第十一話 燃焼
「やはりか……サブロー君」
炎に吞まれる第四工場。その中に取り残されたのは糀谷とバッザース長官。双方を取り巻く火柱は奇しくも糀谷が経験したあの時の火柱のようだった。バッザース長官は儚げに笑みをこぼして語りかける。
「……サブロー君、君には期待していたのだがな」
糀谷は迷いなく軍隊が常備している銃口を向ける。バッザース長官は拳銃を取り出す素振りも見せなかった——。
二日前、第四工場の襲撃を計画。第四工場は警備が手薄であるからだ。そして梔子姫は第六工場を破壊する。そこまで計画した。
一時間前、第六工場の破壊を皮切りにストライキが発生。莽薙達の意図しないタイミングでのストライキに混乱しながら、糀谷は何とかストライキを第四工場まで先導して着火させる。その際、長官は糀谷が第四工場に出ていたことを知って駆け付けいた。
そして現在。長官は最悪の事態に直面している。
「……私は君たちの計画を朧気だが、察知していた。君が関与していることも。だが、君らの努力によってこうなるならば仕方ないな。」
そして今まで喋ってこなかった糀谷がバッザースの次の言葉を遮るようにいきなり口を開ける。
「……貴方も路頭に迷っていたのでしょう?」
「……」
「努力して来られるところまで来てしまった。この先、どのように進めばいいのかすら分からない。それは判断を間違えてしまった者と同じだ。」
そう言った途端にゆっくりバッザースが近づく。何をするかと思えば、バッザースは糀谷の銃身を握りしめて自身の額に持ってくる。
「…確かに俺は判断を間違えたかもしれない。じゃあ、お前はどうする。同じように努力で越えて見ろ。そうした時に力を得る。力を得れば選択は広がるぞ。」
「私は言いましたよね、『信頼を失う事は力を失う事よりも恐ろしい』と。血統を重んじる人間が上なのかどうかは知りませんが、そいつらの信頼はもう地に落ちている。奴らは力を失う事よりも恐ろしい物を失った。もう後はありませんよ」
糀谷はバッザースを振り払いながら銃を腰にしまった。倒れたバッザースに糀谷は優しく駆け寄り、手を伸ばした。
「……これから上の地位に行くには生半可な努力じゃ通用しない。斬られる覚悟で斬りに行かないと日和見では、出世しませんよバッザース長官」
「随分と……私よりも、苦難の場数を歩んできたようだね……。それもいいかもしれんな。たまには有給休暇を使ってみるか。」
バッザースは糀谷の腕を取って起き上がる。そして糀谷と共に工場の裏口から脱出に成功した。しかし、外の様子は変だった。先程までいたストライキの人々と軍隊の体には大穴が空いて血を流ながら倒れ、ただひたすらに閑散としていた。
「……これは一体?」
バッザース長官と共に付近を捜索する。すると、路地から莽薙が顔を覗かせて手招きをしている。バッザース長官と共に路地に逃げ込んだ。
「そいつは?」
「長官、今は味方だ」
「ああ、実は君たちと同郷なのだよ。君の服装で確信した。」
「それは心強い!」
莽薙とバッザース長官は硬く握手する。莽薙がこの状況を説明する。
「何者かがストライキと軍隊を無差別に攻撃している。ストライキ残りの人物は地下下水道に逃げ込んだ。梔子姫とマヤ達はコンテナに居る。急いで向かおう!」
「あぁ、残念ながら、貴方達も餌食ですよ……?」
莽薙が振り返ると、白いコートと赤い槍を持ちながら血に塗れている男性が立っていた。その人物に心当たりがある。
「おやおや、バッザース長官ではないですか……もしかして…裏切り…?」
鋭い眼光はバッザース長官に突き刺さり、何も喋れなかった。糀谷もその威圧に押されていた。莽薙は刀を構えて臨戦態勢を整え、その男に語りかける。
「アルドナート、長官はちょっとした有給休暇が欲しいらしいですよ」
