第十一話 政府の反抗
新聞は大人しい。情報を載せて陰で叩きながらティータイムをしているだけ。そのティータイムへの差し入れによっては情報も操作できる。問題なのはその新聞に火をつける輩だ。そんな表だけ立派な新聞は、厚さは無いので、いとも簡単に燃え広がる。やがて全てを燃やすのに十分な火種となって猛威を振るう。故に火をつけようとする人間は消すのが先決だ。そのつもりだったが——。
「先日の『ルイン大暴動』は『第二の魔女狩り』だと揶揄されておりますが、これは統領の責任問題ではないだろうか。その点について質問したい。」
またあの女だ。愈々私も彼女の対処ができなくなってきた。議場の空気も完全に圧倒され、『魔女狩り』の言及の時は張り合っていた私の派閥も遂に黙り込んでいる。派閥の人間は皆が皆、政権の延命をするのに必死だ。
「……その件については、警官隊の誤射とは雖も、意思疎通の出来なかった我々政権の問題であると認識しています。誠に申し訳ございませんでした。」
もう頭を下げる事にも躊躇いが無くなった。この頭には何の価値もないからだ。私も早く自由になりたい、そんな事を演壇で言いたいものだ。
「謝罪で済まされるようなことではないですよね、警官隊の誤射であるならば警官隊にも責任があるのではないでしょうか!」
頭をあげた先の彼女は凛々しい。しかし、直ぐに恐れるような目つきになった。気になって振り返ると、リュシアン警察大臣が向かってきていた。彼が自分の肩に手をかけて強めに後ろへと押し出し、演壇を下ろされる。
「警官隊は誤射などしておりません。警官隊の自衛のための措置である。そもそも先に手を出したのは暴徒化した市民だ。警官隊への批判は職務を着実に遂行し、ルインを命を以て平時に戻した者への侮辱だ。何とも許し難い。」
リュシアンの不動で豪快な答弁は凛々しいアンヌを逆に圧倒した。アンヌも流石に息を呑み、冷や汗が零れながらも真っ直ぐリュシアンの目を見つめ続けた。
「……そうですか。ですが、国民の意見をそのように弾圧するのはいかがなものか。彼らの要求は経済的、社会的抑圧からの解放及び、マクシミリアン派の打倒です。そこについてはどう考えるか」
議場は再び立憲派の歓声に包まれる。リュシアンは直立不動のままアンヌを睨みつける。立憲派の歓声が止むようになったところでリュシアンが咳払いをして話始める。
「……なるほど、立憲派の皆さんは暴徒の肩を持つのですね。」
その言葉で一気に議場が凍り付いた。リュシアンは自前の顎髭を触りながら立憲派の連中を上から見下すように見て回る。そして再びアンヌに視線を向けた。
「それはともかく、我がマクシミリアン政権に対する批判は民衆の中では見受けられない。『イーサンド砂漠回廊』を作ってから多くの支持を民衆から得ている。ルインの暴徒は武力に頼った一部の愚かな反政府集団だ。それだけを切り取って政府の批判となすのは、貴殿の言う『自由』そして『民衆の意思』に反するのではないだろうか。国民の意見を尊重していないのは貴殿の方である。」
マクシミリアン派は一気に歓声を上げた。直立不動で堂々たるリュシアンを見て、立憲派は恐れて何も言えなかった。アンヌでさえも反論ができずに、せめてもの抵抗として演壇にしがみついて降りない事しかできなかった。
「……ならば総選挙だ。国民の意思がどちらを求めているのかを全て公にしたうえで、その統領の椅子を巡って公平に戦おうではないか!」
「総選挙は——。」
立憲派が歓喜を上げる前に、リュシアンが割って入る。立憲派はそれに対して何の抵抗もなく静まっていく。
「総選挙は実施しません。国家存亡を賭ける問題である経済についての問題を解決しない限りは、議場を空にするには行きません。問題の解決こそが先決なのであります。」
リュシアンの完封によってアンヌは演壇を降りた。リュシアンも演壇を降りる。珍しく議場は二人の足音しか聞こえることは無かった。マクシミリアンはずっと啞然として聞いていた。誰がどう見てもマクシミリアンの衰退と、リュシアンの台頭ははっきりと表れてきた——。
——しかし、リュシアンの気づかぬところで運命の糸は動き始めていた。莽薙達はゼリテーヌ図書館に居た。司書に書類を渡すと、その司書はマリーと最初にすれ違った場所。届かない本が羅列している背の高い本棚。
「こちらでよろしいのですな?」
「ええ、お願いします」
司書は指をさしなが本棚を確認する。指横に移動させて止まる。そこから上にあがり、指が止まった。そこから魔法を使ってその本を取り寄せる。その施錠された本の鍵穴に封筒の中にあった鍵を差し込み回す。鍵が外れたのを確認して莽薙に渡した。
「もし、読み終わったらもう一度お声がけください。」
「ありがとうございます」
莽薙は感謝を述べて四人を連れて本をめくり始めた。そこにはアンヌと思われるメモと資料が挟まれていた。本自体は関係ない古い天文学の図鑑だった。その資料に目を通すと、リュシアンの本来の目的がしっかりと根拠付きで示されていた。この証拠にはエリゼも驚きの表情が隠せなかった。
「……これは急いでマリーさんに伝えなきゃ」
司書に本を返却して封筒を返してもらった。ゼリテーヌ図書館を出てみると、既に夕陽が差している。
「……止まれ魔女共」
振り返るとそこにはイーサンド・ルイスの警官隊の二人が銃口を向けている。なぜ遠いゼリテーヌでこの警官隊が。まさかアンヌの書類を嗅ぎつけたのか——。
「ここは僕が出よう」
莽薙が鯉口を切って前に出る。しかし、莽薙の横からエリゼの腕が伸びる。
『ディアブル』!
