第十四話 自由たる楼閣
夜も更けてきたところで厚底の革靴の音が響き渡る。警官隊が占拠した首相官邸。そこにいち早く乗り込んだのは護衛の警官隊と、警察大臣リュシアンだった。二階の廊下の突き当りが事件現場だった。
「……ほう、これが対談相手の魔女か。どこかで見たことあるような……。」
マクシミリアンの目の前でマリーが頭から血を流し、ソファーの淵に転がっている。あまりの急な事だったらしく、抵抗の意思も伺えない。目を開けたまま啞然として死に絶えている。
「…リュシアン、これで満足か……」
「この魔女の名前は何というのだ?」
「……リベラテ」
「そうか、まぁ、君が大事にならなくて良かったよ」
マクシミリアンは息を吞んでリュシアンの行動を見ていた。マリーのポケットやコートの内ポケットや外ポケットを確認。目に光を当てて死んでいるか確認する。
「……マクシミリアン、こんな事になるとは思っていなかった。官邸には入られた以上、退陣の時期を早めた方がいいんじゃないか?」
マクシミリアンは我慢できずに机を叩く。そのまま起立してリュシアンを見つめる。リュシアンはマクシミリアンの突然の行動に驚いた。
「……お前、お前が『魔女狩り』をして私の政権を不安定にしているのだろ!!リュシアン、お前は罷免だ‼」
リュシアンは驚愕して固まった。しかし、既に隠せないだろうと悟ったのか、笑顔で不吉な笑いを見せるようになった。
「そうか……ゼリテーヌの話はお前だったのか——。ああ、そうだよ、お前を踏み台にして全国を統制し、私がこの『自由』の国の英雄になる。その計画だ。最後に本人に露呈するとは思わなかったが。警官隊、構えろ。」
護衛の為の警官隊がマクシミリアンに銃口を構える。マクシミリアンはその銃口に恐れ慄くことは無かった。
「マクシミリアン、お前とは死ぬ瞬間まで一緒にやりたかったよ。しかし、国の為であり親友である私の為だ。……死んでくれ」
『パラディーペル』
警官隊がいきなり膝を屈して倒れ始める。リュシアンはこの異常な状況を全く理解できなかった。驚いて周囲を確認すると、部屋の隅にソファーで倒れているはずのマリーが居た。
それに対しても理解できずに動揺していた。マリーは右手を廊下の方へと軽く払うと、警官隊が糸で引っ張られるように勢い良く廊下へと放り出された。
「……証拠は貰った。音声データにしっかりと残させてもらった。」
「…ッ、何者だ」
リュシアンは震える手で銃口を構える。しかし、マリーはマクシミリアン同様に全く動じない。マリーはそのまま歩いて近づき、その震える銃口を左手で捕まえる。
「そんな銃如きで、自由の楼閣は崩れない。」
マリーは左手から魔法を駆使して銃を破壊し、そのままリュシアンはの首を掴んだ。リュシアンは流石に恐れてしまい、必死に抵抗した。すると、更に怖い出来事が起きる。
「……痛すぎ、これをする必要あった?」
「ええ、アンヌしかできない事よ。後でエトワルケーキを死ぬほど食べさせてあげる。」
マリーの死体が転がっていたソファーに何故かアンヌが居た。リュシアンは更に動揺し、マリーはそのまま警官隊が転がる廊下へと放り投げた。
実は警官隊が来る前にアンヌが扉を開けた。アンヌは本来行く予定ではなかったが、警官隊の官邸襲撃の話を聞きつけ、急いで官邸へ向かった。
アンヌが事情を説明し、マリー処刑の際と同じ手法をした。アンヌをマリーの姿に変え、アンヌの役職である『アヴェンジャー(復讐者)』の能力を使う。効果は復讐心がある限り死なないという物。その為死はカモフラージュされ、マリーはリュシアンの証拠を掴むに至ったのだ。
「マリー、こいつ普通に腹立つから殴っていい?」
「……え、ま、マリーだとぉおお!?」
