第六話 アスカリーの使命
地下室に入るのはヌビアの防空壕以来。どんなに狭苦しい物かと考えていたが、思ったよりも広々とした地下空間だった。正直言ってヌビアの防空壕よりも快適である。
アスカリーは壁の窪みに案内する。意図的に作られた椅子の役割を持つスペースで、クッションで座るところだけを柔らかくしている。だが、そのクッションも萎れてしまっていた。
「『ミッシュ隊』の今後の方針は……?」
「……ない。この町を守るぐらいしか——」
「え、ないの!?軍隊を追い出すとかさ!」
アスカリーは呆れているのか悲しいのか分からないが、とにかく顔を地面に向けてしまった。千々波は気分を損ねてしまったと思ってアスカリーの元へと駆ける。
「ご、ごめんなさい、そんなに言いたくない事だったなんて——」
「……いや、そうじゃないの。別に……そんな事じゃ……」
アスカリーは強く手を握りしめる。これが悔しさからきている事は明らかだった。故にこれ以上の追及はしなかった。
千々波は手を伸ばして優しく背中をさすった。とは言え抵抗勢力無しで町から軍隊を追い出すのは「蜂起の誘発」ではない。マリーもまた深く悩むことになった。
「……『ミッシュ隊』の拠点には行けるの?」
「まぁ、行けなくはない。毎週行く日は決まっているけれども……」
「次はいつなの?」
「二日後だったかな……?」
「じゃあそれまで休憩ね。依代ちゃんは大丈夫かも知れないけど、私たちはイーサンド・ルイスから帰って来て疲れているから……」
「私も休憩好きだからいいよー!お代わりにお菓子頂戴ね!」
「はいはい」
そこから二日、何ともない生活をした。その間に町の軍隊の量は多くなっていた。マリーとエリゼ、千々波は変装して町中に溶け込んでいたが、それでも一応の事を考慮して極力外出は避けた。変わらないのは町の貧困と水不足。何一つ好転はしなかった。
「さてと、集会場に行きましょうか」
表の道に出ないように路地裏を辿って移動する。この町はここまで大きかったのかと錯覚してしまう。
「……まだ着かないんですかぁ?」
アスカリーは全く振り向こうとはしない。結局そのまま何もない時間が続いた。空も路地の景色も全く変わらない。ノイローゼ気味になりそうだ。
「ねぇ、まだ着かないの?」
アスカリーは全く振り向こうとはしない。結局そのまま何もない時間が続いた。空も路地の景色も全く変わらない。ノイローゼになりそうだ。
「ねぇアスカリー」
アスカリーは全く振り向こうとはしない。結局そのまま何もない時間が続いた。空も路地の景色も全く変わらない。ノイローゼだ。
「ねぇ!」
マリーが肩を掴む。アスカリーはようやく驚いて立ち止まった。マリーが様子を伺ってみると、アスカリーは汗ばみながら息を切らしている。目も大きく見開いて委縮している。何かに恐怖、怯えている様子だった。
「あなた……大丈夫…?」
「えっ……ええ…」
今度は確かな足で移動する。目の前に扉が現れる。アスカリーは決意を示してその扉を開けた。
「……!!」
アスカリーではなく、アスカリーを見る人達が驚いている。全員が口を閉ざし、アスカリーを見ている。アスカリーはその痛々しい目線を避けるように地面に視線を移し、後ろのマリー達を入れた。その静寂を避けるようにマリーが自己紹介を始める。
「…初めまして、ヌビアの同盟者であるマリー、エリゼ、千々波です。貴方達の支援の為にやってまいりました」
そこにいた人達はそれを聞いて騒ぎ出した。正に豊かな飲み屋にでも来たのかと疑うほどの盛況ぶりだった。
「これで総司令官も認めてくれるぞ!」
「町を占拠する軍隊を潰せ!」
「これでやっと家族に平和が……!」
「もしかして……先日町の西側で大勢の軍を屠ったのって……?」
「私たち……かもです…」
再び大盛況になる。なぜそこまで喜んでいるのかは分からないが、反乱勢力が血気盛んなのは良いことだと考える。これ以上に無い戦意なのだから時間の問題かもしれない。
「ダメだ……!」
アスカリーはそう叫んだ途端に周囲の人間は何もなかったかのように再び静寂に包まれた。その言葉にマリー達も驚いた様子でアスカリーの方を向く。期待を裏切られたマリー達の顔は拍子抜けだった。
