第五話 その先の運命
非常に呆れた。これまでの経緯もすべて火の鳥の灰の運命であった。私にしかこの町を守れないのは明白だった。昼であるのに日の光も希望の光も届かず、底のない漆黒がただ天を覆っていた。
やがて現れた唯一の光。天空に現れた炎。その地獄の業火が悲鳴か産声か定かではないが声を上げると、この町の伝統芸能で誇りだったガラス細工が瞬時に割れて、破片が四散し、誘導されるように人々の喉と腹を切り裂いて行った。今思えばあれが運命の分岐点だったかもしれない——。
莽薙が糀谷と共に白装束の彼女に近づいた。初めて会った時よりも険しい雰囲気になっているのが能力者でなくてもよく分かった。語り掛けようと口を開いたときに後ろから声が聞こえた。
「ちょっと、何ですか、いきなり!」
その声は菊水の声であった。莽薙は誰よりも早くその声に反応して振り向いた。莽薙は無意識に菊水の方へ足を運んでいた。瞬時に振り向いたので視点が定まらないが、徐々に鮮明に見えてくる。何者かが腕を掴んでいた。目を凝らして見るとそれは糀谷啓太郎であった。
「不純物が混じっていたようだ。」
莽薙は素早くその方向へ駆けると、勢いそのままに啓太郎の掴んでいた腕を強引に引っ張った。啓太郎は変わらずあの不気味な笑みで莽薙を見つめる。
「おや、御伽家では礼儀を教わってないのですかな、なあ三郎?」
勢いよく掴んだ腕はその言葉と共に振り払われたが、菊水は解放されて莽薙の後ろへと回り込む。しかし、三郎は動揺してただ立っていた。兄たちが脳裏に浮かんでいることが容易に想像できる。
「その三郎の後ろにいるのはまさか『梔子姫』ではないだろうな?」
「——梔子姫?」
そういえば名前を聞いてこなかった。不死鳥の宿した彼女がその『梔子姫』と言う人物なのだろうか。呆気に取られていると道化のような不敵な笑みをこぼしながら啓太郎が話す。
「何を隠そう彼女の名前だよ。説明してやりなさい三郎。自分が犯した罪についてもね」
「——はい。」
ようやく動揺が収まったようで、三郎は父へ向かって少しずつ歩み始めた。
「『梔子姫』は五百年前に厄災を引き起こした元凶と言われる人物。全く喋らない、朽ちない体、白々しい梔子のような肌の色から『梔子姫』と呼ばれているのです…」
「それで、お前の犯した罪はなんだ?」
糀谷の足は花蓮と莽薙の間を通り、啓太郎の目の前で止まった。
「僕が犯したのは——梔子姫を始末しなかったという罪です…」
啓太郎は更ににんまりと笑い、そのまま三郎の頬に平手を放った。糀谷はそのまま後ろに倒れ込んだ。啓太郎は怒りのあまり壊れてしまった笑顔のまま、二発目を浴びせようと三郎の胸ぐらを掴んだ。そこに千々波が小さい体ながら割って入る。
「啓太郎様、やめてください!こんなのお互いの為になりません!」
「親でも当主でもないお前に何が分かるか、この無礼者!」
千々波は小さいので少しの力で振りほどかれてしまった。しかし、暗い表情一つもせず直ぐ果敢に止めに入った。
「お互いが理解して融和すべきです!溶礼道の名のもとに!」
「そんなきれいごとが通用する世界じゃねえんだよ、てめえは引っ込んでろ!」
再び投げ出された所で見ていられなかった花蓮が千々波を止めた。啓太郎は視線を三郎に向ける中である事に気づいた。梔子姫が例の洞窟から消えていたのだ。辺りを見渡すと、赤城が梔子姫を抱えて林の奥へと逃げる姿が見えた。三郎のことを忘れたのか、三郎は父の手中から解放された。
「これが君たちの覚悟か——。いいだろう、念のため連れてきてよかった。いけ」
茂みの中から現れたのは治安維持組織「氷川隊」。現れたその瞬間に千々波が煙幕を展開。莽薙は咄嗟に三郎の手を握って赤城の方へ走り始めた。
「何をやってる、逃がすな!」
後方から聞こえるその怒号を聞きながらひたすらに走っていたが、やがて違う声も聞こえてきた。
「莽薙、これ逆じゃないのお⁉」
後ろを見ると花蓮が千々波を背負って走っており、息も早く上がっていた。恐らくかよわい女性に背負わせるのではなく、紳士的で力のある男性に背負わせようとしたのだろう。だが生憎追われている状況で救える手立てがない。紳士的で力のある男性はここに沢山いるが、時間が無いのだ。すまないレディー…
「あ、ちょっと、今私のこと諦めたでしょ、ほんと最ッ低‼」
そんな菊水の背中で千々波と言う悪魔が語りかける。
「ちょっと、花蓮さん、もっと早くしないと…」
「…殺すよ?」
「ハイ、スミマセン……」
