第三話 溶礼道
突然現れた少女は、この町が『滅ぶ』と確実に言った。その発言は可愛らしい少女の印象を真逆の印象に変えた。信じられないが、冗談のそぶりは全く見られない。その為、一同が啞然としていた。
「待って待って待って、それって……どうゆうこと…?」
「そのままの意味ですよ、この町には負のエネルギーみたいなのが溜まりすぎている。」
なんとも信じがたい話だが、もう少し聞いてみることにした。
「ここを流れる高天川、その向こう側にとても強いものを感じます。皆さんも明日にはこの町を出た方がよろしいですよ!」
かなり胡散臭い事を言っている。恐らく、そこら辺に居る霊媒師や占い師などの怪しい職業とさして変わらない。しかし、赤城は真剣に話を聞いていた。
今日のように人間の文化を一瞥するような赤城が、少女の話を真剣に聞いている。それに驚き、この少女の発言にも妙に説得力が増してきた——。
「なぜそんなことをわかるんだ?」
「それは私が溶礼道の巫女ですからね!」
ここにきて知らない単語が出てきた。「溶礼道」とは。不思議を解消するどころか、不思議はさらに深まっていった。既に中枢神経は脳も胃袋も満腹の警笛を鳴らしている。お陰様でこちらは眠気がだんだんと上がってくる。
「そうでした、私、ここまでしてくれたのに名乗っていませんでしたね」
たしかに名前も全く知らない。だが、これで一つ不思議が解決できそうだ。
「私の名前は『千々波神子』。神子は役職名なので、一般人で言う名前は千々波だけですね。溶礼道の巫女をしています!」
下の名前はない。溶礼道の巫女は、巫女になる際にそのようになるらしい。続いて千々波は両手を叩き合わせて思い出したように提案する。
「この機に一緒に御説法もしましょうか。溶礼道も少しは理解できるはずです!!」
そう言って千々波は誰かが頷く前に突然語り始めた。
「この世界の始まり——それは神との調和なのです。」
天と地は未だに形を成さず、山は燃え、海は怒り、民は酷く飢えていた。特に東の「火の民」、西の「水の民」の対立は大地を変形させ、天空が歪んだと言う——。
そこに空より飛来した『持慈礼羅大神』が『乳瓢』を持って両者の間へと降り立った。火の民の火を利用して「乳瓢」を温め、水の民の水を利用して「乳瓢」を冷やした。そして「乳瓢」の中から取り出した「白き塊」を両者に分け与え、飢えていたものや、傷を負うものを癒して回った。
民らは初めて食に涙し、互いの手を取り合った。だが、火の民の王はそれを許さなかった。彼は心が岩のように硬く、民に厳しかった。そこで民が信仰する『持慈礼羅大神』を毒殺した。彼の体は白から灰色へと変わった。その時に従えていた巫女『乳並神子』は酷く悲しんだ。
「神が——、神が腐りになろうとしている!」
『持慈礼羅大神』は乳並神子を優しく包み込み慰めた。
「腐りは終わりではない。腐りは毒の中で希望を見出すのだ……!」
彼女は『持慈礼羅大神』が倒れた後も七年七か月信仰を続け、彼の復活を願い続けた。例え民や他の巫女が忘れても、彼女だけはやめなかった。その末に彼は復活を果たした。
「毒もまた、味わえば宝」
火の民の王は涙を流し、火の民と水の民は一つになった。民たちは言霊で歌い、神乳布と呼ばれる神秘的な白い布を掲げ、白響鈴と呼ばれる蕩けるような音色の鈴を使って三日三晩舞を踊った。そして全てと融和して争いごとを避け、相手と交わりながら柔らかく関係を持つ事を求める溶礼道ができたのだ。
溶礼道の三掟
一、伸びよ、されど切れることを恐れるな
二、白くあれ、されど無味であるな
三、熱を受け入れ、己を蕩かす事を恥じるな
この教えは今でも続いている。
「その神子が私な訳ですね」
「……えっと、つまり何?」
花蓮は良い話の雰囲気をぶち壊した。
「結構わかりやすく伝えましたよね!?!?」
「……なに、火の民が…水の民との戦いで…」
「『争いは良くない!自分と相手で対話しろ!!』って事です!!」
「……なるほど」
「なんでこの人はこんなに頭固いんですか!?」
一番食べるのが遅かった三郎が食べ終わるのを確認した後で、席を立って店を後にした。外は涼しい風が身を撫でて、祭りの熱気が遠くで輝いていた。
「ごちそうさまでした!美味しかったです!」
「……え、お金は?」
「ありませんけど?」
「こっちが払うの!?」
「はい、え、私に善意で恵んでくれるのかと……。」
「確かに誤解されやすかったかも……。半分は出そう。」
「あ、さっきお説法したじゃないですか!お布施ください!お布施!」
「お布施を懇願する宗教があってたまるか!」
眠気が引いてしまった所で三郎の家まで帰る事になり、着いたころには町は静まり返っていた。煙は何処も上がっておらず、川のせせらぎが月光を反射していた。壮観な景色だが、いや、まて—
「なんでお前がいるんだ?」
なぜか千々波がそこには居た。勢いでついて来ていたが、まさか寝泊りも同じになるとは。
「まあいいじゃないですか~、止まる宿もなければ信頼できる人もいないですし」
「会ったばかりなのに信頼していいのかよ」
「良いんですよ!今晩はお礼に蕩け合いましょ♡溶礼道の名のもとに♡」
「やだ、やめろおおお!!」
風鈴よりも耳障りな音を聞いて赤城は早々に眠りにつくことにした。
「お前は俺の犬かよ!」
「ご飯も恵んでくれたんです、忠犬ですよ!ワンワン!!」
「この乞食巫女め!ハウス!ハウス!」
「ハウスはないワン!キャイーン!」
「執拗に迫ってくるなああああ!」
さて、その喧騒の裏。とある部屋では却って静まり返っていた。そこには手をついて頭を下げる三郎が居た。
「……父上、やはり、お考え直しを——!」
「何を言う、絶好の機会ではないか。御伽家の跡継ぎが何もせずに来た。人質にしてしまえば、衰えた御伽家は糀谷家に頭を下げるしかないだろう。」
「でしたら、『儀式』の必要はないですよね……?」
「それに関して、お前が口を挟むことは無い。ひとまず明日、莽薙を捕縛しろ。」
「……でも、彼女は別に!!」
鈍い音が部屋に響いた。それを聞く者は二人以外に居ない。
「お前も兄たちを見習え。」
「……。」
「そうだ、そのまま明日、設楽女で『特別な支援者』と会ってこい。莽薙を連れてな。」
「……承りました」




