第十五話 ニェクレビア
「……確かに、観光ね。旅ですもんね。どうしましょうか。誰かついて回った方がいいと思うけど、私じゃ身バレが——」
「私が行きましょうか?」
「いいや、エリゼは支度をしてきなさい。傷もあるんだから休んで頂戴。」
「じゃあ私が——」
「アンジュは戦えないでしょ?」
「……確かに。」
ゼンゼやシャンゼは仕事もあり、誰も手が抜けない。その時、都合よく扉が開く。マリーに似たレザージャケットを着た女性。極寒の地であるのにジャケットの中はへそ出しのシャツを来ている。見ているこっちが腹痛に襲われそうだ。
「——まぁ、姐さんの代わりなら私が。」
「ナディア、あなた来てたの!?」
ナディアと言う女性。マリーとは正反対の人物のようにも見えるが、案外仲は良さそうな雰囲気が伝わってくる。
「ナディアさん、ご無沙汰しております。」
「おお、エリゼか!大きくなったな!!」
「はい、おかげさまで!」
「私は何の世話もしてないっつの!」
ナディアはマリーとは対照的にエリゼの頭を強く撫でる。エリゼは嬉しそうにそれを受け取り、ナディアがマリーに向かったところで上機嫌で髪を鞣し始めた。
「ナディアはどうしてここに?」
「それは姐さんから今回のお代を頂くためさ」
「お代?」
「ああ、色々と情報提供したり、ゼンゼの手伝いとか、関係者の護衛とか色々と任されてたんだぜ?」
「えっと……ナディアさんは何をされてる方?」
「ナディア、自己紹介してあげな。」
「……そーだね」
ナディアは腰をマリーのデスクに掛けて莽薙達の方を向く。長い脚を組みながら身につけているサングラスを手に取り目線を見せた。その目の形も少しマリーさんに似ている気がする。
「ナディア・マリー。マリー一家の分家。マリーとは遠い親戚。今は『秘密結社 アヴェニュー』のリーダーやらせてもらってる。まぁ、近いうちにやめるけど。」
「……秘密結社」
「ああ、マリー一家に関わる魔法使いの集まる秘密結社さ。その性質も今じゃ薄れて、ただの電導アンチ集団に成っちまったが、リコラッタが故郷を荒らすのは見てられなかったんでね。うちらだけじゃ対抗できなかったから、姐さんの手伝いに回ったって訳。」
「ナディアには良くお世話になってるの。私があまり表立って動けないからね。じゃあ、あなたがイーサンド・ルイスをこの子たちに観光してあげて。」
「あいよ、お代はその分追加な。そのお代でこいつら楽しませてくるからよ。」
「いいわね。そうしましょう。じゃ、いってらっしゃい。」
ナディアはマリーのデスクから立ち上がり、莽薙達に手を差し出す。その手に三人の手が重なり、「テレポート」と唱えられた。やはり色々なテレポートを経験したから言えることだが、マリー一家のテレポートは全く違和感なく一瞬で到着した。
「——ってここどこ?」
「ルイン城の城内だ。」
「あれ、あんな目立つ場所なのに観光客いないんですね。」
「まぁ、入れない所だからな」
「???」
「そーだね……30分かな。警備兵が気づくのは。それまで好きに探索していいぞ。姐さんの数百年ぐらい住んでた城をな」
「は!?!?」
ナディアは手を振り払い、壁にあるランプに火を灯す。そのまま手を奥に突き出し、汚れや埃など一気に奥へと消えて行った。三人は思わず感嘆し、その音が口から洩れた。
「一番奥の部屋が玉座の部屋で、この手前の部屋が確か——」
「……待ってください、マリーさん何歳なんですか?」
ナディアはその花蓮の質問に一瞬固まる——。
「よし、玉座の間に行こう!」
「え、私の質問は!?!?」
「本人に直接聞けばいい。無論、知ってるやつは軒並み死んだが。」
