第五話 設楽女
「……それで、その雨宮というのは誰だ?」
「私は御伽家が壊した世界政府の重役だった者だ。そして、その再興を望む者だ。」
「『世界政府の再興』ですって!?」
「ご名答。御伽家が壊した—世界。それを再びもとに復元しよう。大いなる力を—以てだ。」
雨宮は目の前に置かれている魚のステーキに橋を入れ、餡をたっぷり絡めてから口へ運ぶ。そのまま清酒を一口嗜む。その後でゆったりとした口調で冷静に語る。
「御伽家は世界政府を壊した後に、何をもたらしたのだろうか。それは—『混乱』だけだ。この魚の—ステーキのように脆く、そして、旨味のある物だ。この土地は—立地も住民も強靭だ。世界はこの地を求めている。そんな—ステーキを奪われる前に、我が身で喰らわなければ—なるまい。」
莽薙は何も言い返すことはできなかった。政務に携わるどころか、何もしてこなかった。そして、このような状況を招いた。
「世界は今、更なる混乱へ—向かいつつある。その混乱が、『第三の世界政府』となるきっかけになる。それに備えなければ—ならない。その為の独立だ。御伽家の倅が、『今更』なぜここにやって来た?」
「……世界を回って、当主の器を作る為に。」
「なるほど。御伽家は跡継ぎ育成に乗り出したか——。」
雨宮は布巾で口を拭う。半分まで食べ進めた魚のステーキを残し、こちらに鋭い眼光を向ける。そのまま立ち上がった。
「だが、それまでは待てない。私はせっかちでな。」
「……答えは出たな。」
赤城は縄を解き、手元に刀を出現させる。見たことない芸当を横で見ていた莽薙は驚愕した様子で目を見張っていた。赤城はそのまま抜刀——。
『抜刀・飛龍』
赤城は雨宮へ凄まじい速さで斬りかかる。雨宮は手袋の付いた左手を伸ばす。その左手が刀に触れた瞬間に刃が止まった。
赤城は機転を利かせて、その止まった刃を利用して雨宮を飛び越える。頭上を超えたあたりで体をねじり、雨宮の背面を斬る。
『エクリファイ』!
雨宮は振り向きながら赤城の目を見つめる。赤城の刃は肩の上で止まってしまう。雨宮はそのまま赤城の頭を掴み、莽薙の方へと投げ捨てた。赤城は体勢を立て直して元の場所に戻る。
「……こいつ、魔法使いか。」
「イーサンド・ルイスで学んだ一流の魔法使いさ。」
そう話した途端、雨宮の肩から出血が始まる。雨宮はそれに驚き肩を抑えた。赤城はその姿を見て始めて笑みを浮かべた。
「……なるほど、君も一流の守護神獣使いか。」
「あんまり舐めてもらいたくないな。」
その隙に糀谷は雨宮が手を付けていた食器を片付けようと雨宮の前へと向かう。雨宮はそれを見て一歩下がって糀谷の侵入を許した——。
「ぐあっ!?」
雨宮の腹にナイフが刺さる。それは糀谷の手によって行われたものだった。その手際の良さ、態度一つ変えない精神の強さ、常に笑みを浮かべる表情に雨宮は戦慄した。
「糀谷家は独立いたしません。誓って御伽家に忠誠を誓い、共にいばらの道を進見ます。糀谷は訳あって裏切ったので、支援者は反逆者となりました。これで終いです。」
「ッ、……マジかよ」
「ええ、『マジ』にございますれば、この手も血に染めましょう。」
糀谷はそのままナイフを引き抜く。しかし、雨宮は血を出しながらも微動だにせず立ち続けていた。
「……これは—、一旦—引くしか—ないな。」
『テレポート』
雨宮は姿を消し、そこに血に染まった糀谷が立っていた。糀谷はナイフを机の上に置き、雨宮の口を拭った布巾で手を拭いながら部下に命令を下す。
「糀谷家は御伽家への忠義を示した。莽薙様を丁重に扱い、かつての支援者の企みについてよく調べよ。良いな!?」
『ハハッ!』
莽薙は縄を解かれ、自由の身になった。梔子姫も花蓮も解放され、糀谷は莽薙の元へと向かった。
「血塗られた手ですが、先程布巾で拭きました。よろしければ手を——。」
糀谷はそのように言って手を差し伸べて来た。袖にはまだ血がついている。だが、莽薙がその手を取らない理由は無い。莽薙は笑顔で掴んだ。
「ありがとう。凄い度胸だね。」
「私からも、ありがとうございます。莽薙さんの言うように、とても勇敢でした。」
「……いいえ、内心泣き喚いてますし、震えてます。」
糀谷が言うように、莽薙が掴んだ右手は小刻みに震えていた。それを見て莽薙はその右手を両手で包み込んで出迎えた。
「一緒にこの壁を乗り越えよう!」
「それは願ってもないことにございます……!」
糀谷はそのように呟いたとき、部屋の後ろの襖が勢いよく開かれた。そこにはウルフカットを施し、洋服の上からの羽織を着る女性が立っていた。
「サブロー!」
「千郷さん、ご無事でしたか!」