赤城が斬りつけた大木が、莽薙らが通過したと同時に倒れて氷川隊と少し差が開いた。その時間で紳士的な力のある莽薙が向かおうとすると、それを別の紳士、三郎が止めた。
「いや、ここは僕が悪い。千々波は私が運ぼう」
そう言って三郎が千々波を背負って先に走り始めた。残された莽薙は気まずそうに菊水に話しかける。
「…花蓮、背負うか?」
「結ッ構です!」
これは後で大好物の一つや二つ買ってやらないと気が済まないだろう。そんなことを思いながら気まずく少し走り続けると、赤城が待っていた。あそこがゴールだと感じて最後の力を振り絞る。
「よく頑張ったな、次は俺の番だ。」
氷川隊が到着すると、颯爽と抜刀して臨戦態勢を取った。氷川隊もそれに呼応して抜刀。梔子姫と共に全員で茂みに隠れ、赤城の様子を観察することにした。赤城の構えは肩越しの構えと呼ばれる刀を後ろで水平に構える形。相手は六人。母が見つけてきた最強が、どんな戦いをするか見ものだと思っていたが、想像以上だった。
「——游雲驚龍」
赤城が全身の力を使って体をねじり、後ろで構えていた刀を何の躊躇いもなく、バットのように力強く薙ぎ払う。切りつけた赤い斬撃に龍のようなものを見た気がした。凄まじい風が吹き荒れながら氷川隊の群衆に斬撃が命中、忽ち氷川隊は戦闘不能となったが、起き上がらないだけで目立った外傷はなかった。
「終わりだ、いくぞ」
「お、おう」
恐らくみねうち程度にしたのだろう。その倒れた氷川隊を尻目に暗い林の中を訳も分からず進んでいった。どこへ行くのかは定まっていないが、梔子姫が隣に居る間は進路が明確であることは確かである。しかしあの技、どこかで見た覚えが——。
「そういえば気になったんだが…」
「移動の後ではダメか?」
「ごめん、そうする」
糀谷が進路を指した。示した進路は北東の方向。真横の夕焼けを臨みながら、その方向に進んでいくと大きく開けた道に出た。しばらく進んで周囲が暗くなってくると、目の前に見える町の明かりが目的地として明確化された。
その街に着くと、糀谷がそのまま先行してある宿屋についた。顔見知りらしく、頼るところのない僕たちを快く受け入れてくれた。そうしてようやく一息つける場所に着いたのである。
バサッ!
「ああ~大変だったぁ~」
「いいね~私も~」
「風呂入ってからにしろよ…」
千々波と菊水はそのまま布団へ倒れ、それを赤城が半目で蔑んだ。そう言う赤城は梔子姫の対面に座り、梔子姫の現況を把握しているように見えた。残ったのは莽薙と糀谷。
「大浴場があるので一緒にいかがです?」
「いいね、そうしよう」
そして二人は大浴場へと向かった。大浴場はよく見る大きな浴場で、時間帯的に人は居なかった。二人は体を洗い、露天風呂に向かった。
「疲れた後の風呂は格別ですねぇ……」
「そうだねぇ……」
露天風呂の湯気が暗い空に消えるたびに疲れが消えるような気がする。
「そうだ三郎、ここはどこなんだ?」
今まで聞いてなかったことが不思議に思った。疲れていてすっかり忘れていたのだ。
「ここですか、ここは設楽女、かつて神事が行われたところらしいです。高天河原の隣町です。隣町とは言え、距離的には離れているので悪しからず」
「そっか、それなら安心だな」
暗闇を探したが月は見当たらない。露天風呂で月を見るのが嗜好だというのに。ふと思い立った莽薙は糀谷に少し難しい指令を出した。
「——そういえば、年下とは言え敬語はいらないよ」
「左様で…か」
「なんか変な言葉になったな、なんか高圧的になった」
「すみません」
「また敬語じゃん、これは長くなりそうだね」
そう言って二人で大浴場を後にして部屋に戻った。部屋は菊水と千々波が蕩けるように寝ていた。赤城から聞いた話では菊水はちゃんと寝る前に風呂に入ったらしい。その為三人でこれからについて話すことになった。
「この設楽女に居たら不死鳥は発現しないのか?」
確かに、陰陽節は高天河原で行っている。設楽女で陰陽節があるのかは定かではないが、僕の出身地千鶴の近くでもその文化はない気がする。
「おそらくそんなに安直ではないと思う。設楽女では陰陽節の文化はない。隣町で文化の有無が起こるのだから、高天河原特有の文化だ。梔子姫がどこに居ても被害は高天河原なのではないだろうか。どちらにしても高天河原を警戒しない理由にならない。」
「——なるほどな。結局高天河原には居る必要があるな」
進路は決まっても前途多難。未だに梔子姫の対策を練られていない現状、遂に陰陽節開始まで一日を切った。不安や焦り、葛藤からなる得体の知れない感情がこの時から心を蝕んでいく。