「え、何それ怖い!!」
千々波と花蓮は怖がった。
「いや、数百年生きてたとしたら、知ってる人は寿命で死ぬでしょ。」
「あ、確かに。」
ナディアは莽薙の的確な指摘を受けて少し歩くテンポを速めて玉座の間に向かった。そしてナディアが扉に触れた瞬間だった。
「……っ!?」
ナディアが吹き飛び、触れた右腕を抑えながら立ち上がった。ナディアが理解できず立っていると、物音を聞いたのか警備兵が入口を開ける音が聞こえた。
「どうしたんですか!?」
「姐さんの魔法かも。玉座の間に入るなとは言われてたけど——」
「ダメって言われてんじゃないですか!!」
「まぁいいや、少し早いけど城内から離れよう!」
ナディアは三人の手を掴み、ルイン城外へとテレポートした。中々のスリリングな観光に、全員が少し笑みを浮かべてナディアと懐柔し始めた。
その後もテレポートを多用してイーサンド・ルイスの観光名所を片っ端から見れない所まで案内してくれた。「マシアック公儀場の別館フランツェル」や「旧ローシャング王国ブラント駐屯軍本部」、「ヴィルテシュタット礼拝堂」、ついでに「秘密結社アヴェニュー本部のナディアの部屋」まで、いろいろと見せてもらった——。
「さて、お土産を買う時間だ。姐さんからお駄賃はいっぱい貰えるから好きなだけ買ってくれ!!」
『やったー!!』
ルインのポレスピー商店街にてお土産を買う事になった。食品から魔力で動くキーホルダーなどの雑貨まで、幅広く品揃えがあった。しかし、食品が多いイメージ。お土産用の商店街と言うよりかは、生活必需品が多いイメージだった。
「……ナディアさん」
「ん?」
花蓮はナディアのレザージャケットを引っ張り、耳打ちで話を始める。それを知らない千々波と莽薙が商店街で物色を始めていた。
「ナギ君、もう少しで誕生日なんです。ここらへんで誕生日プレゼントを買ってあげたいのですが、何が喜ぶでしょうか。」
「それは本人に聞いた方が——」
「本人に聞いたらサプライズ時の意味が——」
「別にサプライズじゃなくてもいいじゃないか」
「——サプライズが良いんですッ!!」
ナディアは少し考えながら莽薙を見つめている。莽薙は千々波と楽しそうに談笑しながら物色していた。莽薙がこちらの目線に気づくと首を傾げたので、疑われぬように近寄る事にした。
「……なら、自分で決めた方が良い。」
「え?」
「莽薙君と長く居るんなら、男心なんかよりも大事なものを知ってるんじゃないか?」
「でも——自信がないんです。」
「男は意外と純粋なんだよ。好きな子からのプレゼントなんて、なんでも嬉しいのさ。」
「……根拠は?」
「うちの旦那。」
「……参りました。」
ナディアは優しく花蓮の背中を叩いた。花蓮は深呼吸をすると、少し自信がついた気がした。
「あ、お前、プレゼントとは言え、重いのは人を選ぶからな。自分の血液とか排泄物とかはかなり慎重に検討しろよ?」
「流石にそんなことしませんよ!!どんな人間だと思ってんですか!!」
花蓮とナディアは莽薙達と合流してお土産を物色する。資金は多い為、仲間から家族の分まで満遍なく買う事が出来た。妖術で消し去る事で荷物も無し。三人は大満足であった。
「ナギ君、見てくださいよ!」
「なにこれ」
「蕾のキーホルダーなんですけど、魔力を込めると開くんです!!」
「うわ、凄い綺麗だね!!」
銀のキーホルダー。魔力を込めると青や黄色のガラスが輝く花の紋章になる。
「それはニェクレビアだね、イーサンド・ルイスの国旗の真ん中にあしらわれている魔法の花だ。昔の言葉で『雪花』って意味でもある。正にイーサンドを体現する花だね。」
