第八話 統領の政治
議場の果て。統領席に君臨するマクシミリアンは非常に疲弊している様子だった。正直言ってもはや正気を保てているのかも怪しい。その目下の議場では今日もマクシミリアン派と立憲派の激しい口論が行なわれていた。だが、マクシミリアンの耳はそれらを雑音としか捉えていなかった。
誰かが喋れば、その上から他の者が話を被せる。話を被せた事を誰かが「シッセキ」し、それに呼応して誰かが怒号を浴びせる。「自由」とは人間の貪欲さそのものだ。
「『魔女狩り』は、自由を奪う長物であると、私はこの場を借りて述べさせてもらう」
今までの騒ぎが噓のように静まり、全員がその演壇に凛々しく立つ女性を見つめる。一瞬にして彼女はこの議場の雰囲気をワガモノにした。マクシミリアンも、向こう側に立つ彼女の声だけは雑音としては聞けなかった。
「メルカン、そしてマシアックで行われた『魔女狩り』は、この国の建国の理念を犯している。そしてそれを容認するマクシミリアンは、自由を阻む最後の暴君ではないか!」
議場は再び白熱する。立憲派の指導者ルベールは啞然としながらも、それ以外の立憲派は演壇に立つ彼女の名前、アンヌを叫び始める。それを遮るようにマクシミリアン派はアンヌへの誹謗中傷を開始する。もはやここに秩序など存在していなかった。
「マクシミリアン統領、この『魔女狩り』についての弁明を求める。」
マクシミリアンは睨むような目線で遠くに居るアンヌと目線を合わせる。しばらくした後で、マクシミリアンは目の前の統領専用の演壇に上り、服を整えたうえで弁明を開始する。統領の発言ということで、マクシミリアンが演壇に登ると議場は一気に静まり返った。
「……『魔女狩り』と、呼ばれておりますが。こちらの実態はイーサンド・ルイスにおける我々の自由を脅かす人間に対する物であり、魔法使いを対象にしたものではない。」
議場が再び白熱する前に素早くアンヌが言葉を差し込む。
「自分の思い通りじゃないからと言って、マクシミリアンは影響力を逆手に取った。さぁ述べてみろ、その粛清名簿には立憲派の名前は入っているのか、私の首は彼のリストに載っているのか!?」
「誰も立憲派に対して嫌な感情は持ち合わせてはいない。『魔女狩り』は確かに下劣ではあったが、君たちも魔女を処刑したじゃないか。私は私達がして来たようにイーサンド・ルイスを守ってきただけだ。何もおかしい事はしていない。」
議場は再び白熱した議論で全く声が聞こえなくなっていた。マクシミリアンは息を切らしながらアンヌを見つめるが、アンヌは依然と険しい表情を向けていた。アンヌはしばらくしてから呆れた口調で応対する。
「……これ以上、マクシミリアンによる犠牲者が増えないことを望む。この国は『市民階級の自由を保証』する国だ。マリーは市民ではないが、統領が殺したのは確かに市民階級の人々だ。そこを間違えているようでは痛い目を見ることになるだろう。」
そう言い残してアンヌは先に演壇を降りた。マクシミリアンも汗を拭った後で統領の席に戻って、再び議場の様子を見る。静まらない怒号と歓喜のせいで、この議場の秩序はぶち壊しだ。議長の機能もあってないような物。今回の議会も長くなりそうだ——。
「うわぁ、殺人鬼!?」
アンジュは驚く一方で花蓮と千々波の目は輝いていた。
「三郎さんじゃないですか、久しぶりです!」
「ええ、あの時は本当にありがとうございました。」
「久しぶりやのぉ、花蓮」
「半蔵は毎回人騒がせだよね、これは人選ミス」
「おんしまで!?」
マリーとアンジュは武田とは一定の距離を置いていた。エリゼが途中で部屋に入って来たが、人数が増えている事に驚いて人数分のハーブティーを持ってくる為に再び部屋を後にした。糀谷はやっとハーブティーを手に取ると、一人語り始めた。
「あなた達みたいに世界を見ようと思って。最初にあなた達の故郷『千鶴』。そのまま北上して『或東国』『ユリシア』『シュデーフ』ときて『イーサンド・ルイス』です。まぁ、着いてから二日目でこれなんですが……」
「災難だったな」
「まぁ、道中で仲良くなった人物も多くいますし、決して災難続きって訳じゃないですけど」
「いや、半蔵が災難みたいなもんでしょ」
「なんやとゴラァ!」
「いや、花蓮が言ってるのはいい意味でだよ半蔵。災難のおかげで多くの経験値を得られるって……ね?」
「……え、ええ」
「ならえいがやけど…」
莽薙はいつもこうして半蔵を宥めているが、これが果たして慰めになっているのかは知らない。だが、静まっているのは事実なので莽薙のセーブ力の高さが垣間見られる事例の一つであるともいえる。
パン!
