第十二話 自由の女神
アンジュはハーブティーを手に取って、ゼンゼが横で資料を精査しながらアンジュに公表すべき内容を渡していった。
「…メルカンの銃弾は古代魔術が使われている。その古代魔術はミダルで作られている。」
「ここでもパラミダスと関わってくる話だとは——。」
「そしてメルカンで警官隊が野営をしていた現場に紙切れがあったのだけど、その紙切れの持ち主は間違いなくリュシアン・サンブル大臣の命令書だった。」
「やっぱり……」
「でも目的は全く……。」
そこで満を持して手を上げたのは莽薙だった。莽薙はソファーに座りながらアンヌの本を見た事を話し、ポケットからその時に書いたメモを広げた。
「リュシアンの目的は、マクシミリアンを追い出して権力を確固たる物にする事。警察権力を使って反対派を刺激しながら、議員への威圧や、被害者面によって批判をマクシミリアンに向ける。」
「……自身の独裁の為に」
「そしてイーサンド・ルイスの絶望的な経済を立て直すためにパラミダスの安い黄金を買い受けていたらしい。」
「だからパラミダスから金を密輸していたのね……」
「それで、その密輸に関わっているのが政治顧問の『ノワール・ルテイオス』。元世界政府で内務総覧役をしていた人の息子です。」
「ナギ君、世界政府って事は……」
「『秘密結社 リコラッタ』の幹部でもある。」
「リコラッタ。世界政府再興の為の秘密結社……。」
その場が一気に静まり返る。啞然としながら固まって動けないマリー達を見ていると、こちらも汗ばんでくる。
「……VΛ/Г LΛSГ)VΛ(……これは本当に酷い)」
マリーは机の上で頭を抱えて蹲っている。流石に内容が内容だったので、アンジュもゼンゼもかなり気を落としている様子だった。
「警察は事件の揉み消しもできるから、そう言う事を普通にできるのね……。」
もちろん事件そのものをなくすことも容易い。そうなるとアンジュも一人の探偵として見過ごす訳にはいかなかった。アンジュは怒りのままに立ち上がり、机で蹲るマリーの下へと歩みだす。
「マリーさん、私は許せません。警察大臣の権限外の私が、必ず確固たる証拠を見つけてきます。ゼンゼ、お願いします」
しかし、ゼンゼも動こうとはしなかった。相手が警察ともなれば軽傷で帰れるはずがない。こんな探偵少女一人に警察大臣の顔に泥が塗られるような事を考えれば容易に理解できる。
「……アンジュ、ここからの戦いは私がやる。」
マリーは起き上がりアンジュ、そして全員の顔を見る。眼鏡を整えて不敵な笑みを浮かべる。正にその姿は魔女だった。
「もう最終章のステージと配役は用意してある。あなた達の配役は終わった。クランクアップ、ご苦労様。」
「そんな、またマリーさんに……」
アンジュはそう言って落ち込むが、マリーはアンジュを優しく撫でる。
「前よりもできることが多くなっているから十分助かった。また次も助けてくれる?」
「……勿論ですとも、マリーさんの為ならこの探偵アンジュに!」
暫くした後で、マリーはテレポートで消えて行った。残された人物達はマリーを信じて吉報を持ってくる事を祈る事しかできなかった。マリーの机に残っているハーブティーは衝撃で波打っている。これから起こる事、それを想像する彼らの感情と言ってもいいかもしてない。
「ヴィラヴァンセ、マリーさん……、来たのですね。いや、生きていたのですね。」
「マクシミリアン……、ヴィラヴァンシー」
マクシミリアンはソファーに座るように促した。ハーブティーも机に三人分置かれている。どうやらアンヌは来てないようだ。やはりマリーの事を嫌っているのは確実だろう。
「……こんな夜遅くにすみませんね、日付が変わったので昨日の事になりますが、アントさんから話は聞きましたよ。」
「こちらこそごめんなさい、貴方も忙しいのにこんな夜遅くに……」
マクシミリアンはマリーを品定めするように目線を集中させている。しかし、彼が思ったのは、あの時のマリーと自分は同じ状況かも知れないと言うこと。
「……ハーブティーの淹れ方、お上手ですね」
「まぁ、手持ち無沙汰でやっていたら上達しただけで誇らしくはないですが——。」
マリーはお返しに洋菓子を取り出して机の中央に広げた。マリーが食べるように促し、マクシミリアンが口に運んだ。
「……アンヌはいないけど、アントの話したことをもう一度確認させて頂戴」