「私が貴方の自由を束縛する権利はない。好きにしなさい」
イーサンド・ルイスにとっては長かった夜が明けた。夜明けに新聞の一面を飾ったのは警察大臣リュシアン・サンブルの逮捕。ボコボコにされて見るも無残なリュシアンが、官邸から出ていくところが写真で取られていた。処刑とまでは行かずとも、無期懲役は逃れられないだろう。
マリーはアンヌを自宅に招き、エトワルケーキの晩餐会が始まった。全員が朝起きた頃にはアンヌが食いかけのエトワルケーキを残してソファーに寝ていた。
「マリーさん、何があったのです?」
「……いいえ、何も。普通の自由があっただけ」
「…そうですか」
そこからの展開はとても速かった。マクシミリアンがアントを議長にした「元老院」を創設し、行政の最高顧問機関が誕生した。そこには秘密裏でマリーも間接的に参加した。
成果が表れてくるのはしばらくした後だが、イーサンド・ルイスの上質な砂の輸出先拡大、ミーナ付近の鉱山の発展に大成功して輸出国家となる。政治も統領制度を廃止し、大統領制を導入した。又、その余波もあり選挙権も拡大していく。これらが所謂「イーサンド政経革命」と呼ばれる物となっていく。
ただ、今は誰もそんな事は知らない。この金融改革がマクシミリアンを英傑として名を連ねることも知らない。ただ、彼らは彼らの「自由」を表裏一体で信じて未来を歩んだ結果だったのだろう。
「失礼します」
「ああ、入ってくれ」
統領の部屋の扉を開ける。あの時のように扉はうまく開かないが、例のソファーが撤去されているのを確認すると、驚くほどに軽く扉が開いた。
「アンヌ君、よく来てくれた。ソファーは汚れて捨ててしまったから、そこの椅子に座ってくれ」
用意されていたのは木製の椅子。足の高いテーブルと共に部屋の壁に沿って置かれている。観葉植物やハーブティーを差し出す統領も相まって、できたばかりの喫茶店のような雰囲気だった。
「それで、何でしょうか。私に用があるって……」
「君の質疑は勇猛果敢で、的を射ていた。政策も否定する箇所を見つけるのが大変だったよ。私は議場では君と合うのが一番嫌だった。」
「……何ですか、呼び出して批判ですか?」
「いやいや、そんな君を後任に推薦しようと考えていてな。立憲派に政権を取られるのは悔やまれるが、君ならば仕方ない。」
アンヌは状況が吞み込めず、リュシアンのようにその場で固まって動けなかった。だがすぐに動いてハーブティーで口を潤す。
「失礼ながら、お断りします。私はマリーのように自由で居たいので。あと、政治家って引き際が重要ですよ。あと、金融改革の責任は果たしてください。」
「……確かにな。君のような人間がこの世の中を自由にうまく生きられるのだろうな。まぁ、私の派閥にとっては良い事だが、立憲派と国にとっては大きな損失だ」
マクシミリアンはハーブティーを吞み、議場での思い出に浸っていた。アンヌも同様にマクシミリアン統領との議場を回想していた。ハーブティーの香りがそうさせているのかもしれない。
「……私もいつか政界を引退する。参考までに何をするか聞いてもいいか?」
「私は……両立していた天文学者ですかね。やっぱり天文学が好きなので。」
「君のような勉強熱心な人物なら新しい事を発見し、持ち前の勇気で今までの常識をひっくり返すかもしれないな。期待しているよ。」
「……議場に上る統領は政治が好きそうなので、多分一生もんだと思いますよ。私も統領の金融改革に期待していますね」
アンヌは背を向けて帰ろうとする。マクシミリアンは彼女の背中に政治家として、最後の問いかけを彼女にした。
「君は国全体が豊かになる事と、国民一人が幸せになる事は同じだと思うか?」