マリーが手を一回叩く。
「色々と今回の『魔女狩り』について分かったから共有させて頂戴。」
「『魔女狩り』……?」
「申し訳ないけど、三郎君達は分からないと思う。莽薙君達には共有しておくから。」
マリーは手元に資料を出現させると、それを見ながら発言した。
「今回『魔女狩り』を実行したのは警官隊。メルカンの三割の住民がその被害を受けた。これはかなりの被害ね。」
「……そんなに」
「あと余談だけど、パラミダスから金を密輸している事も発覚した。」
「……はぁ!?」
「やっぱ繋がってた。この根がどこまで伸びてるのか……。」
いや、金を密輸するのはいいが、これではアンヌの言っていた「財政破綻寸前」という話に矛盾が生じる事になる。一体何がしたかったいのか全く理解が及ばない。アンジュも顎に手を当てて考えを巡らせている。
「……あなた達、一応犯罪者だから、ヌビア達と合流してそっちの調査をしてくれない?」
「まぁ、そうなりますよね。半蔵は危険なんでね」
「まっこと、しゃあないにゃあ~」
「いや、お前が悪いだろ。糀谷の後ろで悪事を働いて……」
「……後ろで、悪事を働く——。」
半蔵は莽薙から武器を返してもらうと、マリーと共にヌビアの下へと飛んで行った。そしてアンジュはゼンゼを捕まえてメルカンの再調査へ向かった。莽薙が引っかかった言葉を考えていると、そこにエリゼがやってくる。
「あら、今度は三人しかいないのですね。多く持ってきてしまいました。」
そう言ってエリゼは二人分のケーキだけを机においていく。そして予備の茶菓子を出現させ、早々に立ち去ろうとした。千々波は喜んでケーキにかぶりつく。その中で花蓮がエリゼを呼び止めた。
「なんでしょう?」
「一緒にお茶飲みませんか?」
「いいですね、エリゼさんも飲みましょう!」
「……そうですね、構いませんよ」
エリゼは振り返り、お盆を置いてソファーに腰を掛けた。ハーブティーを啜って温まり、甘い茶菓子を頬張った。
「マリーさんとはどんな感じの関係なの?」
「マリーさんの右腕ですよ。まだまだ非力ですけどね。」
「え、魔法使えるんですか!?」
「……まぁ、『テレポート』ぐらいなら。」
——あれ、『テレポート』って上級魔法だよね…?
「どうやってマリーさんと知り合ったの?」
「……幼い頃からずっと一緒なので覚えておりませんね。」
「えっどういう事?」
「私捨て子だったらしくってですね、マリーさんに拾われてマリーさんが里親を探してそこに出したんですって。でも、その度にテレポートでマリーさんのもとに戻って来たんですって。そこからマリーさんに育ててもらってるんです。だから私には家族はおりません。」
「……良い話ね、マリーさんをそのころから好きなのね」
「はい、大好きです!!」
——幼少期から上級魔法をいとも簡単に使えるって、このメイド、ただのメイドじゃないな……。




