第四十八話 表舞台へ
「さて、まずは何か聞きたいことある?」
「……ここはどこですか?」
「ここはパラコ派の本拠地、トッコン・ジェロ。その郊外ね」
雰囲気がソフィアに似ている気がする。というか、殆ど同じなのでは。この二人なら仲良くなれそうな気がする。
「なぜ見ず知らずの私達を助けたのでしょうか?」
「勿論、目的はある。結果的に恩着せがましい事になってしまった訳だけどもね」
マリーは無くなりかけているハーブティーを注いで回り、再び手の平の上に穴を浮かべて、中から洋菓子の袋を取り出して並べ始める。
「ちょっと!美味しい物食べてるなんて聞いてないですよ!」
二階から千々波がおびき出されたかのように降りてくる。
「……え、でも」
「でもじゃないですよ!二人占めはゆるしませんよ!」
「……お仲間さん?」
「ええ、すみません。そう、彼女の為にここに来たんです。」
マリーは穴の中からもう一人用のティーカップと皿を用意し、机の上に並べた。
「彼女の為……。私の話を遮るようだけど、あなた達の目的は?」
「本人は何らかの呪いと言っているのですが、一ヶ月ぐらい彼女は昏睡状態で——。」
莽薙は「不死鳥についての調査」はトラブル回避の為に全く公言しなかった。マリーは千々波を睨みつけて顎に手をかけている。千々波は気にせず梔子姫の横に座り、ティーカップ片手に洋菓子を頬張り始めた。
「お、おいしぃ……。こんなにも美味しい菓子があるとはぁ…」
「……なるほどねぇ」
マリーは姿勢を正し、ハーブティーを啜る。いつの間にかハーブティーの香りが席巻してしまった船内は、マリーの独占場になった事の裏付けとも言える。
「……依り代なんて久々ね。あなた達って本当に面白い子が多いわね。」
「よくわかりましたね」
「詳しく話すと長くなるけど、古代魔術と魔法の間に妖術ってものがあって、この依り代って言うのはそれに近いわね。」
「ビンゴです‼溶礼術は秘伝の妖術なのです!」
千々波はそう言って正解を伝え、マリーは手で口を抑えながら上品に笑いかける。
「それで……私の目的の話でしたね」
マリーは持っていたティーカップを再び置き、ポケットから取り出したナフキンで上品に口を拭って場の空気を改めた。
「とりあえず私の目的から話しますね。ゼリテーヌでの古代魔術研究が一つ。ゼリテーヌの図書館に立ち寄ったのはそれが理由」
「……という事はもう一つあるんですよね?」
「ええ、もう一つはこの戦争を止めに来たの」
「——戦争を止めるなんて、できるんですか?」
「……わかんなーい」
マリーはそう言いながら微笑む。肝心なところは考えていないらしい。気持ちを優先する感じはソフィアとは異なる所とも言えるだろう。
「えっと、戦争を止めようと思ったのは……どうしてですかね。この国の人じゃないんですよね——。」
「あぁ、ええ、その通り私は他国の人間ですが、母の故郷はゼリテーヌでして。ゆかりの地を守りたいっていう気持ちと、あとはナイショ」
つくづく不思議な女性だ。いや、出会ったときは誰であってもそう思う事だろう。
「それであなた達の力を私の目的達成の為に貸してほしいわけ。古代魔術研究と戦争終結ね」
「結構難易度高めですね……研究の手伝いならまだしも、戦争を終わらせるなんて…」
梔子姫に同感を示して縦に頷く。その横の千々波は興味なさそうに勝手にハーブティーを注いでいる。
「……まぁ、そう無理強いはしません。ただ、この状況は一部の人の得にしかならないですし、仲間は多い方が良いです。また明日来ますからその時にご返事を」
「あ、はい」
マリー再び空間に穴を開け、その中にティーカップなどを片付ける。千々波は入れたばかりのハーブティーを一気に飲み干し、マリーが苦笑いして収納した。そのままコートと帽子を被り、飛行船を後にしてテレポートをした。
「……なんかまた変な事に関わる事になりそうだなぁ…」
「ってことはもうナギ君の中では腹積もりは決まってるのね」
「…そうだね、申し訳ないけど」
梔子姫は顔を横に振り、全力で批判する。
