第二話 高天河原
「火」という現象は神秘的でありながら、人間味のある何とも面白い現象だ。僕ら人間はその温かさ、明るさ、伝達する点のみならず、その脆弱性にすら心を奪われる。内炎で辺りを照らしながら、外炎を懸命に伸ばし続ける。しかし青く輝く炎心は穏やか且つ淑やかに。理想的な人間像、陽炎の人生そのものを比喩しているようにも見える。
自由自在に形を変えながら輝きを放つ、あの茜色の「火」を、僕らはこの先どれだけ守り、受け継いでいけるだろうか。父から受け継いだこの火種をどこまで大きくできるだろうか。
そんな僕らを試す為でもある旅に出た三人だったが、行き先が無いのはなんとも変な話である。そこで、ここらで一番近い「糀谷家」が治める勢力圏へ向かう事にした。糀谷家は地方ではかなり名門であり、御伽家に従属している。その拠点は高天河原。その勢力圏の文化を一挙に取り込むまさに「花の都」と言うに相応しい町である。
出発した御伽家の拠点、千鶴という都から南に進み、成舞と高浜という村を越えると、大河川と見紛う高天海峡が見えてくる。それを臨む華やかな町こそが「高天河原」である。糀谷湖より注ぐ高天川の左岸に栄え、建物は簡素なものの活気のある町。自然と文化が融合するその町の姿は人間の本質的な美しささえ感じさせる。
莽薙達は軽く一人八枚の貨幣を船頭に手渡し、熟練の操船の中で街を目指す。船は海峡の中腹に向かうにつれ波を大きく受けて左右に揺れる。揺れる船に身を任せて海面から反射光を多く浴びながら対岸が近づいてくる。
という事で一行は高天河原に到着した。対岸から見れば小さな町が着飾ったかのように見える。だが、彼らは町の規模にさぞ驚いたことだろう。……一人を除いては。
「これなんだ?」
「ああ、それは風鈴だ。高天河原の風鈴は有名だよ」
「—耳障りなものを好むのか」
二人は赤城を遠目で睨みながら軽蔑して一人歩き始めた。流石は「鬼神」、人間の風情を全く知らないと言わんばかりに。もしかして高天河原と赤城の相性は最悪なのでは?
そしてその予感は的中。物珍しいものを見る目と言うよりかは蔑むように物を見ていた。一方その他の二人は大通りの隅から隅まで興味で溢れていた目で舐め回すように見ていた。
「莽薙、これ見て!」
「うわなにこれ、なんか中でキラキラしてるけど…」
「それは『吹雪玉』という物で、中に高天川の水とキラキラとした鱗粉を混ぜておるのです。これも糀谷高天河原のガラス細工の工芸品です」
振り返ってみると、そこには髭面で貫禄のある偉そうな人がいた。見て分かる通り、おそらくどこかのお偉いさんであろう。
「そちらが欲しいのでしたら、私が買って差し上げましょう」
「いや、流石に悪いですよ、知らない人に買ってもらうなんぞ——」
そう言うと彼は笑い始めた。何が可笑しいか全くわからなかったが、その不敵な笑みが不気味にも見えてきて気味が悪かった。その笑みの理由については自ら語ってくれた。
「貴方が知らなくても、私は貴方を知っておりますよ莽薙さん。糀谷啓太郎にはね」
そこにいたのは高天河原の統治者、糀谷家当主の糀谷啓太郎であった。彼は特段優れた統治者と言うわけでもないが、父との親交は深いらしい。自分は全く知らないが。そんな余計な予備知識が軽率な行動を誘発していたのかもしれない。
「糀谷啓太郎さんでしたか、これは失礼しました…‼」
「あら、啓太郎様でしたか」
「畏まらなくてもよい、私の方が畏まりたい位だ。さて、折角来てくれたのだから家に上がっていかないか?」
そういって赤城の方を向いて手招きをした。赤城はそれを受けて半目で気だるげに向かった。糀谷はそれを笑顔で迎え、丘の上にある豪邸を指さした。どうやらあれが糀谷の家らしい。それにしても見る顔全てピエロのような笑顔なので、流石に不気味に思えてきた。