「へぇー、実際にあるんですか?」
「ないな。でも、花言葉はあるぞ。」
「花言葉は何ですか!?」
「逆境の中の希望。善の魔法使い。初恋。そして——あなたの死を望む。」
「え、最後怖!!!」
「これはローシャングでの花言葉だ。奴らはこのニェクレビアを抱えた軍隊に負けたからな。軽くトラウマなんだろうな。」
莽薙とナディアは千々波が掲げて揺れるニェクレビアを見ていた。しかし、花蓮はそんな莽薙の横顔を見つめながら視線の先にニェクレビアを見ていた——。
「よし帰ろうか。」
ナディアは三人の手を持ちテレポートをする——。
「え?」
ナディアはモーレンと言う港町へ一瞬降り立つ。そして手を離し、莽薙と花蓮だけを置いて再びテレポートをしてしまった。
「え、お、お、置いてかれた!?」
「な、ナギ君!!」
花蓮は動揺する莽薙を宥める。目の前には夕陽とアマミ海、雪の被った大きな山々が広がっている。そんな広大な自然を尻目に、莽薙の視線は花蓮に向けられた。
「……え、なに?」
「あの……誕生日。」
「え、誰の?」
「貴方のだよ!!」
「——あ、僕か。旅をしてると忘れちゃうんだよね……。」
花蓮は深呼吸しながら手元に小さな木箱を出現させ、莽薙に差し出す。
「……誕生日、おめでとう。」
「ありがとう。え、空けていい?」
「…うん」
莽薙が箱を開ける。その中には銀の魔導式懐中時計が入っていた。手に取ると持ち主の微量の魔力でその場の時刻を自動で合わせて針が進んで行く。莽薙自身、ローシャングで時計を断った手前、懐中時計を手にして困った。が——
「……嬉しいな、こんな綺麗な懐中時計。僕には勿体ないぐらいだ。」
「それは良かった、もし、一番欲しい物じゃなかったらって考えると怖くて——」
「うん、一番欲しい物じゃないね。」
「一番じゃないんかい!!」
「いや、花蓮のくれるものなら何でも嬉しいよ。」
「それは……良かった。」
ナディアの言う通りだった。花蓮は素直すぎる莽薙に笑みがこぼれる。そのまま花蓮はいつもの調子に戻って来た。
「髪の毛とか血液とか来たらどうしようと思ってた。」
「え、本当に私ってそんな女に見えるの……?」
「いや、普通に冗談だけど…。こんなボケ、僕しか出さないでしょ。」
「じゃあ一番欲しいのは何よ、御伽家当主の座とか、国家建設とか?」
莽薙は笑みを浮かべて花蓮の手を握る。
「——仲間との時間。」
花蓮はその返答に言葉を失った。莽薙はそれを良い事に口を動かした。
「特に君。」
「……え?」
——。
「あ、すまない。途中で手を離してしまったようだ。今度こそ戻るぞ。」
ナディアは二人の手を掴んでテレポートした。莽薙は笑みを浮かべたままテレポートをした。花蓮はテレポート先のマリーの目の前でフラフラして頭を抑えていた。
「あれ、花蓮ちゃんどうしたのー?」
「……うっ、な、何でも……」
「ナギ君、なんかあったんですかー?」
「別に何も?」
「ナディア、もう少し丁寧にテレポートしなさい。」
「いや、姐さんには分からない病気だ。気にするな。体を蝕んだりしない。」
ナディアは莽薙に目線を向けてニヤける。莽薙はそれを見て軽く会釈した。マリーは何のことかわからず、花蓮を見ていた。
「はい請求書。」
「——たっか。」
「自由には金がかかりますから。言葉には責任を持ってもらいますよ、姐さん」
「……はいはい、わかりました。」
砂漠に聳える自由の楼閣はこの先も崩れない。そして次の事案も砂漠という不安定な立地に楼閣が築かれている。しかし、マリーは臆さずに進んでいく。
『自由を広め、保持する為の術を知る為に』