「ではその申請は却下ですね……!」
アルドナートはバッザースに向けて仕掛けるが、莽薙はそれを妨害した。再び同じ位置に着いた所で莽薙は糀谷に命令する。
「梔子姫がテレポートの古代魔術を持っている。急いで行け!」
「ふぁっ、はい!行きますよバッザースさん!」
「お、おう」
二人は逃げ出す事にした。その男は気前よく見逃して莽薙に対して語りかける。
「ここまでよく来ましたね。どうやらお仲間さんは居ないようですが。」
「……もう二度と会いたくなかった。」
「でも、少しおバカさんですね。」
その男は高らかに笑う。血に濡れた右手でこめかみを挟んで天を仰いでいる。やがて莽薙の方に向き直り、頬に流れた血液が上がった口角に当たる。
「何がだ!?」
「我々の目的に、『貴方』が入ってない訳ないじゃないですかぁ……」
「っ!?!?」
逃げた二人は梔子姫達のいるコンテナに到着。慌てた様子だったので、事情を聴き、そのリコラッタについても話した。そして所持していたテレポートの古代魔術を広げる。
「マヤちゃんたちはトッコン・ジェロのテレポートを使って。後で私も行く。糀谷はバッザースさんと一緒にゼリテーヌ行きの古代魔術を使って。莽薙に会ったらその古代魔術を使わせるからそっちで待機してて。」
梔子姫は反対意見を聞かずに全員にテレポートの古代魔術を貼り付けながら「テレポート」と呼びかけて回った。全員が消えたところで梔子姫は莽薙を探すために古代魔術を握りながら外に出て行った。残りはトッコン・ジェロへの古代魔術と、ゼリテーヌへの古代魔術が一枚づつである。
「ナギ君、ナギ君!」
その呼びかけは無惨にも反応しない。至る所を探し回っても見つかる気配がなく、梔子姫は最悪の事態をも予想したが、そんな予想は自分の目で見るまで捨て置いた。
「これはこれは『不死鳥』ではないですか……」
背後に聞いたことがある声が聞こえる。鼻につく口調。恐る恐る梔子姫は背後を確認する。
「……あ、あっ…!?」
アルドナートを見るなり梔子姫は腰を抜かし、退いて手を地面につく。いつの間にか古代魔術も手を離れ、空いた口が閉じないほどに驚愕していた。なぜならアルドナートの肩に担がれている血まみれの男を知っているからだ。
「なっ…ナギ君……!?」
「いやぁ、思ったよりも時間稼ぎをされてしまいましたね。次は不死鳥狩りですか……これは大変なスケジュールだ……。」
腰が抜けた梔子姫に無慈悲なアルドナートは近づく——。
「破邪顕正」!!
お凛が太刀を片手にアルドナートへと向かった。アルドナートは莽薙を抱えながら槍で簡単に弾く。
『フラムカム』!
お凛が古代魔術を使う。アルドナートは器用に槍に水魔法を纏わせ、その火を無効化させた。
「……相当な手慣れであるか。」
「持久戦なら、こちらは負けません。もう一つ手土産ができそうです。」
「……させるか!」
莽薙はいきなり動き出してアルドナートの肩から降りる。お凛の元へと飛び込み、梔子姫が離した古代魔術をお凛に貼り付ける。
「テレポートぉ!」
「莽薙殿、お待t……!?」
そのまま梔子姫はテレポートされたが、莽薙は一人の取り残されてしまった。不意を突かれたアルドナートはもう一つの古代魔術を拾い、莽薙の退路を断った。
「——こちらはゼリテーヌ行きでしたか。トッコン・ジェロであれば勝利だったのですが、やっぱり運が無いのでしょうかねぇ……」
「……僕も体が触れ合っていればテレポートできると勘違いしてたよ」
「そこが古代魔術と魔法の違いですからね。今回は私の方が運は良かったようですね」
「ああ……そうだな……」
アラバード・オアシスの蜂起。アルドナートの介入により、失敗。
しかし、工場は壊滅。当初の目的は半分成功したとも言える。