誘われるがまま豪邸に到着し、旅館のような一室に案内させた。さて、そのような現況でふと思ったのは「旅の意味があるのか」という点だった。母が求めたのは「様々な困難に直面し、乗り越える事」「大切な物を見つける事」。これでは親の下で悠々自適に過ごす事と大差ないのではないだろうか。
そう考える一方、花蓮はそこから見られる景色に見とれており、赤城は刀の手入れをしていた。緑が生い茂る小高い丘の上にある豪邸から青い川を臨み、その手前に活気のある町が白い煙を上げて夕飯の支度をしている。川の上流部でも黒い煙が勇ましく上がり、雲と共にこの町の工芸品であるガラス細工を作り上げている。
「あのよ、旅がこんなのでいいのか?」
赤城の声で現実に戻され、赤城も同じことを考えていた事に少し焦る。言い訳も思いつかないので素直に答えることにした。
「そうだね、それは僕も思っていた」
「俺はお前の身の安全を任されただけだ。自分の道は自分で決めろ」
そういって赤城は部屋を後にしてしまった。結局二人になってしまったのだが、することもない。再び壮観な景色を見ながら、これからの旅路と父が残してきたものについてじっくりと考えていた。そんな中、しばらくして糀谷がやってきた。
「お待たせしてすみません。こちらはうちの息子、糀谷三郎。きっとお年も近い事でしょうし、私なんかよりも話しやすい事でしょう。ほら、ご挨拶を」
糀谷の後ろから現れたのは好青年だが、少し人見知り気質の男だった。
「——こ、糀谷三郎です。よ、よろしくお願いいたします…」
「よろしく、聞いてるとは思うけど莽薙です」
「私は付き添いの花蓮です」
そういって啓太郎はそそくさと帰ってしまい、三郎は部屋に取り残されてあたふたしていた。しかしどこか大人びた雰囲気がひしひしと感じる。挙動不審ではあるが、決められたような動きを繰り返しているようにも伺える。訝しげな気持ちを持ちながら試しにこちらから話題を振ってみることにした。
「この町はガラス細工が有名みたいだけど、ほかに何かないの?」
突然話を振られて焦っていたが、何かが思いつて懐から紙を取り出した。その紙はまるで人に贈る手紙を彷彿とさせる丁寧な折り方をしている。無駄なシワ、折り目一つもついて居ない。きっと芯はとてもしっかりしているのだろう。
「—そういえば陰陽節というのがありまして…」
どうやら五百年に一度、昼間が夜になる時期があるらしい。その前日に祭りを行ってそれを祝い、肝心な昼間は自宅に籠って家族と無音の生活を暮らすらしい。そのチラシを見せてくれた。
「無音…なぜ無音なんだ?」
「聞いた話では騒がしい祭りを夜、無音を昼間にすることで人間と神の時間の昼夜逆転を起こして神を敬うのだとか……。」
なんとも不思議な祭りだが、他者から見て他の文化はそんなものだ。どうやらその陰陽節は明々後日にあるらしい。花蓮は目を輝かせて莽薙を見つめる。五百年に一度なんて一生に一度と言っている物だ。花蓮の目線の圧にも圧倒され、しばらく滞在することにした。
暫くして汗をかいた赤城が帰ってきた。今まであった経緯を簡略化して説明し、赤城は軽蔑の半目で圧をかけていた。恰も「そんな悠長な旅でいいのか」と言わんばかりの目線とは裏腹に、汗を手拭いで拭いながら背中で了承した。
「それで——、どうしてそんなに汗かいているんだ」
「自堕落していても仕方ないから鍛錬をしていた」
ストイックなのは良い事なのだが、それが却って彼と馴染める気がしない理由になっている。彼と馴染めるようになるにはどうすればよいのだろうか。一層の事一緒に鍛錬する?
