第四十九話 共和国の王
実はパラコ台地では水が十分に足りている。ミダル砂漠に注ぐパラミダス川の水源であるパラコは、戦争を転機に水源を制限。元々砂漠に流れる川である為、水の量が少なくなっただけでミダルの環境は大きく変わる。
ミダルにとってパラミダス川唯一の支流、アブダビ川でさえも水量が減っているので、ゼリテーヌは完全に水不足、砂漠化が加速している。そもそもこの国の大気が東から西へと風が流れる為、山脈に近いパラコは良く雨が降るが、ミダルには届く雨雲はない。
水瓶の役割を果たすパラコを敵に回したという事は、そう言う事になる。しかし、ミダルは言わばこの「難攻不落の砂漠の楼閣」に対して降伏はおろか、強行突破しようとしている。それによってミダルの勢いが失速しているのは明らかであった。
「愚かとも言うべきか、この現状を打開しないと誰の為にもならないのに…」
マリーは静かにため息を出し、姿勢を崩してソファーに寄りかかる。このマリーの見せなかった堕落した態度が、ミダルに対する呆れ度合いを示しているのは見るからに明らかであった。
その様子を見ていた莽薙達は、勿論今までの旅の中でも類を見ない悲惨さであるという事がよく理解できた。事由を知ってしまっては、莽薙も遂には真剣にそれに向き合わなければならなかった。
「……もし良かったら、内戦の情報をよく知る人物を知っているけども、紹介しましょうか?」
マリーは姿勢を正して莽薙達に提案する。
「その内戦の情報をよく知る人物とは……?」
「パラコ派の王、ヌビアとその情報書記マハートって人物」
花蓮はそれを聞いて少し驚いた様子を見せる。
「そのパイプがある事も驚きだけども、『王が共和制を支持する』って一体…」
マリーは顎に手を当てて熟考する。この感じからするに答えを知らないのは明白だった。確かに共和制は「君主を政治に入れず、選挙によって選ばれた代表者」が統治する。そこに王が居るのは共和制の理念と矛盾する。だが、マリーは精一杯の回答を花蓮にぶつける。
「……これは本人に聞いた方がいいけど、『共和制と君主は必ずしも相容れない訳じゃない』と言う方が正しいのかしら。民衆が担ぎ出せば、それは共和制の元、樹立したともいえるからね。難しい話は本人に聞きましょう」
そう言ってマリーはコートと帽子を出現させて身につける。それを察して御伽達も外出の準備をすることにした。テーブルの上にある紅茶はまだ残ってはいるが、逸る気持ちを抑えきれずにそのまま外に出た。
昨日は夜であまり外を把握できなかったが、目の前に広がる『パラミダスの水瓶 イェナ湖』は大きくはないものの、この時だけはとても大きく、楽園の面影を見せていたのは間違いない。
「さて、私の手を握って」
言われた通りに全員がマリーの両手の上に手を置き始める。全員の手が乗ったところで、ドレイク船長が手を振りながら見送る。マリーはそれに微笑みながら首を軽く前に倒して会釈して返す。
『テレポート』
そのまま体が空間に吸い込まれるような感覚を覚えた次の瞬間には、どこか知らない部屋の中に迷い込んでいた。よく手入れされていて、一般家庭ではないのは一目で理解した。
「じゃ、呼んでくるから少し待っていて」
マリーがドアから出ていき、置いてあるソファーに腰をかけてしばらくした後、マリーと一緒に男女のペアが出てくる。現地民のように少ない布で体を覆い、肌を露出させている。はっきり言って王の素質、威厳を全くもって感じなかった。
「……皆さん、初めまして。パラコ共和国国王のヌビアです。こちらの女性は情報書記官のマハートです」
そう言って深々と会釈をする。莽薙達もそれに呼応して起立して深々と礼をする。ヌビアは微笑みながら、ソファーに腰を掛けるように促す。
「…マリーから大まかな話を聞きました。それで何か質問があれば、答えられる限りで回答いたします」
ヌビアが侍従に用意させたのはカルカデと呼ばれるハイビスカスティー。人数分振る舞われ、ワインにも似たその深々な色合いに戸惑いを隠せなかった。酸味もありながらもフルーティー。そこに甘さを加えていくのもよいといった面白いお茶であった。このお茶に会う洋菓子をマリーが全員に振舞った。花蓮はそれを堪能してから質問する。
「…共和国なのになぜ王が居るのですか?」
ヌビアはよくある質問なのか、少し笑みを浮かべる。