エリゼの手の平から黒い光線が発射され、警官隊の二人が後ろに倒れこんだ。そのまま赤城と莽薙の手を引いてそのまま逃げる事にした。
「あんな堂々と殺して大丈夫!?」
「警官隊は対魔法装備をつけていると思いますので、少し痛い位が丁度いいでしょう。」
今度は前から三人の警官隊が銃口を向ける。花蓮が出ようとするが、エリゼにとめられてしまう。
『レオン・アンフェール』!
今度は警官隊三人が暗闇に落ちていき、悲鳴が聞こえる。それを気にせずにエリゼは続けて魔法を繰り出す。
『リュミエール・デスポワール』!
四人がが青いオーラで包まれる。そのままエリゼは奥から追ってくる数人の増援と思われる警官隊を尻目に三人を強く握りしめる。
『テレポート』!
その警官隊の一人が発砲し、エリゼに命中するが帰還することに成功した。エリゼは命中した脇腹を抑えて足を崩して息を切らす。
「エリゼ、大丈夫!?」
「……ええ、威力は魔法で半減されているので致命傷ではありません」
「いや、大丈夫じゃない。被弾してる以上大けがだ。とにかく医務室に行くぞ。」
「これも飲んでください!」
千々波が回復薬を手渡し、莽薙はエリゼを抱えて医務室へと向かった。医務室に着くとエリゼは一人で処置をすると言って三人を置いて治療に専念した。
「まぁ良くも人のメイドを無断で連れ出してくれたわね」
振り返ると腕を組んで上目遣いで睨みつけるマリーが居た。そのまま歩いて向かってくるので、怒られることを承知で俯いていると、マリーも医務室に入っていった。
「ま、マリーさん!?」
「良いから、傷を見せなさい。一人で処置できないでしょ」
そしてエリゼはベッドに仰向けで寝転ぶ。マリーは傷口をよく見て処置を開始する。
「……マリーさん、申し訳ないです。勝手な判断でこんな事をして。あのお二方は悪くないです。私個人の責任でして——。」
「言い訳は良いから。生きてるだけで上々よ。もう二度とこんな事するんじゃないわよ。今は国が不安定だし、貴方も一人前とは言えないんだから。」
「……自重します」
「……まぁ、貴方が死んでも、あらゆる手段を駆使して何とかして生き返らすけど。」
マリーは傷口から銃弾を取り出し、傷口に手を当てる。そのまま魔法を駆使して傷口を閉ざす。幸いにも「リュミエール・デスポワール」と言う守護魔法の影響で、威力も反魔法の効果も半減になっていた。その為にメルカンの魔女狩りの時のような長い苦しみは必要なかった。
「ただ、痛みは残るから安静にしてなさい」
「……はい」
マリーはエリゼの傷口があった場所に特殊な薬をしみこませたガーゼを張り、包帯で巻きつけた。エリゼにそのまま布団を被せて医務室を後にした。
「エリゼは大丈夫ですか……」
「…ええ、大丈夫」
「もっと機敏に動いていれば…」
「莽薙君が戦っても武田君みたいに大事件になるだけだから。賢明な判断だったわ」
そのままマリーは部屋に戻る。マリーは莽薙達にも合図して部屋に入るように促した。そのまま三人は部屋に入ると、丁度アンジュとゼンゼも帰還してきた。
「ただいまー、いやー色々見つけちゃった」
「ええ、アンジュ様の役職が光りましたな」
そう言うと扉からいつものようにエリゼがハーブティーをお盆に載せて運んでくる。しかし、体への負担を抑えてお盆を魔法で浮かせている。
「え、エリゼ!安静にしてななさいと——!!」
「どうかされましたかマリー様。私は至って元気ですが——。」
そう言ってアンジュ達には何もなかったかのように振舞う。魔法での操作でありながら、一つずつカップを机の上に並ばせていく。
「おぼつかない魔法で失礼しますね、魔法の特訓中でして……」
用意していたかのように噓を振り撒くが、自然な運びで誰も気に留めることは無かった。エリゼの根っからのメイド気質なのが際立ち、マリーも諦めて感謝を述べることにして止めようとはしなかった。退出時にエリゼの額には汗がついていたが、エリゼは気にも止めずに笑顔でお辞儀をして出ていった。