アンヌは立ち止まって表情を見せないまま語った。
「どちらも正解でしょうが、同じではありません。私は国民を、貴方は国家を、リュシアンは自分を優先した結果、このように対立しましたからね。でも面白いのは、政治家としてはどれも変な事ではないって事ですね。」
そう言ってアンヌは統領の部屋を出て行った。マクシミリアンは残ったハーブティーを置いて外を眺めた。ルインの空は晴れやかな青空が広がっていた——。
「さて、後は大丈夫ね。シャンゼは研究の成果を糧に今までの負傷者に治療を。ゼンゼはできたばかりの元老院の支援を。エリゼは……」
エリゼは少し首をかしげる。マリーはその可愛らしさに思わず手を伸ばして撫でてしまう。エリゼはそのまま命令を待ち続けている。
「エリゼは……シャンゼの手伝いかしらね……」
エリゼは少し残念そうにマリーを見つめる。マリーは不思議に思って撫でるのをやめてしまう。
「……私も…、私も、私もマリーさんと一緒に動きたいです!」
エリゼはいつもに増して目を輝かせていた。エリゼから漂うハーブティーの香りが、彼女の今までの努力をマリーに感じさせていた。
「……じゃあ、今回の頑張りに免じて、特別に許してあげる。勿論シャンゼとゼンゼにも今回の命令を完遂したら、許しますよ。」
そのマリーの笑顔と豪華なご褒美に、二人も思わず笑みをこぼす。マリーに恩があるとはいえ、彼女達にも選択の自由をあげたいのはマリーも同じだった。今までは事由を理由に反対していたが、マリーがついて回れば問題ないだろう。
「アンジュもありがとね、ここまで協力してくれて」
「大丈夫です、逆にいろいろ勉強になりました。またいつでも気軽に呼んでください。呼ばない場合は何とかして伺います。」
そう言うアンジュにマリーは懐から紙を渡す。何かの古代魔術であることはなんとなく理解できた。
「これは……?」
「テレポートの古代魔術。この場所を刻印してあるからいつでもおいで」
「ありがとうございます!」
アンジュはそう言ってマリーに抱きつき、その紙を大事に手帳のポケットに挟み込んだ。マリーはそのまま莽薙の下へと歩み寄る。
「あなた達にも感謝している。さて、本題を解決しに行きましょ」
「待ってください!!」
千々波がマリーを止めに入った。
「私、魔法大国を観光できると思ったら、全ッ然観光できなかったじゃないですか!!」
「いや、そりゃ、大変だったからね……」
「観光したい観光したい観光したい観光したい観光大使観光大使観光大使!」
マリーは駄々をこねる千々波を見て笑みを浮かべた。エリゼの幼少期の駄々を懐古していた。
「そうね、観光しましょうか。」
「やったー!!」
「僕らの愛しきユートピア」は毎週水曜日と日曜日の19時に更新されます!
お忘れなきよう『ブックマーク』、面白ければ高評価やコメントのほどよろしくお願いいたします!
砂漠の楼閣編 マリー イラスト(目を覆うような物ですが、脳内で大人の女性に変換してください。)
読んでいただきありがとうございます‼
いかがでしたか、自由と人間を描いた砂漠の楼閣編!
この話は当初、話の構成には入っていなかったんですよ。マリーさんは最初から出てくる設定で、第五十話辺りまでパラミダスに居る訳なんです。
しかし、その間に思いました。
「イーサンド・ルイスの話が作りたい!!!!自由を語りたい!!!」と。
丁度その時フランス革命にハマっていたんですよ。レ・ミゼラブルとか、ナポレオン、グランダルメなどが影響して作る事になりました。
なのでこの話の殆どが突貫工事だったのですが、思ったよりも面白い話になりましたね。何なら一位二位を争うような良さですよね。
では、次のパラミダスの話で会いましょう!