「パラコ共和国は常に戦争状態。その間に指導者が変わってしまっては混乱を招きかねない。その為、共和国政府は王の後継者であり、政府を支持する僕を擁する為に国王選挙を実施。その結果見事賛成多数で僕が戦争期だけ臨時的な国王になった訳です」
「選挙で選ばれた国王なら共和制の維持もできると——。」
「それも戦間期だけですし、あくまでも共和制ではあります」
莽薙はカルカデを嗜みながら、ヌビアの事をよく観察していた。続けて梔子姫が質問する。
「どうして共和制にそこまでこだわるのですか、別に王政でも差し支えないのに」
「それは一言、『国民の底力を信じている』からです。それと、貴方の影響ですかね」
ヌビアはマリーの方を見て言う。マリーはとても驚いて、目を見開いて自分に対して指をさして確認する。ヌビアが軽く頭を縦に動かすと、マリーは思い出したかのように額を抑えた。
『Mince…(しまった…)』
そう呟くと、マリーは少し考えた上でカルカデを持って扉へと手をかける。
「私の過去に触れるなら、私は一回外に出るけど……」
「終わったら呼びに行きますよ」
『vraimentle dire…?(マジで言う気……?)』
そう小言を挟んで風のように部屋を出て行った。ヌビアはそんなマリーの背中に対して終始微笑んでいた。その後、こちらに向けた視線は懐かしさを感じさせながら、それでいて輝いていた。それ程尊敬の念があり、話を共有したいことなのだろう。
「あのですね、マリーさんは元々……」
そう話し始めた途端、マリーが扉の僅かに開けた隙間から顔を覗かせる。
「……あの、提案なんですけど、他の質問をした後の最後で答えていただけませんでしょうか。外に出て戻るのも億劫だなと今更ながらに思いまして——。」
それ程聞いてほしくない過去なのだろう。話すのは変わりないのに話す時間を延長しているようにしか思えなかったが、特に否定する理由もないので受け入れることにした。
それからのマリーは落ち着きがない様子で、ずっと色々な方向に視線を動かし、体を動かし、カルカデを頻繫に飲んでいた。
「……じゃあ、相手がこの戦争を続ける目的とかは分かりますか?」
今度はとなりのマハートが質問に答えた。手書きのメモ帳をめくりながら情報を探し、手を止めた時に話し始める。
「一見、パラミダス統一戦争かと思われるこの戦争。実は他の面もありまして……」
マリーは縦に頷く。しかし、彼女からはその類の話は聞いていない。何かを隠そうとしているのは明らかだった。
「端的に言うと、『お金儲けの為の戦争』です。」
一同は端的に話されても全く理解できなかった。もう少し詳細なことが知りたいのでそこを質問しようとすると、マハートが先に語りだした。
「ミダルでは水源が無い代わりに金鉱脈があります。ミダルは戦時徴兵をした兵士を鉱山で働かせて金を算出。海外に開放して利益を得ながら、その利益を政府が独占。又、国内の軍需工場にもその兵士を割り当てて強制労働。その利益も独占していますね。」
「簡単に言うと『戦時』と言う言い訳を使った『強制労働』です。しかもその恩恵は政府の人間しか受けられない。」
「軍需工場は今も増え続けています。これは言うまでもなく『汚職』です!」
話はかなり大きな問題だった。国と戦争を使った大規模な汚職。しかも強制労働の実態は民衆に知らされず、愚直で健全な人間だけが引っかかる。井戸水のおばさんもその一人と考えると、少し他人事とは考えられない。
「……どゆこと?」
わかってないのは千々波だけだった。ここは花蓮が嚙み砕いて説明する。
「ナミみんの洋菓子を私が食べるって事」
「ああ!食べないでくくださいよ…!、……確かにこれは許せませんね!!」
これは正しいのか、間違っているのかはあまり分からない。ま、そう言う事にしておこう。ヌビアとマリーも微笑んでいる事だし。
「じゃあ最後に、打倒する計画はありますか?」
「……本格的な物は無いです。戦況は圧倒的不利ですし、戦闘以外の方法でならまだ勝算はあるでしょう」
「戦闘以外の方法…?」
「和平も応じないでしょうし、やはり扇動ですかね。ミダルの人たちに強制労働の実態を公表すれば戦争は終わるかもしれません」
所謂諜報活動。それによって敵国の基盤を根こそぎ味方に付けてしまえば良いという考え方なのだろう。いよいよマリーは空気を読んで扉の外へと向かった。
「……さて、マリーさんの惨劇な……いや、栄光とも言うべき運命について語りましょう」




