第三話 溶礼道
突然現れた少女は、この町が『滅ぶ』と確実に言った。その発言は可愛らしい少女の印象とは真逆の印象に変えた。信じられないが、冗談のそぶりは全く見られなかった。その為一同が啞然としていた。物理的に満腹であるのに、精神的に面食らって心の中から満腹になる。
「それってどうゆうこと…?」
「そのままの意味ですよ、この町には負のエネルギーが溜まりすぎている。」
なんとも信じがたい話だが、もう少し聞いてみることにした。
「ここを流れる高天川、その向こう側にとても強いものを感じます。皆さんも明日にはこの町を出た方がよろしいですよ」
その話を聞くと赤城は少し驚いたように慌てて飲んでいたお茶をその場に置いた。その様子に驚いたが、少女の方が今は不思議が多い。誰もが不気味に思って喋りかけないので莽薙は続けて質問することにした。
「なぜそんなことをわかるんだ?」
「それは私が溶礼道の巫女ですからね!」
ここにきて知らない単語が出てきた。「溶礼道」とは。不思議を解消するどころか、不思議はさらに深まっていった。既に中枢神経は脳も胃袋も満腹の警笛を鳴らしている。
「そうでした、私、ここまでしてくれたのに名乗っていませんでしたね」
たしかに名前も全く知らない。だが、これで一つ不思議が解決できそうだ。
「私の名前は『千々波神子』。神子は役職名なので、一般人で言う名前は千々波だけですね。溶礼道の巫女をしています」
どうやら下の名前はないらしい。溶礼道の巫女は、巫女になる際にそのようになるらしい。続いて千々波は両手を合わせて思い出したように提案する。
「この機に一緒に御説法もしましょうか。溶礼道も少しは理解できるはずです」
そう言って千々波は誰かが頷く前に突然語り始めた。
「この世界の始まり——それは神との調和なのです。」
天と地は未だに形を成さず、山は燃え、海は怒り、民は酷く飢えていた。特に東の「火の民」、西の「水の民」の対立は大地を変形させ、天空が歪んだと言う。
そこに東の空より飛来した『持慈礼羅大神』が『乳瓢』を持って両者の間へと降り立った。火の民の火を利用して「乳瓢」を温め、水の民の水を利用して「乳瓢」を冷やした。そして「乳瓢」の中から取り出した「白き塊」を両者に分け与え、飢えていたものや、傷を負うものを癒して回った。
民らは初めて食に涙し、互いの手を取り合った。だが、火の民の王はそれを許さなかった。彼は心が岩のように硬く、民に厳しかった。そこで民が信仰する『持慈礼羅大神』を毒殺した。彼の体は白から灰色へと変わった。その時に従えていた巫女『乳並神子』は酷く悲しんだ。
「神が——、神が腐りになろうとしている!」
『持慈礼羅大神』は乳並神子を優しく包み込み慰めた。
「腐りは終わりではない。腐りは毒の中で希望を見出すのだ。」
彼女は『持慈礼羅大神』が倒れた後も七年七か月信仰を続け、彼の復活を願い続けた。例え民や他の巫女が忘れても、彼女だけはやめなかった。その末に彼は復活を果たした。
「毒もまた、味わえば宝」
火の民の王は涙を流し、火の民と水の民は一つになった。民たちは言霊で歌い、神乳布と呼ばれる神秘的な白い布を掲げ、白響鈴と呼ばれる蕩けるような音色の鈴を使って三日三晩舞を踊った。そして全てと融和して争いごとを避け、相手と交わりながら柔らかく関係を持つ事を求める溶礼道ができたのだ。
溶礼道の三掟
一、伸びよ、されど切れることを恐れるな
二、白くあれ、されど無味であるな
三、熱を受け入れ、己を蕩かす事を恥じるな
この教えは今でも続いている。
「その神子が私な訳ですね」
珍しく赤城が口を開いた。
「——それで、負のエネルギーなんてどうやって感じ取るんだ?」
千々波は口の中の食べ物を飲み込み、意気揚々と喋りだした。
「溶礼道の巫女は七年七か月修行をするんです。その修行で色々な能力を開花させるのですが、その際に会得する『溶礼術』という妖術の修行の過程で分かるようになります。貴方も《《こちら》》側の人間なら分かるのでは?」
「なるほどな、この世界には他に妖術という能力もあるのか」
「他にも魔法とか、古代魔術とかもありますけど、それはちょっとわからないですね」
別次元の話をしていて全く話が入って来なかった。その中でわかったのは溶礼道と妖術について。母の言う「知らない世界」がこんなにも近くにあったとは。中枢神経では「最早内容が捉えることができない」と警告を出している。
そのまま三郎の家まで帰る事になり、着いたころには町は静まり返っていた。煙は何処も上がっておらず、川のせせらぎが月光を反射していた。壮観な景色だが、いや、まて—
「なんでお前がいるんだ?」
なぜか千々波がそこには居た。勢いでついて来ていたが、まさか寝泊りも同じになるとは。
「まあいいじゃないですか~、止まる宿もなければ信頼できる人もいないですし」
「会ったばかりなのに信頼していいのかよ」
「良いんですよ‼今晩はお礼に蕩け合いましょ♡溶礼道の名のもとに♡」
「やだ、やめろおおお‼」
風鈴よりも耳障りな音を聞いて赤城は早々に眠りにつくことにした。
「お前は俺の犬かよ‼」
「ご飯も恵んでくれたんです、忠犬ですよ‼ワンワン‼」
「この乞食犬巫女め!ハウス!ハウス!」
「ハウスはないワン!キャイーン!」
「執拗に迫ってくるなああああ!」
対して花蓮はそれを見て止めようとはせずに浴室へと向かった。浴室内でも聞こえる騒がしい声は旅の楽しみを享受しているようで、責める気にはなれなかった。そして全員その日の疲れを引きずり、泥のように布団に入ってそのまま眠った。
翌朝、朝日が差し込んで起きた御伽は、目をこすりながら町を見下ろした。この町自体が東に海がある状態なので、そこから見える朝日はとても神秘的で良いものだった。しかしながら昨日の疲れがまだ残っている感じがした為、もう一度布団に潜った。
寝返りを打つ過程で赤城の方に目を向けたが、彼が居ない事に気づく。気になって仕方がないので、どこに向かったかを聞いて後をつけることにした。