「無事も無事、ほんとになんもなかったよ。ここではなんかあったようだけど。」
「……まぁ、いろいろとありましてね。」
二人は手を取り合って安全を確かめた。その微笑ましいまでの姿を見て、莽薙達はその二人に笑みを浮かべた。
「皆様、サブローを支えて頂きありがとうございます。今日はこの千郷が、旅館にて傷を癒して差し上げましょう。どうかごゆるりと、おやすみなさいませ。」
「……だそうです、皆さん、ご案内いたします」
この旅館にあった一件は一度なかった事にし、英気を養う為にこの旅館で少し休むことになった。それぞれが胡坐をかいて居座れるような大きな部屋で、談笑して仲を深めた。
「赤城、凄かったな!」
「……凄くなかったら護衛してないだろ。」
「守護神獣を使えるのですね、それは頼もしい。」
「……頼もしくなかったら護衛してないだろ。」
「妖術を使って刀を出現させた速さも、スタイリッシュでカッコイイ!」
「……かっこよくなかったら護衛してないだろ。」
「それは関係ないだろ!」
莽薙達三人はそのように言って赤城を労った。莽薙は赤城のその能力について思い当たる節があり、表情を曇らせた。だが、この場で言うべきではないと考えて胸に留めた。
「サブロー、晩御飯の支度してくる。貴方に会いたい人って言う人が居るから、先に会っておいで。旅館主に聞けば分かると思う」
「承知した。」
「あ、私もお手伝いします!」
花蓮はそう言って千郷の後へ続いた。その二人が部屋を後にした所で、糀谷は莽薙に一つ提案した。
「晩御飯の前に、風呂でもいかがでしょうかー。ここの湧水からできる温泉は格別にございます!」
「それは良い話を聞いた、赤城はどう?」
「俺は後ででいい。刀の手入れをしなければな。」
「私も手伝います。」
「なんでお前が?」
「救ってくれたせめてもの恩返しにございます。太刀を扱ったことがあるので悪しからず。」
「……だとよ」
糀谷は莽薙について来るように言い、最初に旅館主の場所へと伺った。その足で三郎に会いたいと言う人物の元へと向かった。
「……サブロー、久しいな」
「兄上!?」
三郎が少し大きくなったような姿の人物がそこには居た。確かに、兄弟である事は一目瞭然である。その本心を感じさせない狂気じみたような目つきをどこか感じる。
「お初にお目にかかります、御伽莽薙です。」
「糀谷家長男糀谷一郎、三郎の兄です。」
一郎は貧乏ゆすりを始め、三郎を前に座らせた。
「それで、兄上が何を……」
「……次期当主の器を拝見しようとな。」
「いや、兄上には敵いませぬ。」
「父はそなたを選んだ。謙遜する必要もない。私の管轄は地方の発展ぐらいが丁度いい。それに——」
『お前の底知れぬ欲望を、私は一番に恐れているのだ。』
一郎の視線が一瞬だけ糀谷の袖についた赤い血を見た。三郎は気にも止めずにすぐ「何のことでしょうか」ととぼけ始める。まさに道化師と言えるものだった。
「……ここに立ち寄っただけだ。それだけ。下がってよいぞ。」
「……はい。どうか兄上も恙なく——。」
三郎は莽薙を連れて部屋を出ていった。胸の奥に秘める底知れぬ野心を包み隠す三郎。それは兄弟とて同じ事。一郎は二人が出て行ったあとで、拳を強く畳に打ち付けた。
そして二人は大浴場へと向かった。大浴場はよく見る大きな浴場で、時間帯的に人は居なかった。二人は体を洗い、露天風呂に向かった。
「疲れた後の風呂は格別ですねぇ……」
「そうだねぇ……」
露天風呂の湯気が茜色の空に消えるたびに疲れが消えるような気がする。薄暗くなる空を探したが月は見当たらない。露天風呂で月を見るのが嗜好だというのに。
「莽薙さま、御伽家とはどのような場所なのでしょうか。」
「……場所?」
「はい、どのような場所なのでしょうか。」
「統治する場所って事?」
「いや、その家の中です。」
「……家族の仲って事かな?」
「はい。」
三郎は家族を「場所」と捉えていた。その失言を莽薙は見逃さなかった。少し考えながら目を瞑る。
「まぁ、『あるべき姿』かな。温かくて時に厳しい。そんな場所が世界どこに行ってもあるなら、それはとても居心地がいい。だから僕は、誰に対しても家族のように接しているかな。」
「……御伽家は、その見本になるような家族なのですね。」
「ああ、本当にいい家族だと思う。三郎はどういった世界にしたい?」
三郎は自分の右手を覗き込む。本心も語れず、自分を偽って、その手を血に染める。それがどれだけ過酷な事か。避けることをどれだけ願った事か。その思いで目が泳いだ後、その手を強く握った。
「僕は——」
『誰も傷つかない世界』にしたい。




