第九話 自由の深淵
翌々日、「第二の魔女狩り」が行われた。いや、詳しく話すと魔女狩りではない。ルインで行われた反政府集会と警官隊が衝突してしまったのだ。先に手を出したのは民衆側で、それに対抗して警官隊が威嚇射撃を開始。それが誤って民衆の一人に当たり、両者が衝突。両者に多大な犠牲が出た一連の事件。「ルイン大暴動」が正に「第二の魔女狩り」として世間に出回る。
一方でマリー達でも動きがあった。「二つの魔女狩り」について調査すると、政府との関連性の少なさ、要領の悪さからマクシミリアンは「魔女狩り」を完遂する意欲が無いと言う点。再び犯人を洗い出さなければならないと感じていた。
「アンジュ、ちょっとだけ来てもらえる?」
「……ええ、いいですけど」
マリーは引き出しから青い封筒を二つ取り出す。アンジュはマリーに駆け寄って手を握り、テレポートをした。
広がる光景はのどかな大地。風に揺れる高原に自生する芝生ように、一軒の家がひっそりと立っていた。マリーはアンジュと共にその一軒の家に近づく。アンジュはその家の事を全く知らなかったが、自身の役職の効果で直ぐに分かった。同時にその小屋から一人の男が出てくる。
「……マリー、さん」
「…ヴィラヴァンシー、アント君」
アントと呼ばれる男は直ぐに家の中に招き入れた。家の中には妻子がおり、その妻子に事情を説明して広いリビングで三人、テーブルで対面した。
「……相変わらずそうですね、妻子もおられるなんて」
「まぁ、表舞台からは退いたからね」
アントは立憲派のアンヌと共に魔女マリーを玉座から引きずり下し、自由を獲得した勇者であり、革命家である。アンジュと同じくブラント出身で、今はこのブラント郊外で英気を養っている。
「まぁ、過去が相当複雑だから……」
「マリーさんも一般人に生存が確認されていない状況から察するに、僕と同じような状況であると思いますけど——。アンジュもまだ探偵をやれている感じじゃないか。誰一人不幸じゃなくて良かったよ。」
彼にはもう既に昔のような若々しさもなくなってしまった。というのも一度病に侵されてから、同年代の男に比べて弱々しくなってしまった。
「……それで、要件があるのでしょう、じゃなきゃこんな田舎に来たりしない」
「ええ、その通り」
マリーは懐から青い封筒を二つ手渡す。アントは久々に見た青い封筒を見て微笑みながら受け取る。
「…もう一つは誰ので?」
「アンヌよ、私から与えても意味ないでしょうから」
「僕も同じだと思うけどな……」
「私とアンジュよりかはマシよ」
「…そうかな」
そう言ってアントは青い封筒を一つ開封する。中には紙が一枚入っており、それをしっかり確認するとアントは青い封筒にしまい込んだ。軽いため息をついた後でアントはハーブティーを啜り、窓の外を眺める。今日も晴れて芝生が揺れている。
「……いつしか歴史は薄れて無くなってしまうんだな。僕らが起こした「自由」の為の闘争も、本質を理解している者はいるのだろうか」
「もう一度、あなたの力を借りなくてはならなくなってしまった。不甲斐ないね」
「…いや、そんな事は無いんだ。だが、本当に貴方を女帝の座から降ろして良かったのかは、この青い封筒を見るたびに思うよ。」
「いや、貴方が居なかったら。アンジュやアンヌ。それにマクシミリアンが居なかったら、この国において『自由』は形骸化していた。貴方のしてきたことは十分正しい。」
アントはその言葉に圧倒され、再び窓の外を眺める。数々の冒険を思い出しながらある決心をもう一度固めることにした。
「……もう一度、表舞台に戻ってみようか」
「国を貪る自由」が民衆なのか、統領なのかは定かではない。だが、何かの『自由』が国を貪っているのは事実——。
「じゃあ、よろしく」
「ああ、任せてくれ。久々の表舞台には丁度いい準備運動だ」
「……頼もしい、体には気をつけて」
そう言ってアントの家を出た。お見送りにはアントの息子も来てくれ、マリーは手を振った上で洋菓子を与えた。少年は嬉しそうに手を振ってマリー達を見送った。
「……マリーさん」
「なに、アンジュ?」
「ずっと聞きたかったんです。貴方がなぜそこまで『自由』を求めるのか——。」
マリーは歩くスピードを緩め、アンジュの手を放す。しかし、アンジュはマリーの手を握ったまま放そうとはしなかった。
「……貴方はどう思うの?」
「私は、『自由』は害悪だと感じます。政府が統治の為にあるなら尚更不便ですし、民衆も『自由』を前に混乱している人も少なくありません。その割には『行動』は必ず束縛されてしまう。『自由』は多くの矛盾を抱えた不完全な物じゃないですか……」
マリーは芝生の上に座り込んだので、アンジュもマリーの手につられて座り込んだ。アントの家が少し小さく見える高台から景色を臨む。
「そう…ね、『自由』は確かに…不完全で矛盾している。統治には向かない物かもしれない。」
マリーの横顔が目の前の夕陽に焼かれてオレンジ色に輝く。その顔は奇しくもマリーの顔を始めて見た時と変わらなかった。
「でもね、私は『自由』に生きている人間が私は一番健気で、美しくて、感動するの」
「——それだけ?」
「ええ、貴方の言うように不完全さ、矛盾をなくして統治に向くような物にしてみて。それはきっと規範を守るだけの機械になってしまう。そんな機械を見るよりかは、自由の為に試行錯誤しながら前に進める人間らしさが、多分私は好きなのだと思う。」
「……人間らしさ…ですか…」
「人々が自由にする時って目が輝いているのよ。一種の希望みたいな、嬉しそうな顔をするの。それが見ていて楽しいし、嬉しいから執拗に『自由』を求めるのよ。アントが結果的に私に『自由』をくれたようにね。そんな『自由』に未来を賭けてみようと思ったの。」
何か「自由」という物に特別なことを期待していた。探偵として、今まですべての物に答えを見出そうとしてきたように、「自由」にも答えを求めていた。だけど、「自由」は個人個人で答えは違う。
そもそも明日を生きるのに必死な人間に自由は無い。自由と未来は相乗関係あるのかもしれない。ああ、なんか、今までの自分の考えが恥ずかしい。馬鹿正直に向き合うなんて。
「未来があるからこそ自由が輝き、自由があるからこそ未来が華やかになる。きっとアンジュみたいに健気に考えるのも『自由』ね、私はそのアンジュの顔好きだな。」
考えている時の顔を覆い隠すようにアンジュは両手で顔を包んだ。アンジュからしたら、恥ずかしがっている時の顔をじっくり見られて、その尊厳に傷がつくのは必至である。
「い、良いから、帰りましょう!」
「……そうね」
マリーが目の前でそっと手を差し伸べる。夕陽を背にして立つマリーの姿はどこか懐かしく、温かみのある構図だった。アンジュはそのまま手をつないで起き上がる。マリーはアンジュをテレポートへと誘い、再びあの部屋に帰還した。