「ええ、彼が来たときはてっきり辞任か説教と考えていましたが、予想外でした。『元老院の設置』と『議長に自身を当てる』ようにと。彼が表舞台に戻ってくるとは思ってなかったので——。」
マリーは頷きながらハーブティーを啜る。そこには平穏的なティータイムは勿論存在していなかった。お互いが疑いながらも素直に本音を語る変な時間だった。
「あなたが生きてる事も驚きですよ。なぜ私に姿を見せたんですか?」
「……私が思う『自由』を守るため」
「……やっぱり、貴方も私の辞任を求めるのですね。まぁ、言われなくてもやめる予定でしたよ。もう自分は限界です。マリーさんのあの時の苦悩も良く理解できました。」
「まさか後任はリュシアン・サンブル大臣とか言わないですよね……?」
「それが……何か…?」
マリーは呆れた様子で頭を抱え、それに対してマクシミリアンは少し焦った様子で手を震わせる。
「……警察大臣は、貴方を貶めて、イーサンドの全てを中央集権化しようとしている全ての黒幕よ。あなたが恐怖政治を望むなら否定しないけど」
「そんな、リュシアンが反逆を——。」
マクシミリアンも頭を抱える。そんな中でマリーはハーブティーを飲んで落ち着きを取り戻し、改めてこれからについてを話す事にした。
「マクシミリアン・ミューラー。貴方に私の姿を見せたのは他でもない、貴方に私からお願いがあるからです。」
「……はい、私に何ができるというのでしょう」
マリーは自分が言うのを躊躇して、喉から先に言葉が出ない。耐え切れずにハーブティーを飲む。マリーも感情は限界に達していた。
「警察大臣リュシアン・サンブルを……処刑しなさい」
マクシミリアンは酷く動揺した。震えが一瞬にして止まり、頭の様々な雑念が消えて行った。マクシミリアンは正に本能のように動いた。
「……それは、できません。私に、他人の自由を奪うことなど……できません」
「でもリュシアンは何百人の人を殺した。ここで手を打たなければ——。」
「わかってます…!、ですが……!、私にその権限はありません……」
マクシミリアンは悔しさなのか、自分の不甲斐なさなのかは分からない涙が頬を零れて行った。マリーもそれを見て言葉を濁してしまった。
「……リュシアンを殺すのであれば、私を殺してくれ。統領は私である。大臣の一切の責任は私にある。どうか、どうか……」
「なぜあなたはそこまでリュシアンを——。」
「リュシアンは……、ただ国を守りたいだけなんです。私もその一人だが、私ではできない。やはり彼でないとできない。ここまで二人でやって来たが、私は彼に連れられて来ただけだ。お飾りにしかならない私の方が、この国には要らない。」
マリーは再びハーブティーを飲もうと思ったが、ティーカップにハーブティーが入ってなかった事に気づく。そのままコップを戻すが、自分の落ち着きを保つ方法がなくなった。
「……色々な方々が『国が滅ぶ』と言いますけども、いつ国が滅ぶのです…?」
「それは、マリーさんが居なくなってから経済状況が芳しくなくてですね。お恥ずかしながら我々のせいでですね、財政危機でこの国は……」
「だから、『いつ』滅ぶんですか…‼」
マクシミリアンは理解できないまま、ゆがめた顔をマリーに向ける。その時のマリーは威厳のある女帝のようにがっしりと、豪快に構えていた。
「私がこの国をそう簡単に滅亡させない。この土地に自由がある限り何度でも立ち上がる。なぜならば、私も自由を求める『自由の志士』だからです!」
マリーはソファーを立ち、マクシミリアンに対して指をさして威張りながら、かつての女帝ののように華麗に振舞う。
「勘違いしないで頂戴、貴方達が私を玉座から引きずり下ろす事なんてできない。あの時は貴方達の為に私の意思で降りたの。私ですら諦めてないのに、なぜ民衆の代表であるはずのあなたが、何故早々に諦めている!この恩知らずめ!!」
マクシミリアンはその態度を見て顔を拭い、平静を取り戻す。彼女の本気さがよく分かったからである。
「……陛下がそこまで言うならば、さぞ大層な計画があるのでしょうな?」
「なめないで。舵を切るのは貴方達だから、死なば諸共よ」
「…結構です。自由の象徴であるこの国を滅ぼすぐらいなら、私は死んでも構わない。なぜなら私も『自由の志士』だからである」
マリーは笑顔を取り戻し、ソファーに座り込んだ。マクシミリアンもここ最近で一番の表情をする。その二人を遮るように勢い良く扉が開いた。マリーは急いで振り向く。
「あ、貴方は…!?」




