第一話 別れ噺
———「魔法の機械化が産業革命を起こした」。
この一文の後、続く言葉があるとすれば——「世界政府が崩壊した」。
その激動の時代の後に生まれた分裂の時代に、御伽家は騒然としていた。それは一人の当主の死による物。その当主というのも——
「世界政府を終わらせた人物」と言えば——諸君もその異様さを気付くだろう。
その息子・御伽莽薙はまだ若い。彼は父の死に対して「悲しい」という思いが先行した上で、「嬉しい」という思いもあったことは否定できない。それは、「将来が確約された」喜び。名門・御伽家当主に成れるという喜びであった。
「ローシャング王国より手紙が届いたぞ。」
「どうも、そこに置いて。こないだのミゼルボートの書類は——。」
「こっちに保管していますよー。」
「えっと……、ついでに……なんて国だっけ、魔法大国の——ナントカ・ルイス」
「イーサンド・ルイスでしょ、そっちも持ってくる。」
父の葬儀から半年だというのに、この家は死んでも休みが無いらしい。でも、その当主の座に立って、数々の国々のように政治を行えるなんて、まさに夢見心地。本当に行えていれば良かったのだが——。
「……母さん、ちょっといい?」
「はーい、何ですか。」
母の瑠璃は、今実質的に御伽家を動かして政治をしている人物。つまり、今この御伽家に当主が居ない。毎度の同じように黒い和服に身を包み、眼鏡をかけた姿は変わらない。そして、机の上には必ず他の国の名前が載った資料があり、囲むように本が積んである。何度この光景を憧れてみた事か。
「母さん、いつ当主に成れるかな……?」
「もーすこし、一人前になったらかなー。」
「それ、前も聞いたよ。」
「じゃあ、その時からあなたが何も変わってないのねー。」
「はぁ?」
「お母さんそういうの分かるからさ。」
そう言って母は腰を捻り、後ろの本に手を伸ばす。分厚い本を広げ、それを眺めながら資料を見ている。資料と照らし合わせた後で、その本を定位置に戻した。
「……で、話はそれだけ?」
「いやっ……あの…」
「お母さん忙しいからさ、昔みたいにお父さんが何でもしてくれるような時代じゃないから。いつまでも貴方に構ってられないの。ごめんね。」
「……あの、じゃあせめて——」
「——これでよろしい?」
荒川実義という御伽家の重臣が、瑠璃に頼まれた資料を持って部屋にやって来た。瑠璃はそれを一瞥すると、「それそれ」と言って近くに置かせた。すると今度は荒川が莽薙を一瞥する。
「どうた莽薙。手伝いか?」
「そういう訳ではなくて——。」
「また当主の座を求めて来たか?」
「……はい。」
荒川は呆れたような笑みを見せた後、瑠璃に向かって向き直る。
「瑠璃、息子に継がせないのはなぜだ、もう歳も十分だし、政務は教えながらやればいいじゃないか?」
「——無いの。」
「……?」
『この子には当主になる器が無いの』
この言葉を聞いて束の間、自身の心で何かが切れた音がした。今いる唯一の家族に自分のやりたいことを否定されるとは、こんなにも……。
「……器ってのは?」
母は大きくため息をついて、手元にある資料を閉じた。そして、目線が莽薙の目線を貫いた。その時の眼光は、見たこともない、審判の目をしているように感じた。
「——あなた、『当主に成りたいだけ』でしょ?」
「……え、そんな、この地域に住む人たちを幸せにして——。」
「それは、『当主じゃなくても出来る事』。なのに、あなたはそれに関して何か貢献したことはあるの?」
「……。」
「そんな簡単な理由で当主に成られても、私達が作って守って来た御伽家が台無しになる。それ相応の、『当主に成る理由』が無い。やる気も感じない。器が無いって事。ないものねだりはよそでやって頂戴。」
その母の怒り交じりの言葉に、莽薙は激しく動揺した。恐らく、今まで母が何も言わなかったのは、「自分で気づいて欲しかった」というものだろう。自分の願望の空虚さに絶望しながら、親の期待を裏切った自分への自責は大きくなっていった。
