第四話 脆い純金
採掘される純度の高い純金は、その完全さ故に脆い。もし、求め探している「ユートピア」が完全体なら、この世の中には存在できないのかもしれない——。
「あの新人の女性監視員、俺たちにあ甘くないか?」
「確かに。ほかの監視員に比べて幾分もマシだよな……」
花蓮はこの一週間、労働者を密かに支援していた。「セトリム」と言う上官と言う名をふんだんに使い、食事も労働環境も改善させた。逆にそれに反抗するのは勿論既存の古参監視員。だが、彼らであっても怯んでしまうような名前であったのだ。
「ふわぁ……」
しかし、逆に睡眠も食事もとれていなかった。すべての時間を費やしたからだ。だが、花蓮もそう言う人間である。他人の為なら献身的になれるような性格。その性格が幾人も救ってきたが、それは勿論その分を自分が背負う事になる。
「カーレンちゃん、来たばかりで疲れすぎじゃない?」
「かもねー。随分と疲れが抜けてないかもー」
私はここにきてから「カーレン」と言う偽名を使っている。そして彼女はファリーダと言うらしい。ここにきてから長いらしいが、女友達がほかの場所に移動してからは孤独で寂しかったらしい。とは言え、私も孤独で心細かったのは事実。せめてもの心の支えとしては利害が一致しているとも言える。
「あとカーレンちゃん、言ってこなかったけどさ、労働者に気を使ってんじゃない?」
「えへへへ、バレてた…?」
「バァレバレよ、監視員の皆いい気分してないし、そんな危ない橋を渡るなんてことをみんなしてこなかったから良く目立ってる。なに、好きな子でもできたの?」
「……いや、ただ可哀想に思っただけだよ。好きな人が居ればその人だけしか気を使わないでしょ。」
「それもそうか~。でも気を付けないと、私が方々に謝ってんだからね?」
「……う~ん、ありがと」
「どーいたしまして~」
この部屋の照明は目の前の燭台のみ。その火が照らす範囲だけが明るく照らされる。所詮、監視員の休憩所なんてその程度の仕様だ。まぁ、休憩する事に感謝しなければならない。ゆらゆらと低速で揺れる炎が心地よく見とれてくる。
「……私、寝るわ。時間になったら起こしてー」
「オッケー、お疲れ。おやすみー」
花蓮は腕の中に顔を埋める。疲労は負債となって花蓮を襲っていた。花蓮の赤い髪の毛すらも無造作でぎこちない。来た時の艶やかさはもう負債の中に埋もれてしまった。
「……カーレンちゃん、貴方に言わずに私も手伝ってるけどさ。私、押し負けちゃうかも——」
ファリーダは帽子を取り、その帽子を見つめる。燭台の明かりが帽子を優しく包み込むが、その帽子を見ても何の励ましにもならない。でも今は見つめるほか無かった。
「私が押し負けたら……、カーレンちゃん、救ってくれるよね…?」
「……おぅん」
「え、カーレンちゃん起きてんの!?」
「……ぅ」
「……まぁ、よく寝てる事。私も少し仮眠しよーかな」
——
「……赤城君、申し訳ない」
アディーブが監視員を数人連れて作業中に入ってくる。アディーブは俯いて顔を合わせようとしない。状況を察せる事ができないほど、赤城もバカではない。
「…どうした、班長」
「……班長からのタレコミだ。お前、ノルマの申告数を偽造しているようじゃないか?」
確かにノルマは低い者に譲って来た。しかし、それが罰せられるほどの事である事は今初めて知った。そう考えると班長は脅迫に負けてしまったのだろう。
「……だったらなんだ」
「労働者の分際で私らに歯向かうとは、『適切に処理』しなければな……」
「それだけは勘弁を、ほら赤城君も謝って!!」
「うるせぇ、お前は黙ってろ!」
そう言ってアディーブを後ろの監視員一人に任せて下げる。出て来た三人の監視員が弾を装填して銃口を向ける。しかし、赤城は至って平静を保っていた。
