔から良く食べる。でも時々おにぎり分けてくれたよな。」
「それはお偉いさんの子相手だし。貴方がやんちゃ坊主だったから私がしっかりしないといけなかったのよ。」
「……確かにね」
千郷がおむすびを抱え、それを梔子姫に与える。その頃には全員が食べ終わっていた。「ご馳走さまでした」を告げ、そのまま高天河原へと向かった。
「それでは陰陽節、お楽しみくださいね。」
「こちらこそ丁重なおもてなしをありがとうございました!」
四人はそのまま高天河原へと歩み始めた。その道中で再び水まんじゅうを喰らいながら、陰陽節と言う祭りを楽しみにする。そんな悠長な旅が始まると感じていた——。
陰陽節の本祭は夜に行われる。日が沈んでからが本来の祭りの趣旨である。茜色に染めた空の元に開かれた祭りは熱狂的に街を盛り上げ続けている。
「お前はどれだけ私を失望させれば住むのだ!!」
無抵抗で頭を下げた三郎に父親の足が飛んでいく。鈍い音の後で、三郎は再び頭を下げて父親へ懇願する。
「……もうよいではないですか、御伽家が我々に何をしたというのですか。」
「何もしていない。何もしていないから腹が立つのだ、何のために奴らの下についていると思っている!」
「父上!!」
三郎の胸ぐらを父が掴んで持ち上げる。その中で、父が目に涙が浮かぶのを、三郎は見逃すことができなかった。
「……この後起きる事、それはお前ひとりでは止める事は出来ん。誰にも、誰にも止められん。」
「父上…」
「これは伝統。破壊と再生の伝統。それを止められたら、ワシは……」
三郎はそのまま部屋の隅へと投げられた。そのまま父の命令によって三郎は部屋の中で監禁されることになった。
そうとも知らず高天河原は熱狂の渦を大きくしていく。莽薙は花蓮と共に祭りを巡り歩いていた。しかし、梔子姫は先程から体調が優れない様子で魘されている様子だった。
「……梔子姫はまだ起きない?」
「起きない。安静にするほかないな。糀谷の屋敷に連れて行いく事も考えたが、これほどの大群衆を分けて進むのは無理だな。」
屋台の煙と人の波、太鼓の鼓動と笛の響が飽和していた。梔子姫は時間が経つたびに苦しそうにしていた。そこにある人物がやってくる。
「み、みなさん!?!?」
「千々波!?」
「なんでここに居るんですか!?!?」
「千々波がそのまま『高天河原へ向かいます』って言ったから……」
「『皆さんは設楽女でごゆっくりしていてください!』って言いましたよ!」
「十分ゆっくりしたし——」
「そう言う意味じゃないんです!!」
千々波は珍しく怒り狂っている様子だった。しかし、梔子姫の様子を見て一瞬でその怒りを抑え、梔子姫の容体を確認した。そして取り出した古めかしい徳利のような瓶。その中の液体を梔子姫へと飲ませた。
「……今はこれぐらいしか——」
「ねぇ、梔子姫大丈夫?」
「……大丈夫ではないですね。貴方達も大丈夫ではないです。」
「え、どういう事?」
千々波はこの後起きる事を包み隠さずにさらけ出した。この後起きる事「地獄の舞踏会」の惨状について。疑う事を試みる。だが、今までの行動がその疑いを晴らし、この言動全てにおいて信憑性を持たせ始めた。
その話は糀谷も知ろうとしていた。糀谷は部屋をこっそりと抜け出し、父の居ない執務室へと向かった。父の涙の真意を探ろうと務めたのだった。
「……これは」
引き出しの中に入っていたのは古びた書物が入っていた。その内容はまさに千々波が莽薙達に話した物と同じ事が書いてあった。
——五百年前、黒い灰が町を襲った。嘘のような昼の月も、その日は黒くくっきりと見えたと言う。太陽と月が出会う日だからである。灰が街を包んだ時、町の透明な物は一瞬で欠片に変わり、喉を掻き切り、胸に突き刺さる。噴き出した赤い血は瞬時に黒い灰になった。そして黒い灰が天を覆い、赤く燃え始めた。
そして大きな火の鳥が天に降臨し、自身を「不死鳥」と名乗った。一日中人を襲った不死鳥は次の朝日を見るころには消失していた。
五百年に一度の陰陽節。それが悲劇の記憶として保管されていた。伝承するために毎年開催し、わざわざ昼夜の生活を逆転させる。今回で丁度五百回目。五百の文字が零に変わる日だ。
『梔子姫』はその五百年前に厄災を引き起こした元凶と言われる人物。口数が少なく、朽ちない体、白々しい梔子のような肌の色から、この三つの『クチナシ』を掛けて『梔子姫』と呼ばれている。
———梔子姫は、厄災をもたらす「不死鳥」。
陰陽節は、厄災を回避すべく訪れる「節目の祭り」なのだ———。
ガチャッ
啞然とする三郎の目の前で、執務室の扉が開いた——。