「……なら、一層の事、『世界を旅すればいい』。」
そう呟いたのは荒川だった。彼の意見には二人もかなり動揺した様子。世界政府の崩壊が始まってから数百年。この世界は未だに危険だ。そう認識しておきながら、このように言う荒川には耳を疑った。しかし、瑠璃は少し頷いた。
「なるほど……それもまた、いいかもしれない。」
「莽薙、『お前が決めろ』。」
何でも父と母の言いなりに、裕福な家で望めば差し出される温室育ち。そんな自分の人生を左右する決断が、初めて降りてきた。
『永遠の雪国』『燃え上がる蒸気の国』『砂漠の上に立つ魔法国』『金がどこでも取れる黄金の国』——。聞くだけでワクワクするような国がこの世界にはある。危険かもしれない。混沌の時代かもしれない。でも、その中には確かに光り輝く「何か」がある。それを見つける事ができれば、それが自分の器になるかもしれない。
「——是非とも、行かせてください!」
さて、世界を回るにしても、そう簡単に危険な目に会ってしまっては困る。そこで母は旅に同行する適任者を探し選定した。数日間吟味し、二人の人物を莽薙に紹介した。二人は正座して湿った畳の上に座っていた。
そのうちの一人の女性がこちらに対してにこやかに笑うのを見て、莽薙は心中深くで何かを感じた。
「……ああ、なんか見たことあるような…」
「はい、御伽家重臣菊水家の一人娘、菊水花蓮です。覚えておりますか?」
一人目は確か同い年で幼馴染。菊水家が軍事に関して精通している家であることもあり、赤いロングコートの下にはベージュの特注軍服が光っている。幼少期ショートカットだった髪はロングになってすっかり大人びてしまった。幼少期によく一緒に遊んでいたが、家が忙しいのか一人娘だからかは知らないが、いつしか顔を見なくなっていた。
「おお、久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ええ、とっても!!」
「洋服も似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう」
「ところで……何で靴履いてるの?」
「え、うわ、洋室と間違えたぁ!!!」
性格は昔から変わらず明るく、少し大雑把な性格。なんとも接しやすく頼もしい仲間である。そのまま握手を交わして再会をともに喜んだ。
却って二人目は見たことない人だった。歳は同じぐらいだとは思うが、貫禄があるようにも思える。静かながら相手にしてはいけないと思える威圧を持っている。赤い和服に身を包み、何考えているのか分からない死んだ目つきでこちらを覗き込んでいる。いや、覗き込むというか、こちらの出方をうかがっているようにも見える。
「—赤城兼通だ、よろしく」
端的な自己紹介ではわからない為、後々母に聞いてみる事にした。どうやら彼はここらでは最強の剣豪らしい。若く剣豪になった鬼才の持ち主で、生まれて数か月で歩くなど「鬼子」のエピソードも兼ね備えている。巷では「鬼神」と呼ばれているらしい。
「なるほど……よ、よろしく、兼通」
「ああ——。」
結局彼は最後まで表情を崩さず帰っていった。何か感じは悪いが、母が選んだのだから間違いないのだろう。その日は特にそのあと何もなかった。次の日が旅立ちだからである。菊水の昔話で一日が直ぐに終わってしまい、直ぐにその日がやってきた。
「それじゃあ…行ってきます」
「—ええ、気を付けて」
「必ず帰ってこい」
「いつまでそっち見てんだ、さっさと行くぞ」
赤城にそういわれて振り返る直前に見た母の姿は今でも鮮明に覚えている。あの時見せた雫はとても綺麗な瑠璃色に輝いていた。
「人は皆、等しく心に国を持つ」。だからこそ「一身独立して、一国独立する」——。
この物語は、何世代にも渡ってそのような国を旅し、光り輝く大きな一つの「何か」を目指そうとする『新時代の物語』である——。