「……銃口を構えたと言う事は、死ぬ覚悟はできているんだろうな。」
「何言ってんだ、死ぬのはお前だ。」
赤城は左腕を天井に向かって突き上げる。天を掴もうと手を広げる。その様子を見て意味が分からない監視員に一瞬の動揺が生まれる。赤城は一瞬でその左手に刀を出現させた——。
『抜刀・下龍』
出現した刀を右手で抜刀する。振り下ろす抜刀術は完全に監視員の意表をついて、気づいた時には中央の指揮していた人物が斜めに斬られていた。
「は、はぁ!?」
「次はどっちがいい。」
「ふえ、えぇ…」
そういいながら銃を構えていた二人は尻もちをつく。赤城は納刀し、いつものように腰に差し込んだ。そのまま柄に右手をつきながら様子を伺っている。
「兵士の癖にその程度か。さっさと班長を置いて逃げたらどうだ」
そうして三人は逃げてしまった。アディーブは動揺していて落ち着きがなかった。そのアディーブを慰めるように赤城が言う。
「こいつの傷は浅い。今処置すれば治る」
アディーブはそれを聞いて急いで処置をさせる。赤城は次の監視員が来ないか見張っていた。赤城はそのままアディーブに質問を投げかける。
「お前、『野心は持たない方がいい』と言ったな」
「……ああ、そうだったかもしれない」
「俺は野心、いや野望を持つべきだと思う。」
「……へ?」
アディーブはよくわからない。生まれてから野望も野心も抱いた事は無い。そもそもその存在がどのような物かわからない。
「野望ってのは、大きな夢だ。大きな夢の一つや二つぐらい、男は持ってもいいんじゃないかと思う。」
「夢ですか……?」
「ああ、俺の尊敬する人はその野望があまりにも大きい。他人に一蹴されて然るべき物だ。だがな、今まで見てきたどんな男よりも勇ましくて強い。そんな野望を持とうとは思わないのか?」
「……」
赤城はバルカムに視線を向ける。あの時に比べて十分に顔色は良くなったが、その考えにはしっくりこなかった。そこで赤城は簡単な夢を語った。
「夢ってのはそう難しくなくていい。バルカム。お前はもう一度太陽を見たくないか?」
「……みたいです」
「アディーブ、お前は外の家族の顔を見たくないか?」
「みたいです」
「じゃあここで止まってるわけにはいかないな。野望は自らの手で果たさなければならん」
「そ、そんなくだらんことが……まかり通るわけ…ないだろ。」
監視員の男が赤城に捨て台詞を吐く。赤城がにらみを利かせると、その監視員は言葉を謹んでしまった。
「ほう、この国は夢見る事も許されないのか。どうするよ班長さんよ」
「……もう、赤城さんが悪いんですからね。僕らにまた夢を見せる真似をするから……」
赤城は微笑んで首の裏に右手を回す。あとは流れに身を任せるだけだった。
「じゃあ、あとは班長に任せる。俺に指揮する権限はない。」
「いや、班長ですけど、赤城さんが指揮した方が……」
「お前の方が頭は良いだろ。重機も人が乗らないと使えない。お前が得意な方法でやるんだよ。」
アディーブは呆れた様子でピッケルを掴む。赤城に背中を任せて班員に向かって喋りかける。その姿は正に勇士の一人である。
「……僕らは太陽の下で生まれ、太陽の下で生き、太陽の下で死ぬ。僕らが求めるのはその普通だ。何も特別な事ではない。そうじゃないか!?」
その大きな雄弁は坑道を反響して入り口の人間にも伝わる。その声を聞いた人々が続々と声を上げていく。
「僕らは奴らに搾取された僕らの『黄金』を取り戻す。ピッケルを持ち立ち上げる一人一人の『黄金』だ。こんな深淵にある『黄金』は求めていない!!」
坑道内の歓声は益々騒がしくなる。赤城は微笑みながら前に進む。アディーブも赤城に続いて作業場を離れながら雄弁を語る。