「——そういえば、貴方はなぜこの話を受けたの?」
花蓮は悪意のない興味本位の質問を赤城に対して行った。しかし、赤城は目線も合わせようとしない。
「……別に理由はない。」
「あなたみたいな真面目な人が、理由もなくするわけないでしょ」
花蓮は無反応な赤城へさらに踏み込んで顔を覗き込んでいった。赤城もこれに対して少し動揺したように見えたが、その態度とは裏腹に回答はとても淡白だった。
「——答えられないこともある。あまり人の秘密に踏み込もうとするな。嫌われるぞ」
そのように言われて花蓮はやむなく引き下がった。引き下がった花蓮は赤城を軽蔑した半目で睨み付け、啞然としながら少し怒っていた。威嚇をしあうような仲間でいいのかは少し留意している。
民家から上がる白い煙が消えていき、月が表舞台に立ったので流石に晩ご飯を食べに行こうと思い立ち、この町を味わうために外に出ることにした。花蓮の目は子供のように輝いている。見ての通り勿論花蓮の提案だ。
外出する時に糀谷三郎が丁度やってきて、お互い衝突しながら驚いて引き下がった。糀谷はその反動で尻餅をついたが、赤城は糀谷の腕を掴んで起き上がらせた。糀谷は簡単な感謝を述べた後に、お互い謝罪を繰り返して会釈をした。ある程度社交辞令が終わった頃、糀谷の方から話し始めた。
「晩ご飯はどうしましょうか……?」
「あ、今から外に食べに行こうと思っててな」
「あっ、で、では、晩ご飯はいらないのですね…わかりました……」
そういって三郎が部屋を出ようとして急ぐように振り向いた。その時に腕に痣がある事に気づいた。想像した最悪の予想ではないだろうと思いながらも、このままではいけないと思ってしまった。なので反射的に反対側の腕を掴んでいち早く離脱しようとする三郎を止めた。すると三郎は驚いて振り向き、莽薙を少し恐れるように目線を向ける。
「な、なんでしょう…」
「三郎君、」
思わず三郎は固唾を飲み込んだ。だが糀谷の驚いた表情とは裏腹に、少し安堵するような笑みがこぼれているようにも感じた
「——一緒に晩御飯を食べに行かないか?」
「……え?」
そして断れない三郎はご飯を食べることになった。勿論この町をよく知る三郎のおすすめの「一色食堂」と言う焼き魚が美味しいお店。立て看板がその老舗差を物語っているが、店内は新しめ。客も程々入って賑わっている。勿論、自分達の存在を知る人物は居ない。
有名なこの食堂の焼き魚はどれも優しい味付けで、いくら食べても体の負担にならなかった。特に地魚の塩焼きは質素でジューシーでありながらくどくない味。匂いは少し強いが、その匂いも含めておいしさを評価する要素の一つとして高い評価ができる。
「あの、どうもありがとうございます。外食なんて滅多にしないので…」
あの後、三郎は父親に直談判して特別に許しを貰ったらしい。滅多に出ない割にはとても美味しい店に巡り会えた事から彼の謙遜具合を察する事ができる。
「いいや、招待してくれたおかげで高天河原を楽しめているよ」
——と言ってその謙遜に対して感謝する。途中で赤城も三郎の痣を見て異変を感じたようだったが、知らないふりをして食事を続けた。これは三郎にとっての秘密であるからだ。だから今はこの場を楽しい空間にすることしかできなかった。そのおかげか、三郎は次第に打ち解けていった。
「そうなんですよ、次期当主と言ってもできることが少なくて…」
「だよな、その気持ちわかる」
一般人には到底理解できない内容である当主の息子の話は、三郎との関係を深める話としては十分な話であった。しかしながら、いまだ解決できていない問題を残しておくことは今後の関係にも響く。そこで莽薙は思い切って聞いてみる事にした。
「そういえばその痣はどうしたの?」
少し踏み込んだ質問をしてみる。糀谷は別に嫌な顔をしなかった。解釈を他人に委ねるような立ち振る舞いで苦笑しながら易々と痣について話す。
「ああ、これは——何でもない、ただ転んだだけだ」
赤城は一瞬三郎を見てそのまま黙り込んだ。そんな様子であるから別に大きな問題ではないのだろうと感じ取った。となりで良く食べる菊水が食べ終えた頃に店を後にした。
しかし、店を出てから少し違和感を覚える。かなり下の位置から視線を感じる。店の前にはおなかを押さえて縮まる白い和服を身につけた少女が、こちらを今にも泣きそうな目で見つめていた。無言でしばらく見つめ合い、結局少女がその静寂を破る事になった。
ぐ、ぐぅ—
「——腹減った……タスケテェ…」
「じゃあ……何か食べます…?」
そう言って少女と共にご飯を再び食べることになった。と言っても既にお腹いっぱいなので少女の豪快な食べっぷりを見ていただけだったが…。
「ありがとうございます!もう数日食べていなくて!」
話しながらも止まる事のない食事。笑いながら食べているのか、食べながら話しているのか、いや、とにかく凄い。鯨飲馬食を体現した光景。ひとまずその幸せそうな光景は見ていて、莽薙は嬉しさと懐かしさを同時に覚えた。
「ど、どうしてこの町に来たの?」
見ているだけでも会話がないので、和ませるためにこちらから話を変えてみた。しかし、この少女は全く予想できないことしか行わない。
「そりゃあこの町が『滅ぶ』からですよ」
『……え?』




