第四十三話 救国の英雄
愛することに責任が取れたなら、愛を待ちわびる日々をもっと有意義に過ごせたら。ここに僕が居ることは有り得ない。
僕の名前はランド。愛を求めて王家から姿を消したロメリア王女の弟。巷では「タヌキ男」とか言われている。それでも優先したい愛があった。一生しかない人生を愛のために生きてみようと思った。
「ランド、あなたやっぱり天才よ!」
姉さんはいつもそう褒めてくれた。だけども姉はいつも自分よりも凄い発明をする。姉のその言葉も次第に腐って行った。褒められても嫌味にしか聞こえない。僕はもっと純粋に喜んで欲しかった。自分でも欲しがりだと思う。だけど、それが人間でしょ?
「ランド君の作品、私好きだなぁ~」
同じ意味の言葉でも、彼女の純粋な笑顔は腐ってなかった。結局、人の問題なのか、その口調の問題か、人物背景の問題か科学的根拠はない。でもその不定形で非科学的な愛を感じ取れた。会うたびに褒めてくれる彼女によって王宮を抜け出す事は多くなった。
「ランド、見て見て」
それだけじゃない。僕ら人間が一線を勝手に引いている自然についても教えてくれた。人間は何処まで行っても自然の一部であって、仲間であることを知った。まさに彼女はまるで森の妖精だった。僕は気づけばその自然に恋を抱いていた。
「ランド、何をして…」
僕は息苦しい王宮を強引に出て行くことにした。ロドメリアの空が曇天に染まっている。朝霧も出てきて、最近では有毒性についても噂が流れていた為、外出が難しくなった。彼女は自然の中に過ごしていて、いつも空は違う表情をしている。それが恋しかった。
だけど少し行かなかっただけでその地帯は変わり果てていた。植生も変わり、植物は細々くなっていた。
「ら、ランドじゃない。いらっしゃい」
彼女も痩せ細っていた。きっとあの朝霧のせいだ。不思議と自分が人間であるのに人間に対して怒りがこみあげてくる。と言っても復讐もできない。とにかく彼女を救う事から始めた。出て行ったはずの王宮に戻り、ロメリアと面会する。
「なんで戻ってきたの」
恥辱だ。耐えられない。だがここは自然の為。自分の愛するものの為に精一杯釈明した。ロメリアは許可して彼女の治療を行った。そして僕はロメリアと二度と王宮の外に出ないと約束した。だが、ロメリアとの約束を破って外に出た。それも愛のため。
「……これもダメか」
こんな状況でも発育できるような栄養を含んだ液体を作ってみたり、そもそもの空気中の毒素を取り除く装置を作ったりしたが、どれもダメだった。結局、姉さんができない事は自分にもできなかった訳だ。
「……君の言う自然を取り戻す方法はあるさ」
そういってきたのはとても偉そうな男だった。名前は確かアルドナート。彼が自分に唆した。
「君の姉から王位を奪えばすべてが解決できる。工場を停止し、ロメリア王女に贖罪として研究してもらえれば一石二鳥じゃないか…?」
「……僕は姉さんとは縁を切った」
「私たちの研究所では既に環境問題の解決は目の前。民衆は怒り狂っており、それを利用し救えることができるのは貴方しかいないのです。ランド王子」
民衆も環境破壊も同時に止められるのは自分しかいない。今も尚僕のように愛を失っている人がいるのだとしたら。僕はせざるにはいられなかった。その為の騎士団でもあった。
こんなサラマンダーのような怪人になってでも、やり遂げなくてはいけないのだ。強くなくてはできない、強者の特権である全てへの贖罪を。
「……そんな物では倒せないぞ。」
「ちょこまかと動きやがって……」
するとセイビアが動き始める。ふらふらと立ち上がり、武装が施されていない剣を持ってランドへと歩みを進める。
「陛下の弟とは言え……この悪行の数々…、許されると思うなよです…」
「お前らこそ、これだけの環境を破壊しておいて、今更許されると思うんじゃねぇ」
「……これは俺が言っても下がらないか」
そのまま赤城は刀を納めて後退。代わりに立ったのは剣も身体もボロボロなセイビア。
「どちらが勝っても英雄と呼ばれるんだ。その頂に上れた者だけが贖罪の権利を得る」
「贖罪…?何に対しての贖罪です?」
「勿論自然へのだ」
「ならば……人間が進化していくのも…『自然』です。確かに…、人間は『自然』を、未知の領域、驚異の世界と言って……差別してきましたのです…。でも進化は『自然の摂理』ではありませんのです?」
「進化が悪いのではない、人間が自然を破壊するのが——」