「そんなことないよ、私達みんな奇怪なのが悪いし。それに私の為にここまでしてくれるんだから、私は文句ないよ。みんなもナギ君の言う事なら喜んですると思うよ‼」
「あんまり危険な真似はしたくないけどね……」
「旅に困難はつきものだよ。私達今までも大きな事に嫌々関わって来たから、今回も大丈夫だって~!」
梔子姫はそう言って莽薙の背中を軽く叩く。それに便乗して千々波も軽く背中を叩いた。莽薙は苦笑してその場を済ませてしまった。
梔子姫と千々波が二階に上がった頃、莽薙は一人でソファーに腰をかける。父の事を密かに思い出していたのだ。父はもしかしたら「普通になろうとしていたのではないか」と。
父は御伽家を再興させ、時代を一つ滅ぼした。ゼリテーヌ図書館の歴史にも書いてあった。普通なら世界の覇者を目指してもおかしくなかっただろう。だがそれをあえてしなかった。
「……普通になりたい。のか」
父がやってきたのが間違った生き方なら、普通に生きるべきなら、自分は当主になって良いのだろうか。僕の望む姿は父の理想に反しているのだろうか。
莽薙は良く分からなくなってしまい、そのまま二階へと上がってベッドに入った。向かいのベッドに入る花蓮はその莽薙の違和感に感づいていたが、起こすのも良くないと考えてそっとしておくことにした。
次の日、マリーがやって来たのは昼だった。昨日と変わらぬ格好で船内に入り、昨日と同じ位置でソファーに腰を下ろした。
「……それで、この方たちがお仲間さん?」
ソファーには昨日と同じ千々波と梔子姫、莽薙が座る。テーブル席に花蓮と赤城、船長が座る。
「あれ、五人じゃなくて六人……だっけ」
「あ、船長です。この船の船長さんです」
「どうも、船長のドレイクです」
マリーは疑問点を取り除くと昨日のようにコートと帽子を消し去る。今日はティーカップとティーポットにローシャングの紅茶を用意してあったので、マリーは手の平の上に出した穴から、洋菓子だけを取り出す。そのまま魔法で浮かせながら全員の皿に配分する。その光景には仲間は拍手喝采で、マリーは微笑んで手を左右に振った後に軽く会釈した。
「……それで、昨日の話の答えを聞きたいのだけど」
「それが——」
「勿論お受けいたします!」
隣の梔子姫が先に口を走らせる。マリーもそれには驚いた様子だったが、平静を取り戻したうえで会話を続ける。
「……そう、でも彼が…」
「いや、なんでもありませんよ。お受けいたします」
「ならいいんだけど……、私もあの手は使いたくなかったし……。」
そう言ってティーカップに入った紅茶を啜る。以外にも美味しかったようで、少し目を見開いて驚いた表情をしている。そのまま手で口元を抑えて小さく一言。
『|j'adore…!(なにこれ、大好き…!)』
そのままマリーは自身の持ってきた洋菓子を丁寧に頬張る。そして再び手で口元を抑えて小さく一言。
『C'est tropbon!(めっちゃ美味すぎるんですけどぉ……‼)』
今度は少し高めの声で良く興奮しているのが見て取れる。ハーブティーよりもお気に召したのかもしれない。
「ハーブティーよりも美味しいー?」
千々波が興奮するマリーに元気よく問いかける。マリーは微笑んでその質問に回答する。
「いや、ハーブティーも負けてないわよ。飲みなれているだけで……」
珍しく動転している。手で口元を抑えながら目があらぬ方向を向いている。とにかく彼女にとってそれ程の衝撃である事はよく理解できた。マリーはそのまま咳払いをして平静を取り戻す。
「じゃあ現状についても把握しないといけないわね。あとは彼らが何を企んでいるのかも」
「……待ってください、船長以外の私達、名乗っていません」
『Zut!(しまった!)』
「忘れていました、じゃあお願いしても…」
そのまま全員が名乗り、ようやっとマリーに認知されることになる。まさにこれが莽薙の意図に反して表舞台へと翔けていくことになる要因だった。その中で花蓮だけが莽薙の機嫌を案じていたのは言うまでもない。




