第十話 警察大臣
マリーとアンジュが出ている間、莽薙は思い立ったことがあった。それを実行するため、エリゼを呼び止めた。
「……エリゼさんって『テレポート』使えます?」
「ええ、一応魔法使いですから」
エリゼはハーブティーの入ったティーポットと新しいティーカップを置くと、空のティーカップをお盆に載せたまま部屋を出て行こうとする。咄嗟に莽薙はお盆を持っていない右腕を掴んだ。
「きゃッ!」
「エリゼさん!」
エリゼは衝撃で酷く揺れたお盆を魔法で何とか保ち、莽薙の方へとゆっくり振り返ると。
「ど、どうされたのですか……?」
「僕たちをマシアックに『テレポート』してくれませんか…?」
「え、ま、マシアックに…?」
「ちょっと気がかりの事があって……」
「……その前に、片付けてきますね」
そう言われて莽薙は腕を離し、エリゼが右手でお盆の上のハーブティーをバランス良く並べはじめる。
「あ、あと、メイドさんは繊細な生き物なので、無暗に触らないでくださいね?」
「は、はい。すみませんでした……。」
「……ナギ君ってそういうところあるよね」
「ですねー」
「うっさいな!」
エリゼは微笑んで部屋を出ていく。それが静かに怒っている事は言わなくてもよくわかった。
「それで、マシアックのどこに行くのですか?」
「立憲派の本拠地に」
「……マリー様のように上手くはありませんし、複数人は始めてですがやってみますね。」
三人はエリゼの手の上に手を乗せる。そのままエリゼはマリーのようにテレポートをさせる。無事にマシアックには着いたが、到着時に全員が自身の右側にふらついた。エリゼは謝っていたが、テレポートできただけ凄いので褒め称えた。その上でマリーのテレポートの精度の良さが伺えた。
エリゼと三人で立憲派の本拠地に入り、来た時のように地下に向かう。しかし、そこは暗く埃が被っており、あの時だけ掃除していた事が分かった。しょうがないのでエントランスに戻り、受付係にアンヌかルベールが居ないか確認をする。
「ご予定は何時からでしょうか」
「今からがいいのですが……」
「……事前に御通告されていましたか?」
「……いいえ」
と言う具合で軽くあしらわれてしまった。服装も見るからに異邦人だったので、多くの目線を受けたままエントランスで呆然としていた。
「……まぁ、いいわ。入れてあげて。」
横からアンヌ本人が登場し、受付係に手続きをする。そしてアンヌは自分の部屋に四人を入れ、部屋の鍵を閉める。そして執務室に案内し、執務室の席で悪態をついて座り込む。
「どーしてマリー御一行がこんな所にいるのよ……。」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず、こちらをお納めください」
エリゼは紙袋を渡す。アンヌがその紙袋を開けると、その中にはルインでは名物らしい「エトワルケーキ」をプレゼントした。そのおかげか、少しアンヌの表情が良くなった。まさかエリゼはここまで読んで——。
「……で、何しに来たの。『ルイン大暴動』の調査?」
「いや、それもそうなんだけど、この国の警察組織について知りたくてさ」
「……警察組織?」
アンヌは気づかぬうちにエトワルケーキを頬張っていた。そしてエリゼもまた気づかぬ間にハーブティーを用意して全員に振舞う。彼女らは時止めの魔法でも使っているのだろうか——。
「警察組織にはまず二つある。警官隊と警察。警官隊は武装した警察で、主に大都市や政府の指定した建物に配備される。警察はそれ以外。トップは警察大臣と言う役職で統合されている。その警察大臣はリュシアン・サンブルさん。マクシミリアンの右腕と呼ばれている人物。」
「……リュシアン・サンブル」
「そう。言っとくけど、マクシミリアン派の重鎮だから会う事は無理。立憲派の本拠地に居る異邦人なんて以ての外でしょ?」
アンヌがケーキを食べ終わり、ナフキンで口元を拭って食器を片付けようとする。しかし、それをエリゼが手際よくお盆に載せて持って行ってしまった。
「ちなみにどうして警察組織なんて調べようと思ったの?」
「——メルカンで襲撃も今回も『警官隊』だ。その二つに関係があるんじゃないかなって。」
「良い感ね、でも、それだけじゃ二つの事件は結びつかないじゃない?」
「マクシミリアンがやるなら、軍を導入すれば二度もやらずに終わる。もし、どちらも行ったのが『警官隊の自作自演』なら、全ての辻褄が合うなと。」
アンヌは口を拭い、少し笑みを浮かべる。
「……彼のことだけは誰も調べようとしない。警察組織を彼の一存で動かせるんだから、私も流石に手が出せない。貴方達もあまり深入りしない方が身の為よ」
「なるほどねぇ……」
「だけど、調べようとしないだけで、調べる方法はある。その判断は貴方達に任せるけど」
「……え?」
アンヌは席を立ち、鍵付きの引き出しを開け、その中から大きな封筒を取り出して莽薙達に渡す。
「これは……?」
「政治家ってのは相手を痛めて、脅して、降ろして、自分の要求の通りやすい物にするの。言わば『武器のない戦争』。勿論マクシミリアンだけじゃなくてリュシアン・サンブルのネタも出せないだけで持ってはいる。こう見えても研究者気質なんでね」
「政治家って怖いな……」
「油断したら自分の首が飛ぶもの、容赦はしない。その封筒の中は私の知るリュシアン・サンブルが保管してある場所の鍵。このネタは私が出せないだけで、立憲派の本拠地に居る異邦人には関係ないわよね」
アンヌはいつにも増して不敵な笑みを浮かべる。自分の悪巧みを託すような悪い顔で莽薙を見つめるので、莽薙も笑顔で返した。
「それで、そのネタはどこにあるの?」
「ゼリテーヌ図書館。その館長に見せればわかる」
「……何でゼリテーヌ図書館に?」
「そりゃー、サンブルの目が届かない場所に持ってかないといけないでしょ。国内だとどこに隠していても見つかるかもしれない。国家が分裂しているゼリテーヌは簡単に入れないし、図書館は大きいから探そうにも難しい。保管もしてくれるし、絶好の場所よ」
「なるほど、ありがとう」
そのままアンヌは外までお見送りをしてくれた。アンヌは莽薙と硬い握手を交わす。
「……本当にやるのね、頼んだわよ」
「もちろんです。無碍にはしません」
「エリゼ、貴方マリーのところじゃなくて、私の秘書として働いてもいいのよ?」
「フフフ、マリー様には恩があるので、マリー様の命令であれば伺います」
アンヌは思った通りの回答をされて少し不貞腐れる。そのまま一歩下がり、小さく手を振って莽薙達を見送った。彼らが消えた頃にはアンヌは少しの不安と、安堵。寂しさを抱えて立憲派の本拠地に戻る。
「……アンヌ、例のあれを渡したのか」
「……あら来てたの。——まぁ、持っていても使えなかったら意味ないでしょ。」
※「しっ責」はもともと漢字でしたが、本サイトではどうやら使えないらしいです。該当箇所を後から見た時に分かりやすく鍵括弧をつけたもので、特に意図はありません。




