第九話 陸の孤島
アラバード・オアシス。この都市は殆どが兵器生産の工場。残りが実験施設と居住区。ミダルのお金儲けの為の都市。その一つである。三方を砂漠に囲まれ、残りは海。船で来た者は、船で出ない限り二度とこの都市からは出ることができない——。
↑作戦図
「ここが、例の……」
「アラバード・オアシスの工場ね」
「いや違う、ヌビア言ってた……、あのくそ長い工場地区の名前……」
「ジッダン・ウスツーリムーニル・マー・シャッラー・ミッフル・カウシー・クザハ・マージド・アラバード・オアシスマスナー。(とても伝説的なムーニル様の素晴らしく虹のように栄光あるアラバード・オアシスの工場)の事ですか?」
「……よく覚えてるわね、なに、じっさん・移すーりむ煮る・まぁしゃあなし……」
「ジッダン・ウスツーリムーニル・マー・シャッラー・ミッフル・カウシー・クザハ・マージド・アラバード・オアシスマスナーです」
「……え、えっ?」
「じっちゃん移すーし、ムー煮る、まぁ、しゃあ、なー、ミッフー買うしー、クザハまじーでアラバード・オアシスマイナー。でしょ?」
「……なんか違う、なんか違うわよ!」
「まぁ、それでいいんじゃないですか?」
「……よくわかんないけど『工場』でいっか」
「最初からそうしなさいよ……」
ここから考えるのは他のチームと同じような事。どのようにこの工場に入り工作を開始するのか。彼らの中に潜入する方法は考える中で幾多と存在する。
「花蓮達は絶対強引に正面突破してるよね」
「武田を花蓮が抑えて、作戦を立てて正面を堂々と突破していそうではあるね」
強ち間違いではなかった。堂々と言えば確かに堂々ではあったような気はする。しかし、彼らは別の方法を模索する。
「工場とか作業場とかってさ、秘密裏にストライキ集団が居ませんか?」
「それがあれば使ってもいいけど、こんな軍隊が居る中でそれが存在するかなぁ……」
「とにかく情報が欲しいよな」
三人は工場を遠くから見ながら深く考え込む。後ろは無限に広がる砂漠。後ろを気にしなくていいのは心強いが、目を向けた瞬間に虚しくなる。
「……まぁ、無理に対抗しなくてもいいわよね」
「……どうゆうこと?」
「例えば、『この場所を放棄する事を促す』とか」
「すみません、いまいち理解が……」
「あの長い名前覚えれるのに理解できないのかよッ!」
梔子姫は工場の方を指さす。二人はその方向を向き、何を指しているのかを見るために目を細めて至る所に目を泳がせる。
「この工場を機能不全にすれば、工場の利用価値と軍が居る意味がなくなるでしょ?」
まさかの工場全体を指していたので、莽薙達は驚いて目を見開いて工場全体に視野を移す。
「それってできるの……?」
「それをするのにも情報が必要でしょ、適任がここに居るし……」
「……え、僕?」
「糀谷は演技が上手だし、情報の引き出し方もわかるじゃない。どうする、労働者か軍隊のどちらかに潜入することになるけど」
「……労働者の方がストライキの件について聞ける。だけど重要情報は軍の方が持ってるよね。どちらが聞きたい?」
糀谷は少し考えた挙句、簡単に言葉を吐いた。
「まぁ、『蜂起』じゃなくて『放棄』を誘発しようとするなら、軍隊の方じゃなかろうか」
「じゃあ決まりね、三郎よろしく~」
「あぁ……はい、何とか潜入しときます」
「じゃあ私は毎晩の終業時に工場燃やしとくね!」
「……はい?」
ヌビアの意図は全く反映されなかった。「蜂起」を「放棄」とし、彼が莽薙達を選んだ理由である「統率力」は陸の孤島で有意義な力を発揮すると考えられていた。しかし、その意図は果たされず、彼らのずる賢い計画によって有耶無耶にされてしまった——。
——真夜中に第一工場が業火に包まれる。この事態は流石に工場全体の不穏な空気を作り出した。夜中であることが不幸なことに消火作業が遅れてしまい、第一工場が弾薬製造の工場であることから火薬にも引火して誘爆。第一工場は跡形もなく全焼してしまった。
「……特殊弾薬を作っているのは他に第三工場と第四工場しかない。その二か所を重点的に予防活動に専念してくれ。」
「承知しました」
「新入りが入ってからすぐにこの不幸とは……、君も中々についてないな」
「……心が痛みます。バッザース長官は今回の件でやめるなんてことは無いですよね?」
バッザースは淹れたてのコーヒーを机に置いて席に座る。そして新入りに向かって優しい目線を向ける。
「…どうしてだ?」
「……あくまで個人的な話ですが、バッザース長官は初対面から好印象でして、他の長官の下で働くよりも何倍もマシでして……。志の強く、愛国的なバッザース長官が火災の一つだけで移動になるのは少し残念だと思いまして……。」
「……そうか、今の所その予定はない。少なくとも火災事件の事後処理が済むまではな」
バッザース長官はコーヒーを口にして窓の外を眺める。この国の情緒を感じさせないような所作、そして雰囲気。おそらくこの長官はどこかの異邦人との間に生まれた人物なのだろう。この時代には珍しい話だ。
「……時にサブロー君。異邦人がこの国で力を得るためにはどうするべきだと思う?」
「信頼ではなく、力ですか……?」
「ああ、力だ。物理的ではなく権威的な力だ」
「『長官みたいな』人物ということですか……」
バッザース長官は啜ろうとしていたコーヒーを止めて机の上に置いた。そして糀谷の方へとゆっくりと顔を覗かせる。
「……お前、何故私がこの国の者でないというのか?」
「侮辱はしておりません。お許しを……」
「あくまで否定はしないのだな。そうか、いくら取り繕ってもバレてしまうか……」
バッザース長官は再びコーヒーを手にとって視線を逸らす。糀谷は危機を脱して安堵することになった。
「じゃあ、君に一つ。この質問の答えを教えよう。」
「……異邦人がこの国で力を持つ方法ですね」
「ひたすら『働くこと』だ。少なくとも私の地位までは行ける。だが、休みも返上して働く事だ。他の人物よりも圧倒的な功績を積み重ねて奪い取るのだ。」
バッザース長官はコーヒーを啜り、窓の外を眺めている。凛々しい横顔を再び糀谷に見せつけている。
「……長官以上の地位に行くにはどうするのですか?」
「私よりも高い地位に行くには、努力では不可能だ。血統、稼いだ富、品位が物を言う。彼らにとって努力は『するもの』ではなく、『させるもの』。唯一浮上したのはセトリムさんぐらいじゃなかろうかね。しかし、彼も『させる側』ではあるが、その中ではまだ下の地位だろう。」
「……そうですか」
「いや、別に君の意欲を害そうとするつもりはない。今の君が良い働きをする事に専念すれば、それ相応の地位はもらえる。努力でどこまで行けるか私に見してくれ」
「承知しました」
バッザース長官は空になったコップを置いて横顔で微笑んだ。手で払いながら出るように促す。糀谷は深々とお辞儀をして部屋を退出。侵入の完了を伝える事とした。