「では、なぜ動物は……生きるために…葉や果実を食べてはならないのです…?」
そこからランドの言動は徐々に弱みを帯びてくる。それは自然であり、人間らしい反応であった。
「外に出て見ろ、毒素のが漂う朝霧が街を覆いつくし——」
「それは『自然だけ』じゃないのです……。人間も同じ影響を…受けているのです」
「ほら見ろ、お前らのせいで——」
「——でも、やっぱり、自然にとっての悪影響は人間にとっての悪なのです。自然との物々交換の中で、多く交換できないものは、やっぱり……人間にもわかりやすく、伝えてくれてるのです。それを正していくのが人間の役割ではありませんのです?」
「…そうだ、その通りだ。だから自然に贖罪すべきだと——」
「ならば贖罪ではなく、共存するべきなのです」
この偉そうな女も姉のように腐っている。結局は優しさの裏に何かの意図があるのだ。こいつの言っている事は詭弁でしかない。
「……そんな詭弁しか言わないなら、早く死んでくれ」
「今ならまだ間に合いますです、どうか人間に戻ってこちらに来てくださいのです」
「なに勝った気でいるんだこのクソ女‼」
ランドはそのまま一直線にセイビアの下へと駆けていく。セイビアは渋々剣を構え、臨戦態勢を取った。
『輝く栄光の一角』
「ッ!?」
崩れた剣から新たに刃が生えてくる。光輝くその刃を前にランドは突撃する。彼の心臓を下から垂直に突き刺し、ランドは一瞬白目を剝いたが、正気を取り戻した。
「……同じことの繰り返しだ!」
「ですから、人間は『正していく生き物』なのです」
「…は?」
「終わりです、『破裂死』」
現れた光輝く刃は火薬のように破裂し、破片がランドの体内を引き裂く。その衝撃でランドの心臓周りは抉られ、貫通した。ランドはそのまま倒れ、セイビアに支えられた。徐々に人間の姿に戻り、傷口も元通りにはなった。だが、内臓の損傷は著しかった。
「……弟が…、世話になったわね………」
来た道を振り返ると、そこにはロメリアが立っていた。後ろには他の騎士団のメンバーが居た。セイビアは申し訳なさそうにロメリアに場所を譲り、覚束ない脚を巧みに動かして騎士団の下へと向かった。
「……セイビア」
俯く彼女に誰も声がかけられなかった。そこでジェットが前に出てセイビアの行く手を阻む。その無言の圧力に、セイビアは膝から崩れ落ちた。
「……申し訳ございませんのです……。ランド様を……ランド…様を…」
「お前はよくやった。何も間違えていない……。撤退しよう」
ジェットはセイビアに肩を貸し、騎士団と共にその場所を後にした。
「……姉さん、僕は…姉さんができない事を——したかった」
「……」
「…だけど、姉さんを苦しませてばっかりだ。僕は——出来損ないだ…」
ロメリアは何も答えない。只々ランドの目を覗き込んでいた。周りからは髪の毛のカーテンで表情が見えないが、ランドだけは見れた。それは普段ロメリアが他人には見られたくない弱い姿だった。
「……貴方より努力は二倍した。貴方より責任も二倍負った。貴方よりも研究も二倍した。贖罪も願望も自己犠牲だって……二倍した…」
「……姉さん」
「私は貴方が羨ましい。貴方の自由を遮る物は何もない。私もその自由が欲しかった。私もその時間が欲しかった。ランド、知ってる?」
姉さんの弱い顔が崩れていく。姉さんのこんな姿を見たのは初めてだ。
「時間の流れはどの人間も平等なのよ。貴方のその時間の使い方を正直羨ましくも妬ましくもあった。だけどね、ランド、これだけは覚えておいて」
姉さんはいつもの苦労を隠すような笑顔でランドに語りかける。
「……私、貴方が二倍苦しむなら、こんなの二倍でも何でもないから。零倍にでもなるわ。」
姉さんは優しすぎる。本当に。君主には似つかないぐらいに優しすぎる。自分の時間を二の次にして、自分の評価を三の次にして、周りに変化なく対応する。逆に君主には似つかわしいのかもしれない。父さんや母さんもそれを見越していたのかも。
もしかしたら、僕は「自然への贖罪」ではなく、このような温かい「自然への愛」を求めていたのかもしれない。そう感じれば感じるほど、自責の念が強まって行く。
ロメリアの雫はランドの頬を滑り落ちる。ランドもそれに紛れて雫を垂らす事にした。
「……姉さん、僕、もう——」
「……させないから、私が何とかするから」
ロメリアは顔を拭き、ランドの頬を両手で抑え込む。首を縦に一回動かしてランドを担いで早々と工場を後にした。




