第四話 不死鳥
高天川を越えた先、千々波が昨日言っていた所まで辿り着いた。少し歩くと古い倉庫のような小屋があった。その小屋から赤城が出て近くの林へと向かって行くのが見える。御伽は不思議に思ってその倉庫を覗きに行くことにした。
「あ、あれは…」
そこには麗しい女性が白装束で正座していた。その女性はこちらに気づいたように目を見開いたが、目線はこちらへ向かなかった。白装束は処刑されるときに着る服だが、縛られていた痕跡はない。白い和服と言えば千々波を思い出したが、巫女でもなさそうな雰囲気。どちらかと言えば不気味なオーラを放っている気がする。更に気味が悪い事にここでは何も音がしない。風切り音くらいしてもおかしくないのだが、自身の声を出すのも躊躇ってしまう。
「す、すみません、こんな所で何をしているんですか——?」
その少女は再び目を瞑った。ここには何もない。水も食料も音も風情も匂いもない。ただ虚無の空気が流れていった。それに反して彼女は老いも衰えも感じさせない健康的な体をしている。どこからやってきたのだろうか。なぜここにいるのだろうか。もしかして監禁—
「あ、あのぅ…」
「あんまそいつに喋りかけてくれるな、彼女は集中しているんだ」
「あ、赤城!?」
そこには林に潜ったはずの赤城がいた。そして彼女はそのまま赤城に目を向けた。自分の時の虚ろで興味の無さそうな目とは違い、実直で殊勝な目つきで赤城を見ている。
「どうしてここに…」
「ここじゃなんだから、外に出るぞ」
外に出て経緯を聞いた。普段多くを語らない赤城ならではの衝撃な一言を残した。
「あいつは、『不死鳥』だ」
御伽達が町を探索しているころ、赤城は腕が落ちないよう修行するに高天川を渡った。そこで出会ったのが彼女だったそうだ。彼女も千々波、赤城同様にその能力の持ち主だという事は直ぐに分かったらしい。喋れないのには何らかの理由があるのだろうと思っていたところ、テレパシーで語りかけてきたらしい。
「ま、まって、テレパシーって…どうゆうこと?」
「よくわからないが、不死鳥が直接脳内に会話してきた。お前が聞けないという事は能力を持たないと聞く事さえ難しいのかもしれない。話を続ける。」
どうやらそのテレパシーでの会話はうまくいったらしく返答が帰って来たらしい。帰ってきた返答は想像に足る淡白な物だった。
「…帰って」
「どうしてだ、こんな所で何をしている。何をそんなに恐れている」
「私は『不死鳥』に憑りつかれているの、これを言えばわかるでしょ」
直ぐに赤城はそれが自制の利かない能力の片鱗だと感じ取った。
「——どうにか制御する方法はないのか、手伝えることとか…」
「……ない、私の精神が揺らげば不安定になるのは確かね」
「そうか、邪魔して悪かったな…」
自分では手に負えないが、彼女の隣に居ることはできた。そこで近くの林で修行する行きと帰りに寄る事にした。今日も朝の修行の前に寄ってみたが、そこで莽薙に気づかれてしまったらしい。御伽に興味を示さないのは恐らく反応がないかららしい。
「いいか、今言ったことは口外するなよ」
「でも…千々波に言えばなんとかなるかもしれない」
「——会って間もないだろ、彼女は信用に足るのか?
「いや、会って間もないけど赤城のことも信頼してるし、千々波も信頼してる。」
赤城は呆れるような目つきで御伽を見つめていた。しかし、取り付く島もないのも事実なのだ。故に赤城は顎に指をあてて熟考する。そのまま考えてある結論に至った。
「千々波に負のエネルギーの対処方法をどうするつもりなのかを聞いてみよう。その返答次第で公言するかは決める。俺もそう薄情じゃない。彼女を救いたい」
「……意外と赤城って優しいんだな」
「『意外』は余計だろ、全く…」
御伽の表情はにこやかになり、そのまま千々波の下へ向かった。朝日は既に登りきって万民を上から賛嘆するように照らしていた。しかし、ひとつの小屋の中は未だ暗闇だった。湿気た暗室の中で彼女は日の暖かさを待ち望んでいるのだろうか。それとも光を求めているのだろうか。どちらにしろそんな小屋からいち早く連れ出さなければならない。
「え、負のエネルギーをどうするつもりなのかって話?」
「そうそう、どうやって鎮めるのかって」
不思議そうに首を傾げて赤城と御伽を見るが、気にも留めずに話を始める。
「基本は浄化する。もしできないならば適した運命を辿らせる事が重要かな」
「適した運命——具体的には…?」
頭の中で「殺す」という単語が思いつき、背筋が凍る。赤城も表情には出さないが、喉が鳴っている。流石に残酷な運命と言うのは避けたい。
「溶礼道は溶け合う事が重要。その教えの通り、この地と融和するように運命を辿らせるの」
「ゆ、融和かぁ、なんだ…」