「……ごめんなさい、貴方達は大規模な駐屯軍に対して無力。先日の騒動で軍隊が多くなっている最中で行くのは無謀でしかない。」
「……またかよ」
呆れる声が室内に響き渡る。アスカリーはその音を聞いた途端に外に出て行ってしまった。マリーが止める素振りすらもなかった。
「……アスカリーはいつもあんな感じなの?」
「ああ、アスカリーはまずここに来ることすら珍しい。過去の事が起因しているとは思うが、それにしては逃げてばかりだ。」
「……過去ねぇ」
——アスカリーのマスケット銃は父から貰った物。だが、貰った時は全く嬉しくなかった。勿論マスケット銃は好きであったし、父の姿も好きだった。だが、そんな父が赤にまみれた存在になっていたら、それは嬉しくは無い。
拾い上げた銃からは父の腕の重さと強い意志を実感する。それを引き抜いて、そのままその場を後にした。逃げる言い訳かもしれないが、敵がすぐに向かってくるかもしれないからだ。
『一発で倒せない相手に銃を向けるな』
それを逃げる理由にして、ひたすらに逃げて来た。逃げる事の正当化としては十分すぎる事由だった。総司令官になってもそれは全く変わらない。仲間が死ぬ可能性がある時は逃げる。死なない事が最も重要な事のはずだ。家族のため、地域の為ならそれが最高の選択肢だ。
なのに彼らから聞こえるのは呆れる声。責任感と呆れる声は私の神経を追い詰める一方。なぜ彼らが私に期待し、自ら死を選ぶような真似をするのだろうか。
「ここに居たんですねアスカリーさん」
「え、千々波ちゃんじゃない。どうしたの?」
「いやいや、そんな所で蹲って逆にどうしましたか」
アスカリーは訳も話さず、そのまま蹲ったまま顔を埋めてしまった。千々波は頭をかいてその後の対処を悩んでいた。そこで千々波はある方法を思いついた。
「……なにこれ」
「私がくすねたマリーさんの洋菓子です。それとこれは溶礼道秘伝千々波特製回復薬です。一緒に食べましょ、美味しいですよ!!」
アスカリーは拒否したが、千々波が「お礼です」と言って押しつけて隣に座ったので、やむなく受け取って味わうことにした。少し気分が良くなったように感じる。
「あの姿は勇敢でしたよ、ありがとうございます!」
「いや、私は勇敢じゃ……」
「あの時のアスカリーさんは少なくとも逃げていませんでしたよ、かっこよかったです!」
アスカリーは少し微笑んで次々と口に運んでいく。千々波はアスカリーの見えない所で小さくガッツポーズをし、そのまま励ます事に専念した。
「それに逃げるって事は勇気がないとできませんから!」
「……そう」
アスカリーは少し悲しそうに頷く。千々波は思っていたのと違う返答に内心とても焦っていた。千々波は回復薬を飲み干して次の言葉を送る。
「ま、まぁ、勇気を出すのも難しいですよねぇ……。特に最初の一言だったり、最初の一歩だったりはかなり難しいです。でも、やらないと何も変わりませんからね、私はいつも頑張ってます!」
「そう……」
アスカリーは顔を再び埋めてしまった。千々波はその姿を見て愕然とし、大失敗したことを自覚して千々波も顔を埋めた。だが、顔を先に上げたのはアスカリーだった。
「私、逃げるだけで満足してたかも。『敵』を自認してながら逃げてばかりで『不安』や『挫折』に負けてばかり。でも、逃げたら逃げたでまた同じ問題が立ちはだかる。私が欲しかったのは『立ち向かう勇気』だったのね……。」
「……アスカリーさん」
「私には戦うべき『理由』がある。じゃないと私がここに居る意味がない。千々波ちゃん」
「はい…?」
「背中、思いっきり押してくれる?」
「勿論ですとも!」
立ち上がったアスカリーに対して千々波は大きく手を伸ばし、小さな手でアスカリーの背中を叩いてそのまま押し出す。路地の幅は小さく、あまり大きな幅を移動しなかった。だが、それはアスカリーにとって大きな一歩だったのは間違いない。
「いでっ!!」
「あ、ごめんなさい、銃を背負ったままで——。」
「うげ、まさかのトラップ!?」