「長引く戦争は我々を疲弊させ、酷使してきた。僕らはそれらの疲弊、不安からの開放を要求する。そして僕らは普通という黄金を手に入れる。賛同する者は隊列を組め!」
『黄金よりもパンと平和と自由を!』
——
「……ん、んう」
「起きたか裏切り者」
燭台が照らす席。その手足は手錠で塞がれていた。横に居るファリーダは腕に痣を負っている。花蓮は早くも状況を理解した。
「……どうゆうつもり?」
「セトリム様に確認した結果、そんな人物知らないと来た。お前は裏切り者なんだよ!」
「…それならファリーダは関係ないでしょ、私だけにやりなさいよ!!」
飛んできたのは平手打ち。その強さによって椅子ごと地面に叩き落される。すぐに起き上がらせ、今度は逆に平手打ちをかまされる。花蓮は再び地面をかみしめ、腹を思いっきり蹴られた。
「……慌てないでももっと彼女より酷い仕打ちをしてやるよ」
ファリーダは花蓮を見ないように目をつぶって歯を食いしばっていた。その悔しさで花蓮も歯を食いしばる。
「なら速く殺しなさいよ、私を殺して満足でしょ……!!」
「……いや、裏切った以上、痛めつけて苦しめて殺す。いやその前に約束を果たしてもらわなきゃな。」
花蓮はその男の顔は燭台の影となって良く見えなかったが、その後ろに居た人間は見たことがあった。そしてその男も後ろを見る。
「ムアーウィヤ……?」
「そう、この男の約束を果たしてもらおうか。痛みつける前に、我々の慰み者になってもらおう。な、ムアーウィヤ…」
そう言ってムアーウィヤの手が花蓮の胸へと伸ばされる。花蓮は激しく抵抗するが、男が裏に回り花蓮を押さえつけた。
「いや、いやっ!」
「やってしまえムアーウィヤ!」
しかし、ムアーウィヤの手はその男を掴んでいた。そのまま男を払いのけ、花蓮の拘束を解いた。花蓮もファリーダも何が起きたのかわからない様子で啞然としていた。
「ムアーウィヤ、お前、何をしているのかわかっているのか!?」
「……私の出る番じゃありません。それにこのシチュエーションは求めていないので」
「クッソ…、お前なぁ……!!」
花蓮は急いでファリーダの拘束も解いたそして一気に状況が逆転する。男は抵抗する間もなく拘束されることになった。
「さて、こいつどうしようか」
「ムアーウィヤに決めてもらえば~?」
「放置でも十分だと思うけど……」
「じゃあ私とファリーダの分だけやらしてもらうね」
その悲鳴は歓声に紛れて聞こえることは無かった。そんな運動はついに地上にまで波及し、太陽の下で反乱が成功した。赤城と武田は捕縛された監視員の中を探して花蓮達を探したが見つからない。
「おーい二人ともー」
遠くから二人の監視員を連れて花蓮が走ってくる。どうやら向こうでも、なにかしら終わったようだ。監視員は恨む目線で彼らを見る。
「よぉ、いろいろ終わったか?」
「バッチしよ!」
「なら良うなったちや。心配はしちょらんかったけどな。」
「私達も居たから、ね~」
「ね、ね~」
赤城は安堵した様子で地上へと脱出する。アディーブは歓声をかぎ分けて赤城の元へとやってくる。
「赤城さん、本当に出来てしまいました……」
「おう、この先もお前の野望次第だ。ちょっとは良い顔になったな。」
アディーブは嬉しそうに微笑む。そのまま赤城の前で堂々と宣言する。
「これ以上被害者を出さないように政府に訴えかける。そうすれば政府も変わり、僕らの生活も変わる。それが次の野望です。」
「おう、俺も助太刀しよう」
アディーブはそのまま群衆の中に消えて行った。花蓮はその様子を見て安堵した。そのまま花蓮は古代魔術に向けて喋りかける。
「花蓮の金鉱グループ。無事、反乱を起こせました!!」
こうして、イーサンド・ルイスなどを巻き込んだ秘密結社 リコラッタの「黄金の闇商売」はこうして破綻する事となった。