胸を下ろして安心したのも束の間
「今度は私が質問する番。その事について知ってることは?」
再び背筋が凍った。冷や汗の中で熟考し、言い逃れる為の単語を探していた。しかし、彼女は占い師のように心を次々と呼んでいく。
「貴方たちの質問からして負のエネルギーは人なんでしょ?」
「——どうかな、分からない」
「いや、御伽、もういい。殺さない方法で彼女を救えるならプロに任せる事にしよう」
菊水がまだ気持ち良さそうに寝ていたが、一人置いて行く訳も行かず、機嫌の悪い菊水もつれて行くことにして再びあの場所に向かった。しかし、あの場所には彼女は居なかった。代わりにそこに居たのは糀谷三郎であった。
「——本当に来ましたね、どうぞこちらに」
いつも気弱な彼が堂々と振舞っており別人かと考えたが、そのような素振りは見せなかった。しかし、今思えば確かに演技のような動きであったようにも思える。そして糀谷は莽薙達を先導して林の中へと入っていった。
「すみません、父が彼女を早々に始末しろと軽薄な判断をしましたので、あくまで一時的にここに移送させました。お待ちしておりましたよ。貴方たちが来ると信じて」
「あ、あの、性格変わった?」
「ハハハ、あれは演技ですよ。気弱な人であれば周りは見下して命令をし易いでしょう?」
「え、そんなことの為に…」
「かなり重要なことですよ。各々の命令から情報を多く知る事も出来ますし、従順な物として、家の中に残りやすい。名演技でしょ、莽薙さま?」
質問が莽薙に飛んでくるが、自分は大胆に欺けないので反応に困った。結局苦笑いで済ませることにし、糀谷はその分かりやすい素っ気ない反応に少し笑みを浮かべる。しかし、そのまま歩きながら、徐々に視線が落ちていくのが分かる。
「——私は父が嫌いです。なんでも自分の権力で強引に押し通そうとする。それは実の息子とて同じです。既に二人の兄は反抗して地方に飛ばされました。何も注意しない母も同罪です。」
糀谷は立ち止まって今度は語り掛けるように言った。莽薙もその行動には同情を隠せなかった。
「その為、従順で気弱な扱いやすい人間のふりをして、兄たちの為にここに残りました。ずっと一人でしたが、気弱な私に対等に接してくれ、実力のある貴方達を頼ろうと思ってご案内しています。ほら、あそこに」
小さな洞穴の中にはあの小屋に居た女性がいた。こちらに気づいた彼女は目を開けてこちらを凝視した。今思えばこの不死鳥も糀谷も生き残る事で精一杯なのだ。その自分の存在を掛けた戦いを観客席で見ているほどここに居る人は薄情じゃない。
早速千々波は近づき、アイコンタクトをした。しばらく相対して固まっているが、テレパシーで会話しているのだろうか。そして動き始めた千々波は一つの決断を下した。
「浄化はできない。適した運命はどちらかの灰のみ。相当難しい…」
「対処できないのか?」
背中から投げかけられた糀谷の質問に千々波は気難しそうに眉間にシワを寄せながら腕を組んで考える。しかし、結局千々波は首を縦に振った。
「だけどマシになる方法はある。」
千々波は振り返り、そして糀谷の方に向かって大きく指をさした。指をさされた糀谷は動揺している。探偵が真犯人を突き止めたような様子だった。
「糀谷、貴方ここの統治者の子なら知ってるのでしょ。この後何が起きるのかも」
糀谷は首を傾げながらも、隠し事が通用しないことを察して苦笑する。そこから糀谷は自分が得てきた情報の全てを語り始める。
「——僕は見てしまった。この町の歴史全てを。だから隣町の御伽さんの父の功績も、そのまた父の代の功績も。そしてこの町に起きた悲劇も、すべて知ってる。」
五百年前、黒い灰が町を襲った。昨日は嘘のような昼の月も、その日は黒くくっきりと見えたと言う。太陽と月が出会う日だからである。灰が街を包んだ時、町の透明な物は一瞬で欠片に変わり、喉を掻き切り、胸に突き刺さる。噴き出した赤い血は瞬時に黒い灰になった。そして黒い灰が天を覆い、赤く燃え始めた。
そして大きな火の鳥が天に降臨し、自身を「不死鳥」と名乗った。一日中人を襲った不死鳥は次の朝日を見るころには消失していた。
五百年に一度の陰陽節。それが悲劇の記憶として保管されていた。伝承するために五年周期で開催し、今回で丁度百回目。百回目の祭りに関してだけ、詳細に祭りのやり方が書かれていた。
「その事実は家族全員が承知している。だが、自分の子供を守れないような父が、この町を守れるとは思わない。だから私が責任を持ってこの町を守る。」
その表情は硬い決意が表れていた。それに誰も疑問は抱かなかった。菊水は少し困った表情をして質問を投げかけた。
「えっと、それで陰陽節はいつだっけ?」
「祭りが翌晩、肝心な陰陽節は明後日の明け方だ。時間はない」




